2010年05月29日

マスメディアの衰退

 「寝言」を書くより、よその記事を読んだ方が楽ですなあ。わかりやすくて感動したのは、「量的緩和から非伝統的金融政策へ」という岩本康志先生の記事でした。あとは、どのようなプロセスで緩やかな物価下落が持続するのかがわかれば、政治プロセスにおける歪みを除けば、政策的に動かすことができる変数とできない変数が明確になるのだろうと。アメリカの場合には景気回復とともに、インフレ期待が高まってきているので、なんとなく日本が変なのではとも思います。日本独特の問題なのかも。人口減少社会に加えて、島国であることからくる移民の受け入れに消極的なことなど。若い人には悪いのですが、50歳を過ぎた人生設計など考えることができないので、あと10年ぐらい現状程度であれば十分ですから、なにか日本をよくしようとか、親切心のかけらもありません。

 だんだん公的なことに興味が薄れてきて、老化がかなり進行しているのか、自分の興味のもてることしかやらなくなりつつあります。今週は睡眠時間の確保が課題でしたが、Romala & R. C. Anderson(松田常美訳)の『帆船 6000年のあゆみ』(成山堂書店が個人的なヒット商品でした。まだ楽しんでいる途中ですが、図が豊富で素人にはありがたいです。

 そういえば、久々に『毎日』を手にとってみて、ああ、これは読むところが少ないなあと。例の事件以来、『毎日』の経営が傾くことを望む人も少なくないのですが、『朝日』と共催とはいえ、将棋の名人戦や順位戦は大丈夫だろうかと。朝日新聞社の2010年3月期決算が赤字だったのはちょっとショックでした。

 もっと驚いたのが、時事通信は本当に厳しいという話を耳にしたことでした。そういえば、『フォーサイト』も休刊してしまうし、大変なんだろうなとは思っておりましたが。メディア関係に詳しい人に伺うと、電通の株も売ってしまい(あるいはまだ寝ぼけていたので売ろうとしている段階だったかもしれませんが)、もう売るものがないのですよとのことでした。恥ずかしながら、時事通信社が電通の大株主だったということさえ知りませんでした。戦前の同盟通信社へ日本電報通信社が入っていたというのも知らず、しみじみ無知だなあと。マスメディアの歴史に疎いので、電通といえば広告代理店というイメージですが、社名からして昔は通信社でもあったんだなあと勉強になりました。時事の方が共同よりも若干ですが報道内容に信頼がおけるかもなんて話すと、共同は裏をとるのが甘いのかもしれませんとのことでした(いわゆる偏向報道とは無関係に事実かどうかという問題ですが)。通信社の場合、新聞よりも速報性が高いと素人的には思いますので、どのように裏をとるのかは想像がつかないのですが。

 マスメディアの経営などはある意味では他人事ではありますが、米紙も大変なようですし、ないとそれはそれで困るサービスではあります。日本の場合、これから下り坂が続くわけですから、これまで以上に海外で生じる紛争に敏感でなければ、国が滅びかねず、情報収集を政府のみで行うのには限界がある以上、「知る権利」とは別にやはり民間の報道機関は不可欠の存在であろうと。他方で、古紙回収に『日経』1ヵ月を出すと結構な分量になるわけでして、電子媒体が発達するにつれて紙媒体は衰退する傾向にあるわけでして、なおかつ仮に電子媒体に移行したとしても、元をとるのはなかなか難しいでしょう。他方で、マス媒体を代替する情報源がないという現状も変わらず、情報という価格設定が最も難しい無形財は質が落ちていく一方になるのかもしれません。まあ、人様の仕事の出来不出来よりも自分の仕事の出来不出来の方がはるかに重要なので、「寝言」もほどほどが肝心というところですが。


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2010年05月26日

ヨーロッパの抑鬱

 更新しない予定でしたが、簡単にメモだけ。近くがキナ臭いだけにヨーロッパには目が向かない傾向があるようですが、やはりユーロ圏は危険な香りです。比較的、新しい報道ではWall Street Journalが5月25日付で配信したCarrick Mollenkamp, Randell Smith and David Enrichの"Europe's Banks Hit by Rising Loan Costs"という記事が欧州の金融システム危機をコンパクトにまとめています。2008年ほどではないがLIBORが上がったとか、欧州系銀行のの債務への保険が大変だよという『日経』でも報道されていることを一通り述べた上で、次の事実を指摘しています。

  Rising Libor in part reflects concerns about European bank exposure totaling $2.8 trillion to debt originating in Portugal, Greece, Ireland, Spain and Italy. The countries say they are determined to reduce their deficits. But that is almost certain to stunt economic growth and make it tough for companies to pay their borrowing costs.


 慎重に"in part"という留保をつけた上で、LIBORの上昇は、欧州系銀行のPIIGSの債務をオリジネートした2.8兆ドルに上るエクスポージャーが一因だろうとのこと。なおかつ、緊縮財政は経済成長を妨げるわけでして、以前、こちらで見たように、ユーロが加盟国の弱い環にとっては大不況時の金本位制と類似した効果をもつので、政治的な協調があってさえ、大変だというのが実態でしょう。2008年の金融危機を分析した小峰隆夫他著『データで斬る世界不況』(日経BP社 2009年)でもアメリカよりもヨーロッパが深刻だと指摘されています(ただし、当時はPIIGSという造語もなく中東欧危機がメインだと考えられていましたが)。下品な表現をすれば、2008年の金融危機はユーロ圏の「恥部」を露呈する役割を果たしたともいえるのでしょう。

 私自身は金融の門外漢ですので、月曜日にはずいぶんと断定的なことを書きましたが、ユーロ圏が崩壊する、あるいは維持するという見通しも、政策的にはこうすべしという見識もありません。ただ、公的債務の問題の解決自体がユーロ圏における「ユーロ本位制」では仮に理想的に政策協調が機能したとしても、容易ではないでしょう。政治的プロセスが混乱すれば、公的債務の問題のレベルで解決に要する費用は増大する一方になるでしょう。それに加えて、「平時」ならば国債は安全資産であり、民間の銀行(欧州系の場合、米国のような商業銀行と投資銀行の垣根がないという問題もありますが)が国債関連の金融商品はリスクが比較的、低水準です。その前提が崩れている状態では、金融システムが動揺するのは、自然現象のようなものでしょう。公的債務と連動した民間金融機関の動揺は、金融面に限らず、実体経済にも負の影響を与え、それが再び、成長への期待の低下から、緊縮財政の「痛み」を増して公的債務の支払い能力と長期的な財政再建への懸念を強め、金融資産の劣化を招くという悪循環がゆっくりと進んでいく虞があります。軽口を叩くときには、「ユーロ終了のお知らせ」と笑っていますが、ヨーロッパの人たちはもちろん、日本人にとっても抑鬱を招く事態です。

2010年05月24日

「寝言」あれこれ(2010年5月下旬)

 今週は平日から睡眠時間を確保したいので、この「寝言」で今週は更新しない予定です。

(1) 連休明けに、1ヶ月後のドル円相場の見通しについて同人誌雑誌に本人の予想を載せるためということで若い人に尋ねられた。為替相場なんて当たるも八卦だよと断った上で、円高が常識的な線だろうと。水準は1ドル90円前後。推論というほどのこともなく、ユーロ、ドル、円で考えると、ユーロははっきりとマイナスの材料しかない。ドルは、金融規制もあり、不安材料が少なくない。国内の金融機関が臆病なおかげで収益力の低さが顕在化していないこともあり、消去法で円だろうと。複数のシナリオはないのかと尋ねるので、こういうわかりやすいときは一択でよかろうと。水準はわからない。あえて、予想するなら、1995年のような意図的な円高の水準は除外できるし、積極的な買いは入らないだろうと。よって、無能無策の新政権を外人が試した昨年の水準あたりがレートの中心となるだろうと。私自身は予想はやらないが、他人から尋ねられると、こんな感じ。要するに適当。

(2)民主党に入れて次はマニフェストを読むと殊勝なことをおっしゃる年配の方は、まだ学習が足りない。マニフェスト本体を読まなくても、子ども手当てや財源の捻出は予算の再編成という話ぐらいは報道ベース(新聞ではなくてもテレビでも)でも十分、流れていたはず。それでも嘘を嘘と見抜けないのだから、無駄。最初に学習が足りないと書いたが、40歳を過ぎて学習能力がある方は希有の人材だという自覚が足りない。私自身が、新しく能力を高めることが難しいなあと嘆息している。

(3)口蹄疫は末端の小売店や飲食店にはまださほどの影響は出ていない様子。議論が党派的になっていてついていけないのだが、現在の地方自治制度を前提にして都道府県でやれることと国レベルでやれることが整理しきれていない。責任論をするなとは思わないが、宮崎県内で感染の拡大に歯止めがかかっていない。幸い、消費者の反応はBSEのときと比較して冷静なようなので、小丸川の防衛ラインが突破された状況で防疫ラインをどうするのか、臨機応変の対応が不可欠なのだが……。望ましいのは、自民党を中心とした野党との超党派の対応だが、これも公務員制度改革の強行採決で民主党がぶち壊したので、国レベルの対応は常に後手に回る覚悟が不可欠だろう。2000年の小渕内閣のときのような初動段階で封じ込めが成功したケースと暗黙に比較して論じるのは、とっくに空理空論でしかない。

(4)ユーロの危機は案外、理解されていない。『日経』が先週、洪水のように報道したが、本質的な話があまりない。自系列から言えば、2008年の金融危機に続く「第二波」だが、ユーロ危機の方がはるかに厄介だ。

(A) 2007−2008年の危機の場合、ヘッジファンドなど投資家が金融機関に対してとりつけ騒ぎを起こした。要するに、投資家が民間の金融機関に対して払えるのかという不信が根源だった。この場合、政府による救済が可能であり、"too big to fail"に対する批判が今では強いが、金融機関を救済する主体は政府と明確であり、救済の方法は洗練されていないとはいえ、公的資金の注入(粉飾)や不良資産の買入(とばし)などがあり、なおかつ金融機関の業績回復とともに、公的資金は返ってくる見込みがあった。ただし、前回の金融危機では、想定以上に実体経済への波及が速く、水準の落ち込みも急激であった。

(B)ユーロ危機では、金融機関を含む政府債務の債権者が政府に対してとりつけ騒ぎを起こしている。民間の金融機関、投資家などが公的主体に不信をもっており、これを収拾するのは容易ではない。なおかつ、ユーロ圏独自の問題(各国の公的債務に流動性リスクが発生しても、ユーロそのものは少なくとも当座は決済手段として機能する)を除外しても、国家を助けるのは他の国家か国際機関しかないが、"too big to bail out"になりかねない。その間に、実体経済の悪化が進めば、救済はさらに困難になる。ユーロ圏はアメリカに次ぐ13兆ドルを超える経済規模であり、実体経済の悪化は、債務危機の「伝播(contagion)」によるユーロ圏内の実体経済の悪化とあいまって、国際経済の重石となる。金融面からJGBへの波及を懸念する向きもあるが、むしろ実体経済の悪化による税収不足とすべてにおいて無能な民主党中心の連立政権の放漫財政の組み合わせが3年も続けば、JGBの流動性リスクが問題となる方が本筋だろう。

(5)意外なことに、財政への懸念が強く、消費税率の引上げもやむなしというご奇特な方が少なくない。財務省によるメディアを通した広報が効きすぎているのでは。ご心配なく。長期金利が1%上昇すれば、消費税率を3%引き上げても追いつかない。日本で債務危機が本格化する頃にはさすがにデット・インフレーションが生じる確率が高く、強制的な増税によって経済は破滅に追い込まれる。予防的に消費税率を引き上げても、自民党よりもギャンブル好きで、自分の支持基盤にバラマキを行うのが大好きな民主党政権が破滅に追い込んでくれる。心配するだけはまったくない。ノープロブレム。主体が死滅すれば問題は消える。

(6)国内的には北朝鮮の魚雷の威力に驚きが強いようだが、当面、抜本的な解決はなく、アリバイ的に制裁を行うことすら困難だろう。オバマ政権のアキレス腱はアフガニスタンであり、カンダハール情勢は悪化する一方になっている。軍事行動が所期の成果を収めるかどうか微妙な情勢になっている上に、仮に「形づくり」ができても、カルザイ政権の無能さが治るわけではない。「テロとの戦い」という、誰もが文句をつけることができない大義にもとづく軍事行動ほど危険なものはないという古来からの事例がまた一つ増えるのかもしれない。

 それにしても、日本という国は本当におもしろいですね。法律関係者が金融工学が世界経済を危機のどん底に陥れた、経済学が科学を自称して世界を滅ぼすなどとご高説をのたまわっているのを聴きながら、どうやって金融危機の最中に中銀どうしで資金を融通しているのかご存知ですかねと腹の中でせせら笑いながら、ほほうと教わる神妙な面持ちで聞いていました。他方、床屋で専門学校卒のお兄さんに髪を切ってもらいながら、ギリシャの債務危機は他国にも飛び火するんでしょうかと尋ねられて、大学というのはバカを大量生産する教育機関なのかしらと首をかしげることしきりです。まあ、団塊の世代の大卒者は文理を問わず、地位が高いほど痛い人(問題は私のような下々に対してど○すのごとく振舞って悲鳴を上げても鞭を振るうことですが)が増えるというのは現政権が「証明」してくれていますが、下の世代も大差がないのでしょう。インテリはご高説をのたまい、なんの役にも立たない。有識者とも思わずに、日々、労働にいそしむ人たちは断片的とはいえ、物事の大筋は理解しながら、社会に貢献する。いつもながらの光景というところでしょうか。

学を絶てば憂無し。唯と阿と相い去ること幾何ぞ。


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2010年05月22日

脳の不活性状態

 いつ、お前の脳みそが活性化しているのかという問いには沈黙するしかないのですが、先週は完全に「脳死」状態でした。どれぐらいひどいかというと、さすがに2点が与えられている状態で一次関数のグラフを求めるのはほとんど10秒以内にできるのが、寝不足が続いたせいで、まるでだめという惨状でした。おまけに安物の合皮の筆入れを職場で紛失して大ショック。金銭的なダメージは少ないのですが、中にUSBメモリーが入っていて、データが第三者に漏れると、ちと困るものもありますので。結局、見つからず、くたくたになりました。第68期名人戦も終わりましたが、第4局の棋譜を見ても、さっぱりわからないです。後手の三浦八段の銀冠に囲うという構想自体はよかったようですが、中終盤でなにかあったらしい。それにしても、将棋の終盤戦はこんなに難しいのかと嘆息しました。

 そんなわけで囲碁はどうなんだろうと、まったく脈絡のない疑問が浮かんで、根が安直な私は強い人に尋ねてみればいいやと。将棋にせよ、囲碁にせよ、やはり終盤は確実に可能性が減少しているはずですが、素人にはまったくわかりません。中学生の頃だったと思いますが、囲碁の入門書を読んで、練習問題を解いたものの、撃つ相手がいないのでそこまでで、死活問題も詰将棋ほど解いた記憶がありません。そんなわけで、頭が悪い上に「土地勘」がないものですから、職場の強い人に尋ねてみました。結論を言えば、将棋はよくわからないとのことだったので将棋との比較はできないという条件付きで、囲碁の終盤で紛れるのは稀だということでした。囲碁と将棋で終盤の意味が異なるので微妙なところですが。

 そこからついつい話し込んでしまって、最近は将棋もソフトが強くなったそうでという話になりました。やはり、一時期、話題になったボナンザというソフトウェアとプロが平手で勝負したことが大きいのでしょうか。対照的に、囲碁のソフトウェアはそれほど強くはないとのことでした。お話を伺っていて、意外でしたが、なるほどと思ったのは、将棋の場合は玉を詰ませるという目的がはっきりしているのに対して、囲碁の場合、目的はより多く地を獲得することだけども、実は目的を明確に定義するのが難しいのではという指摘でした。囲碁や将棋のソフトウェアの仕組みはよくわからないのですが、評価関数の作り方が囲碁の方が難しいのかもしれません。素人的には、囲碁の方がコンピュテーションに馴染みやすいようにも思えるのですが、地を囲うというのは、一見、目的が明確なようで、定義せよと言われると、難しいとのことでした。

 話が散漫なのですが、囲碁・将棋チャンネルで囲碁のプロの対局を見ていると、素人なのでまったく的外れかもしれませんが、石がぶつかって大決戦になるのかと思いきや、なかなかそうはならないですねなんて話しました。どうも、囲碁の場合、最近は地味にポイントを稼いでいく方が負けにくく、プロの場合ほど、その傾向が顕著だとのことでした。驚いたのは、囲碁の場合には将棋の順位戦に相当する制度が整っていなくて、一応、日本棋院や関西棋院などの所属先から毎月数万円程度は支給されるそうですが、あとはゴルフと同じシステムで、タイトルをとった人が総取りに近いシステムのようです。よって、リスクを避けて確実に勝てる、あるいは負けにくい手を指すインセンティブが強く働くとのこと。しかし、みんなリスクを回避しているところに、びっくりさせるような手を打って、勝ちを収めるという戦法も発達しているそうです。

 お話しのお相手は私よりも年下の方でしたが、一番、碁の勉強をし、実戦を積まれたのが20年程度前のことだったそうです。囲碁の世界はよくわからないのですが、やはり奨励会に似た制度はあるそうです。一番、驚いたのは、将棋なら20年前の定跡ではプロの将棋を理解するのは無理でしょうが、囲碁ならそうでもないですよという一言でした。今期の名人戦では相矢倉の局がありませんでしたが、現代の矢倉は1990年代に森下システムから実に序盤から神経を使って駒組みをしないと指せない戦法です。今期で一番、対局が多かった横歩どりにしても、最新の戦型まではいかなくても、最低限、後手の8五飛車と中原囲いの意味と手順は知らないと、まったく意味がわからない手の連続になります。今回の名人戦を見ていると、昔の横歩どりのように派手な空中戦をしながら、隙を見て決め手を放つという昔の感覚からは遠くなったことを実感します。他方、第62期名人戦第2局で登場したような、61手目の▲7四歩の手渡しの一手が決め手になるという形も生じにくい。ただし、過去の蓄積から無関係というわけではなく、8五飛車ならやはり横利きをどう活用するかが生命線という点では空中戦ですし、やはり手渡しが細かく行われるという点では、6年前の感覚も残っているのでしょう。ただ、勝負手というほど強烈な手があるわけではなく、最新の棋戦をある程度、見ていないと、意味がわからないわけでして、最近のネットの棋譜中継は実にありがたいです。お話を伺った方によると、囲碁というのは本当に不思議なゲームで、江戸時代の本因坊道策が現代にきて現代のプロ棋士と遜色のない碁を打つかもしれないそうです。このあたりは想像を絶しますが、素人にはわからないのですが、将棋の場合は江戸時代まではいかなくても、大山康晴15世名人でも現在の将棋で現役当時のような戦績を上げられるのかどうか。もちろん、囲碁に進歩がないという意味ではなく、コミが6目半になったり、置碁の手順を省略するなど囲碁の可能性も以前よりも見通しがよくなっているはずですが、将棋とはかなり性質が異なるのかもしれません。ここでも、碁の目的が意外と曖昧だということが利いているのかもしれません。

 そんなわけで、中学生のときに入門書を読んだものの、打つ機会もなく、もう一度、勉強したいのですがと尋ねると、日本棋院書院の『入門編1 すぐ打てる囲碁入門』がいいですよと貸してくださいました。どの本がわからずに手が出ない状態でしたが、シンプルな説明でわかりやすいです。読みながら感じるのは、将棋なら先手側からみて、駒の動かした方や基本的なルールは別として3四歩や7六歩など歩をつく基本から始まるところが、アタリと逃げや石の連結、死活の基本からやはり細かいなあと。こういう作業の積み重ねが19路盤の地につながっていくのだと思うと気が遠くなる話です。ちなみに、9路盤は御存じですかと尋ねられてので、やはり囲碁・将棋チャンネルで対戦を見たことがありますと答えました。基本と手筋がある程度、理解できるようになったら、9路盤から始めるのがよいでしょうと。ただし、9路盤ではコンピュータがめっぽう強いとのことで、PC相手でもプロですら大変ですよと言われて、少し震えましたが。

 先週はやまだかつてない脳が不活性な状態でしたが、ちょっとは元気さが戻りました。なるようにしかならない時代ですから、どうなるのかは冷静に見ながら、慌てずにすごすのがよいのかもしれません。
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2010年05月20日

スペシャリストを活用できない「ジェネラリスト」 なぜ仁川に敗れるのか

 最近、役職にある方というのは大変だなあと実感します。まあ、縁がないから気楽なものですが。基本的には腰を低くせざるをえず、他方で「アメ」ばかりではダメで、「ムチ」を振るわなくてはならないときもある。私などが役職についたら崩壊するのが目に見えていますが、まかり間違ってその立場に着いたら、真っ先に考えるのが、大航海時代シリーズのロッコのような人物をえることでしょうか。「大航海時代V」だと、水兵が反乱を起こしたときに、提督に代わって一騎打ちでやっつけてくれますから。それにしても、適切なインセンティブを与え、ディスインセンティブを取り除くというのは身近なところでも大変、難しいということを実感する日々が続きます。

 最近はアルコールを飲むと、二日酔いとも異なるとてつもない疲労感に襲われます。たぶんですが、内臓脂肪がやばい状態なのではと。そんなわけでアルコールが入る場は、極力、避けておりますが、そういう場ほど情報が入るというのもありまして悩ましいところです。政権後退(涙)以降、ゴタゴタが多すぎて、前原氏が「羽田がハブ」と言ってから、どうなったのかいまだにわからないのですが、詳しい人によると、まあ、手遅れでしょうねという感じのようです。なんとなく、仁川国際空港の下請けかなという程度で見ておりましたが、既に、仁川が日本国内の地方空港にはたらきかけて、国際線の乗り入れを図っているとのことでした。言われてみれば、成田や関空まででかけなくても、あなたの地元空港に国際線が入りますよというだけでも魅力的ですなあと話すと、そこが戦略的ですよとのこと。

 計量はじゃなかった、計量もパッパラパーなのでよくわからないのですが、驚いたことに私でも名前を聞いたらわかるエコノミストが顧問になって戦略を練っているとのこと。聞いていて、彼我の差に驚いてしまいました。酔っ払っていたので、詳細が曖昧なのですが、費用と便益を徹底的に計算して(日本ではここが常に恣意的だとすら言ってよい)、冷徹なまでに実態を把握しているとのこと。リーダーで読み込んだ記事の中にスペシャリストを笑うジョークがありましたが、そんなことを書いている暇があったらマスコミの信頼性が地に落ちていることを懸念された方がよいのではと思いましたが、本筋からあまりに外れるので割愛します。ハブアンドスポークに関してはうんざりするほど研究されているのですが、日本ではまったくといってよいほど活用されていない。話を伺いながら、専門家がダメなのではなくて、専門家を活用するしくみがない社会なのだなあとしみじみ感じ入ったしだいです。

 もっとも、日本が航空政策の分野において戦略的な行動がとれなかったことにも、それなりの背景がありますよとのこと。素人相手なので、ごく簡単な話に限定してくれたので助かりましたが、1990年代は「失われた10年」と言われるものの、旅客自体は増える傾向にあり、あえて戦略的な政策を考慮すること必要性が薄かったとのこと。うまくいっているときに、さらに成功を治めようとすると言うのは口で言うのは簡単ですが、実行するのは難しく、政策の失敗とまでいうのはちょっと酷でしょうとのことでした。関西国際空港については酷評してましたが。伊丹空港の騒音問題や大気汚染などから始まった代替空港の建設は、まず神戸市東灘区(酔っ払っていたので記憶が間違っている可能性が大)を打診したものの、不調に終わり、伊丹空港の廃港を前提に建設が始まったものの、いざ開港すると、経済効果から伊丹は抵抗するし、神戸まで空港をほしがると。地元のエゴを調整できなかった国土交通省はおそらくなにも考えていなかったのではという評価でした。

 一時期、『日経』が韓国企業の強みを特集していましたが、まったく記憶に残りませんでした。専門家、あるいはスペシャリストの活用が韓国の成功の秘密とまでは思いませんが、人口では韓国の3倍、経済規模にいたっては5倍近い国がヒトの育て方や使い方をよく理解していない。「ジェネラリスト」というのは、私みたいな、いかれた「外道」からすれば、これという得意分野がない人ということになります。だから、あれこれ細かなことをスペシャリストが知恵をつける余地ができる。専門家を手足のように使う力量があればいい(ルーピーの悪口を書いているわけではありませんよ。もう、あの御仁のことは考えたくもない)。政治的リーダーシップという点では、故小渕恵三元総理は「真空総理」と言われましたが、言いえて妙だったなと。小泉元総理にいたっては、当初、外交・安全保障では不安だという声が強かったのが、驚くべき成果を収めました。こういうリーダーを意識的に育てることは実は無理なのかもしれません。他方で、スペシャリスト、あるいは専門家はあるレベルまでは意識的なトレーニングが可能な場合が少なくないのでしょう。それで日本社会が抱える問題が解決するとは思いませんが、少なくとも、ある程度、意識的に操作ができ、社会が活用できる資源を増やすことができるのではないでしょうか。そんな「寝言」が浮かびました。


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2010年05月18日

ルーピーのルーピーによるルーピーのための政治

 ほへぇと思ったのがまだ口蹄疫対策本部を首相官邸に立ち上げてなかったのですかというお話。連休中に農水省の「宮崎県における口蹄疫の疑い事例」が増える一方で収束する感覚がなかったので、5月6日の「寝言」で農水省の関連ページにリンクを貼っておきました。おそ松君が宮崎県入りしてから、疑い事例がほぼ倍増。さらに、山田君が宮崎県入りしたそうで。宮崎で座布団でもばらまいていたのでしょうか。建前上はどうも官邸が風評被害の拡大を恐れていたとのことですが、その間に現実の被害は拡大していましたという笑えない話です。連休前の段階で宮崎県だけでは消毒液さえ十分にとれない状態でしたから、その段階で既に宮崎県のできる範囲を超えていたと思いますね。

 さらに笑えないのが周囲の反応でして、連休明けの頃には口蹄疫なにそれという人が多かったのですが、先週の段階でも多かったですなあ。ある程度、説明しても、私の理解力不足もあるのでしょうが、それって宮崎だけなら影響ないでしょとか。万単位で殺処分された牛・豚を想像することもできないようです。ああ、この人民にしてこの政権ありと実感しましたね。新聞やテレビが騒ぐ普天間がどうとか挙句の果てにはよく知らない議員が突き倒されか自作自演かどうかで騒いでいて、まるで別の国みたい。冷静に考えると、この国の人と話があうことが少ないので、それだけのことなんだなあと。

 ルーピーの、ルーピーによる、ルーピーのための政治(government of the loopy people, by the loopy people, for the loopy people)。昔風に表現すれば、「苛政は虎よりも猛し」でしょう。昔は、現在のような民主的な手続きをへずに暴力を独占した人たちが無茶苦茶なことをやることもありました。現政権は、民主党に投票した人だけではなく、棄権した人たちも手を貸したという自覚がまるでない。牛や豚では痛くないようですから、死人でも出ないと、「苛政は虎よりも猛し」というのが実感できない人が多数なのではとすら思います。日本社会が活用できる資源は、今後ますます減少していくでしょう。今日では政治が積極的になにかを行うことよりも、個人や自発的なコミュニティではとても処理できない事態に対応することの方がはるかに重要でしょう。右往左往するルーピーを見て、笑っている人が増えてはいますが、あれは日本人(残念なことに私自身も含まれる)の自画像だということを自覚しない限り、また同じことを繰り返すだけなのでしょう。
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2010年05月17日

生コンクリート出荷量減少と共販体制の維持可能性

 米紙を読んでいたのですが、今週末に『大航海時代III』が届いて、危険な感じ。買ってから気がついたのですが、アマゾンの商品紹介ではプラットフォームがWindowsとあっただけでしたが、届いた商品の小冊子には98とMe、2000対応とあり、失敗したなあと。XPですら、このままでは動かないので、互換モードをいじってみました。98/Meでディスプレイ設定を256色にしたら、自動的にウィンドウ表示で、無理やりウィンドウ表示したゲームよりも動作が安定しているのでびっくりです。IVから入ったので、交易からえられる利益がずいぶん小さくて、パトロンにプレゼンして契約を結んで、報酬をえるのがメインですが、やりだすと意外とおもしろいです。

 そんなわけで、いい感じでユーロが堕ちてるなあとか、BPの油田の問題ではさすがにオバマも妥協しましたかとか、メモでもと思っていた話が全部、忘れてしまいましたあ。ジパングへゆく直前に世代交代で息子に引き継いだのですが、息子の代になったら、それまで贔屓にしてくれていたパトロンが門前払いを食らわせるのでむかっときました。ロードし直して、うっかり引退を選んだら、セーブデータを削除した上でゲーム終了でぶち切れですよ。重要なコマンドは直前に説明が出て、「本当に引退しますか?」と尋ねてほしいところです。前作で海戦は飽きたので、今回は冒険メインというゲームの仕様ということもあり、のんびり冒険でしょうか。自動移動がないのが面倒ですが、1494年にトルデシリャス条約でポルトガルとスペインで船の相互乗り入れができないというあたりなど、割とリアリティ重視なのかなと。ヨーロッパの拡張期には競争も激しく、他方で勢力圏内では独占的であり、競争とそれを制限しようとする行為とは常に一体なのだなあと思ったりします。

 というわけでPCの電源を入れていると、ゲームをやってしまうので、いったん強制的にやめて土曜日に『日経』を読んでいたら、商品面の「生コン共販体制きしむ」という記事が目につきました。不思議なものでして、平日の『日経』の記事にはこれというものが少なく、日曜はオピニオン色が強くて苦手でして、土曜日の各業界のところをメインに読むようになりました。記事の書き出しを引用すると、下記のとおりです。

 生コンクリートの2009年度全国出荷量が8603万平方メートルと39年ぶりに1億立方メートルの大台を割り込み、業界を揺さぶっている。生コンは地域ごとの協同組合による共同販売が一般的だが、需要減退の著しい地域では組合を離脱して個別に販売するメーカーが増えてきた。建設市場の不振を受け、生コンメーカーの共販体制がきしみ始めた。

 記事の下に、ミキサー車の写真があって、生コンクリートというのは、工場で精製されした上で建設現場に運ばれる資材なんだなあと。念のために、お断りしておきますと、私自身は建設及び関連事業にはまったく疎いので、以下の話も「寝言」であって、数多くの誤解を含んでいます。本当は、そんな「寝言」が多く、あなたはそう誤解していますが、実際はこうですよというコメントがつくとありがたいのですが、データもどきでご自身の意見を披露されたい方の方が少なくないようなので、うんざりして承認制に移しました。それはさておき、生コンクリートですが、経済産業省の「生コンクリート流通統計調査」(参考)では、月間混練能力が1万4,000立方メートルの以上の事業所に限定して調査を行っています。結果概要を見ると、2009年(暦年)の出荷量は5898万立方メートルです。素人には月間混練能力が1万4,000立方メートルを超えるというのがどの程度の規模なのかがわかりませんが(採算や従業員数なども含めて)、『日経』の記事と比較しても、ある程度の規模の事業所に限定しても、2009年度と2009年(暦年)ですのでかなり乱暴な計算ですが、全国出荷量の約68.5%程度です。それでも、相対的に規模の大きい事業所が出荷量の約7割を占めているともいえるわけですが、問題は事業所の数です。

 『日経』の記事では、生コンメーカーは全国で約3,400社が存在すると述べています。他方、工場の数は約3,700とあり、一つの工場の規模にも大小があるのでしょうが、生コンメーカーは全国で数が非常に多く、なおかつ1つのメーカーでは工場の数がほぼ1という状態であることが伺えます。経済産業省のデータでは月間混練能力が1万4,000立方メートルを超える事業所のプラント数が2009年で2,013と記されています。経済産業省のデータでは事業所数がわかりません。また、プラントと『日経』の記事にある工場を同一視してよいのかも怪しいのですが、乱暴に統計の年度と暦年の相違を無視すると、月間混練能力が1万4,000立方メートルを超える事業所のプラントに占める割合は約54.4%になります。事業所数がわからないので推測になりますが、プラント数の割合にくらべて出荷量の割合が高いことから、ごく粗い話でしかありませんが、緩やかではありますが、プラント規模が大きい事業者に出荷量がある程度、集中しているようです。逆に言えば、プラント規模が小さい事業者が全体の4割以上を占めている一方で、その事業者が市場の残り3割をめぐって競争するというのは非常に厳しい印象をもちます。生コンクリート市場において、生産技術が規模に関して収穫逓増が作用するなら、退出ではなく、事業統合などによって規模の利益を追求することも可能でしょう。そうではない場合、事業者数が大きいまま、価格競争が激しくなり、市場価格では長期的に採算がとれない事業者が市場から退出するしかなくなります。

 おそらく、英語の"exit"を訳した「退出」という表現は便利なもので、実際に起こる事態をオブラートにくるむ効果があります。要は、倒産や廃業が生じるわけでして、私が昔、本で読んだ完全競争市場における長期均衡では需要条件が一定の状態でも、市場への参入や退出によって企業数(どの程度の数が適切なのかは市場の特性によって異なってくるのでしょうが)や供給量が調整されます。生コンクリート市場の場合、需要条件自体が以前よりも悪化しているわけですから、退出が生じることになるのでしょう。ただし、この傾向はあくまで個々の事業者がバラバラに振舞う場合であって、生コン業界のように全国生コンクリート協同組合連合会が組織され、各地域で協同組合が価格を設定し、出荷量を各事業者に割り当てることが行われている場合には、より複雑な問題になるのでしょう。

 『日経』の記事では協同組合主導で業界の再編を行おうとしていると述べています。一方で市場の圧力を緩和しながら、事業者ではなく、事業者の組合が事業再編を行うことが可能なのか。事実上のカルテルがもたらす効果について、簡単に以下に考えてみます。


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2010年05月11日

後主に謝れ!!

 一風呂浴びてボーっとしながら、下を見ていたら、麦茶を噴きました。まあ、好みがわかれるところだと思いますので、「人類滅亡シリーズ」が嫌いな方は避けたほうがよろしいかと。冷静に考えると、マイリスに入っているので、ここにリンクしておく必要はあまりないのですが。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1351787

 そんなわけで、麦茶の後始末を終えて、適当に日本語のページを読んでいて、ここを読んでいらっときました。アホの子かわいいよという趣味はないのですが、陳寿が「先主」、「後主」なんて遠慮しているものの、孔明が生きている間はそれなりに統治していた阿斗様と、正真正銘のアホの子を同列にするとはなにごとぞ。というわけで、クルーグマン先生の嫌味でも読んでいた方が精神衛生によいとは(趣旨自体はわかるのですが、ブッシュ政権の財政が景気を煽るという意味であまりに放漫だったのはわかるとして、失業率が高いとはいえ、オバマ政権の借財にも、ちとついていけないのですが)。現政権がまともなことをする確率は、直径400kmの巨大隕石が日本列島の南、太平洋に落ちる確率よりも低いわけでして、孔明も南蛮征伐あたりで民力休養をしていればと思ったりもします。頑張りすぎちゃう、はわ○軍師というのも考えものですなあ。どうでもいいのですが、阿斗様と同列に並べられた御仁の取り巻き連中にニー○軍師は無理として、文偉クラスもいるというのでしょうか。後主をなめんなというところ。

 突然ですが、最初に戻って、BGM一つで壮大なスケールになったり、ネタになったりと音楽というのは不思議なものです。コーエーのゲームにはまるのも、ほどよく単調なBGMのつくりがよく、システム的には今一つでも、セーブデータを眺めているだけで楽しめますなあ。ニコ動ですごいのを以前、見かけたのですが、顔CGが18禁ゲームのものに差し替えられているので、ちと残念。その手の趣味がないので、元のままの方がありがたいのですが。『三國志11』の決戦制覇モードでも、迂闊に手を出すと、「逆賊討伐」よりもきつくさえ感じる、「樊城の戦い」を巧みにクリアーしていて、ほほおというところでした。この短いはずのステージをクリアするのにどれだけ時間がかかったことか(設定はゲームしようでかなり適当なイベントが多いのですが)。関索隊が非常に鬱陶しいので、さっさと潰すに限るのですが、火のバリアをつくって関羽隊が迂回した後で、正面を破らせて潰すとはね。自分でどうやってクリアしたのかは忘れましたが、防御戦ですので、規定日数(180日)が経過すれば勝ちではあります。ただ、半年間も防御ばかりではやられる一方なので、どのみち火で時間を稼ぎながら、叩ける部隊を徹底的に叩かないといけないという点では、かなりきついステージだったような。まずは、健康な状態での美髯公。

Guan_Yu00

Guan_Yu01

 まあ、この状態で接触すること自体が極めて危険ですな。しかも、このステージでは兵数が1万1000もあり、特技「神将」が炸裂するのは必至。触らぬ神に祟りなしというところでしょうか。そんなわけで、残り120日で登場するホウ徳隊が関羽隊と接触するまでは近寄らないのが基本戦術ですね。接触後の美髯公。

Guan_Yu02

 この程度にやつれても、やはりいい漢ですなあ。この状態で軽症ですから、防御する側は大変です。もっとも、知力が60を切っているので、偽報で追い返してしまうのもありかと。この状態ですら、于禁では歯が立たないぐらい厳しいです。

 まあ、『三國志』には登場しないであろう武将にも値しない人たちの営みを見るとげんなりしてしまうので、国内の話題は封印ですかね。『三國志11』のパラメータでゆくと、「統率1 武力1 知力1 政治1 魅力1」みたいな人ばかりですから(本当はすべてのパラメータがマイナスなのではないかと思うのですが、あまりに悲しいのですべて1。すごろくの振り出しみたいな状態でしょうか)。物語になる時代に喩えるのは、あまり楽しくないものです。


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posted by Hache at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2010年05月10日

偽政府広報 「子ども課税」が新年度から始まりました!(偽厚生労働省)

 まず、お断りですが、コメント欄はすべて承認制にいたします。正直なところ面倒ですが、アクセス解析で特定できているユニークアクセスでは1件のみとはいえ、2ちゃんねるにリンクが貼られていたこともあり、予防措置をとらないと、管理がかえって面倒になりそうだなあというのが率直なところです。だいたい、ここ自体がブログというよりは「時の最果て」であり、内容も「寝言」ですからね。正直なところ、ドル建てで日本の名目成長率を考えるというあたりでうんざりしたというところです。2ちゃんかいちごなんとかあたりでやっておくんなましというところでしょうか。なおかつこのコメントをした人物がウェブ魚拓(アクセス解析でアクセス元に記録されるというのはおかげで知りましたが)までとって、この人はいったいなにと戦っているのだろうかと。『寝言@時の最果て』を開いた頃にはお断りをする必要もなかったのですが、最近はどこぞの巨大掲示板群と同じ感覚で挨拶も碌にせずに自分の意見だけを一方的に書きなぐるコメントが目立ちます。土日にしては過疎地とはいえ、アクセス数が増えているのも気もち悪いですし。もともとコメントが少ないので(あまり書くべきことではありませんが、どちらかといえば個人的な備忘録という側面が強いので、コメントがあろうがなかろうがどうでもいいというのが本音です。オピニオンのようなことも書いてはおりますが、同意や共感を求めているわけでもないですし)、楽しいコメントを頂いている方々には申し訳ないのですが、以後、承認制です。

 日曜の朝から『日経』を読んでいたら、退屈でした。おまけに一面に、トップではないとはいえ、「世界の株価 昨年末を下回る」という記事があって株価指数の下落率なんて『日経』が喜んで記事にしそうなことを「寝言」にしたことがしみじみ悔やまれます。政府広報が一面に載っていましたが、ついつい脳内変換しました。なんだか疲れているのかしら。

偽政府広報 「子ども課税」が新年度から始まりました!


 子ども課税は、未来への負債です。次代を担う子どもの健やかな育ちを社会全体で妨害します。平成22年度は子ども一人につき月額1万3千円分を、中学校修了までの子どもを養育する父母以外へも課税します。詳しくはお住まいの偽市町村か、偽厚生労働省HPまで。

 日曜日にニコニコ動画を見たのが失敗ですかね。下のリンクを見て噴きました。ちゃんと全部の動画も見ましたが、まあ、これにすべてが書かれていて、ゲストが全般に合理的に受け答えしただけだよなあという感じ。最後の方の「僕は出来れば働きたくないですけどね」の一言でほれてしまいますなあ。学生のときに「欧米とは異なって日本人にとっては労働はbadsじゃないんだ」と教官が熱く語っているときに、嘘でしょうと内心、思いつつ、さすがに空気を読んだ自分がちょっとだけ恥ずかしいです。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm10607253

 ついでに、「人類滅亡シリーズ」タグを初めて知って驚きです。こんな動画があったとは。英字紙を読んで「寝言」でもと思いましたが、すべて吹き飛ばす威力がありやした。



 元の動画のCGもすごいですね。「NHKスペシャル 地球大進化 46億年・人類への旅」を見逃したのが悔やまれます。



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posted by Hache at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言

2010年05月09日

ギリシャ危機の影響と中国株式市場の「異変」

 各国の相場を連休中に見ておりましたら、Nikkei225だけがApril 30で上げたままで、あとは北米、欧州、アジアは真っ赤でした。日本のメディアが普天間でドンチャン騒ぎをしている間に、ギリシャ危機が世界中を駆け巡っており、連休が明けたら、周回遅れで東京市場にも波及したというところでしょうか。ざっと、4月1日以来、各地域の株価指数を下落率をざっと計算してみました。


(北米)

    2010年4月1日 2010年5月7日 下落率
Dow 10,927.07 10,380.43  5.0%
S&P 500 1,178.10 1,110.88 5.7%

(英国および欧州)

    2010年4月1日 2010年5月7日 下落率

FTSE 100 5,744.90 5123.02 10.8%
DAX 6,235.5601 5715.09 8.3%

(アジア)

2010年4月1日 2010年5月7日 下落率

Nikke 225 11,244.40 10,364.59 7.8%
TOPIX 985.26 931.74 5.4%
SSEC      3147.416 2,688.38 14.6%


 基準となるのが4月1日というのは恣意性もあります。ギリシャの債務問題が表面化した2月には各地域の株式市場の指標は大幅に下落し、4月にかけて回復しました。また、各市場の取引高などは考慮していません。あくまで大雑把な数字ですが、こうしてみますと、各地域の株式市場でバラツキが大きいことを実感します。

 まず、北米ですが、ダウ工業平均では5.0%、S&P500では5.7%ほど下落しています。それでも、他の地域と比較すれば、下落率は中位といってよいのでしょう。イギリス・欧州ではFTSE 100の下落幅がDAXよりも大きいことが目につきます。アジアでは、Nikkei 225の下落幅はかなり大きいのですが、TOPIXではやや小さくなります。まあ、外人頼みの市場にしてはまあまあではないかと。問題はSSECで、ギリシャ問題の影響も大きいのでしょうが、他の市場と比べると、下落幅の大きさが顕著です。中国経済の変調に関する日本語の記事を読むと、不動産価格の下落ばかりが目につきますが、先日、メモをしたWSJアジア版の社説にある金融市場におけるシステミック・リスクやモラルハザードなどは、単に不動産価格(日本人が想像する土地価格の下落とは異なるのでしょう)の下落にとどまらない、資本効率の低さが顕在化していくプロセスなのかもしれません。これだけではまったくの憶測の域を出ませんが、単なる資産価格の低下だけならば大事にはならないかもしれませんが、上海市場が外国人の売買に規制がかかっていることを考慮すると、中国人が自国の経済成長へのコンセンサスを失うとなりますと、他国の市場にも負の影響が出そうです。なお、John Pomfretがアメリカの対中経済圧力が為替レートの切上げから中国の保護主義的な産業政策にシフトする傾向があると報道しています。内容的にはそれほど目新しいものはないと思いますが、時間がとれましたら、メモでも。「なまもの」は気が進まないのですが、2008年以降、再び国際経済が激動期を迎えるのかもしれません。ちょっと要注意でしょうか。

 ギリシャ危機の裏返しでしょうが、金価格が上昇するのと同時に、アメリカ10年物国債の金利が4月の終わりから急速に低下していることも興味を引きます。ギリシャ危機は、世界中に影響していますし、金融危機第2波となるかもしれないという懸念をもっています。現状では、いわゆる「質への逃避」に留まっている状態です。しかし、アメリカの財政赤字もオバマ政権の下でCBOの推計では2011年から2020年までの間に財政赤字が累積で9.7兆ドルに上ると推計されています。現状では、ドルを中心とするブレトン・ウッズ体制が崩壊するリスクは低いでしょうが、ギリシャ問題が示す公的債務の持続可能性が今後、長期にわたって国際経済体制に影響を与えるリスクというものをどう考えるのか。まだ、私自身は整理できておりませんが、現状ではドル亡き後の国際通貨体制というのは構想できないというのが率直な印象です。


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