2010年09月26日

民主党よ、あと3年は踏ん張れ!

 『日経』のおかげで第58期王座戦が始まったのだなあと気がつきました。とってなかったら、見逃していたのでしょう。名人戦や竜王戦のように二日制だと気がつくのですが、一日で指し切ってしまうタイトル戦は見逃してしまうことが多いです。Ustreamで大盤解説があるなど、『日経』さんもいろいろ工夫されているなあと感心します。終局間際から見始めたのですが、その頃にははっきりと羽生善治名人がよいとわかる情勢でした。大盤解説も先手の藤井猛九段の玉をどう寄せるかという話題に移っていました。棋譜を見ると、金矢倉対片矢倉という見慣れない戦型でした。結果的には羽生玉には一回も王手がかからず、途中は互角だったようですが、手数も短く、素人にはずいぶんな差が開いてしまったように感じます。

 『日経』の「王座戦中継サイト」(参考)では、棋譜中継のコメント欄で羽生名人が「ちょっと攻めが細いかなと思いながら仕掛けた。ほかには分からなかったが厳密には無理かもしれない」と感想を述べているのですが、素人には難しすぎる感想です。年配の人に言わせると、プロ棋士は勝敗に生活がかかっているから本心をなかなか言わないものだよとからかわれるのですが、攻めきる成算があって仕掛けたわけではないんだなあとしか読めないです。対する藤井九段のコメントは、53手目の▲2四歩が敗着とのことで、確かに棒銀の顔を立てて銀交換に持ち込んだものの、その銀で飛車が無力化されているし、馬も消された後で、桂馬をとって成る手が飛車を走らせる上に、馬自体が利かない状態になってしまい、これは辛いなあと。片矢倉は、素人向けの解説書では角交換の後で角の打ち込みが少ない駒組みとして紹介されますが、大盤解説の森下卓九段が淡々と解説されていたように、先手の玉頭を支える駒が玉以外にはなく、薄い感じです。終局後には、羽生名人の言い分としては自陣が普通の矢倉(金矢倉)で、相手が片矢倉では負けるのは不自然だと解説されていました。森下九段は矢倉のスペシャリスト(最近は指さないのに、『現代矢倉の思想』を読んで素人が矢倉なんて指すもんじゃないなあと)だけになるほど。裏を返せば、藤井九段の言い分としては角交換を前提にすれば、角の打ち込みの隙がない分、主導権を握れるということなのでしょうか。結果的には、羽生名人の言い分がほぼ一方的に通る形になりましたが、素人としてはどちらの言い分が勝るのだろうかと。

 個人的には「森下システム」が出てきた時点で、矢倉は無理になりました。私の棋力では理解するというより、覚えることが多く、しかも細かい。ちょっと金が上がるタイミングを間違えるだけでひどい目に遭います。10年ぐらい前ですが、飲み会の待ち合わせにでかけて1時間ぐらい遅れるという連絡があったので時間を潰しにゲーセンに入ったものの、定番の上海がなく、将棋をやってみたら、矢倉で負け、飛車を振って負けとコテンパンにやられてムキになってしまい、これでどうだと横歩どりに持ち込んだら、びっくりするぐらい隙だらけで60手ほどでゲーム機が投了しました。機械が相手なので棋風も何もないのですが、駒得を異常に重視するというのに気がつきました。恥ずかしいのですが、ゲームセンターで諭吉さんを崩すというあるまじき失態でしたね(遠い目)。飲み会そっちのけで当時30歳のおっさんが必死に機械相手に勝とうとする姿は、私自身が想像したくないものです。


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posted by Hache at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言