2009年10月05日

他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス

 『衆議院議員 中川昭一 公式サイト』から「中川昭一が語る」(2009年9月14日)より。

P.S. 過日、麻生総理の「就任直後に解散しておけば勝っていたかもしれない。しかし、経済状況を考えると、とてもそれはできなかった。」という主旨の報道があった。それが総理の本音であり、総理という立場の判断の辛さだと思う。私は麻生総理に対し、心から申し訳なく思っている。何故なら、昨年来、経済・生活対策を最優先にすべしと一番強く迫ったのは、財務・金融担当大臣つまり私だからである。何よりも政局より、政策実行の為に。総理の選挙を負けさせ退陣に追い込んでしまった。私も議席を失ったが、あの時の判断は、その後の対策が日本と世界を上向きにしつつある現状を見ても、間違っていなかったと今でも思っている。


 特定の政治家というよりも、この志を与野党問わず少なからぬ政治家の方々が共有して頂くことを願います。
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2009年10月03日

気が重いアフガニスタン

 Washington Postの9月30日付社説("Advice from NATO")を読んでから、かなり気鬱です。こういう気分はどのように形容すべきか。NATO事務総長ラスムセンの演説やインタビューを背景にオバマ大統領にアフガニスタン増派を決断すべしと促す内容ですが、なんともいえない感覚です。Rasmussen-sanは実に勇ましく、「主戦論」からすれば出口がないというのは妥当かなと。それにしても、社説の終わりの方ではオバマがアフガニスタンでの増派がアメリカの国益にとって不可欠か否かを検討していると述べられていますが、本当なのでしょうか。ということは私自身が以前、書いた「寝言」はガラクタ同然です(まあ、これ自体はしょっちゅうあるのでそれほど落ち込む話ではないのですが)。戦争あるいは各種の軍事行動が国益にかなうかどうかの判断というのは、合理的に詰めてゆくには限界が多いようにも思います。1990年代の終わりぐらいからの「現実主義」ブームには危険性がありました。国益を合理的に定義し、実際にそれにかなう手段が選べるのかという問題はあまり問われなかったような気がします。それはさておき、オバマも人の子。迷うのは当然という気がしますが、8月17日の演説の後では選択肢が事実上ないのではと思うのですが。迷うなら、その前でなければ。それにしても、「合理的な意思決定」というのは、後付けの話でしかないことを実感します。

  The right policy, Mr. Rasmussen said, "is definitely not an exit strategy. It's of crucial importance to stress that we will stay as long as it takes to stabilize the country."


 上記の引用で既に今後の軍事作戦の目的が述べられていますが、次の引用部分の最後ではよりクリアにアフガニスタンの社会を安定化させ、民意を反映する政府をもつ社会をつくりだすと述べられています。皮肉の一つもつぶやくなら、とうとうデンマークの元首相まで「ネオコン」に染まりましたかというところでしょうか。イラク戦争でも、民主化というスローガンにはまるで共感できなかったという、奇妙な戦争の「支持者」でしたので、この手の表現を見ると、どんどん嫌だなあという気分に。厭戦とも異なる、なんともいえない、ある社会をよりよい方向に導こうとする「善意」と同時に傲慢さにたえかねるというのが正直なところでしょうか。戦争の善悪是非以前に、こういう発想とは無縁でありたいと思います。

  Mr. Obama recently questioned whether support for the Afghan government was an essential U.S. interest. But Mr. Rasmussen stressed that "we need a stable government in Afghanistan, a government that we can deal with. Otherwise we would be faced with constant instability in Afghanistan and in the region." Some in and outside the administration are advocating a more limited strategy centered on strikes against terrorist targets with drones and Special Forces troops. But Mr. Rasmussen said, "we need more than just hitting individual targets in the mountains. We need to stabilize the Afghan society. We need to create . . . a society with a government that reflects the will of the people."


 ちょっとひどい感覚ですが、昔の欧米列強による植民地支配は強欲にもとづいていたがゆえに悲惨でしたが、「善意」による軍事行動もそれなりに悲惨なものになりそうです。率直なところ、イラク戦争は成功すれば、アメリカ中心の国際秩序を大きく補強するがゆえに賛成でした。アフガニスタンの社会が安定し、Rasmussen-sanも刺戟的になるので避けていますが、実際上は民主化をするためにアメリカやヨーロッパ(しつこいのですが命を落とすリスクが高い作戦には不参加の仏独は除く)の若者を犠牲にするというのはなんの利益と価値があるのか。もちろん、パキスタンとの関係もあるでしょうし、NATOの存続にもかかわる問題だというのは頭では理解できますが。しかし、Rasmussen-sanの発言に情のレベルでも共感できないですし、理のレベルでも納得したという感覚がまるでありません。

 
 他方で、即時撤退というのはあまりにも危険でしょう。ラスムセンの発言が米軍とNATO軍(両者を区別するのは微妙な問題がありますが)のプレゼンスに対するアフガニスタンにおける"will of the people"はよくわからない点が多いですが(抽象的に部族社会といっても、なかなか体験しないものは実感すら難しい)、さすがに出ていってくれというほど険悪な関係ではないのでしょう。このあたりはもう少し説得的なデータなどによる裏付けがほしいところですが。即時撤退した場合のマクリスタルやラスムセンの警告自体は、おそらく見通しとしては妥当だろうと。というわけで、アフガニスタン増派には共感も理解もありませんが、他に選択肢がないのが実情なのでしょう。しかし、"a society with a government that reflects the will of the people"を人為的につくりだそうという試みが民主化という手段に限定されていることは、任務の遂行と達成を困難にするでしょう。民主制が安定するためには社会の成員が高度の自制(投票する前に政権公約を読んだ上で実行されたらどんな事態が生じうるかを考えてみるとかその程度のことではありますが)を保つことが不可欠ですが、民主制が成立するためには様々な対立する勢力が暴力に訴えないという最低限の自制が不可欠なのでしょう。アフガニスタンにおいてタリバンが無視できない影響力を持っていること自体、民主制が成立する大前提を欠いているように思います。だから米軍の増派が不可欠なのだという論理になるのでしょうが、アフガニスタンの実情にあわない政体を持ち込むために武力を用いること自体、なにか倒錯した印象をもちます。現代の民主主義国の最後の使命は、民主主義という名の宗教の布教なのでしょうか。

 他方、中国のように民主主義や自由という価値を共有しない大国の影響力は経済にとどまらず、政治的にも強まってゆくでしょう。増派した場合、アフガニスタンにおける失敗は先送りされるでしょうが、長期化した場合、中東や南アジア、中央アジアに留まらず、アメリカの影響力は徐々にでしょうが、確実に低下してゆくでしょう。うまく表現できませんが、腕力があるというだけではダメなのであって、腕力がありながらもそれを露骨に用いずに自制しながら秩序を維持するのははるかに難しいということなのでしょう。 

 ぐだぐだと愚痴のようなことを書いてきました。私自身は共感も理解もないアフガニスタンでの軍事行動ですが、アメリカがやるとなれば、どうにもならないでしょう。アフガニスタン増派がどれほどの効果を収めるのかに関しては懐疑的ですが、やるとなればなんらかの形でお付き合いせざるをない。"risk-free"と言われると忸怩たるものがありますが、補給支援活動を「単純停止」するのはただでさえ疎遠になりつつある日米関係をさらに空洞化させるのでしょう。小泉政権が無理に無理を重ねてアフガニスタンやイラクでの活動を行ったという問題点が後の自公連立政権を苦しめました。他の政治的イッシューも同じといえばそうなのですが、議会におけるコンセンサス形成はスピードを優先させたために犠牲になった部分も大きいのでしょう。したがって、現状では民主党中心の連立政権の高度な自制に期待する以外なく、これまた望みが薄いだけにドン詰まり感ばかり感じてしまいます。


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posted by Hache at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言