2010年01月21日

中国共産党の米議会への「長い手」

 1月19日の「寝言」の続きを書こうと思いましたが、あまりにとりとめがなくなります。あの「寝言」を書きながら感じたのは、主として政治と経済の関係を考える際に、パワーポリティクスや経済を論じる際に抜け落ちてしまう問題をこれまで私があまりに度外視してきたことでした。まだ、米中関係の現状と今後について考え、もとい「寝言」を整理できる段階ではないので、米中関係を考える上で古典的な発想にもとづいている観察についてメモをしておきます。

 対象は、Washington Post紙に2010年1月9日付けで掲載され、ネットでも配信された、John Pomfretの"China's lobbying efforts yield new influence, openness on Capitol Hill"という記事です。この記事が「古典的な発想」にもとづいているというのは、中国のロビイングの強化が直接的には台湾海峡におけるアメリカのコミットメントを不確実にするリスクを指摘するとともに、中国政府がアメリカ政治の力学を学習して英国やドイツ、フランス、日本などの同盟国のように議会への影響力を確保しようとキャッチアップを図ろうとしていると鋭い洞察をしているからです。しばしばアメリカの対中政策は、"G-2"論に象徴される経済的相互依存による「米中融合」という方向性と外交・安全保障政策における対立や人権問題に代表される価値観の相違などによる「米中対立」に単純化されがちです。両極端の議論は論外としても、両者を総合的に叙述している書籍ですら、どちらの傾向が強くなるのかという筆者の予見にもとづいて事実を整理しがちです。Pomfretは、台湾海峡問題や同盟諸国との関係を視野に入れながら、アメリカ議会への中国の影響力が強まっていることを様々なインタビューや事実の指摘にもとづいて、丁寧に整理しているので、興味深く読みました。

 冒頭部分では、10年前には中国遠洋運輸がカリフォルニアのロングビーチでスパイ活動をしていたことを非難していたと指摘しています。しかるに、2009年にはジョン・ケリーが中国の国有会社である同社に対してアラスカ沖で海洋の浄化をしていることに感謝する決議を発案するといった具合に中国に対して友好的な雰囲気に大きく転換したことを指摘しています。また、下院ではステファン・リンチがボストンの港からヨーロッパの海運会社が撤退した後、中国遠洋運輸のトップを「人民の大使」と歓迎したことを指摘しています。この件では、中国企業の参入が数千の雇用を生み出したという指摘もしています。オレゴン州選出の下院議員のEarl Blumenauerは「中国人は共産主義者ではなく、中国人は中国人だ」と語ったと述べています。Pomfretは用心深くオレゴン州の輸出市場はカナダから中国へ移ったことを指摘しています。匿名の7期目を務める議員は、「中国をもはや無視することができない」と語ったと叙述しています。

 書き出すと長くなりますので、以下は箇条書きでメモを記しておきます。論旨を損なう虞のある個人的なのメモですので、興味をもたれた方は原文を読まれることをお勧めします。

●中国が経済成長を続けていたが、最近までアメリカ議会には無策であった。だが、現在では数百万ドルを使って、影響力では天敵である台湾をしのぐようになった(台湾関係法にはふれていないが、アメリカのコミットメントが不確実になる危険な兆候だろう)。

●10年前には党派に関係なくアメリカ議会は中国に攻撃的であったが、昨年10月に下院で孔子の生誕2,560年を祝う決議が認められた。

●カリフォルニア選出の上院議員Diannne Feinsteinは1979年にサンフランシスコ市長であり、最初に訪中した市長である。彼女は、中国は依然として社会主義国家であるが、いっそう資本主義的になると述べている。

●中国は対米貿易で巨額の貿易黒字を計上しているが、各議員の選挙区には対中貿易に依存する大企業及び中小企業を存在する。これらの議員には北京が反発する法案を葬り去る、あるいは骨抜きにするインセンティブが存在する。また、2008年には各選挙区の85%で対中輸出が伸びている。米議員は中国のCEOからロビングを受けている。

●中国のZhou Wenzhongは精力的に100年前後の議員を訪問している。彼によると、単に中国のイメージアップだけではなく、(通商上の)戦略を米議員と共有している。

●1990年代後半まで、中国大使館はアメリカ議会対策の職員を1名しか配属しておらず、その地位はきわめて低かった。また、米商工会議所は2001年の中国のWTO加盟から中国企業を潜在的な競争相手とみなし、中国離れが進んだ。さらに、1990年代半ばには台湾のロビイングは大きな成功を収めた。李登輝総統のコーネル大学訪問と演説は中国を激怒させた。これは、台湾海峡危機を促す効果をもった。2005年には中国海洋石油総公司によるユノカル買収が圧力を受け、シェブロンが買収した。この際、中国はロビー活動に400万ドルを費やした。

●2009年にはワシントンに200万ドルを投じて大使館を建設した。そこでは議会対策に少なくとも10名の、英語に堪能でアメリカの流儀を熟知した職員が勤務している。

●中国のロビイングは陰に隠れてきたが、表に出ると、手口が巧妙化している。2005年にシューマー=グラハム法が提出された(引用者:私自身はアメリカ議会の破廉恥な行為だと思うが)。これは中国が通貨切上げを行わなければ、中国製品に27.5%の関税をかけるという内容であった。これを機に中国は人民日報で激しくアメリカを非難する方法からシューマーを中国に招き、とりこむことによってご無体な法案を葬り去ることに成功した。

●2005年から2009年にかけて中国ははじめてアメリカの政治家を台湾よりも数多く国内に招待した。台湾とは対照的に、ロビイング企業にそれまでの3倍もの支出を行った。

●ワシントンには二種類の「中国の人たち("China people")」がいる。一方は中国が支持する「レッドチーム」であり、他方は台湾が後ろ盾になっている「ブルーチーム」である。今日では中国の影響力の上昇はレッドチームの士気をあげることに成功している。

●ナンシー・ペロシは1991年に訪中し、天安門事件広場で1989年の犠牲者への追悼の幕を掲げた。中国の人権問題を提起しているものの、2009年の訪中の際には、気候変動をはるかに重視した。議会のスタッフによると、「(彼女は)言動に注意している」。

●Del. Eni F.H. Faleomavaegaは下院外交委員会のアジア小委員会の長であり、台湾の強固な支持者であった。しかし、昨年、民主党議員は台湾への好意的な法案や決議を葬り去るか、骨抜きにした。

 ブッシュ政権下でも既に行政府レベルで中国への配慮から台湾への援助にブレが見られました。台湾関係法は、米中国交正常化にともなって議会が手当てしたものですから、議会の動向がアメリカの行政府の対台湾政策にも大きな影響を与えるでしょう。議会で親中派が増えると、アメリカの台湾海峡へのコミットメントは信頼性が低下するリスクがあるのでしょう。

 また、興味深いのは、中国のロビイングの強化が私が思っていたほど、戦略的ではないということです。1990年代にはずいぶん乱暴にアメリカを突っついて反発が強く、クリントンに「三つのノー」を言わせたものの、立法府は反発しました。そのような失敗は描かれていませんが、試行錯誤をしながら、中国が経済的利益とともに、三権分立というアメリカ政治の基本を抑えてロビイングを強化していることは注目に値します。中国が単にアメリカの政治システムを研究した結果ではなく、様々な失敗を重ねるうちに、金融危機後のアメリカの威信の低下にもかかわらず(あるいはそこにつけこんで)アメリカの議会がアメリカだけではなく、世界の世論の独裁者であることに気がつき、この数年でロビイングを強化していることは、台湾の運命だけではなく、アメリカと同盟関係にある民主主義国にも影響することにも、よほどの注意を払う必要があることを実感します。

 グーグル事件によって経済や市民的自由に関する米中の対立が注目されています。また、中国国内でも、チベット問題や新疆ウィグル地区の問題だけではなく、一般のネット利用者にも共産党の独裁体制への抵抗があることが表にでてきています。ただし、これらの動きを過大評価するのは危険でしょう。現状では、ただちに共産党の一党独裁が打倒され、民主化に向かうという状況ではないと思います。中国共産党は統治に要する費用の増大に苦しむでしょうが、民主化に幻想を抱くのは危険でしょう。また、仮に民主化が実現したとしても、台湾海峡を中心とする中国のナショナリズムが変化するという保証はないことにも留意が必要だと考えます。


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