2010年09月10日

クリントン米国務長官のCFR演説

 クリントン米国務長官がCFRで行った講演で、アジアにおける同盟国を列挙する際の順番が、従来は「日本、韓国、オーストラリア」となっていたのが「韓国、日本、オーストラリア」になっていたそうで。この演説は知らなかったので、アメリカ国務省のHPで"Remarks on United States Foreign Policy"(2010年9月8日)の原文を見ると、そんな瑣末なことはどうでもよいのではと思いました。まず、日米関係の現状を考えれば、オーストラリアよりも先にくるというのは相当なものです。米韓関係が改善している状態で、アメリカとしては日米関係がうまく機能すれば、中国との関係もマネージしやすいところでイライラするところでしょうが、よく自制しているものだと感心します。まだ、体力的に全文を熟読するのは厳しいのですが、ざっとした印象です。

(1)外交の対象となる地域としてやはり中東の優先順位が高い。イラン、中東和平、アフガニスタン・パキスタンなどがアメリカ外交では最も高いプライオリティがおかれている。後半部分の多くは、アジア・太平洋地域に割かれているが、「中国包囲網」のような単純な発想は薄く、中国と並んでインドへの関与が併記されているのが興味深い。

(2)政策手段として、まずオバマ外交の優先順位は経済力や道徳的な影響力など、いわゆる「ソフトパワー」に置かれていることが明確になった。オバマ政権の内政・外交を問わない政策において最も高いプライオリティは国内の経済再建に置かれており、外交は、事実上、その従属変数である。次に、"international diplomacy – good, old-fashioned diplomacy"が挙げられている。具体的には、リスボン条約発効後のEU、そしてNATOの関係が挙げられている。ヨーロッパの変化に適応する課題も指摘されている一方、「大西洋同盟」がアメリカから見て、最もプライオリティが高い状態であることには変わりがない(他方、米英関係には言及が少なく、やや気になる。戦時モードから平時モードへの転換点だからかもしれないが)"the ability to evoke support from others" is "quite as important as the capacity to compel."というアチソンの言葉を引用して、アメリカの同盟政策の基本を確認している。この点は、抽象的ではあるが、日本のように、同盟を漂流させたいのかそうでないのか、はっきりしない国はよく理解しておいた方がよいだろう。形式的には同盟であっても、潜在的な対立を含む中国とのパートナーシップ程度の関係すら困難になる可能性を示唆しているからだ。

(3)次のヘッジクローズは要注意だろう。

  In this interconnected age, America’s security and prosperity depend more than ever on the ability of others to take responsibility for defusing threats and meeting challenges in their own countries and regions.


 この後に続く具体例は、低開発国の経済発展などが主題になっているが、ハース議長との質疑では同盟国へ応分の負担を求めることが明らかだ。この点でも、政権交代後の日本はアメリカを大きく失望させているだろうし、今後はさらに混迷する可能性がある。防衛費というハードパワーにおける問題に加えて開発援助なども考慮する必要があるのかもしれない。

(4)対中関係

 米中関係をこのスピーチから全体像を描くのは難しい。ただ、明確なのは、南シナ海への関与では米中対立の側面が強く出ていたが、このスピーチでは経済的には互恵的な関係を結び、イランなどを含む地域の諸問題に関して話し合うパートナーとしても位置付けられている。私のような素人には米中関係が対立一色になったり、逆に"G-2"のように米中共同統治という協調一色になることもないだろう(個人的には経済危機の前の段階でアメリカ中心の国際秩序に中国を組み込むという意味での"G-2"は中国が乗るかどうかは別として試してみる価値はあったと評価している)。また、スピーチでは、東南アジアにおけるアメリカの投資が中国のそれを上回っているなど、経済的な問題でも対立か協調かでは割り切ることができない、ライバルであると同時にパートナーでもあるというのが現状だろう。

 アメリカの姿勢は、対立一色でもなければ協調一色でもない。したがって、中国には選択の余地がある。アメリカとの同盟関係に入ることは無理だろうが、アメリカとの協調を重視して事実上、現状維持勢力の一員に加わるのがベストではある。他方、あくまで現状維持を超える行動を続ければ、今度はアメリカ側の選択の余地がなくなる。前者が、外交や安全保障だけではなく、先進諸国で保護主義色が強くなっている今日ではベストであろう。中国の行動を変えることは難しいかもしれないが、少なくとも選択の余地を中国に与えることは、有益だろう。ただし、中国の戦略が現状打破で一貫している場合、このような選択の余地を与えることは、中国にとって極東だけではない、アジア・太平洋全域において米中のバランス・オブ・パワーを変える時間を与えるリスクもある。


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「老いの坂」を迎える日本社会

 どこぞの島国のどこぞの政党の代表選を排泄物がらみでたとえていたら、自分がお腹を下してしまいました。どうも、火曜に食べたカツオの叩きかちょっと遅い時間に食べた梨か、どちらかにあたったようで、水曜日は朝から風邪のような状態でしたが、途中から便所から出られない状態になりました。あまりブログで書くことではないのでしょうが、ノロウィルスにやられたと思しきときにも、その自覚がなく、一日で収まってしまったので、消化器系統は異常に丈夫なのかもしれません。便秘を経験したのは、1か月も入院したときぐらいですが、便秘があれほど苦痛とは。下痢なんぞ、流してしまえばどうということはないのですが、便秘のときには死にそうなほどのたうちまわって、とても書けないようなことまで試した上で、あまりの苦痛に睡眠導入剤を通常の倍(危険な行為ではありますが)ほど服用して、12時間ほど眠った後で、1時間かけてゆっくり排泄しました。たぶんですが、入院中は歩けない状態でしたので運動不足もいいところで、退院後、ようやく解放されたという感覚が強く、いろいろ歩きましたので、腸が刺激されたらしく、正常に戻る過程で苦しんだのでしょう(阿比留瑠比さんのエントリーを読みながら、「誰かが『下痢と便秘のどちらがいいかという選択だ』と言っていましたが」とあって民主党代表選を見ていて似たような感想をもつ人がいるのだなあとまったくのマイノリティでもないのかなとホッとしました。どうでもよいのですが、「イザ!」界隈では某巨大掲示板経由で今泉画伯の絵に一発で惚れてしまい、しっかりリーダーで読み込んでいます(「ひ、ひいい!」がお気に入り)。「時の最果て」の住人ですのでコメントなどはせず、日の当たるブログを日陰から見ている感じですが)。

 それはともかく、下痢に苦しみながら、たまにPCを付ける状態でしたが、目を剥いたのは、『産経』が配信した「民主党に政権担当能力なし 東大・御厨貴教授講演」という記事でしょうか。ほお、さすがに御厨先生でもこのざまを見れば、1年もかかったとはいえ、民主党に政権担当能力がないということぐらいは理解できるのかとちょっとは安心しましたが、記事の中に「4、5年はかかるが、明治維新や戦後改革など過去の政治的歴史を対照して大きな改革をしてもらいたい」とあって心が折れました。「歴史に学ぶ」というのは無理なのでは。あるいは、プロにしかわからないから黙れと言われれば、なにも申し上げることはないのですが。まあ、政権交代後のドタバタを明治維新に喩えられるとげんなりするのですが、現代的には明治維新も内ゲバの嵐であったと言われれば、まあそんなものかなあと。ただ、明治維新というのは、西欧流に表現すれば、市民革命であったのに対し、今回の政権交代自体は国家体制を転覆することが目的だったのあろうかと。結局は、小泉氏が確立した官邸主導の政治的リーダーシップをその後の自民党の後継者が引き継ぐことはできず、国民の多数に見放され、民主党政権に変わってさらに迷走を重ねているだけにしか見えないのですが。というよりも、民主党政権は統治機構そのものを破壊しているようにしか私の目には映らないです。簡単に言えば、統治機構の麻痺状態ということでして、御厨説によると、麻痺状態は4、5年は続くということでしょうか。日本国の存続にかかわりそうですな。

 そういえば、珍しく民主党のコア支持層と話す機会があって、地元の後援会の有力者だそうですが、議員さんは政務三役の一角を占めている方ですが、本当に情けないとのこと。菅か小沢かで迷っているので、菅は参院選を無にして許せないが、小沢ではお前の次はないと思えと叱り飛ばしたそうで。あくまで一地方の話ですので、まあ、代表選がどうなるかはさっぱりわかりませんが、「う○ち」(ジュニアサイズ)が「う○こ」(シニアサイズ)か「○んこ」(特大)を選ぶという状態のようですなあ。大変だなと思うのは自民党の地方組織で、よほどカネがないのか、人が集まらないのか、この手の噂すら耳にしなくなりました(あの人事は微妙だなあ。閣僚を配置する必要がないのですから、メディアではスルーされても、石破さんなみに安定感と能力のある人材がよかったような。あ、石原さんや小池さんへのあてつけではありません)。クルーグマン先生の日本観察は雑な面もありますが、一人当たりGDPが米国に比して低下している現象を人口という要因でかなりの部分が説明できるというのは、まあ、そうだろうなと。「寝言」として浮かぶ感想は、社会全体が「老いの坂」を迎えるときに、政治的混乱が生じるというのは、宿命論的な見方かもしれませんが、ある程度までやむをえないのかもしれないということでしょうか。


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posted by Hache at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言