2010年07月27日

地方自治と「サービス・スタンダード」

 なんだか暑いというより溶けそうな感じで「寝言」も浮かばず、「充実」した日々です。土日がなくって週明け早々、「コンプライアンス」担当みたいなところのボスに呼ばれて、冷や汗。そうではなくてもハンカチは手放さないのですが、今回は目から出てくる水を吸わせなくてはいけないのかな(ひょっとしたら、向こうがそっとハンカチをだしてくれるのかなと思ったり)と思ったら、内容は迂闊には書けないぐらい、ややこしく、「いろいろご負担をおかけしますが、ご配慮ください」と頭を下げられて、こちらが恐縮ですねえ。私が担当者じゃなくってよかったとしみじみ思います。直接、当事者ではないので、かえって気を遣います。昔だったら、あっさりした解決法があったような気もしますが、いろいろ難しいみたい。

 昼に混んでいる電車に乗ると、大変ですなあ。20分という微妙な乗車時間だったので、始発で座席はガラガラでした。とりあえず座る。3駅ぐらいすぎると、隣に女性が座って、実に鬱陶しい。バッグの中をしきりに探っているのですが、そのたびに肘をこちらの腕にぶつけては、触れるたびに睨んでくる。こちらは『孫子』(岩波ワイド版はこういうときにちょうどいい感じ)を読んでいるので、睨みつけられるたびにため息をつくばかり。ちらっと見えたのが化粧道具だったので化粧でもしていたようですが、車内は冷えているとはいえ、触れられるたびに実に不快です。あまり書くべきことではないのですが、電車の中で化粧を治していたりしている人ほど、○細工に見えるのが通常で、横で男なら痴漢扱いされてもしょうがないことをしている者の顔を想像するだけで寒くなったので、究極の冷房でしょうか(メタボになったおかげで今は大丈夫ですが、20歳前後はお尻を触られて、びっくりすると、女性だったなんてことは時々ですがありました。高校まで陸上をやっていたおかげで当時はお尻がキュッとしまっていて、思わず触りたくなるそうで)。ストレスの溜まる冷房で、あまり効率がよろしくないのが難点ですが。

 ボーっとリーダーで読んでいたら、ニューケインジアンのモデルではセー法則が成り立つというあたりを力まないように述べられているのを読んで、ああ、今でも抵抗があるんだろうなと。2000年ぐらい前にこの手の話を適当に式だけ追っていたらびっくりして、「ケインジアンのモデルでいいんですか?」と尋ねると、「景気循環を説明する際に物価の硬直性は活かしたい。でも、異時点間の資源配分の描写をするには、有効需要の問題はいったん脇に置かないと無理」と言われて、納得したような、わからないような。私の理解力不足でしょうけれど、岩本先生の説明はなるほどという感じ。古い論点ではありますが、隠れた含意を引き出したhimaginaryさんの議論も鋭いというところでしょう。他のところで、方程式の両辺をゼロで割るという初歩的なミスをしているのを見ながら、なんとなくこういうミスをするというのは、やはり気もちが悪いからなんだろうなあと。一時的な生産性の低下ではなく、持続的な生産性上昇率の低下がデフレ環境を生むというのは、確かに直感的には見通しが悪いのかもと。この点に関しては、まだ検証の余地はありそうですから、「コンセンサス」というやや曖昧な表現(反証があれば覆る余地はある)あたりが妥当なのでしょう。

 しかし、マクロはよくわからないので(例えば、岩本先生の「成長戦略」の説明は納得するのですが、具体的な政策が思い浮かばない)、個人的にはミクロの分析でなおかつ地味な対象が好きだったりします。いろいろ無理を重ねて先週、勉強会に参加しましたが、1960年代末にアメリカに留学されて、1970年には公益事業分野で競争が問題になるという提起をされた先生のお話を伺いました。1960年代までの分析が制度論や歴史的なアプローチに偏っている傾向に警鐘を鳴らして、積極的に理論分析や仮説−検証のアプローチを採用するよう、後進の育成にも力を入れてこられました。その方が、これからは制度論や歴史的アプローチが必要だとおっしゃるので意外感がありました。「僕はひねくれ者だから、若い人が計量分析ばかりやっているのを見ると、違うことをやれる人がでてほしくなるんだよ」とちょっと不思議な笑みを浮かべながら、語られていました。もちろん、定量的な分析を否定されているわけではなく、モデルでは描写できない部分をロジカルにつめる人が補完する必要があるということだろうと思いますが。

 興味深かったのは、「サービス・スタンダード」の概念を確立する必要があるという指摘でした。講演中に挙げられていた事例は、「ゆうパック」の遅延の問題でしたが、勉強会が終わった後、お話を伺うと、交通の分野が一番、遅れているという認識を語っておられました。暴投気味の発言でも上手にフォローしてくださる方でしたので、ついつい甘えて「昔、国有だった鉄道会社は東では豚でも運ぶようにラッシュ時には人を動かそうとするし、西では人を殺しても物足りないのか、自社の車両の衝突実験までやりますからね」と発言した後で自分自身がこれはひどいかなと思ったら、さすがに苦笑されて流していただきました。下水に関しては民主党政権で補助金が導入されたようで、肯定的に評価されていました。「役所は便益で外部性とかわかっているようでわかっていませんからね」とまたまた暴投しましたが、こちらはその通りとのことでした。

 ここから「寝言」の本題ですが、昔から違和感を覚えることの一つは霞ヶ関の役人は優秀だけれども、意外と視野が狭いなあと。例えば、地方の方が勉強会で足回りの確保としてバスの活用と不採算路線における補助金を前提とした競争入札制度に関して説明すると、決まり文句のように「首都圏では輸送力増強が課題です」で一蹴するのを見て、まるで役人の方が田舎者のように見えました。地方都市に住んでいる者として一言で終わらせるのですが、「首都圏は3,000万人しか住んでいないのですよ。残り1億人前後は、首都圏以外に住んでいます。輸送力増強なんて首都圏のわずか3,000万人の問題に高い優先順位を置く方が異常でしょう」と発言すると、役人は黙るしかなく、その後は呼ばれなくなります。民主党政権ができるときに、ある法学の先生が霞ヶ関の役人がなんとかコントロールするから大丈夫だと主張されていて(ご本人はアメリカ民主党の支持者であって日本の「似非」民主党はお嫌いのようでしたが)、専門ではとてつもなく頭の回転が素早いのに、専門外だと意外と甘いんだなあと思いましたが、ご覧の有様です。国会議員は論外ですし、霞ヶ関も、中の人が無能になったという問題ではないと思いますが、機能不全が目立ってきていて、内政ではやはり地方分権を進めるのが望ましいだろうと。

 その際、必要になってくるのは、アメリカの連邦制度はまねが出来ないと思いますが、地方政府が公共サービスの水準を独自に定めて財源を確保する能力が最低の条件になると思います。さきほどの「サービス・スタンダード」の設定は、例外も少なくないのでしょうが、地方ごとに自主的に判断する必要が既に生じているでしょうし、それに見あう地方政府を育てていかなければ、単に「霞ヶ関支配」批判というマスメディアレベルの扇情的なレベルに終わるでしょう。「地域主権」という問題設定には違和感がありますが、霞ヶ関が地域の特性を考慮して統一の「サービス・スタンダード」をつくる時代が終わっているのに、それにふさわしい「身体」づくりが進んでいないというのが私の現状認識です。このあたりまでくると、完全に私の能力を超えてしまうのですが、『日経』など、いわゆる「全国紙」の論説では、消費税増税のために政策連合をとか、永田町と霞ヶ関の発想から一歩もでることがないのが実情だと感じます。

 間接税中心の税制改革が必要となっているのは、むしろ地方財政ではないか。私自身、地方財政に無知ですから的外れだと思うのですが、法人税率を引き下げてなんとか直接税中心でもやっていけるのは東京都ぐらいでその他の府県は厳しいでしょう。他方、民主党政権のおかげで、中央政府の方針を受けて自治体の事務作業は増える一方です。内政に関しては、地方に委ね、外政や地域レベルでは対応できない大規模な災害などに対応する能力を中央政府が維持するためにも地方自治とサービス・スタンダードを地方に委ね、市民の地方政治への参画を促す改革を10−20年単位で構想しないと、いつまでたっても、中央が号令をかけ、地方の実情にあわない政策が実施され、結果として、首都圏をはじめとする大都市圏の不公平感やルーラル地域の疲弊などに歯止めがかからない状態が続くと思います。


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2010年07月22日

お金にまつわる「不毛」

 他人の書いたものにケチをつけるようになると、加齢なのかなと思いますが、これはあまりに違和感を覚えましたので、一言、書いておきます。公正取引委員会は私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律を運用する行政委員会であって、「独占=悪」という「価値観」(笑 小難しくいえばイデオロギー?)を運用する機関ではありません。法律の名称から、つい独占そのものを禁止するかのように連想しがちですが、経済法に関するごく初歩的な文献を読めば、公正取引委員会の役割は、独占そのものを禁止するのではなく、市場支配力の形成・維持・強化を図る行為を主として事後的に規制することになります。企業の合併・買収に関しては、企業結合審査を行うという点で、事前の規制が入ります(大半は水平型企業結合ですが)。

 「平成21年度における主要な企業結合事例」(参考)を見れば、合併や買収、株式取得が門前払いとなるのは珍しく、当該年度の代表的な事案である「パナソニック鰍ノよる三洋電機鰍フ株式取得」(参考)を見れば、円筒形二酸化マンガンリチウム電池(住宅用火災警報器用)の場合、HHI(市場シェア(パーセント表示)の2乗を合計した値。ある事業者の当該市場における占有率が100%の場合、HHI=100^2=10000となる)の値が約10000で事実上、独占になりますが、競争上の懸念があっても問題解消措置が講じられれば、株式取得は認めるという審査結果になっています。なお、当該事案の「第2 一定の取引分野」における商品範囲と地理的範囲を定めるのが難しい問題で、経済学の手法が最も要求される問題であり、なおかつすっきりとした市場画定を行うためには経済学の知見だけでは限界もあり(経済学は物事を普遍的に捉えようとするけれども、すべての事案はそれぞれ個性的であることやデータの不足(こちらの方が致命的なことが多い)などが挙げられるでしょう)、事案ごとの個別性を損なうことなく、行うのが望ましい反面、難しいところでしょう。

 公正取引委員会や経済学の応用などを批判するのはなんの違和感もないのですが、あまりに的外れな話を読んでしまうと、なんだかやるせない気分になります。タレブあたりになると、知的な中年の愚痴という感じもしますが(もっと過激なことを言っているのかと思ったら、ドブリューを積極的に評価していたりと意表をつかれました)、公正取引委員会のHPすら読まずに、出鱈目なことを書けるというのはちょっと信じがたいです。

 このようなでたらめな話が出てくるのは、たいていの場合、本人の思い込みが極端に激しいか、公正取引委員会のような、失礼な表現ではありますが、権限がさほど強くない行政機関やこれまた非礼ではありますが、世の中でわからないが故に役に立たないと『日経』あたりで叩かれる経済学に八つ当たりせざるをえないほど事態を、少なくとも、ご本人は悲観的にご覧になっているのでしょう。「ジミンガー」は、参議院議員選挙の比例区の動向を見ると、まだまだ賞味期限が切れていないようなので、それなりには使えそう。ただ、与党に埋没したくない人たちは、「ニチギンガー」を唱えて、少数派ではありますがコアな支持層を獲得されたご様子。それとは差別化したいので、「コウトリガー」というところでしょうが、あまり流行りそうにないですなあ。キリンとサントリーの「破談」を考えても、公取が邪魔をして潰されたという、そんな簡単な話だった方がよいなあと思うぐらいですから。年を食うと、自分の思い通りにならない現実を見ると、「○○ガー」となるらしい。くわばら、くわばら。あとはバブル世代の人たちには「団塊の世代」以上に違和感を覚える言論が多いように感じております。成長戦略という表現自体、なんだかなあという感じ。20代前半からパッとしない日本経済と20年もつきあってくると、なにか特定の政策で見違えるように成長する日本経済を想像することができず、2010年6月末時点で大学新卒者の内定率が40%前後という数字を、噂ですが耳にすると、成長率がマイナスにならないのがやっとで、消費税率を25%にしたところで社会保障制度は維持できそうにないし、あんまりできそうにないメニューが並ぶと、かえって悲観的になります。それ以上は私の知ったことではありません。

 「競争は善」という経済学の価値観(「市場の欠落」の分析や合理的個人の仮定を緩める話に移っているそうなので、どの経済学者の意見なのよと思いますが)のおけげで公正取引委員会が効率を高める合併・買収を妨げているという話は、現実的な影響力でいえば、いわゆる「リフレ派」よりも無視してよい程度だと思います。問題は、半年ぐらい前にWBSでさえ、報道していたパナソニックによる三洋電機の株式取得に関する審査で問題となった、事務手続きの遅れ(公正取引委員会を擁護するつもりはありませんが、この点に関しても改善を図ろうとしている)や経済法、あるいは競争政策の国際的な協調などの実務的な問題が、この種の議論がでてくると、イデオロギー的な議論のおかげで後回しにされかねないことです。世の中というのはそんなに一挙には変わらないのよ。閉塞感を覚える人たちは事を急ぎすぎる。公的なことに影響がでるのは現政権でも十分、迷惑千万です。

 そんなわけで『まぐれ』の方が、毒は強いとはいえ、はるかに楽しみながら読めますね。タレブの立論でどうしても納得ができない点は、経済学への批判というよりは、一方でガウス分布が成り立つ世界の存在を認めながら、他方でべき分布でしか近似できない世界として金融市場を描くという点でしょうか。どうにも気もちが悪いので数学の人に尋ねてみると、確率論でもすっきり整理されていないとのことでした。しかし、いまさらコルモゴロフの『確率論の基礎概念』を読み直すのも厳しく、なぜ、あんなものを20代半ばのときには理解したかどうかはともかく、ノートをとりながら読む体力があったのだろうかと自分でも不思議です。今では、本を開いた瞬間にめまいを覚えますが。


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2010年07月19日

アメリカの「平常への回帰」

 Washington Postが2010年7月15日付で配信した Karen DeYoung and Rajiv Chandrasekaranの"Afghan President Karzai approves plan for local defense forces"という記事によると、ペトレイアスはアフガニスタンの「ベトナム化」を着々と進めているようです。「ベトナム化」といっても、アフガニスタンにおける軍事行動が泥沼化することではなく、カルザイ政権からも独立した地方軍を設けて、徐々にアフガニスタンの人たちによる「自治」の基盤を整備して、アフガニスタンからの撤退を準備するというところでしょうか。リアルだとどぎついことばかり言っておりまして、「どうせ米軍が撤退したらケ○畑だらけになるのだから、さっさと撤退したらいいんじゃない」という程度。イラク戦争の泥沼化が囁かれた頃には、アメリカの内向きの「エゴ」への批判もあったようですが、なぜかオバマのエゴは批判の対象にならないようで。アフガニスタンから手を引いたら、アジア重視になるかといえば、むしろ内向きの傾向が露骨に出てくるのではないかと。もう、そろそろ2001年のテロの効果は賞味期限が来ていると思います。

 もっとも、すぐにアメリカが全世界から手を引くという事態も生じないでしょう。戦略的思考という点でブッシュ政権よりもはるかに劣るオバマ政権の下では、アジア重視といったところで具体策があるとも思えず、憶測と偏見にすぎませんが、単純に図式化すると、ブッシュ政権よりも対中政策は経済面では強硬であり、安全保障面では不満をもちつつも、宥和的な傾向が強まるだろうと見ております。言ってみれば、仮にアジア重視の傾向が強まったとしても、それは2001年のテロによる海外への関与から「平時への移行」、あるいは「平常への回帰」の色彩が濃くなるでしょう。オバマ政権の政策に関する選好も大きいのですが、昨年9月の米主要紙の報道は、9月11日こそアフガニスタンでの「主戦論」が強いものの、その後、アフガニスタンの現状に関する悲観的な報道が増え(事実報道自体はバイアスが少ないと思います)、当時、策定中だったアフガニスタン増派をめぐるオバマの迷いが前面に出てくる状態でした(参考)。「オバマはアフガンに沈む」という「寝言」を書いた頃には、オバマがアメリカの対外政策をアフガニスタンですってしまうのではないかという危惧の念が強かったので、今、読み返すと、オバマの柔軟性(悪くいえば首尾一貫性のなさ)を過小評価していたと思います。安全保障面で、アメリカ優位の勢力均衡が大きく崩れるリスクは、対中関係を除いてほとんど無視してもよいのでしょう。他方、2001年以前の状態に戻ろうというモメンタムがオバマ政権内だけではなく、広くアメリカ国民の中に生じてくると、太平洋戦争前夜までの孤立主義とも異なった、内向きの政策指向が強まるのかもしれません。

 また、いわゆる"double dip"、あるいは「二番底」への懸念が強まってくると、安全保障に割ける経済的資源はもとより、アメリカ国内における勢力均衡を維持するための方策に関する政治的説得が困難になる可能性が高いでしょう。アジアにおける同盟国への任務と負担分担の交渉は、とりわけ対日関係で困難を極める可能性が高いと思います。私の身近なところでは、中国の経済的な脅威への警戒心は強いのですが、安全保障上の脅威には関心が高い状態ではなく(これ自体はいつものことですが)、「脳死政権」が連続しそうだという政治情勢を捨象しても、おそらく調整コストが非常に高くなるでしょう。仮に、消費税率を10%に引き上げたところで、そのうち2%程度(約5兆円)を恒常的な防衛関係予算の増大に回す政治的な説得は、社会保障へのプライオリティが群を抜けて高い状態ではほぼ不可能であるといってよいでしょう。日本の場合、社会保障関係費の増大が他の費目とトレードオフの関係にあり、なおかつ高いプライオリティが置かれている現状ですので、そのあたりを説得するロジック(露骨に言えば社会保障関係費を抑制するコンセンサス)がなければ、危機を指摘しても、政治的影響力は皆無といってよいと思います。


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2010年07月13日

気まぐれ "Fooled by Caprice: The Hidden Role of Chance in Life and in the Politics"

 まさに、「寝言@時の最果て」にふさわしいタイトルを思いついて、気分爽快です。しかし、ウルグアイ対ガーナ戦でぐったりして寝てしまったのが正解でした。うっかり3時半まで待って見ようものなら、月曜日は使い物にならなかったであろうと。結果を知ってから見るのはやや興をそがれる部分もありますが、試合時間を見ると、ぐったりしそうです。ちなみに月曜日の「寝言」は正確には同日零時40分頃に書いて予約投稿しました。ああでもしておかないと決勝戦を見かねない自分が一番、怖いです。

 そんなわけで地上波の選挙特番は完全にスルー(テレビで番組表を見ただけでつまらなさそう)。ぶっちゃけた話、開票速報ならネットで確認した方が見やすいですし。一つだけ、こちらの方が紹介されていた番組を少しだけ見ましたが、おもしろいけれども、使っていない筋肉が使われていないのはなぜでしょうという分析がなく、単に経済討論番組として成立してしまうので、ちょっと見ただけで、一時停止したウルグアイ対ガーナ戦に戻ってしまいました。通してみていたら、印象が異なったかもしれませんが、『日経ビジネスオンライン』の記事ではA党に分類される政策指向(経済政策に限定)のようなので、どうやら多数派ではない様子。ひらがなの党が近いはずですが、マニフェストを読んで、代表のご尊父が「毛ばり」と嘆きそうな状態で、心が折れました。きっと前回総選挙でマニフェストを読んでいながら、民主党に入れる人というのは、本が読めて、薀蓄が語れても中身が理解できないというとってもかわいそうな奇特な方々でしょうから、お似合いの政党かなと。消去法で、選ぶとまあここかというところで、消費税率引上げの火種をつくったうらみはあるのですが、やむをない選択というところでしょうか。露骨なことを言えば、10年後に総理にふさわしい人物が育ちそうな政党が他には皆無ですので。何度、読み返しても、下記の文章は味わい深く、笑いをかみ殺すのに当初から苦労しました。

北岡 一方、党を立て直す気概や能力を備えた、四十代、五十代くらいの人材がいるかと見渡してみても、正直、あまりいないんですね。選挙で大敗したこともあるのですが、根本的は長老支配のつけがまわってきたとしか言いようがない。民主党であれば、五十歳前後で、野田佳彦・前原誠司・枝野幸男・玄葉光一郎など、立場はそれぞれですが、次を担いそうな名前がすぐに浮かぶのですが。いっそ小渕優子氏くらいまで世代交代したほうがいいのかもしれません。(笑)

御厨 善し悪しは別にして、かつて若手の教育機関の役割を果たしていた派閥が弱体化したことで、自民党には人材が育っていないんです。こういう危機的状況に立ち至ってみると、よく分かります。気がつけば人材の面でも民主党に逆転されていたんですね。
(『中央公論』2009年10月号 33頁)


 総理を担う人材育成という点で、民主党ほど最悪の政党は珍しいでしょう。まるで昔の小学校の給食当番を決めるごとき安直さ、政権交代前夜の自民党内のゴタゴタを想起させる結束力のなさ、政権交代が実現すると自分たちの使命も尽きてしまうことに気がつかない洞察力のなさという点など挙げ出せばキリがありません。民主党中心の政権の輝かしい10ヶ月が示しているのは、とりわけ最後の「反自民」という旗頭は政権交代が実現すると、神通力を失ってしまうということでしょう。この点に関して、民主党内で薄々、問題に気がついていた節があるのは小沢一郎氏ぐらいではないかと。揮発油税のいわゆる暫定税率(租税特別措置法88条の8)の廃止は2兆円超の財源が必要であり、予算案策定に支障をきたしかねない話でした。強引ともいえる手法で横車を押し、政権交代を実現した後、「政権交代」という旗印は急速に色あせ、与党としての政権担当能力が問われる立場にあることに気がついていた人物は皆無だという気がします。もっとも、小沢氏の場合、細川政権の時期に予算で蹉跌を踏んだという経験にもとづいて行動していただけであり、自民党中心の政権とは異なる明確なビジョンを打ち出すだけの洞察力があったのかは疑問ですが。

 「反自民」というスローガンは、政権交代が実現すると、有権者の目には新鮮さが日に日に失われてしまうという洞察力は、少なくとも、鳩山氏や菅氏にはほとんどなかったといってよいでしょう。事業仕分けなどの小手先の話でそれなりの割合の有権者をひきつけたのでしょうが(東京選挙区での2010年緒民主党2候補の得票数が240万7,406票、2004年が191万6,120票ですので、49万1,286票ほど増やす効果はあったのでしょう。なお、2004年の場合、定数が4で、なおかつ青島幸男氏が出馬しており、比較が難しい点はありますが)、政権公約で確保すべき財源を生み出すには到底、不十分であったと私自身は評価しております。「ムダの削減」でより有効な支出を行うという方針も、「子ども手当て」や「高校無償化」など、政治的に十分な共感をえることができず、金銭的なインセンティブに留まらない、効果が明白でない支出が増加するという点で、反発には至らないものの、多数の支持をえられなかったと思います。

 加えて、普天間飛行場移設問題をめぐる迷走は、政権交代後の民主党の存在意義に関する決定的な疑義を、前回総選挙に民主党に投票した層にも投げかけたと思います(私自身は一貫してダメージを与えるだけの政権でしかなく、ダメージが少なければまだマシだという立場ですが)。政権交代という一点に絞った目標を実現した後で、民主党はその存在理由を支持層、そうでない層にプリゼントすることに失敗しました。

 今回の選挙における民主党の惨敗は、消費税率引上げをめぐる菅首相の混乱が大きかったことは否定できないでしょう。他方で、鳩山政権期に民主党支持層ですら、私の知人の範囲でしかありませんが、民主党の統治能力に失望が広がっていたことが大きな背景でしょう。菅氏の失敗は、ご自身が鳩山氏の劣化コピーにすぎない存在として有権者の目に映るリスクを考慮せずに、有権者が気まぐれであることを忘れて、一時的な支持率上昇によって民主党中心の政権の課題を提示しなかったことだと思います。繰り返しになりますが、今回の参議院議員選挙における民主党の惨敗は、政権交代というスローガンに有権者のかなりの部分が「気まぐれ」で乗り、達成されれば、見捨て去られる運命にあるという洞察を欠いたことが大きな要因であるという「寝言」が浮かびます。

 それにしても、前回総選挙で民主党に入れた人たちというのはこらえ性が皆無な人たちが少ないようで。私みたいに日々を気まぐれに過ごしている、あるいは人生自体が「寝言」(悪い冗談)と感じているものから見ても、もっと気まぐれな人たちが多いのだなと実感しました。


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2010年07月12日

FIFA ワールドカップ 2010決勝戦を前に

 日曜日に投票を終えて仕事をしなくてはと思いましたが、企画のアイディアが浮かばず、録画しておいた準々決勝や準決勝を見ました。予約を忘れたりして、リアルで見たブラジル対オランダを除くと、ウルグアイ対ガーナ戦を見ました。本当は、アルゼンチン対ドイツの試合も観たかったのですが、録画をしてなくて残念です。ウルグアイとガーナの試合を見ていなかったので、PK戦までもつれるとは思いませんでした。前半、当初、ウルグアイが慎重にパスを回して主導権を握ろうとしているのかなと思いましたが、前半の後半はガーナが押し込む形が増えて、ついにロスタイムにロングシュートが決まって、美しいです。ウルグアイのディフェンスが堅いことが、かえってキーパーが反応するのを妨げたのは皮肉な感じです。

 後半はフリーキックからのウルグアイの得点も見事でした。中盤からどちらが優勢なのか、素人目には混沌としていましたが、終盤になるとバテもあるのか、両チームとも決定的な局面をつくることなく延長戦へ。やはり延長最後のガーナの積極性がPKのチャンスを生んで、決まったなと思っていたら、ポストに嫌われてしまい、本当に惜しい。それにしても、ウルグアイの選手がゴールを防ぐために、手を使わざるをえないほど、ガーナの攻撃がすさまじかったのだなあと。ここで、決着がつかず、PK戦へ。見ている方が辛いですね。結果的にはウルグアイが3本を決め、ガーナが2本で終了。ブブゼラとブーイングが鬱陶しく、ウルグアイ持ちで観ましたが、後半以降はガーナの積極性が目立ちました。不条理な印象もありますが、勝負は勝負というところでしょうか。

 決勝戦を見ていないので、録画を見て評価が変わるかもしれませんが、準決勝のスペインとドイツの対決は、私が観た今大会の試合の中で最も見ごたえがありました。スペインが予選からパッとしない試合が多かったように思いますが、まるで猛獣を封じ込め、隙を見て襲い掛かるようにパスを回して主導権を握って放さない姿勢が印象的でした。知り合いはクローゼがロナウドの得点記録に並ぶかもしれないというのでドイツ持ちでしたが、スペインの巧みなパス回しをしながら、意表をつくようにドリブルで押し込もうとする場面もあって、楽しかったです。ドイツ代表のよさが封じ込められてしまったので、ちょっと残念な面もありますが、やはり緩急があるパスを回しながら、主導権を握るスペインの戦い方は印象的でした。それにしても、ゆったりパスを回しているときは別として、瞬時にパスが出るのは、さすがとしか言いようがないです。

 サッカーに関してはパッと選手の名前すら出ないので、ど素人ですが、やはり積極的に主導権を握ろうとするチームの試合は楽しいです。日本代表がそのような試合を行うには遠いのでしょうが、そんなチームを目指してほしいです。もっとも、他の代表のチームの試合を見ていれば、お腹いっぱいという気もしますが。


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2010年07月10日

循環型社会への新局面 空き缶のポイ捨てはやめましょう?

 ふわあああ。自暴自棄というのはよろしくないものだと。右奥歯の治療は神経を取り除いて金属をかぶせて終了です。下手糞などと失礼なことをかきましたが、かぶせる金属の加工は実に丁寧で職人芸だなあと感心してしまいました。来週以降、左奥歯、左前歯と要治療の歯がいくつもあり、心臓内科に加えて歯科への通院が恒例行事となってしまいました。2度もワーファリンを飲む羽目になったおかけで、もうどうでもいいやという感覚があって歯を放置してきたのですが、やはり短かろうが、長かろうが、死ぬまではおつきあいするのですから、大事にしなければと実感します。

 エアコンの新調が終わりました。ネットで見ていると、たった1週間で3万円近く下がっています。霧ヶ峰が壊れなければというところでしょうか。しかも、昨晩は快適な気候で、気分は最高、財布の中身はすっからかんという感じです。しかし、エアコンの下に荷物を溜めこんでいたので、作業スペースを確保するために整理したのですが、すさまじいことになっていました。大型段ボール箱に相当する収納箱5箱分を使って、とりあえず整理。こうしてみると、(1)資料室、(2)PCが使える書斎、(3)キッチン&リビング、(4)寝室が必要なようです。週末もPCを使わなくてはならない作業が山積みでして、「寝言」自体は手短に。

 なにやら先生方の就活も終わりが近いようで、周囲で民主党支持者の生き残りの方がつらそうです。忍びない部分もございますので、わたくしから政治の話題は一切、触れないのですが、雑談中にこんな話をしてきました。

相手:あの方、最近は「空き菅」と呼ばれているそうで。

:いえいえ、あの方の頭は決して空っぽではありませんよ。

相手:ほうほう。そうすると、やはりリモコンの受信機ですかね。

:どうもつけた受信機の性能が悪い上にリモートコントロールしている人が下手くそなようですが。

この後で、景気が回復したとはいえ、経済成長の見通しが立たず、物価が上がらない状況で、3年後とはいえ、消費税率の引上げなんてありなんですかと尋ねられました。それにしても、消費税率の引上げに成功すれば、財務省内では手柄なのでしょうと。まあ、私が安倍・福田・麻生各政権で感じた苦痛を、報道ではずいぶんとおとなしいものだとは思いますが、民主党に入れてしまった人たちははるかに辛く感じているようです。

 気になるのは、菅首相の賞味期限は前任者よりも短そうだなと。「空き缶」のポイ捨てはやめたほうがよろしいのではと。リサイクルができればよいのですが、再生した方がよいのか悩ましい部分もあり、後始末が大変そうですね。
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2010年07月05日

さらば霧ヶ峰(1000回目の「寝言」) エコポイント制度の初利用

 「寝言」を千も重ねると、病気ですね。正直なところ、この時期まで、続けているとは管理者自身が想定していませんでした。最近は、「時の最果て」らしく、いっそう過疎化が進んで、2010年6月の訪問者数(IPベース、重複なし)が5,876で、ページビューが63,205といい感じです。実は、コメント数の方が先に1000を越えまして、5月2日の私のコメントが1000番目になってしまいました。今回が記事数1000番目なのですが、なにか気合の入ったことでもと考えだすと、次のような思考をたどります。

なにかおもしろい「寝言」を書こう!

→今までおもしろい「寝言」がありましたか?

……999も書いていれば、おもしろいのが1つぐらいはあるはず!

→「まぐれ」は来ないときは来ないのでは?

……そうだ! 時の賢者様と命の賢者様に来てもらおう!

→お二人とも将来性のまったくないあなたやぱっとしない日本や興味がないのでは?

……。

 というわけで、適当にエアコンの調子が木曜の晩から悪くなった話です(「時の最果て」なのでこんなものです、はい)。暑いというより、じめじめ感に耐えきれず、夜でもエアコンを入れていたのですが、なかなか湿気がとれず、蒸しました。なんか変だなと思いつつ、金曜の朝にエアコンの電源をリモコンで入れても、まるで気温が下がりません(室内温度約31度、PCを利用する部屋)。室内機は異常を知らせる様子もなく、淡々と送風していました。実質的には、扇風機で部屋の上の空気を回しているようなもので、無意味なのでいったん停止。ふと気がつくと、室外機の音がまるでありませんでした。出勤して帰宅するまでエアコン本体の電源プラグをコンセントから抜いて、放置しておきました。帰宅して電源を入れましたが、相変わらず、冷えません。やはり室外機のファンが回らず、コンプレッサの音はしても回転音がまるでなく、ベランダで懐中電灯を照らして覗いてみると、完全に停止しています。

 しょうがないので、診察時間ギリギリに歯医者で治療を受け(困ったことに2回目から若い先生になったのですが、下手糞。歯を削っている最中に抑えつけられている部分が鈍く痛かったのですが、うがいをしたら、出血していました。歯医者に限らず、若い先生はコミュニケーションができない人が多くて困る)、戻ってきて、再度、エアコンの電源を入れると、不思議なことに、冷たく乾いた空気が出てきました。室外機を見ると、なぜかファンが回っています。摩訶不思議な光景。湿気でおかしいのかしらと止めて、再度、電源を入れると、今度はうんともすんとも言わず、自宅でのPC作業を断念(室温30度でCPUの温度が32度、マザーボードが42度だったので気にするほどではないのかもしれませんが)。土日のどちらかで出勤して片付けなくてはという準備に。

 そんなわけで2002年、某家電量販店で買った霧ヶ峰MSZ-WX25Jがおなくなりになりました。今更ですが、型番で検索すると、トラブルが多い機種なんですね。よく8年間、頑張ってくれました。エアコンがない家で育ったものですから(生活保護を受けていたわけではないのですが)、ビーバーとか霧ヶ峰はお金があったら買ってみたいと思っておりましたが、ちと残念な結果に。

 他方、完全に故障したのか、一時的な不良なのかは、土曜日の段階では見極めができなかったので、とりあえず近くの家電量販店へ。実は、あまりメジャーな店ではないので、ちょっと大きな買い物は避けているのですが、とりあえず代替品を探しにでかけました。量販店にしては売り場面積が小さいので、どうしても並べてある製品のラインアップも限られています。とりあえず、ここで製品と価格を覚えて、量販店が集まっている駅にでかける予定でした。エアコンのコーナーで展示品を見ながら、今のエアコンは前面パネルに吸気口がないんだなあと。よほど、しげしげと見ていたのでしょうか、店員さんが笑顔で近づいてきて、話しかけられたので、この店で買う予定はないという下心もあり、ちと困惑しました。

 困ったことに説明がとても上手で、話に聞き入ってしまいます。もっとも、基本はテンプレがあるなという感じ。年季でそういう部分をあまり感じさせないところはさすがでした。実は、この方が店の副店長さんだというのは後で知りましたが。こちらも、図々しく、買う気がないのに今のエアコンの基本について教えてもらいました。その上で、現在のエアコンの症状を話すと、室内機の基盤もしくは室外機の接触部分が故障しているか、コンプレッサ自体が壊れているかとのこと。おすすめを聞いていると、やはりパナソニックか霧ヶ峰になりまして、どっちも微妙な感じ。パナソニックの機種の方がやや省エネ性能が高く、デザインは霧ヶ峰がよい感じでした。そんな状態で首を傾げていると、実はこれがお勧めなんですが、と紹介されたのが富士通ゼネラルの商品でした。富士通さんは家電もやっていたのかと恥ずかしながら、ちょっとびっくりしましたが、なかなかよさげ。

 で、エアコンコーナーで富士通ゼネラルのノクリアシリーズを見ていたら、AS-Z28Vという機種があって、店頭表示価格は16万円弱。幅が気になるのですが、今の機種は上からの吸い込みのみなので高さが低いのがポイントでした。現在の霧ヶ峰は高さが30cm前後なので、室内機上部は天井との間が10cm程度です。省エネ性能には影響がないのかもしれませんが、やや厳しい感じ。他社のほぼ同スペックの室内機は幅が狭く、奥行きは小さく、高さが大きいというところでしょうか。熱交換器の高さが拡大したおかげで、室内機の高さが通常の鉄筋マンションでは天井に接しかねない限界まで来ているので、幅をもたせているとのこと。とにかく、この方はどんな質問をぶつけてもスラスラと答えて下さるので、この店なら大丈夫かなと。念のため、設置したイメージを確認した上でとお断りして、名刺を頂いた上で、いったん帰宅しました。

 一応、ネットで同程度のパナソニックと霧ヶ峰のスペックと比べてみましたが、性能面ではほぼ同等で、あとは室内機のサイズの違いでしょうか。価格はネットで見ると、はるかに安い店が目立ちますが、取り外しと取り付けの費用などが含まれていないようなので、参考程度。若干、高値の印象がありましたが、5年間の長期保証付きで18万円弱でしたので、心配性の私にはこれぐらいがよいだろうと。問題は、あまり書くべきではありませんが、この円高は異常だとかなりまとまった金額をドルのホット定期に回してしまったので、現金払いができないことでした。価格の条件が現金払いだったので、手持ちの普通口座でちと払ってしまうと、苦しい。あとは設置の時間帯ですが、今週は金曜日が半休なので、ちと時間がかかりすぎるのですが(本当は今回の土日で済ませたいところ)、平日に解約しても、月曜日から木曜日の晩までとても設置できる状態ではないので、やむをないです。変な表現ですが手付金を5万円とプラス1万円未満の金額を支払うことで商談成立でした。帰宅してから5年間保証の規約を熟読しましたが、価格が割高な分、安心できる内容でしたので満足しました。

 で、すっかり忘れていたエコポイントですが、これが実に煩わしい。社内でも手続き的な書類を淡々と作成するのが苦手な私には苦痛です。書類を見ると、当初は8000ポイントだと勘違いしておりましたが、7000ポイント。これに、リサイクル券の家電エコポイントが3000ポイント。計10,000ポイントなのですが、送料500円分を差し引いて実際に政府が支払うのは9,500ポイントだそうです。実は、現金で支払うと思っておりましたが、まあ、バカみたいに商品が並んでいるカタログを政府がつくっているようでして、訳がわからないなあと。お店の方が手慣れたもので、JCBのギフト券を勧めしてきました。うちでもどこでも使えますとのことでしたので、迷わず、これでお願いしますと。一応、カタログを見させてもらいましたが、バカバカしいぐらい商品が並んでいて、事務手続きに費用がかかるのではと思うぐらいでした(外郭団体があって公務員の雇用が生まれていたりして)。副店長のKさんいわくは、申請してから4か月前後で届くそうです。忘れた頃に届くそうで、民間ではありえないですねと呆れると、まったくですねと笑っていました。公務員の悪口は、関係者がいないところではまず外さない、おいしいネタですな。

 で、この申請書の煩雑さたるや、さすがお役所仕事です。A3用紙1頁ではありますが、左上の家電エコポイント登録・交換申請書と領収書貼り付け欄は当然ですが、その上、メーカー発行の保証書のコピー、家電リサイクル券貼り付け欄など、まあ、面倒だなあと。お店でやってもらえるので助かるのですが、とどめを指すように、封筒はなくて別の記入例を説明している裏面に切り取って申請書の封筒をつくる仕様になっています。一応、市販の長形3号の封筒を利用する場合に宛名ラベルがあるのですが、これぐらい普通に宛名が入った封筒を用意しないのだろうかと不思議でした。

 世間的には家電製品の需要喚起の効果があったそうですが、いいところ、買い替え需要の前倒しでしょう(この制度が終わると、需要が落ち込むほどではないのかもしれませんが、暫くは買い替え需要が抑制されるでしょう)。しかも、制度導入1年前ぐらいに買い替えた世帯では不要な制度です。申請してから1か月以内であれば、制度のありがたみも増すというものですが、そのような工夫もない。現金を支給すると、貯蓄に回るからという発想があるのでしょうが、商品券と交換すれば、まったく新規需要を生まないとは思わないですが、おそらく現金で買う予定の商品を商品券等で代替する部分が大きいでしょう。あれこれ、金銭的インセンティブで消費行動を変えようとするから、変な制度になってしまいます。いっそ、景気刺激と環境への配慮という二兎を追わずに、後者に徹していた方がよいのではと思いました。


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posted by Hache at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言