2010年09月27日

外交政策における中国国内の権力闘争(前編)

 英字紙で今回の事件を通り一遍以上に報道している記事というのが、いつものごとく、John Pomfretぐらいとは。Washington Postが2010年9月24日付で電子版で配信した"Dispute with Japan highlights China's foreign-policy power struggle"という記事です。私の探索能力が低いからかもしれませんが、中国内部の権力闘争と対外政策の決定の関連に触れている文献が少ないので、単一のソースで論じるのは危険があります。ただ、この記事は、日本語でも人民解放軍への共産党のコントロールが弱くなっているという意見はみかけますが、ちゃんとした根拠に裏付けられていないものしか見当たらないのとは対照的です。もう一つの特徴は、視野が広い点が特徴でしょうか。どの道、今後数十年は中国外交に振り回されるのでしょうが、少なくとも、現時点で尖閣諸島だけではなく南シナ海でも攻勢を強めたのかを理解する一助にはなると思います。

 まず簡単にPomfretの記事を要約すると、(1)軍や政府各省、国有企業の高官や役職者の新世代は、経済成長の結果、過去にない自信に満ちている。(2)中国共産党中央の指導力が弱まり、軍や国有企業はそれぞれの利益を海外に求めている。(3)中国の対外政策は統一された戦略にもとづいているわけではなく、各アクターがバラバラに海外に権益を求めているが、現在のところ、それが結果的に中国の国益に資している。気分が落ち込んでいることもあるのですが、休日出勤が多く、物理的にも時間がとれない状態が続きますので、以下、Pomfretの記事のメモを残しておきます。

 それにしても思い出すのは、亡き江畑謙介さんが、2006年の岡崎研究所のパーティで文革以後の人民解放軍は合理的であり、スホーイなどせ正面装備の整備だけではなく、パイロットなど人材育成が要だということを理解しているという指摘です。内容は傍観者としてみれば、物騒な話ですが、岡崎久彦さんが心の底から笑顔を浮かべているのを見ながら、本当のことを語る機会というのは貴重なものなのだなあと。日本では観察ということは報われない作業ですが、それに徹するというのがやはりプロフェッショナルの一つのあり方なのだとあらためて感慨深いものがあります。希望的観測や願望を交えずに、いかにことがあるのかを観察し描写することというのは、一見、地味で受け身のようですが、強い精神がなければ持続しないことを実感します。ついつい、混乱した時代に江畑さんの観察と分析を伺いたいという詮なき願いをもってしまいます。

 そんなこともあって、Pomfretの種々のインタビューと事実の描写に引き込まれてしまいました。Pomfretの場合、江畑さんほど無私というわけではなく、色気もあって、大抵の場合、記事の最後でインタビュー相手に自分の意見を言わせていると感じる部分もあります。興味深いのは、一切、激越な表現が見当たらないのですが、事実関係の描写によって通常の中国脅威論とは異なる絵が浮かび上がってくる点です。それは、あえて詳細を略するなら、中国が大国として成長するにともなって「臓器」も増えているけれども、それがある一貫した戦略にもとづいているわけではないということです。政治体制の相違があっても、ひょっとしたら、大国の形成過程というのは似たようなプロセスをたどるのかもしれません。

 なお、当初の予定からすると、大幅に長い「寝言」になりましたので、2回にわけて配信します。土曜日に一気に書きましたので、かなり粗雑な「寝言」(粗雑じゃないのはどれというツッコミは甘んじて受けます)ですが、お暇な方、週明けでもなんともいえない脱力感に苛まれている方は「続き」をどうぞ。


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