2009年11月29日

害が少なければそれでよい

 どうも風邪かなと思っていたら、やはり風邪でした。下手な睡眠導入剤よりも眠たくなる風邪薬を処方してもらって、週末はバカみたいに寝ています。まあ、疲れた状態で仕事をすると、うっかり「政権交代後の経済政策によって製造業をはじめとする日本の主要産業は壊滅的な打撃を受けると予想する」と書いてしまいそうですので、寝ている場合じゃないのですが、寝た方がよいようです。あんまり本当のことをもろに書いてはいけませんから。

 円高が進んで、日本語で読んでいるサイトではなかなかよく分析されていて感心します。ただ、気になるのは、民主党政権に政策の催促をするあたりで、期待しない方が精神衛生にはよいのではと思うのですが。無能・無策という点では村山政権をはるかにしのぐ(ちょっと変な日本語ですが)政権ですから、なにか積極的に政策を打って、よくなることを期待する方がムダという気もします。まあ、9億円も「こども手当」(もちろん非課税でね!)をもらったら、簡単に民主党支持になりそうな無節操な外道のたわごとではありますが。

 円高の陰になった形の株安ですが、年金積み立て管理運用独立行政法人のHPで新着情報を見ると、目を覆いたくなります(参照)。平成20年度はもちろん運用で大幅な損失(市場運用分で−9兆3,481億円の損失)。平成21年度は第1四半期(4−6月)こそ運用益を出していますが(4兆5,682億円)、第2四半期にはかなり低下しています(1兆2,855億円)。東証一部の時価総額が2009年11月27日現在で269兆2,774億66百万円ですから、年金の運用という巨大な投資家でも厳しい状況が続くのかもしれません。既に、国内株式では第2四半期では1,837億円の損失が生じています。現在のところ、第1四半期での運用益が大きいので年度では2兆1,588億円のプラスですが、今後の株式市場の動向しだいでは昨年度と変わらない損失が生じるリスクもあります。それにしても、2009年9月末時点で運用資産額が122兆1,007億円とはあまりに巨大ですな。国債ばかり買うわけにもゆかないようで、これだけのお金を焦げ付かずに運用するのはなかなか大変だろうと。

 それにしても、円高株安で騒ぐ割に国内の報道を見ると、木曜日にヨーロッパが盛大に下げて、感謝祭で北米はスルー、で金曜日に地球を一周する形でアジアがドバイのバブル崩壊の危機(まだ崩壊してなかったのというのが正直なところですが)の「津波」をもろにかぶる形になるとは。英字紙で見ておりますと、ハンセン指数の下げ幅が大きいのが真っ先にくるので、国内の報道は違和感があるのです。上海も下げていて、東京はもともとあまり上がっていないので、下げばかりが目立つのはやむをえないのでしょうが、もう少しアジアで一括りにされている現状を見た方がよいのではと思いますが。昨年の9月には日本だけは大丈夫という論調が強くてひきましたが、いまだにデカップリングという議論をしているのにもついてゆけないです。昨年のリーマンブラザーズの破綻後にこんな「寝言」を書きましたが、あまりその頃から変わらないです。

 要は、アメリカも偉そうなことをいってきたくせに日本と同じじゃないか、ざまを見ろという性根だろう。島国根性という点では右も左もありゃしない。これだけ経済レベルの相互依存が深化しているのに、日本だけが他人事というわけにゆくわけがない。

 要は、現代は市場経済の最も本質的な部分、相互依存と互恵的な性格が地球規模で顕わになっているということを抑えておけば、そう見通しを誤ることはないだろうと。そんなことはわかっていると鼻で笑う人が一番、危ないのですよ。長期化する不況の中でアメリカでさえ、単独で打てる手はあまりないのが実情です。現政権の能力を度外視しても、なかなか打てる手などないでしょう。消去法で円が買われている現状は、投資家のリスク回避的な傾向が強い状況を示しているのでしょう。したがって、為替介入を日米合意の上で行っても、効果はたかがしれているでしょう。経済政策に過度の期待をもつことがかえって問題を不透明にしてしまうことをおそれます。


続きを読む

2009年11月25日

全体と部分

 なんだか熱っぽいので嫌な予感がしましたが、帰ってきて体温計を脇の下に挟んだら、いまだにデジタルになじめなくて水銀計(まあデジタルも水銀計ではありますが)で37度ちょっと。油断はできませんが、インフルエンザの可能性は低いのかなと。早めに治るとよいのですが、やはり日曜日に軽く飲んだ後に雨を浴びたのがきついようです。昔から微熱が苦手なのですが、35歳を過ぎてから38.5度を超える高熱がなく、ちょっとだけ恐怖感があります。不思議なもので20代は高熱を発しているときに頭だけは妙に冴えてちょっと疲れているときにはきつい計算がスラスラできたりしたのですが、最近は微熱でもダウン。日曜日にこれ送ってねとお願いしたのがメールで届いて早速、読み始めましたが、感覚的にしかつかめず、計算ができない。ここで頑張ろうとすると、年寄りの冷や水になるので、ちょっと待ってねというところでしょうか。

 ふと気がついたのですが、ああ私は頭が悪いんだなあと。今更なんですが、ふと日曜日に飲みながら仕事の話をしていて、母校に勤務されている方でしたが、パッパと手順を並べられて、これはダメでしょと。ああ、言われればなるほどなのですが、どうも頭が悪いと形式から入るのでムダな筋を読んでしまう。感覚がよいとかセンスがよいという決まり文句で片付けるのはちょっともったいないところがありまして、直観というのともちょっと異なる。昔は、ゲシュタルトという話もありましたが、それに近いけれども、ちょっと似非科学のような感じもします。苦し紛れの表現ですが、あるステイトメントが複数のエレメントから成り立っている場合に、個々のエレメントを逐次的に解析してゆくのが凡人で、頭のよい人は一瞬でステイトメント全体が浮かぶので、これは参ったなあと。ちょっとだけ悔しいので(くやしいのお)、私が在籍していたころにくらべると上品なカリキュラムになって雑草が生えにくいのが残念でございますと申し上げましたら、苦笑されました。だって、後輩がおかしな教育を受け続けるのはかわいそうでしょと言われて、軽く悪態をついたら、強烈な返し技を喰らってぐはっ。だから発熱したのか。なるほど。

 お米屋さんが晩にちょっと高級なコシヒカリを届けてくれて、びっくり。予定の時間よりも遅かったので、連絡を入れようかどうしようかと迷っておりましたが、自宅まで届けてくれたのがなんと社長さんでした。これはさすがに。底冷えするような寒さ、雨の中、夜の8時過ぎまでお仕事をされているので頭が下がります。中小企業対策の話を四方山話ついでに伺いましたが、勉強になりました。一言、借りた金は返さないと、私どもは信用を失うので、その辺を亀井大臣は理解されていますかねとのこと。ちょっと驚いたのは、中小企業が苦しいからといって、その度に救済ばかりしていたら、市場なんて成り立ちませんよとおっしゃっていて、このあたりはわたくしみたいないかれた「外道」でも、ちょっと躊躇うところですが、全く同感です。やはり日本郵政人事で信用がなくなったようで、真っ赤の企業を黒にしてクビなんてバカな話がありますかというのが率直な実感のようです。小泉政権の評価が高いのも意外でして、ポピュリズムがふんだらだとか言っているのはインテリだけなんだろうなあと。あれで自助努力が基本だという肚が据わったのが大きいとのことで、学者や評論家のいうことはつくづくあてにならないものだと思いました。

 それにしても、日本のマスメディアというのは優雅だなあと。日々の相場にはあまり興味がないのですが、日経平均がまた下がって、民主党の経済政策がふんだらだという話が日本のYahooのファイナンスではトップに来ておりました。藤井財務相がこう言った、亀井金融相がああ言ったとかは材料になるんですかね、今更。アメリカのYahooではAPが配信した"Asia markets lower amid China warning to banks"がトップページに(参照)。日本の相場解説が超ドメどまりなのに対し、アメリカの方がいつもといってよいぐらい視野が広いのはなんともならないなあと。中国ではバブルへの警戒が強く、金融面での政策協調が難しい。相場解説なんてどうせ後付けのへ理屈ですから、もう少し視野を広くして頂きたいものです。コンセプチュアルな問題を抜きにすれば、"G-2"の弱点は貿易摩擦や政策協調の実現可能性を無視していることにあるわけで、中国を国際協調の枠にとりこむのは困難でしょう。また、現実的にははるかに協調の余地が多い日米が中国を包摂してゆくのが日米両国の利益になるだけではなく、中国の安定化にもつながるのでしょう。もう少し、広い視野で報道してもらいたいものです。
posted by Hache at 01:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2009年11月24日

経済政策への期待値を下げる デフレーションは期待値低下の象徴?

 なんだか変な気象に耐えかねて、風邪をひいてしまったようです。だるくてなにもやる気が起きないのですが、仕事は減らないという最悪の状況です。連休なんてどこの国の話よと思いますが、電車で移動していると、確かに平日と雰囲気が異なるので、世間は連休なんだなあと思いました。米紙を読んでいると、医療保険制度改革がいよいよ山場を迎えてきたなあという感じで、アフガニスタン増派とあわせてアメリカの政局の方に目がいってしまいます。日本語の記事で読んで印象に残ったのが、中西寛先生の「『国策』の重みへの感受性に疑問」(参照)ぐらいでしょうか。論旨はほぼ共感しますが、「小さな政府」と「大きな政府」という問題の立て方は、若干、難しくなっているように思います。規模の問題というよりも、郵政にせよ、日本航空にせよ、効率、あるいは機能する政府というのが肝心だという主張ですから、このあたりをどう整理するのだろうかという気がします。

 ただ、経済の話は難しいなと。動学的最適契約理論を導入して、誘因両立性や債務不履行の可能性などからマイルドなインフレ環境が望ましいというのはなるほどです。その点で誘因両立性と債務履行制約が事実上、無視できる公的信用が私的信用を補完するというあたりもわかりやすい。財政政策の効果は極めて限定的で、金融政策の役割が大きいというのも納得するのですが、さてどのようにデフレから脱却する、あるいはデフレ環境を和らげるのかとなると、まあ難しい。

 白塚重典「わが国の量的緩和政策の経験:中央銀行のバランスシートの規模と構成を巡る再検証」(参照)を読んでおりますと、。「翁・白塚[2003]は、時間軸効果と呼ばれるイールドカーブの変化に観察された政策コミットメントの市場の期待形成への影響を実証的に検証した。その結果からは、時間軸効果は、短期金利の将来経路に関する市場の期待形成を安定化させるうえで極めて有効であり、より期間の長い金利を低下させ、イールドカーブを平坦化させたことが示されている。しかしながら、金融政策のみでは低成長下でのデフレを解消することができず、時間軸効果は、金融市場におけるデフレ期待を反転させるには至らなかったと指摘している」というのが実情ではないかと。公的信用が私的信用を補完しても、金融システムの安定がやっとであって、インフレ期待が生じる実際的な手段がない状態では、非伝統的金融政策が誘因両立性と債務履行制約のトレードオフを少しでも緩和するのがやっとなんだろうなあというのが頭の悪い人の感想です。

 問題はむしろ、白塚さんが指摘しているように、「これまで検討してきたとおり、量的緩和政策は、わが国経済を下支えするうえで、特に、金融システムの安定化を通じて、一定の役割を果たしてきた。しかしながら、そうした緩和効果は、金融システムの外へは及ばず、金融部門と非金融部門をつなぐ波及経路が機能していなかったことが示唆される。このため、翁・白塚 [2003]が指摘するように、量的緩和政策は、デフレが持続するとの市場の期待を反転させるには至らなかった」という点なのでしょう。公的信用が私的信用を補完しても、金融システムの安定には影響するけれども、実物経済にはまったく影響がないわけではないのでしょうが、限定的だという点です。結局のところ、中央銀行が社債などをバランスシートに加えても、部分的に私的信用を補完するのがやっとで代替することはできない。そして、公的信用を供与しても私的信用を直接コントロールすることはできない以上、マイルドなデフレーションが進む中では、私的信用の目詰まりを丁寧に取り除いてゆくしかないのでしょう。ガイトナー米財務長官が金融機関にリスクをとってくれとお願いしても、なかなかそうは問屋が卸さず、現実にはつるべ落としの状態にならないように、なんとか"muddle through"を図るしかないのが現状だと思います。

 現実政治はといえば、「デフレ宣言」はババ抜きの始まりでしょうと。現実問題として、自民党中心の政権であろうが、民主党中心の政権であろうが、この経済環境を凌ぐのがやっとでしょう。さらに景気後退が生じるリスクも高い。というわけで、財政政策にせよ金融政策にせよこれというほどの有効な手段がないので、政治サイドとしては「失政」という批判を浴びるのを避けるために、日銀に押し付けちゃえというのが本当のところじゃないかな。現政権の目的関数は政権を維持すること自体と考えてまず間違いがないでしょうから、やれ官僚が悪い、日銀が悪いと責任転嫁を繰り返して、ツケは国民にまわるのでしょう。「事業仕分け」なるものが報道では受けているようですが、まあ、あんなものは人気取りのためのセレモニーみたいなもので、論評にすら値しない。あれを小泉政権と同じだと3K『産経』が書いていて、中西先生の「正論」だけ載せておけばよいのにと思いましたね(民主党政権が小泉政権以上の構造改革路線だというところまでくると、もうリアルで寝言を言われているようで読まされるほうが眠たくなりますな)。それにしても、無能な与党と低能な野党しかないのだから、政党交付金は事業仕分けの対象にならないのかしらという「寝言」が浮かびますが。


続きを読む
posted by Hache at 01:04| Comment(0) | TrackBack(1) | 気分しだいの寝言

2009年11月20日

秋がない!

 火曜日の晩に寝つけず、ぐったりしております。とにかく雨がつらいです。湿度が高いと、体調がおかしくなります。頭がおかしいのはデフォルトとしても、職場で開閉するはずの扉の横のガラスが見えていなくて、軽ーく激突して、周囲が笑いをこらえるのに必死なので、ちょっとは目が覚めましたが。すっかり立場が弱くなって、もうこれ以上仕事が増えないようにひたすら低姿勢に徹しております。ミスも気がつかないところでやってそうですし。作業の見積もりが甘く、来月まで綱渡り状態です。内外情勢も斜め読みでえらい人に任せるという感じでしょうか。

 それにしても、11月の気温の変化にはついてゆけないです。第2週の半ばぐらいまで上着をはおっていると暑いぐらいだったのが、今週はまるで冬。時期としてはそろそろ上着の下にカーディガンでもほしい季節ではありますが、秋らしい秋がなかったような。夏が終わったと思ったら冬になっていて、冬が過ぎたらすぐに夏になっているといった具合で、気象は緩やかな移行期というのを実感することが少なくなりました。単に年をとってボーっと日々が過ぎてゆくだけなのかもしれませんが。

 とうとう近所の洋服屋さんが店を閉めてしまい、百貨店でカーディガンを探しても、これというのがないのが困ります。この数年、カーディガンに限らないのですが、安くて織り目が今一つか、高くて上等すぎる者しか選択肢がなく、中間でお値打ち品というのを見つけるのが大変です。もう年なのだから観念してベストにしなさいなんて薄情なことも言われますが、納得しないと衣服の類は買わないので、昔のものを着古す一方になってしまいます。これではまるで洗濯をしていないように見られてしまうので、妙なところで自意識過剰な私は滅入ってしまいます。

 それにしても、品質がよくて高いものか悪くて安いものかになるのはこの世の摂理なのでしょうか。今ではバブル期は諸悪の根源のように描かれますが、当時、大学生だった私には実に土地には円がありませんでしたが、衣服と食事にはヴァリエーションが多く、なんとなく昭和から平成への変わり目を懐かしく思ってしまいます。バブル期以降も1990年代前半は、例えば、ネクタイでもペイズリーだけでもどれにしようか悩むぐらい豊富な図柄がありました。唯一の希望は米でして、これは卸売段階でしか手に入らないらしく、来週、届きますので、ちょっと期待しております。上か下かばかりで中がなくなるというのは不可逆的な現象なのか、あるいはこれも過渡期なのか。そんなことを考えるのが仕事だったりするので、現実生活こそが「寝言」そのものかも。


続きを読む
posted by Hache at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2009年11月16日

オバマ大統領のサントリーホール演説は歓迎

 日米共同記者会見でちょっとドキッとしたのは、APの記者の質問でした。アジア歴訪後、9/11の裁判でオバマ大統領が大忙しなのは自明で、アフガニスタン増派も難しくなってくるでしょう。この時期にアジア歴訪に1週間程度かけること自体、オバマ大統領のアジア重視の姿勢は、その成否の見込みは別として、本物だなと思います。

 それにしてもホワイトハウスは仕事が速いのでびっくりです。お昼過ぎには、サントリーホールでの演説がアップされていて、なおかつ中国語訳、インドネシア語訳、日本語訳、韓国語訳も同時にアップされていました(参照)。読んでみての全体としての感想ですが、ブッシュ政権の最後の2年間で混乱したアジア太平洋政策が大枠として示されたと思います。全体像を示しただけに、つまみ食いで終わりそうですが、可能な限り、オバマ大統領の政策を追ってみたいと思います。

 その前に、鳩山首相がこの国の代表と思うと本当に憂鬱になるのですが、なにがこのお方の癪に障ったのだろうと演説を読んでおりますと、これですかね。「成否の見込み」は別としてと留保せざるをえないのは、鳩山政権がアジアにおける最大の不安定要因ではないかと感じる部分が大きいのですが(私自身は鳩山首相を盧武鉉前韓国大統領と比較すること自体、盧武鉉氏に失礼であろうと。統治後半の乱れは目を覆うものがありましたが、彼はイラク戦争でさえ、工兵を500人程度、派兵しました。私は韓国人ではありませんが、鳩山首相にそれだけの決断力があるのでしょうか?)。下記の文言を読みますと、既に普天間移転の再検討というだけで米国との合意を破棄したとられてもおかしくないと思いますが、会談の直後に掌を返す相手と交渉が可能なのか、私自身は非国民ですから、大いに疑問に感じます。

We've agreed to move expeditiously through a joint working group to implement the agreement that our two governments reached on restructuring U.S. forces in Okinawa.

沖縄駐留米軍の再編に関して両国政府が達成した合意を実施するために、共同作業グループを通して迅速に進めてゆくことで合意しました。


 この話題はバカバカしいので、本題に戻します。まず、訳が4バージョンもあることで、主たる聴き手はアジアの広い地域にわたるとみてよいでしょう。ある程度、アメリカ国内を意識しているのは対中政策を述べる冒頭部分で"Now, as with any nation, America will approach China with a focus on our interests"あたりぐらいでしょうか(国益に基づかない外交など意味がないわけですから、単純な対中宥和と国内で非難されるのを意識しすぎている印象があります)。

 述べられている内容が包括的ですので、わかりにくい印象もありますが、大雑把な構成を見ますと、鎌倉の大仏(抹茶アイスは噴きました。神戸牛やマグロなど食べ物の話が多いのがちょっとだけ楽しいです)やインドネシアでのなどを引き合いに出しながら、現実政治を語る際にはまず、ハードパワー、軍事同盟がアジア・太平洋地域安定の基礎であることが明確に述べられているのは、当然といえば当然ですが、まず、抑えておくべき点でしょう。というのは、演説全体の構成が、ハードパワーに関する言及から始まり、経済外交の基本で中国にも触れながら成長戦略について述べています。その上で、ちょっと驚きましたが、"Now, let me be clear: So long as these weapons exist, the United States will maintain a strong and effective nuclear deterrent that guarantees the defense of our allies -- including South Korea and Japan"と核抑止へのコミットメントを行っていて、まるでソナタ形式のように、ハードパワーが基礎であるという主題が提示され、途中でソフトパワーについて触れて、再度、ハードパワーに触れて最初の主題がより強く明瞭に提示されています(北朝鮮に関しては拉致問題まで触れられているのは更によい意味で驚きですが)。

 興味深いのはミャンマー(ビルマ)を最後にもってきて、異なる価値観とどのように接するかというアジア・太平洋の最も難しい問題へのアプローチを示している点です。日本語訳があるおかげかもしれませんが、これほど明瞭な演説はオバマにしては珍しく、構成もわかりやすく、おそらく、オバマ政権の間はこれがアメリカの対アジア太平洋地域外交を理解する基本になる演説なのでしょう。演説に酔っているわけではありませんが、米軍のプレゼンスがアジア太平洋では致命的であるという基本と経済協力関係についてこれほど整理された文書はなく、アジアの片隅に住む者としては率直に歓迎します。ちょっと気になるのは、教科書的なぐらい整理されていて、それだけ入念に準備された演説だということだとは思うのですが、ちょっときれいすぎるかなという点は気にしすぎだとは思いますが、やはり気になります(「白か黒かはっきりしないか!」と自分でも思いますが)。

 核抑止に関して驚いた理由は、ことが起きてから日本や韓国を宥めるためにでてきた抑止の問題を米国のコミットメントとして大統領が明確に述べたことです。前政権のライス国務長官、現政権のクリントン国務長官が繰り返し表明してきましたが、北朝鮮のアクションとは直接の関係がない状況でこのコミットメントを大統領が行った意義は大きいと思います。どこぞの鄙びた島国の与党支持者と野党支持者などは自前の核武装が安く済むのか算段でもしていればよいでしょう。当然、同盟関係にあることが前提なのですから、それを壊す行為がなにを意味するのかは、オバマ大統領の本意ではないでしょうが、明確になったと思います。

 さらに、興味深いのは、二国間関係と多国間関係について、かならずしも明確な優先順位をつけてはいませんが、両者が補完関係にあるということを明示した演説だという点も目をひきます。また、軍事については基本的に二国間関係、あるいは同盟が基本であり、経済に関しては多国間関係で行うという、ASEAN諸国がほしがるであろう部分にも目がゆき届いた上で、骨格がしっかりと整理されています。APECを意識しているは当然として、経済関係で強調されているのはG20とドーハラウンドであり、ついで自由貿易協定の順になっています。ちょっと気になるのは経済危機への認識自体は正確そのものだと思いますが、本当にアメリカが貯蓄を増やすことができるのだろうかと。バカにしているわけではなく、これは現実にはなかなか厳しいだろうと思いますが。

 というわけで各論には踏み込まずに総花的に眺めただけになりましたが(「また長い」と言われると苦笑しつつも、痛いところを突かれてしまいますので)、複雑なアジア太平洋地域においてオバマ大統領は現実的で、なおかつアメリカの価値観を代表するのにふさわしいと思いました。対中貿易摩擦が頻発するなか、アメリカの貿易政策の本質を「開放的」とした上で、それを進める努力へコミットしたことは経済に偏した見方かもしれませんが、一つ間違えると、まさに、"competing spheres of influence"(勢力圏)の争いになりかねない(あるいは既にそうなりつつある)地域においてアメリカのコミットメントは本質的だと思います。この演説で述べられていることがworkするか否かは、この島国にとっても致命的でしょう。朝、チラッとつまらないテレビ番組を見ましたが、対等か否かというよりも、アメリカの外交政策が日本にとって利益か否かを考える方が致命的な問題でしょう。私自身は、アメリカの指導者は日米両国がほとんどの点で利益を共通しているとこの演説で表明したと感じましたが。私ごときが申し上げるのは躊躇いもありますが、一国の指導者たるもの、アメリカに異議ありなどという見栄などのようなケチくさい勘定ではなく、国民の利益を代表して冷徹に動いて頂きたいものだと心より願います。


続きを読む

2009年11月15日

中国経済は台湾経済を飲み込むのか?

 オバマ大統領のアジア歴訪で、日本が玄関になれてよかったですね。訪日そのものはまるで期待できませんでしたが、オバマさんが神戸ビーフとマグロがお好きというのは意外でした。日本のマスメディアはオバマさんから言質を引き出そうと必死だったご様子ですが(参照)、このあたりはさすがにアメリカのエリート。日本国総理なら簡単に炎上してしまいそうですが、北朝鮮の核武装の話をもってくるあたりは、やんわりと日本国総理と内閣、代表者として彼らを選んだとされる日本国民(私自身は心外ですが)へ、日米同盟の意味を理解してますよねと釘を刺しているように響きました。あとは、プラハ演説の基本線は核拡散防止であって、核のない世界というのは、究極的核廃絶というレーガン以降の歴代アメリカ大統領がコミットしてきた問題をオバマ流に表現しただけであろうと。

 それにしても、お互いにファーストネームで呼び合う仲というのはレーガン大統領以降のような気がしますが、オバマさんはあまり重視していないご様子。それを共同記者会見の冒頭にもってくる鳩山首相はなんとも気の抜けたビールみたいで、早めにAPECにお出かけされたのは鳩山氏なりの見識なのか(どうせ話が合わない)、外務省の知恵なのか、悩ましいところです。

 本題ですが、今回のオバマ大統領訪日はアジア歴訪の出発点であって、メインは対中関係であろうと。日本は最初に来ないとうるさいから立ち寄ったという程度でしょう。非国民なので、妥当な扱いかなと思います。で、問題は中国なのですが、なにせ国がでかいだけに議論が難しいです。とりあえず、台湾との関係はどうなっているんだろうと思ってみますと、『読売』が「中台自由貿易、年内に公式交渉開始で合意」という記事を配信していて、ECFAとは一体、何の略なのかが気になったので、こちらを検索したら、"Economic Cooperation Framework Agreement"の頭文字をとった略語でした。参考にしたのはTaipei Timesの" Executives largely upbeat on ECFA plan"という記事なのですが、どうも中台関係では単純に経済的相互依存が進んでいる結果としてECFAの締結へ向けた準備が進んでいるというよりは、馬政権が前のめり気味に進めていて、ビジネスサイドには懸念もあるようです。まあ、日本のように、付加価値で2%に満たない農林水産業のおかげでFTAが進まないというのはいかにもどんくさいのですが、悪いことばかりではないようです。

 台湾の大企業500社へのアンケートですので偏りがあるのかもしれませんが、ECPAの締結そのものには300人の役員のうち76%が支持しているとのことで、やはり中国と台湾の経済的相互依存が基調だと見るのが普通なのでしょう。他方、他の数字は、馬政権が前のめり気味でビジネスサイドが警戒心ももっていることを象徴していると思います。

 まず、馬政権が詳細を示していないと答えている割合が74%で、驚くのは協定そのものがよくわからないと答えている割合が51%にも上るという数字です。うーん、企業が利潤動機で中国との関係強化を望むという単純な話ではなく、馬政権が、動機に関しては憶測しかできませんので省きますが、対中経済関係強化という結論ありきで台湾企業とのコミュニケーションや情報公開をしているのだろうかと疑問に感じます。

 中国としては台湾企業が中国へ進出することを、政治的な文脈を無視しても、利害関係から利益だと見ているようです。他方、台湾のビジネスマンからすると、やはり他の国と同じく、技術移転にともなう知的財産権の保護に中国政府があまりに鈍感なことに警戒心が強いようです。回答者の72%は台湾政府に中国のおける知的財産権の保護を最も高い優先順位を与えるよう求めています。馬政権は、中国では知的財産権はおろか、通常の意味でも財産権に関する法の支配が確立していないことを理解しているのでしょうか。ASEAN諸国は既に痛い目にあっているために、アメリカ抜きの「東アジア共同体」など中国主導の経済秩序にしかならないことを理解しているように映りますが、台湾は前例に学ぶことができるのでしょうか。どうも、経済全般で中国との関係強化は望ましいけれども、台湾のビジネスサイドはシビアにECFAを見ている印象を受けます。

 特許権侵害関係で、期間が明示されておりませんが、7万3,000ドルの補償金が台湾企業に支払うよう中国の司法では判決がでたとのことですが、台湾側は研究開発投資などを考慮すると、不十分だという反発があるようです。そもそも、中国では三権分立が確立していませんし、補償金自体を台湾企業にちゃんと支払うよう強制力をもって実効性を担保したのか、疑問です。このあたりは、中国の特異な政治体制によって、自由貿易や資本移動の自由が基本的には互恵的な関係であるという基本が対中関係では制度上の前提が整っていない印象を受けます。そのような状況下では、企業側に単純に中国がビジネスチャンスだから中台経済関係を強化するべきだというインセンティブがはたらかない側面があるということも留意した方がよいと思います。

 また、回答者の54%がECFAの締結によって中国からの輸入によって台湾の地場産業や地域経済に悪影響を与えることを懸念しているのも興味深いです。さらに、48%が協定締結によって台湾の失業問題を悪化させるという懸念をもっていることも注目に値します。台湾の産業構造に詳しくないので、踏み込んだ分析ができないのが残念ですが、大企業の役員でも、自分の会社さえ儲かればよいという狭い視点でECFAの問題を見ているわけではないようです。自由貿易は全体としては需要側では消費者余剰を増大させますし、供給サイドでは国際的な競争にさらされることによって生産性の向上をもたらすという好ましい側面が基本ですが、やはり競争によって退出する企業とそれに伴う雇用の喪失などの問題があり、このような側面に十分な配慮がなければ、自由貿易の魅力が損なわれてしまうことも留意する必要があるのでしょう。

 現代の世界では経済では相互依存が基調となっております。ただし、二国間では単純に自由化だけでは解決しない問題も多いでしょう。とりわけ、中国は三権分立自体が否定されているので、法の支配といっても、中国共産党が容認する範囲での法の支配にすぎないのが実態のようです。安全保障の問題抜きでも、馬政権が成果を急いでいるのが実態であって、台湾企業の立場からすれば、中国との経済関係強化自体には賛成であっても、種々の前提を整えてほしいのが実態でしょう。したがって、もし、中国が台湾を飲み込むとしたら、それは安全保障の問題を考慮しない台湾企業の視野の狭さ(この点も台湾企業が実際にそうであるのかに関して留保が必要なのでしょうが)よりも、馬政権の対応の問題だと思います。


続きを読む

2009年11月10日

防衛関係費増額という「虹」

 防衛費を増額せよという正論を読むたびに悲しくなりますな。2004年の防衛大綱の見直しの際には、片山さつき氏に安全保障に関心が高い人には批判が集まりましたが、ひどいことを言えば、当時の主計官の言動は異常だったと思いますが、その程度の人にやられてしまうぐらい、防衛費の増額を主張する方々の影響力がないんだなと。財務省の論理というより財政の論理というのは敵に回せばまず勝ち目がありません。財務省の平成21年度予算案を見るとため息が出ます(参照)。「平成21年度一般会計歳入歳出概算を見ますと、いよいよ基礎年金国庫負担割合が3分の1から2分の1へと増し、それにともなって、社会保障関係費のうち年金医療介護保険給付費が約2兆9,200億円ほど増加しています。他方、税収の落ち込みは7兆円を大きく超え、公債金が33兆円を超えているのも無残です。

 財政の問題を論じるのならば補正予算を加える必要がありますが、かかる状況下、防衛関係費を増加させるためには、「防衛費増額の問題については、たまたま日本の防衛態勢が大幅な更新時期に来ている一方、中国が飛躍的に軍備を増強させ、北朝鮮も核武装したという情勢下で、日本も防衛費の増額が必要な時期に来ていることは、誰も否定できない客観的事実です」というのは空しく響きます。どの予算項目も必要であり、優先順位を変えない限り、不可能な話です。今の状況は、実質的にはマイナスサムゲームの下で、戦前の教育を受けたはずの方たちが声が大きいものだから、社会保障関係費には手厚くなっているのが現状ですから。後期高齢者医療制度導入のときにはうんざりしましたねえ。しみじみ学校教育など関係なく、世代も関係なく、負担増は嫌だ、分け前はよこせというわけですから、日教組教育なるものも戦前の教育の前にはかすむとうものです。あの騒ぎを思い出すと、感情論の前には「正論」なんて空しいよなあとしみじみ感じますねえ。防衛費増額を主張されるのなら、なによりもまず、同世代やすぐ下の世代の方を年金や医療保険など社会保障費の抑制が「お国のため」だと説得していただけないものだろうかという「寝言」が浮かびます。


(1)一般歳出          51兆7,309億76百万円
(2)歳出            88兆5,480億01百万円

     一般歳出比 歳出比
(3)社会保障関係費       24兆8,343億99百万円   48.1% 28.1%
うち(4)年金医療介護保険給付費 19兆6,003億58百万円   37.9% 22.1%    

(5)防衛関係費          4兆7,741億35百万円 9.2%  5.4%

(6)国債費  20兆2,437億31百万円      22.9%


 ざっくりした表ですが、平成21年度政府案の段階で既に年金医療介護保険給付が一般会計に占める割合が約22.1%に上っています。また、社会保障関係費全体で28.1%を占めます。一般歳出は本来ならば国の裁量の範囲ですが、こちらで見ますと、実に社会保障関係費が約48.1%、うち年金医療介護保険給付費のみで約37.9%に達します。対照的に、防衛関係費は一般歳出の9.2%、歳出比では5.4%にすぎません。

 なお、国債費と地方交付税交付金等に社会保障関係費を加えた値が一般会計の歳出に占める割合が69.7%、国債費と地方交付税交付金等に社会保障関係費のうち年金医療介護保険給付費のみを加えた値でも、歳出の63.7%を占めます。歳入面でも厳しい年度であるとはいえ、財政硬直化が進んでいるのが現状です。

 現時点では景気が本格的に回復する時期がまるで予測できませんが、仮に景気回復が持続した結果、2%ほど消費税率を引き上げが可能になったとしても、やや多めに見積もって6兆円程度の増収でしょう。その半分近くは基礎年金国庫負担割合の増加の手当てに回るわけでして、財務省としては残り3兆円は財政再建に回したいのではと思います。仮に、残り3兆円を一般歳出に回すことが可能であっても、社会保障関係費のプライオリティが突出している状況では(政権の政策に関する選好に関係なくこの点は事実上、合意争点化していると見た方がよいでしょう)、防衛費の増額が仮に可能でもごく微々たる額に留まるでしょう。

 一般歳出の50%が事実上、固定されていることを前提としますと、防衛費に高いプライオリティをおくためには事実上の独裁者に近い政治的リーダーシップが不可欠かと。単に装備が古くなっているし脅威があるからというもう何年も聞いている主張では削られるのをなんとか凌ぐのがやっとでしょう。「平成21年度予算のポイント」では防衛の項目では「米軍再編事業の本格化に伴う経費を手当てする一方、既存経費を合理化・効率化し、防衛関係費全体として前年度以下(▲0.1%)」と触れられているだけです。まあ、米上院の動向しだいで「米軍再編事業の本格化に伴う経費」がさらに増える可能性がある状態では、防衛関係費内部で米軍再編と防衛力維持(本当は防衛力強化と書きたいのですが現実を見るとあまりに空しい)が競合するのを避けるのがやっとでしょう。この問題もあるので、普天埋設問題は純粋に国防の観点からしても、財政的に困難な状況を生みかねないので、慎重に扱うのが普通の感覚だと考えます。以上の事情を踏まえて、防衛関係費の増額を主張するなら、せめて具体的な費目と合計の費用、効果などを示さないと、主計官に蹂躙されるのがオチでしょう。

 余談になりますが、よほどのことがない限り、本格的な政権交代には速くて6年はかかるでしょう。今回の政権交代は、2004年と2007年の参議院選挙の結果が積み重なって、自公連立政権の政策決定のスピードが遅くなった結果ともいえます。2010年、2013年と連続して自民党が勝利するかどうかはまったく見通しが立たない以上、これまた空しさを覚えますが、民主党中心の連立政権を説得するというほとんど徒労に近いことを行うしかなく、私自身はまるで気力が起きませんので、やる気のある方に頑張ってくださいなというところでしょうか。


続きを読む

2009年11月09日

ブルックナーはお好き

 そういえば、昨日、最後の部分でロマンチシストと書きましたが、ロマンチストという表現もあり、どちらだったけと。ネットはやはりこういうどうでもよいことには本当に役立つのを実感します。グーグルで検索したら、「ロマンチスト度チェック」なるサイトがありましたので、両者の区別などどうでもよく試してみたら、まあ想定通りの結果になりました。明らかに女性向けの設問でしたので、適当な部分もありましたが、まあ妥当な結果であろうと。「設問15」に関しては、「B. 行為が愛情に先立つ」とあったらためらいがないのですが、まあ、このあたりだろうと。どちらが先かという設問自体が意味をなさないという選択肢があればさらによい感じでしょうか。

あなたの生活はロマンに満ち足りた生活ではないようですね。それがどういった事情によるものかはわかりません。
仕事に追われているのか、今いる環境に恋愛感情をいだくことができる人がいないとか、もしくは過去に悲惨な恋愛経験があって、恋愛恐怖症に陥っている等の事情があり、それはあなた自身がが一番ご存知だと思います。
このタイプの人はなかなか自分自身から恋に陥ることは少ないようです。また、相手の方もあなた自身にある種の「近寄り難さ」を感じているようです。そのため、周囲の人が恋愛に喜んだり、悲しんだりしていることを羨ましいと思っています。心の底では自分自身もそうありたいと思いながら、そうなれない自分自身が寂しく感じられるようです。
そんなあなたに必要なことは「自分自身の心を開いていくこと」。周囲の人は別にあなたのことを嫌いなわけではないのです。ただ、あまりにもあなたが周囲に対して自分自身を見せていかないために、周囲もあなたに対してどう接していけばよいかわからないのです。一度に心を開いていくのは無理でしょうが、少しずつ、心を開いていきましょう。


 うーむ、お遊び気分だったところに、まじめに「解説」されてしまうと気恥ずかしいですな。あまりに場違いな雰囲気にちょっと申し訳ない気分に。まあ、一緒にいて楽な人というのが理想でして、なかなか現実と理想のギャップが激しいことがつらいのですが。「楽しい」ではなくて「楽だ」という点がポイントですね。基本的に自己中心的だという自覚だけはあるので、それを相手がどう受け止めるかは別ですが、救いようのない性格に介入しようという方は苦手です。この呼吸は難しく、絵を見にいって、私が感想を呟いたときにわざわざあわせてくださる方がいましたが、それが理由で自然解消に持ち込みました。リアルで寝言を言っているようなものなので、適当に流してくれる方が楽なのよ。

 漸く本題ですが、ブルックナー。最近はまったく聴いていません。バッハ、モーツァルト以外のCDは売り払ってしまい、ブルックナーを聴いていたころは実家のステレオでLPの時代でしたから、困ったことにない。そんな話をしていたら、クラシック好きの人にしみじみ「君は変な人だなあ」と言われてしまいました。この一言が怖くてブルックナーについては基本的に触れないのですが。

 そもそも、私の幼少の砌にはクラシックの話題を持ち出すこと自体、育ちの悪さを反映しているのでしょうが、知的スノビズムの臭いを感じる人が多く、いくら空気を壊すのが大好きな私でもちょっと無理。他方、愛好家になると「お前は変だ」と何度も言われるので、さすがに落ち込みます。まあ、ブログで書いて欲求不満を解消するのがオチですが、年を食ったせいか、クラシックの話題を持ち出しても大丈夫かなと(隠れキリシタンでもあるまいし)。最近は、リアルでも身近なところで話をするのですが、やはり変だと言われて、ショックではないのですが、やっぱりそうなのかなあと。

 私がベートーヴェン以降の音楽に距離感があるということはご存知の方でしたので、ブルックナーを聴きたいというのが意外だったのかもしれません。ただ、この方の「変な奴だなあ」は陰影があって、なるほど。いわゆる後期ロマン派でも、ブルックナーはちょっと難しいのだそうです。あんまり考えたことがなかったので、へえという感じ。オブジェが突然、現れて、脈絡なく次のオブジェがでてきて、現代音楽に近い感覚なんだけれど、現代音楽よりもつかよりがたい部分があるとのこと。中学生のときにベートヴェン以降の作曲家の作品をFMで聴いて、これはと思ったらLPで買っておりましたので、一通り聴いたら、だんだん疲れてきてなんだか自己主張が疎ましいなあと思っていたら、ブルックナーの音楽がすっと耳に入ってすっかりはまったのでした。

 そんなことをとりとめもなく話していると、「マーラーはどう?」と尋ねられたので、子どもの頃にはあそこまで赤裸々な自己告白を聴かされて恥ずかしいのですが、最近は許せるようになりましたよと話しました。要は、昔はマーラーを聴いていると、高度な中年オヤジの愚痴を聴いているようで、途中で心が折れたのですが、最近はまあ許せるかなと。ガキのときにマーラーがだめでブルックナーがいいなんて可愛げがないと言われて、ハッとしました。この方の場合、私とは正反対でお年を召されてからブルックナーが耳に入るようになったようです。

 ブルックナーのことを調べたわけでもなく、また20年近く聴いていないので、シンフォニーの何番かは忘れたのですが、なんとも枯れた感じが心地よく、この世のことに苦悩した挙句の悟りというよりも、いかに美しい音色を奏でるのかという点に徹していて、自己主張にうんざりしていた若い頃の私にはぴったりでした。最近になって、中世音楽を聴いているうちに、これってブルックナーみたいとほとんど出鱈目な感覚ですが、そう思って聴きたくなったんですね。ブルックナーが敬虔なキリスト教徒であったかどうかは知らないのですが、中世音楽、というよりもバッハ以前の音楽を聴いていて、ああ、なんか近代だったらブルックナーが近いし、心地よかったなあなんていう適当なノリです。

 ブルックナーをドレスデンが演奏しているのはないかなあと。ヨッフムの演奏がよさげなのですが、品切れが多く、中古を漁る方が速いのがちょっと残念です。私みたいな中途半端かつなんちゃってクラシック好きの話にもお付き合い頂いている方からもとりあえずはヨッフムかなとことでしたが、入手が国内では難しくなっているのが残念です。なんとなく、ブルックナーはウィーンフィルではなく、ドレスデンの演奏を聴きたいのです。ウィーンフィルとドレスデンの音色の違いなど私の手に負えるはずもなく、言葉で表現するのは無理なのですが。どちらも人気が高く、高嶺の花であり、サービス精神がありながらも、職人気質でまず外さない。ただ、ウィーンフィルよりもドレスデンの方が音色がくすんでいるような印象があると同時に、繰り返し聴いていると、ウィーンフィルとは異なった音色の多様さが耳に残りました。これも、昔、聴いた印象ですので、「寝言」以外のなにものでもありませんが。

 まあ、そんなとりとめのない話にお付き合いを頂きながら、実は最近ヴィヴァルディにはまってるんだよと恥ずかしそうにおっしゃっるので意外でした。やはりヴィヴァルディといいますと、『四季』のイメージが強く、軽いと見られるのでしょうか。しかし、17世紀後半から18世紀前半ならば、やはり西洋音楽の中心はイタリアですから、この時代なら当然じゃないのかなと素人感覚で申し上げましたら、ホッとされた様子。クラシックに関する造詣や愛着ならば、私よりはるかに深い方なので、ちょっと意外でした。どうもバロック期のイタリアの音楽が軽視されていたので、かなり聴きこんでいるとのことでした。

 ふと思ったのが、ブルックナーは時代が異なりますが、ほぼ同時代(調べずに書いているので怪しいのですが)のワーグナーやリヒャルト・ストラウスと比べると、バッハ・モーツァルトあたりで終わる宮廷音楽家の感覚と似ているのではという、これまた素人らしい暴論を話すと、筋が悪いせいか、おもしろいとなりました。私に言わせると、モーツァルトぐらいまでは聴き手が相当、限定されているので(後半は微妙ですが)、オーダーメイドで相手の好みにあわせるところがある。バッハあたりですと、全部、確かめたわけではないのですが、田舎くさいところでは妙に荘厳さが前面に出るのですが、都会的な地域では自由さがはっきりと出てくる。だから、いい仕事をして聴き手を喜ばせようという基本がはっきりとしている。ベートーヴェンあたりになると、この関係がやや崩れてきて、私の音楽を世に問うという姿勢が強くなってくる。モーツァルトにもそのような欲求がなかったわけではないのでしょうが、どちらかといえば、技巧的な側面が強いのに対し、ベートーヴェン以降となると、啓蒙という側面と時代に私の音楽を聴いて考えてほしいという感じでしょうか。ワーグナーあたりまでくると、この関係がちょっと変わってきて、まあ、ドイツの興隆にあわせて楽しんでいるようなところがある。ブルックナーは不思議で、環境がまったく異なるのに同時代の作曲家から浮いている印象があって、なおかつそれがいい味なんですね。みんなメロディで聴かせようとしているのに、またブルックナー自身もそういう意識があるようにも思えるのですが、極彩色のワーグナーとは対照的に、まるで水墨画のように淡々と流れて、なおかつやたらとピアニッシモが多く、もう細かいぐらい音の強弱だけでかろうじて旋律が成り立っているといってよいぐらい。あれが中学生から高校生のときに耳に自然に入ってきてよかったんですね。こんな話をしていたら、やっぱり君はかなり変だと言われて苦笑しました。

 そんなわけでやっぱり変な奴なんだと実感しました。ただ、ルネサンスも大きいのですが、政治システムが分権的で都市国家や公国が乱立していたイタリアでは他の芸術も成熟していたことも大きいのでしょうが、音楽という面でも優れたものが多いというのは同感でした。私に言わせると、「蝸牛考」みたいなもので、ヴェネツィアやフィレンチェあたりから同心円状に音楽が田舎くさくなるだろうと。ワーグナーはその典型で19世紀後半まで田舎臭さがとれないんでしょうと。信長公に使える身で味の薄い料理をお出しする料理人は論外でして、田舎では濃い料理が好まれる。ブルックナーも田舎料理を出すべく精進したんだけれども、なんかずれちゃって私みたいなど素人さんに味が薄いから馴染みやすいなんて言われちゃう。

 週明け早々、「寝言」全開で恐縮です。


続きを読む
posted by Hache at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2009年11月08日

虹を追いかけて

 目先の仕事が片付いたわけではありませんが、なんとなかなるだろうと。気を抜くと碌なことがありませんが、最悪でも凌げそうなところまでなんとかきました。ふと気がつくと、もうすぐ40歳です。冗談で年をとったというと、この若造がとしかられる時代です。あまり誕生日とかに関心がないのですが、40という数字は重いです。なぜかといえば、この年まで生きていることを考えたことがありませんでした。30代までにさっさとなにかをして、さっさとくたばるのだろうと。自分の寿命すらまったくわかりませんが、小さいときから体が弱かったので、こんなに長生きしてしまうとは。しかも、これという仕事をしたわけではなく、「余生」(明日くたばっても驚くわけではないのですが)をどう過ごすのか、ふと思いを馳せたりします。

……。

……。

……。

 で、考えてもわからないので、いつくたばるのかはわかりませんが、なんだか私みたいな者が生きていること自体が「寝言」みたいな話だなあと。あるいは悪い冗談でしょうか。そんな程度の頭で世界を眺めますると、なんだか世界自体が悪い冗談のように思えてきます。「はずみ」とか「気分」とか「ひょんなこと」が支配している。10代の頃に自然界のように社会にも法則性があるのだろうかと考え始めてから、行き着いた先がこれとは。われながら、冗談は顔だけにしろと呟きたくなるのですが、なにかのはずみとかそんな気分になったということは案外、恐ろしいものだと思ったりします。創造主がありきで被造物があるとすると、人間というのは創造主にバカにされているようなものだなあと思います。被造物の中でも最も哀れむべき存在は人間なのかなと。虹を追いかけて、地球をぐるりと回って、気がついたら元の地点に戻っていたりする。そんな気分で日米関係を眺めると、悪い冗談が重なると、ある種の必然になるのかなと思ったりします。

 私の主観にすぎませんが、現在の日米関係は「同盟」と称するような関係ではなかろうと。日米同盟と表現しても内実が一致していた時期はほぼ小泉政権で終わったと思います。「テロ対策特別措置法」や「イラク特措法」にもとづいて陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊がインド洋からサマワ、クウェートに至る地域で活動していた頃が同盟の名にかろうじて値する時期でしょう。小泉政権では集団的自衛権の行使に関する内閣法制局の解釈を変更することはありませんでした。安倍政権は本格的に取り組もうとしましたが、実現しないまま、今日に至っています。

 また、米軍再編にともなう日本国内の米軍基地と兵力の再配備の問題も政権交代以前から難題でした。民主党を支持しないから、批判しているわけではありません。しかし、政権公約や『政策インデックス2009』を読んでから、憂慮せざるをえませんでした。政権公約では「緊密で対等な日米関係を築く」とありながら、具体的な政策として挙がっているのは、「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」であり、『政策INDEX』でもほぼ同様のことが記されています。「対等」の解釈の相違でしょうが、民主党政権では日米同盟の双務性を高める努力は、控えめに表現しても全く期待できない状態でした。その状態で日米地位協定の改定や米軍再編、在日米軍基地の見直しを要求すれば、日米関係のコアとなる日米安保体制を解体する破壊力を秘めていると感じておりました。総選挙の前後で民主党不支持という私の立場が変化しない最大の理由です。

 予期したごとく、日米関係は漂流しています。率直なところ、鳩山政権の閣僚名簿を見たときに、ドン引きしました。昔なら、2005年の総選挙で三条河原で首を晒されても不思議ではないお方が外相とは。あの方に臨機応変の対応が終始、求められるポストをあてがうこと自体、嫌がらせの度が過ぎていて、気の毒な話です。もっと気の毒なのは日本国民ではありますが。マスメディアでも似たような感覚なのか、この間のオバマ米大統領訪日前の日米外相会談をめぐる混乱を岡田外相の問題として捉える記事が多いようです。しかし、任命権者である鳩山首相の責任はさらに大きいのでしょう。

 『日経』の2009年11月6日朝刊に「普天間移設 埋まる外堀」という記事が掲載されていました。ネットでも配信されているようですが、最初の部分だけです。気になる点があまりに多いので、記事の後半部分を引用しておきます。

 「衝突」は回避

 日米両政府の共通認識は、首脳会談で普天間問題をギリギリと詰めない点だ。キャンプ・シュワブ沿岸部に移す現行案以外の案を拒む米側と、嘉手納基地への統合案を訴える外相を含め方針が定まらない日本政府。首脳会談で正面切って話し合えば、互いの主張の違いだけが浮き彫りになるのは避けられない。
 決して失敗が許されないオバマ米大統領の初めての来日。両政府は円満な首脳会談を演出して「当面の決着先送り」で一致した。
 問題はその先だ。日本政府でも外相は米側と同じで、普天間問題の期限は年内。政策の裏付けとなる予算案は年内に編成する。普天間問題の対応が決まらず、外交・安保関係の予算案づくりが滞る事態を懸念している。
 政府内でも外務、防衛両省を中心に「期限は年内」という相場観がつくられつつある。それを覆しているのが首相の「それなりに時間が必要だ。名護市長選、沖縄県知事選もある」との発言だ。名護市長選は来年1月、沖縄県知事選は同11月。この期限設定の意味に関しては、米政府ばかりではなく日本政府内でもいぶかる向きがある。
 現行案の受け入れを決定した名護市だが、来年1月の市長選の結果次第で、それが流動的になる恐れがある。日米関係にそのまま跳ね返るリスクを頭に入れたうえで首相が発言しているとしたら、その狙いは何か。
 外務省幹部は「名護市長選以降との首相の発言は、米政府からみれば『現行案をつぶす口実にするのでは』と受け止められてもおかしくない」と指摘する。

 参院選にらむ

 一方、来年の政治日程を考慮すると、首相の発言も符合する部分がある。来年の最大の政治課題は参院選。その前に普天間基地の県外移設を求める社民党との関係がこじれるのは得策ではない。少なくとも来年度予算案の成立にメドが立つまでは普天間問題を先送りし、与党の結束を優先。その後に普天間問題を決着させるシナリオだ。
 「最後は私が決める」。こう言い切り、胸のうちを明かさない首相の決断を日米双方が待つ展開がしばらく続く。


 社民党との連立を維持することが政権を安定的に運営するための条件であることは、現状では動かすことが難しいでしょうから、それ自体は否定しません。ただし、記事で指摘されているように、国内政局を優先すれば、それが控えめに表現してもアメリカの行政府と議会には対米関係をないがしろにしている、もっと悪く見れば、「現行案をつぶす口実」と映ることもやむをえないでしょう。マニフェストの「在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」という表現は再検討した上で従来のあり方を継続することを排除しない柔軟さを残した表現ですが、現状では見直しありきととられてもおかしくない、岡田外相ではなく鳩山首相の言動があまりにも目につきます。

 まあ、鳩山首相を批判するのは容易なのですが、連立を維持するために、普天間基地問題を再検討するというのは、なんとなくバカバカしく、悪い冗談みたいだなあと。もし、鳩山氏がごく普通の感覚、端的にいえば、アメリカとの縁が切れれば、極東に限定しても、日本をまともな外交交渉の相手にする国はないということをわきまえていれば、まあ、ゴタゴタしても、落ち着く先が見えています。運命のいたずらと申すべきか、「友愛」の精神の伝道者たる鳩山氏にはそのような現実よりも軍事力に代表されるハードパワーに基づく外交をソフトパワーに依拠する外交で代替したいという抑えがたい欲求があるために、日米同盟と国際協調という日本外交の建前を急進的に変革しようとしているように、内外で映るということにお気づきにならないご様子です。鳩山氏が意図せざる結果として、日米安保体制の変革者になりかねないことに気がついて頂きたいのですが、60歳を過ぎた方に変われといっても酷なのでしょう。まず、現政権には意図せざる結果として、日米安全保障条約を死文化する可能性のある傾向があるということを認識しておいた方がよいと思います。

 上記引用記事ではアメリカ側の予算案にも影響がでることを指摘しています。こちらは、さらに深刻です。11月6日の『日経』では上記の記事と並んでアメリカ側の事情を描いています。

議会が壁、米にも焦り

 米オバマ政権が普天間問題の決着期限を年内にずらしたのは、13日に予定する日米首脳会談が決裂に終わる最悪の事態を避けるためだ。世界経済がなお回復途上にある状況で日米が決定的な対立に陥るのは得策ではないと判断したもようだ。
 ただ、普天間移設は北朝鮮の核開発、中国の軍事費膨張など東アジアの不安定な安保環境をにらんだうえでの合意。国防総省などは日本の国内事情で先送りが続くのは看過できないとしており、早期決着を求める姿勢に変わりはない。いつまで鳩山政権の決断を待てるのか。政権内だけで決めるならばオバマ大統領次第だが、問題は米議会の壁だ。
 普天間移設が困難になれば2006年5月の日米安全保障協議委員会で合意した沖縄県南部の基地の返還や海兵隊のグアム移転なども白紙に戻る。
 年末までに議会を通さなくてはならない国防歳出法案に盛り込まれているグアム移転経費の扱いなどを巡り議会審議が止まれば、政権の最重要課題である医療保険改革法や気候変動対策法案も影響を受けかねない。
 議会対策の司令塔であるエマニュエル首席補佐官がホワイトハウス内で最も厳しく鳩山政権を批判している背景にはこうした事情がある。
 米議会は例年、12月20日前後にクリスマス休会に入る。日米関係筋は、日米間で06年合意の推進を同15日ごろまでに確認する必要があると指摘する。
 日本の政権交代を踏まえ、ホワイトハウスは9月の首脳会談での「安保素通り」は容認した。それだけにさらに1カ月以上待っても政治決断しない鳩山政権への不満はより高まっている。
 対日交渉の最前線にいるキャンベル国務次官補はホワイトハウスから見通しの誤りを指摘され、政権内で針のむしろ状態にあるという。
(ワシントン=大石格)


 『日経』からの引用が続きますが、まるで悪い冗談のようにアメリカ側から、これまた意図せざる結果として、日米安全保障条約があたかも日本にとっての負担を増すかのような錯覚を政権と支持層に与える話が進んでいるようです。露骨にいえば、海兵隊にしろ、基地にしろ沖縄に居座りますよ、費用は日本が負担して下さいね、というシグナルがでてきているということです。しかも、そのシグナルが、オバマ政権の戦略的意図の結果ではなく、予算審議のプロセスでオバマ政権にとっては致命的でしょうが、アメリカ人にとってどれほどの価値があるのか外国人にはわかりづらい、医療保険制度改革の審議に差し支えがでるかもしれないという国内事情から生じているのは悪い冗談みたいです。もう一つの案件として挙げられている気候変動対策に至っては皮肉としかいいようがありません。この点では日米関係を強化する可能性が十分にあると思いますが、少なくとも現時点では反対の方向に作用している始末。もちろん、この記事の観測が正しければという条件がつきますが。

 また11月7日には「海兵隊のグアム移転費7割削減 米上院で法案」という記事が配信されました。ネットで配信している記事と紙面と若干異なりますので、国際面に掲載された記事を引用しておきます。なお、記事の検証が目的ではなく、単にネット上で保存される期間が短いのが惜しいだけですが。


米海兵隊グアム移転費7割減

【ワシントン=弟子丸幸子】
米議会で審議中の2010会計年度軍事施設建設予算歳出法案を巡り、米上院が在沖縄海兵隊8000人のグアム移転に関する経費を約2億1,000万ドル削減していることが明らかになった。米政府の要望からは約7割の削減。ホワイトハウスは5日、「この規模の削減は(日米間での合意に)有害な影響を与える」として増額を求める書簡を上院に送付した。グアムの移転経費は日米間の最大の懸案となっている米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)の移設問題と「パッケージ」ととらえられている。
 7割削減の背景について、議会筋は「普天間問題との関係性は分からない」と指摘しているものの、日本政府は危機感をもって受け止め、議会への情報収集に6日、入った。
 法案は今夏に下院で可決しており、成立までには上院での採決と上下両院協議会による調整、オバマ米大統領による署名などが必要になる。


(付記)よく読みましたら、ネットで配信している記事の方が事実関係をよくまとめてありました。GAOの評価が「不透明」というあたりで外交とは直接関係のない行政府の部門には日本側の再交渉を求める動きが、どのように交渉相手には映るのかがよくわかります。それにしても、よくこの字数で記事がまとまるなあと感心しますね。邦字紙を軽く扱っていましたが、『日経』ぐらいはちゃんと読もうかなと。

海兵隊のグアム移転費7割削減 米上院で法案

 【ワシントン=弟子丸幸子】米議会で審議中の2010会計年度(09年10月〜10年9月)の軍事施設建設に関する予算歳出法案を巡り、米上院歳出委員会が在沖縄海兵隊8000人のグアム移転経費約3億ドル(約270億円)を約7割削減する修正案を作成したことが明らかになった。ホワイトハウスは5日付で議会に「この規模の削減は2月の日米合意に有害な影響を与える」と見直しを求める書簡を送付した。

 海兵隊のグアム移転は日米間の最大の懸案となっている米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)の移設問題と一体になっており、予算減額には鳩山政権の普天間問題先送りが影響しているとみられる。米政府監査院(GAO)は米政府のグアム移転計画が不透明と批判する報告書をまとめていた。日本政府は6日、情報収集を始めた。

 米下院は同法案を可決済み。成立までには上院可決、上下両院協議会による法案一本化、上下両院での再可決、オバマ大統領の署名が必要で、今後の調整が焦点となる。 (01:56)

 他紙もほぼ同じ内容の記事を配信しておりますが、『日経』の記事には簡略とはいえ、法案成立のプロセスが描かれておりますので引用しました。また、グアム移転費用の大幅削減と普天間基地移転問題との関係を断定的に描いている記事が多い中で、『日経』だけは留保をつけた上で、日本政府(外務省?)が「危機感」をもっていることを描写しています。ここで興味深いのは、日米の行政府が調整している間にかえって再交渉が始まるかのような印象が生じていることでしょうか。『日経』では政権交代との関連を断定しない分、2010会計年度軍事施設建設予算歳出法案が下院では既に成立しており、政権交代後に普天間基地移設問題が浮上するとともに、上院が予算を渋り、海兵隊のグアム移転費用が削減されかねない状態に至っていることがわかりやすいことです。まあ、普通に考えれば、日本が実質的には合意を破棄したわけですから、じゃあ海兵隊の移転もなしねというわけで、驚く話ではないと思います。驚くべきは、この程度のこともおそらく予想せずに、合意を破棄した鳩山政権の「鈍感力」でしょうか。

 この「鈍感力」の源泉は、鳩山首相の虹を追いかける傾向にあるのでしょう。虹は美しいですし、それを私人として追いかけるのならば、どうぞご勝手にというところです。今の政権を見ておりますと、うっかり長生きしてしまうと、日米関係が詰むところまで見れそうで、非国民の私からしますと、バカな外交の典型として記録に残したいなあと。しかし、さすがに日本人ですので、ブログのタイトルに「寝言」を掲げている「時の最果て」とはいえ、寝言は寝てから言えと言いたくなります(「お前が言うな」というコメントにはお答えしないとお断りしておきます)。


続きを読む
posted by Hache at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2009年11月06日

経済活動別国内総生産の推移が物語る戦後日本経済の来歴と行方(続き)

 今回の「寝言」が900回目になります。正直なところ、あまり感慨めいたものもなく、自分でも、よくもまあ、「寝言」をこんなにたくさん呟けるものだと苦笑します。コメントに触発されて、前回、書ききれなかったことがいろいろと頭に浮かびましたので、記しておきます。

(お断り:経済統計はあくまで概数ですから「約○○○○億円」と表記しておりましたが、冗長になりますので以下では約を省略しております。為替レートが関連してくる場合など例外もありますが。)

 経済活動別国内総生産の産業分類は日本標準産業分類の大分類よりもかなり粗くなっておりますので、コンビニエンスストア業界の伸びなど個々の業種・業界の動向があまり反映しないという憾みはあります。また、付加価値ベースですので、売上から見た感覚とも異なってくると思います。売上(粗生産)から見ると、製造業は40%近くになります。売上で見ますと、製造業のように、他の企業・産業から原材料や部品を仕入れて加工する産業の比率が高くなりますが、二重計算が避けられませんので、付加価値ベースで見ております。通常は、産業の市場規模という場合、売上高の集計ですので、ちょっと特殊な表ではあります。

 小売業は景気の波をよく反映します。1998年には-5.6%と大幅に減少しています。もっとも、アジア通貨危機を受けたこの年には10%以上、付加価値(概ね企業の粗利益に相当します)の減少を経験した産業が製造業を中心にあります。繊維、鉄鋼・非鉄、家具などの産業です。小売業にはコンビニエンスストア以外の総合スーパー(売上で見ますと、郊外型以外の「主婦の店」タイプが意外と比率が高いようです)や百貨店などが含まれますので、仮にコンビニが伸びていても、他の業態の不振ですと、小売業全体では付加価値が減少することがあります。なお、2007年の場合、小売業の付加価値が23兆5,819億円ですが、卸売業の付加価値は45兆3,745億円と倍近い規模になります。実質ですので加工が入ったデータですし、あくまで目安程度ですが、私自身も生活の実感から遠い数字でもあり、たまにはこういう表も作ってみるものだと思います。

 建設業をあえてとり上げたのは、産業自体の規模がかつて大きかったことがやはり第1の理由です。また、今日では景気対策の手段としても、地域間格差の是正の手段としても生産面からは建設業、需要面からは公的固定資本形成に分類される公共事業ではもはやかつてほどの効果は見込めなくなっているという現実を見た方がよいだろうという点です。付加価値ベースではしきりに補正予算が組まれた1990年代ですら、1993年以外は前年比でマイナスです。再度、プラスに転じるのは小泉政権下で景気回復が鮮明になった2004年だけです。あえて、挑発的な表現をすれば、建設業はあくまで民間の事業者であり、公共事業の受益者というよりも、経済成長の受益者なのです。高度経済成長期に建設業が実額で見ても国内総生産に占める割合でも増加していることと逆のことがこの20年近くに生じたと考えた方がよいのでしょう。他方、付加価値で見ますと、2007年でも31兆3,930億円と小売業をはるかに上回る規模です。この産業が縮小傾向を続ければ、とりわけ地方における雇用にも影響が大きいでしょう。したがって、単純に公共投資がムダなのだからやめなさいというのはやはり乱暴な印象もあります。ただし、ここでは公共投資の費用・便益などは無視した、付加価値だけでのみ議論に終始しておりますので、政策を評価するには不十分な根拠しかありません。やや筆が走りすぎておりますように私自身が感じますので、あくまで「寝言」として読み流して頂ければ、幸いです。

表1 日米の実質国内総生産の推移


                                 (日本:10億円 米国:10億ドル)

    1955年 1970年 1980年 1990年  2005年

日本 8,369.5 73,344.9 240,175.9 430,039.8 468,062.3

米国 414.8 1038.5 2789.5 5803.1 12,422

(円換算)
米国 149,328.0 373,860.0 631.682.3 840,753.1 1,369,028.6
円相場 360 360 226.45 144.88 110.21


表2 日米製造業の付加価値額の推移(実質)


                          (日本:10億円 米国:10億ドル)

1955年 1970年 1980年 1990年 2005年

日本 2,381.0 26,402.3 70,232.3 102,619.2 125,108.5

米国 115 235.5 556.6 947.4 1480.6

(円換算)
米国 41,400.0 84,780.0 126,042.1 137,259.3 163,176.9
円相場 360 360 226.45 144.88 110.21


表3 日米製造業の付加価値が実質国内総生産に占める割合


         1955年    1970年    1980年     1990年     2005年

日本 12.8% 24.6% 25.9% 23.4% 23.1%

米国 27.2% 22.7% 20.0% 16.3% 11.9%


(出所) 日本:『新版 日本長期統計総覧』第1巻、『国民経済計算確報 平成19年度版』
米国:商務省経済分析局HP

 やはり気になるのは製造業の動向でしょうか。2007年は実質で130兆円を超える産業が衰退傾向(大企業は海外生産比率を高めて生き残るだろうと思いますが)にはいったときに、経済規模(GDP)だけではなく雇用や税収など広範に影響がおよぶでしょう。アメリカの実質国内総生産のデータは商務省経済分析局(BEA: Bureau of Economic Analysis)の推計によると2007年にはアメリカの製造業が国内総生産に占める割合が11.7%にまで低下しています(参照)。1980年にはアメリカの実質国内総生産に製造業の占める割合は20%であり、この年以降、国内総生産に占める割合が20%を超えていた年はありません。ただし、アメリカの場合、実質で見ますと、1980年のアメリカの製造業の付加価値は5,566億ドルであり、2007年には1兆6,168億ドルまで成長しました。実質GDPの金額が1980年の2兆7,895億ドルから2007年の12兆8,080億ドルと5倍近くまで成長していますから、アメリカで製造業の地位が低下したといっても、製造業の付加価値の伸び率が生産全体の伸びにくらべて低かった結果にすぎない側面もあります。

 他方、日本の製造業の規模との比較は為替レートの問題がありますから比較が困難ですが、1980年の日本の製造業の付加価値が実質ベースで70兆2,323円です。『平成21年度版 経済財政白書』の長期経済統計から円ドル相場のデータ(『白書』の注には「円相場は、インターバンク直物中心レート(但し、70年までは固定レート360円/ドルとした)。03 年以降は、月次計数の単純平均、02年以前は営業日平均」とあります)を参照しますと、1980年のレートは1ドル=226.45円ですので、1980年におけるアメリカの製造の付加価値は日本円で約126兆421億円に上ります。貿易摩擦が本格化する1980年代の初めの年でも、付加価値ベースで比較しますと、アメリカの製造業は日本と比較すればはるかに巨大だったといえるのでしょう。ただし、同じ為替レートを用いてアメリカの実質国内総生産を評価しますと、約631兆6823億円になります。同年の日本の実質国内総生産が240兆1,759億円ですから、両国の経済規模の差と比較して相対的に製造業の差は小さいことになります。ただし、この数字はあくまで参照程度にしかなりません。まず、名目値をデフレートした実質値であり、さらに為替レートも実勢相場がよりよい近似を与えるのか、購買力平価がよりよいのか、あるいは貿易財のみで評価するのがよいのかなども見解がわかれるところでしょう。くどいようですが、円換算したアメリカの実質国内総生産や製造業の付加価値額は、実質値を計算する段階と為替レートでバイアスがかかったり、無視できない誤差が生じる可能性が高いので、ごく大雑把に比較するための目安程度に見てください。

 表1を見ますと、あらためてアメリカの経済規模の大きさを実感します。最も日米の差が縮まったのが1990年前後でしょうが、1990年で日本の実質国内総生産は430兆398億円、アメリカの実質国内総生産は5兆8,031億ドル(1ドル=144.88円で評価すると840兆7,531億円)です。当時の人口データがないので本当に大雑把な話ですが、当時のドル円相場で評価しますと、日本のGDPがアメリカの2分の1以上になった時期です。為替レートに翻弄された感もありますが、1990年代は真剣にアメリカでは日本脅威論が盛んになった結果、「ジャパン・バッシング」が生じました。2005年のデータを見ますと、日本の実質国内総生産は468兆623億円に対し、アメリカは12兆422億ドル(1ドル=110.21円で評価すると約1,369兆28.6円)にも上ります。1990年から2005年までの15年間で、日本の低成長に対し、アメリカの経済規模は2倍以上に成長したのでした。「ジャパン・バッシング」自体は経済からのみ説明できる問題ではなく、むしろ、ソ連崩壊後のアメリカの標的として日本が狙われ、口実、あるいは因縁として国内総生産などの経済規模や対日貿易赤字などが利用されたのが実態なのでしょう。1990年から2005年の日本経済が縮小したわけではありませんが、「ジャパン・バッシング」が終わり、小泉政権下でブッシュ政権との特殊な関係の時期には既にアメリカの経済規模は概ね日本の3倍近くの規模に達していました。

 もっとも、高度経済成長期の起点を1955年とみなしますと、当時の日本の実質国内総生産が8兆3,695億円であったのに対し、アメリカの実質国内総生産は4,148億ドルでした。当時の為替レート(1ドル=360円)でアメリカの実質国内総生産を円換算しますと、約149兆3,280億円、当時の日本の実質国内総生産の実に約18倍にのぼります。経済の面からみれば、確かに日本の戦後は夢物語のような成功物語だったのでしょう。それが、旧ソ連という仮想敵国が崩壊した後に、警戒すべき国の筆頭はアメリカの識者に映ったことは容易に想像できます。成功したが故の問題に1990年代は内外ともに苦しんだ時期とも言えましょう。

 その象徴となるのがやはり製造業です。同じく、あくまで目安にすぎませんが、1955年における日本の製造業の付加価値は2兆3,810億円でした。当時のアメリカ製造業の付加価値が1150億ドル、円換算で約41兆4000億円(日本の約17.4倍)であったことを考えますと、1955年当時は日本の製造業はアメリカと比して実に矮小な存在でしかなかったことを実感します。それが2007年には1955年と比して約52.5倍、実質国内総生産が約56倍になったの比して、長期時系列データで見ますと、成長率よりも若干、低いとはいえ、アメリカの製造業の付加価値額が日本のそれと比して約1.3倍程度までに近づいたのでした。経済規模と比して、日本国内の製造業の規模ははるかに大きいとみなしてよいのでしょう。付加価値から見た場合、決してアメリカの製造業は「衰退」したわけではありません。1955年から2005年の50年間で4倍前後に成長しています。それを上回る成長を日本の製造業が達成したからであり、アメリカの経済的地位の低下は、かならずしも絶対的な水準から生じているのではなく、戦後のアメリカ以外の西側諸国が復興・成長を遂げた相対的な結果であったことに注意が必要です。産業の付加価値における構成のみで議論はできないのですが、製造業の比率を考えれば、現在の日本の製造業はアメリカのオイルショック以前の水準です。

 今後、乗用車に代表される機械製造業の海外生産がいっそう進めば、日本経済もアメリカ経済と同じく、製造業が雇用や付加価値に占める比重がさらに低下するでしょう。他方、天然資源に乏しい島国が果たして「外需依存」から「内需主導」へと転換できるのか、私自身は疑問に思います。素朴ですが、仮に第三次産業の比率が雇用に留まらず、付加価値において比重が増したとしても、天然資源は海外に依存している状況には変わりなく、輸出すべき製品が失われれば、輸入を賄うために必要な外貨を獲得することが困難になるでしょう。素朴すぎる発想かもしれませんが、内需、あるいは医療や介護に象徴されるサービス業を中心とした産業構造への転換は、おそらく生活水準の大幅な低下とともに進む苦痛な過程となると思います。

 今日では、かつて「先進諸国」と呼ばれた国だけではなく、中国やインド、ブラジルなども高成長を遂げつつあり、経済においては「多極化」が進行しています。1980年代から1990年代に日本は経済大国になったと言われましたが、現在では国際経済に占める比重は過去20年間と比して低下傾向にあるといってよいのでしょう。このことを過度に悲観する必要もないと思います。わが国が島国であり、経済の面でも政治の面でも「海洋国家」であること、戦後に蓄積された物質的な意味での富と各種のノウハウなどの無形の富など活用可能な資源がまだ多く残っていることを忘れるべきではないのでしょう。必要なことは、私たちが60年以上、あるいは戦前も含めれば何百年とかけて蓄積してきた有形・無形を問わない資産をいかに活用するのかという知恵だと考えます。


続きを読む