2008年11月21日

金融危機は続く……

 New York Timesが配信した"Stocks Drop Sharply and Credit Markets Seize Up"(November 21(参照))にあったグラフを見てのけぞってしまいました。グラフなので、大雑把な傾向しか把握できないのが残念ですが、モーゲージのリスクプレミアムが800ポイントを超え、社債も300ポイント寸前。記事では、各国の株式市場の惨状やアメリカ国内のシティグループの危機などこの1週間の動きをまとめていますが、素人にはこの1枚の図がきつい。本文ではほとんどふれられていないのですが、Markit社のサイトを見ると、モーギッジのトリプルA格の指数で、他の格付けの指数は見ているだけで滅入りそうです(参照)。素人なので社債のスプレッド(参照)にしても格付けがわからないのですが、他の指数と比べると最も低い値をNew York Timesの記事では使っているようです。経済指標を見ても滅入るばかりですが、さすがにこの指数は。以前、「出口を失ったマネー」という「寝言」でジャパン・プレミアムに関する文献(近藤順茂「わが国金融システム不安時におけるクレジット・スプレッドの決定要因」)から次の部分をメモしました。

 「ジャパン・プレミアム」に関する推計期間は1997年3月から1998年6月までとなっております。興味深いのは、コマーシャルペーパーのLIBORスプレッドと普通社債のLIBORスプレッドが1997年11月以降、「ジャパン・プレミアム」の上昇ともに拡大したものの、「ジャパン・プレミアム」の沈静化後も高止まりしたという指摘です(271頁)。

 むしろ、注意すべきは、社債スプレッドがシングルAでも1998年3月から10月の期間で60bp(0.6%)から160bp(1.6%)まで上昇し、1998年11月から1999年5月の期間では60bpから370bp(3.7%)近くまで上昇しているという簡潔な事実でしょう(279頁)。著者は、「いかにシングルA格へのリスク・プレミアムが370ベーシス・ポイントとはデフォルト・スタディからは正当化できないであろう」(280頁)と述べています。叙述が前後しますが、その背景にあるのは、CLOやCBOなどの活用がBIS規制の変化によって邦銀の資産圧縮の手段として機能せず、デフォルト・スワップが「こうした他商品への退路を断たれた邦銀にとり、比較的大きい金額を一挙に扱える資産コントロール手段として導入された」(274頁)という事情です。

 金融に疎いので、今回の金融危機と1990年代後半に日本が経験した金融危機を単純に比較するのには抵抗がありますが、あえて日本の話にたとえるのなら、1992年のバブル崩壊と1998年の金融危機が同時に起きていると考えればよいのだろうと。住宅ローンなどを通じて家計に、社債のリスクプレミアムの上昇を通して企業にも金融危機の影響が既に波及してきているのでしょう。困ったことに、先ほどの記事の中でも触れられているように、TARPは不良資産の問題の解決には使われておらず、金融政策だけ既に事実上、量的緩和の段階にまできているという感じでしょうか。それにしても、社債のリスクプレミアムの高止まりが、1990年代後半に日本が経験したように長い期間にわたって続くと、危険でしょう。ややこしいモデルを抜きにして、財市場が突然、回復するとも思えず、おのおのの財市場で「所得の減少→需要の減退→企業の収益減少→所得の減少」という状態になってくると、現在、話題になっている自動車産業以外にもいっそう調整を迫られる企業、産業が増えるでしょう。この状況下では、金融政策の目標は物価の安定ではなく金融システムの安定が最優先になり、財政政策はなにもしないよりはちょっとだけマシという状態になるでしょう。この場合、財政政策の目標は景気の刺激ではなく、社会の不安を除く社会政策としての意味が増すでしょう。さらにいえば、拡張的な財政政策が続けば、アメリカの財政の持続可能性に疑問符がつく可能性もあるでしょう。露骨に言えば、公債の信用は最終的には担税力で担保されているので、危機から脱するのにどの程度の期間が必要なのかさえ現時点では見当もつきませんが、長期では増税を説得せざるをえないでしょう。それが実現できない場合、インフレーションによる実質的な増税が不可避になるでしょう。

 これでもかと悲観的な光景を並べましたが、まずは金融システムの安定が最優先という事態は変わっていないように思います。ブッシュ政権からオバマ政権に変わっても、FRB議長が交代しないので金融政策そのものが大きく変わることはないだろうと。「変化」を強調されると、変わらないことはなんだろうという方に目が向くひねくれ者なので、FRBのトップは変わらないわねという程度の感覚ですが。バーナンキがやっていること以上の手段がないとすると、アメリカ経済の回復には予想以上に時間がかかりそうです。少なくとも、金融政策に従来のような景気刺激の効果を求めるのはばかげていると思います。

 それにしても、"depression"とはよくできた単語だなと。景気の落ち込みの結果なのかはわかりませんが、最近、スーツをビシッと決めている方の足取りが重く、電車の乗り降りでぶつかってくる人が激減して助かりますね。足が萎えているときにぶつかられると本当にたまらないんですね。これが。社会的には景気が回復した方が良いでしょうし、私の懐にもそれなりに恩恵があるのでしょうが、こういう時期には慌てず騒がず、足元をしっかり固めた方がよかろうと。もちろん、今回の経済危機が社会をより不安定にすることは避けられないだろうと思いますが。

 1929年の大恐慌は第2次世界大戦がなければ克服できたのか否かという点に関してはアメリカでも議論が収束していないようですが、今回の場合、戦争による「特需」というのはほとんど影響がなさそうです。冷戦期を除くと、これだけ公的部門が既に肥大化しており、さらに拡張する時代に入れば、市場の否定を前提とする社会主義とは異なる、経済の面での自由は様々な制約を受けるでしょう。経済危機の下では経済政策が外交政策に優先するという懸念もありますが、むしろ、厄介なのは、政策の選好の問題よりも、外交や安全保障に割ける資源が減少することでしょう。単純な、いわゆる「有効需要」の不足から経済危機が生じている事態よりも、やっかいな状態です。しいて、1930年代と共通点を探すのなら、オバマ政権への移行が進んでも、フランス大統領あたりがアメリカをバカにしたような態度をあらためないと、アメリカがひょっとするとですが、怒った挙句に孤立主義へ回帰してしまうかもしれません。ブッシュ政権の下で孤立主義への回帰はなくなったと思っておりましたが、世論ではそのような心情が強くなるのもいたしかたないかもと思ったりします。

 話がぶっとびますが、ルーベンスタイン『中世の覚醒』(小沢千重子訳、紀伊国屋書店 2008)という本を月曜日から読んでいるのですが、中途半端に宗教史と哲学史が混じる素人っぽい本だなあと(プラトンとアリストテレスの関係について第1章の注27でプラトンとアリストテレスの関係をヘーゲルとマルクスの関係と同じと考えているあたりは哲学の素人でも噴きそうになりましたが。アリストテレスは学としての哲学の体系化を始めたというのが著者よりも無学であろう素人にはしっくりくるのですが)。ただ、おそらくこの分野の素人さんであろう著者が中世には天国の存在が人々を慰めていたという指摘は素人らしく鋭いなあと。宗教では救われない現代の「中世」は、その重みに耐えられない人々が続出するのかもしれません。


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