2008年10月06日

アメリカのヴァイタリティが失われるとき

10月4日(土)

 午前9時頃にワーファリンを服用。起床後、むくみが残っているものの、外出を控えたためか、悪化しなかった。ただし、杖をもったまま、使わずに10分以上歩くと、むくみがひどくなり、杖が必要になる。

10月5日(日)

 完全に寝坊してしまう。たいしたこともしていないのに疲労のみがたまっている。午前11頃にワーファリンを服用。気がつくと、左のこめかみあたりにうずくような痛み。湿度が高いのは憂鬱。身体全般に異常が生じる。一日中、頭痛が激しく、思考が困難。幸い、日曜日であったことに感謝する。TARF成立に関する本邦の報道で見るべきものはなし。

 土曜に夜更かしをしたのは、久しぶりに『ウォール街』を見たからでした。1987年の作品ですが、冒頭と途中で流れるフランク・シナトラの"Fly Me to the Moon"がなんとも希望と繁栄、そして退廃を象徴するようで、聞き入ってしまいました。作品の主題から離れて場立ちなどが時代を反映していてすっかり懐古趣味に。この映画を見た頃は大学に入学したばかりでしたが、どちらかといえば、アメリカの「資本主義」(最近はこの言葉が私にはあまりに難しすぎるように感じますが)がダメになって、「日本型資本主義」の時代がくるという話のひきあいに出されていたような印象があります。根っからひねくれ者の私は(両親とも子育てに失敗したと絶望されていますが)、この映画のクライマックスの一つ、テルダー製紙の株主総会におけるゴードン・ゲッコーのスピーチの通り、"greed"をあからさまに肯定するアメリカが復活するんだろうなあと大学の先生や先輩連中の話を聞きながら感じていました。言いにくいのですが、1992年の時点ではまさか21世紀まで不良債権問題を引っ張るほど、この国がダメだとは思わなかったのですが。

 オリバー・ストーン監督のメッセージは、バドのお父さんに込められているのでしょうが、なんとなく当時でさえ、その方向でのアメリカ経済の「再生」はないんだろうなあと思いました。頭痛の名残があるせいでしょうか、当時の大学の講義を聴いていて、「アメリカ人はく○んぼが多いから労働生産性が低く、日本には勝てない」とか、「会社を売買の対象とするなどアメリカ型資本主義はいずれ行き詰まる」とか、挙句の果てには「小選挙区制で選出されたアメリカの議員の質は劣悪極まりない」とかアメリカの没落を予測する言動に満ち溢れていました。他方で、マクロレベルでは財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」があって、アメリカ経済はいずれ破綻するという見方も散々、聴かされました。率直に言えば、私自身、アメリカ経済の放つ強烈ないかがわしさを感じましたが、同時に市場経済なんていかがわしいがゆえに発展するものではないのかとも思いました。「欲」に善悪を持ち込むこと自体がはるかにいかがわしいですから。

 The new law of evolution in corporate America seems to be survival of the unfittest. Well, in my book you either do it right or you get eliminated.

 ゲッコーのスピーチは市場における「弱肉強食」へとを導く以外、衰退を避けることはできないと主張していて、それがすべてではないにしても、市場の本質の一面をここまで表現するのは露悪的としか言いようがありません。正確には、このスピーチの前後では微妙ですが、ここでの「自然選択」の主体は企業であって個人ではないのですが。このセリフを聞きながら、当時、勢いが盛んだった邦銀もいつかは敗者になるのかもしれないと感じたりしました。

 懐古趣味に浸りながら、現在に戻ると、危機を克服しては経済のみならず、多方面で世界への影響力を強めたアメリカが今回の危機を克服できるのだろうかという疑問を反芻しました。現状では、ウォール街のいかがわしさへの反発が非常に強い。それ自体はごく自然でしょう。しかし、欲といういかがわしさの根源そのものが失われてしまえば、アメリカは再び、世界経済の中心に戻ってくることはないのかもしれない。欲というのは、ゲッコーのスピーチとは異なって善悪にはなじまない。欲が強烈なほど、そのいかがわしさに人々は辟易するけれども、それは人間味の発露であって、今後の国際金融が以前のように緩やかな規制では済まないかもしれませんが、欲そのものを否定しかねない状態になれば、アメリカの時代は終わるのでしょう。現状では1980年代のような荒々しさをもって復活する確率はかなり低いと感じておりますが。


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