2009年09月04日

苦痛の十年の始まり?

 さすがに鳩山氏のオピニオンをめぐる騒動はおさまったようですね。Wall Street Journalは鳩山氏の'My Political Philosophy'全文(参照)をアジア版のトップに掲げた上で、"Hatoyama Reassures U.S. on Ties"という記事(参照)をアジア版のトップに掲げました。事実上の「白旗」といってよいでしょう。よって、不健全な事実認識にもとづいた「寝言」も実質、撤回です。これで一見落着かといえば、頭痛の種ばかりです。悪い方ばかり拾う傾向がありますから誤報を拾う確率が上がっていますが、『朝日』が「米高官、普天間の見直ししない意向 民主の公約巡り発言」(参照)という記事を配信しているのを読んでため息が出ました。 ウェブ上で日本の新聞社の記事が残らないのは、いろいろな意味で惜しいので、「時の最果て」ではやらないのが流儀ですが、全文を引用しておきます。

「米高官、普天間の見直ししない意向 民主の公約巡り発言」

『朝日新聞』(2009年9月3日15時19分)

 【パールハーバー(米ハワイ州)=村山祐介、ワシントン=伊藤宏】米国防総省のグレッグソン次官補(アジア・太平洋安全保障問題担当)は2日、訪問先のハワイで朝日新聞の取材に応じ、民主党が総選挙で、沖縄県の米軍普天間飛行場の移設計画の見直しを公約したことに関連して、「我々は飛行場移設計画の現行の合意に非常に満足している」と述べ、計画を見直す考えはないことを明らかにした。

 総選挙での民主党の大勝後、米国防総省高官が、移設計画見直しへの態度を明らかにしたのは初めて。米国務省のキャンベル次官補とメア日本部長も同日、それぞれワシントン市内で講演し、現行の移設計画を進める考えを表明。米国務・国防両省で対日政策の中心となる高官らが、そろって見直しに応じない考えを示したことで、民主党は、公約の実現が困難な情勢となっている。

 グレッグソン氏は、日本の政権交代について「日本政府と共に仕事をすることは、いつも楽しみにしている」と述べ、民主党政権との連携を深めていく考えを表明。ただ、移設計画をはじめ、これまでの日米政府間の合意については「我々は日本政府と合意済みだと考えている」として、政権交代には影響されない、との姿勢を強調した。

 一方、キャンベル氏は講演のなかで「沖縄問題は長年の懸案だ。我々はこの問題を進展させてきたし、今後もそれを続けたいと思っている」と語った。そのうえで、国務省のケリー報道官が8月31日、移設計画について「日本政府と再交渉するつもりはない」と記者団に述べたことに触れ、「私も報道官の発言を支持する」と述べた。

 メア氏も講演で「現行計画は、日本政府と合意したのであって、自民党政権と合意したわけではない。これは国家間の合意だ。民主党政権とも議論を続けるが、今の計画をどう実行するか、という議論だ」と述べ、計画を変更する考えがないことを強調。「今の計画で沖縄の負担は劇的に減るし、米軍の能力も維持できる」と述べた。

 キャンベル氏は、民主党の「アジア重視」の外交政策について「日本がアジアの国々のなかで、より強いリーダーシップを発揮することを望むし、我々もそれを支持する。その過程のなかで、民主党は、日米同盟の重要性についても十分理解すると信じている」と述べた。

 また、キャンベル氏は「日本で働いていて、非常にすばらしいと感じるのは官僚たちだ。彼らが敵のように見られるのを残念に思う。多くのいい仕事をしてきたし、これからも専門家同士の関係が続くことを望んでいる」と語った。「脱官僚」「政治主導」を掲げる民主党の姿勢にクギを刺した形だ。


 『朝日』があえて解説していないところを補足してしまうと、キャンベルは現在の民主党は日米同盟の重要性について十分に理解していないという認識をもっているということでしょうか。メアの発言に至っては苦痛すぎて、事実ではないことを願ってしまいます。民主党政権は外交のなんたるかを知らないから、そこから教えないとダメだと言っているのに等しい。いくら自分が投票先ではなかった政党が中心の政権とはいえ、ここまで言われると屈辱的に感じます。もっと屈辱的に感じるのは、普天間の問題で本気で再交渉を行おうとするならば、全くの正論で反論の余地がないことですが。もちろん、この話とてオバマが再交渉に応じようと言えば、話が変わることがありうる程度の問題ではあります。

 1990年代の政治改革はまるで熱に浮かされているようでした。いつの間にか自民党のスキャンダルによって始まった政治改革が二大政党制こそが政治の理想であり、自民党が分裂することで政権交代は実現しましたが、政治的な意思決定プロセスは混迷し、1993年以降、いったん野に下った自民党がありとあらゆる手練手管を使って政権を再度、回復したものの安定した政権は小泉政権だけでした。橋本政権や小渕政権も一時的に安定期を演出しましたが、前者は金融危機によって対応が混乱し、後者はその混乱を受けて収拾に乗り出しましたが、残念ながら突然の死去によって中断してしまいました。政治改革の途上におけるハプニングであり、長期的に二大政党制が均衡であるならば、その均衡に至るプロセスで生じる痛みに耐えてゆくこともできなくはないのでしょう。小選挙区比例代表制は、一見、そのような解に至る選挙制度のようにも見えます。ただ、人為的に二大政党制なるものを目指すというのはなんともいえない違和感があります。

 20年近く前の政治改革が発端だったのが今回の政権交代として帰結したのでしょう。結果的に外交政策や安全保障政策に関して与野党間でコンセンサスが形成されれば、それはそれでそれなりの成果でしょう。ただし、日本人の間で外交や安全保障の問題を日米安保抜きで考えようという人は、世代の相違かもしれませんが、確実に少数派になっている印象があります。政治が現実を後追いするためにこれほど時間と労力を払うこと自体がバカバカしく感じます。それ以外の分野でも朝令暮改が多く生じるでしょう。政治に何かを求める感覚はなく、そっとしておいてほしいものだと消極的な感覚になってしまいます。
posted by Hache at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言