2008年11月14日

「先手の利」と「後の先」:第21期竜王戦第3局の気分しだいの観戦記

 単なる睡眠不足なのか、足元が揺れて、「あれ? 地震?」と周囲を見渡すと、なんでもなかったりします。まさか、脳に異常?どうも、慢性的に疲労がたまっているのか。ワーファリンを飲んでいるので、内出血のリスクとかにちょっと過敏になりすぎかもしれませんが、単に冷やされたら、温められたりと、体がついてゆかないだけなのでしょう。まあ、ボロボロの状態なので、もっともカネのかからない将棋の竜王戦などを見ておりましたが、1日目から終盤かと思うほどの激しい将棋。こちらから棋譜などを見ることができます。それにしても、先手の渡辺竜王が37手目に5四歩と突いたのに対し、羽生名人が3七歩成りとしたのはびっくり。中央から先手がどんどん歩を進めるだけで駒得になるので、ちと怖いのですが、リスクの高い手順を選ぶとは……。羽生名人の42手目の3二とは棋譜の解説では自然な流れだそうで、ど素人にはと金を捨てるのがもったいない感じがします。

 素人なので、第1局を見たときに、一手損角換わり戦法の意味がわからなかったのですが(最近のプロ棋戦ではよくでてくる戦法の一つだという程度)、今回の解説はところどころ丁寧で、棋譜プラスの解説には9手目で「後手が自分から角を交換し、先手の7九銀が0手で8八に移動した。すなわち後手一手損。将棋はたくさん指したほうが必ずしも有利というわけではないというのが、この作戦の骨子になっている」とあってなるほどという感じ。性格がせっかちなのか、手損が嫌いなのですが(この10年近くは指していないので、見てるだけになりました)、素人的には指す手がないときには一手パスしたくなることもあります。第1局の15手目の解説では、「米長会長の予言その2『一手損角換わりはみんなで研究した結果、先手有利という結論になるだろう。しかし、それは私が生きている間に解明されるかはわからない』」とあって、トップを極めた方の意見の深みは素人には窺い知れないものがありますが、なんとなくそんな気がしないでもないです。やはり、手損をして主導権を握られると、へぼ将棋でも相手が間違えてくれるのを祈るしかない。不思議な戦型だなあと。

 第3局の16手目の解説では「10時ちょうど、羽生は△6四歩と伸ばす。腰掛け銀を目指した一着だ。角換わりは棒銀と早繰り銀、腰掛け銀はジャンケンのような関係にある。つまり、棒銀は腰掛け銀に強く、早繰り銀に弱い。早繰り銀は棒銀に強く、腰掛け銀に弱い。腰掛け銀は早繰り銀に強く、棒銀に弱い。という関係にある。後手は手が遅れているのを逆利用して、先手の作戦を見てから自分の作戦を決めることができる。早繰り銀に強い腰掛け銀を目指す」とあって、素人にも後手がこの戦型を選ぶ理由が「後の先」を将棋の枠で追究しましょうというという感覚なんだなあと思いました。

 この将棋で「新手」があって、それが渡辺竜王が35手目に指した7九玉。結果的に、壁銀のまま、玉を下段に押し込めてしまったことを羽生名人がとがめる形になったのですが、これが成立しない手なのかは素人にはよくわかりません。38手目以下の羽生名人の攻めは素人には苛烈すぎて指しすぎなのではと思うほどです。ただ、42手目の3二とに対して、渡辺竜王が同金と応じたのが、どうだったのか。私みたいに粗雑な性格だと、「ええい、ままよ」とばかりに5三歩成りとしたいところですが、やっぱり乱暴すぎるんでしょうね。でも、次に4九飛が見えているだけに、指しづらい一手のような気もします。こうなると、6八玉とあがらざるをえず(解説では6九銀で千日手というのもあるそうですが)、これはなんとなくつらい。下段の玉を咎められた形になって、一日目の封じ手を迎えました。

 解説では4五桂という手が挙がっていましたが、素人目には普通に2九飛成りで十分かなという感じ。3九歩で龍がいったん閉じ込められますが、3七歩が利きますし、あとは底歩を打たせれば3筋に歩をうたれて玉が狭くなるのも防げる。手順に4五桂とはねられる可能性もありますが、後手玉に迫ったときに、3筋からするすると逃げられるのはちとかなわんなあという感じ。

 不謹慎なことに、職場からちょっと見てしまいましたが、封じ手が2九飛成でまぐれあたり。その後、想定した手順でしたが、自然な感じで48手目に5四歩と目障りな歩を払ったあたりはへえという感じ。攻め合いにでて、5三にと金ができてしまうと、後手玉が居玉なのでちょっと怖い感じです。で、羽生名人の5四歩に渡辺竜王が5三角と指して、歩を払ってできた空間に角を打ち込む手はまず浮かびそうにないので、トッププロの発想というのはやはり違うなあと。6四角成とすると、解説では6五桂も消しているとのことで、なるほど。ここに桂馬を打たれると、先手陣が途端に窮屈になってしまうので、よさげな手に見えました。

 実際には、51手目に5二歩と打つ手が有力だったそうで、これもまるで浮かびそうにないです。局面が進んで渡辺竜王の53手目の5二歩に対し、羽生名人が4一玉と逃げた手が解説によると控え室では検討されていなかったそうで、これは逆に驚きました。なんとなく、この歩はとりづらいなあと。同金に5三歩と叩かれるのがちと嫌な感じ。ただ、控え室の検討では、4一玉と逃げると、詰めよがいっぱいかかるとのことで、これはまったく気がつきませんでした。実は、同歩とするよりもリスクの高い手だったようです。無知なる者は幸いかな。

 進んで渡辺竜王の59手目の2二歩がどうかなあと。ちょっと頼りない攻めになって、先手が苦しい感じ。60手目の3一金はびっくりで、「負ける気はまるでありません」という激辛の手。とどめに、羽生名人が62手目に5三銀と打って、あたしじゃあ、羽生名人相手にここまで指すこと自体、無理だけど、こんな手を指されたら、心が折れそうな感じ。ここ十年ぐらい、将棋好きの人と指す機会がありませんが、こんな手を指されたら、性格悪そうだなあと勘ぐってしまいそうです。録画しておいたNHKのBSでは羽生名人が登場していて、激しい将棋だったので一手のミスが命とりになるので必死でしたとおっしゃっていたので、これは対局者としては当然なのでしょう。『竜王戦中継プラス』の対局後の感想では「超急戦で来られて、形として待てないので本譜(36手目△3六歩)行くしかないと思いました。△5三銀打(62手目)として、ちょっと良くなったかと。▲7九玉(35手目)は知りませんでした。第4局も変わらず、一生懸命指します」(羽生)とのことで、楽観していなかったんでしょう。

 棋譜を並べていると、このあたりで事実上、終わった感じがしますが、「ちょっと良くなった」と言われてしまうと、渡辺竜王もつらいのでは。第3局で羽生名人が勝利して、3連勝。あと1勝で竜王奪回だけでなく、初代永世竜王の称号を獲得することになります。他方、いわゆる羽生世代を相手に長い間、竜王の座を守ってきた渡辺竜王には厳しい結果となりました。次局は、渡辺竜王の攻めを存分に発揮していただきたいと思います。

 それにしても、第1局も不思議だったのですが、第3局も素人には不思議です。35手目の7九玉が悪い手なのかは見当がつかないのですが、42手目の3二とに同金以外の手が成立しないとすると、やはり悪い手なのでしょうか(5三歩成で先手が良くなるのかは私の棋力ではちと無理)。ちょっと細かいことになりますが、さかのぼって24手目の8五歩は行方八段の解説(BS)では、7七銀と上がらせない意味があるそうで(25手目以降、▲7七銀、△8六歩、▲同歩、△8五歩、▲同歩、△同飛で十字飛車)、壁銀のままにしておく効果があるそうです。これも「後の先」なのかはわかりませんが、一手を損することによって、相手の形を決めさせてしまうという不思議な戦型が試される理由がちょっとだけわかったような気になりました。

 私のレベルですと、お互いに玉を囲って攻撃態勢も整ったところで、仕掛けるタイミングで、こちらが先に形を崩すのがどうもなあというときに相手に攻めてもらうという程度の感覚あたりが限界です。どこかで、やっぱりわざわざ一手とはいえ、自分から損をしてという戦い方が大局的にはよいとは思えないのですが、「後手」というのはやはり主導権を握ることが難しく、相手に形を決めさせて対応を決めるというのは「後の先」の典型なのでしょう。「先手の利」か「後の先か」という問題には、まったく別のことで興味があるのですが、将棋の世界では、今のところ、決着がついていないことに興味深く感じました。


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posted by Hache at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言