2009年10月17日

中村隆英『現代経済史』が映す難しい時代(続き)

 本題とまったく関係がありませんが、白洲正子『いまなぜ青山二郎なのか』(新潮文庫 1999年)からの引用です。青山二郎さんのを語ろうとして白洲さんが洲之内徹さんの『セザンヌの塗り残し』から話を起こすところです。

 洲之内さんの文章がまた難物で、勝手にあっちへ行ったり、こっちへ行ったりする。彼がいうには、セザンヌの画面の塗り残しについては、いろいろ難しいことがいわれているが、ほんとうはセザンヌが、どうしたらいいかわからなくて、塗らないままで残しておいたのではないだろうか、凡庸な絵かきというものは、そして批評家も同じだが、いいかげんに辻褄を合せて、苦もなくそこを塗りつぶしたであろうに、それをしなかった、できなかったところに、セザンヌの非凡さがある、と。
 そういうところにはじまって、「絵から何かを感じるということと、絵が見えるということは違う。」絵を見るのには修練がいる。では、眼を鍛えるにはどうすればいいか。「私の場合、それは眼を頭から切り離すことだと思う。批評家に借りた眼鏡を捨てて……自分の裸の眼を使うこと。考えずに見ることに徹すること」――これは青山さんの持論でもあった(16−17頁)。

 この文章が書かれたのは1990年から1991年(雑誌『新潮』平成2年2月号から平成3年2月号および7月号が初出)ですから、ベルリンの壁崩壊後、湾岸戦争のあたりです。日本国内といえば、そろそろバブルの崩壊を多くの人が意識するようになった時期でしょうか。白洲さんによれば、この時期には青山二郎さんへの関心があり、「彼に興味を持っているのは一般世間の人々、それも現代のような複雑な時代に、どう身を処していいか迷っている比較的若い世代に多いように見受けられる」(10頁)とのことです。

 やや懐古趣味ですが、当時、今の年齢の半分以下だった私(体重に関しては約36%増(当社比もとい当時と比較して)は、1992年のソ連崩壊に関しても特に感慨がなく、変な奴と扱われていました。壊れそうだったものが、とうとう壊れたというそれだけの話で、左の人たちが「ゴルバチョフが根性がないからアメリカが先に逝くはずだったのが逆になった」とおっしゃるのを内心で冷笑し、フランシス・フクヤマの「歴史の終焉」という論考を読みながら、その思い上がりが悲劇を招くのですよとこれまた冷笑するという嫌な奴でした。大学に入るまでは人間の理性による社会進歩というものを追い求めておりましたが、大学の講義を受けるうちにそんなものは空理空論で何の役にも立たず、人間など古代からたいしてかわらないじゃないかという、世間でいうところとは異なる「保守的」な人間に変わりました。法学部を落ちて浪人するのが面倒だったのでたまたま受かっていた経済学部にいったおかげで、経済学というのは世間的な意味では役には立たず、「社会改良」という夢が幻だということを逆説的な意味で教えてくれるという点では私にとっては本当に役に立つ学問だというのが率直な実感でしょうか。

 こんなことばかり書いていると、自意識過剰かもしれませんが寝言ではなく、「寝言」という表現(リーダーで読み込んだブログ記事に「寝言」という嘲笑的な表現を見て過剰反応してしまいましたが)を使われてしまうので、本題に入らなくては。実は昨日には続きを書くつもりはありませんでした。気にはなっても仕事とはあまり関係がない話題ですので。以下は、中村隆英『現代経済史』(岩波書店 1995年)の「第五回 宴のあとの日本と世界」からです。

 この回の最後は、「二〇世紀の歴史を動かしたいちばん大きい事件は、第一次世界大戦と第二次世界大戦だった」という「常識」(246頁)からソ連の誕生と社会主義体制が西側陣営に与えた影響を論じています。前回、とりあげた占領期における「過度経済力集中排除法」にもとづく企業分割への批判的な評価もこの文脈で語られております。他方、経済成長と社会主義陣営への対抗から西側諸国も福祉国家への道へと進んだことを中村先生は肯定的に捉えています。そうした描写を踏まえて、日本の内的な変化として人口の高齢化をとりあげて、まず老齢年金の支給開始年齢の引き上げが不可避であることを指摘されています。また、高齢化の結果として勤労者の税と社会保険料の負担率が上昇するだろうと予想しています。「大蔵省は二〇一〇年には、両者の負担率は三〇%になるだろうという予想をしてます」(250頁)と述べられていますが、財務省の資料(注意:PDFファイルが開きます(参照))では、1995年の段階で国民負担率は36.2%、平成21年の見込みは38.9%となっています。消費税率引き上げ断固阻止の方たちからすれば、財務省が消費税率を引き上げるためにこしらえた数字となるのでしょうが、財政赤字を含めた「潜在的な国民負担率」では1990年代以降、ほぼ40%台で推移しており、『現代経済史』が書かれた時期よりもはるかに厳しいのが現状です。この叙述を読むと、1997年の消費税率引き上げのコンセンサスは主流の経済学者の間ではできていたのかもしれません。

 もっとも、中村隆英先生は不景気な話が続くと、ふっと話を転じたりと軽妙なところもあって全体を貫くトーンは決して重苦しいものではありません。ただ、高齢化の次にくる所得分布の問題ではやや陰影があります。本来ならば、グラフをアップしないとわかりづらいのですが、まあ、自己満足的な「寝言」ですのでご容赦ください。251頁に「図5−11 所得分布の平等度」というグラフがあります。横軸に暦年、縦軸にジニ係数がとられています。グラフでは1963年から1991年の期間で全世帯課税前でジニ係数が0.3を超えているのは、1963年だけです。高度成長後期の1960年代には大幅にジニ係数が低下し、全世帯課税前で約0.26、勤労者世帯課税後では約0.21程度に低下しています。

 1970年代には再びジニ係数が上昇していますが、1975年をピークに全世帯課税前、勤労者世帯課税前、勤労者世帯課税後のいずれも低下する傾向を示しています。興味深いのは、1980年代のジニ係数の動向です。1980年代前半はほぼフラットといってよい状態ですが、1985年の円高不況から再び上昇し、1986年あたりには全世帯課税前では0.28程度まで上昇しています。それが1988年まで低下し、再びバブル期に拡大するという動きです。このグラフを粗く読んだ程度では危険ですが、バブル期の経済成長は高度成長期とは異なって、所得格差を縮小させるようにはたらいたのではなく、拡大させる傾向にあったとも読めます。私自身は、経済成長と所得格差の関係に関する実証分析に不案内ですので自信はありませんが、少なくとも両者の相関は自明ではないのでしょう。所得格差を縮小させるには経済成長がベストだという主張には疑問を感じます。

 252頁には「表5−4 ジニ係数で比較した課税後所得分配の不平等度」が示されています。こちらでは1989年の日本のジニ係数が0.421となっており、同年のアメリカの0.40を上回っています。これは再読して一番、驚いた点ですが、バブル期には所得格差が拡大し、あくまで一推計にすぎませんが、所得という限定されたデータですが、この時期にはアメリカを上回る状態であったということです。以上のデータを踏まえて、中村先生は次のように結んでいます。

 同じような計算(ジニ係数の推計:引用者)をほかの国と比較した数字(表5−4)があります。日本の不平等度は、おそらく先進主要諸国にくらべていちばん低かったのですが、最近では、もはや低いとはいえない結果が出ています。
 一方では、所得税の減税が行なわれ、他方で、消費税の税率をわずかでも引き上げることが起きると、やはり不平等度を高める結果になる。そのへんのことも、長期的な問題としては、頭においておかなければならないでしょう。
 所得分布が平等化することは、社会的な福祉を増進するうえでは、大切なことだったと思います。それも広い意味での高度成長と社会主義諸国を意識した政策対応になっていたかと思うのですが、一面ではむずかしくなってきていることもつけ加えておきたいと思います(252−253頁)。


 経済史、あるいは広く経済学というのは頭を使わないわけにはゆかないのでしょうが、中村隆英先生の、このような淡々とした叙述を拝読しながら、まったく脈絡もなく白洲正子さんが語る洲之内徹さんの『セザンヌの塗り残し』を思い出したしだいです。『現代経済史』全体を貫く、あるいは中村隆英先生の著作全般にいえますが、今日的な問題でも、経済史だけではなく統計の大家としても、データを示しながら経済と政治、そしてより広く社会の描写を行いながら、「こうあるべし」とか「こうすべし」という話は行わずに、データを見ることに徹した中村先生の姿勢に共感を覚えます。私の若い時の志の低さや頭の出来を考えると、この域に達することはないのでしょうが、経済学者やエコノミストの役割というのが、この数年、口角泡を飛ばして、政策論ばかりの状態でうすら寒い状態を経験いたしますと、このようにデータを見ることに徹し、統計に明るいのにもかかわらず、根本の部分で"verbal"な形でしか表現できない、しかし、言語になる前の経済のイメージをしっかりと捉えておられた中村先生は頼もしく感じます。


 続きを読む