2009年07月28日

自民惨敗か……。

 「これはひどい」という声が聞こえてきたので、どうせ碌でもない動画でも見ているんでしょうと流しておりました。さすがに先週の疲れがひどく、例えばこんなレポート(参照)を読んでおりますと、心が洗われる気分に。放っておいたら、「マジでこれはひどいですよ」と席を立ってほしそうなので、遺憾ながら中断して画面を覗きこんだら、さすがにひきました。

「まさか、これ麻生シンパの暴走?」
「いや、オフィシャルの動画じゃないですか?」
「だって、これ見たら、たいていはひくじゃない?」
「だから、さっきからこれはひどいって言っていたじゃないですか」
「でもさ、今、権力の交代があるかもってときだからな」
「だから、この破壊力はすごいんですよ」
「ちょっと待て。念のため公式HPで確認だ」

 というわけで自民党HPを見て愕然。当該、動画が堂々とトップにあるので、びっくりしました。一応、埋込み動画を入れておきますが、なくなることを願いますね。教えてくれたのが失礼ながら、オタクタイプだったので、普通そうな20代や同世代に見てもらいましたが、一様に絶句していました。ショックは同世代の方が大きいのかも。郵政選挙では、郵政民営化だけで本当に議席を決めるのがよいのか懐疑をもちながらも、小泉改革を後退させることは好ましくないという判断から、自民党、より正確には小泉政権を選択した人が多く、もちろん、そうじゃない人もいるわけですが、やはり前回はかなりの数が自民党に流れていたように感じます。この流れを理解していたのは、小泉氏が最初で最後だったのが遺憾であり、まさに竜王戦第3局ではありませんが、「止まったら死ぬって感じですね」(行方八段)(詳細はこちら)のところで、エンストしまくりの自民党がとうとう見放されたというところでしょうか。劣勢はいかんともしがたいのですが、意図せざる自沈を目指すというのは信じがたい感性です。



 たまたまですが、地方選挙も含めて10連勝を超えていましたが、今回は、失礼ながら負けるであろう候補に入れようかとも考えておりましたが、この動画のおかげでもうそんな義理立てもいらないかという気分に。この動画を見る人など少数でしょうし、選挙の行方を左右するほどの影響力があるとは思いませんが、自民党の党勢をよく象徴しているなあと。言いにくいのですが、日本のように伝統的に識字率が高く、エリート層と非エリート層の境界が意外と曖昧な社会でネガティブ・キャンペーンは難しいと思います。この埋め込み動画が消えることを願いますね。下手をすると、自民党の党勢建て直しができない場合、単に来る総選挙で自民惨敗で済めばよいのですが、来年の参議院選挙では再チャレンジの可能性を奪う行動すら予想せざるをえず、民主党の統治能力に不満を抱きながらも、自民党には二度と日の目を見させないという選択もありうるのかもしれません。


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2009年07月27日

デマにデマを重ねて……二度手間?

 デマ記事にデマを重ねて、ロンダリングするというここまで露骨な記事は『産経』ぐらいですかね。なんとなく、「格差社会」と「国家の品格」を好む人たちは根っこが同じではと感じておりました。それにしても、ここまでとは。欧州の1930年代は右と左の全体主義の対立の時代でしたが、結局、根は同じ。形を変えてバカげたことを何度でも繰り返すのが人間だというペシミスティックな人間観をもっておりますが、わざわざ意識してバカかことをしなくてもとは思います。悲しいかな、喜ぶべきかな、よく言えば論理的思考力、悪く言えば屁理屈をこねる能力がこの国のインテリたちには欠けているため、「イデオロギー対立」なるものの本質が俺の給料が悪いのは政治が悪いからだ、官僚が悪いからだと安い飲み屋でもなかなか聞けないレベルよりも低い、勝手な思い込みやルサンチマンなどと書くことすら憚られる低レベルの逆恨みが根っこだという、のどかな光景ではあります。

 まず、第1弾が「【経済財政白書】格差拡大『非正規雇用の増加が主因』」という記事(参照)で、実質第3章のみを要約していますが、記事の前段はそれでもまだ平成21年度『年次経済財政報告』(参照)の要約にはなっています。凄い飛躍が後段にあって「麻生政権はこれまで『小泉構造改革』で生じた“ほころび”の修復を掲げてきたが、白書の表現ぶりは『行き過ぎた規制緩和が格差拡大を助長した側面もある』と暗に認めた形だ」と見たいと思う現実が突然出てきて、破廉恥な私でも、いきなり全裸はやめなさいなとたしなめたくなる、すさまじさ。第3章の冒頭で、マスメディアが報じている光景とは異なりますよと、くどいほど説いているのがすべてムダというのは悲しい光景です。

 第一は、非正規化の動きは、最近になって始まったものではないことである。ここでは84年からのデータを示したが、一貫して非正規比率が上昇していることが分かる。
 第二は、非正規比率の上昇テンポも、ここ数年で加速したとはいえないことである。逆に、テンポはやや鈍化している。上昇テンポが加速したのは1997〜2002年である。バブル崩壊後にしばらく非正規化が止まった時期があったが、その後、遅れを取り返すかのように正社員のリストラと非正規化が進んだといえよう。
 第三は、2000年以降の非正規雇用の増加には、契約社員・嘱託等の「その他」が最も大きく寄与してきたことである。派遣、パートがこれに続く。一方、アルバイトはやや減少傾向にある。このような非正規雇用の増加の背景には、それぞれ高齢化や労働法制の改正があると考えられる(200頁)。


 思い込みというのはすごいとしかいいようがないのですが、『年次経済財政報告』で第3の特徴としてとりあげている「労働法制の改正」というのは、「90 年から2003 年の変化では、第一指標(「常用雇用と臨時雇用に関する規制の強さを総合したもの」(211頁):引用者)は小さくなっている。これは、保護が緩んだことを示すが、その主因は臨時雇用要因にある。すなわち、96 年の労働者派遣法改正による適用業種拡大や99年改正による適用業務の原則自由化など、非正規雇用に関する制度変化が原因となって指標が低下しているようである」(212−213頁)とあり、「小泉構造改革」っていつの話ですかというところでしょうか。頼むから、日本語が不自由というのはやめてくれとお願いしたくなる気分です。

 で、この思い込みが前面にでたのが「正規と非正規で2・5倍の所得差 格差認めた経済財政白書」という記事(参照)で、小数点が「・」(ナカグロ)で表示されているのが、さらにデ○パ感を強くしているのが味わい深いです。思い込みが「数字」(笑)で裏付けられたというわけでして、データなど思い込みが激しい人物の手にかかれば、単に都合のよいところだけを切り取られて思い込みを強化する手助けの役割しかできない悲しさを感じさせますなあ。自分でもいやな性格だなと思いますが、「『派遣切り』などの形で雇用調整が行われた」とあるのは本文ではなく、206頁のコラムですね。この種のコラムは、たいてい本文の補足となるトピックスを扱うものですが、ここだけ抜き出せば、本論のように見せられますね。それにしても、『産経』の経済面は本当に素晴らしい。3年前ぐらいには格差問題の「主流」は『朝日』と『毎日』あたりだった記憶がありますが、現在では『産経』が代表的でしょう。その欺瞞的な性格を端的に示しているという点では。くどいようですが、私自身は格差そのものを否定したことはなく、どの程度から問題になるのかが難しいだろうなあと思うのですが、一番、難しいところは面倒だからでしょうが、省いて、格差そのものがあるという、陳腐としかいいようのない話に終始している現状にため息がでるばかりです。


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2009年07月20日

ささやかなPCの調整 メモリーの交換

 世の中は連休だそうですが、今日はふだん通りにお仕事です。PCを自作してから、そろそろ1年ですが、2009年1月に最悪のトラブル(参照)を経験してから、本当に安定した状態です。安定した状態のときには、元来が保守的な性格なのであえていじらないのですが、そろそろお盆休みも近く、「Core i7」の販売や「Windows 7」が意外と早く投入される状態で、世代交代がありそうなので、ちょこちょこパーツを見にいったりしています。そういえば、ネットで見ていると、CFDの「FSH800D2B-K4G」が1月頃には6千円から7千円ぐらいだったのが4千円台に価格が低下していてほしいなあと思っておりました。まずはツクモさんで尋ねたら、売り切れましたとのこと。あきらめてドスパラで尋ねると、やはりないとのこと。DDR2-800は価格が下がりすぎてもう市場に出ないかもと思いました。

 この際だから1066でもよいのかもしれませんが、「FSH800D2B」1GB×3でも特に重たいということはないので、あえてDDR2-800にこだわって探したら、なんとソフマップでのメモリーコーナーを見たら、あっさり見つかったのでびっくり。値段は4,480円で価格.comで見た価格よりも安いのでためらわずに買いました。昨年、パーツを買う際にソフマップでまず買いあさろうとしたのですが、思ったほどパーツを揃えていなくて、マザーボードやCPUなどは置いてありますが、カワセミさんが紹介して下さったパーツの多くは置いてなくて、ツクモかネットで取り寄せていました。今回、ソフマップを覗いたら、以前と比べてそれほど売り場の面積は増えていなかったのですが、品揃えがちょっとよくなった印象でした。もっとも、地域によりけりでしょうが。対照的にツクモさんは昨年までいた店員さんがいなくてちょっと頼りなくなっていました。

 ツクモではアウトレットで昨年から使い始めたレーザーマウスが980円で売っていたので、速攻で買いましたが。手にフィットしやすいのですが、最近は左クリックの反応が悪くてそろそろ代えどきかなと思っていたので助かりました。ワイヤレスを試しましたが、それほどスペースに影響しないですし、反応しないこともあったので、有線ばかり使っております。

 今年の最大の課題はマザーボード自体を買い換えて一新することだったのですが、これというのがないです。現在は、ASUSのP5Q-Eですが、売りのEPUがトラブルのタネでして、クアッドとの相性が悪いようですが、2コアでも、BIOSで「CPU Q Fan Control」を"Enable"に設定すると、起動時にエラーが出て、F1キーを押せばそのまま起動しますが、面倒です。しょうがないので、"Disenable"に設定していますが、これではEPUの機能が使えているとはいえない状態です。あとは、USB周りがPS/2のレガシーをひきずっていて場合によっては不安定になるので、ちょっと不安。私の場合、10年以上前のIBM製のキーボードを未だに使い続けているので、PS/2が使える方がありがたいのですが、マウスはさすがにUSB接続なので、PS/2のキーボードとマウスをUSBに変換するケーブルで接続しています。マウスはUSBをPS/2に変換するアダプターをつけて接続しています。このケーブル1本でキーボードとマウスを接続できるので便利なものです。

 今年は大換装しようかなと思ったのですが、店でディスプレイしている、LGA775のマザーはどれも今ひとつです。昨年の段階で「Core i7」がでるのがわかっていたので手抜きしたわけではないのでしょうが、うーんとなりますね。もう今では店頭に置いていませんが、ASUSのP5Qシリーズの下位製品はATX電源の位置が異常に意地が悪くて、P5Q-Deluxeも値段ほどではない感じ。GIGABYTEの「GA-EP45-UD3R Rev.1.0」がよさげでしたが、店頭で配置を見ると、FDDの差込口の配置が私のマシンでは、マザー全体を横断する形になるので、微妙な感じです。Nine Hundredは私が勘違いしているのかもしれませんが、裏側配線ができないので、FDDの幅の広いケーブルがマザーを横断する形にすると、エアフローにも影響がでそう(CoolerMasterのHAF932あたりがよさそうですが、出るのがちと遅かった)。あとは、これというのがなく、マザーを取り替えるほどの製品が見当たりません。XPのSP3なので7もいらないし(職場はネットワーク向きかを見極めた上で対応するとのことなので、少なくとも来年度まではXPで十分です)。Core i7もありがたみを感じるほどのソフトがないし。てなわけで、本当に微調整で終わりそうです。



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2009年07月16日

内閣総理大臣の「3R」

 昔話ですが、とある大学の赤本を解きながら、感心した覚えがあります。出題年度は忘れてしまいましたが、日本史の問題で戦前と戦後の総理大臣の平均任期と代表的な人物の任期が簡潔にまとめてあって、戦後の首相の在任期間が戦前と比較して長い理由を明治憲法と日本国憲法の相違から論じろという趣旨でした。1990年代以降、このような出題が成立しなくなったことは悲しむべきことなのでしょうが。

 話がいきなりうってかわりますが、世は挙げて環境問題の時代です。内閣総理大臣も大量生産・大量消費の時代をへてやはり「循環型社会」への適合が必要なのでしょう。昨日と比べれば涼しいのですが、ボーっとした頭でバカなことばかり考えてしまいます。どうでもよいのですが、若い人で今一つの人が「自民党にお灸をすえたいのでしょうか?」と尋ねるので、「(政権担当能力がなくなりつつあるという意味で)もう終わったなというのが普通の感覚でしょう」と。民主党がよいという前向きな方はさほど多くなく、積極的に政権交代を望むというより、小泉さんで再生したのかと思ったら、以前よりひどくなっていて半ば絶望しつつあるというのが実情だと思いますが。森政権崩壊直前よりも地合が悪いですね。

(1)Reduce

 ええと、経済学なる学問によれば、砂漠での水は貴重ですが、水資源が豊富な地域ではありがたみも減ってしまいます。内閣総理大臣もわずか3年足らずで3人も量産されてはありがたみもなくなります。まずは、どんなにむごい批判を受けても、3年ぐらいはがんばっていただきましょう。現総理の場合、いろんな意味でダメだと思われているのであまり頑張らないほうがよろしいのではと思いますが。ただ、制度的に担保するのが難しく、施策として具体化するのは無理があるのでしょうが。

(2)Reuse

 戦前と異なるのは、吉田茂を除くと、再登板の機会が少ないことでしょうか(使い回し党首の再利用という点では民主党がはるかに先進的であることを失念しておりました。認識不足を恥じ、補足いたします。故意じゃありません。念のため)。逆に言えば、野党慣れしている政党がないということでもあります。さすがに、総理は無理だが外交はできるというのは他国の首脳に対してあまりに失礼ですし、1年ももたなかった総理経験者など軽んじられる可能性もあり、国益を損なう可能性すらありますので、個人的には却下。SPなど総理在任中に発生した費用は埋没費用ですから、あきらめが肝心でしょう。総理経験者は総理として再チャレンジを目指すのがよろしいかと。

(3)Recycle

 元お笑い芸人ですら自民党総裁・内閣総理大臣というのは魅力的なのでしょうから、経験者をどう再資源化するかは大切な点でしょう。そこらの政治評論家よりは経験がありますから、お笑い番組で政治評論家からやり直していただくとか、3K『産経』の「正論」の常連になって頂くなど、こちらは意外と再資源化は容易なのかも。ペットボトルのように破砕して使うことができないのが面倒ではありますが。

 それにしても、民主党も首相経験者を大量生産できるところまで行けるのでしょうかね。使い捨てを覚悟しないと大変だろうなと思いますが。最近の政治はだいたい意外感がなく、生活に影響がでるわけでもなく、完全に他人事のように見てしまいますね。


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posted by Hache at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言

2009年07月14日

ジャパン・シンキング?

 2、3年前、大した見識もないのに予想ばかり好きな評論家連中がジャパン・パッシングだと騒いでいたときには、とっくにジャパン・ナッシングですよと内心、冷笑していた。ジャパン・ナッシングが定着して無力感が広がったところでどう騒ぐのかなと思っていたら、古森義久さんが「ジャパン・シンキング」という描写をブログで示されていた(参照)。詳しくはリンク先にあるコラムの描写が冴えているので、そちらを参照していただきたい。以下は、単なる感想文に過ぎない。なお、米下院外交委員会のアジア太平洋・地球環境小委員会の公聴会原文を確認していないので、あくまで単なる感想だ。個人的には核武装論よりもこちらの認識の方が日本人が知っておいた方がよい話だと感じたが。

(1)古森さんが指摘されているように、引用されている識者の対日認識は概ね妥当であろう。ただ、2050年のように50年前後の超長期の場合、デモグラフィックな要因が決定的であれば、アメリカ自体が超大国ではなく、大国(power)の一つになっている可能性が高い。もし、デモグラフィックな要因が決定的であり、なおかつ中国の高齢化の速度が日本よりも鈍いならば、超長期ではアメリカ側の選択肢は日米ではなく、米中以外になく、さらに西太平洋における覇権を失っているだろう。公聴会全体の議論がわからないので、どこまで踏み込んでいるのか不明だが、デモグラフィックな要因が決定的であるという前提が正しいのなら、2050年頃には中国が朝鮮半島と台湾海峡を制して西太平洋を支配し、日本もその頃には中国の影響下に入っているだろう。デモグラフィックな要因を重視すること自体には違和感がないが、デモグラフィック上の要因を決定論的に扱うことが適切かどうかは留保が必要だ。日本の分析に関してはやや決定論的な視点が強く、同様のことをアメリカ自身にあてはめると、現実的なアプローチかどうかは疑問が残る。

(2)当該公聴会におけるジョゼフ・ナイの発言に関して古森氏は次のように指摘している。「ナイ氏はまた中国の経済や安保面でのパワーの膨張が日本の存在を相対的に小さくしていることをも遠まわしな表現で何回か繰り返した」。「ジャパン・シンキング」という場合、日本の国力が以前の水準よりも低下するという問題と同時に、中国との対比で相対的に日本の地位が低下するという問題があまり区別されずに議論されている印象をもつ。デモグラフィックな傾向を決定論的に解釈するのはミスリーディングだと感じるが、長期的な予測では当然、重視すべき要因だろう。不思議なことに中国はいわゆる「一人っ子政策」による人口構成の歪みや統計の不備、独特の戸籍制度など脆弱さや不透明さに事欠かないが、中国の対等と日本の相対的な地位低下と日本の国力(曖昧な表現ではあるが)を過去と比較して低下傾向にある問題がやや混乱気味に表現されている印象をもつ。

(3)この公聴会のように、日中の比較が背景にありながら、日本の人口問題のみを強調するのはバランス感覚を欠いている。ただし、指摘されている推計自体は日本の衰退を象徴している。国立社会保障・人口問題研究所の推計(参照)では、死亡中位・出生中位の前提で2050年の総人口が約9,515万2千人、65歳人口の割合が39.6%となっている。本題からそれるが、2050年まで私が生存したとすると、81歳の盤寿を迎える。その時点でも、65歳人口の割合が4割程度というのは意外と低い印象すらある。総人口だけからすれば、2050年でもロシアを除くヨーロッパ諸国よりも多いので、衰退傾向にあるとはいえ、「中流国家」への転落という表現はあまり適切ではない印象もある。

(4)裏を返せば、この公聴会に参加した識者の多くは過去の日本を大国だと評価しているともとれる。日本は高度経済成長を遂げ、経済規模こそ大きくなったが、日米安全保障体制なしでは自国の安全すら確保できない状態が戦後、一貫して続いた。冷戦期の終盤にあたる1980年代半ば前後に防衛力の増強が行われたが、ソ連への脅威への対抗が基本であったとはいえ、ナショナリズムの発露とはほど遠いものであった。アメリカとの安全保障条約という大枠でアメリカのハードパワーを補完する形で日本はハードパワーを強化した。この時期にも、その後も、集団的自衛権の行使に関する内閣法制局の解釈によって、ハードパワーの強化とソフトパワーの強化が噛み合わないまま、現在に至っている。政治的リーダーシップの欠如の積み重ねこそがこれまで日本をアメリカの補完勢力とはいえ、「大国」として振舞うことを妨げてきた。日本にとって日米安全保障条約がなければ自力で安全を確保することはできず、他方、政治システムの脆弱性が顕著とはいえ、地理的に中国の西太平洋を扼し、朝鮮半島の後背地と台湾海峡を睨むというアメリカ側からの補完的な役割は両国に常に互恵的な関係が潜在的にあるといってよい。それを顕在化させる努力を日本側が怠ってきたことが、将来の人口推計や経済動向などが示す衰退傾向とあいまって、アメリカの政治的指導層で日本軽視が進んでいるのが実情だろう。安全保障問題では意図と能力のうち、能力を重視するのが常識的なアプローチであるが、この国の場合、今後も問われるのは潜在的な能力の低下よりもむしろアジアで長く民主主義国として歴史を重ねてきたという履歴の下に、単に平和を愛好するだけではなく、平和を積極的に構築する意図であろう。



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2009年07月09日

「五者会合」という提案 日米韓の連携強化と米中関係重視の葛藤

 40代が目前になると、体がついてこない一方、責任はそれなりには増えます。まるで売れない「芸人」のようなものですが、それでも仕事は算術級数的に増える一方、能力は低下するばかり(売れる方は仕事が幾何級数的に増えてゆくので、無能であってよかったとホッとします)。いつ暇ができるのかは疑問ですし、率直なところ、国際情勢を見ている方がおもしろくなってしまうときもあるので、本業が疎かにならないように自分用のメモです。

 『世界の論調批評』の「五カ国協議」は(2009年06月26日 参照)これが対北朝鮮外交の基本に据われば理想的だなと感じるよい知らせです。『世界の論調批評』は公表された日付に合わせて投稿日を記されているようなので、私が見たものと日付が異なるのが気になりますが、"No Illusions: Regaining the Strategic Initiative with North Korea"(参照)が該当する文書でよいのかなと。アフガニスタン情勢やイラン情勢がよりプライオリティが高いとは思いますが、既に本業も戦線が伸びきっており、新疆ウィグル地区の問題までくると、ウォッチするだけで無理があるので、情勢が明確になる、あるいは混沌とするまで放置状態です。ちなみに、原文を読んでいないので、いい加減な話ですが、日米韓の同盟関係を基軸に対北朝鮮戦略を構築するという私には最も現実的な選択肢と映る話がでてきてホッとします。

 『世界の論調批評』の要約で気になったのは歴史的対立まで踏み込むのは後回しでよいというあたりでしょうか。これは紛れる可能性があります。五者会合の実現可能性は低いという評価は同感ですが、この戦略の基本は日米韓の連携を対北朝鮮政策の根幹に据えるという点にあると理解しているので、問題は、五者会合が実現するか否か(もちろん実現すればベストですが)という問題よりも、日米韓で戦略が共有できる環境を整えることが最優先だと感じます。日本外交、正確には首相官邸のリーダーシップの欠如が足を引っ張る可能性が高いでしょう。

 率直なところ、古森義久さんのブログで配信されていた「『日本の核武装で東アジアは安定』――アメリカの有力評論家が提言」(参照)を拝読して嫌な気分になりました。メモとはいえ、他人の目に触れますから念のために記しておきますが、古森さんは信頼しているジャーナリストのお一人ですし、この記事のスタンスが気に入らないということではありません。また、核武装自体が生理的に嫌だという問題でもありません。単純に、米国が中国を説得する手段として日本の核武装を持ち出すこと自体、日本人として不快感を感じます。アメリカにとっての極東の戦略環境を操作する変数として日本の核武装を論じるというアメリカの知識人に嫌悪感を覚える部分もあります。そうまでして中国の北朝鮮への影響力を行使させようというのは倒錯した印象すらあります。そこまで日本に対してアメリカが要求するのなら、核兵器製造に要する実証実験の結果を始め、あらゆるノウハウをアメリカ側が提供するのが筋でしょう。そうでなければ、一方的にアメリカの拡大抑止から外されるリスクを負わされる上に、核武装をするか否かという日本人自身が決めるべき安全保障政策の転換までアメリカに指図されるというのは、反米ナショナリストではありませんが、お断りしたいというのが率直な感想です。

 他方、五者会合というアイディアが象徴する日米韓の連携強化も、決して容易ではないでしょう。なにしろ、この国の政治的指導者は日本の役割強化を期待するアメリカ人を失望させる名人ですからね。七夕に掲載された岡崎久彦さんの「正論」にある次の表現を拝読して思わずため息をついてしまいましたから。「私が心配するのは、いつまでもこんなことをやっていると、日米同盟強化(日米関係では正確には日米安保体制から日米同盟の構築でしょうが)のための日米間の戦略的対話ができないということである」。「そこで私が心配するのは、日本が戦略対話の無能力者であるためにせっかくのアメリカ側の好意的姿勢に応えられないことである」。今後、十年間は極東をめぐって日米韓の同盟関係強化と米中関係という二つの基軸をめぐる葛藤が続くのでしょう。


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2009年07月07日

バブル 未来の果実を現在で消費した後

 ブログの管理画面を開くのが面倒で、グーグルのリーダーも斜め読みの日々でした。Calculated Riskの記事(参照)経由でBISの年次報告書(79th Annual Report(参照))を読むと、完全に鬱に。抑鬱状態でなにもやる気が起きず、まさに私自身が"depression"かなと思っていましたが、いくらモンスーン気候とはいえ、この蒸し暑さはたまらず、既に暑気と湿気にやられていると気がつきました。それにしても、来ていただいている方に大変失礼なのですが、よく訪問者がゼロにならないものだとたぶん生きてるかどうか確認されているだけかなと思いますが、ありがたいものだと感じます。ちなみに管理画面を見てみると、更新した直後よりもしない方が訪問者数が多いときもあるので、「なんだ、『寝言』のおっさん、生きていたのか、ちぃ」みたいな感じかなと人間不信全開だったりしますが。

 それにしても、"toxic assets"という表現を見ると、やはり抑鬱状態になるのは事実でありまして、BISの年次報告書も斜め読みどころか、飛ばし読みしておりますが、つらいですなあ。第2章では金融危機を5段階に分けて分析していますが、とてもあと数年で出口が見える感じがしませんです。

 第1段階は2007年夏頃から2008年3月のベアスターンズ救済にいたる期間。第2段階は金融機関の相互不信が水面下(業界外からは見えないという意味で)で進行した2008年3月から2008年9月のリーマン・ブラザーズの破綻までの期間。第3段階はリーマンブラザーズの破綻を契機に国際金融がシステミックリスクに直面した2008年9月から10月までの期間。今、思い起こしてもゾッとします。まあ、ほどよい冷房と除湿が欠かせないのですが、冷凍庫に閉じ込められて凍てついてしまうような気分だったことを思い出してしまいます。第4段階は、金融危機と実体経済の悪化の「負の連鎖」が誰の目にも明らかになった2008年10月から2009年3月半ば。BISの報告書では2009年3月半ば以降は今回の危機で初めて安定化への兆しが見えてきた("first signs of stabilization")という第5段階とされています。

 私自身は、BIS報告書の第5段階は小康期あるいは慢性期に入りつつあるという感じです。端的に言えば、FRBやBOEなどの中央銀行が民間のバランスシートから公債やリスク資産(本当に紙切れになりそうな危ない資産を買い入れているわけではありませんが)を自らのバランスシートに移転することによって、一時的かもしれませんが小康をえたという感覚です。BISの報告書も、金融市場の機能不全が続いており、かつ"Libor-OIS spreads"(OIS: overnight index swap)などの指標が金融危機以前よりも高い水準に留まっていることに警戒感を示しています。また、33頁のソブリンCDSスプレッドのグラフを見ると、とりわけヨーロッパの水準は第3段階で異常な水準ですが、既に第2段階でスプレッドが拡大しており、第5段階では水準そのものは落ち着きつつありますが、第2段階の終わりとほぼ同水準である状態です。ヨーロッパ、あるいはユーロ圏では確率自体は低下しているのでしょうが、小国において通貨危機が発生するリスクを無視できないのかもしれません。

 主要国では緊急避難的に中央銀行のバランスシートを拡張させたものの、公的セクターに大きな負担がかかっており、第3段階のような世界的なシステミックリスクが生じる可能性自体は低いと思いますが、先進国の中央銀行や財政への負荷は想像を絶するものがあります。急激な破滅への道をマラソンレースに変えて再起の機会を捨てないためにはやむをえない代償でしょう。財政面では金融危機への対処のみならず、経済の崩壊を防ぐために景気刺激を実施しているのが現状でしょう。いずれは民間部門への負担を求めざるをえないでしょうが、当面は、抜本的な景気の「底入れ」をもたらすほどの効果はなく、中央銀行が財政当局に寄り添う形で支えざるをえないのでしょう。

 金融危機と実体経済の悪化の「負の連鎖」を金融危機からの脱却という点から見ると、今回の危機は実体経済が回復しないと克服するのが難しいと思います。景気の「底入れ」が報道されている現在、的外れかもしれませんが、金融危機以前の「バブル」は、その時点での経済資源の限界を超える消費、そして投資を可能にしました。今回の金融危機が示しているのは、「バブル」というのは教科書的な資産価格がファンダメンタルズから乖離して上昇するという問題であるだけではなく、将来を先食いしてしまう事態を指すのではないか、そんな「寝言」がふと浮かびます。
posted by Hache at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言