2009年01月29日

麻生政権への不支持

 ようやく麻生総理がご自身の方針をまとまって説明されました。各紙夕刊に全文がでていますが、首相官邸HPで念のため、確認しました。全文を拝読して、「支持しない」から「不支持」に変わりました。理由は単純で、個々、挙げられている政策メニューというよりも、むしろ政策のプライオリティにまったく賛同できません。外交・安全保障政策は別ですが、経済政策をこの優先順位で実施されるのはご勘弁願いたく、今年の9月までは我慢でしょうか。

 まず、今日の経済にいたる道のりを整理されていますが、当初、民間の「美徳」などが強調されているのに、政策の主たる対象を産業から個人の生活へと転換することを説明する際に、唐突な印象はありますが、「日本の行政は、産業の育成には成功しました」という表現が出てきます。私自身は、戦後の諸産業の成長に行政が補助的な役割で貢献したことを否定できないと考えておりますが、行政が産業を育成したというのはそもそも事実に反するでしょう。国有企業や昔の公社、繰り返し公的資金が投入される金融業、公的関与の強い事業などは別として、多くは民間部門の努力によって産業として確立してきたと思います。

 私は、「当面は景気対策、中期的に財政再建、中長期的には、改革による経済成長」と、申し上げております。

 この優先順位は、実現可能かどうか、さらに現在と将来の要請に応えるものなのか、疑問です。小泉政権の後半からそれに続くあまりに不出来な二つの政権の間に、わずかではありますが、財政収支は改善しました。それは、民間部門の資源の再配分が進み、経済成長が実現した結果でした。小泉政権下の「構造改革」には財政再建も含まれていましたが、それが実現したのは、「実感がない」という批判はあったものの、ある程度、安定した経済成長が続いた後でした。したがって、財政再建の前提は経済成長が持続することであり、問題は、そのために政府が実行できる手段が限られていることです。

 市場経済における経済成長の主体は、民間部門における家計と企業であって政府ではありません。「改革による経済成長」で挙げられている個々の施策は試したら結構ですが、「雇用や市場の創出に重点を置いた」成長戦略といっても、その具体的な施策が効率(消費者の満足や企業の利益)と合致しなければ、ムダでしょう。この項目に限りませんが、個々の施策を統合する発想に経済的なインセンティブを考慮している部分は、私が読んだ範囲ではごくわずかです。しかも、そのほとんどが政府が上からインセンティブを与えるという姿勢であって、農業改革でもディスインセンティブの問題は無視されています。労働や資本の部門間移動が起きないインセンティブ、ディスインセンティブの問題を無視した「改革」など「絵に描いた餅」でしょう。

 政策の優先順位としては、恐慌による痛みを和らげるのが第1位でしょう。ただし、この施策は緊急避難であり、不況下で生じている資源配分のミスマッチを解消するプロセスを緩慢にする副作用があります。不安を早期にあるレベルに抑制した上で、資源の再配分を妨げているディスインセンティブを確実に取り除いてゆく努力が不可欠でしょう。

そのために、政府は何をなさねばならないか。私たちは、この点についても既に多くのことを学んでいます。それは、「官から民へ」といったスローガンや、「大きな政府か小さな政府か」といった発想だけでは、あるべき姿は見えないということです。

政府が大きくなり過ぎると、社会に活力がなくなりました。そこで多くの先進諸国は、小さな政府を目指し、個人や企業が自由に活動することで活力を生み出しました。しかし、市場にゆだねればすべてが良くなる、というものではありません。


 「官から民へ」というスローガン、「小さな政府」と「大きな政府」という発想だけでは経済運営はできないそうですが、「官から民」、「小さな政府」というスローガンの下で1980年代の英米や中曾根政権下での改革、小泉政権下で実施された施策は「市場にゆだねればすべてが良くなる」というナイーブなものではなかったでしょう。公的部門が日英では多くの事業で非効率を発生させ、アメリカでは規制による市場機構の制限が一時的には好ましいパフォーマンスをもたらしましたが、1970年代の混乱をへて非効率なシステムになりました。政府の事前の設計による規制も非効率ですが、市場も常に効率的な資源配分をもたらすわけではなく、競争による試行錯誤によってようやく調整されるものでしかありません。この30年近い経済の変化は、「市場にゆだねればすべてが良くなる」などというナイーブな発想によるものではなく、市場メカニズムが機能するためにはどのような政府のサポートが必要なのかという問題がありました。麻生総理の施政方針演説は、「底の浅い」経済評論家レベルの経済観に依拠しているだけであり、「危機は、むしろ飛躍するための好機」を再び混迷へと導く危険が高いと思います。


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