2010年07月22日

お金にまつわる「不毛」

 他人の書いたものにケチをつけるようになると、加齢なのかなと思いますが、これはあまりに違和感を覚えましたので、一言、書いておきます。公正取引委員会は私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律を運用する行政委員会であって、「独占=悪」という「価値観」(笑 小難しくいえばイデオロギー?)を運用する機関ではありません。法律の名称から、つい独占そのものを禁止するかのように連想しがちですが、経済法に関するごく初歩的な文献を読めば、公正取引委員会の役割は、独占そのものを禁止するのではなく、市場支配力の形成・維持・強化を図る行為を主として事後的に規制することになります。企業の合併・買収に関しては、企業結合審査を行うという点で、事前の規制が入ります(大半は水平型企業結合ですが)。

 「平成21年度における主要な企業結合事例」(参考)を見れば、合併や買収、株式取得が門前払いとなるのは珍しく、当該年度の代表的な事案である「パナソニック鰍ノよる三洋電機鰍フ株式取得」(参考)を見れば、円筒形二酸化マンガンリチウム電池(住宅用火災警報器用)の場合、HHI(市場シェア(パーセント表示)の2乗を合計した値。ある事業者の当該市場における占有率が100%の場合、HHI=100^2=10000となる)の値が約10000で事実上、独占になりますが、競争上の懸念があっても問題解消措置が講じられれば、株式取得は認めるという審査結果になっています。なお、当該事案の「第2 一定の取引分野」における商品範囲と地理的範囲を定めるのが難しい問題で、経済学の手法が最も要求される問題であり、なおかつすっきりとした市場画定を行うためには経済学の知見だけでは限界もあり(経済学は物事を普遍的に捉えようとするけれども、すべての事案はそれぞれ個性的であることやデータの不足(こちらの方が致命的なことが多い)などが挙げられるでしょう)、事案ごとの個別性を損なうことなく、行うのが望ましい反面、難しいところでしょう。

 公正取引委員会や経済学の応用などを批判するのはなんの違和感もないのですが、あまりに的外れな話を読んでしまうと、なんだかやるせない気分になります。タレブあたりになると、知的な中年の愚痴という感じもしますが(もっと過激なことを言っているのかと思ったら、ドブリューを積極的に評価していたりと意表をつかれました)、公正取引委員会のHPすら読まずに、出鱈目なことを書けるというのはちょっと信じがたいです。

 このようなでたらめな話が出てくるのは、たいていの場合、本人の思い込みが極端に激しいか、公正取引委員会のような、失礼な表現ではありますが、権限がさほど強くない行政機関やこれまた非礼ではありますが、世の中でわからないが故に役に立たないと『日経』あたりで叩かれる経済学に八つ当たりせざるをえないほど事態を、少なくとも、ご本人は悲観的にご覧になっているのでしょう。「ジミンガー」は、参議院議員選挙の比例区の動向を見ると、まだまだ賞味期限が切れていないようなので、それなりには使えそう。ただ、与党に埋没したくない人たちは、「ニチギンガー」を唱えて、少数派ではありますがコアな支持層を獲得されたご様子。それとは差別化したいので、「コウトリガー」というところでしょうが、あまり流行りそうにないですなあ。キリンとサントリーの「破談」を考えても、公取が邪魔をして潰されたという、そんな簡単な話だった方がよいなあと思うぐらいですから。年を食うと、自分の思い通りにならない現実を見ると、「○○ガー」となるらしい。くわばら、くわばら。あとはバブル世代の人たちには「団塊の世代」以上に違和感を覚える言論が多いように感じております。成長戦略という表現自体、なんだかなあという感じ。20代前半からパッとしない日本経済と20年もつきあってくると、なにか特定の政策で見違えるように成長する日本経済を想像することができず、2010年6月末時点で大学新卒者の内定率が40%前後という数字を、噂ですが耳にすると、成長率がマイナスにならないのがやっとで、消費税率を25%にしたところで社会保障制度は維持できそうにないし、あんまりできそうにないメニューが並ぶと、かえって悲観的になります。それ以上は私の知ったことではありません。

 「競争は善」という経済学の価値観(「市場の欠落」の分析や合理的個人の仮定を緩める話に移っているそうなので、どの経済学者の意見なのよと思いますが)のおけげで公正取引委員会が効率を高める合併・買収を妨げているという話は、現実的な影響力でいえば、いわゆる「リフレ派」よりも無視してよい程度だと思います。問題は、半年ぐらい前にWBSでさえ、報道していたパナソニックによる三洋電機の株式取得に関する審査で問題となった、事務手続きの遅れ(公正取引委員会を擁護するつもりはありませんが、この点に関しても改善を図ろうとしている)や経済法、あるいは競争政策の国際的な協調などの実務的な問題が、この種の議論がでてくると、イデオロギー的な議論のおかげで後回しにされかねないことです。世の中というのはそんなに一挙には変わらないのよ。閉塞感を覚える人たちは事を急ぎすぎる。公的なことに影響がでるのは現政権でも十分、迷惑千万です。

 そんなわけで『まぐれ』の方が、毒は強いとはいえ、はるかに楽しみながら読めますね。タレブの立論でどうしても納得ができない点は、経済学への批判というよりは、一方でガウス分布が成り立つ世界の存在を認めながら、他方でべき分布でしか近似できない世界として金融市場を描くという点でしょうか。どうにも気もちが悪いので数学の人に尋ねてみると、確率論でもすっきり整理されていないとのことでした。しかし、いまさらコルモゴロフの『確率論の基礎概念』を読み直すのも厳しく、なぜ、あんなものを20代半ばのときには理解したかどうかはともかく、ノートをとりながら読む体力があったのだろうかと自分でも不思議です。今では、本を開いた瞬間にめまいを覚えますが。


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posted by Hache at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言