2008年10月01日

アジアの民主主義の運命

 なんだか病院にばかり行っておりますが、D-ダイマーの値がワーファリン投与後、上昇しているとのことで、私の悪い頭で解釈すると、どうも薬が効きにくい体質のようです。幸い、肺の影響はあっても軽微だろうとのことで、問題は心臓そのものにリスクがあるそうです。こちらは深部静脈血栓症との関連が自明ではないとのことで、別途、手を打ってゆきましょうということになりました。少し早いですが厄年と思ったほうがよいのかもしれません。おっかないのではありますが、ここがやられたらそれまでよと開き直る気分ですね。

 病気について尋ねられると、左足の静脈に血栓ができましてねと話すと、相手の顔がこわばって脳に入ったら大変ですねとまじめに心配されてしまいます。脳にゆく前に肺に入って呼吸困難で死ねますし、運が悪いと心臓に入って一巻の終わりですよと冗談ぽく話をすると、さすがにひきつってしまうので、「ガンで何年も痛い思いをして抗がん剤の副作用で苦しむのと比較したら、心臓一撃のほうが数分ですから楽なもんですよ。ツキがなかったと思えばどうってことない」と笑い飛ばすと、ああ、こいつはくたばりそうにないなという苦笑を浮かべて「お大事に」と言って頂くことがおおいです。そうはいっても、こまめにメンテナンスをしてゆくほかなく、やはり最大の「リセットボタン」は睡眠。「自堕落にひたすら寝ます」と宣言したら、苦笑されましたが、「よし!」とのこと。帰宅したら、ぐったりして、夕飯の支度が終わったところで、ストレッチポールでもと横になったら、そのまま寝てしまいました。冷めた夕食を夜中に食べてリズムがかなり乱れてしまったので、ちょっとまずいかもです。

 お医者さんもアメリカの株価の暴落にはびっくりしている様子で、直接的な実体経済の悪化以上に心理的な影響の方が大きいのかもしれません。ただ、やはり「財布」の中身は私とは桁が違うので、株屋の口車に乗せられてひどい目にあったという話が多いですね。投信でひどい目にあった先生もいれば、特定の銘柄をすすめられて100万円単位ですっちゃった先生とバラバラですが。株屋なんて所詮は他人のカネだから、ひどいところもありますよと。古い話ですけれど、会社ぐるみでこんな手口がありますよとごにょごにょと話すと、そんなにひどいんですかとびっくりしていて、二度と買わないとのこと。国内の個人投資家が育たないのはそれなりの理由があるものです。

 ずいぶんアメリカの金融市場と政策決定を眺めるのに時間をとっていて、ふと国内に目をやって思うのは日本とアメリカでおおいに相違はあるものの、民主主義って最悪の政体だなあという感想でした。なにか代わりを求めたいという気分はまるでないのですが、しみじみ最悪だと感じました。こちらで紹介されているMichael Auslin, "Asia's Democratic Crisis"を読みながら、このような論説はアメリカでも少数派だと感じつつも、民主主義の"messiness"と付き合ってゆくしかないのだと諦念には至りませんが、そんな感覚をもちます。気になるのは米軍の存在がアジア地域における現状維持の要であり、そのことが国内問題の解決によい方向に貢献してきたという指摘です。これ自体に異論はないのですが、これから10年ぐらいはどうなんだろうと。金融危機とは無関係に北朝鮮をめぐる状況ではアメリカ外交が混乱気味ですし、自虐的ですが、失敗したときのインパクトが大きいとはいえ、アメリカの政治的意思決定がやはりスピード感は日本とは比較にならず、しばらくの間、日本外交は事務レベルは別として、意思決定が麻痺するリスクも抱えています。同盟というのは双方が能力はもちろんですが、常にコミュニケーションを図って共通の利益を確認し、相反する利害を調整せねばならず、パートナーの政治的意思決定が麻痺してしまうと、期間にもよりけりでしょうが、同盟が機能しなくなるリスクは決して無視できません。北東アジアにおける「マルチラテラリズム」の流れは想像以上に強いようです。

 さらに、金融危機でアメリカが軍事に割ける資源(ヒト・モノ・カネ)が制約されてくるでしょう。次期政権が実際にどのように動くのかはわかりませんが、ブッシュ政権の下でも、北東アジア外交は迷走している感覚があり、ひょっとすると政権が交代した後も、さほど変わらないかもしれません。現状の混乱は中国の変化とアジアの複雑な利害を十分に理解していない当事者にあるように見えますが、そこにカネが足りないという身も蓋もない理由が加わると、極端なケースとしてこの地域は中国に任せて米軍の負担を軽くしようというインセンティブが生じるかもしれません。現状では経済問題に目がゆくこと自体は当然だと思いますが、今後のことを考えると、同盟をマネージしてゆく力量を政党間で共有してゆかなければ、10年ぐらいで日米安保体制そのものが空洞化しかねないリスクがあると思います。米軍のプレゼンスが、絶対的というより中国との比較で低下してくれば、現状維持という役割を果たすことは難しいでしょう。

 この国のデモクラシーが戦前の失敗によってかえって強いものになっているというのは岡崎節だなあと思います。ただ、徐々に、戦後民主主義しかしらない人たちが主たる担い手になってくるでしょう。逆に言えば、私のように民主主義以外の政体を自国で経験したことのない人たちがメインになってきます。大正デモクラシーを知らない世代が軍に任せてみようとか、あるいは共産主義などイデオロギーで粉飾された専制政治を望む確率はほとんど無視できるといってよいでしょう。

 問題となるのは、民主主義を回復するプロセスが占領統治で屈折した上に、自民党が国民のすべてではないにしても多くの階層のコンセンサスを代表する時代が長く続いたことでしょう。自民党がそのような能力を失いつつあるように映る現在、コンセンサスを複数の政党で共有するしかけができるのかどうか。とりわけ、外交や安全保障の分野は有権者の優先順位が低く(民主主義国の外交官が共通してこぼす悩みではありますが)、コンセンサス形成へ積極的に取り組むインセンティブが十分ではないように見えます。日本人が民主主義の"messiness"に付き合ってゆくためには、短期の「食」の問題をなおざりにすることなく、長期の「安全」に関する強固なコンセンサスを形成することが不可欠だと思います。悲観はしていないのですが、あまりに大切な問題がイデオロギーのレベルで議論され続けてきた戦後の負の遺産を払拭するのには、"messiness"に意志を曲げず、時間が遅いことに耐える、消極的ではありますが、持続する意志がやはり不可欠だというのが今晩の「寝言」です。


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posted by Hache at 06:02| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな?寝言