2010年02月27日

台湾海峡で合衆国は武力を行使して中国による統一を妨げない?

 変なタイトルをつけることが多い「時の最果て」ですが、あまりに奇妙なタイトルになってしまいました。『世界の論調批評』の「ギリシャの財政危機と米国 」(2010年02月10日)という記事を拝読して、下記の部分について考えておりましたが、なかなか整理できません。頭が悪いのだからと諦めて、『ローマ亡き後の地中海世界』を読んだ後で戦史三部作を読み返すと、興味深いですなあ。なぜ、そちらに手が伸びるのかは自分でもわからないのですが、「それって本当?」という描写を留保して読むと、『コンスタンティノープルの陥落』、『ロードス島攻防記』、『レパントの海戦』はまったくの無秩序ではないが、秩序というほど明確なステイトメントを考える上では面白いなあと。

ただ、ファーガソンは、ギリシャの財政危機を経済的観点とともに、歴史家の目でも見ています。今回の財政危機が西側文明の発祥地ギリシャで発生し、やがて西側の最後の砦である米国にやって来ると述べて、論説を締めくくっているのは、今回のギリシャの財政危機を、繁栄を謳歌した西側経済の凋落を予感させるものと彼が捉えていることを示唆しているようにも思えます。


 現時点では西側経済が直線的に凋落するとは思えないのですが、対中国という点で見れば、動員できる資源は以前よりも厳しい状況が続くのでしょう。それ以上のことを考えるのにはあまりに知恵も知識も足りないのを恥じますが。

 本題は、「対台湾武器輸出と米中関係」(2010年02月11日)という記事の感想文もとい「寝言」なのですが、さすがに批評の対象となっている元の記事を読むと、ちょっと目が点になりました(Richard Bush, "Taiwan comes between the U.S. and China again", Los Angeles Times, February 11, 2010(参照))。最後のパラグラフですが、これはさすがに。

  Chinese critics of U.S. arms sales tend to assume that Washington is using arms to block China's unification with Taiwan. Nothing could be further from the truth. U.S. support for Taiwan's defense is and should be a function of the island's sense of insecurity, which in turn is the result of China's policies. Chinese critics should examine how their government's own actions have fostered the very outcome they oppose.

 合衆国の武器売却に対する中国の批判はワシントンが中国による台湾の統一を妨げるために武力を用いるということを仮定する傾向がある。これほど真実から遠いものはない(意訳:とんでもない話だ)。合衆国の台湾の防衛に関する支援は台湾の不安感の関数であり、またそうであるのがよい。それは中国の政策の結果だ。中国の批判は、いかに自国の政府の行動が彼らにとってまさに正反対の結果をうむかということを考慮する方がよい。


 「民進党政権時代、いつ台湾が独立を宣言して、自分たちも戦争に捲きこまれるかと心配していた米国が、馬政権が出来てホッとしたのは分かりますが、だからと言って、台湾海峡情勢が抜本的に変わったと思うのは甘すぎるでしょう」という実に簡明な解説で終了するところですが、ちょっとこれは。「曖昧政策」もここまでくると、実質的には中国を助長するだけでしょう。ちょっと理解できない。最初の一文がなければ、まだ救われますが。台湾を見殺しにすれば、アメリカのプレゼンスは、東アジアに留まらず、アジア全域といってよいでしょうが、地に落ちるでしょう。中国は明確に台湾の再統一を目指して軍拡を続けているわけですから、今回の武器売却自体は現状維持を望むなら当然だと思いますが、上記の表現は信じられないです。「独立」が嫌なら現状維持でも、台湾の安全でもよいのですが、実際に行っていることと言葉とが異なると、アメリカの台湾へのコミットメントに疑義が生じてしまう。「ブッシュは経歴からいって、台湾問題の最高の権威のはずですが、その情勢判断には、米国人的な甘さがあることは否定できません」という指摘は厳しいですが、これはまずいのではないかと不安にさせる論説です。

 確かに指摘されているとおり、イランと北朝鮮で中国が譲歩していれば、台湾で武器売却がなかったであろうという見通しは、中国に誤ったシグナル(あるいはオバマ政権の本音?)を送ることにしかならないでしょう。キッシンジャーの「リンケージ」は政策決定者が合理的に国益を定義し、それを実現するための手段を遂行するという強い前提に依存しています。Bushの論説は、イランと北朝鮮を台湾統一と取引ができるかのように読めてしまう。現政権の決定がそうだとは思わないのですが、「民主党の政策に対して影響力を持っているブッシュまでがこうした宥和的政策を仄めかしていることは、今後のオバマの対中政策を占うにあたって気になります」という懸念をもつのが自然でしょう。

 アメリカが台湾海峡で中国に現状打破を黙認した場合、アジアにおける民主主義国はよくて変質するか、消えてなくなるでしょう。台湾海峡問題は、本質的には軍事バランスの問題ですが、専制国家と民主主義国家の関係に決定的な影響をおよぼすことも忘れるべきではないと思います。


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2010年02月26日

混迷を深めるユーロ圏

 異常な政治状況だけに変な政策が採用されそうで怖いのですが。岩本先生をはじめ、まともな方たちが議論を始められているのであまりおかしなことにはならないだろうと思いたいところです。専門家軽視のこの国ではそもそも危惧がありますし、現政権が異常なだけに不安はありますが。

 『世界の論調批評』ではギリシャ問題はどのように扱われるのだろうかと興味がありました。一度、配信されましたが、引用されている記事の配信日時の関係で現在は掲載されていませんので、再度、掲載されたところでより広い視野の問題も考えてみたいと思います。このままゆくと、ギリシャ問題はPIIGSの中でもスペインに飛び火しそうですが、まだ消化しきれていないので、こちらは時間ができたら「寝言」にします。

 先週の木曜日の段階では株式市場など素人でも目につくところでギリシャ問題の影はそれほどではありませんでした。グーグルのリーダーで読み込んだ範囲ではニューヨーク市場の株価の下落を受けて、早くもこのような記事を金曜日の0時5分には読み込みました。この記事ではアメリカの雇用保険の問題も簡単ですが触れています。相場を読むことが目的ではありませんので、相場を見ている人たちがギリシャ問題にセンシティブになっていることだけを確認して終わりです。

 さて、ギリシャの対外債務の問題は、この段階に来ると、政治プロセスの側面が強くなります。Wall Street Journalが2010年2月25日付で配信した"Greece-German Relations Roiled by Reference to Nazi Occupation During World War II"(by Venessa Fuhrmans)という記事が象徴的です。ギリシャの副首相が第2次世界大戦のときにナチスに侵略され、ドイツは十分に賠償していないではないかというのはなにをいまさらというのが普通の反応でしょうが、笑えない、剣呑な雰囲気を感じます。記事とは前後しますが、オスマントルコから1832年に独立した際に王として迎えられたバイエルン王国のオットーの治世は11年の治世の後に、反乱を招き、憲法が制定されたと簡潔に記されています。「ヨーロッパ人」という概念はローマ帝国崩壊後、統治が統一されなかったがゆえに、歴史的な現実の基盤がないのかもしれません。

 他方、記事ではドイツの週刊誌は表紙にミロのヴィーナス像の横に「ユーロ一家の詐欺師たち」というタイトルにつけたそうです。また、記事では世論調査によると、ドイツ人の3分の2はEU全体でギリシャ支援を行う枠組みにドイツが資金を出すことに反対していると伝えています。それでも、ドイツ、そしてフランスはEUのギリシャ救済に資金を提供せざるをえないだろうと指摘しています。やはりEU圏内の相互依存は、景気の停滞にもかかわらず、今でも進んでいます。記事では、2009年の第4四半期にはドイツからギリシャへの経常収支黒字が47億ユーロに漸増したと指摘しています。

 当然ですが、ギリシャが債務不履行に陥れば、他のPIIGSにも波及するでしょう。ここでもドイツは利害関係が深いと指摘しています。2009年のデータではドイツは、対スペインでは310億ユーロの輸出を行い、貿易黒字の金額は120億ユーロに上っています。また、対イタリアではドイツの輸出額は510億ユーロにのぼっています。PIIGSが債務不履行に陥った場合、ドイツ自身がただちにソブリンリスクにさらされるというよりも、実体経済への負の影響が大きいということを示しています。ただし、この記事では、経済的な相互依存による利益とドイツ国内における政治的説得の困難さのどちらが勝るのかについては、やや経済的な側面に傾いているように思います。もちろん、EU内部でギリシャ救済に成功するのがベストですが、政治的には予想通り困難だと思います。

 ユーロ圏の動揺はまだ収まる見通しが立たないのが現状です。また、ギリシャ支援の対価であるギリシャ国内の緊縮財政は国内の政治的不安定さを増すでしょう。共通の文化や価値観を共有しているはずのヨーロッパ諸国でさえ、協調が難しいことを実感します。


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2010年02月22日

マグロ戦争

 コペンハーゲンでの中国の評判は最悪のようですが、あの会議自体、滑稽ですね。わざわざ寒い時期を選んで、御当地の気温は調べておりませんが、温暖化対策の合意をしようというのがなんとも。お前、バカだろうと思われるかもしれませんが、寒い時期に暖房を入れて会議をして温暖化対策の合意がえられますかね。ツバルあたりでやればよいのに。一般的にはユニラテラリズムといえば、アメリカの独善的な姿勢を指すようですが、多国間協議を重視する人たちは、マルチラテラリズムは多数の国のそれぞれの独善に陥ることを忘れているようです。また、ギリシャ支援をドイツ政府が決めたとシュピーゲルが報道したら、ドイツの財務相が否定する始末(追記:"Calculated Risk"の記事を参照)。酷い表現になりますが、ヨーロッパは経済的に不活性ということもあり、第2次世界大戦時のフランス程度に扱っておいた方が無難でしょう。域内の問題も自力で解決できない可能性が高いのですから。

 気が乗らないアフガンでドンパチが始まって、時事ネタには困らないのですが、それなりに物騒なのは「マグロ戦争」。「マグロもとれなくなるんですよ」と言われて、「じゃ、戦争しましょう!」と大和田先生も峠のラジオで叫ぶぐらいですしね(「日の下の国」が勝つそうですが)。「マグロ戦争」by 大和田秀樹。ネタとしてはほど良い加減かと。だいたい日本人はクジラといい、もうだいぶ経ちますが、ギョウザといい、食い物の恨みは忘れないようですし。それはさておき、今回は、New York Timesが2010年2月20日に配信したDavid Jollyの"Japan Plans to Ignore Any U.N. Ban on Bluefin Tuna"という記事です。

 まあ、本音を言えば、クジラもマグロも「とれなくなるんですよ」と囁かれてもふーんで終わりですが(赤身の魚は強いて食べたいというほどではない)、サンマやイワシ、サバ、アジ、あとはヒラメがとれないとなると「戦争しましょう」となりますなあ。話がそれますので記事に話を戻すと、日本は国連の条約下において大西洋のクロマグロの国際取引を禁止するいかなる合意から脱退すると(記者は解釈している)のこと。これは、記者が宮原正典さんへの取材で確認したことです。なんだかややこしいのですが、経済産業省のHPによると、"Cites"は"Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora"の略でワシントン条約を指すとのこと(参照)。宮原さんの現在の正確な肩書はわかりませんが、ググった限りは、昨年9月の時点で水産庁資源管理部審議官という肩書が残っています。また、ICCAT(International Commission for the Conservation of Atlantic Tunas)政府代表という肩書も残っていました。ワシントン条約という名称が不吉な気もしますが、それはともかく、クロマグロが絶滅危惧種に指定されるには175の国々の3分の2の承認が必要とのことです。意外とハードルが高い気もしますが。会議は、2010年3月カタールのドーハで開かれるそうです。まったく根拠レスですが、「ドーハの悲劇」を思い出しますなあ。「ワシントン条約」、「ドーハの悲劇」となりますと、全国1億2千万のマグロファンは一体、どんな反応を示すのでしょう。

 記事からそれますが、独立行政法人水産総合研究センター遠洋水産研究所の「岐路に立つまぐろ漁業! 今後何をすべきか」という講演会資料は興味深いです(参照)。なんでおフランスがでかい面をするのかと思ったら、鈴木治郎「まぐろ研究とまぐろ資源の現状」によると、クロマグロの産卵域は南西諸島、メキシコ湾、地中海、インド洋などに限定されており、なおかつ地中海が乱獲とのこと。「一番オーバーフィッシングと言われているのがミナミマグロです。加入量が経年的に落ち始めると、資源が縮小再生産になるデフレスパイラルみたいなもので、ドンドン親も仔も減ってくるとこういう状態になります」という表現は味わい深く、マグロ漁業でもデフレスパイラルという表現が用いられているのは「ほほー」というところでしょうか。漁獲量が減少すれば、値打ちが上がりそうなので微妙な気もしますが。

 New York Timesの記事では、地中海におけるクロマグロの漁獲量の8割を日本が消費しているそうです。今回のクロマグロの絶滅危惧種指定をヨーロッパが推進しているようですが、宮原さんはワシントン条約そのものは強く支持するが、クロマグロに関してはICCATで対応すればよいという立場のようです。記事では、悪意ではないのでしょうが、ICCATに関してはあまり記述がありません。宮原正典「まぐろを巡る国際問題」によると、ICCATは下記の組織です。

 世界の地域漁業機関を見ると、大西洋のICCATは地中海も含めた国際機関です。太平洋の東側がIATTC、インド洋がIOTC、ミナミマグロがCCSBTで、ミナミマグロ単独の魚種についての一つ委員会です。それと、一番新しい生まれたばかりのWCPFCです。こうやって見ると、管理機構がしっかり出来ているように見えますが、性格はかなり違います。大西洋のまぐろ類保存国際委員会ICCATは、1969年に出来た地中海も含む機関です。1969年ですから、200海里になる前からある機関です。一番古いATTC(1950年)も200海里になる前の機関です。IATTCはどちらかというと、缶詰生産中心だった時代に出来上がったもので、生産調整という色合いが強い機関です。ICCATが200海里になっても200海里内外を問わずまぐろの管理に非常に大きい役割を果たせた理由として、地中海が200海里で分割されなかった、大きな漁場である地中海が分割されなかった、アメリカも高度回遊魚については管轄権を当初主張せず国際管理主体でやれという非常に稀な国であったということです。日本とアメリカだけが国際管理主体の主張を当時していましたが、70年代から80年代にかけてアメリカという国が、200海里で自分達だけで勝手に管理するよという事を言わない珍しい国だった、という事です。IATTCについても同様です。つまり、これらの機関が生産調整からスタートしていますので、沿岸国の勝手バラバラなことを抑え、200海里に関係なく国際的管理措置をきちっと執るという伝統というか、そういう性格を非常に色濃く持っている機関という訳です。今でも管理措置によりTACをセットする場合は、200海里内外に係わらずセットし、それを国別に分けていくという手法を執ります。


 私自身が漁業そのものに詳しくなく、ややちんぷんかんぷんの部分でもありますが、ICCAは地中海を含む大西洋を管轄し、漁獲可能量(TAC: Total Allowable Catch)も管理していたとのことです。1992年にもワシントン条約でクロマグロを貿易禁止にしようという動きがあったときに、ICCATでやりましょうとなったそうです。

 1992年だったと思いますが、クロマグロをワシントン条約で貿易禁止にもっていってしまおうという動きがあった時に、そんな事をされるぐらいならICCATで管理措置と一緒にやりますから放っておいてください、という事でCITESにノーを出した事があります。それがきっかけで、貿易措置が入るようになったのです。これによりクロマグロについて貿易措置が入り、メバチ、メカジキ、他の魚種へと拡大していっています。この魚種別規制もさることながら、台湾という国に対して非常に厳しい貿易制裁までやるぞという事を脅しに使いながら、かなり厳しい規制をかけていくというプレッシャーの源になる措置を作れたというのは、この機関の非常に特徴的な所だと思います。ポジティブリストの制度も2002年にこの機関が初めて取り入れました。その背景にあったのは、IUU漁船のリストが沢山あったという事です。


 再び、NYTの記事に戻ると、ICCATの研究者によると、東大西洋と地中海のクロマグロのストックは1957年から2007年にかけて74%減少し、うち60%以上はこの10年ぐらいの減少だというデータが紹介されています。あまり詳しい分析がないので、宮原さんの説明を引用します。

 畜養が増えて困った困ったといっていますが、畜養なんか端的な例ですね。今、これは輸入量だけでやっています。ICCATとミナミマグロを中心にやっています。実は、メキシコの太平洋産が今年から大量に入ってきました。2004年には、また増える途上ですが、各国からの輸入合計が2万6〜7千トンになっています。更に、2005年になると5千トンのメキシコ産が加わり、日本の国内産が大体3千トンありますから、3万5千トンぐらいの畜養物があることになります。年末に向けてどれくらい入ってくるか。今年の生け込み分で、メキシコは青潮にやられて減産して3千トン位と言っていますが、地中海側が非常に増えているため、現在の総生産は恐らく3万4〜5千トン、もしかしたらもっと多いかもしれません。この数字が如何に大きいかというと、例えば、ICCATの東大西洋クロマグロ資源TAC全体が3万2千トンで、その内2万2千トンが日本向け畜養ということを見ればそのウェイトの高さがわかります。2/3が畜養に回っており、如何に凄い量が回るかという事です。しかも、2000年も本当は入れると良かったのですが、データが無いので、ほぼ2〜3千トンの所から一気に増えて来るわけです。増えだすと止めどなく増えるのです。と言うのは、どうしても輸入競争をして、アンタが増やすならうちも増やして、どうしてもオレのシェアーを確保するよと、大手輸入業者のバイヤーさん達の止めどない競争がそこにあるわけです。彼らと組む現地の人達。最近の畜養を巡る輸入に、現地の人たちもかなり複雑な様相を呈しています。地中海ですと、獲る人達、それをオーガナイズする人達、それから実際に畜養場で育てる人達、それを買う人達、それは全部国籍が違うケースが多いのです。最近WWFがかなり良い調査をやって、それをそこら中で撒いてキャンペーンをはったもので、イトーヨーカ堂がトルコ物の畜養物は買わないとか、そういう話をしだしているという事があります。先程、栄養の問題とか、抗生物質の話とか出ていましたが、安全性に加えて蓄養は、管理上、非常に頭の痛い問題です。


 国内ということもあるのでしょうが、日本外交というのは基本的に誠実だなあと思います。ヨーロッパのようなしたたかさも身につけてほしいのですが、良くも悪くも、アメリカよりもうぶなのでしょう。また、アメリカの影響下にあるがために、日本の安全と繁栄という点でより下位の問題ではアメリカとは異なる立場をとりつつ、アメリカをはじめヨーロッパの言い分を拒絶する迫力がないことも否定できないと思います。もちろん、上位の問題では第1にアメリカ、第2にアメリカ、3、4はなくてヨーロッパでしょうが。無理に欧米の価値観をすべて共有するのは歴史的な背景もあって無理でしょうし。

 NYTの記事では、宮原さんがICCATの管理がうまく機能しておらず、日本がより強い規制をかけるとともに一時的な禁漁を提案する準備があると述べたと伝えています。これが根本的な解決につながるのかはわからないのですが、ワシントン条約で貿易禁止というのはさすがに。単に、絶滅危惧種の保護という問題だけではなく、漁業権が絡んだ、ヨーロッパの小賢しさの香りが微妙に漂います。

 正直なところ、シーシェパードの活動の過激さにつられやすい世論にはうんざりなのですが、マグロに関しては役所による地道な交渉が注目されないのが残念ですね。なんとなく、民主党政権がそれなりに支持されているのはそれなりの理由があるのではと思ったりします。よく、日本人は兵隊は強いが上が弱いとリーダーシップの欠如(暗に自分が出世できない僻みを感じますが)を嘆く話を聞きますが、単に視野が狭く、確かにふだんは目先のことでは一生懸命で有能だけれども、他のことになるとふだんがマ○の生活を強いられているだけに他の蟻をけなすという風土が根強いだけなのではと思ったりします。過去においてはイギリスとヨーロッパは優れた政治的リーダーを生んできましたが、最近はその力も疑問符が。他の地域と比較すれば、相対的に能力は高いのでしょうが。ヨーロッパは理想と現実を巧みに織り交ぜて実益をとろうという傾向が強く、しかし、結果的には名を優先するという、戦略的に見えてよくわからない話になりがちです。また、ヨーロッパというのは、国の数が多いだけに多国間交渉では有利な点も多いのでしょう。

 他方、温暖化問題では中国の乱暴な振る舞いがなくても、ヨーロッパの主張はあまりに自己中心的で合意ができたのかどうか。ヨーロッパでは米中対立を高みの見物としゃれこんでいる方もいらっしゃるようですが、だんだんとギリシャ問題では高みの見物かなと白けた目で見るようになりつつありますね。IMFに泣きつくまで七転八倒されればよいんじゃないですかね。まあ、ヨーロッパは所詮ヨーロッパという感じでしょうか。


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2010年02月19日

「現代日本政治入門?」(1) ( ;∀;)イイハナシダナー

 ふわあ。シビアでデリケートな作業が終わってあとは送り返すだけ。木曜の深夜にコンビニで出そうかとおもったら、まっさか着払いとはいえ、佐○で返せとは……。面倒ですなあ。まあ、これが終われば私自身の仕事に専念できるので我慢の日々でしょうか。イライラしているときには、お笑いが大切。最近は政治よりもオリンピックが精神衛生にはよいのではありますが。意外と知らないという人もいますので、現代日本政治はどうなっているのか。国権の最高機関である国会の審議から勉強しましょう。

『現代日本政治入門?』(1)

【講師】  与謝野馨(自由民主党衆議院議員)

【受講者】 鳩山由紀夫(内閣総理大臣) 
菅直人副総理兼財務大臣兼内閣府特命担当大臣(経済財政政策)

2010/2/12衆議院予算委員会 神・与謝野馨(自由民主党・改革クラブ)後編

http://www.nicovideo.jp/watch/sm9684811

 「平成の脱税王」発言で盛り上がった審議です。「ねっ☆」がチャームポイントの与謝野委員が講師です。26分50秒と長いですが、飽きることがないですなあ。(暴○団と言っちゃった後で)地味に「非社会的団体のフロント企業」というのがよい味ですなあ。後編が盛り上がりますので、まずは上を。よほど暇をもてあましている方は前編もどうぞ。

2010/2/12衆議院予算委員会 神・与謝野馨(自由民主党・改革クラブ)前編

http://www.nicovideo.jp/watch/sm9684748

【今回のキーワード】 鳩山原則

【受講者の成績と先生からのコメント】

鳩山由紀夫内閣総理大臣:不可(零点)

 与謝野講師の説明したキーワードが鳩山内閣総理大臣くんは理解できなかったようです。先生は、鳩山くんが瞬間移動の技を覚えたのは立派だと思いますが、役に立たない技ですね。もっと冷静になりましょう。がんばろう!

菅直人副総理兼財務大臣兼内閣府特命担当大臣:不可(零点)

 菅くんは以前よりも挙動不審が落ち着きましたが、居眠りをせずに講師の話をしっかりと聴きましょう。先生としては決まり手NTF(Nakamiga Taihen Fuseikaku)への返し技を覚えないのが残念です。でも、先生はあなたに進歩を期待するのはムダだということもわかっています。がんばろう!


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posted by Hache at 06:00| Comment(0) | TrackBack(1) | ふまじめな寝言

2010年02月18日

ギリシアの悲劇(2) 政策提言は多いが……

 コメント欄でカワセミさんにリプライしていたら、長くなってしまいました。少しだけ補足して転載します。

 ユーロが対ドルでずるずると下落していること、金価格が再び上昇していることを除けば、表面的には波風が立っていないのがかえって不気味です。滅多に読まない『日経』の相場解説ではギリシャの財政再建策がEUの理事会で承認されたおかげで、ギリシャの財政不安がいったん後退したそうで。購読していてなんですが、経済以外の記事の方が読むことが多いのが不思議な新聞です。

 ユーロ圏の混乱はギリシア悲劇でも見ているようです。『オイディプス』でも見ている気分です。個々の出来事はきまぐれに生じますが、それが物語になると、あたかも必然であるかのような錯覚、あるいは印象を受けます。成功を収めたユーロが、ちょっとした野心から、ギリシャの出生の秘密が暴かれ、次に仏独の秘密まで暴露される。

 New York Timesでは、2010年2月10日付で"Opposition Grows in Germany to Bailout for Greece"という記事を配信しております。想定通りと申しますか、ドイツではギリシャへの支援ができるのかどうか、連立与党内部の意見の対立もあり、不透明な様子です。若年失業者がギリシャの次はポルトガルにカネを使うんだろうと指摘しているあたりに"muddle through"の困難さを感じます。合理的期待というのはややきつい虚構のような感覚を覚えることもありますが、各経済主体がモデルをもっており、それに整合的に予想を行うというのはあながち非現実的だとバカにすることはできないのかも。

 Josef Joffeが「オバマが銀行システムを破綻させないように、ヨーロッパはシステムを不安定にはしていません」と述べた後で、納税者を説得するのは難しいと語っているあたりが苦悩の深さをうかがわせます。

 Finacial Timesは2月16日付で"Let Greece take a eurozone ‘holiday'"というタイトルのマーティン・フェルドシュタインのオピニオンを配信しました。フェルドシュタインは、ギリシャが一時的にユーロを離脱して固有通貨ドラクマを復活させた上でとユーロのレートの再調整し、ユーロへ復帰するというを提言しています。新味には乏しいですが、ほとんどアクロバットのような提言を載せるFTのセンスにはただただ脱帽です。もっとも、政治的コストが無視できるのなら、ギリシャのドラクマとユーロの再調整すれば、問題はかなり緩和するのでしょう。フェルドシュタインはギリシャをユーロから退出させるべきではないと主張しています。ただし、政治的コストが無視できる場合でも、措置が"temporary"で終わるかは疑問を感じますが。なんとなく実験室の中のような話です。

 ちなみに、クルーグマンは、フェルドシュタインの提言がマクロ経済学の立場から意味があるとはしながらも、実現可能性を否定しています(Feldstein’s Euro Holiday(参照))。実質的な「デノミ」のコストはバカにならないということです。なかなかうまい話というのはないものだと実感します。

 オイディプスは王の地位を追われ、見える現実が見えなくなるという代償を払って真実が見える人になりました。ギリシア悲劇の現代版の結末は、率直なところ、想像がつかないです。うまく表現できませんが、なんとかユーロを守ろうとするほど、ことが悪くなるという感覚で見ております。


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2010年02月17日

一見、手が広い局面は要注意

 名人戦が近づいていますが、五輪もあり、ややぐったり気味。まあ、急ぐこともないですね。ふだん、あまり手を出さないユーロ問題を書いたのにはメモ以上の意図もあります。

 しばらくアメリカは景気が回復しないかもしれない。ヨーロッパは目先はもつかもしれませんが、先進国の中では最も停滞するでしょう。日本の景気は実感からすれば既に底の状態でこれ以上、悪くなるというのも想像しづらいでしょう。中国は、以前のような高成長を遂げることができるのかは疑問ですが、少なくとも欧米よりははるかに活力があるように見える期間が10年ぐらいは続くでしょう。

 軍事的な面からみれば、アフガニスタン戦争の帰趨とは無関係にアメリカの軍事力は以前ほど抑止力をもたなくなるリスクがあるのでしょう。確かに核軍縮の問題にオバマ政権が中国からコミットメントをえなかったのは痛いのでしょうが、無策だったとも思えず、どのみち、参加しないでしょう。通常戦力でも、中国の伸びが著しい期間がしばらくは続くでしょう。

 要は、英米の覇権に中国が挑戦する形になる確率が徐々に高まってくるでしょう。向こう10年ぐらいですが。日本が戦前のように積極的に武力を用いてアジアで勢力を築き、軍国主義へ傾斜する可能性はほぼゼロと見てよいのでしょう。ただし、英米、あるいは欧米中心の国際秩序は動揺するかもしれません。日本国内では食料品問題を中心に中国への嫌悪感が強いですが、慣れてくれば、中国が逞しく見え、欧米は衰退するように見えてくる。下策ではありますが、あえて能動的に動かないというのも悪くはない。ただ、政治というよりも、人間というのはなにがしかの成果をえたいと動きたくなるのも否定できません。欧米との絆よりも中国との絆を求めることには現時点では世論の抵抗が大きいかもしれませんが、中国の存在感が増す一方、欧米の存在感が相対的に低下すればやはり世論がどう動くのかは未知数だと思います。

 「日米中正三角形論」というのは10年前ならば笑い飛ばしていてよかったと思います。現政権の動きは段々と笑い飛ばせなくなっていることを示しているのでしょう。戦前のナチスとの同盟は戦略的意義が乏しかったのですが、「バスに乗り遅れるな」という動きに流されてしまいました。また、1930年代はルーズヴェルト、ヒトラー、スターリン、遅れてチャーチルと独裁者の時代でした。戦前の取り返しのつかない失敗は、政党も軍も官僚機構も独裁者ともいうべき政治的リーダーを輩出することができなかったことでしょう。今日の世界では、80年前のような政治的リーダーが出現する確率は各国で低下しているのでしょう。ただ、その中でも、日本は政治的リーダーシップが極めて弱く、統治機構は機能不全に陥りやすいと思います。率直にいえば、昨年の政権交代は改革の時代の始まりではなく、政治的リーダーシップが衰退とまではゆかなくても、停滞するシグナルでしょう。こういう時期には実力よりも声の大きい人が受け入れられやすいでしょう。

 ユーロ圏が崩壊するか否かはさだかではありませんが、向こう10年程度の欧米の相対的な地位低下と中国の地位の向上は日本外交の選択肢が広いかのような感覚を与えるでしょう。欧米中心の国際協調体制の動揺が続けば、中国との取引が魅力的に映る可能性は否定できないと思います。日本自体はこれらの国と対等に渡り合う外交力もなければ裏付けとなる軍事力も乏しいでしょう。日本自身がこれらの勢力から独立した"power"とはなりえないでしょうが、中国が頼もしく見えれば、「バスに乗り遅れるな」という傾向がただちにではないですが、長期的には以前よりも強くなる可能性があるのでしょう。

 ここに不確実性が生じます。私自身は、中国は戦後、冷戦期に西側諸国が陣営内に限定的とはいえ、互恵的な国際秩序をつくる能力はないとみています。これは印象論にすぎませんが、中国は清朝までアジアにおいて緩やかな秩序の中心ではあったのでしょう。しかし、19世紀の欧米列強の進出によって、そのような伝統は大きく断絶しました。また、第1次世界大戦後の主権回復は、ある程度までは理解できますが、そのナショナリズムはあまりに自己中心的であり、東アジアにおける不安定要因となりました。戦後には中国共産党がナショナリズムの継承者となりましたが、現代の価値観からすれば、国内体制はあまりに専制的であり、多民族の共存を図るという統治能力はなく、そもそも、価値観の異なる諸民族・諸階層を統合するのではなく、強権的に排除していく傾向が鮮明です。国内における統治と対外政策の関係は決して自明ではありませんが、異なる価値観や生活様式を尊重し、互恵的な関係を築くには未成熟な国でしょう。

 他方、欧米諸国も決して、過去の歴史において中国の国内統治とは全く異なる歩みをしてきたとはいえないでしょう。戦前におけるアメリカにおける日系移民の排除や人種的偏見など不寛容な歴史があるのも事実です。また、欧米列強の植民地支配の歴史は暗黒です。他方、その不寛容さも20世紀以降、ナチスによるユダヤ人迫害など例外も少なくありませんが、かなりの程度、克服されてきました。また、戦後においては先進諸国に限定されるとはいえ、政治や経済などを中心に互恵的な関係をアメリカを中心に形成してきました。それは決して近代国家の枠組みを超えるものではありませんでしたが、民主主義と市場経済は西側諸国を分権的な社会へと進化させるとともに、より開放的な社会へと変化させました。ベトナム戦争ではアメリカは民族解放という戦後の流れに逆行する側面をもつ行動をとって後退を余儀なくされましたが、混乱をへてソ連との対決に勝利しました。英米中心の秩序外交そのものは自国の利益の増進を図るという点では他の政体と変わらないとはいえ、自国の利益の追求と他国の利益を両立させるという点において、ベストな解をだしてきたのかは疑問もありますが、多くの点で互恵的な秩序を形成してきました。

 英米本位の世界秩序と中国の20世紀以降のナショナリズムの優劣は比較が難しいでしょう。また、この10年ぐらい、英米中心の秩序が動揺し、中国がそれにとって変わるように見える変化が生じるのかもしれません。中国が英米中心の秩序を打ち砕くのなら、日本にとっては選択の余地はありません。中国の勢力圏に入るしかないでしょう。そうではなく、20世紀の冷戦とも異なる英米本位の秩序に中国が挑戦し、明確な方向が長期間にわたって鮮明にならない状態が続いたときに、一見、選択肢が広がるように見えるでしょう。この対峙が中国の国際的な地位の相対的な上昇を招いたとしても、また、以前ほど先進諸国の国際協調が互恵的な魅力を失っても、選択肢が広がったかのような錯覚をもつことは危険なのでしょう。


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2010年02月15日

ヨーロッパを変貌させた「ギリシアの悲劇」 "The Greek Tragedy That Changed Europe"

 女子モーグルのフリースタイルは、見てびっくりです。最初は、ロシアやカザフスタンの全身が躍動するような派手な動きに目を奪われました。上村愛子さんが滑ると目が点に。矢がとんでゆくように、ムダがなく、それでいて優雅に。残念ながらメダルはなりませんでしたが、金をとったハンナ・カーニー、銀のジェニファー・ハイルの滑りは上村さん同様、上半身が安定していて、さらに優雅でびっくりです。それにしても雪の上を滑るというのは怖いです。上位でさえ、転倒者が続出。けがをしていないのだろうかと見ている方が不安になりますが、最後まで滑るという強い意志を目の当たりにして、美しい滑りとは別の感動がありました。

 バンクーバーづくしで終わればよかったのですが、PCの電源を入れたのが失敗ですね。リーダーを見ていると、New York Timesがギリシャ関係の話を配信しているので、とりあえず読んだのですが、ちょっとすっきりしないです(例えば、"Wall St. Helped Greece to Mask Debt Fueling Europe’s Crisis"という記事や"Greek Statistician Is Caught in Limelight"という記事など)。BBCは"Greek PM Papandreou calls EU response 'timid' "という記事を配信していて、内容自体はEUの対応が遅くてギリシャが催促している構図そのものはわかりやすいのですが、段々とこの問題を簡単に考えすぎていたのではと不安になりました。

 で、私がうっかりしているだけかもしれませんが、Wall Street Journalの記事がないなあとふと思いました。HPに直接アクセスすると、なんでもない、2010年2月13日付でSimon Johnson and Peter Booneによる"The Greek Tragedy That Changed Europe"という記事を配信していました。リーダーには"Life and Style"を入れてなかったので、知らなかったわけです。全体を見通すにはかっこうの記事だと思いましたので、自分用のメモです。

  Modern-day Greece may be just and wise, but it certainly has not had an ordered life. As a result, the great opportunity and wealth bestowed by European integration has been largely squandered. And lower interest rates over the past decade―brought down to German levels through Greece being allowed, rather generously, into the euro zone―led to little more than further deficits and a dangerous buildup of government debt.
  Now Plutus wants his money back. Europe is entering unprepared into a serious economic crisis―and the nascent global recovery could easily collapse due to the unsustainable and Ponzi-like buildup of government debt in weaker countries.


 格調高い文章ですが、さっくり要約してしまうと、ユーロへ加入したおかげでユーロ諸国の資金が流れ込むだけでなく、ギリシャ政府はドイツ並みの低金利で債務を増やすことができた。債務への懸念が高まると、ヨーロッパは深刻な経済危機に用意がないまま直面し、世界的な回復基調が損なわれたというところでしょうか。サイモン・ジョンソン先生はヨーロッパがお嫌いなのか、率直すぎるのか、"Ponzi-like"という表現を使っていますが、まあ確かにどこかで限界がきて支払い余力が弱い国から崩壊が始まるという意味では、ネズミ講と似た側面があったのかもしれません。

(1)ギリシャはユーロ圏に加入することによって資金が流入するとともに低金利のおかげで政府債務を増やした。

 次は引用を省略して要点のみ。

(2)PIIGS(Portugal, Ireland, Italy, Greece and Spain)諸国は、海外や銀行からの借入が過去10年間、拡大したが、2008年にバブルが崩壊した。

 次に問題になるのがタイミングです。この記事では下記の通り。

  As custodian of their shared currency, the European Central Bank responded by quietly opening lifelines to all these countries, effectively buying government bonds through special credit windows. Europe's periphery was fragile but surviving on this intravenous line of credit from the ECB until a few weeks ago, when it suddenly became apparent that Jean-Claude Trichet, president of the ECB, and his German backers were finally lining up to cut Greece off from that implicit subsidy. The Germans have become tired of supporting countries that do not, to their minds, try hard enough. Investors naturally flew from Greek debt―Greece's debt yields rose, and its banking system verged near collapse as investors and savers ran from the country.

 共通通貨の番人として、ECBはPIIGS諸国にライフラインをそっと開いた。特別信用枠を通して公債を買いとった。ヨーロッパの周辺は脆弱であったが、数週間前はこの点滴のお陰で生き延びていた。トリシェECB総裁とそのドイツ人の後援者は、ギリシャに対する間接的な補助金を切ろうとしていることが突然、明らかになった。ドイツ人は、彼らの考えでは重荷を背負うとしないPIIGSへの支援に疲れてしまった。おのずと投資家はギリシャの負債から流れ出て、ギリシャの金利は上昇した。投資家と預金者が逃げ出したら、ギリシャの金融システムは破綻同然になった。


(3)ECBはPIIGS諸国から外部からわからないように公債を買いとっていた。ギリシャの危機が表面化したのは、ECBが支援をやめようとしたのがきっかけであった。

  But it's not just about Greece any more. Thursday's European Union summit ended with vague assurances of mutual support but did not fundamentally change the financial markets' assessment. Other countries can also be cut off from easy ECB funding, so worries have spread through the euro zone to Spain and Portugal. Ireland and Italy are also up for hostile reconsideration by the markets, and Austria and Belgium may not be far behind. If these problems are not addressed quickly and effectively, Europe's economy will be derailed―with serious, if hard to quantify, implications for the rest of the world.
  Germany and France are cooking up a belated support package for Greece, but they have made it abundantly clear that Greece must slash public sector wages and other spending; the Greek trade unions get this and are in the streets. If Greece (and the other troubled countries) still had their own currencies, it would all be a lot easier. Just as in the U.K. since 2008, their exchange rates would depreciate sharply. This would lower the cost of labor, making them competitive again (remember Asia after 1997-'98) while also inflating asset prices and helping to refloat borrowers who are underwater on their mortgages and other debts. It would undoubtedly hurt the Germans and the French, who would suffer from less competitiveness―but when you are in deep trouble, who cares?
  Since these struggling countries share the euro, run by the European Central Bank in Frankfurt, their currencies cannot fall in this fashion. So they are left with the need to massively curtail demand, lower wages and reduce the public sector workforce. The last time we saw this kind of precipitate fiscal austerity―when nations were tied to the gold standard―it contributed directly to the onset of the Great Depression in the 1930s.

 だが、上記のことはギリシャに関することに留まらない。木曜日のEU首脳会合は相互援助を曖昧に保障するだけで終わったが、 金融市場における評価は根本的には変化しなかった。ECBの基金から容易に他の国も断ち切ることができるのだから、懸念はユーロ圏を通してスペインとポルトガルに広がった。アイルランドとイタリアは市場による敵対的な再考の対象となった。オーストリアやベルギーはもはやPIIGSの陰に隠れることはできないのかもしれない。これらの問題へ迅速かつ効果的に解決する努力をしなければ、ヨーロッパ経済は軌道から外れるだろう。世界の他の地域への影響は、定量化できないとすると、深刻だ。
 ドイツとフランスは手遅れの包括的な支援策を急いで作っているが(あるいはでっちあげているが)、ドイツとフランスはギリシャに対して公的部門の賃金やその他の支出を削減するよう強いることは明らかだ。もし、ギリシャ(と他の問題が生じている国々)に独自の通貨があればことは簡単だっただろう。2008年以来、イギリスがまさにそうであるように、PIIGSの為替レートは急激に低下していただろう。これは賃金コストを引き下げ、より競争的にしただろう(1997年から98年の後のアジアを思い起こせばよい)一方で、資産価格を膨張させ、モーゲージや他の負債の水面下にいる借り手を浮かび上がらせたであろう。これは疑いようもなく、ドイツ人やフランス人にとっては害を及ぼすだろう。彼らは競争的ではないために苦しむであろうから。深刻な問題に直面しているときに、誰が助けてくれるというのか?
 このようにもがいている国が、フランクフルトにあるECBが流通させるユーロを共有しているために、PIIGSの通貨は上記のようには下落することはできない。よって、これらの国々は、需要を減らし、賃金を引下げ、公的部門の労働力を減らす必要が大量にある状態のままで放置されている。この種の緊縮財政を最後に経験したのは、1930年代の大不況だ。当時は各国が金本位制を採用しており、それが大不況の直接の始まりとなった。


(4)ユーロという通貨制度は為替レートによる調整を加盟国に許さないため、財政難に陥った国々に急激な景気悪化をもたらす。もはや、PIIGSだけの問題だけではなく、オーストリアやベルギーの問題も表面化しかねない。今回のユーロ圏(「ユーロ本位制」)の問題は金本位制の下で生じた1930年代の大不況と酷似する。

 ふう、ぐったりしたので、IMFとドイツ・フランスの関係とIMFの支援を受け入れるべしという提言の部分は気力が残っていたら、続きに記します。


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2010年02月14日

経済的自由主義の終焉?

 あれこれ「寝言」なりにまとめようとしましたが、自分の力量を超えることに気がつくばかりです。結論は、向こう10年間ぐらい経済的自由主義は後退するかもしれないが、それに代わる秩序というのはないだろうということにつきます。この見通しが外れた場合、あくまで外交や軍事を捨象した話ですが、先進国・新興国・途上国を問わず、アナーキーが広がってゆく危険があると思います。そうはならないことを願っておりますが。

 国内の時事的な問題とは切り離したかったので、漸く本題ですね。実を申せば、このブログ、「『寝言』じゃないまじめな方たち」と称するリンク集がありますが、許可を頂かずに、勝手にリンクしております。『寝言@時の最果て』などという変なところでリンクされては迷惑ではないかと恐る恐る下の方にしております(リンクを外した方がよいという場合はメールもしくはコメント欄にてお知らせ下さい)。さらに、畏れ多いことに、最近はグーグルのリーダーで読めてしまうので、ごく一部のサイトを除いて、リーダーで読んでアクセスという形がほとんどで、私自身が利用していないという問題が。

 ギリシャの問題をとりあげた直接のきっかけは、ニューヨーク・タイムズがしつこいぐらいこの問題で速報を送ってきたからでした。読んでいくうちに隔靴掻痒の感もあり、調べてメモしたという程度です。もっとも、書いてから思い出しましたし、リーダーで新しい記事を拝読して、厭債害債さんの説明でなるほどと。「ギリシャ問題」(参照)を読み返すと、あんなに木曜の晩に慌てることもなかったなと(休日はなんとギリシャ問題を英語で追っていたら、一日が終わってしまいました)。下手に素人が四苦八苦して英語を追っかけるよりも、簡潔に事実関係が整理され、分析が加えられているので脱帽です。

 ドキッとしたのは(ちょっとだけ胸がときめいたのを正直に告白しておきます)、「ギリシャ問題再説」(参照)でして、やはりプロの説明というのはさすがだなあと拝読しながらうなりましたが、最後の部分で、考え込んでしまいました。率直なところ、厭債害債さんがこちらを読んでいる確率はほぼ無視してよいので、この問題を考えながら、「寝言」にしてゆくうちに力量不足でうまく表現できない部分が書かれていたので、ドキッとしました。

 システム的安定という観点からはギリシャの人々が(70%は受け入れているようですが)おとなしく厳しい制約に服してもらう必要があるわけですが、そこはそれ、にんげんだもの’byみつお、ですから、理解も納得もできない人が国民を扇動してしまって混迷を深めるというリスクは残っています。これでギリシャに甘い顔でもしたら今度はアイルランドの人が黙っていないでしょうしね。この問題に限らず、最近のすべてのテーマに共通するのは「政治、規制、行動」にかかわるリスクです。合理的経済人というのは、もともと怪しい概念であったとはいえ、これまでは多少は前提にしてもよかったのですが、今ではもはやどこにもいないというベースで考えないといけない時代なのかもしれません。結果としてワタクシの結論はボラティリティーの上昇。人のことはわからんし、ましてやそいつが何をするかまったくわからん、ってことがみんなわかり始めるってことではないかと思います。


 軽いタッチで書かれていますが、けっこう重たい問題だなと思いました。「時の最果て」らしく、ギリシャ問題を離れて「寝言」にしてしまうと、「『政治、規制、行動』にかかわるリスク」というのは、ギリシャ問題だけではなく、オバマ政権の金融規制でも直面している問題です。金融規制に関する実際的な問題としては、naked capitalismの"Volcker Rule Gives Goldman Easy Choice"という記事が興味深いです。ただ、ここで話を戻しますが、「合理的経済人というのは、もともと怪しい概念であったとはいえ、これまでは多少は前提にしてもよかったのですが、今ではもはやどこにもいないというベースで考えないといけない時代なのかもしれません」という問いは、18世紀以降の経済的自由主義の根源に関わる問題だと思いました。この経済的自由主義の後継者たちは不確実性下の合理的意思決定の問題に取り組んでいて、けっして少なくない成果を挙げていると思います。わたくし自身の感覚では、「合理的経済人」という虚構を捨ててしまうのは惜しいなあと。他方で、説明が難しい問題に直面していることも否定できません。

 ここで当初の問いから、かけ離れてしまうのですが、塩野七生さんの『ローマ人の物語XV ローマ世界の終焉』の次の件がつい思い浮かびます。最初に読んだときから、古代ローマのみならず、現代的な問題だという感覚を拭うことができないのですが。塩野さんの信頼すべき点は、女性に頑固というのは失礼かもしれませんが、ローマの衰退期でさえも、頑固なまでに原因の分析よりも「症状」の観察に徹している点でしょうか。案外、こちらの方が歴史に学ぶということに通じるのではと感じることもありますね。

 「共同体」(res publica)と「個人」(privatus)の利害が一致しなくなることも、末期症状の一つであろうかと思ったりしている。そして、公共心も、個人が、自分の利害と自分が属す共同体の利害は連動する、と思えた場合に発揮されるものではないか、と(72頁)。


 厭債害債さんの「合理的経済人」からかけ離れた問題のようですが、やはりどこかで私にはつながっている問題であろうと。やや、迂遠できどった表現を用いれば誘因両立性でしょう。もっと素朴に表現すれば、近代の市場経済に関する学は、基本的に個人の利益の追求が社会全体の福祉を増進するという立場が大前提になっているでしょう。学があって市場が存在するわけではなく、市場の観察からそのような立場が生まれてきたわけですが、学による正当化が、経済的自由主義の立場を強くしたことも無視はできないのでしょう。19世紀末から、さらにその前提が深められ、個人が目的をもち、その目的に合致した適切な手段を選択する(基本は需要でも供給でも同じ)ということになります。あくまで結果にすぎませんが、私利私益の追求が社会全体の幸福につながるということが個人合理性と密接に絡んでいます。

 もちろん、ことはそれほど単純ではなく、市場が欠落しているがゆえに市場機構では解決できない問題がむしろ経済的自由主義の立場から分析されてきました。古典的には不完全競争の問題ですが、今日ではゲーム理論によって経済主体間の相互作用として描写することが可能になっています。やや、話がそれるので端折りますが、今日、経済が直面している問題は、果たして合理的な意思決定を前提にして描写可能な問題なのか(解決可能かという問題以前にこちらができなければ話にならないので)ということが難しい問題です。この問題は、個人の幸福の追求が社会の福祉につながるという近代以降の経済的自由主義に、より本質的な懐疑を投げかける可能性をもっていると思います。

 個人合理性に限定すれば、人間というのはまったく非合理的でわけがわからない存在だとすれば、考えるだけムダですから、さすがの「寝言」お手上げで、以上。悩ましい点は、限定合理性という表現は微妙なので避けますが、中途半端に人間が合理的だとすると、非常に厄介です。今回は本質的な問題としては取り上げませんが、"altruism"が入ってくるだけで非常に問題が複雑になります。私自身は、欲と打算で動く人間の方がはるかに信頼できるといういびつな人間観をもっていますが、完全に利己的な個人というのも実は疑わしいとも感じております。

 それはさておき、どのような理由にせよ、中途半端に合理的で利己的な個人がより現実的な人間像だとすると、かなり悩ましい問題です。端的にいえば、ことが起きてからでなければ何もわからないという計算不可能、あるいは予測不可能な事態をもたらすからです。金融危機で経験しているのがそのような世界ではないかと言われると、否定はできないのですが、ちょっと微妙な部分も感じます。ヘッジファンドが欲得づくで行動しているとみなしてもよいと思いますが、金融危機後、利益を上げているところは少なくありません。一方で計算不可能な世界があり、他方で計算可能な世界が同時にあるというのは、単なる個人的な感覚ですが、非常に気もち悪いです。まあ、それもプラトン主義だからさと言われれば、あえて反論はしませんが、パラレルワールドを行き来しているような感覚におそわれます。

 どんどんと話を「寝言」らしく散漫にしましょう。塩野さんが、「そして、公共心も、個人が、自分の利害と自分が属す共同体の利害は連動する、と思えた場合に発揮されるものではないか」という表現は非常に根本的な問題をおそらく直観的につかんでいるのではと感じさせます。ある社会、ちょっと無神経ですが、あるいは共同体のステイトメントとして、「個人が、自分の利害と自分が属す共同体の利害は連動する」と描写するのではなく、公共心が発揮される条件として、「個人が、自分の利害と自分が属す共同体の利害は連動する、と思えた場合」となっていることです。ただし、先の引用の本質的な問題は公共心であり、これ自体があまりに大きい問題ですので、今回は端折ります。

 何気ない表現のように見えますが、この両者は大いに異なってきます。基本的に合理的意思決定に関する学は、主としてステイトメントの問題として扱うのですが、実はその前提になるのは、個人がステイトメントを合理的に把握しているということになります。「思える」という表現は曖昧ですが、より深い部分に関わってきます。このあたりをコモンナレッジの問題として扱う方が形式的ではありますが、まだわかりやすくはなります。しかし、現実にはヒストリカルな時間の下で「思える」という前提を考えると、あえて曖昧な表現を用いますが、ある特定の意図のもとに設計された制度ではなく、まず過去、それでうまく世の中がまわったという実感とともに一見、ある意思決定に関係のない制度がからんできそうです。これらを分析的に叙述することは不可能ではないのでしょうが、おそらく全体を描くことは非常に難しいだろうと考えます。

 ちょっと話が広がりすぎますが、1月15日に「クルーグマンは保護主義を正当化しているのか?」という「寝言」を書きました。クルーグマンの"Chinese New Year"そのものは保護主義的な主張としてとられてもやむを得ない叙述だと思いますが、自由貿易を否定しているというわけでもない微妙な論考です。また、自由貿易といっても、自然とそうなるわけではなく、リカードの比較生産費説自体が現実の通商政策と相互作用しながら発展してきたことを考えると、単に政府介入が少ないという意味での素朴な自由主義では説明がつかないでしょう。クルーグマンの論考は政治色が強いので深読みでしょうが、上記のことに加えて、今日では私益の追求が公共の利益と結び付くことへの根本的な懐疑が生じていることが背景にあるのではと感じます。貿易はリスクや不確実性以上に公的なアクターの振る舞いに影響されるので、やや特殊な側面が強いのですが。やや表面的な観察にすぎませんが、リスクや不確実性などを考慮しなくても、時代が時代だということもあるのでしょうが、私益と公共の利益の関係は、私が以前、考えていたほど自明ではないのでしょう。

 うまく、ギリシャ問題と古代ローマを結び付けることができないのですが、どうも今回の金融危機後の経済の不安定さと停滞、政治的対応は、ひょっとすると、経済的自由主義へのより長期的な懐疑に結びつくのではないかと感じました。今日では18世紀から19世紀の素朴な自由主義はかなりの修正を受けていますが、根本の部分への懐疑は、1929年の世界恐慌でさえも、その後の冷戦をへて克服されました。これは主として、旧西側諸国、あるいは先進諸国になるのでしょうが、現段階はどこぞの島国では政権交代で忘れていると思うのですが、政権交代は現実には政治的混迷の延長戦にすぎないであろうと。「そして、公共心も、個人が、自分の利害と自分が属す共同体の利害は連動する、と思えた場合に発揮されるものではないか」という塩野さんの観察の対象は、古代ローマがパクスを保障することができなくなった政治的混迷の産物でした。政治的な営みですら、人々に個人の利害と共同体の利害が連動するという確信を与える役割という点では、実際には限界があるのでしょう。この「寝言」に限りませんが、「時の最果て」ではなにか結論めいたことを出すことが目的ではありません。ただ、私たちは、個人の利益と公共の利益の関係に関してまだわずかなことしか理解していないのかもしれないという感覚をもちます。


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2010年02月13日

日本人をバカにする政治家と学者

 『中央公論』の「歴史的に見ても賞味期限が切れた小沢一郎」という作文を読んで呆れ果てました。喧嘩をする気も起きないのであえて実名は出しません。別のことで「寝言」を書きたいので、とりあえず書いておきます。要は、小沢氏が降りれば、民主党の中堅・若手が伸びてきてそれまでは長い目で見てあげようよということですが、お断りですね。

 脱税した者を代表に選び、選挙で勝ったというだけで総理に選び、なおかつ平気で消費税率の引き上げを述べる民主党の政務三役の神経が信じられないです。民主主義におけるリーダーシップは誘導と説得以外にないのでしょうが、脱税していて知らないとしか説明ができない者を総理大臣のまま、増税を主張する内閣府副大臣が政治的に伸びるとは到底、思えないです(参照)。本気で説得したいのなら、脱税にふさわしい刑罰を受けてからにしてほしいものです。

 はっきり言って、私の経験の範囲でしかありませんが、民主党の若手は御自身ではそう思わないのでしょうがひどく厚かましく、自民党は傲慢ですね。どちらも似たり寄ったりですが、民主党で前回の総選挙で当選して政務三役になっている元職はひどかった。仕事に関係するので詳細は書けませんが、ある集まりに顔を出すのが苦痛になったぐらいひどい。勤務先で職をえようというのに、勤務先のボスよりランキングの高い大学院をでてるんだよと自慢するというのは信じがたいです。今の政務三役でテレビの討論で見る限り、伸びそうな人は皆無でしょう。あの連中が権力をさらに振るうと思うとゾッとする。

 消費税率の引上げを主張した副大臣は民主党サポーターによると優秀だそうで。ただ、ただ、脱力しますな。政治学者に考えて頂きたいのは、今後、日本国民に害を与えるぐらいしか役割のない政治の役割を限定して、災厄から日本国民を守ることでしょうか。それにしても、自分たちが善や正義を代表していると思い込んでいる手合いほど危なっかしい存在はない。今のご時世では言うのも憚られますが、欲と打算づくで動く人間の方がよほど信頼に足る。


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2010年02月12日

なんだかややこしいユーロ圏

 ふわあ。すっかり気分は年度末です。カネがらみの処理が多くて、正直なところ、自分のカネには無頓着な私にとっては苦痛でしかないです。秘書でもいてくれたらなあなんていう「寝言」で終わらせたいのですが、カネがらみの話も規模が大きくなると、大変ですねえ。"PIIGS"なんていうかわいいもんじゃありませんこと。よほど「Pちゃん」の方がかわいらしいですわ。「シャルロット」なんていうと上品すぎてついてゆけないですけれども。本当は『らんま1/2』でも見ていた方がはるかに精神衛生によさそうですが。

 てなわけで、イランの核濃縮とか物騒な話がてんこもりではありますが、ユーロ圏、あるいはEUが国際政治の主要なプレイヤーとして生き残れるのか、興味津々です。そうじゃなくなることを願っているわけではないのですが、このぐだぐだ感が気になります。FTは2008年夏まで読んでいましたが、秋頃から無視するようになりました。なぜかはよくわからないのですが、あそこを読むと、だいたい見通しを誤るような印象です。同じイギリス圏でも、ロイターやエコノミストは事実の叙述と意見や願望が区別されている印象です。あるいは日本で手に入りやすいことを意識して思惑が入りやすいのでしょうか。ちなみに、"PIIGS"というのは2009年12月10日付のWall Street Journalの"Hedge Funds Target Euro Zone's Weak"という記事で知りました。ユーロ圏が「弱い環」をターゲットにイギリスをはじめとするヘッジファンドのカモにされているわけで、FTはこういう話はあまり書いてくれない印象があります。それにしても、しげしげと記事の中のグラフを見ると、ドイツですら長期金利が3%を超えているというのは驚きです。こうしてみると、日本で財政再建が進まないのもむべなるかなと。バカみたいに借金を増やす麻生政権にうんざりしたら、さらに途方もない大バカ政権ができて萎えるのですが、当座はなんとかなってしまうのがなんとも微妙なところでしょうか。

 それはさておき、素人目にもG7でドイツの財務相でしたか、ユーロのことはユーロ圏で処理すると胸を張っておられたのを見て、本当にできますかという感じでした。Reutersが配信した2010年2月11日付で配信した"EU seals deal to rescue Greece, details still murky"という記事では、メルケル独首相がギリシャがEUの一員であり、推測ですがIMFの手には委ねない趣旨の発言をするとともに、ルールは守ってもらうという発言をしています。記事によると、ギリシャの財政赤字はGDPの12.7%にのぼり、EUの基準の4倍を超えているとのこと。なんだか有害物質扱いのような気もしますが、EUはギリシャの財政赤字にメスを入れずにきたために、なかなか難しい様子です。交渉のアクターは、ファンロンパイEU大統領、バローゾ欧州委員会委員長、サルコジ仏大統領、メルケル独首相、トリシェECB総裁、パパンドレウ・ギリシャ首相と多いですなあ。EUをバカにするわけではないのですが、交渉に関わるアクターが増えるだけで厄介な気もしますが。この記事はギリシャは2010年には530億ユーロ(750億ドル)を新しく借り入れる必要があり、債務全体で2,900億ユーロに上ると指摘しています。この債務額はギリシャのGDPの120%近いとのことですから、どこぞの島国よりは、はるかにスケールが小さい話ではあります。それでも、アテネは財政赤字を(GDP比の数字だと思いますが)4%削減しなければならず、日本国内でもNHKが報じているように社会不安を招いています。緊縮財政というのは民主主義国では政治的コストがやはり高いのでしょう。まあ、しかし、ラトビアだったか、バルト三国に比べれば、はるかに手厚い対応ですな。IMFに売り渡した委譲したのに比べれば、まだマシな方でしょう。旧東欧・ソ連圏はEUに失望して、元の鞘に戻るのでしょうか。

 同じくReutersが配信した"EU leaders hurt confidence with vague Greek pledge"という記事も興味深いです。ギリシャを支援するとなれば、ギリシャ国内だけではなく、サポートする国の内部でも政治的な合意が必要となりますが、大変だなあと。

  EU sources indicated a range of possible steps to aid Greece had been discussed among officials, from loan guarantees extended by rich EU states to having a German state-owned development bank buy Greek government bonds.

  But in the end, no specific action was announced -- which may have been due not only to lack of agreement between EU member states, but also to indecision and disagreements between politicians and ruling parties within states such as Germany.


 経済的に余力のあるEU諸国がギリシャの政府債務に保証をつけることや、ドイツ国有の開発銀行がギリシャ国債を購入することなどが検討されたようです。しかし、具体的な行動は一切、声明として出されませんでした。EU諸国の間で合意がえられなかっただけではなく、たとえばドイツなら連立与党内で合意ができないという事情があると指摘しています。なんとも、いかにもぐだぐだ感があり、いい感じですな。バカにしているわけではなく、どこぞの島国もあまり笑ってられないよなあという感覚でしょうか。まさか、与党議員(笑)に「再編実施のための日米のロードマップ」(参照)を知らずに、普天間飛行場問題を議論しているほどのバカがいるとは知らなかったので、なんちゃって与党というのは大変どすなあという感じでしょうか(閣僚だけかと思いましたが、中堅・若手も絶望的ですな)。

 で、最後はやはり"moral hazard"ですか。インセンティブといえば難しいのですが、要はアメとムチというわけでして、努力したら報酬を与え、サボったら罰を与えるというわけです。これがなかなか口で言うほど簡単ではなく、非対称情報ではなくても、政治が絡むと、誘因両立性を満たすのは難しいのでしょうね。当座、金曜日は口先介入で凌げそうですが、ユーロの地位が大きく揺らいだという意味で象徴的な出来事になりそうです。結局、IMFの専門家も入れる可能性があるようで、残念ながらユーロのことはユーロ圏でというのは難しいのでしょう。

 第1に、先に述べたように、EU、あるいはユーロ圏で守られる国と疎外される国が徐々に明確になってきたということです。疎外された国がロシアとすぐにくっつくわけではないのでしょうが、「時の最果て」らしく「寝言」を書けば、ベルリンの壁崩壊後、新しい「ユーロの壁」ができつつあり、その壁自体が想像以上に脆いということでしょう。

 第2に、これは私の勝手な思い込みでしたが、ユーロがドルを補完する通貨となるのではと思っていましたが、完全に見通しが誤っていたということです。金利だけ見れば、ドイツ国債はアメリカ国債と同等かそれ以上に安全ですが、実質的に"PIIGS"と一体化するとみなされれば、ユーロの価値は不安定でしょう。これでは、アメリカの財政悪化にもかわわらず、ユーロがドルを補完する可能性はほとんどないでしょう。さらに、支援する側の独仏の経済状況も非常に悪いです(参照)。ドイツは輸出が伸びているものの、民間消費や投資の落ち込みをカバーするほどではなく、GDP成長率はマイナス。フランスは個人消費が伸びているようですが、安定成長には程遠い。それにしても、ドイツは想像以上に厳しいです。ユーロ安で輸出が伸びても、波及効果は限定的なのかもしれません。仮に、ギリシャへの支援を決めても、具体策を詰める段階で国内的な説得に苦労するでしょう。

 第3に、単なる感想ですが、民主主義国どうしでさえ、国際協調は容易ではないということです。経済に限らないのでしょうが、拡大期には互恵的な関係が強く出ますが、縮小期ないし停滞期にはプレイヤーの利害対立の側面が強くなります。暇人のたわごとですが、危機の時代には、どの政体も程度の差こそあれ同じでしょうが、民主政は意思決定にかかるコストが大きいという点で、他の政体よりも不利な側面があることにも注意が必要だと思います。


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