2009年04月30日

危機と「善意」

 中学時代の同級生が脳梗塞で亡くなりました。とはいうものの、私に情報が入るのが遅かっただけで、既に昨年に亡くなったそうです。平均寿命とかいっても、所詮は平均だなあと痛感します。冷静に考えると、ピーク時にはかなわないものの、中学のクラスは定員をごまかしてなんとか11クラスぐらいあった時代でして、子どもの頃から競争ばかり。大人になったら、今度は長期停滞で都合よく切られて職がないまま、40代に突入目前という人が珍しくない状態でして、やはり自分の境遇は同世代でも恵まれているのかもとふと思ったりします。下の世代には僕らぐらいから平均寿命が下がるから少しは年金の世代間負担が楽になるかもしれないと話していましたが、現実に同級生の病死を聞くと、やはり早すぎると慨嘆するばかりです。

 備忘録みたいな状態ですが、先週、FAXのインクリボンが切れて困りました。火曜日にインクリボンを買ってきて、届いたFAXを印刷したのですが、普通紙FAXがこんなに原始的と申しますか、中を空けてみて単純なものだなあと驚きました。たいして期待されているわけではないのですが、年相応には仕事が入っているので、身動きがとりづらく、若かりし頃に戻りたいなあと思ったりします。

 新型インフルエンザの拡散が言われていましたが、これほどのスピードとは。若い人が不況に疫病って暗いなあと肩を落としているので、中世のペスト、90年前のスペインかぜに比べれば、大変だけれども、「未曾有」というほどのことでもないとあまり説得力のない話ぐらいしか思い浮かびません。とりあえず、厚生労働省のHPをよく見るようにと指示。こういう受身の状態で汚名返上というのは難しいでしょうが、的確な情報を提供していただきたいと思います。まだ、素直に歓迎すべきかどうかは留保がつきますが、台湾が来月のWHOのジェノバ会議にオブザーバーとはいえ参加できるとのことで、当面は中台「雪解け」が続くのでしょう。Wall Street Journalの"China Demonstrates 'Goodwill' to Taiwan"という記事(参照)では、馬総統が中国の「善意」を歓迎しているようですが、どの程度の複雑な肚なのかは、今後の推移しだいというところでしょうか。

 金正日総書記が「復帰」してくれたおかげで、核にミサイルと本音を剥き出しにしてくれて、ああ漸く米朝交渉が本命だと明示してくれたなあと局面がはっきりしたと感じる一方で、面倒だなあと。面倒だなと思っていたら、そろそろ日本も核武装を本気で考えるべき時期ではないかなどと真顔で言い出すのがでてくるので、いよいよ面倒だなと。面倒なので、核武装して何がしたいんだと尋ねると、当然、北朝鮮の核攻撃を抑止することだというので、いよいよバカバカしく、まあ、こういう感覚が多数だとすると、積極的に核武装を主張したい向きには「言論封殺」と映るんでしょうな。要は、議論をするべきではないという以前にバカバカしいので、そんなことを考える時間があったら、他のことに使ったほうがよいのにという程度なのですが。

 しかし、テレビではアメリカと"newclrear sharing"を実現するために核武装を検討するという主張があるそうで、これまた驚き。失礼千万ではあるが、よほど頭が悪いのか。まず、日本が核武装をオプションとして宣言したときに、なぜアメリカにとって日本と核をシェアするのが最適反応になるという推測が成り立つのかがまったくわからず、「対米依存症」と言われるぐらいアメリカべったりと見られている私ですら、これはアメリカの「善意」に依存しすぎた議論だろうと。なぜ、日本人が戦略論が苦手かといえば、自分にとって都合のよい局面(アメリカが日本の安全を100%保障する)か、絶望的な局面(完全な国際的孤立)しか考えず、相手の出方を見て自分の最適な反応を選ぶ(当然、自分も相手も合理的であり、その認識が互いに共有されているなど強い前提に依存しますが)という現代の「戦略」を考える基本ができていないのだろうなと。ゲーム理論というのはそういう意思決定の戦略性以上に意思決定の相互依存関係を示すツールになっていると思いますが、自分にとって都合のよい反応ばかり考えるというのは、それ以前の問題という気がします。こういう話は無視するのが、「時の最果て」の流儀なのですが、周囲でも核武装の話がでてきたいたので、あえてとりあげました。「論外」だと感じるのは、感情としてではなく、戦略としての体すらなしていないからです。日本が核武装にコミットすると、アメリカにとってのbest responseが"nuclear sharing"となる、あくまで思考実験でかまわないので、せめてそれぐらいの推論の過程を明示してくださいなというところでしょうか。


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2009年04月27日

わからないなりに考える

 予定通り、土日は第67期名人戦七番勝負第2局の検討(へぼが検討という表現を用いるのもおこがましいですが)で終わりました。他にも、部屋の掃除やらメタボ解消の散歩(飲み会が多いと大変です)などもしておりましたが、メインは名人戦でした。海外のメディアは目を通しましたが、国内は木曜日ぐらいからくだらない話ばかりでスルー状態。目を引いたのが、安倍元総理が次の総選挙で集団的自衛権の行使を認めることを公約に盛り込むべきと主張されたことぐらいでしょうか。もちろん、現在、通常時よりも経済政策の優先順位が高いのですが、麻生総理がはっきりとこの点に踏み込めば、不支持から支持になるぐらいのインパクトがあります。私が変な感じもしますが、少々のバラマキも目をつぶろうかという気分になります。

 ただし、現在の海賊対策を考えると、武器使用基準の緩和と交戦規定を他国と同等の交戦規定として明確に定めることがまず手をつける必要があると感じておりますが。ソマリア沖に自衛隊を派遣するのなら、派遣前に武器使用基準の緩和を行うべしという主張はまったく同感です。当初は、軍艦が民間の船舶をエスコートするだけで海賊行為を抑止できるという議論もあり、それも傾聴に値しますが、抑止が作用するのは、海賊側が襲撃したときに、軍艦が反撃をするという、普通の軍隊なら当然のことが定められているわけで、それがない状態で抑止がどこまで機能するのかは微妙な部分がありました。他方で、やはり海上交通の安全から多大な利益を享受しているこの国がなにもアクションを起こさないというのは各国の警備活動にただ乗りしている印象が強く、派遣しなかったからといって、ただちに国際協調から外れてしまうほどではないにしても、外交で巧みに補うほどの力量がこの国にあるとも思えず、やはり派遣した方がよいだろうと。その際には、国家間の戦争と異なるとはいえ、自衛隊が武力行使を行わざるをえない状態を想定して置くのが普通だと思うのですが、報道では民主党内や野党間の「連携」のゴタゴタぶりにバカバカしくなってきます。

 定額給付金の申請書が金曜日に届きましたが、申請するかどうか。封筒の裏面に自治体への寄付も可能ですとの趣旨の文言があるのですが、そうするとこの給付金の目的はいったいなんだろうと。景気刺激なのか、生活支援なのか、それともとりあえずやってみただけなのか。もちろん、現実には一つの手段にいろいろな含みをもたせることはあるのでしょうが、今回の場合、首相自らがあれこれ発言しすぎてなにをしたいのかがさっぱりわからない状態です。定額給付金に反対だがもらうという世論調査の結果を嘆く方の神経がわからないです。微々たる額ですが、もらえるものはありがたく頂くけれども、もっとマシな金の使い方はないんですかというところではないでしょうか。正直なところ、10万円ぐらいだったらもう一台自作PCがつくれそうですし、「恒久減税」に戻していただければ、もう少しカネを使ってもよいかなという気分にもなりますが、総支給が増えているのに手取りが減っている現状ではそんな気分にもなれないです。

 さて、名人戦第2局ですが、棋譜中継やNHKのBS2の解説、果ては2ちゃんねるのスレッドで私ごときよりもはるかに高い棋力の方の投稿(名人戦や竜王戦などで終局後、毎回のように解説されている謎の人ですが、なるほどという話が多いです)を読みながら考えていたら、疲れました。やはりへぼにはあまりに難しく、いろんな含みがあって中盤戦から終盤まで難解です。ただ、第21期竜王戦七番勝負第5局と49手目までは、若干、途中の手順の差異はありますが、ほぼ同一局面。竜王戦第5局では羽生名人が50手目に△2一玉とひき、渡辺明竜王が7筋にあやをつけたのに対し、羽生名人が54手目に△4五歩と指して、先手から見て右辺で全面戦争に突入し、渡辺竜王の攻めが細いながらも途切れることなく、ほぼ終盤まで渡辺竜王が主導権を握ったまま、寄り切った将棋になりました。それ以外にも類似の局面がいくつかありますが(第49期王位戦七番勝負第5局など)、どうも先手の4六銀、3七桂、3八飛、6八角は攻めの好形で竜王戦の過程を見ると、後手が準備をせずに△4五歩とするのは相当、危険なのでしょう。あらためて50手目以降の指し手は郷田九段の苦吟という印象をもちます。竜王戦を見て△2一玉は危険だという感覚で代わりの手を必死に探っていたような印象です。もちろん、事前にある程度、検討されてのことかもしれませんが。ただ、金銀が後手の左翼に集中しているので、後手から積極的に攻めるには迫力不足な印象があります。

 △8六歩はびっくりしましたが、9筋からの攻めとセットで考えると、角の利き筋を止める手になっているとのことでなるほど。△4五歩という手はどこかで指さなければならない必然の手なのかはわかりませんが、指す前に少しでも先手の陣形を乱しておきたいというところなのでしょうか。もう一つは、香車を犠牲にするものの、かわりに歩が3枚ほど入手できるので、△4五歩のあと、先手の猛攻にあやをつける余地がでてくるのかもしれません。BSの中継で深浦康一王位が▲8七玉の意味をしっかり解説してくれて、なるほど。変化の一例ですが、7七角と上がると、香車にひもがついているので、後手からの飛車成りを防げるというのはまったく気がつきませんでした。その程度の棋力なので、BSの解説は助かります。深浦王位は、61手目の▲9六香に対する次の一手を大盤解説で出題したところ、正解者が一人もいなかったとのことで、困った様子でした。△7二飛を予想するのはさすがに無理でしょう。深浦王位いわくは、羽生さんとやるとすぐに激しくなってしまうので、このような駆け引きは勉強になるとのことでした。本譜の順が本当によいのかは私ごときではわからないですが、△4五歩が避けられないとすると、その前になんとか手を打っておきたいというところでしょうか。

 63手目の8七玉を見て、郷田九段が64手目に△4五歩を指したのですが、すぐに大決戦には至らず、67手目に羽生名人が▲9四歩と9筋に手を戻していて、右翼からの攻めと入玉も狙っている状態でしょうか。木曜日の晩は酔っ払ったまま棋譜を眺めただけで、▲9六玉は入玉の含みがないと書いていますが、素面で見れば含みにしていますね。また、右辺で本格的な攻め合いになったときに王手がかかりにくく、へぼがこんな手を指してはいけない気もしますが、バランスがとれているのが不思議です。また、△7二飛と寄ってから8三の地点に金銀を打ち込まれると、後手の攻撃陣が薙ぎ払われてしまうので、入玉もあり、先手の攻撃への応接によっては攻撃陣を牽制するなど含みの多い手だなあと感心します。感心はしますが、とてもへぼには怖くて指せない手ではありますが。

 78手目、郷田九段は△4四歩で銀を捕獲するものの、▲5四銀と金でとらせて▲4六桂が厳しいです。無条件で金をとられては8、9筋が崩壊してしまうので、困ったのかなと思いきや、BSの中継でも鈴木大介八段が指摘していたじっと△4三銀がよい手で、金をとった瞬間に角が成りこんで後手もやれそうな感じ。形勢はまったくわかりません。進んで92手目の△3一玉は疑問で、棋譜中継の解説では感想戦で加藤一二三九段が指摘したら、郷田九段がしきりに反省していたそうで、ここは素直に3三玉なのでしょう。酔っ払っていると、まるで見えてませんね。

 2ちゃんねるにあった解説では、羽生名人は▲8五歩から▲8六角を実現させて3一玉をとがめるのが焦点になったとのことでなるほど。8六角は単に5三金にあたるだけではなく、3一玉を睨んでいて、これが実現すると、3四桂で既に玉が狭いですから、寄る可能性が高いのでしょう。8一香はかなり前から指摘されていた手ですが、羽生名人が85手目で▲9三歩成で清算してしまったので、8三の地点に利かす以上の効果があり、3一玉を悪手にしますよという羽生名人のねらいを緩和する一方で、寄せにも利いてきそうな手になっていて、先手がよさそうですが、このあたりですら形勢は私には不明です。様々な人の解説では、どうもこのあたりはやや先手がよいようです。ただ、99手目の▲9四歩は9四銀を防ぐための手ですが、△同歩で9五桂を支える形になるので、解説でも評判が悪く、私自身も羽生名人が損をしたと思います。それでも、105手目の▲4四桂が厳しく、後手に有効な手段がなければ、難しいながらも、やはり先手が少しばかりよいのだろうと思います。

 ただ、郷田九段から△6六角と切る手があって、すぐに形勢が傾く状態ではないようです。この局で一番不思議な手は108手目の△3七歩でしょうか。直接のねらいは、とってくれれば飛車の横利きが消えるので、先手玉の詰み筋が生じやすく、筋がそれてくれれば十分というところなのでしょうが、この局面では緩手になりかねず、ちょっと指せない感じです。2ちゃんねるの書き込みでは、「しかしこの手の価値は好手だったか悪手だったかで語られるべき性質のもので無いという気がします……そんな気がします 今の時点で言えるのはこの手が勝利を呼び込んだことと、羽生名人を最終盤で錯覚させた一手だろう。という事です」とあって、「凄い手」としか表現できないようです。

 ずいぶん長くなりましたが、羽生名人の敗着は131手目の▲7七金というのが棋譜解説、BS中継、2ちゃんねるの人の共通した理解なので、代わりの手として示されている▲5一角の詰めろ、▲8八金などを私自身でも手順を見ながら並べて見ると先手が勝ちそうです。幾通りも勝ち筋が示されている中で唯一といってよい負ける手を選んだ理由が△3七歩ではないかという読みはおもしろいです。実際、141手目に▲4四桂とした時点では詰みがないのですが、先手の持ち駒は角金銀桂香と歩が3枚で、131手目の段階でパッとこの局面を思い浮かべたときに詰みそうだと羽生名人が錯覚したのではないかというのは説得力があります。

 郷田九段は感想戦では△3七歩の局面で「本譜は負けコース」と漏らしていたそうで、最終盤の局面を読みきった上での指し手ではなかったのでしょう。それが結果的にとはいえ、羽生名人が後手玉を詰ませようとしたときに、効いてきたというのは不思議です。久々に将棋盤まで引っ張りだして駒を並べて考えましたが、本当に難しい将棋です。中盤の駆け引きは竜王戦を見ると、郷田九段の苦心が伺えます。素人にはわからない部分がまだ多いのですが、勝敗が終わった将棋とはいえ、奥が深く、ない頭を酷使したせいで疲れましたが、他のどうでもよいことを忘れさせてくれた名局です。


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2009年04月25日

第67期名人戦第2局 暗中模索

 病気をしてから夜のお付き合いを減らしておりましたが、ここに来て3連荘。回数を重ねるごとに刺激が少なく、仕事や男女関係、世間の話題が多く、仕事には大いに興味がありますが、組織内部の話が多く、昔から組織への忠誠心が薄い私にはどうでもよいなあと。露骨に言えば、よけいな仕事を減らして必要な仕事に集中できる環境をつくっていただきたいものだという受身の発想なので、私の管理下では一つ間違えると、「無政府状態」になりかねないあやうさがあります。マスメディアが報じていることも、若い人に携帯のニュースで教えてもらった範囲で、お付き合い。正直、どうでもいい。男女関係はうっかり興味があるふりをしてしまったので、いろいろ振ってくる人が出てくるの、「ホモでインポ」状態に修正しようとするも、防御ラインを突破されそうになり、冷や汗をかきました。親しいとはいえ、「もてるに決まってますよ」と言われると、気恥ずかしいというより、現実とのギャップを強烈に感じるので、内心、醒めながら、そんなわけありませんよと返していているうちに疲れてしまいました。まあ、自分のことで手一杯なので、他人を愛するゆとりがなく、もともと低い水準にあるとはいえ、精神的にも肉体的にも急速に衰えており、今年あたり、より大きな変化があるかもしれず、死自体は日常そのものですが、悔しい感覚ですが、なにかをなさずに死にのは嫌だという感覚から逃れることは難しいことを実感します。

 6歳頃の祖母の死から、そういう言葉を当時は知りませんでしたが、「死処」を探していたようなものですが、やはり凡人には「死処」というほどのなにかがあるわけではなく、目の前にある仕事を淡々とこなしてゆくことぐらいなんですね。あれもやりたい、これもやりたいでこの2、3年、関心がまとまりませんでしたが、結局、最も泥沼化して撤退すべきか、少々、無理筋でも押し切ってしまおうかと迷っていた問題に専念しようと思います。国内の仲間ではあまり関心をもってもらえないので寂しくもあり、自信もないのですが、海外で似たようなアプローチをしている人にメールで送ったら、結論がまったく対立するし、欠陥もびしびし指摘してくるのですが、ただ、ひょっとしたら君が正しいのかもしれないとのこと。体がもてば海外にでたいものです。直感的には対立するアプローチの方がまっとうな印象を受けるのですが、細かい作業をしてゆくと、不思議なことが起きるので、悩ましいです。直感と反するので、自信がまるでないのですが、作業の結果は直感を裏切るので、踏み込めないところがありましたが、やはり、失敗に終わる可能性が高いけれども、やはり踏み込みましょうかという感じですね。

 対照的に、第67期名人戦第2局の棋譜をしらふで読み返すと、おそろしいほど難しい局面を動かしたり、自重したりと難解な局面を手探りで進めてゆく、年齢的にはほとんど変わらない羽生名人、郷田九段に感心します。周囲では将棋の話をほとんどしませんが、将棋に疎い人に羽生世代というのは、年齢ではなく奨励会入会の年で世代が決まるんですよと説明すると、さっぱりわからんと言われて苦笑い。第2局の棋譜や解説を読むほど、個々の手の意味はさすがにプロの解説でわかるのですが、形勢判断はさっぱりです。それにしても、暗中模索の繰り返しで、終局直後の両者のインタビューを見ると、両者とも自信がなかったようで、本当に難しいものだと思いました。なにより、両者が脳髄を振り絞った後の表情を見ていると、ここまで仕事に集中したことがこの数年ないことに恥じ入りますね。







 周囲に知的刺激がないのではなく、まず自分が知的刺激を楽しんでいないから周囲の話に興味がもてないのでしょう。残念ながら、年々、雑事が増え、やりたい事に専念する時間を確保することに苦労しておりますが、そんなことは言い訳にすぎず、まずは自分自身が楽しまなくてはと実感します。それにしても、体力的には厳しくなってきておりますが、脳髄が干からびるぐらい、集中して見たいものだと思います。
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2009年04月23日

大熱戦

 ここ2、3日、葬式関係の夢ばかり見るので、そろそろお陀仏なんでしょうかね。タクシーを止めようと手を挙げても、葬儀関係者が乗っていて止まってくれない。ああ、間に合わないと思ったときに目が覚めて、ちょうどぎりぎり遅刻を免れる時間だったりするので、時間にルーズなのもいい加減にしろよという警告なのでしょう。

 それにしても第67期名人戦第2局は想像以上に大熱戦でした。封じ手は▲6五歩で、まあ一応あたりましたが、帰宅してから棋譜とブログを見ていると、大方の予想はやはり6五歩が本命で、ごく自然な手。現在も疲労が取れない状態なのでNHKの中継の再生などは土日にとっておきますが、気がついたら、郷田九段の陣形は2一の桂馬が3三に跳ねていて、この陣形は金銀が密集しているとはいえ、やや怖い感じもします。びっくりしたのは△8六歩で銀が動いたのでつける状態ではありますが、飛車先の歩交換が目的とは思えず、次の△9五歩で端が焦点になる展開に。棋譜解説にあるように決戦はやはり△4五歩なのでしょうが、仕掛けのタイミングが難しく、細かい、神経質なやりとりが続きました。57手目を見ると、▲9七歩で歩三枚と香車の交換で損得は難しいところですが、どちらも不満はなさそう。一直線に△9七歩成としてほしいところですが、どうだろうと思って棋譜を進めたら、郷田九段がやってくれたので嬉しい感じです。

 ただし、羽生名人が▲同桂を選択して8五の地点に桂馬が跳べば、角にあたるという状態。郷田九段がなにか手を作るのかと思ったら、驚いたことに△8四歩。素人目にも桂跳ねを受けるために、飛車と角の利きを止めるのでこれはさすがにあまりよい手には思えませんでした。驚いたことに、羽生名人の応酬は▲9六香で△9六歩と打たれて桂馬が死ぬのを防ぐために香車を放出するという、もはや素人には筋が悪いとしか思えない手ですが、じっと△4五歩を待っていたのでしょうか。それにしても、4筋に香車を放つ手を犠牲にするわけでこれは手の善悪はわかりませんが(あまりよい手とはやはり思えないのですが)、解説では▲9四歩が生じるので、かなり細かい計算で、へぼが考えても無駄なのでしょう。

 もう△4五歩でしょうと思ったら、なんと△7ニ飛。この呼吸は難しすぎてさっぱりですが、▲8七玉(!)を見て、△4五歩を決行。いよいよ4筋で決戦かと思ったら、また端に手が戻るなど、両者とも一気に決めようとはしない、難しい将棋です。へぼほど難解な将棋を意味がわからないがゆえにありがたがるものですが、ここまで端に兵力が集中するのはびっくりです。75手目の9六玉はこれまた驚きで、△9五桂を顔面で受けてたつ感じ。解説にあるように、桂頭の玉は確かに寄せにくいとはいえ、よくここまで踏み込むなあと。へぼには入玉ぶくみの手というより、終盤に一手違いになったときに王手がかけにくい状態にはなるなあと。しかし、なかなか勇気のいる手です。

 △5四金と▲5五歩の応酬も悩ましく、素人目には形勢が混沌としています。さっぱりわからない。94手目▲8一香は地味ですが、既に最終盤に先手玉を狭くしそうで、よさげに見えました。5筋で応酬があった後、105手目の4四桂で後手玉が一気に狭くなって、またまたわからない。しかるに6筋の応酬で羽生名人が微妙な手を指して、郷田九段も3七歩とちょっとぼんやりした感じの手でぬるいのか、それとも飛車の利き筋を変えるのがよいのかは判然としません。141手目に再度の▲4四桂で△4三玉と上がると、どうも後手玉が詰まないようで、このあたりはさすがに後手がよいのでしょう。

 92手目の△3一玉は解説では評判が悪いのですが、結果的に、上がるよりも飛車の利きが止まった状態で、さらに筋がそれると、上部がするすると空いてしまう不思議な形になりました。結果からすれば、羽生名人の終盤に悪手・疑問手があり、郷田九段にも同様の手があったけれども、秒読みで郷田九段が指運も含めて勝ったのかもしれません。しかし、それ以上に端で手をつくりながら、△4五歩のタイミングをはかりながら主導権を握ろうとした忍耐と強い意思が魅力的です。「後の先」を極めようとする羽生名人、「後の先」を理解しつつも、「先手の利」を追究する郷田九段の対決は、名人戦という舞台もさることながら、へぼの心を熱くします。これは失礼ながら、最近1年間のタイトル戦では見ることができない組み合わせで、たまらず寝不足。国内外ともまだ安定にはほど遠い状態ですが下の動画を見ると、「答え」がありそうでなさそうな世界で追究するプロフェッショナルの姿はクールですが、熱いものを感じます。






第3局も先手番郷田九段の▲7六歩に羽生名人が△8四歩と応じてくれないかなあ……。


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2009年04月22日

デリケートな10年

 再発してから約半年ですが、この時期が意外とむくみがひどくなります。通常であれば、歩くことで解消しますが、歩けば歩くほどむくみがひどくなって無理は禁物。ワーファリンで凝固作用そのものはコントロールされているので、血栓が肺に入るリスクは非常に低いのですが、やはり血栓が消えるまでは時間がかかります。もう半年は辛抱をして、長時間のトリップはできるだけ避け、徐々に歩行を増やしてゆくという段階でしょうか。もっとも、今でも一日に一万歩を超える日が多いのですが、細切れの歩行ですので、むくみがかえってひどくなるので、なかなか思い通りにならない日々です。

 単なる雑感ですが、我流で資料を集めて加工をしていると、あらためて1944年のブレトンウッズ体制の発足、自由貿易の促進というのは当初は西側陣営に限定されていたとはいえ、偉大な時代だったのだなあと思います。今回の経済危機はアメリカ発の金融危機という側面が級長されているため、アメリカの影響力の低下を懸念したり、複雑な利害計算を行う向きもあるようですが、戦勝国のみならず敗戦国である日本とドイツが復興し、全体主義の経済的な特徴であるアウタルキーを築こうとした東側陣営が崩壊した後、経済の「多極化」という状態を生んだというのは、戦後の国際経済体制、アメリカ主導の国際協調というものが協調に参加したメンバーに互恵的な関係をもたらしたことをよく示していると感じる日々です。単純なアメリカの「没落」とも異なる感覚なのですが、「成功したがゆえに没落する」という気の利いた表現が似合わない小物ですので、現在の経済的な困難にもかかわらず、経済の側面での国際協調が崩壊しないのは、戦後の国際経済体制に代替する「グランドデザイン」を構想する難しさと同時に、やはり多くの欠落があるとはいえ、現在の体制そのものをとって代える段階ではないという感覚を抱きます。新しい国際経済を構想する要請など私にくるはずもなく、こういう時期は平均身長より若干、低いですし、首も長くはないのですが、ちょっと首を伸ばしてじっくり状況を見ていればよいのだろうと。消極的な感覚なのでしょうが、うんざりするほどの提言を見た後では、「錯覚いけない。よく見るよろし」というところでしょうか。

 その点では朝鮮半島は軽視はできないものの、やはり喉にささった小骨で、本筋は米中関係の動向ですが、難しいです。Wall Street Journalの"China, Friend or Foe?"(April 18, 2009)は主として安全保障面から観念的ではなく3月8日のImpeccableの活動をめぐる米中の鞘当を出発点に、中国の軍備増強を総花的な印象もありますが描写して、中国の軍拡を警戒する立場から米中関係を論じています。結論部分は弱い印象もありますが、性急に政策的なインプリケーションを導かずに、中国がアメリカにとって真に恐るべき脅威となるにはまだ時間がかかるという観察は、平凡といえばそうかもしれませんが、概ね冷静な観察だと思いました。ただ、次のような大局観は間違いではないのでしょうが、やはり図式的な印象があります。

  A conflicting dynamic is now at work in relations between the U.S. and China, arguably the most important relationship of the 21st century. While economic forces are pulling the two sides closer (China has become America's largest creditor), military ties have stalled.

 市場における取引は互恵的であるというのが基本的なスタンスですが、今日の経済危機は単なる不況に留まらず、国際経済体制の動揺へと進む可能性もあります。経済の面でも、米中が純粋な経済活動の面で「融合」の側面が進化しても、政策協調はよほどの意識的な努力がなければ困難でしょう。確かに中国がアメリカの最大の「債権国」であるという立場にあるとはいえ、アメリカの経済政策を支配したり、戦後の国際経済におけるアメリカの地位を凌ぐことは軍事的なバランスを崩すことと同等に困難でしょう。もちろん、中国が一人当たりGDPで1万ドルを超える成長を遂げると、私の見通しも変えざるをえませんが、それは容易な道ではないと思います。他方、日米英の中央銀行には相当の負荷がかかっており、通貨という面から協調そのものの維持が困難になるリスクも増しています。もっと個別の問題に分析を施した上で論じたいのではありますが、疲労もありますので控えますが。今後10年間ぐらい、戦後の各国の経済成長をサポートしてきた国際経済における協調が崩れるリスクには細心の注意が必要だと感じております。自動車の販売台数に関する米中逆転など中国のプレゼンスが高まることは容易に予想できますが、中国に現在のアメリカのような経済における国際協調の要の役割を果たすことは困難であり、アメリカ主導の国際協調が崩壊した場合にはそれに代わるものがない状態が続くと覚悟した方がよいのでしょう。


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2009年04月16日

つらい春 怒った方が負け?

 寒暖の差が激しすぎて体までおかしい様子。頭がおかしいのはデフォですから、こちらは気にならないのですが(周囲には多大な迷惑をかけてはおりますが)、体がきついなあと。寒い頃が懐かしくなってしまうのは、加齢を感じる日々とはいえ、いかがなものかと。着るものにも困るので、スーツにネクタイというのも便利な方便だなあと感心したりします。

 大御所がちょうどよい湯加減の替え歌をつくっておられて、これはさすがです。羽生名人が扇子にサインをするとき、どのようなタイプの「決断力」を要したのかが、気になりますが。郷田九段もおそらくはこれ対局中の上に中継中なんだけどと思いつつも、自分の方にこなくてよかったというのが本音だったりして。自分の手番じゃないし、ちょっと一息という感じ。サインを書き終えて、盤に向かいなおすときに、頭をかきむしったときに、羽生名人の頭の中で「やっぱり断っておいた方がよかったかも」と後悔の念が浮かんで頭をかきむしったのか、過ぎたことは忘れようと思って頭をかきむしったのか。こればかりは真相は「藪の中」なのでしょう。『日経』の「春秋」がかみついていましたが、某巨大掲示板では王座戦は独禁法違反ではないか(もちろんネタ以外のなにものでもありませんが)などと書かれている状態では、微妙な感じ。このあたりの匙加減は、大手メディアがどうも最近、とみに下手になっている印象があります。

 「時の最果て」らしく話がうってかわりますが、生前贈与の話を何度、聞いたり、読んでもわからず、とりたてて反発するほどのことでもなく、他方、言われているほど効果があるのかという点ではまるでわからないです。高齢者の貯蓄がまるで眠っているお金のように扱われていて、違和感があります。親の遺産などまるで期待できない貧困層だからかもしれませんが、貯蓄ならば、大半を現金で保有しているのであればともかく、預貯金などの形で金融機関の運用の源泉になっていれば、投資の原資になるわけで、あえて現役世代に移転して、なおかつ贈与された現役世代が消費に回す保証があるのか、理解できない部分が多いです。富裕層優遇という批判があるというのが前提になっているようですが、私がメディアや論壇に疎いせいでしょうが、それ以前に、現役世代に資産が移転されて、それほど景気刺激になるのか、疑問に感じます。正直なところ、よくわからないなというところでしょうか。

 真面目に政府の補正予算の効果を議論している若い人たちもいて奇特だなあと。「どうなんですか?」と尋ねられると(40字以内で説明して下さいという無理な注文をつけてくるので困ったものですが、どうも最近、話が長すぎるようでちと反省)、「15兆円をかけてやる選挙対策ですね」とつい辛くなってしまうので、真面目な議論に水をかけてしまいます。まあ、麻生政権というか、自民党中心の政権を維持するのに15兆円を費やして元がとれるのかどうかが問題なのではという程度。私自身にしてみればハイブリッドカーなどに補助金を出すより、地デジ対応テレビへの切り替えにばら撒いてくれた方がありがったけどね、と意地の悪いコメントをすると、やっぱりとんでもねえ奴だとなるので、やはり頭がおかしいと体はきつくても気楽な日々です。

 それにしても、仕事関係でクレームをつけてきて、相手が熱くなるほど、どんどん冷めて淡々と「詰み手順」を並べてじっと黙ってしまうことが増えてきました。いや詰んでませんと主張するので、淡々と別の手順もありますねと2、3分かけて説明してまた黙ってしまう。単純にしゃべることがないからなのですが、さらに相手がヒートアップするので、ちと疲れるなあと。最後は、無理なのはわかっていますがなんとかなりませんかとなるので、感情を交えずに「無理なものは無理。ダメなものはダメ」で終わり。お礼すら言わずに相手が立ち去ると、ちゃっちゃと資料を片付けて仕事に取り掛かる日々です。昔は、もっと感情が入ったものですが、ちょっと年を食いすぎている気もしますね。


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2009年04月13日

将棋三昧

 日曜日は4月10日の第67期名人戦第1局2日目の午後4時からの中継を録画しておいた分を見ていたら、終わってしまいました。朝の中継は手数があまり進んでいなかったので、「衝撃の一瞬」を録画できなかったのはちと残念。YouTubeにアップされていますが、何気に対局中にサインをねだったのかはわからず、対局場で観戦できる記者でも、サインを名人からもらう機会というのは少ないのか、なんか変なものを見てしまった感じでした。それは、さておき、へぼが見た名人戦第1局ですが、よく手詰まりにならないなあとおもうぐらい、がっちりとした矢倉。結果はわかっているのですが、2日目午後の中継を見ていると、本当に難しいなあと。

 75手目の郷田真隆九段の着手の後、手がパタッと止まって、木村一基八段が推奨しているのは△5七馬。その後の変化を聞いていると、確かに、こう指されると、ちょっと先手が困りそうな感じでした。実際に着手されたのは△3五歩でこちらの方が危ない感じ。局後の感想を見ると、△5七馬の方がやはり勝っていたようです。それにしても、どんどん羽生善治名人が踏み込んでゆくので、激しいなあと。どうも97手目の郷田九段の手が緩かったようで、見た目よりも形勢が開いていたようです。終盤は、私ごときでは無理で有料サイトの解説を見ながら、はあ、これは難しいという感じですが、手順が示されているのはありがたく、やはり終盤は可能性がぐんと狭くなることを実感します。

 それにしても、昔のタイトル戦なら後手番で勝ったらかなり有利になった記憶がありますが、竜王戦でも後手番の勝率が異常に高く、びっくりしました。気がついたら、『朝日』が4月1日に配信した記事では、2008年度の後手の勝率が上回ったとのこと。この記事によると、プロ棋戦2,340局が指されて、先手が1,164勝1,176敗で勝率が0.497とのこと。竜王戦を見ていたときにも不思議な感覚でしたが、一手損角換わりや「ゴキゲン中飛車」などの特定の戦型のみならず、対策が進んでいるということなのでしょうか。もちろん、将棋の可能性も厳密な意味での無限ではありませんが、現在の人間の計算能力からすると無限に近く、結論がでるのやら。ちょっと気が遠くなりそうですが、目先のあれこれを離れるのには最も効果的なリフレッシュ方法です。

 それにしても、郷田九段が1日目に大長考の末、穏やかな手を選んで、駒組みと細かやかな駆け引きが見ることができて、内容が濃かったです。郷田九段の手はけれんみが少なくて、羽生名人もそれに応えているような印象を受けました。ひどい話ですが、どちらが名人になっても、私のお給料にはなんの影響もないので、第7局までもつれこんでほしいなあという不謹慎な「寝言」が浮かびます。


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2009年04月10日

危機の時代の消極的な気概

 動悸がおさまり、脈拍も55−65前後になりました。ちょっとホッとします。悩ましいのは立ち仕事をすると足がむくんで歩くのがやっとになるのですが、来週はこの手の作業が多く、ちょっとつらい一週間です。すぐに治る病気ではないので、じっくりマラソンをやる感覚でしょうか。食欲が少し戻ってきたので、今度は肥満を警戒した方がよさそうです。

 『産経』は、2002年の小泉訪朝前の時点で切るつもりでした。一面トップが8月末から政府のチャーター便に関する報道から、ありとあらゆる手段で訪朝自体をとりやめるべきだという方向に読者を誘導しようとしているとしか思えませんでした。率直に言えば、このような見え透いた、姑息な読者をバカにしているとしか思えない記事を載せる新聞など信用できません。こういう場合は、拉致問題をとりあげよとストレートに主張するのが筋でしょう。なぜ、そのときにやめなかったのかといえば、単に忙しくて販売店に電話を入れたものの、本社から「特別なお客様」という扱いだったそうで、「ハァ?」と思って、ネットで購読を申し込んだだけなんですがと正直な話をしたら、向こうが困惑していました。

 バタバタしていたので、惰性でとり続けていましたが、今回は一面でしつこく西松建設の問題をやっていてうんざりして、とどめは例のT編集委員の「怪気炎」でもうけっこうとなったしだいです(毎朝チェックしている方のサイトでは「電波成分入りオジサン」などという表現をおみかけしましたが、これはちと。電波は公共性が高く、社会的な有用性は非常に高いので、電波に対して失礼ではないかと(以下略))。『日経』の場合は、某大手電機メーカーがアップル買収へという記事がやはり一面トップででていて、元役員の方にすごいですねと尋ねたら、「ガセだよ、ガセ」との話でびっくり仰天。まだ20代前半だったのでそういう「芸風」だとはつゆしらず、うぶなもので、あっさり一面トップが信用できない新聞などとる価値がないということにつきます。別に紙面で謝罪をしろとかまでは思いませんが、せめて訂正ぐらい、行うべきでしょう。冷たいかもしれませんが、真っ先に目に入るところがダメなメディアは生き残れないのではないでしょうか。

 こちらで紹介されている『ツァイト』の論説は、わかったようなわからないような、協調にも限界があるといえばそれだけの話ではないかという気もしますが、以下のコメントはさらに意味がわからないです。失礼ながら、歴史主義の貧困という気がしますが。

 日本は、この半年間、米国に気を使ってでしょうが、「日本の経済、とりわけ財政と金融市場の特色はこうであり、従ってこうした政策をとる」と明言しないままで来ました。そのため、国力に比して、日本の主張は表に出ず、他国には「対米追随の国」という印象を改めて与えています。欧州とは立場が異なりますが、米国に完全に同調することはありえないのですから、日本政府や日銀はもっと声を挙げるべきでしょう。

 まず、財政政策ですが、麻生政権はアメリカが裁量的な財政政策を行うのをいそいそと喜んでいるようにしか映らないのですが。メディアではなく、官邸HPの広報を読むと、「国際協調」の名の下、いろいろたがが外れるのを喜んでいるという印象です。昨年は消費税率の引上げに言及したかと思えば、途端に公共事業の拡大とまるで一貫性のないようにしか映らないので、そもそも「対米追随」というよりも、単に現政権に定見がないだけでしょう。後者が選挙も近く(よほど非常事態が生じない限り、遅くとも9月までには実施するでしょうから)本音なのではと思いますが、麻生政権が本来、実施したい施策をアメリカに遠慮して主張していないというのは贔屓の引き倒しだと思います。

 高齢化が進み、社会保障関連予算の抑制の副作用が強烈に生じている一方、長期債務の持続可能性に疑義が無視できない現状では、裁量的な財政政策を行う余地はほとんどないというのが実情でしょう。それを「百年に一度」というスローガンで覆い隠して、単純に需要不足だから民間部門に代わって政府がカネを使うという議論を延々と正当化するためにくだらない話をやっているのが日本政治の現状です。『日経ネットPLUS』の岩本康志「ケインズ『新学派』巡り、岩本東大教授が異論」で論点がかなり整理されていますから、それでも読んだ方がはるかに見通しがよいと思います。公共事業そのものを否定する議論(どこかの国の総理によればそのような議論があるそうですが)というのはないと思いますが、せめて厚生評価をしてほしいというのが率直なところです。

 金融政策は……。「非伝統的金融政策」というのはよくできた言葉で、あれはダメ、これもダメの状態から、どんどん脱いで最後の「一枚」をなんとか踏みとどめているのが現状なのでしょう。私などは破廉恥なものですから、「変態」といった方がわかりやすいような。金融政策は、既に壮大な社会実験の場になっており、絶句するしかないですね。FOMCを読みましたが、崩壊寸前の金融市場をFRBが必死に支えているのが現状でしょう。もはや問題は、CDSやCDOではなく、ABS、MBSといった証券、さらに個人の各種ローンまできており、バーナンキも長期債買入れの期限を決めていますが、半年先に「出口」が見えるのかどうか。書棚の奥から取り出して、ガルブレイスに続いて林敏彦『大恐慌のアメリカ』(岩波新書 1988年)を読みましたが、金融市場が機能停止した場合、その災厄ははかりしれないものがあります。こちらは、協調の本筋であり、おそらくはアメリカの金融市場が機能停止したときのヨーロッパのダメージはアメリカを超えるのかもしれません。あまり選択の余地がない状態と考えた方がよいのでしょう。

 最近、気になるのは、株価上昇による楽観論、金融市場の緊張が相変わらず継続しているがゆえの清算主義でしょうか。平凡ですが、こういう状況下では、生き急ぐのも死に急ぐのも禁物でしょう。残念ながら、私の理解できる範囲では経済学は物理学のような安定した法則性を見出すほどの地点には立っていません。凡人には、そのような地点があるのかすらわからないのが率直なところです。とりわけ、金融市場が不安定な下で実体経済が悪化している現状を考えれば(もちろん、そのような状況から早く脱したいという心情は私自身ありますが)、市場が機能しないメカニズムそのものがクリアーではない状況(ただし、まったくわけがわからないという状況ではない)では、公的部門は後手に回り、なおかつ失敗もつきまとう暗中模索の過程が続くと覚悟すべきでしょう。日本の現政権の無定見さとは全く別の問題です。

 確固たる原理原則や見通しをもって対処できる状態ではないという、消極的に映るかもしれませんが、強い意思がなければ保てない気概というものもあるものです。決まり文句のようで恥ずかしいのですが、経済活動というのは生の一側面にすぎませんが、生全体がそうであるように、常に"muddle through"のプロセスであり、状況の変化に揺れ動きつつも、現実の制約を可能な限り意識し、自己の生存にとってより有利であろう選択肢を慎重かつ果断に選び、ときには一歩退く覚悟です。危機であろうがなかろうが、同じだと思いますが、危機の時代にはそのようなプロセスであるという認識が明瞭になるのでしょう。知恵は後からついてくるものです。このような経済活動のみならず、生への態度は消極的なのかもしれませんが、それはそれで強い意思を要するものだと私自身は考えております。


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posted by Hache at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな?寝言

2009年04月07日

命数を計る

 少しマシになりましたが、この2週間ぐらい体調が最悪でした。動悸に息切れと中年特有の症状ですが、さすがにこれは。ワーファリンを服用しているので、血栓性の病気のリスクは非常に低いので、かえってなんだろうと。予約よりも早く心臓内科で診察を受けましたが、診察の結果、とくに異常はなく、3月から服用を始めた薬を一時的に控えることに。3月末は珍しくまったく食欲がない日が続いて、朝にパン一枚を食べると、昼も夜もなにも食べずに3日ほど過ごしたら、4月1日の仕事始めにいきなりぶっ倒れてしまいました。通勤途中で座席に座っていても動悸がひどくて歩けない状態で、乗り換えする駅で降りて、そのままタクシーで帰りました。あまり集中力もないので、とくに「お題」を決めずにいつもの通りの「寝言」ですが。

 占いの類はまるでわからないので、数時間ほど動悸が治まらない状態で私なりに命数を計っておりました。まずは、心臓さんと対話。もう、そろそろ限界ですかと尋ねると、そんなもの知るかい、止まるときは止まるんじゃというつれない返事。症状が動悸と息切れだけで、締め付けられるような苦しさがないので心臓に問題がある状態ではないのはわかるのですが、それにしてもつれない返事。止まりそうになったら教えてくれるんですかと尋ねると、そのときには手遅れだよとのこと。わが命数を計ろうとしても、凡人には無理ですね。ついでに脳さんとも対話してみましたが、もともと性能が低いのにさらに下がっているよと言われて、がっくり。頭が悪いのだから寝なさいとのこと。喉の炎症がひどい状態だったので抗生物質と風邪薬を飲みましたが、「PL顆粒」はヤバイぐらい眠たくなります。土日の睡眠時間が優に合計で24時間を超える状態で、これは厳しい。

 ぶっ倒れる前日は不動産屋で賃貸契約の更新を行いました。尋ねられない限り、自分から職業を出しませんが、向こうは知っているので、景気の話に。悪いというのははっきりしているのだけれども、いつになったらよくなるんですかねという質問が一番、困ります。正直なところわからない。不動産屋だけあって、ある社員さんが当初、4000万円近くした物件が1800万円前後まで下がって買いどきと銀行でローンを申し込んだところ、車のローンを完済してくれとか、あれこれ条件をつけられてダメだったようです。とくに、お金に関する事故はなく、40代半ばの方なので、年収もそこそこの様子。「これが貸し渋りってやつですかね」と尋ねられても、うーんとしか答えようがなく、銀行の住宅ローンの審査は厳しいですからとしか言いようがありませんでした。正直なところ、私自身は持ち家願望がまったくない(こんなに地震が多い国で一軒家にせよマンションにせよ、リスクが大きく、地震保険はいざというときに役に立ちそうにない)ので、わかりませんが、目先の経済対策だけでなく、長期的に2、30年、頑張ったらマンションの一つも買えるという希望がもてないと現役世代が頑張るインセンティブがないのかもしれません。

 3月23日に温家宝首相がドルの信認にふれて、3月25日には中国の中央銀行総裁がドルに代わる通貨バスケットを基準とした国際通貨もどきを提唱したようで、これについて書こうと思っていたら、体調を崩したのでやめました。以前、こんな「寝言」を書きましたが、ドルに代わる通貨というのは見当たらず、現実にはユーロが補完しており、他方、欧州経済も非常に厳しい状態です。体調が戻ってきたら、もう少し考えたいところですが、どうも中国側としては、(1)手持ちのドル資産の価値が目減りすることへの懸念という、それ自体はごもっともな話と同時に、(2)ドルペグは容認してほしいという邪心があるような。

 経済の多極化につれてドルが貿易や金融取引、場合によっては通貨準備などの運用という点で単独では荷が重くなっているとは思いますが、他方で、ユーロが4分の1程度補完していて、代替する通貨はなく、現行制度に代わる、より機能する制度というのは現状では見当たりません。中国の通貨バスケットも固定相場制の復活につながるものかどうかまでは読みとれていないのですが、よほどの混乱がない限り、固定相場制への復帰は難しいでしょう。資本移動がこれだけ地球的規模で自由になってくると、欠陥も多いながらも市場に委ねざるをない。ただし、国際通貨制度、あるいは国際通貨体制というのは、自発的な市場取引からのみ成り立つのではなくやはり意識的な努力で制度そのものが調整されてゆく必要があるのでしょう。G20を酷評する向きもありますが、現時点ではアメリカが、以前ほどではないにしても、各国に協調を説得し、場合によっては強制する力をもっていると思います。

 戦後の日本の経済的繁栄はこのような見えない制度に依存している部分が多く、もっと突っ込んだ報道があるのが当然だと思いますが、日本語で読むべきものがネットの一部のサイトというのはどうなんでしょう。もちろん、戦後日本の経済的繁栄は日本人自身が努力で勝ちとったものですが、国際的な政治情勢や経済制度も日本にとって有利なものでした。どちらの条件が成立しなければ、現在の生活水準に到達することはなかったかもしれません。テレビはまったく見ないので、活字媒体だけになりますが、どうもそのような意識が薄れてきているような気がします。

 ちなみに、3月末日をもって『産経』を止めてもらいました。見出しを見るだけで読む気がまるでしないのですが、うっかり記事を読むと、軍事関連もひどいようですが、経済は目も当てられない。あれをカネを払って紙で読むというのは、ゴミを出す作業まで伴うので苦痛でしかありません(中で一生懸命、働いている方には失礼ですが、せめて事実ぐらいは確認してほしい)。仕事の関係で『日経』にせざるをえないと説明して、それでも食い下がられましたが、なんとかなりましたね。販売店は信用できるのですが、肝心の「商品」は……。正直なところ、代わりにとりたいと思う新聞もなく、朝に新聞が届かない日に慣れるにつれて少しずつ体調が戻ってくるようです。

 年度初めから勤務先に迷惑をかけていますが、用心深く体調を回復させることに専念させて、あまり変に取り戻そうとか力まずに気楽にやってゆきたいものです。幸い、勤務先はドライですが、体調に関しては理解してくれているので、今日、しっかりと休んで水曜日から用心深く「試運転」というところでしょうか。


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posted by Hache at 07:00| 不健康な?寝言