2008年11月15日

モラルハザード?

 今週はわざわざ私みたいな人付き合いの悪いところに、足を運んでくださる奇特な方と話し込んでしまいました。よくお酒も飲みにゆく仲ですので、病気の話をしたら、びっくりしていました。話がわかる方なので、血栓自体が消滅していないので、しぱらく静脈を拡張させて血栓が動くリスクがあるので、アルコールは難しいのですよと話していて、ちょっと残念な感じ。ワーファリンが効いてきているとはいえ、血栓が消滅するには程遠い状態ですが、そのあたりを説明するのは面倒なので、ごく親しい方にだけ知らせております。それ以外の方にはとくにお知らせする必要もないので、適当にちょっと思い病気ですという程度で済ませていたら、歩けるようになったのをそこら中で目撃されたのか、これでもかと仕事が入って、ちょっと参ります。夕方から晩にはまだ足がむくんできついことも多いのですが、杖をつくのも大袈裟なので、素知らぬ顔で仕事を済ませて、帰ってからぐったりという生活をだらだらとすごしております。

 最近、金融機関やビッグスリーの救済などが話題になるせいか、「モラルハザードの連鎖」という表現をみかけます。どうも、メディアなどではモラルが道徳や倫理を指すものになっていて、金融機関や特定の産業に政府が救済策を行うことによって市場経済の原則と一般ではみなされている「自己責任」が曖昧になってしまうという懸念が背後にあるようです。モラルハザード自体は、もともと保険などの分野で、事前に設定した制度が保険加入者に病気を予防したり、火災や事故の発生を予防する努力の水準を低下させてしまい、結果として病気や事故の発生確率があがるリスクが生じ、結果として経済的な効率が保てないことを意味します。これに対応するためには、リスクの上昇を抑制するように被保険者へインセンティブを与えるように保険制度を設計することになります。今回のように、金融機関がリスクの水準を適切にできなかったこと自体は、現行の金融部門への規制でそのようなインセンティブを十分に考慮していなかったことが問題で、金融危機で金融機関を救済すること自体が「モラルハザード」と呼ぶのは、適当ではないのでしょう。もちろん、今後、金融危機を受けて制度設計の見直しが実施されるのでしょうが、モラルハザードが問題になるのは、金融危機を克服される過程での制度設計であって、救済に関しては別の問題になるでしょう。もちろん、政府が救済してくれるということが暗黙の了解となったときに、金融機関が自ら不良資産処理を行うインセンティブを低下させてしまうという意味でのモラルハザードが起きる可能性はあるでしょう。ただし、現状では、金融機関の資産の毀損を確定するには公的介入が不可欠だと思いますが。「自己責任」という倫理を強調しすぎると、逆に極度にリスク回避的になってかえってシステミックリスクの危険が高まってしまうので、お世辞にも合理的だとはいえないでしょう。現状では、9月と比較すれば安定していますが、過去の過度(実際にはどの程度が「適度」で、どの程度が「過度」なのかという基準は曖昧なままのような気がしますが)のリスクテイクの結果の処理は、モラルハザードの問題とは切り離した方がよいと思います。

 自動車産業の場合、さらに問題は複雑で、国際競争に敗れた企業を救済すべきか否かは、効率という観点からは正当化することは難しいでしょう。もちろん、ビッグスリーを救済しなければ、失業自体、大きな問題ですが、それにとどまらず、自動車メーカーが従業員に保障してきた年金や医療などの問題もあり、メーカーの救済は非効率な企業が市場から退場するのが市場経済では当たり前だという論理だけでは論じられないと思います。また、自動車メーカーを救済するなら、他の産業を救済しない理由を明確に難しいため、他の産業からも救済策を求める圧力が高まるという懸念もあるでしょう。ひどいことを言えば、農業保護などバカみたいにカネを使っているのだから、自動車だけを農業とは異なる扱いにする理由はないのではと思ったりします。ただし、それらは政治的な問題であって、いわゆる「モラルハザード」の問題との関係は希薄だと思います。


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