2010年11月28日

魂を絞る勝負

 体調がすぐれないのですが、伊藤之雄『伊藤博文』(講談社 2009年)を読むのが楽しみです。最近は、明治維新に関しては保守的な見方をするようになって、近代化の始まりというよりは、幕藩体制の終わり、あるいは破壊であろうと。司馬遼太郎さんあたりですと、『翔ぶが如く』あたりでは「維新三傑」の死後は、二流の人物が近代国家を建設したように捉えているようです。どうも違和感があって、西南の役で疲弊した国内を建て直して本格的な近代化への国家をつくりあげた人物が二流なのだろうかと。二流の人たちがつくった国家が日清・日露の両戦役を幸運にも恵まれて勝ったものの、欠陥が露呈して日華事変、日米開戦に至ったという単純化はわかりやすいのですが、憲法が変わったとはいえ、憲政という点では戦前と戦後は、軍部の容喙による中断があったとはいえ、戦後にも連続する部分があります。明治期の政治家と比較すれば、戦後の政治家が二流ではあったのかもしれませんが、それでも今日に至るまで機能する枠組みをつくったというのは、驚くべきことだと思います。一般向けとはいえ、検証可能なように、出典が細かく記されているので、いろいろと考えるヒントになる本だなと思います。現在は国民の平均にも満たない人たちがなぜか多数の代表として破壊をしていますが。私は前回の総選挙では少数派を支持しましたので、次の多難な再建の10年となるであろう時期には、多数派の人たちに自制と熟慮を求めたいものだと思います。

 それにしても、すさまじきは第23期竜王戦第4局。最近は、風邪とともに去りぬという爽やかな状態ではなく、回復期にお腹を下してもう大変という感じで消耗していますが、やはりこちらの熱闘も素人ですら夢中にさせるものがあります。中盤も興味深いのですが、プロ棋士の研究など素人がわかるはずもなく、一手一手の必然性、あるいはもっと緩やかな理由などはよくわかりません。木村定跡が存在する古典的な角変わり腰掛け銀が、これほど多彩な変化に満ちているのに驚くばかりです。渡辺竜王と羽生名人でこのシリーズは激しくやりましょうという暗黙の合意があるのか、一日目から駒がどんどんぶつかる展開になって、意味の1割も理解できているのか、まったく自信がもてませんが、素人には楽しい手順でした。

 基本的にプロ棋士の将棋、まして二日制のタイトル戦の終盤など、素人が見てもムダという感覚があります。私程度の棋力ですと、一手違いの大熱戦になること自体が稀で、攻められてばかりでつまらないなあと思っていたら、相手が間違えてうひょひょとなるとか、ガンガン攻めていたら、がっちり受けられて攻めを切らされてやる気をなくすとか、棋譜など残すと恥ばかりというレベルです。しかし、この将棋の終盤はすさまじく、竜王戦中継サイト(参考)の棋譜中継の68手目の解説で畠山成幸七段が「私は2日制の経験がないので、わかりませんが、今までの脳みそと体を絞っての時間帯を通り越して、これから魂を絞る時間帯に入るのだと思います」とチャット解説で述べられていたのが引用されていたのが印象的でした。リアルで1億3000万人弱の命にかかわる、肩書だけはご立派な方々にはなさそうな感覚。将棋という遊びで魂を絞るというのは、見ようによってはそこまでするのかとも思いますが、真剣に遊ぶというのはいみじくも魂を絞るのだなあと強い印象をもちました。

 そんなわけで棋譜の感想をためらうほどの勝負ですが、やはり88手目、後手渡辺竜王の△3四玉が力強いです。国会中継で朝の中継はなかったようですが、予約しておいた11月26日6時からのNHKのBS中継で久保利明王将・棋王が、次に△2五歩とすると先手から寄せる手順が消えますねという趣旨の解説をされていて、渡辺竜王が羽生名人に対して寄せてみせてくださいという手なんだなあと。このあたりは妄想でしかありませんから、感想ですらないのですが、実質的には▲4四金とするより他なく、渡辺竜王がどの局面まで見えていたのかはまったく不明ですが、おそらく互いに最善を尽くして後手の一手勝ちだと見えていたのでしょう。私の棋力では到底わからないのですが、この局面ではたぶん正しいのだろうと思います。しかし、恐ろしい手です。怖くて指せないですね。力強い、印象に残る一手でした。

 ずいぶん手が飛びますが、問題の局面は113手目、羽生名人が▲4五歩としたところ。相手が羽生名人だ知らないとしたら、私のレベルですと、この手を見たら何も考えずに△4五同銀と指すところです。羽生名人だと知っていたら……。10分ぐらい考えて、すみません意味がわかりませんので、負けましたという感じです。ここでの△6九銀が敗着とは……。後手の持ち駒が多く、詰めろをほどくのは容易ではなく、先手玉が危ないと思うのですが、まさかとしか表現のしようがないです。BS中継でみるとこの前から手がバタバタと手が進んで、▲4五歩としたところで羽生名人が席を立っているんですね。深い意味があるとも思えず、難解な終盤戦で一分将棋になる準備というところなのでしょうか。中継を見ていると、羽生名人が戻ってきても、渡辺名人が考えているので、詰みまで読まれていたのでしょう。結果から見れば、▲4四角が詰めろ逃れの詰めろに効いてくるのですが、終盤でそこまで見えるというのは神に近い領域のようにすら感じます(追記:これは筆が走りすぎたかもしれません。BS中継で久保二冠が112手目まで進んだところで次に4五歩もありますかと指摘していた記憶があります。プロならパッと浮かぶ手なのでしょう)。

 正直なところ、第2局までで失礼ながら、番勝負としては興味が薄れるのかなと思っておりました。いやあ、この将棋を見てしまうと、やはり第7局までもつれてほしいなあという邪な考えが頭をよぎりますねえ。両対局者は「魂を絞る」時間を刻んでいるのに、こちらはいくら将棋に集中しても、その領域には届くはずもなく、気楽なものですが、お二人のやりとりは、勝敗を度外視して、美しくすら感じます。もちろん、将棋ですから、相手を詰ますべく、冷静にみるとえげつないことをしているわけですが。現実の「雲の上の人」たちに真剣さをまったく感じない状態では、将棋で真剣に遊ぶ二人の棋譜を眺めながら、一生、縁がない世界だとは思いつつも、将棋以外のことで私も魂を絞る時間を刻む機会に一度は恵まれたいものだと思います。


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2010年11月25日

菅直人内閣総理大臣閣下へ

 あなたが危機管理において、無能どころか、日本国にダメージを与えかねない能力をおもちであることは広く知られております。「蛮行」などという力んだ表現を用いることなく、淡々と事態の推移を見守りながら、米韓と密接な協力を保つと述べていただければ十分です。間違っても、尖閣諸島問題で失った国民の多くの信頼を取り戻そうなどと色気をださないことです。『毎日』の2010年11月24日一面の左下の見出しのように、韓国経済に与える影響などはあまり触れずに(カネの亡者のような印象を与えかねませんから)、なによりも自国の国民の生命を優先し、その延長で米韓との協力を緊密にしていれば十分でございます。また、『日経』の秋田浩之記者のような、安直な「正論」は吐かないことです。安全保障では超党派というのが望ましいのですが、そのようなコンセンサス形成を妨げてきたのはあなたが代表を務めている政党ですから。

 それにしても、野党の扱いは困りましたね。当座は自民党に、かつての民主党がそうであったし、現在でも同じでしょうが、超党派のコンセンサスが必要なときに政局と絡める無責任な政党であるとプリゼントできれば、しめたものでしょうか。暫くは、野党の言いなりになるのをお勧めします。

 今後の国会審議では、民主党化しつつある自民党があなたの内閣の対応が遅いと執拗に迫ってくるでしょう。公平に見て自民党も大して変わらないと思うのですが、ここは我慢のしどころです。間違っても、かつての自民党が云々などということは言わないように。現状では、あなたの政権は前の政権と同程度、もしくはそれ以上に憲政史上最悪の内閣として認知されつつありますから、国会ではどっちもどっちだなあという印象に持ち込めれば、大したものですよ。

 外務省は最近、情報をとれていない、もしくは官邸に十分に上げていないのではと老婆心ながら感じます。APECではさぞかしつらい思いをされたことでしょう。せめて、Washington Postが2010年11月24日付で配信したJohn Pomfretの"U.S. to stage exercises with South Korea; few good options for dealing with North"という記事を正確に翻訳させて目を通した方がよいでしょう。他にも英字紙でよい記事があれば上げさせた方がよいでしょう。安心なさい。日本のジャーナリストは、あなたよりもはるかに見識や判断力が格段に劣りますから、日本語の記事は読まなくても大丈夫です。ただ、話は聞いたふりをして彼らの自尊心を満足させることは忘れずに。

 前原誠司外務大臣は、今は冷静ですが、前のめりになる傾向がありますから、釘をさしておいて下さい。あと、拉致問題に深入りするのはかえって話が紛れるでしょう。今の拉致担当は柳田稔法務・・・・・・もとい仙谷由人内閣官房長官ですか。こちらも失地挽回と力まないよう指示を徹底した方がよいでしょう。

 季節の変わり目で体調を崩しやすい時期です。くれぐれもご自愛ください。
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2010年11月24日

アフガニスタンに詐欺師現る

 災厄の日々ですね。水曜日に新型・季節性がセットになったインフルエンザの予防接種を受けた後、風邪をひいてしまい、土曜日はなんとか仕事をこなしましたが、帰ってくるなり、ダウン。月曜日には、とにかく早く職場を離れることだけを考えて、病院で風邪薬とj○の相談をしておきました。慢性的に疲労がたまっているようなので、火曜日は、伊藤之雄『伊藤博文 近代国家を創った男』(講談社 2009年)を10頁ほど読んでは寝てしまうという自堕落な生活でした。適当にネットやテレビを見て、柳田稔法務大臣の事実上の更迭による政局がどうたらとか、北朝鮮による延坪島砲撃などを見ながら、また寝てしまう。ちなみに、ネットではなぜか出所不明な状態で北朝鮮のウラン濃縮施設の画像が流れているようですが、ISIS(Institute for Science and International Security)のサイトでは、こちらに画像と説明があります。WaPoが2010年11月19日に配信したJohn Pomfretの"North Korea building new nuclear reactor, U.S. says"という記事ではブッシュ政権下で芳しい成果を挙げなかった六者会合に戻る可能性は低いと観察しています。この状況が延坪島砲撃によって変化する確率はほぼないと思いますが、念のため、要注意なのでしょう。米民主党は、どこぞの島国の疑似民主党とは異なって脅しに屈服するほどやわでも、ナイーブでもないと思いますが。

 他人が取り上げそうな北朝鮮問題はスルーしてアフガニスタン問題です。とはいっても、リンクを貼る程度ですが。この間、カルザイ政権とタリバン側の有力者(Akthar Mohammad Mansourの偽物)と交渉をしていたはずでしたが、どうもタリバン側の有力者と自称していた人物が偽物であったとのこと。New York Timesは2010年11月22日付でDexter Filkins and Carlotta Gallの"Taliban Leader in Secret Talks Was an Impostor"という記事を、Washington Postは2010年11月23日付でJoshua Partlowの"Negotiator for Taliban was an impostor, Afghan officials say"という記事を配信しました(追記:Wall Street Journalは2010年11月23日付でMatthew Rosenberg and Adam Entousの"Afghan Talks Set Back by 'Taliban' Imposter"という記事を配信)。アフガニスタンにおける新しい戦略をNATOも受け容れた矢先の出来事で、私の目が行き届かないことが大きいのですが、アフガニスタン情勢は依然として不透明だと思います。それにしても、部族が中心の社会で英米流の交渉をカルザイ政権とタリバンで行わせようという発想自体についていけないものがありますが。

 両者の記事では、今回の出来事をタリバン側がどのように受け止めているのかに関する記述はあまりありません。話し合いによる解決が望ましいのはそうなのでしょうが、その前提を欠いているのがアフガニスタンの現状でしょう。ペトレイアスがM1エイブラムスを初めてアフガニスタン戦争で使うのも(WaPoが2010年11月19日付で配信したRajiv Chandrasekaranの"U.S. deploying heavily armored battle tanks for first time in Afghan war"という記事を参照)、単にタリバンを牽制するだけではないのでしょう。カルザイ政権を支えるというよりは、地域ごとに治安を保つためには当面アメリカの軍事力が不可欠な現状で、20年近く前にT72神を破壊しつくした主力戦車を導入してプレゼンスを誇示せざるをえないのでしょう(また、カルザイ政権がアメリカの戦略に対していちゃもんをつけたのをペトレイアスが牽制した問題に関しては、同じくWaPoが2010年11月15日に配信したJoshua Partlow and Karen DeYoungの"Petraeus warns Afghans about Karzai's criticism of U.S. war strategy"という記事を参照)。また、北朝鮮のウラン濃縮には、過去の話とはいえ、パキスタンが関与していた可能性が高く、パキスタンの扱いにもアメリカとNATOは手を焼くことになるのかもしれません。あまりにだるいので、体力が回復したら、「寝言」らしくとりとめのない話をするかもしれませんが、休日明けであるにもかかわらず、非常に体調が悪いので、以上で早朝から打ち止め終了とさせていただきます。


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2010年11月17日

柳田稔法務大臣(拉致問題担当)による重大な「国家機密漏洩」

 いやあ、インフルエンザの予防接種とはいいですね。二つ覚えておけばいいんです。個別の医師についてはベテランの医師を選びますとね。で、だいぶ切り抜けて参りましたけれども、これ、誰それはやぶだとか、実際の話でしゃべれないもん。で、あとはカンと実績にもとづいて適切に選びます。この二つなんです。まあ、一回だけですが。昨年の勤務先での接種は痛かったのですが、今年は皮下接種で楽でしたねえ。しかも、新型と季節性の両方で2,500円とはお得ですわ。お年寄りはいいですね。同じ接種を受けても、1,000円ですから。それはともかく、血管の病気をしたおかげで一回の診療費と薬で1万円がとぶのはちとつらいです。心臓のエコーで異常なし。まあ、安心料みたいなものでしょうか。

 さて、楽な国内政治。『朝日』によると、柳田稔法務大臣が「問責予備軍に加わった」そうで。大変ですなあ。「問責予備軍」という表現に噴きましたが、メタボみたいなものなのでしょうか。問責決議をするとしたら、菅直人内閣総理大臣閣下よりもとってもおバカさんでもできるぐらい大臣なんて楽よとうっかり地元で重大な国家機密を漏らしたのは、かなり重い過失ですなあ。それを受けた菅直人内閣総理大臣閣下(某動画のおかげで癖になってしまいました。それにしても、16万を超えたあたりでどこぞのなんとか通信にリンクを貼られたら、勢いが一気に落ちるとは。この2年ぐらいほどよいネガティブ・インディケーターとしては参考になりますなあ。リンクを貼ったから落ちたのではなく、勢いが落ちたあたりで貼るのがポイントです。間が抜けいている)が、「うわなにをするやめくぁwせdrftgyふじこlp」みたいなお答えで笑えますなあ。「さくらのブログ」の新機能で『朝日』とも連動できるので、早速、利用してみました。

【柳田法相発言】

 ――総理、今朝の法務委員会で法務大臣が地元での発言に対して陳謝したんですが、総理は柳田大臣の発言についてどうお思いでしょうか。

 「なんのことか、ちょっと、よくわ…知らない…」

 ――地元で、「『個別の事案についてはお答えを差し控えます』とか『法と証拠に基づいて適切にやっております』って、細かいことは良くて、このふたつだけを覚えておけばいいんだ」って言う発言を柳田大臣が14日にしたんですけど、それについて法務委員会で今朝、陳謝をされました。その地元での発言について総理はどうお思いでしょうか。

 「ちょっと、直接何も聞いていないんで、いまの話だけで、本当にそういうことが、法務大臣があったかどうかって、ちょっと直接聞かないなかで、コメントはちょっと控えた方がいい、控えておこうと思ってます」


 大学生の就職を心配なさるよりも、3年弱で訪れるであろう、民主党所属の衆議院議員の方々の「就職率」を懸念された方がよろしいのではという「寝言」が浮かびます。まあ、知ったことではないのですが。

 ただ、問題になる発言そのものは部分的にしか引用されていないので、衆議院法務委員会(平成22年11月16日分の中継こちらから)を見ますと、これはヤバいなあと。書き起こすと、単に「法務大臣とはいいですね」と「二つ覚えておけばいいですから」あたりで「国会軽視?」としておかないと、尖閣諸島における案件でまだ明るみに出ていない部分があるようにも読めますからね。リンク先の河井克行代議士の発言開始から31分10秒が経過したあたりで次の発言が出てきました。

河井克行委員:委員長。

奥田建法務委員長:河井君

河井克行委員:けっこう記憶してらっしゃるじゃないですか。私はそこにいた人から、記録を、あの、手に入れました。ここに(大臣が野次?(引用者))、いや、公開の席であります。このような大事な発言であります。大臣として。この場で紹介をさせて頂きます。「法務大臣とはいいですねえ。二つ覚えておけばいいですから。個別の事案についてはお答えを差し控えますとね。これはいい文句ですよ。これを使う。これがいいんです。わからなかったらこれを言う。で、だいぶ切り抜けて参りましたけれども、これ、実際の話でしゃべれないもん。で、あとは法と証拠にもとづいて適切にやっております。この二つなんです。まあ、何回使ったことか」。これはあなたの発言に間違いないですね。


 まあ、「責任者は責任とるためにいるからな」(出典はエヴァンゲ……お察しください)という簡単なことがわからない人たちを代表に選ぶとこのざまなわけで。国内政治はほとんど頭を使う必要がなくって、お手軽に「寝言」が浮かぶのですが、残り3年弱の後始末を考えると、遠い目状態ですなあ。

 国内政治とかくだらないものを見ている暇があったら、調整しておかないと。ああ、来週の木・金の竜王戦中継の録画準備もしなくては。まったく頭を使う必要もないかわりに、暇つぶしにもならないから、本当につまらないですねえ。


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2010年11月15日

過剰適応

 土曜日の晩が楽しかったので、その話でも書こうかとも思ったのですが、「寝言」とはいえ、私にはまとめる自信がなく、自堕落な生活をしながら、ボーっと考えておりました。1年前にも伺った話ではありますが、今回の金融危機というのは「過剰適応」の典型だなあとおっしゃる方がいて、なるほどと。ネットで検索すると、どちらかというと病的な意味で使われているようですが、そのようなニュアンスはありません。どちらかというと、秀才タイプ(この表現はネガティブなニュアンスも含みますが、どちらかといえば合理性重視というところでしょうか)が、短期的に状況に適応していくうちに、その適応の積み重ねの結果、身の破滅を招くという感じでしょうか。私みたいに能がない人間の表現ですと、短期での最適化行動が長期での最適化を保証しないというところです。まあ、それでもよいよとのことでしたので。金融危機の際には、「金融派生商品=悪」、「金融工学=悪」という風潮が広がったので(大きな問題では実はマスメディアとネットはだいたい同じ方向へ傾くようです)、そういう風潮がまったく間違っているわけではないけれど、少なくとも2006年ぐらいまでは儲かっていたわけですから、後知恵でやりすぎたというのは簡単。ただ、個々の状況に適応していくうちに、前提条件が崩れてしまうと、脆いものだという感じでしょうか。かなりアバウトな感覚的な表現ですので、なんとなくわかった気がするという話に終わる可能性もありますが、学術的な概念ほどぎちぎちではないので、妙な生々しさがあります。

 昔、『サンデープロジェクト』で諸井虔さんが「東大卒をとらない会社は潰れる。東大卒をとる会社は潰れる」と発言していて、妙に印象に残っていましたが、そんな感覚ですかと尋ねると、それもおもしろいねえとのこと。金融商品も最初は意外と原始的だったのが、優秀な理数系の人が入ってくると、経済学程度の数学ではできないような計算が可能になり、商品も高度になってくる。扱える業者も限られていたのが、競争していくうちに(あるいは状況に適応していくうちに)、多くの業者が扱うようになり、ある時点を超えると、計算不可能な世界が現れてしまう。そういえば、噂話でクルーグマン先生は、MITにいた頃、大学院の授業で2×2の行列のデターミナントの計算がパッと出てこずに、日本人留学生にどうやって計算するんだったけと尋ねたそうですから、経済学とかMBA程度だったら、これほど金融商品も複雑にはならなかったでしょうなあとからかうと、「それ、本当?」と突っ込まれました。また聞きなのであてにならないのですが、確かそんな話を聴いたような気がしますねえと。経済学者をからかおうとして、意外と防御が堅い人たちなのねとちょっとだけ悔しい。

 日本のバブルも似たようなもので、手法が単純なだけで、地価が上がると、どんどん融資をして、気がついたら手遅れ。別に金融だけではなく、事業会社でもありそうな話です。その先生によれば、本当にバカだと困るけれど、ちょっと鈍いぐらいがよいそうで、よそはこうやっているけれど、まあ、いいかという無神経さがある方がしぶといようです。ひょっとして、私を励ましてくれていたのかしらん(まあ、バカなので自分に都合のよいようにとっているのでしょう)。なお、店を出たら、結構な時間でしたが名残惜しく、握手をしながら、耳元で「痛風も過剰適応ですがな」(2度、痛風で辛い目にあったそうです)と囁くと、「こやつ!」という反応をしながら目は笑っていたので、また声をかけて頂けるかな。

 それでは過剰適応を避けることができるのだろうかと。これは難しい。人間が賢明ならば、自制するのでしょうが、こればかりは「言うは易く、行うは難し」。「過剰適応」に「気分」とか「はずみ」を加えたくなります。「過剰適応」について日曜日にボーっと考えながら、人間というのは、自分も含めてやりすぎると思った方が、利巧にはならないが、少なくとも、失敗に優しくなれる。ちゃらんぽらんな私も、理性崇拝という病に冒されているのかもしれないなあと思いました。


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2010年11月13日

第23期竜王戦第3局 有利を意識すると……

 なかなか、まあ、そのお、不潔な部分にできたおできというのはしつこいようで。まだ、「治療」をはじめてから1週間たらずですが、またまた長期戦の気配です。来週でも治らないようですと、民間療法では無理でしょうから、専門医のお世話になるのかもしれません。肛○を人前でさらしたら、ただでさえ恥知らずの破廉恥な人間がどうなるのだろうと不安がありますが、まあ、いいか。どうせ、終わってますしね。

 お尻が冷えないように工夫はしていますが、やはり座っての作業は微妙に苦痛です。そんなわけで、夜中に寝転がって録画しておいた竜王戦第3局の中継を見ていたら、うとうとしてしまいました。棋譜解説を読んでいると、横歩取りの最新形とのこと。素人には無理だなあと思いつつ、見ていましたが、夕方の段階では羽生名人の攻めが続いてはいるものの、細いなあという感じ。渡辺竜王がやや指しやすいかなというところ。攻め駒を一掃する85手目、▲6五馬は丁寧すぎる感じもしますが、後手の攻めを切らしてから反撃すれば、一気に形が決まるでしょうから、難しいところです。中継では攻めきる手順が並べられていて、渡辺竜王自身はさほど楽観はしていなかったのかも。地味に羽生名人が金をお尻から引き上げてほほおという感じ。その手は食いませんと、▲2九香としたところで、棋譜解説では「下アタック」(参考)。確かに、なんだか強そう。ただ、香車から成り込む手順が消えたので、損得は難しいところです。羽生名人は苦しい感じですが、細かく利かしていく手順はさすが。92手目の△7六金はびっくりです。攻駒の金がじわりと上がってくるのですが、ほとんど攻めが切れている感じです(余計ですが、今回のj○は切れる方ではなくていぼの方です)。

 さて、ここで▲7八銀として棋譜中継ブログには「先手勝勢」とあるのですが、そこまで差が開いているのだろうかと。他方、▲4五角から先手が決めにでると、寄りそうではあります。したがって、中継中は▲7八銀として、後手からなんとか勝負手をひねりだす△6七金を防ぐのがよさそうに見えたのが、機を逃す変調の始まりだったのかなあという感じです。しかし、歩切れを解消するとはいえ、△7五金はすさまじいです。横歩取りの将棋は、最初の段階で先手が歩を二つ、後手が歩を一つ手に入れる形が基本になりますが、後手は歩切れに苦しむことが多く、この将棋も、62手目から羽生名人の駒台に歩がない状態が続きました。94手目で歩切れではなくなったものの、攻めにも受けにも歩がほしい。ここでさすがに渡辺竜王も▲3五桂と攻めに出ましたか。このあたりの呼吸は素人にはまったくわからなくて、羽生名人はらしからぬ直接的な手(ほとんど素人が好きな俗手に近い)が多く、渡辺竜王も中盤までは「だ、大丈夫?」と思うぐらい踏み込みがよかったのが、85手目から一つ一つ相手の攻め筋を消していく慎重な手順が増加しています。感想でははっきりとはおっしゃっていないのでわからないのですが、やはり有利だと感じていたのでしょうか。

 木曜日の晩に棋譜をざっと見ているときには、98手目△2五飛の時点で、既に情勢がもつれている感じでした。飛車交換しては、中住まいに一段目に飛車を打たれてはたまらないので▲2五歩。解説にもあるように、後手からすれば2筋からの圧力が大幅に緩和されて、飛車が横に動いただけとも見えなくはないのですが、利かした形です。終盤ではスピードが最優先とはいえ、飛車が直射している状態を敵から止めてもらえるのだから、実質的には自分が指した以上の効果でしょう。羽生名人の感想では102手目の△7九角に代えて△5二角がよかったとのこと。確かに、本譜の進行は、ほとんど無理筋に近い攻めです。111手目の▲2四歩はびっくりしました。2三の地点は数からいえば3対2で先手が多いのですが、寄りますかと。さすがに、低レベルでも△5九馬は見えるので、これを見落とすはずもなく、この時点で渡辺竜王は情勢を悲観していたのかなと思いました。しかし、飛車が成り込んでも、2八飛と引いて、竜と交換してもなんとか指せるという算段だったようです。この損得計算はかならずしも間違っていたわけではなく、119手目に▲4九桂としておけば手順が伸びて、一分将棋ですから、羽生名人も間違える可能性もあったようです。しかし、▲4九金に△6一香ではっきりと後手がよいのでしょう。128手目で素人でもこれは寄りますなとなりました。

 第2局を見て、この第3局を羽生名人が落とすと、番勝負としては興味がもてないなというのが戦いの前の感覚でした。プロの最新形なんてど素人には猫に小判ですし。ただ、まだ本調子という感じはしませんが、羽生名人の終盤の細かい技芸を久しぶりに見た感じでお値打ち感のある一局でした。こんなところまでスクロールする方は、過疎地にお越し頂いている人の、おそらくは1%程度でしょうが、どちらの応援をしているのかを疑問に感じる方もいらっしゃるでしょう。私自身は、どちらが第23期竜王となられても、お給料が増えるわけでもなく(仕事は増える一方なのはどうにかなるならどうにかしたいのですが)、どうでもよいのですが、見ごたえがあればいいかなと。この2人なら、相振り飛車とか変態変わった将棋になる確率は少なく、相矢倉のがっぷり四つに組んだ将棋もよし、横歩取りのような空中戦もよしというところでしょうか。

 とにかく楽しい。


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2010年11月10日

中国の台頭に対するベトナムの反応

 多少、放心状態でツイッターを眺めていたら、TLに日本シリーズの話が出ていたので、こんな時期にやっているのかと。日曜日に中盤以降しか見ていないのですが、中日が点をとって、あとは守備と継投で「1点でも多ければ勝ち」という落合監督の野球を千葉ロッテの西村監督が全否定した感じでした。「下剋上」というのがピンとこないのですが、日本シリーズで勝負以前に相手チームの野球、あるいは発想を全否定するというのは珍しく、すごいなあという感じです。シーズンで3位のチームだから下剋上といえばそうなのでしょうが、強いチームが順当に勝ったという感じ。中継時間も試合終了からわずかで終わり、名古屋ドームだったので、中継ではロッテへの祝賀ムードがなかったのですが、試合時間が最長を更新したりと、これはすごいシリーズだったんだなあという感じです。あれこれ細かいことはよいので、千葉ロッテマリーンズ優勝おめでとう!

 NHKスペシャルを見ていないので、番組そのものの評価はいたしませんが、現行の社会保障制度を前提とする限り、財源も積立金は不足しているので、消費税率の引上げが、タイミングが一番、問題ですが、不可避なのは当たり前でしょという感じ。やはり、メディアよりも劣るネット言論かなという程度。経済がわかると自称する人に限って、実質金利(インフレ率の定義が適当なのは御愛嬌なのか単なるバカなのか)をもちだしたりとかご苦労なことですが、結論だけを簡潔に述べれば、ただ飯は食えぬ、桃源郷はないというだけのことでしょう(しかし、番組を見ずに、感想だけで観なくてよかったって、「はてなワールド」は2ちゃんよりすごいですなあ)。財務省に苦情を言うとしたら、民主党のバカ予算を事業仕分けという茶番で誤魔化して、財政赤字を膨らませて、民主党が増税を言い出すのもよし、政権が交代するのを待って現野党が言うのもよしと手筈がよろしすぎますなあとなります(「ただ飯は食えない」、「タダより高いものはない」という感覚が年配の方を中心に薄れているのは嘆かわしいです)。

 こちらは、ちょっと踏み込みがよすぎるのではと(元の記事は、Wall Street Journalが2010年10月17日付で配信した Michael R. Wessel and Larry M. Wortzel, "The Huawei Security Threat"という記事)。華為の問題には華為側から同じくWSJに反論が掲載されました。オーストラリアやインドは事実関係がわからないのですが、イギリスが遠ざけたというのはちょっと事実認識が異なるのではと。事実の問題としてボーダフォンが華為との取引をやめたという話を聞いたことがないので、ネットワーク・ルータなどは各国で利用されているのではと思いますが。もちろん、Wessel and Wortzelが指摘するように、インターネットバックボーンや無線通信の基幹網(アメリカの事業者がフルIP化をどこまで進めているのかはわからないので固定網への影響が評価しづらいのですが)にしかけをされると、セキュリティ上の脅威となりうるリスクがありますが、同時に、安全保障を口実にした通商摩擦となる可能性もありうるので、微妙な感じです。華為側の反論に対する健全な事実認識にもとづいた再反論がないと、かなり問題のある記事だと思います。経済的相互依存による利益は外交・安全保障における利害対立を代替できませんが、戦争という極端な事態に至らなければ、経済的相互依存と政治的対立は併存することは珍しくなく、単純な中国「封じ込め」は難しいでしょう。

 この問題以前に、日本の情報セキュリティの問題は別途、議論をした方がよいと思います。過疎地とはいえ、ブログでは書けないことがはるかに多いのですが、3年前の話としては、一般論として日本の官公庁は情報セキュリティに関する意識が弱かったというのは複数の筋で確認したことがあります(3年前に某省ではセキュリティ対策改善のためにデル製のパソコンにウィルスバスターコーポレート版を導入したそうで。このあたりが限界ですね)。かなり改善しているはずではありますが、私自身が技術の進歩についていけてないので、なんともいえないという歯切れの悪い話になりますね。

 ちょうど早朝にリーダーが読み込んだのですが、WSJが2010年11月9日付で配信した"China's Rise in Telecom Gear a U.S. Risk, Report Says"という記事では、ナンシー・ペロシに指名されたMichael Wesselの議会のU.S.-China Economic and Security Review Commissionにおける発言が紹介されています(購読者限定の記事なのでリンクは一切、貼りません)。上記の『世界の論調批評』の論評に対する上記の疑義はすべて撤回ですね。委員会が作成している報告書には華為からの調達による通信インフラストラクチャーの脆弱性に関する詳細な分析が行われており、私自身もあまりに認識が甘かったです。『世界の論調批評』の分析が本線だと思います(上記の記述を削除しようとも考えましたが、筋が悪い痕跡を残しておくにはよかろうとそのままにしました)。

 地味に重い話がまたまた積み重なりつつあるので(匙加減を間違えると、勤務先で総スカンを食らいそうで怖いのですが。なんとか無難に落ち着かせても感謝されることはない仕事がほとんどですなあ(遠い目))、車輪の下に押しつぶされてくたばる前に、生きているうちにメモです。例によって、Washington Postが2010年10月30日に配信したJohn Pomfretの"China's rise prompts Vietnam to strengthen ties to other nations"という記事からメモしておきます。

 ちょっと気になったのは、クリントン米国務長官のアジア歴訪の日程でした。国務省のサイトでは次のような日程が記されています(参考)。

2010年10月27日 ホノルル。日米外相会談。前原誠司外務大臣と日米同盟がアジア・太平洋地域におけるアメリカの関与の礎石であることを再確認。

2010年10月28日 ホノルル。"America's Engagement in the Asia-Pacific"(参考)演説(あとあとのリンク切れ対策のため、グーグル検索結果はこちら)。

2010年10月29日 ハノイ。4か月以内に2度目のベトナム訪問。東アジアサミットへアメリカを代表して参加。ついで、Lower Mekong Initiative(カンボジア、ラオス、タイ、ベトナム、アメリカ)へ参加。海南島訪問。

2010年10月30日 カンボジア訪問。

2010年11月 1日 マレーシア訪問。

2010年11月 3日 パプア・ニューギニア訪問。
        ニュージーランド訪問(日付不明)

2010年11月 6日 オーストラリア訪問。ゲーツ国防長官とともに2+2会合。

 外交日程を追っていたら、外交のトップが長生きしないことが多い理由がわかるような、目もくらむ日程です。北京をスルーして海南島で国務委員と会談するあたりは芸が細かいですなあ。日程を追うだけでも、今回のクリントンのアジア歴訪は、事実上の海をめぐる中国との勢力圏争いの始まりという印象をもちます。Pomfretの記事は、ベトナムがアメリカとの絆を深める共通の利害を事実の描写を通して描いています。長くなりましたので、お暇な方は、「続き」をどうぞ。


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2010年11月08日

一難去ってまた一難

 土曜日に歯医者さんに通って歯の治療が一段落しました。几帳面な先生なのか、歯茎に子どもの頃からできているできものを大きな病院の歯科口腔外科で見てもらいましょうということで紹介状をいただきました。悪性腫瘍の可能性は低いようですが、念のためとのこと。静脈のときにも通った病院なので、予約をとるのが大変だなあというのはありますが、大きな治療は終わったという感じでしょうか。

 3週間ばかり、通常の時期には切れない程度でしかできない「本業」への配分を、通常ならば8:2ぐらいのところをほぼ逆転させて2:8に変えておりました。お給料をもらうための仕事を削るわけにはいかないので、結局、24時間を完全に「効率的に」配分するしかなく、安直に睡眠時間を削るのは避けたいのですが、最近の一週間は、気候がこの一年間でも比較的、安定したこともあって、無理ができてしまうので、この反動もくるのだろうなあと。しかし、おかげで見通しが非常によくなるので悪いことばかりではないのですが。依頼先には申し訳ないことに、私自身としては自分の仕事に辛い評価になりますが、とりあえず一回分はもたせたので、感謝はされましたね。時々、本業の線がとぎれそうなぐらい細いところを歩いているので不安になるのですが、今までやってきたことを違う視点から見つめ直す機会になりました。他人がやったことをなぞっただけですが、ふだんは避けている手法だったので、きつかたったものの、それ自体、勉強になりましたが。こうしてみると、高校2年生のときに、「確率・統計」(上の世代の数Vの一部。下の世代のカリキュラムは理解不能)をもう少しまじめにやっておけばよかったなあと。二項分布から正規分布による近似、大数の法則がすっきりしなくて、よくわらかないから公式を覚えるだけでしたので、試験では学年で唯一の満点でしたが、とても理解した感じがしなくて、さっぱり。解析というほどのレベルではありませんでしたが、「微分・積分」(上の世代の数Vの一部)だったかな、公式がちゃんと極限から導けるし、なるほどという感じで、点数はこちらは今一つでしたが、気もち悪さがあまりなかったような気がしますね。ロピタルの定理は、よくこんなことを思いつくなあと思いましたが、40歳を過ぎてから使うことがあるとはちとびっくりしましたが。

 完全に話が明後日の方向に行きますが、当時の文科省の指導要領では高校3年生配当でしたが、母校では数学の先生が妙に張り切っていて、文系・理系がわかれる前の2年生の段階で理科系の3年間分の数学を詰め込んでいました。「灘でもここまでやっていないんだぞ」と胸を張る教師を見ながら、田舎の学校というのは恥ずかしいものだと。向こうは眼中になぞ全くないのに。もっとも、進学した大学が理系は一流ですが、文系は文学部を除くと二流もしくは三流あるいは三流未満だったので、入試も楽勝で、入学初年次の数学も簡単すぎた感じ(というよりも受講者の8割方がほぼ満点だったのですがなぜ99点なのかがわからない。質の低い嫌がらせだったようですが)。大学に関しては高校よりも教育水準が落ちる印象がありますね。英語はテキストを買わずに単位がとれてしまう始末。おかげで22歳をすぎてから苦労させられました。経済学部なんだから数学は理学部・工学部の1、2年生程度の内容を同じペースでやった方がいいんじゃないのと思います。ついていけなければ、学部を変えるか、クビじゃなかった、退学させればよろしいでしょう。

 それはともかく、数理とは物理ほど密接な関係ではないので、でてきた結果の解釈が難しく、うーんという感じ。「時の最果て」にしては、仕事の内容に踏み込みすぎておりますが、たまには、「寝言」として書くのもよいのかなと。市場を活用する上で、1960年代前後までの政府規制が障害となっているのは否定できないと思うのですが、自由化のプロセスでは、図式的にいえば、「事前規制から原則自由化と事後規制の組み合わせへ」ということなのでしょう。ところが、競争がなかった市場で競争入札を行うためにあれこれ事前に既存事業者に規制をかけようという動きがEUでは10年前ぐらいから強くなっています。アメリカでも、1980年代かから1990年代にかけて経済学を機械的に適用してやろうとしたし、実際に実施したのですが、だんだんと疲れてきたのか、ブッシュ政権あたりになると、善悪の評価は難しいのですが、レーガン政権からブッシュ政権をはさんでクリントン政権に至る時期と比較すると、かなりアバウトな規制緩和が実施されました。EUは競争政策にはかなり厳格なご様子で、私が調べていたのはそのような動向にかなり否定的な見解です。こちらが、私には近い。独占の弊害を抑えるための規制と競争を促すための規制とは大いに違いがあると考えてよいのですが、実際には、自由化後の市場動向を事前に予測することは難しく、規制当局が事前に市場をセグメンテーションしてしまうと、その後の変化についていけないという不確実性があります。そこまで踏み込んだことは書いていないのですが、市場の特性を無視した競争の促進のための規制も、独占に対する規制と同程度に非効率を招くだろうと。整理していた話はそこまで根拠も薄いまま、強い主張をしているわけではないのですが、費用効率の点から実証的に分析していて、私の衰える一方の計算能力では見通しがひどく悪かったのですが、なるほどという感じ。もろの話は避けたいので、読んでもほとんどの人にはなにを「寝言」を書いているのやらというところだと思いますが、対数を使うモデルは変数が0から1の間の値をとると、困るんだなあというわけで、20年近く前の話が漸く意味がわかりました(いわゆる範囲の経済性を推定する場合には対数が負の無限大になってしまうので、通常ならばフレキスブルでよい近似を与える関数形が、極端な振る舞いをしてしまう)。ちなみに、AT&Tの分割に影響を与えたとされる実証分析を検証しているものも改めて読み返しましたが、普通は若いときにできたのが年をくってからできなくなるのが、今回は若いときにはちんぷんかんぷんだったのが、そういうことだったのかという珍しいことが起きました。

 別の場で、卒業した大学の先生がきていましたが、参入障壁を取り除くのにも社会的・経済的費用(例えば、収穫逓増が無視できない状態で競争入札を行う際に地域の範囲の設定が不適切だと規模の経済性が利用されないまま、費用効率が低下する可能性がある。また、範囲の経済性が存在する場合にはアンバンドリングによってやはり費用効率が悪化する)が生じうることを理解していなくて、ダメだこりゃという感じ。入ったときから、例外的にまともな先生がいるなあと思いましたが、相変わらずの低レベルでびっくりでした(反論した相手の主張が稚拙すぎるという問題があるにしても)。話がうってかわって、ある大企業の同世代が50代が使えなくて、どうやってあのごく潰しの連中の食い扶持を減らすのか頭が痛いとあまりにストレートな話に移ったので、ちょうどその世代だったらしく、沈黙。助け船を出すつもりもなく、そうはいっても、彼らも若いときには上の世代を支えていたのですからと一見、フォローするように見えて、地獄に落とす算段で話をふると、俄然、学者先生が元気になってそうなんだよと。しかし、今の20代後半から30代は、不景気でも賃金が十分に下がらないだけではなく、バブル時代に定昇はありの、ベースアップもありので、働きに関係なく高給を搾りとっていた世代のおかげで転職をやむなくされ、20代前半にいたっては職にありつくのも大変ですなあと。重くて重くて、とてもじゃないですが、支えられませんよ。実際は上の世代を支えているふりをしながら、おいしい思いをしていたのだから、因果応報ですねととどめを差しておきました。前も、団塊の世代がどうたらこうたらと言っていましたが、彼らは人数が多くてバラツキが大きいが故にひどいのが目立っただけで、今の50代というのは少数精鋭というわけでもなく、団塊の世代を劣化・縮小コピーしただけであろうと(言いにくいが政治とイデオロギーが関係がない分野だと世代に関係なく有能な人、無能な人、平凡な人(いてもいなくても大勢に影響がない私みたいな者)の3種類しかないだろうという感じ)。完全に沈黙させたので、あとは同世代と、やはり世代など関係なく、年齢を重ねると、ダメになると思うと憂鬱になりますねと不安を語っていたら、ますます、隣で落ち込んじゃったっけ。世代論など知ったことではないのですが、次の十年を過ごして、どんな役割を果たせるのか(あるいは果たそうとは考えてもいけないのか)は考えておかないと。そんなことが頭をよぎりましたね。

 本業の方は、見通しがよくなったので、ヘッドラインを読むだけにしていた英字新聞を読んでいたら、もう眠いです。クリントン米国務長官のベトナム訪問とカンボジアへの圧力など整理したいのですが、まずは疲れをじっくりととらなくては。と思っていたら、インドを訪問したオバマ米大統領が印パ関係で学生にきっつい質問を受けて、まともな受け答えになっていないですなあ。中国包囲網も結構なのですが、容易じゃないですよという程度で、今週は養生に努めます。虫歯の治療が終わったら、今度は次の病気が暴れ出して大変ですので。こちらは本文に書くのが若干ですがためらいを覚えるので、よほどお暇な方のみどうぞ。ただし、食事中に読まれて、不快になっても当方は一切の責任を負いませんので、悪しからず。それにしても、再来年は大厄ですが、一難去って、また一難。やや気が重い部分もありますね。


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posted by Hache at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 不健康な?寝言

2010年11月03日

軍事と経済の間

 ふう。四十を過ぎたら、本当に無理はできないのですね。なんとかヨレヨレになりながらも、粗いながらも、本丸を落として、砦のうち、4つまでのうち3つは陥落というところでしょうか(あえて踏み込まずに立ち枯れるのを待つのも手ですし)。正直なところ、途方にくれましたが、あれがダメならこれ、これがダメならまた別のという戦術的には拙劣ですが、ひたすら攻めまくるしかないという感じ。やや無理押し気味でしたが、金・土・日の3日間を注げば、なんとなかるものです。それでも、油断は禁物なので、アメリカのアジア政策が大きく動いている様を「寝言」に残しておきたいのですが、来週まで封印します(John Pomfretの記事ばかりだし)。昔のように、深いところを潜るような集中力はないのですが、手順を尽くせばなんとなかなるものだと感じます。

 そんなわけで更新にこだわるわけでもなく、ツイッターで見ていたら、著名軍事ブログの中の人経由で、こんな呟きを発見。これはよいなあと感心したら、ちと他のツィートはついていけないので、微妙に伏せてありますが。まあ、個人の性癖をあれこれ言うのは無粋なので、よいところだけみておけばいいのかなと(しかし、例外も多いが、軍ヲタに変態が多いのは近寄りがたくしていますなあ(遠い目))

 70年前に、日本が経済的繋がりが深く軍事的にも圧倒的に優っていたアメリカに対して戦争したように、抑止力は相手が理性的でなきゃ通じないからな。軍事力が経済による抑止より優位な点は、相手がトチ狂って抑止に失敗したとき、実力で止められるところ。

 経済による抑止に対する批判が「100%でないから無意味」論だと思ってるうちは、なぜ批判されるか理解できないだろう。「経済による抑止があるから "他の力はいらない" 」とする部分が批判されている。


 簡略すぎるのがツイッターの難ですが、国際関係において経済的関係が軍事的な力関係を補完することはあっても、代替することはなく、民主主義国どうしでも過信は危険だということを抑えておけば、そうひどい目にはあわないのでしょう。いまでも、岡崎久彦「政治と経済の間」(参考)は示唆に富んでいるのですが、やはり「理論的な裏付けは難しい」と思います。そういう場合には、これだけは許して下さいと「公理」とするしかないのでしょう。クロー覚書も微妙な部分は「自明の公理」として話を進めている。別に他の「公理系」を排除する必要はないのですが、ことがことだけにある程度のコンセンサスはほしい。世論調査の類は適当にしか見ないのですが、『日経』の2010年11月1日付の菅直人内閣の仕事ぶりを評価しないと答えた52%のうち、理由のトップに「外交・安全保障への取り組み」がきて28%。数字の大小を評価するのは難しいのですが、外交・安全保障問題に感応性が高い日本人が2割もいれば、コンセンサス形成はそれほど難しくはないのかもしれないと楽観的にみております。あと、3年弱も無能な与党内で疑似政権交代があるのかもしれませんが、さすがに残りの人たちも多少は(かなりの濃淡の差があるにせよ)学習するでしょう。

 それにしても、通信以外の分野でもアンバンドリングが進むとはね。あれはいくらなんでも、検証が不十分なまま進みすぎた印象があるのですが。いま扱っている「ブツ」は、実証的に否定しようとしているのですが、微妙に論理が苦しい気もします。自由化そのものを否定するつもりはないのですが、やり方は今のままではまずいというのは同感ですが。これを厳密に示すのは非常に難しい(「厳密に」というのはある手順を踏めば、どんなに私のように頭が悪くても納得せざるをえないということ)。寄り道はこれぐらいで、お仕事にとりかからくては。
posted by Hache at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言