2010年08月29日

安全保障に関するコンセンサス形成と一縷の希望

 wave様へのコメントを書き始めたところ、例によって「寝言」ですので、長くなりました。本来はコメントへのリプライですが、長いので、独立した「寝言」にしました。

 本来はオースリンのコラムをメモすることが目的でしたので、私自身の意見は後半以外は抑制したつもりですが、10年以上も経済に関する考えが変わらないというのは、共産党並みに"rigid"ではないかと自分でも苦笑します。 

 経済に関する議論は喧しいのですが、オースリンが指摘しているグローバル化を妨げる要因は、私の目にはむしろ日本が戦後、経済大国として成長する経済外的要因であったと思います。これに順応するのは、家計や企業など民間部門であって、政府はそれを支え、ディスインセンティブを取り除くという地味な役割を超えることは難しいと思います。これは、経済学のような体系だった知見に基づくものではなく、一度、成功を収めた状態を変えるというのは、歴史的にも非常に難しいことだという素朴な実感に基づいています。

 他方、外交や安全保障では、やはり政府が中心であって、民間部門は補完的な役割を果たすのが精一杯でしょう。この点は小泉政権でかなりの前進を見たと思いますが、集団的自衛権の問題をクリアしなかった点で画竜点睛を欠きました。「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」の報告書(参考)は安倍政権以降、自衛権に関する解釈の問題は政治マターとする点で連続性があり、自民党政権時代よりも踏み込んだ分析と提言がなされているという点で、ようやく積極的に評価できる話が出てきたと思います。問題は、報告書を防衛大綱に反映させる政治的リーダシップです。この点がはなはだ頼りないことが私の、外来、悲観的な傾向をさらに強めています。

 オースリンのコラムから離れますが、安全が確保できれば、経済が停滞しても、生活水準の低下を一時的には甘受し、再起を期す機会も残ります。安全が確保できないとなりますと、経済的な繁栄どころではなくなります。日本の場合、現状維持勢力ですから、中国のように、アメリカから主導権を奪うようなレベルの軍拡は不要でしょう。財政状況からも、大幅な軍拡は困難でしょう。可能であれば、防衛関係費を少なくとも1.5倍程度に増額することが望ましいと思います。しかし、現実には、ほとんど不可能でしょう。せめて、MDに関わる費用とグアム移転経費は防衛関係予算とは別枠で確保する必要があると思います。民主党政権になってから、自衛隊のPKO派遣が増えていますが、予算上の手当てがないようでは困ります。

 なお、報道ではまったく触れられていないのですが、今回の報告書「新たな時代における日本の安全保障と防衛力の将来構想」では、「第1章 安全保障戦略」の「第2節 日本をとりまく安全保障環境」では麻生政権下の「安全保障と防衛力に関する懇談会」よりも、はるかに現実的な情勢分析が行われていることも注目に値すると思います。

 世界の安全保障環境の趨勢についての第一の特徴は、経済的・社会的グローバル化であり、その加速度的な進行は今後も継続するであろう。グローバル化のもたらす相互依存関係の進展によって、主要国間の大規模戦争の蓋然性は低くなっている。一方、グローバル化は、これまで一国内で対処できた脅威を拡散させ、地理的距離に関係なく、世界全体に深刻な影響を引き起こす原因ともなっている。
 こうした脅威は、基本的に国境を越える(transnational)性質のものである。9.11同時多発テロをはじめ、大量破壊兵器(WMD)の拡散、海賊問題などは、全て国境を越えた問題であり、当面、根絶されそうにない。また近年、地球規模の気候変動、環境汚染、大規模な自然災害、感染症、宇宙・サイバー空間への攻撃なども安全保障上の脅威となっている。こうした国境を越える安全保障上の問題は、自国の中だけで平和を維持することをほとんど不可能とする問題であり、しかもこれらの問題はこれからも確実に増加する趨勢にある。
 またグローバル化によって主要国間の戦争の蓋然性は大幅に低下したとはいえ、軍事的な競争、対立、紛争がなくなったわけではない。明白な戦争ではなく、主権、領土、資源、エネルギー等について「平時と有事の中間領域」に位置する紛争は、むしろ増大する傾向にある。そうしたグレーゾーンに端を発した紛争が主要国を巻き込み当事者の意図を超えた対立となる危険性についても十分認識しておく必要がある。


 安全保障環境の「グローバル化」と並列する形になっておりますが、「主要国間の戦争の蓋然性は大幅に低下した」と指摘した上で、安全保障環境で留意すべき問題として国家間対立を、地球的規模での問題よりも上位には置かない、慎重な表現にこそなってはいますが、同列の問題として触れていることです。

 2001年以来、アメリカの安全保障戦略はあまりに非対称戦に重点を移しました。同報告書でも、そのような傾向が残っていますが、太平洋から東シナ海、南シナ海、インド洋など海を中心に見れば、主要なアクターは依然として国家です。同報告書が繰り返し指摘してきしているように、「主要国間の戦争の蓋然性は大幅に低下した」といってよいでしょう。しかし、領土・領海・領空をめぐる非正規戦低強度紛争のリスクはかならずしも低下したとは言えず、中国を中心に、国家間の紛争はより隠微な形で生じるでしょう。したがって、同報告書のように2001年以降、軽視される傾向にあった古典的な国家間紛争を、国際的に取り組むべき問題とほぼ同列に日本の公文書で明記したことは大きな変化といってよいと思います。率直なところ、民主党政権下の懇談会でここまで踏み込んだ情勢認識が示されたのは驚きでした。

 ただし、これを実際に防衛大綱に盛り込むかどうかは、政治的リーダーシップであり、現状では絶望的だとさえ感じます。ただ、この情勢認識が少なくとも専門家の間でコンセンサスとして存在すれば、それを世論に説得し、決断し、実現する政治的リーダーシップの有無が問題でしょう。この点で、残念ながら多くは期待できないと思いますが、超長期的に見れば、新しいコンセンサスが継続することが前提ではありますが、絶望的だというほどではないと思います。
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2010年08月27日

知日派の日本観察

 本日は前歯の治療に入るのですが、2本も治療しなくてはなりません。とりあえず、保険の範囲内での治療ですが、やはり保険の範囲では今ひとつのようです。当座は、保険の適用範囲内でということになりますが、寿命の関係もあるので、1年ぐらいしたら適用外も考えようかなと相談しました。ものにもよりけりなようですが、差し歯1本が消費税込みで自動掃除機能付のエアコンが1台は余裕で買えるお値段なのでびっくりです(私の場合には2本ですので、2台分の出費)。先生が、「○○万円と消費税」ですと、淡々と話してくれたときに、笑うところではないのですが、つい噴出してしまいました。歯科とはいえ、消費税ですかと。しかし、冷静に考えると、2本の差し歯となりますと、消費税が1万円を超えるわけでして、しゃれにならないですな。たばこ税増税の前に禁煙というのが怪しい雲行きなのですが、なんとしても消費税率の引き上げの前に歯科の治療だけは終えないと、大変です。そんな四方山話を仕事の合間にしていたら、「消費税率の引上げ前に虫歯になるわけにも行かないしなあ」と言われて、歯が健康な人がうらやましいです。自分では丁寧に毎日、磨いているつもりなのですが、母上が愛情を込めて赤ちゃんのときに口移しで食べさせてくれたおかげで、大変です。虫歯なんて細菌感染ですからね。

 それはさておき、「お縄一郎」さん(参照)のことを悪く書いていらっしゃる、あるサイトを毎朝見ていたら、自宅の自作機まで調子がおかしくなりました。やはり他人のことを悪し様に書かれているところを見て喜んでいると、天罰覿面でしょうか。2台目のHDDのMBRに問題があるようで、これを直そうとしますと、半日はかかってしまう恐れもあるため、週末までは2台目のHDDのSATAケーブルを外しておきますと、正常にブートします。それにしても、リーダーで読み込んでおりますと、為替も絡んだ政治ネタばかりで飽きますね。もうちょっと、観察なり分析している日本語のサイトはないのかなあと思うのですが、私の知っている限り、政局の話に終始しているところばかりで、退屈です。

 円高よりも憂鬱なのは、本格的な米中対立が経済だけではなく、安全保障でも始まりつつあることでしょうか。日米同盟が基軸であるというこれまでの日本外交そのものが大きく転換するわけではありませんが、日中では経済的な相互依存も大きく、悩ましい限りです。他方で、中国は古典的な帝国、いってみれば自給自足を基本とした排他的な経済圏を構築する傾向が強いでしょう。『日経』夕刊が報じていた、「日メコン経済大臣会合」などに中韓ではなく、米国を招く方がよいのでしょう。欧米までもが保護主義的な傾向が強まっている現状は、日本のように自力でアウタルキーを築く能力を欠く国にとっては極めて厳しい国際環境です。為替介入の話もけっこうなのですが、自国の生存を図るために望ましくない国際情勢においてダメージを抑えていくのか、もっと力を注ぐべきことは他にあると思うのですが。

 先週、Wall Street Journalが2010年8月17日付で配信したMichael Auslinの"Shock Therapy for Japan"というコラムのタイトルを見たときに、ギョッとしました。しかし、サブタイトルと本文を読みながら、Auslinは、たちの悪い女にひかれてしまったのだなあと感慨をもちながら、細かい点では疑問もありますが、日本の行く末に真剣に関心をもって観察していることになんともいえない気恥ずかしさを覚えました。私自身が、やや投げやりにこの国を見ているのに対し、アメリカ人の方がよほど真剣に日本が活力ある国として復活してくることに期待をもっていることに恥じ入ります。「日本に対するショック療法」というタイトルは、真剣に日本に復活してほしいというAuslinの率直な感情なのでしょう。

 オースリンは、日本が世界を牛耳るかもしれないという勢いがあったころは遠く、おぼろな記憶になったものの、日本経済が世界で第2位の規模を誇ってきたことを述べています。中国のGDPが日本のそれを上回ったという事実によって、過去20年間の経済不振からいかに脱却するのかがこれから半世紀にわたる日本が取り組むべき課題として指摘しています。

 また、規模こそ中国が上回ったとはいえ、北海道や九州の生活水準は中国のそれよりもはるかによいとも指摘しています。中国自身も経済成長にともなう格差の拡大やセーフティネットの欠如、三峡ダムに流れ込むゴミが象徴する環境破壊などの問題を抱えており、将来が楽観一色ではない様子を描いた上で、日本は中国が直面している「地雷」に安穏するべきではないと述べています。

 過去20年近くにわたって経済はもたつき、技術革新でも世界の先端を走っているとはいえないと指摘しています。"The particular set of government regulations and incentives that helped promote Japanese industry during the 1960s and '70s long ago became a hindrance to market-based development."(1960年代から70年代における政府規制と政府による技術革新のインセンティブの付与は、市場ベースの発達の障害になった)という指摘は、やや抽象的でしょう。1970年代の排ガス規制はマスキー法をお手本に日本の自動車産業が改善を図ったことは、カリフォルニアのように環境規制が厳しい州でも日本車が浸透していく背景となりました。むしろ、1980年代後半以降のアメリカにおける情報通信技術と情報処理技術の発達のような技術革新への対応に関しては日本は遅れたといってよいのでしょう。これらの変化は、まさに市場ベースで生じたものであり、アメリカ独特の活力の顕れだと思います。他方、審決により1984年に実施されたAT&T分割の評価は10年単位で変化しているといってよいでしょう。1990年代には概ね成功であったという評価が主流でしたが、2000年代に入ってアメリカの専門家でも評価がぐらついています。オースリンのコラムが興味深いのは、この問題から、日本社会とグローバル化の問題に分析を進めていることです。

The real problem in Japan may be a social one, not governmental or industrial, and therefore much harder to resolve. Every society develops according to its own logic (or illogic), and Japanese society, with all its depth and complexity, has evolved to fit the particular needs of the Japanese themselves. The question is whether these societal structures are too rigid for a globalized economic world, where capital must flow freely, ideas must circulate and consumers must be given a wide menu of choices. Japanese society continues to place strong if not overwhelming emphasis on hierarchy and consensus, which unintentionally dampens the entrepreneurial spirit that drives modern capitalism. In part because of that, the creative energy of many Japanese is diverted into a rich world of personal interests, separate from economic activity.

 日本における真の問題は、社会的な問題であって、政府や産業の問題ではないのかもしれない。それゆえ、解決ははるかにこんなんなのかもしれない。どの社会も、その社会の論理性(あるいは非論理性)にしたがって発展してきたし、日本社会も、その深刻さと複雑さすべてとともに、日本人自身の特定の欲求に適合するように発展してきた。問題は、これらの社会の構造が、グローバル化された経済世界にはあまりに硬直していることだ。今日の世界経済では、資本は自由に移動し、アイディアは自由に行き交いし、消費者は選択の幅広いメニューを与えられなければならない。もし、日本社会が、階層秩序とコンセンサス(意図的にではなく現代資本主義を動かす企業家精神を鈍らせる)に圧倒的な重きを置いていなければ、強い状態をであり続けただろう。部分的には、この理由から、日本人の多くの創造的なエネルギーは、経済活動とは分離された、個人的な利害の恵まれた世界にそらされてしまう。


 "hierarchy and consensus"が抽象的すぎて、やや理解が難しいのですが、この後に続く、「欧米へのキャッチアップ」との関連で考えた方がよいのかもしれません。戦後の日本社会で最も強いコンセンサスは「強兵なき富国」でしょう。ネットでは中国の軍事的脅威によって、このようなコンセンサスも既に崩れてきている感もありますが、やはり世論調査を見る限り、「大砲よりもバター」というのが戦後日本を特徴づけるコンセンサスであったと思います。おそらく、それは農村部から都市部への人口流入を招き、大企業の成長が日本経済の成長と結びつく、1950年代後半から1970年代初頭までの高度経済成長を支えるコンセンサスだったのでしょう。

 また、高度経済成長期には戦後に生まれた、あるいは戦争前には矮小でなかった企業が大きく成長しました。戦後の"hierarchy"が誕生する1980年代まではむしろ企業家精神にあふれる状態だったともいえます。バブル期以降は、新入社員の組織への忠誠心が低下し、個人主義的な傾向が強まった時期でしょう。バブル期以降、単に経済成長率が鈍化したことが問題なのではなく、民間レベルで旧来の自営業や小規模経営に変わるだけの新しい雇用の受け皿は十分に生まれませんでした。もちろん、バブル期以降、起業がまったくなかったわけではなく、むしろ、企業の「少産多死」という指摘にもかかわらず、サービス業を中心に新しい業態も生まれました。ライブドア事件は、利潤追求を卑しいこととする、"hierarchy and consensus"を実感させる事件ではありましたが、企業家が集積し、新しい、まとまった産業を生み出すには至りませんでした。やはり、日本人というのは、戦後こそ復興から高度成長期には「食べること」が最優先であったという点で利潤動機の後ろめたさを覆い隠すことができましたが、経済が停滞期に入ってくると、このような風潮が強まるのかもしれません。

 話が「時の最果て」らしくとりとめがなくなりますが、ネットでの通販では国産品とともに、海外からの輸入品もありとあらゆる商品ラインで入手できます。オースリンが指摘している"hierarchy and consensus"は、少なくとも、部分的には過去のものとなっているのでしょう。しかし、それに代わる、国内における新規ビジネスの担い手が育つ環境がまだ未成熟な段階にあるということかもしれません。

  Other factors compound this. The primary national goal during the post-war era was to catch up with the West. Yet that goal was never tied to a broader vision of why catching up was a good to be desired, or what the good life in Japan should look like. Now, Japanese are slowly turning away from their deeper engagement with the world that marked the 1980s.

 上記のことを構成する他の要因がある。冷戦期には主要な国家目標は西洋諸国へのキャッチアップであった。しかし、この目標は、なぜキャッチアップが望ましいよいことなのか、日本におけるよき生活とはなにかという、より広いビジョンと結び付けられることはなかった。いまや日本人は1980年代に足跡を残した世界へのより深い関与から徐々に背を向け始めている。


 冷戦期の指摘は概ね的確といってよいでしょう。他方、これはアメリカ人には、頭ではわかっても、本当のところでわからないところでしょうが、敗戦のショックから立ち直るためには、経済復興がすべてに優先し、視野が狭かったというのはやや当時の人に酷だと思います。植民地を失い、外交ではほとんど無視できる存在でしかなかった日本が経済成長とともに概ね目標を達成した1980年代にはアジアにおけるアメリカの同盟国として任務分担を果たすことも、オースリンが指摘しているように、実施されました。ソ連が崩壊すると、アメリカは日本をターゲットにしました。日本の1990年代の経済低迷とアメリカの態度との相関は自明ではありません。ただ、日本が、力の使い方をわきまえていなかったと同時に、アメリカ側も日本という同盟国を資源として活用するビジョンがまるでありませんでした。これがある程度、克服され、日米同盟がグローバルな現状維持のための安定化装置として位置づけられるのは、小泉−ブッシュ関係までかかりました。続けて、オースリンは民主党が日本人に機会をつくりだすことを約束している事実を指摘した上で、注文をつけていますが、小泉政権後も、続けられていた日米関係を強化する営みをたった1年たらずで破壊したのは民主党政権であり、このまま、3年間も、党首が代わろうが、代わらないかにかかわらず、日本の対外政策と国内政策のリンクは断ち切られ、混乱するだけでしょう。


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2010年08月18日

2010年8月18日 メモとリンク

 連日、早朝と夕方から夜にかけて散歩しましたが、汗がきつく、ぐったりしてしまいました。それにしても、暑さでボーっとした頭で英字紙や日本語でも信頼できるブログの記事を読んでおりますと、2010年から2030年までは大変な時代になりそうだなあと。頭の中を整理するのが既につらいので、とりあえず、読んだもの、これから読むものを整理しておきます。海外の情報はPomfretに偏っていますが、米中関係を外交・安全保障から最もシビアに描写しているものが他にないからです。経済では英字紙を読んでも見通しが悪く、岩本先生のブログが、経済状況の描写としては弱いのですが、政策に関する分析では、非礼かもしれませんが、まともだなあと。日本語では専門外の方が「世界標準」と断定する「リフレ政策」(日本語のブログを読むと、新興宗教の一種かなと)なる万能薬をなぜFRBが採用しないのか、不思議でしょうがないのですがね。学者がバカな日本では世論が日銀の「不作為」に気づくことはないそうなのですが、学者先生が優秀なアメリカでは同様の政策が採用されないのはまことに不思議な光景です。

 「寝言」として今後、10年間の見通しを述べると、日本はもちろん、アメリカ、ユーロ圏は停滞が続くのでしょう。対照的に、中国は安定成長への転換と地域間格差の是正が中国共産党の統治の正統性にかかわってくるのでしょう。他方、中国がヨーロッパ諸国のみならず、東南アジア諸国を小突きまわしながら、軍拡を進めていくのでしょう。結果として、東南アジア諸国はアメリカを中国とのバランスのために引き込んでくるでしょう。核戦力以上に通常戦力に関してアメリカとパリティを目指してくるのでしょう。しかしながら、中国のアジアにおける戦略的なターゲットは、やはり台湾海峡の制圧が中心になるのでしょう。2010年から2020年は中国が経済成長の果実を3割以上、軍事に回すのでしょう。おそらく、米ソ冷戦の終わりのようなソ連経済の崩壊という経緯をたどる可能性は低いと思います。以前から、米ソ冷戦のような軍拡競争で中国経済を破綻させるという経験から学ぶ形では対中政策を、安全保障面でも追い込むことは不可能だと考えておりましたが、次の10年間ではアメリカの経済的な停滞が長引けば、そもそもアメリカは軍拡すら困難な状況に陥る可能性があります。

 2010年から20年は、台湾海峡しだいでしょうか。ここを抑えてしまうと、東南アジア諸国はアメリカの影響力を望んでも、米軍のアクセス自体を中国が拒否できます(オーストラリア−インドネシアを経由する形でのアクセスはできるかもしれませんが)。中国が、第2次世界大戦後、アメリカが開放的な国際経済秩序を目指すことはなく、古典的な帝国として「アウタルキー」的な傾向を強めるでしょう。そうなった場合、日本も含めたアジア諸国は経済的利害では中国と互恵的な関係にないことに不満を抱くのでしょうが、海上交通を中国が抑えてしまえば、アメリカの影響下から離れざるをえなくなるのでしょう。米中関係が対立を強めたことのはじまりの一つがオバマ政権の台湾への武器援助であったことを考えると、台湾海峡の現状維持が要であり、現状維持勢力が割ける資源が極めてタイトな状況が続きますと、現状維持が破られるリスクが高まるのでしょう。

【経済関連】

(1)岩本康志 「『市場機能論』は成立するか?」(2010年8月16日)

http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33828680.html

【米中関係】

John Pomfret, "U.S. continues effort to counter China's influence in Asia", Washington Post, July 23, 2010

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/07/22/AR2010072206037.html

John Pomfret, "U.S. takes a tougher tone with China", Washington Post, July 30, 2010.

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/07/29/AR2010072906416.html?wprss=rss_world

John Pomfret, "Concerned about China's rise, Southeast Asian nations build up militaries", Washington Post, August 9, 2010.

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/08/08/AR2010080802631.html

【中国軍事力に関する年次報告書】

Office of the Secretary of Defense, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2010.

http://www.defense.gov/pubs/pdfs/2010_CMPR_Final.pdf

John Pomfret, "Economic powerhouse China focuses on its military might", Washington Post, August 9, 2010.

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/08/08/AR2010080802631.html

2010年08月16日

壮絶な光景

 あれこれリーダーで読み込んで、斜め読みしていましたが、これには絶句です。Calculated Riskの"Inflation Graph"というエントリーのグラフです。あまりの光景にグラフを見ただけで固まってしまいました。頭の血の巡りが悪いのはいつものことではあるのですが、背筋に寒いものが走りました。「寝言」とはいえ、数値を確認してからの方がよいのでしょうが、クリーブランド連銀のHPから数値をダウンロードしてグラフを作っても、このようなきれいなグラフにはならないのがちと情けないところです(どうも月単位ではなく四半期データですと、似たようなグラフが描けます)。1990年から始まっているグラフなので、さらに長期のグラフを描いてみないとわからないのですが、20年程度のグラフでもまるで物価上昇率がゼロに収束するように変動しているのがまず目につきました。1枚のグラフから多くのことを読みとろうとるすのは危険ですが、もし、物価上昇率がゼロに収束するとなると、回避する政策手段(デフレが回避すべき事態であるということが前提になりますが)はおそらくないでしょう。

 第2に、今回の景気後退期は、この20年間のアメリカでは驚くほど長く、他の景気後退期にはまるで危険信号のように、景気後退期の前に消費者物価指数が上昇して景気後退期にも上昇を続け、回復期に経済を調整するかのように物価指数が下落しています。1990年代のアメリカはディス・インフレの時期なのでしょうが、景気拡大と緩やかな物価の下落が併存していました。2000年代の場合、2001年の景気後退期の直前から物価が上昇し、2001年の初めから2004年年の初めにかけての回復期に物価上昇率が低下しました。このあたりは、1990年代と同じ傾向を示しています。コアCPIの動きを見ると、2004年から上昇を続け、2006年後半にピークを迎えています(データを数値で見ると、このような傾向はでてこないので、加工されているのでしょうが、その方法がちょっとわからないです)。その後、コアCPIは下落し、2007年末の景気後退から上昇をはじめ、おそらくですが、2008年9月まで上昇と下落を繰り返していますが、基本的には9月にピークを迎えています。その前の2回の景気後退期と比べて顕著なのは、景気後退期の中盤から大幅に物価が下落していることでしょう。それだけ、今回の景気後退が長期間にわたっていること、金融危機と複合した実体経済の落ち込みが速度の点でも、落ち込み幅の大きさという点でも異例のことであることを示しているのでしょう。

 第3に、1990年から91年の景気後退、2001年の景気後退期における物価上昇はある程度までFRBの金融緩和と相関があるのかもしれません。2007年末からの景気後退期にも当初は物価が上昇しています。しかし、この時期の景気後退期には、FRBの信用緩和政策によって巨額のマネーが金融市場に提供されたはずですが、物価上昇率は低下しました。クリーブランド連銀のデータでは、2010年7月は前年比でコアCPIは横這い、他の指数は0.1%の上昇です。FRBの対応に問題があったのかという以前に、空前の金融緩和、財政面でのやや無責任の感もある拡張的な政策にもかかわらず、物価が低下しているメカニズムは未知です。日本は先に同様の、厄介な問題に直面しました。金融緩和が信用拡大につながるルートが機能しない以上、単なるいっそうの緩和の効果は無視できる程度でしょう。日銀は阿呆だ、FRBはバカだという話では分析の妨げになるだけで、問題の所在すらわからずに、ゼロ成長が定着するリスクもあるのでしょう。 
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2010年08月13日

円高騒動は見苦しい

 不安定な気候の折、私みたいな見るだけで暑苦しい者が書くのも気がひけるのですが、円高をめぐる騒ぎは見苦しいなあと。とその前に、『日経』を捨てている暇がなくって溜めてしまったので、適当に見出しだけを読みながらパラパラめくっていたら、たった2か月でいろいろあったんだなあと感慨ひとしおですねえ。なんだか、久しぶりに時間がゆっくり流れている感じがします。

 完全に見落としていたのは、中国の外貨準備の運用でした。これは確かに円高要因にはなるなあと。こんな「寝言」を書きましたが、完全に妄想の域で書いていたので、現実的な問題として中国が通貨バスケットを目標として短期とはいえ日本国債を買うというのはうっかりしていました。もっとも、妄想と現実は異なるわけでして、中国の外貨準備の構成がわからないから妄想が生じるのですが、まあ、書いた本人が「寝言」というより妄想という感覚ですので、WSJが書いていた日本つぶしの一環という読みはちとうがちすぎかなと。まあ、ありえないところも考えておいた方がよいのかもしれませんが。

 最近の『日経』を読んでおりますと、某記者さんが「近隣窮乏化政策」と日本政府・日銀の無能から説明されていて、なんだか微妙だなあと。外需主導で景気回復をしてきた国の通貨が上昇するのは当然ではないかと。現在のドル円相場の水準がどうかとは思いますが、ちと虫のよすぎる議論だという印象をもちますね。アメリカ、ユーロ圏が外需に活路を求めている中、外需を食っている日本の円が上昇するのはある程度、当然ではないかと。輸出企業の業績改善をあまりに軽視している印象があります。現在の水準、あるいは1ドルが85円という水準が定着すれば、海外への生産拠点の移転が進み、いわゆる「空洞化」が生じるかもしれませんが、それ自体は異常というほどの話ではないような。アメリカやユーロ圏、中国などが自国通貨の減価を容認するという意味では、主要国の通貨政策は緩やかな傾向として「近隣窮乏化政策」とも呼べないことはないのでしょう。しかし、オバマ大統領が中国にアメリカ製品を売り込むと意気込んだのにもかかわらず、アメリカの貿易赤字が大幅に拡大しているのを見ますと、為替相場だけでは実需は動かず、実需が為替相場を動かしていると見る方が自然だと思います(それにしても、円高の速度があまりにも急だとは言えるのでしょうが)。

 そういえば、韓国人が日本から輸出が多すぎるとぼやいていたので、そうかなあと思ってジェトロの統計を見たら(参考)、「これはひどいw」という感じでしたねえ。2010年1−5月の日韓貿易は、対韓輸出が248億6,157万ドル、対日輸出が105億5,065万6千ドルで韓国に対する出超額は143億1,091万3千ドルで、済まん、ここまでとは知らんかったという感じです(ぶっちゃけた話、同世代の韓国人ビジネスマンが相手だと、植民地支配の「お詫び」よりも、日本市場を開放してくれってなりますが)。貿易総額では日中貿易の3分の1弱の規模ですが、日本からの輸出だけを取り出すと、韓国向けは中国向けの約44.1%と、すさまじいなあと。対中貿易ではさすがに9億9,196万5千ドルの輸入超過ですが、香港に対する155億1,448万4千ドルの輸出超過が大きく、すさまじいですねえ。アメリカやユーロ圏がやりたくてもできないことを日本がやっているというのが実情ではないかと思うのですが。

 金利を見ても、『日経』自身が報じているように、日米で長短金利の差が縮小している状況では、ドルを積極的に買うという状況ではないのでしょう。白川日銀総裁の記者会見では、「1つは、グローバルな投資家のリスクテイク能力や意欲が低下すると、相対的に安全だと思われている通貨である円に対する需要が高まるという動きです。もう1つは、円の金利水準が非常に低いため円をファンディングカレンシー(資金調達通貨)とし、相対的に高金利の通貨の資産で運用するといういわゆるキャリートレードがあり、グローバル投資家のリスク認識が高まると、リスクがあるこのキャリートレードのポジションを巻き戻すため、円安から円高の方向になるという動きです」と円高要因を挙げていて、要はお手上げ状態というところでしょうか。

 かかる状況下、政権の無脳を責めてもなあと。頭には財務省の遠隔装置以外は入っていないトップ(財務省の言い分は遠隔操作を無視して総理が発言しちゃったということで、それはそれでわからんではないです。ただ、すっからかんの頭に詰め込み過ぎたのは罪ではないかと)、きゃんきゃん吠えるばかりで、アメリカさんと話がついているんですかとツッコミを入れたくなる財務相という状態でして、なにもしないことにイライラする方がどうかしているとすら思います。あんまり当座の円高に打つ手がありそうにないので、あまり騒ぐ必要はないのではと、ちょっと突き放した感覚です。


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2010年08月12日

植民地支配は北朝鮮には「多大の損害と苦痛」をもたらさなかったのか?

 書きかけのメモが操作ミスでリーダーに流れてしまいました。なんとも気恥ずかしい限りです。これという記事は、ざっとでも全訳をつくって必要部分だけ引用するのがよいのでしょうが、私の語学力ではそこまではできず、辞書を数箇所、引いてだいたいのところがつかめたら、メモとして「寝言」にする際に原文をコピーして、訳すときにはさらに原文をコピーして日本語に変えてゆきます。その途中が出てしまい、ご覧になった方には語学力が低いんだねえとあきれられたかもしれません。

 それはさておき、2010年8月10日に菅総理は内閣総理大臣談話を公表しました。新聞で全文を読んだときに、なんともいえない違和感を覚えました。解説記事その他を読んでいないので、あまりにナイーブですが、「日韓併合条約」という名称が紛らわしいのですが、この条約によって併合された国は大韓帝国であり、現在の韓国だけではありません。当然、北朝鮮も含まれます(戦前と戦後で中露との国境線が変化したのかという点については詳細を知らずに書いておりますが)。なぜ、戦前の日韓併合に「この植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明」する対象に北朝鮮が含まれないのか、まるで理解ができませんでした。朝鮮半島における植民地支配を政治問題化する是非はおいても、植民地支配に関してお詫びするのなら、北朝鮮を外すべき理由はないでしょう。

 もちろん、北朝鮮が含まれないというのは、現時点では、国交がなく、核開発や拉致問題などがあり当然だということなのでしょう。韓国との「未来指向の関係」を築くことを目的とした政治的な談話だというところでしょうか。植民地支配の問題へ触れる必要は希薄でしょう。私自身は、植民地支配に関して韓国にも北朝鮮にも、政府レベルで謝罪するべきではないという立場です。ただし、朝鮮半島における植民地支配を問題にするときに、北朝鮮を外すべき理由は政治的な理由以外には考えられません。「三・一独立運動などの激しい抵抗にも示されたとおり、政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配」に政治的な要素を抜けば、北朝鮮が含まれていないことは、「お詫び」など単なる方便であり、まるで誠意のないものに映ります。

 露骨に言えば、日本語の、悪い意味での「政治的パフォーマンス」にすぎず、北朝鮮が含まれていないという点では不誠実だということです。私自身は、北朝鮮を含めるべきだとは考えておりません。要は、政治的に植民地支配に触れるには、朝鮮半島の情勢が定まっていない上に、植民地支配が「国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました」ということが事実なのなら、お詫びして済む話ではなく、ただただ不誠実さを感じます。

 また、韓国との連携を深めること自体は望ましいと考えております。私が話をする韓国人はこちらが悲しくなるぐらい、日本の政治システムの不安定さや経済の低迷を心配しています。まあ、日韓の貿易では日本の出超がすさまじくて、ぼやく向きもありますが。韓国人の中では中国のプレゼンスの増大とともに、事大主義的な傾向も強くなっていますが(日本語よりも中国語を話せる人の方が所得の向上が見込めるとこぼされる)、やはり中国のアウタルキー的な傾向に警戒心が強い傾向もあります。日韓の連携を強化したいのなら、なによりも日本自身が安定した政治システムを回復することでしょう。経済に関しては、政策的に介入して成長軌道に乗るという決定打は見えません。

 「寝言」としてはオピニオン色が強いのですが、私自身は盧武鉉政権下でも、それ以前からも、日米と米韓の絆が強ければ、日韓のいざこざなど日韓両国の利益にとって瑣末な問題に過ぎないという立場です。この点で、菅政権は「虚実」の実に手をつけることなく、いつの間にか消えてゆくのだろうと思いました。


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2010年08月10日

バカらしいなあと思うこと

 米中関係に関する「寝言」を書きながら、なんだかバカバカしくなってボツにするかもです。中国はリッチになった。でも、力の使い方がわからず、いばり散らしていたら、ヨーロッパだけではなく、東南アジア諸国にも嫌われていた。それで、東南アジア諸国はアメリカを引き込んで、中国とのバランス・オブ・パワーを保とうとした。アメリカは、南シナ海の航行の自由を確保することはアメリカの国益だと主張して、東南アジア諸国の賛同をえた。で、腸が煮えくりかえる思いをした中国は、黄海での軍事演習にいちゃもんをつけた。USS George Washingtonが黄海の公海上で演習をすること自体、以前は反対していなかったのに、掌を返した。中国の剣幕にいったん、アメリカも抑制的に対応したものの、中南海に近いとはいえ、公海上の活動を中国に制約されてはまずいということに気がついて、再度、ジョージ・ワシントンを派遣した。かくして、中国はより強硬なアメリカの態度を引き出すことに成功し、アメリカはまだ逃げ道を封鎖していないものの、意図せざる結果として対中強硬姿勢を印象付け、アジアのバランス・オブ・パワーにより強くコミットすることになった。

 このように書くと、中国共産党が力の使い方を知らないという印象が強くなりますが、アメリカの対応も難しいところです。実際、中国クラスの大国となると、中国が今のアメリカの対中政策がそうだと主張しているように、あくまで結果的にですが、「封じ込め」となることをアメリカ側がどの程度、理解しているのか。米中の「冷戦」は、おそらく、米ソ冷戦とは異なる結果をもたらすでしょう。日本を除く、中国と東南アジア諸国、韓国、インドは軍事に多くの資源を費やし、なんの成果もえないのでしょう。多少は、経済成長率を押し上げるかもしれませんが、成長ならば代わりの部門でもできるわけで、結局、人殺しの準備のために資源を費やすことになるのでしょう。また、日本は、ヨーロッパとともに沈んでいくのでしょう。財政的に見て、とてもではありませんが、防衛関係費が増える状況ではなく、社会保障関係費を優先する状態では減るスピードを和らげるのがやっとでしょう。アメリカも苦しいと言われた1980年代は当時の日本と比較しての話であって、1980年と1982年を除けば、2−4%の成長を遂げていました。1990年代末から2000年あたりのように、成長率が鈍化すると、軍事費の増大はアメリカ社会の重荷となるでしょう。

 おそらく米中の「冷戦」の結末は、米ソ冷戦とは異なり、西側陣営の実質的な勝利のような結果にはならないのかもしれません。双方が資源を軍事に浪費し、社会が疲弊する。なんとなく軍事にお金をかけるのがバカバカしくもありますが、ことの性格上、やむをえないのでしょう。ただ、米中が本格的に対立関係に入った場合、冷戦期のように、かえって安定した国際環境で西側諸国が経済成長を遂げたような副次的な作用は生じないのでしょう。中国が経済成長をしても、なにか新しい文明を生むという雰囲気すらない。その意味で、米中「冷戦」は面倒でバカらしいなあという「寝言」になります。


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2010年08月06日

日本という「弱い環」(後篇)

 「ワシントン―ソウルのラインは生きている 東京は?」という「寝言」を書いたのが、2009年6月18日だったとは自分でも意外です。当時は、麻生政権であり、国内問題に忙殺されていたことに懸念していたのかもしれません。「脳死状態」とか麻生政権にはずいぶんと自分でも辛かったのだなあと遠い目で見てしまいますが、現在は心肺機能停止寸前というところでしょうか。脳死状態は相変わらずですが。冗談で「石破さんの答弁のときに言葉に詰まっていたけれど、あれって単に質問に答えられないだけではなくて、脳梗塞の前兆じゃないかなあ」なんて話すと、「最近、寝不足のときにパッと返せないときがあるけれど、あれはマジでヤバいかも」などという会話になったりします。あ、死んでほしいということではないので、念のため。

 前篇を書いた段階で後篇の内容はだいたい頭に浮かんでいたのですが、円高が進み、長期金利は1%を割る状態でなんだか間が悪いなあと。この「寝言」は、中国サイドに立って、日米韓のうち、もっとも「弱い環」である日本を落とすためにはどんな手があるかなというのをふまじめに考えましょうということがねらいです。最近は、過疎化が急速に進んでいるので、暇つぶしに読んだ頂くにはよろしいかと。円高や長期金利の問題があるので、「寝言」そのものですが、私が中国政府のアドバイザーだったら、こんなことを冗談半分で進言するでしょうというところでしょうか。

2012年4月 北京

 世界経済は最悪期を脱した。アメリカの失業率の水準は依然として高く、ヨーロッパは相変わらずダイエットに励んでいたが、金融危機に至る主要なリスク要因は制御可能な水準に落ち着いていた。他方、世界第2位の経済規模に躍進した中国は成長率が6%台に低下したものの、台湾との経済協定により、国内では「一国二制度」が実現したと宣伝していた。台湾の併合は困難と見て、実より名をとる方向に転じ、あたかも台湾を経済的に飲み込むという姿勢によって落とし所を探ろうとしているようにも海外には映った。アフガニスタンから撤退したアメリカが急速にアジア外交に力点を置く状況下で、米軍を排除して台湾へ軍事的に浸透する作戦が成功する確率はほぼなくなっていた。

 中国が水面下で進めていたのは、120年前の日清戦争の汚名を雪ぐことであった。極東に限定しても、日本はアメリカを中心とする同盟網の要に位置する。日本と正面から軍事的に事を構えれば、米軍という寝た子を起こすことになる。人民解放軍は、日本の離島付近で相変わらず挑発行為を続けていたが、明確な成果をえることはなかった。北京が考えたのは、「城を攻むる」ことではなく、日本の財務省を北京の出先機関に変えることであった。「城」をとるには犠牲が大きいが、向こうから門を開けば、攻城戦は卵を叩き潰すようなものだ。北京がとった戦略は日本の財布を握るというごく自然な発想であった。

 「5年もすれば、日本の財務官僚は我々の靴を舐めるアルよ」と国家主席に中国の財務関係者は囁いた。主席は薄ら笑いを浮かべて、「我々は『アルよ』なんて日本語は話さないのだがね」と流暢な日本語で話した。役人が退くと、何事もなかったように執務に戻った。

2012年8月 東京

 民主党政権は主要な政策課題で完全に手詰まりに陥っていた。財政の問題は解決せず、いまだに普天間飛行場の移転先も定めることができなかった。最も深刻だったのは、政権交代後、5人目の党代表、したがって内閣総理大臣が誕生したことだった。すっからかん総理が小沢を議員辞職に追い込んで、一時的に政党支持率が回復したものの、その効果は3か月も続かなかった。 「歌手1年、総理2年の使い捨て」という竹下登の言葉が昭和はよかったと実感させる。ご祝儀で交代後の内閣支持率が上昇するのも過去の話となった。野党も足並みが揃わなかったが、与党はさらにまとまりがなく、消費税率の引上げを論議すること自体が、解党につながりかねない状態であった。

 それでも民主党が解散総選挙を行わなかったのは、単に惨敗が目に見えているだけではなく、細々とではあるが輸出主導で景気が回復していることが大きかった。税収は50兆円台に迫る水準に回復し、当初予算における新規国債発行額も30兆円台前半にまで減少した。他方、金融機関の国債保有はリスク管理の点で徐々に厳しくなっていた。表面上は財政危機を免れていたが、国債管理政策は綱渡りの状態になりつつあった。

 オケラ総理の下に財務大臣が元建てで5兆円の長期国債を引き受けるというオファーがあったと報告したのはこの時期であった。「どうも真意を計りかねるね」とオケラは首を傾げた。「為替リスクを避けたいのはわかるが、クーポンが1.8というのは我々を信用していないという気もするのだが」。財務相は、アメリカやドイツが3を超えていると反論しそうになったが、慌てて飲み込んだ。「万が一、中国が売りに出そうとしても、日銀が対応するということで話がついています。おそらくですが、2兆ドルを超える外貨準備の運用に彼らも困っているのでしょう。先週も米国債の下落で中国は数百億ドルの損失を出しております」。オケラはこの説明に腑に落ちないものを感じたが、断るべき理由もなかった。まだ、国債の消化に困難をきたす状態ではなかったが、消費税率の引上げを論議するほど、反対するという意見が増えているのは世論調査の結果で明らかであったし、来年度予算に盛り込んだ法人税率の引下げも当座は新規国債の発行で賄うより他なかった。「私からは異論はない」。そうオケラは述べると、一人になり、他人の前では見せない死相を浮かべてぐったりした。

2012年9月 北京

 「目立たないようにやれ」とCICの幹部はトレーダーに指示した。2007年に出資したレッドストーンにダミーのファンドを組ませて、10年物日本国債をドル経由で5兆円ほど1年をかけて買いとらせていた。CICの扱う金額からすれば、さほどのものではなかった。秘匿性が重要だったのである。いまだにホームバイアスが強い日本では積極的に国債を手放そうとする金融機関は限られていた。また、一時期にくらべれば長期金利が上昇したとはいえ、国債価格の下落リスクは無視できない。さらに、外国人は日本国債のポジションをにショートにする場合がほとんどであり、撃退されてきたという実績もある。外貨準備のリスク分散といっても、JGBをロングでというのは格付けからも経済合理性の点から疑問符をもたれる。

 また、この時期には沿岸部から内陸部へインフラ整備の重点が移動していた。日本の官僚とは異なり、中国政府は役人をアメリカの大学院に大量に送り込み、経済学の博士号をとったエコノミストを動員してシミュレーションを行い、内陸部への投資は長期的な成長率低下をもたらすことを予想をしていた。一時的に成長率を押し上げものの、波及効果は限定的であり、以前よりも便益の面でも効果が少ない。この状況下でお世辞にも日本国債への投資は経済的なパフォーマンスの点から正当化するのは難しい。

 他方、米国債は緩やかな景気回復にともなって下落を続けていた。損切りのために一部を売却したものの、中国側には米国債を大量に売却するという選択肢はなかった。それを見透かすように、アメリカは長期金利の上昇を容認していた。CICのエコノミストがバカにした表情で「なにが経済における"MAD"だ!」と呟いた。新しい国家主席は「強い元」を打ち出した。これはアメリカの圧力を受けたものではなく、海外の資源へのアクセスを確保するためには合理的であった。自身が資源大国でもあるが、銅のリサイクルを進めるなどレアメタル・レアアースの囲い込みはほぼ完成していた。自国内での取引を有利にすることによって、いわゆるハイテク産業の集積が沿岸部で進んだ。他方、公共投資にもかかわらず、内陸部の所得上昇は緩慢であり、地域間格差の存在が常に中国共産党の正統性を脅かしていた。

2013年8月 東京

 民主党中心の政権は、あっけなく自壊した。オケラは衆参ダブル選挙に打って出たが、衆参両院で民主党は壊滅した。自民党は与党に戻ったが、困惑した。山垣は財政再建を旗印に消費税率の引上げを訴えたが、衆院で過半数をとるのがやっとであり、参院では公明、みんなとの連立してやっと過半数という厳しい状態であった。だが、両党は消費税率引上げに反対の姿勢を鮮明にしていた。自民党は公約に消費税率の引上げを明記していたが、連立合意には盛り込むことができなかった。財務官僚が「ご説明」に行っても、「地方の現状を見てこい!」と怒鳴り返されるありさまだった。実際のところ、自民党内でも地方から選ばれた議員は表立ってこそ反対しないものの、会食などではみんなや公明と同調する者が圧倒的であった。

 また、同年の9−12から景気後退局面を迎えるという予測が現実味を帯びてきた。2009年から続いた景気回復は、「点」における回復であった。2000年代の景気回復の場合、首都圏では面、名古屋都市圏では線、大阪都市圏では点で地価が回復したが、今回の景気回復では東京都心ですら点々と地価が上昇しただけで、多くの地域は横ばいないし下落を経験した。その意味では、2010年の参院選における民主党の惨敗は、景気拡張が与党に有利に働くという民主主義国共通の傾向の例外であった。人口減少社会が経済にどのように作用するのかを理解しない愚かな政党が自滅したともいえる。

 問題は、2014年度予算の編成であった。野党暮らしが長かったとはいえ、自民党の実務能力は落ちてはいなかった。問題は、税収の見込みである。財務省は当初、50兆円を超える税収を見込んでいたが、この数字ですら自然増を見込んだ控え目の数値のはずであった。輸出が減少し始め、景気後退が鮮明になってくると、法人税率を引き下げた後では、消費税率を10%に引き上げることが税収確保には不可欠であった。財務省は必死に大手新聞社や放送局を取り込んだが、世論の大勢は消費税率引上げに反対であった。もはや霞が関には1996年の橋本政権発足当時の経験を覚えている者は少数であった。消費税率引上げを公約の目玉に据えた橋本はかろうじて自社さで過半数を確保したが、実際に消費税率を引き上げる段階になると、世論はあっという間に掌を返した。財務省がコントロールできるのは、野心的な政治家と官僚に依存するマスメディアの政治部記者であるという痛切な経験から学んだ者は皆無だった。

2015年5月 北京


 首相は薄ら笑いを浮かべていた。主席が「そろそろ小日本の財務省が泣きをいれてくるだろう」と話した翌日であった。中国の財務当局に内々の折衝が行われたという報告を受けたのであった。中国の交渉にしては珍しく、元建ての国債ですら、価格下落によって損失を被ったことに釘をさすと、財務省はあっさりと元建てでクーポン2を提示した。金額は20兆円超。手の内を見透かしたように、日本では消費税率を上げるのだから、財源に困らないはずだがと嫌みを述べると、向こうは沈黙したようだ。足元をみながら、2.2を提示すると、おとなしくひきとった。事実上、イエスといったも同然である。

 報告を受けた主席はやや不思議そうであった。「ちょっとペースが速すぎるアルね」。まるでアニメのセリフのように話す主席の姿に首相は内心、笑いがこみあげたが、すぐに実務に話を戻した。「バカな連中です。特別会計の積立金を取り崩したものですから、損失が発生すると税による補てんがいることすら連中は理解していませんでした。民主党を応援した甲斐があったというものです。公明党とみんなの党も手を回す必要もなく、増税反対の一点張りです。景気後退で補てんがさらに増えるのはこちらから見ても簡単な話ですが」。主席は頷きながら、「日本人は戦後、幸運に恵まれたということを理解していなかったようだ」と呟いた。「我々も自戒しよう。愚かな国が傾くのを見ながら」。

 翌日、この打診が報道され、長期金利は2%を超えた。日本の金融機関は軒並み含み損を抱えることになり、日銀が緊急に国債を買い入れた。先進国でははじめての公的債務への懸念による金融システム不安であったが、超ドメスティックな市場であることが海外で報道されると、じきに扱いは小さくなった。中国も2015年以前に購入した日本国債から損失を被ったが、被害は軽微であった。

2016年4月 東京

 山垣は政治生命を賭けて消費税率を10%に引上げた。しかし、国債費の増加でそのほとんどが吹き飛んでしまった。後に、日本国の消費税率は25%まで上昇したが、均衡財政どころか、財政赤字の解消すらできず、資金余剰の中国に依存するようになった。もちろん、歳出の削減も実施された。社会保障関係費の自然増にもキャップをかけ、防衛費は3兆円台にまでカットされた。ホスト・ネーション・サポートも大幅な減額を実施された。さらに、東京大学を中心に独立行政法人の予算が大幅に削減され、頭脳流出が本格化した。


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2010年08月02日

日本という「弱い環」(前篇)

 左下の第1臼歯の治療が思ったより長くかかり、痛みはないのですが、若干、気鬱でしょうか。神経を抜いているので、以前のような痛みは皆無なのですが、噛みあわせが適応過程にあるのか、咀嚼をしているときにも以前とは異なる感覚があり、やや疲れます。すべての歯を治療するには10月ぐらいまでかかるので、用心すべきことだけ用心して、気にしないのがベストなのでしょう。気にしすぎると、疲れるだけですので。

 国内政治も食指が伸びませんが、「菅さんの次は誰でしょう?」と若い人たちが尋ねるので、こちらが若干ひいてしまいます。2013年の参議院議員選挙まで民主党中心の政権が続くことを前提とすると、まあ、無責任に言ってしまえば、前原さんをどこかで挟んで、岡田さんが締めかなあと。フ○ンケンシュタインみたいで、最近は死にそうな岡田さんなら、民主党の終わりにふさわしいだろうと。岡田さんが「合戦」で首をとられる間に、史上初の女性総理という触れ込みで蓮舫さんや炎上しそうな野田さんあたりだったら3か月ぐらいはもたせることができるんじゃないですかねえ、という感じ。2013年頃には、再度の政権交代が起きようと起きまいと、中央の統治機構はガタガタになり、対外関係は実質的に麻痺しているでしょうから、大変でしょうねと他人事のように話してしまいます。地方分権を進めた方がよいのではという話は、上記の見通し(まあ「寝言」でしかありませんが)もありますね。もっとも、中央政府がガタガタの状態で地方政府を建て直すには、現行の枠組みを大きく変えることは期待できないので、都道府県レベルでまず自治能力を高めることが必須でしょうか。

 先週にトヨタが全世界で48万台のステアリングシステムの不具合を理由にリコールを実施するというWall Street Journalの記事を読んでいて、「またか」と反応になっていて、私自身が自分の態度に驚きました。以前ならリコールがあったということにショックを受けていましたが、まあトヨタだしねとなるのが怖いですなあ。トヨタ自動車自体は必死に努力されているのでしょうから、外野の無責任な見方ですが、このまま、トヨタのブランドイメージが低下し、自動車販売が減少すると、トヨタもレガシーコストを抱えているでしょうし、10年ぐらいかけてGMみたいな会社になっていくのだろうかと。

 『日経』が連日のようにパナソニックによる三洋電機と旧松下電工の完全子会社化の報道しています。ちょっと不思議だなと思うのは、周囲でも政府が電機メーカーの再編を促すべしという古色蒼然とした産業政策を公正取引委員会が妨げているということを言う人がいるので、たしなめておきました。結局のところ、グローバル市場における競争を問題にしているのですが、どうもサムスンと対抗するという発想が強いようです。私みたいな、いかれた「外道」の目にはなにも日本企業どうしの合併にこだわる必要はなく、グローバル市場をターゲットとする以上、日本企業が必要とあれば、外資系企業との経営統合に踏み切ることも当然ではないかと思いますが。ちなみに、2010年7月30日現在の主要電機メーカーの時価総額を表にしてみました。

世界の主要電機メーカーの時価総額(2010年7月30日現在)

インテル 1,146億ドル
サムスン 1,008億ドル

パナソニック 2兆8,013億87百万円
ソニー 2兆7,173億99百万円
東芝 1兆9,153億96百万円
日立製作所 1兆5,903億89百万円
富士通 1兆2,730億61百万円
シャープ 1兆 518億33百万円
NEC 6,069億 3百万円

日本企業計 9兆1,549億81百万円


 円高のおかげで日本企業の主要7社の時価総額の合計は、インテル、サムスンを上回っていますが、市場での評価はこの程度です。なお、サムスンは韓国ウォンで表示されておりましたので、7月30日の1ドル=1184ウォンのレートを用いてドル換算しました。こうして見ると、個々の企業の時価総額ではインテルやサムスンには到底、及ばない、小人のように見えてきます。主要メーカーが合併すれば、インテルやサムスンの時価総額を超えますが、あまり現実的ではないのでしょう。企業の合併・買収には疎いのですが、インテルやサムスンが日本企業の買収に乗り出せば、現状では抵抗できるのかどうか。ちなみに、上記の表では省きましたが、LGの時価総額は、サムスンと同じ計算で123億ドルになります。

 そんなわけでメーカーの保護育成と再編を強要しようとした1950年代以降の産業政策と同工異曲の政策が公然と語られる状況に唖然としております。日本企業どうしの合併・買収によるグローバル市場で競争力強化があたかも新しい政策であるかのように主張されている方は60年近く前の発想にいまだに囚われているように見えます。この程度の発想では、「成長戦略」という比較的、新しい言葉で粉飾された産業政策が復活するだけであり、主として日本の国内市場を対象としていた60年前の発想ではグローバル競争への対応として機能することはないといってよいでしょう。

 ただし、製造業の再編は、今回の「寝言」でふまじめに、いい加減に呟く話のごく一部です。やはり本丸は財政ということになりましょうか。


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posted by Hache at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言