2008年12月29日

トヨタ自動車の「危機」と地方財政(3)

 地方財政という数多くある中でも苦手な分野に手を出したおかげで、「寝言」も浮かばない状況になりました。なにしろ、いわゆる「法人二税」からしてわからないことだらけでして、「三位一体改革」が地方分権を推進するのにどの程度の効果があったのかわからないですし、そもそも日本の地方分権ってどうなんだろうという素人的なところからわからないことだらけです。もともと財政自体が、表現が難しいのですが、経済合理性で設計されているとはいえず、制度自体が複雑な上に、地方財政となると、各地方の特性を無視することができず、調べる分には興味深いのですが、まとめるとなると、わからない部分が多い上に、都道府県だけで47の団体があるわけでして、それぞれの状況を配慮しているととてもではありませんが、私の小さい脳の領域では頭がパンクしそうで面倒になったのが率直なところです。

 豊田市の財政についても事実認識の時点で誤りが多く、例えば、豊田市は地方交付税不交付団体ですが、合併による特例措置で地方交付税を受け取っています(「不交付団体の状況」(こちらのメニューから該当する文書を選ぶとPDFファイルが開きます)を参照)。このような基礎的なことも確認せずに「寝言」を書くというのは恥ずかしい限りですが、不交付団体の数では愛知県内の市町村が37と飛び抜けており、さらに恥ずかしいことを書けば、東京都はさすがに知っておりましたが、愛知県自体が不交付団体だということはまるで知りませんでした。愛知県にお住まいの方には大変失礼ですが、出身地でもあり、両親が住んでいて、話を聞いていても、帰省しても、昔よりも小奇麗になったなあという程度の感覚しかなく、昨年まで愛知県の景気がよいといっても実感がわきませんでしたが(前からこんなもんでしょという感じ)、自分は理解していると思い込むことほど危険なことはないことを実感します。

 総務省が公表している地方行財政に関するページ(参照)では数多くのデータを取り扱っていて、当初はトヨタ自動車の減収減益で豊田市が大変だろうなという程度で考えておりましたが、こちらを見ていると、財政における地方の占める役割の大きさに驚きます。「地方財政の状況」(参照)から「国および地方の歳出・税収の国際比較」を見ると、大雑把ではありますが、中央政府の財政と地方政府の財政の比率を歳出面から見れば、日本は連邦制を採用している国と同等であるのに対し、税収から見ると、そうではない国に近いという歪な構造であることが示されています。私自身は、いささか性格が悪いので、この種の資料も総務省(旧自治省)対財務省という文脈で割り引きたい部分もありますが(例えば、おそらく一般会計のみの数字なので特別会計を入れるとどうなるのだろうという疑問があります)、いわゆる「全国紙」の報道では国の一般会計予算に関する報道がほとんどで地方財政については相対的に報道があまりに少ない印象もあります。

 やや大袈裟な表現をすれば、安倍政権では「国のかたち」を主として外交や安全保障から問題にしたために、国と地方の関係という、いわば国の「内臓」のあり方に関する議論は後景に追いやられていた印象があります。以前、「保守の衰退 自民党の凋落」という「寝言」を書きましたが、ここでも家族という単位に焦点を当てようとしていたのに、やはり国レベルでしかものを見ることができていなかったことを実感します。国際経済が来年も荒れる(おそらくは今年の後半以降から本格的に始まった、金融危機から危機への対応という意味でのアメリカの「失政」がよりひどくなるだろうと見ておりますが)一方、日本国内の情勢を見る際には、中央と地方という明治維新以来の問題がやはり大切なのだろうとあらためて実感します。

 経済危機があろうがなかろうが、中央と地方の制度的・政治的関係は現状とそぐわなくなっていたと思いますが、経済が緩やかとはいえ、拡張が続いている間には、少なくとも財政的な面で問題が顕在化しない状態だったのでしょう。今後、経済危機そのものは地方からすれば外生的なショックですが、今後、経済危機の深化とともに、国と地方の関係は財政面に限定しても変化してゆかざるをえないのかもしれません。


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2008年12月25日

トヨタ自動車の「危機」と地方財政(2)

 祝日だった23日に不敬のきわみですが、民放の番組を録画で流しているブログで見ていて、まじめに政府通貨が「経済学的に」有効だとおっしゃる方がいて、しみじみ地上波の番組って悲惨だなあと思ったりします。そういえば、ある経済評論家がお昼のワイドショーで私は死刑廃止論者だから、裁判員に選ばれることはないとしゃべったのを母上が真に受けていて、テレビって怖いなと。幸いなことに、一家全員、「徴員」を免れましたが、刑法の専門家にチラッと聞いたら、「テレビでは公共の電波でそんなことを平気で流しているんですか」とあきれていました。ちなみに、私が窃盗をしたら手首を切り落とせ、人殺しは即死刑と「持論」(素面でも酔っ払いみたいなことが言える神経が自分でも信じられない部分がありますが)を述べたら、「そういう人が裁判員に一番、選ばれないんですよ」と苦笑いしつつ、人格的に欠陥がないかとそっと探りをいれられてしまいました。ま、元次官を殺害しちゃった人とあまり変わらない目で見られてしまうわけでして、「素人」さんにはお奨めできない「荒業」ですが。

 さて、本来の主題は地方財政の「危機」なのですが、これが樹海をさまよっているような気分になるぐらい、本当に難しい。わからないなりに23日に「寝言」にしてみたのですが、なにせ、管理画面で記事投稿で貼り付けて、リンクをはっている最中によもやのフリーズ。IE7でタブを開きまくった状態だったのでやむをないのかもしれませんが、私の頭もフリーズ。バカバカしくなって、シャットダウンして寝てしまいました。

 このシリーズ(?)を書き始めたきっかけは『産経』の12月21日を読んでいて、平成21年度予算の財務省原案を批判している記事を読みながら、『朝日』などと同じく一家の家計にたとえて「アソウさん一家」のドタバタ劇を書いているのですが、オチが妻のユウコさんにタロウさんが反論するというあたりで激萎え。どうせ、ぶっ飛んだ政権批判をやるのなら、「大阿呆峠」ぐらいナンセンスさがないと、単なる悪口になってしまいます(説得力ゼロの後付)。まあ、言い訳をすると、「教えてあげる 人間には二種類しかいないの 支配される愚民共と… 君臨する覇王よ!!!!」(出典は……。わかる人がわかればいいです)と開き直って、徹底的にバラマキをするとでもおっしゃればいいのにと思うのですが。麻生首相の生まれがよいことぐらい知らない人の方が少ないので、徹底的に「上から目線」に徹した方が、スムーズにメッセージが伝わるような。変に庶民感覚なんてもっていただく必要もなく、もっていなくて当然なので、正直、ホテルのバー(言いにくいのですが毎日は無理にしても、あの程度であれば年に数回程度ですけれども、私でもちょっと安い店ぐらいには出入りしますからね)の話にはまるでついてゆけず、あの話を質問した記者はレベルが低すぎるから記者クラブから排除されるのかと思ったら、そうでもない様子で、しみじみ変な世界と縁がなくてよかったと思ったりします。

 そんなわけで私の心が折れたのは、首相が消費税を含めた税制改革に触れたあたりでして、いくら3年後とはいえ、足元で消費が冷え込んでいるところに、「近い将来、増税するかもよ」ではもともと痛み止め程度の効果しか見込めない財政政策が、いよいよただの金食い虫になりかねないということです。定額給付金も筋がよいとは思えないのですが、高所得者に返却という「矜持」を求めるのも、ため息が。「矜持」を求めるのなら、高所得者にはこれの2倍、3倍、カネを使おうぜというメッセージが適切なのであって、正直、短期市場なんて失礼ながら閉鎖的な世界の住人ではない普通の人にとっては白川総裁がプレゼン下手なんてどうでもいいのよ。公共事業ではなくても、失業対策に医療費や年金、介護など社会保障での支出増を抑制するのはもはや不可能に近く、国と地方の支出は増えるでしょう。さらに、直接税の落ち込みが厳しく、財政のやりくりは大変でありまして、麻生首相が発するメッセージで財政支出の効果が変わるというわけではありませんが、萎えるメッセージは出さないでほしいというところです。

 話が変わって、もう嫌気がさすのですが、この「寝言」を書きながら、他の作業をしていたら、途中で突然、OSが勝手に再起動して、すべての作業が中断。前回のMicrosoft Update以来、異常に調子が悪いです。SP3になってからやたらと重いことが増えているし、Vistaへ乗り換えさせようというマイクロソフトの陰謀?)。ひょとしたら、ウィルスバスター2009で余計な対策をしているのかもしれませんが。また、上書き保存をしないでいたら、再起動。ちょっと、いらつきながらなので文章もイライラ気味になっているかもしれません。お越しいただく方は減る一方ですが、「不機嫌な寝言」カテゴリーでもつくろうかなあ。本題は自分用のメモなので、読んでいただく前提で書いておりませんので、お仕事口調です。読まなくて結構。長いので、暇で暇でしょうがないという幸せな方(クリスマス・イブを不幸せに過ごした方もどうぞ、どうぞ)は、「続き」でもどうぞ。


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2008年12月24日

トヨタ自動車の「危機」と地方財政(1)

 昨日、豊田市の財政状況を見ていて、この比較的、健全な地方自治体が法人市民税の収入がほぼゼロになってしまった場合、どんな事態になるのだろうと、「寝言」を書いておりました。実は、12月22日から23日でPCの電源を落とすのを忘れていたために、23日も休止状態から使い始めたせいか、XPのSP3では徐々に増えてきているのですが、フリーズ。しかも、ノートパッドを保存していなかったので、「時の最果て」に「記事投稿」する際という最悪のタイミングの事故でして、データやリンクがすべて消えてしまいました。

 当初は、トヨタ自動車の2009年度3月末決算における損失発生の話そのものよりも、法人からの税収減と今後の雇用対策で地方財政が耐え切れないのではないかという「寝言」でした。しかるに、データはすべて消えてしまい、何を書きたかったかは覚えているのですが、再現するとなるとバカバカしくもあり、年の瀬で想定以上につらい状態なので、流そうかと思いました。他方で、リーダーで読み込む記事の多くは、トヨタの決算見通しに関するものが多く、刺激を受ける反面、現状がわからず、有価証券報告書などでは速報性にかけるので、トヨタ自動車本体のサイトを見ていたら、これはむごいなという状況でした。父上との会話では為替リスクっておっかないなあ、でも、あれぐらい予測できないのかとのたまうので、一言、「無理」で却下。為替レートの変動についても触れてはおりますが、まるで自信のない分野なので他の部分もそうですが、「寝言」として読み流していただければ幸いです。


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2008年12月21日

平和な「百年に一度の津波」

 髪を切ってきました。あまり深い意味はないのですが、年末ぎりぎりに駆け込むことが多く、混んでいることも多いので、早めに済ませようという程度です。気のせいか、土曜にしては空いていて、快適ではありましたが、あまり景気がよくないなあという感じ。やはり若い人はテレビを見ないようで、たまにニュースを見る程度という人が多いなあと思いました。「派遣切り」で騒いでいるのを見ると、胸がムカムカするんですよというのはなんとなく同感。途方もない年収を手にしているキャスターが「派遣切り」がけしからんとかのたまうのは滑稽千万(とはいうものの、今週、地上波の番組をまったく見ておりませんが)。偽善と嘲られようが、年収の半分ぐらい寄付したらどうだとすら思いますね。大企業叩きにはうんざりしますが、某メインバンクから「【○○○○○○○銀行】日本中央競馬会『即PAT』入会キャンペーン」という件名のメールが届いて口あんぐり。やたらシステムメンテナンスで不便でたまらないのですが、とっても素敵なサービスを充実させる努力をなさっているようで。なんだか世間様の斜め上をゆく案内に、小泉元総理引退の「真相」とヴァチカンの黒いつながりという「超展開」も所詮はフィクションでありまして、現実の方がすごいよなあと。ちなみに、メール自体はこんなノリでした。


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 日本中央競馬会(JRA) 「即PAT」入会キャンペーン!

 賞品:’07日本ダービー馬「ウオッカ」のQUOカード(500円分)

◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆ 2008.12.20 ○◆

2008年10月25日から○○○○○○○銀行の口座を利用してJRA 電話・インターネット投票サービス「即PAT」がご利用
いただけるようになったのをご存知でしょうか?

当行に普通預金口座(キャッシュカード含む)をお持ちの20歳以上の
お客さまであれば、JRAのホームページからオンラインでのお申込手続
により、即日JRAのインターネット投票「即PAT」の会員に加入でき、
同時に勝馬投票券を購入(投票)いただけます。

[特徴1]「○○○○○○○ダイレクト」のご契約のない方もお申込可能!
[特徴2]パソコン・携帯電話利用により、どこにいても投票できます!
[特徴3]土・日でも当行のATM、または提携金融機関ATMから
     追加入金が可能!
[特徴4]「即PAT」会員加入には年会費、手数料は一切不要!


 日銀の「失策」ねえ。まあ、ちとのんびりしすぎていたかもしれませんが、民間部門がやりすぎたり、足りなかったりしなければ、政府や中央銀行の出番はないわけでしてね。インタバンクがとか緩和がどうたらこうたらとか騒いでいる間に、こんなとてつもなく平和なサービスをなさっているわけですよ、市中銀行様は。株式売買のように、勝馬投票券を外して負けが込んでも、税から差っ引いていただけるんなら結構な話ですけれどもね、ええ。渡辺明竜王や上海馬券王先生のような「勝ち組」ブルジョアとは異なって、明日の糧さえ事欠く貧しい一般庶民には遠い存在なのだよ。競馬なんて。

 ついでといってはなんですが、実家に電話したところ、正月に帰らないと聞いて安堵の声。虫干しもしていない布団で寝るのは本当につらいので、帰りたくないのが正直なところ。それにしても、新聞では日本人の「派遣切り」ばかり取り上げていますが、トヨタをはじめ、愛知県内の製造業ではブラジル人など外国人労働者を受け入れていたものの、大量に契約を解除しているそうです。なかなか小奇麗な寮に外国人労働者が住んでいて、けっして報道にあるような悲惨な状況ばかりではないようですが、景気の悪化に伴って職を失うと同時に、住まいも失う可能性があり、ちょっと不安だと父上が漏らしておりました。ヒトの「グローバル化」にともなう諸問題が一番、厄介(経済合理性で割り切れない部分が最も多い)だと感じておりましたが、なかなか難しい問題です。イギリスなどは階級社会というより、人種格差社会という印象が強いのですが、帝国としての歴史が浅い国は対応に失敗しそうだなと思ったりします。

 愛知県といえば、ローカル紙の中日新聞(スポーツ面とテレビ欄しか読むところがない)が幅を利かせていますが、中部電力の2008年11月の電力販売が前年同月比で大幅に減少したそうです。父上の話では、中部電力本体および関連会社のみが閲覧できる情報で産業用電力販売の落ち込みがすさまじいとのこと。なんで一年前と比較するんだろうなあなどとのたまうので、統計の多くでは単純な前月比では季節要因などを排除できないので、季節調整をするか前年比とすることが多いと説明したら、お前、少しは頭がいいんだなあと感心していました。「猫に小判」だから俺に見せろという一言を飲み込みながら、話を誘導したら、まあ、おもしろい。

 浜岡原子力発電所の1号機、2号機の事実上の停止に備えて(おまけに5号機はタービンの不備で一時、停止)の上越火力発電所の建設が進んでいるものの、東北電力さんは50Hz、中部電力は60Hzで変圧機に負担がかかっているとか内情は複雑なようです。電力需要は景気後退で急速に減少する一方、長期では供給制約もあり、電力会社も対応に苦慮している様子。変圧に関してはインピーダンスやコンデンサ(父上は某名古屋大学と某名古屋工業大学を落ちたとはいえ、一応理科系)などといった懐かしい話で意外とおもしろかったです。一応、内部情報なので詳細は省かせて頂きます。それにしても、経済に関してノーテンキな父上は「社債で年2%弱って俺もほしいな。銀行預金の利率なんて」と話すので、平和だなあと。ネットを使う必要がないようなので、「即PAT」を教えてなけなしの預金をすらせちゃいましょうかという悪魔の囁きもありましたが、さすがにやめ。

 それにしても、実体経済の落ち込みは指数では出てこない部分も多く、また、外国人労働者などの待遇などは「派遣切り」でどんちゃん騒ぎをしている割にメディアがちゃんと報道していないような気がします。国内経済と海外を切り離すことは最早、できない時代であるにもかかわらず、気分はいまだに1980年代気分てなところでしょうか。円高がどうたらこうたらでバカみたいに騒いでおられるご様子。スピードからいえば、「カネ」の問題が最も優先順位が高く、「モノ」、「ヒト」とならざるをえないでしょうが、現段階から「ヒト」の問題に手を打った方がよいのでしょう。不況自体も深刻な問題ですが、既に大量の外国人労働者を受け入れており、その雇用が失われるということは経済問題であると同時に、複雑な社会問題を招くでしょう。やらなくてはならないことが多いので大変だとは思いますが、市場では解決できない問題を見極めて政府や中央銀行ができることとできないことを、明言するかどうかは別として、明確に意識した上で必要な手を打ってゆくことが肝心だと思います。


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2008年12月19日

いろいろな「終わり」

 ふわあ。もうとにかく眠いです。クリスマスとか、正月とか、どうでもよいので、とにかく寝たい。ぐっすり眠りたい。不景気な割りに、この時期はさすがに居酒屋は混むものだとびっくりします。ただ、濃淡が激しいような。年々、酒に弱くなる一方なので、酔っ払ったときの会話をまるで覚えておりません。個人的には、お昼の洋食屋さんで店主さんと話をしたときの方が記憶に残る始末。やはり景気の落ち込みは厳しく、本当は値段を上げたいけれど、ただでさえ客が減っているので厳しいとのこと。ハンバーグ定食が950円でだいたい完売しているそうですが、もっと高い価格帯(焼肉その他)では苦戦気味のようです。口に含んだときの香りでだいたいですが、使っているお肉の質はわかるもの。それにしても、景気の話から教育の話までいろいろ会話しているとおもしろいものです。「教育改革」をやる前に、トップご自身に漢字の読み方のお勉強でもしていただいた方が教育効果が高いでしょうにと呟くと、「そりゃあ、そうですね」と苦笑されてしまいましたが(この話はやはり盛り上がるのですが、以下略。 「大阿呆峠」「大阿呆峠(続き)」はGoogle様にキャッシュすら残していただけない、心無い扱いを受けておりますので(涙))。

 しかし、教育への危機感は意外に強く、学校がどうたらこうたら以前に親や家庭、地域に問題がという話になって、ああ、やっぱり意識されないことの方が多いんだなあと感じたりします。家族という単位が食生活のレベルで崩壊しているので、20代前半あたりの若い人だけを集めて忘年会をやろうとしても、まず、予算を決めて前金を集めることができない。さらに、大皿を頼んでみんなでつつくということができない。他社も似たようなもので、職場で集団生活をする躾からしないと、仕事にならないというのが現状。ただし、あまりに労力が大きすぎるので、新人さんを育てようという余裕のあるところが少なく、短期間で安直に退職してしまうので、不正規雇用が増えてしまう。国会で与野党がなにやら議論してますけれど、あんなの骨が見えるような怪我(かいがじゃないよん)をしているところに絆創膏を当てるようなものですよと話していたら、びっくりしていました。

 悩ましいところですが、従来どおりの集団生活になじませる躾を続けるのか、現状に合わせて組織のあり方を変えてゆくのか。学校教育への期待値は非常に低く、せめて集団での活動になじませる躾の場とするのか、逆に個のままで学力を追及する場にするのか。あまり、多くのことを期待してもムダでしょうね。というわけで、教育は医療よりも目に見えない形で終わっている感覚すらありますが、年末も近いですし、雑記風に、いろんな「終わり」を「時の最果て」風に。

 イラクから航空自衛隊が年内に撤収すると聞いて、なんとなくホッとします。決して華々しい活動ではありませんが、地味に活動された方々に感謝します。「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法
」8条の6に定められた規定は変なものですが、変な「法的制約」の下でも粛々と任務を続けられたことには頭が下がります。

 自衛隊の部隊等が対応措置として実施する業務には、次に掲げるものを含まないものとする。

  一  武器(弾薬を含む。第十八条において同じ。)の提供
  二  戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油及び整備

 形式的には法的制約ですが、当時の政治的な制約を反映したものなのでしょう。率直なところ、「自衛隊の海外派遣反対」というステレオタイプの批判は、私が過小評価をしているかもしれませんが、あまり影響がなかったように思います。簡単に言えば、戦後、50年近く自衛隊を国外で積極的に活用するという発想にこの国の多くの人はなじんでいないのでしょう。また、慎重論の少なくない部分は、自衛隊員を危険にさらすような重い決断に耐えられないという感覚が根底にあると感じることもあります。あるいは、自分は安全地帯にいて自衛隊だけを戦闘地域か否かという神学論争以前にやはり危険のある地域に派遣するのはどこか後ろめたいという気分でしょうか。

 やや「優等生的な」見方のように響くかもしれませんが、周囲でよほど特異な思想の持ち主でない限り、5年前の周囲の議論を思い起こすと、そんな危ないところに自衛隊を派遣して大丈夫かという話がほとんどでした。この問題を当時の小泉総理は政治的リーダーシップで押し切った。ひどい言い方をすれば、国会での質疑では「無理が通れば道理ひっこむ」という感もありましたが、政治的にギリギリの線を抑えて派遣したのはやはりよかったのだと思わざるをえません。やはり、イラク戦争とその後の占領統治は評判が悪かっただけに、変な法的制約が自衛隊の活動を過度に抑制したとはいえ、成果を収めることができたと思います。

 まったく平和なところでは第21期竜王戦七番勝負が終わりました。渡辺竜王が5期連続でタイトルを保持し、初代永世竜王の称号もあわせて獲得しました。おめでとうございます。それにしても、不思議なシリーズでした。実際のところ、偶然、第1局から観戦しましたが、素人にはお手上げの戦型の連続で、なんとなく一手損角換わりの意味がわかったら、今度は「急戦矢倉」。26手目、渡辺竜王の△3三銀が欲張った手というのは棋譜コメントがなかったら、まったく意味がわからなかったでしょう。もっとも、コメントがあっても、私の棋力では難しいのですが。素人目には81手目でコメントにある▲2二銀をなぜ羽生名人が選ばなかったのかが気になりますが。最終局のせいか、感想戦のコメントも少なく、ちょっと残念。

 タイトル戦をフルセットで追ったことがないので、的外れかもしれませんが、先手番で2勝、後手番で5勝というのは不思議な感じです。「先手の利」と「後の先」のどちらが勝るのかはわかりませんが、「後の先」をはっきりと感じたのは、第3局と第6局でしょうか。棋力があまりに低いので、わからないところがありますが、第3局と比較すると、第6局は後手渡辺竜王の方がより挑発的な印象をもちました。第7局も第6局と同じく急戦矢倉でしたが、▲3三銀という主張を羽生名人がとがめることができたのかはわかりませんが、先手がよいと思える局面が何度も出てきたように思います。いずれにせよ、棋力の低い私では渡辺竜王と羽生名人でどのような秘密の会話をしていたのかはまるでわからないのですが。

 渡辺竜王は羽生名人を相手に3連敗後、堂々とした将棋で4連勝というのはたいしたものだと思います。初代永世竜王に将棋のタイトル戦7番勝負で3連敗後に4連勝は初めてとのこと。今後の活躍に期待します。


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posted by Hache at 23:44| Comment(0) | TrackBack(1) | 気分しだいの寝言

2008年12月18日

FRBの投機的な「膨張」

 ふう。あれこれ書きたいものの、インプットが精一杯で、アウトプットにする処理が追いつきませぬ。来週まで地獄の2週間でして、今年も年賀状が出せるのだろうかと不安になります。ブッシュ大統領がイラクでの記者会見で靴を投げられたシーンを見ると、さすがに修羅場を潜り抜けたお方は違うなあと。顔色ひとつ変えずに、2回の「攻撃」をかわしていて、ちとびっくり。国内の報道では反米感情の根強さを強調しているようですが、この程度にまで落ち着いてきたのねと相変わらずの鈍感さ。ブッシュ大統領はやはりいかれた「外道」にとっては最も大統領らしい感じがします。その後を継ぐオバマ次期大統領の財政政策のpackageが膨らんで、Wall Street Journal紙あたりが皮肉っていますが、もう少し落ち着いたところで見たいところです。

 FOMCといえば、こちらをまず見てしまいます。というより、下手な報道より速いというのはちとびっくり。声明の内容そのものに関しては、こちらの分析で十分かなと。あとは『本石町日記』さんのところでテクニカルな説明を拝見してわかったような気分になりした。実は、FOMCの解説は伊藤洋一さん頼みで過ごしてきたので、全文をじっくりと自力で読んだことがありません。ふと、気がついたのですが、いわゆる「ゼロ金利」、「量的緩和」という表現そのものこそ出てこないものの、新聞の見出しとそれほど手段は変わらない。「へえ」と思ったのが、物価へのコミットメントがないこと。

 だから不満というわけではなく、ゼロ金利、量的緩和といっても、民間金融機関がリスクをとることが困難な状態でマネタリーベースを積み上げてもねえというところです。デフレ脱却のために物価水準にコミットせざるをえなくなった日本銀行よりも巧みだなと。FOMCの声明では"The Federal Reserve will continue to consider ways of using its balance sheet to further support credit markets and economic activity."と手段の細かさの割りに目標を曖昧にしていて、よくできた声明だなあと感心しました。支えるけれど、主役じゃないですよというわけでして、やっていることは事実上、金融市場の、部分的ではありますが、代替ですが、補完役だということに徹して、裁量の余地を維持しているのはさすが。

 長期債務の買い入れも検討しているようですが、アメリカの長期金利が既に歴史的な水準にまで低下しているわけでして、象徴的な意味しかないのかもしれません。露骨に言えば、国債も買うぞという姿勢も見せて、実際に買うのかどうかは別として、とにかくB/Sを膨らませるぞというシグナルなのかもしれません。現段階で確実な効果は主要通貨に対してドルが低下していることでありまして、財政赤字が次期政権ではさらに膨張する事態に縮小傾向にある経常収支赤字が縮小する効果はありそうです。決済が安定するのにはまだ時間がかかりそうですし、金融仲介機能となると、当面、どうしたら回復するのかさえ見通しが立っていないのでしょう。そんなことは百も承知で、物価へコミットすることはなく、日本でやらせようとしていたバーナンキ議長はとってもステキ。

 FOMCの声明を読むと、「ルール」を無視して、「裁量」の極大化を図っているようにも見えます。金融システム不安が続いている非常事態では適切なルールの設定は困難であり、やむをない感もありますが、バーナンキの経済観がリアルワールドとどの程度、適合しているのにかに金融政策の成否がかかってくる事態といってよいでしょう。バーナンキの経済に関する全体像をつかむのは私には無理ですが、彼の経済観が比較的、現実経済と整合していれば、アメリカにとってだけではなく、世界経済にとっても朗報です。そうではない場合、国際通貨体制そのものが掘り崩されるリスクも出てくる、ちょっとおっかない丁半博打といったところでしょうか。


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2008年12月15日

ブッシュ大統領のイラク訪問

 経済危機の苛烈さにイラク戦争・占領統治をめぐるブッシュ政権の対応には十分に注意を払うことができていませんでした。Wall Street Journal紙は、AP電としてブッシュ大統領が2008年12月14日にバグダードを訪問したと報じました(参照)。Yahoo!で配信されている記事とは内容が若干異なるようで、今回は両者の読み比べというより、まだ私自身、整理できていない雑記です。

 金融危機がなければ、ブッシュ政権からオバマ政権への移行で最大の焦点となったのは、イラクの占領統治の後始末だったのかもしれません。オバマ次期大統領は、イラクからの全面撤退を進めると発言しましたが、現在でも、この発言が生きているのかは、私の情報収集不足でよくわからない点があります。いずれにせよ、2007年から今年の春にかけて増派によってイラクの治安情勢は大幅に改善し、米軍の段階的撤退がアメリカとイラクの間で合意できるところまで回復しことは2006年頃の情勢を考えると、感慨深いものがあります。もちろん、戦争後の占領統治の不首尾やアブグレイブの屈辱など、何度も絶望感を感じる時期がありました。

 それでも、しきりに言われた「ベトナム化」とは異なる困難がありました。通常、ベトナム戦争と対比する場合には、ナイーブに「泥沼化」を意味していたように思います。松尾文夫さんは、「ベトナム化」に関して、2006年12月16日の「ベトナムとは違う『一人勝ち』の悲劇」(参照)でベトナム戦争の「出口」として共通する点として、「私が重要だと思うのは、超党派のISG報告書の底流に流れる内向きのエゴイズムである」という鋭い指摘をされています。私自身は、ISG報告書では結局、イラクを混乱に陥れるだけであろうというナイーブな見方をしていましたが、松尾さんは鋭く、「ベトナム化」の本質を見極め、なおかつベトナム戦争よりもイラクの占領統治の方がはるかに困難であることを明快に指摘しています。

 後知恵ですが、ベトナム戦争とイラク戦争の相違は、前者がベトナムによる民族独立、あるいは人民解放戦線(背景には冷戦下における米ソの対立がありますが)というアメリカといえども抗しがたい潮流に向き合わなくてはならなかったのに対し、後者は民主化という目標が加わったために、フセインの独裁体制を倒した後のイラクの国家建設にまでアメリカが関与せざるをえなかったということなのでしょう。イラク戦争は、「アメリカ一人勝ち」という力関係の下で複雑な側面をもちました。少なくとも、(1)対テロ戦争の延長として中東の心臓部に米軍を送り込む、(2)「バグダードからエルサレムへの道」という中東の安定、(3)イラクを改造することによって、アラブ諸国において民主主義が定着した国家を創出するといった様々な思惑があったと考えております。

 12月1日のABCにおけるブッシュ大統領の発言を英文で確認しておりませんが、大量破壊兵器の問題は、紛れ筋であったと思います。「イラク戦争の『本当の理由』」という「寝言」で、やや露悪的に「口実」、「因縁」と表現しておりますが、ブッシュ大統領が大量破壊兵器の問題をどの程度、重視していたのかはわかりませんが、政策決定者の認識にもかかわらず、先に挙げた問題がイラク戦争の「必然性」ではなく、誘因となったと思います。イラク開戦当時は、アメリカの選択肢が広いように見えたからです。少なくとも、イラク戦争は「戦わなければならない戦」ではなかったのでしょう。

 結果的には5年近い歳月と、4千人を超える米兵の犠牲、6,000億ドル弱の戦費、そしてなによりも、フセイン体制の下で抑圧を受けていたとはいえ、イラクの市民はあまりに多くの犠牲と負担を負わなくてはなりませんでした。それは、彼らが望んだことではなく、アメリカの強制と不手際によるところが大でした。私自身は、イラク戦争の是非そのものに関して断定するほど強い根拠を示すことができませんが、なんとか駐留協定にまで達したとはいえ、やはり払った犠牲は大きいと感じずにはいられません。

 他方で、ブッシュ大統領は、"The work hasn't been easy, but it has been necessary for American security, Iraqi hope and world peace" と語ったそうです。また、タラバニ大統領はブッシュ大統領をイラクの自由化を助けた友と呼んだとのことです。果たして、段階的撤退後、イラクが自ら安定を保てるのかは疑問がありますが、イラクが反米国家ではなく、アメリカの軍事的関与を受け入れ、民主国家として自ら意思決定できる状態になれば、イラク戦争の必然性を示すものではありませんが、結果的に戦争は単なるアメリカの「暴走」ではなかったといってよいのでしょう。

2008年12月14日

意地の悪い神様

 土曜日にCATVチューナーに付属のHDDレコーダーを整理しようとつけたら、竜王戦第6局2日目の録画をしていたことに気がつきました。将棋自体は、素人目には大差で渡辺竜王の勝利でした。53手目▲2五飛の時点で例によって2筋が駒柱寸前で、羽生名人の駒の働きが今ひとつな上に、先手陣は飛車を渡すと一気に危ない陣形なのに飛車が質駒というのはあまりにつらい。第4局でも駒柱一歩手前の形を羽生名人が選びましたが、途中が難解なので素人の浅知恵にすぎませんが、どうも駒の働きが悪い形を選択して負けているような。ただ、34手目の△3一玉を見れば、自然と2筋に手を伸ばしたくなるもの。ある程度、そのあたりを渡辺竜王が読んでいたなら、序盤で作戦勝ちなのでしょう。34手目はBSの野月七段の解説では新手とのことで、▲6五歩もあるそうですが、あえて先手に攻めを催促させる感じで、ふてぶてしい感じです。▲2五歩は感想戦の中で羽生名人が自重した感じですねと呟いていたのが印象的でした。先手の攻めが決まらなければカウンターをお見舞いしますよという感じで、その注文どおりの将棋になってしまった感じ。

 将棋自体があまりに早く終わったので、2日目の午後は対局前のインタビューまで紹介していました。渡辺竜王が若いのと性格もあるのか、元気がいいなあという感じでした。羽生名人はいつも通りという表現をいつも通りに使っていて、NHKのアナウンサーが本音がつかめないですねえとぼやいたあたりは、メディアの人とそうじゃない人は違うんだなあと。渡辺竜王の方は第3戦まで3連敗でしたから、生きた心地が無く、ダメモトから2連勝して意欲が復活してきたという感じですが、羽生名人はこんなもんだろうなという感覚でしゃべっている感じで、しいて言えば、少しだるそうな感じ。たぶん、本音を言わないとしたら、風邪か体調が今ひとつだというあたりを話さないところぐらいじゃないかなと。棋譜のコメント欄にも食欲がないことや寒がっていることから、体調を崩しているんじゃないかなと。40も近づいてくると、よくあるのではと思ったりします。ただし、そういうことを言ってしまうと、プロとしては話にならないので、言わないでしょうが。二人とも番外戦術という世代ではないでしょうから、あまり付加読みしない方がとも思ったりしますが。

 『読売』がご丁寧なことに、麻生首相が野党のヤジに皮肉で反撃したと書きながら、また漢字の誤読をご丁寧に報道していて、もし擁護したいのなら、あえて無視した方がよさそうですし、手の込んだ政権攻撃だとしたら、脱帽ですね。最近は、漸く、麻生首相のリーダーシップを損ねることが国益に反すると使命感に燃えている方が記者さんにもいらっしゃるでしょうが、既に時遅し。もともと、2007年の参議院選挙から、衆議院選挙をへずして自公政権内で2回も総理が交代してしまったので、収拾がつかないのが現状でしょう。年下と雑談しているとハッとさせらることが多いのですが、「選挙はいつなんですか?」という質問にはびっくり。失礼な話ですが、20代は選挙に行かないだろうと思っておりましたが、世代間の比較であって、興味を持っている人はもっているのだなあと。ポツリと、「もう麻生さんに事実上、解散権はないかもしれない」と呟くと、今度は向こうがびっくりしていました。

 勢いがあれば、来年9月の任期満了まで引っ張っる構えで、積極財政というよりは金融とセーフティネットの整備を行って解散という手もあるでしょうが、そんな勢いを感じず、今回の税制大綱で内閣がバラバラだというのがはっきりしてしまえば、事実上、死に体でしょう。現状で解散総選挙をやっている場合なのかという感覚もありますが、民主主義といっても、数年に一回、代表者を選ぶだけですが、その機会すらなく、与党の都合で安倍政権から福田政権、福田政権から安倍政権とコロコロ変わっているわけですから、レベルの低い揚げ足取りが増えてくるのも、それなりの理由があることをプロほど忘れがちなのではと思います。小泉政権から安倍政権の場合には、苛烈なまでの結果が参議院選挙で下りましたが、結果として衆議院で与党が3分の2を占めいていることが不幸だったとも見えなくはないですが。要は、いまの衆議院とそこで選出された総理には自分たちの代表者であるという感覚が有権者にないので、ちょっとしたことをきっかけに支持を失ってしまうという事情があることを忘れると、メディアに踊らされる有権者は「愚民」だとしか映らないのでしょう。

 他方、アメリカのビッグ3の救済が目に付きますが、もはや国内の短期金融市場はアメリカと同じく異常な状態で日本政策投資銀行がCPを買い取るという非常事態。細かいことはまるでわからないのですが、日銀が公開市場操作で吸収できないレベルまで来ているわけで、景気対策よりも金融市場の安定化に本腰を入れないと、大変な感じです。グローバル化の次元を大雑把にヒト・モノ・カネでわけてしまえば、私自身は長期で最も厄介なのはヒトだろうと思いますが、カネのグローバル化は範囲が広いだけでなく、ある国での変化が他国へ及ぼす速度が最も高く、アメリカが揺れれば、日本や中国に激震が走る。物事を政治から捉えるヒトにはわからない感覚でしょうが、経済というのはある程度の経済主体の数が参加してしまうと、自然現象のようなもので、政治などとは異なって、感情を排して突き放して見た方がよいと思います。

 なおかつ心得ておくべきは、自然現象、とりわけ物理学や化学のような精度をもって規則性なり法則性が存在するのか自体がかなり曖昧な世界だということでしょうか。あるいは、経済における法則性とはなにかということは相当、曖昧だという感覚が必要だと思います。こんな時期に暇人の「寝言」ですが、喧々諤々のマクロ経済政策論争をやりたい人はいくらでもいるでしょうから、経済における法則性とはいかなるものなのかということを問うとはいかなることなのかということを分析する人がいてもよいだろうと。百年に一回の危機ですから、目先のこと、それとはまるで異なるように見えること、それぞれを考える人がいてもよいだろうと。すぐにタコツボ化して、役に立つとか立たないとか、どちらが高尚かとかタコツボ通しの見苦しい争いが起きるこの国では無理でしょうから、海外からの情報に目が行ってしまうのが率直なところです。

 Hart and Zingalesの論説をとりあげたときに、「市場の失敗」という表現を用いましたが、「市場の欠落」の方がよいのかな。放っておけば、不動産価格の下落によって自発的な再交渉が行われる市場が存在しないわけですから、そのような市場が形成されるように政府がイニシアチブをとる必要があると彼らは論じているわけで、いわゆる「自由放任」ではなく、市場と政府の関係をあらためて見直してゆく流れになるのかもしれません。具体的な問題と抽象的な思考は別の世界だと感じる人は、やはりどちらの問題についても捉えることができないわけでして、現状では先のことを予測できるのかは、水晶玉で占うのと大して変わらない印象です。

 それにしても、2人交互手番ゲームですらこれほど奥が深いんだなあと、竜王戦七番勝負を見てしまいます。後手を引くように見える手が相手の形を決めさせる効果をもつ。将棋の話をそのまま、別のことに持ち込むことはできませんが、これだけ相互依存が多様なレベルで決まる世界では、既にある変化が起きたら、他の状態が既に変化していて、私たちが見ているのはそれが知覚されるプロセスにすぎないという変な感覚をもってしまいます。なんとも、自分でも頭がいかれているなあと思いますが、神が世界をつくり給うたのなら、ずいぶんと意地の悪い神様だったのではと首をひねる毎日です。
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2008年12月13日

大阿呆峠(続き)

 ほお、タバコ税を引き上げると発言されたら、即、撤回。次は消費税率の引き上げを3年後に検討するという発言を与党が否定ですか。なかなか「保守本流」の言葉のキャッチボールは奥深いですな。ま、事実関係が不明瞭なまま、「年金テロ」などと平気で騒ぐマスコミのいい加減な伝聞にすぎないので、どうでもよいのですが。とりあえず、この状況下で将来とはいえ、増税に関するコミットメントは禁物ですね。財政出動はあまり意味がないのでしょうが、政府が不況に無関心どころか、将来、痛めつけるぞというシグナルを発するのは危険すぎますので。

 それにしても、原作のテイストを台無しにしているのは、われながら、嫌なものだなあと。しかし、あの伝説の原作・アニメの「オタク」と思われるのも、本当のオタクの方に失礼ですし。このあたりが妥当かなと。個人的には、「映像特典3 ぷにえニュース」が関節技(サブミッション)の実写版とくれば、いけている感じですが。もちろん、最終回も大和田先生の「酒は飲んでものまれるな」とか「タイフーン…なんちゃって」とか「いや〜ん、痛いよん」(佐藤利奈さんが干しなまこを食べようとする瞬間)に続く「まさか北海道で泳いでいるときには女優さんの口におさまるとはね」などの発言はすばらしいのですが、ラジオのトークを聴いたあとでは(以下略)。

 しっかし、妙に時代感覚が一致していて、こういうタイプの子が子供時代にいたなあと思っていたら、なんと生年が大和田先生とどんぴしゃとは……。ガンダム(東海地区)を外れと思って途中で見るのを止めたのは痛恨事でした。1969年生まれって微妙なんですよね。70年代生まれに近いのに、そこには入れてもらえない。60年代前半生まれのノーテンキさにはついてゆけない。でも、年上からはジコチューなんて言われて、「どうせB型でしょ?」と年下に何度、言われたことか(涙)。

 話がぶっとびますが、格闘系で人口に膾炙している高橋留美子『らんま1/2』の場合、キャラの特異体質と日常における「気分」がストーリーを構成する重要な要素でしょう。典型としては「獅子咆哮弾編」です。この作品は、シュール・ナンセンス・リアリズムの傑作です(?)。不幸という気分の動きという日常のなにげないことが主調低音を構成しており、そのバカバカしさが格闘を通して表現されれています。コロンの「「重い『気』を生じ『気』を落とし、『気』が沈む…。口で言うのはた易いが…」がという気分の動きこそ、明示された『らんま』の個々の作品の構成する基本であり、それは暗黙に読者と共有されていることが前提となっています。なによりも、『らんま1/2』の特徴は、共有されていることが明示されないことでしょう。あえて明示する必要が無かったからでしょう。

 他方、大和田秀樹『大魔法峠』ではキャラ設定のみならず、世界観を作者が構成しており、いわば現実世界におけるアンチテーゼとして提示されています。このような世界観を読者に明示しなければ、気分の動きという日常、多くの人が共通して体験する共有感覚だけでは作品が成立しないのでしょう。作品としては、個々の関節技(サブミッション)の成立を省くなど細かな点で、高橋先生の芸風(漫画雑誌の連載形態の変化も無視できませんが)とは異なりますが、シュール、ナンセンス、リアリズムなど底流は類似の点も多いです(なお、大和田先生は熱血物として書いた初期の作品がギャグマンガとして扱われてしまい、現在のようにやさぐれてしまったという不幸な履歴を抱えておられるので、あえて「ギャグ」は外しております)。そこに、現代における大衆的な絵巻物語の困難さと頽廃を感じます。作品が頽廃しているのではなく、現実の価値体系が混乱しているために、現実社会の「建前」を破壊することを出発点としなければならない大衆的絵巻物の困難さなのでしょう。『らんま1/2』が受け入れられた時代は、偏狭なPTAなどを除くと、そのような煩雑な手続きが不要な幸せな時期でした。

 とまあ、屁のつく理屈をこねていますが、どちらも私にとって面白ければよいという「外道」にはどうでもよい話ではありますが。なんといっても、高橋留美子先生にせよ、大和田秀樹先生にせよ、緩急、直前のコマとのギャップ、コマごとのほどほどの凝り方などが心地よく、要は楽しいわけでして。それにしても、アニメを見ても、二次元キャラには萌えずに、おまけ映像特典を見てゆくうちに二次元で表現される三次元リアルキャラに萌えてしまうのは、なんとも想像力の欠けた人間であることを感じますね(遠い目)。

 ちなみに、カテゴリーは「ふまじめな『寝言』」。原作とも、実在の人物とも、「まったく」関係ありません。そこんとこ、よろしくね!


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2008年12月12日

大阿呆峠

(オープニングテーマ 『大阿呆峠』)

プリンスシガーくるるるる 阿呆の国から舞い降りた
コンサバステッキくるるるる 麻生たろう お見知りおきを
失言(しつげん)党争(とうそう)全滅(ぜんめつ)天下分裂(てんかぶんれつ)
きびしい皮肉も口の曲がった笑顔も信じちゃダメ
ポリティカル・クレー・フリーズゼムオール
保守本流につれてってあげる
ポリティカル・クレー・フリーズゼムオール
生き残るすべはただひとつ 正統政治

覇道の道はただひとつ 正統政治






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posted by Hache at 00:21| Comment(1) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言