2010年11月03日

軍事と経済の間

 ふう。四十を過ぎたら、本当に無理はできないのですね。なんとかヨレヨレになりながらも、粗いながらも、本丸を落として、砦のうち、4つまでのうち3つは陥落というところでしょうか(あえて踏み込まずに立ち枯れるのを待つのも手ですし)。正直なところ、途方にくれましたが、あれがダメならこれ、これがダメならまた別のという戦術的には拙劣ですが、ひたすら攻めまくるしかないという感じ。やや無理押し気味でしたが、金・土・日の3日間を注げば、なんとなかるものです。それでも、油断は禁物なので、アメリカのアジア政策が大きく動いている様を「寝言」に残しておきたいのですが、来週まで封印します(John Pomfretの記事ばかりだし)。昔のように、深いところを潜るような集中力はないのですが、手順を尽くせばなんとなかなるものだと感じます。

 そんなわけで更新にこだわるわけでもなく、ツイッターで見ていたら、著名軍事ブログの中の人経由で、こんな呟きを発見。これはよいなあと感心したら、ちと他のツィートはついていけないので、微妙に伏せてありますが。まあ、個人の性癖をあれこれ言うのは無粋なので、よいところだけみておけばいいのかなと(しかし、例外も多いが、軍ヲタに変態が多いのは近寄りがたくしていますなあ(遠い目))

 70年前に、日本が経済的繋がりが深く軍事的にも圧倒的に優っていたアメリカに対して戦争したように、抑止力は相手が理性的でなきゃ通じないからな。軍事力が経済による抑止より優位な点は、相手がトチ狂って抑止に失敗したとき、実力で止められるところ。

 経済による抑止に対する批判が「100%でないから無意味」論だと思ってるうちは、なぜ批判されるか理解できないだろう。「経済による抑止があるから "他の力はいらない" 」とする部分が批判されている。


 簡略すぎるのがツイッターの難ですが、国際関係において経済的関係が軍事的な力関係を補完することはあっても、代替することはなく、民主主義国どうしでも過信は危険だということを抑えておけば、そうひどい目にはあわないのでしょう。いまでも、岡崎久彦「政治と経済の間」(参考)は示唆に富んでいるのですが、やはり「理論的な裏付けは難しい」と思います。そういう場合には、これだけは許して下さいと「公理」とするしかないのでしょう。クロー覚書も微妙な部分は「自明の公理」として話を進めている。別に他の「公理系」を排除する必要はないのですが、ことがことだけにある程度のコンセンサスはほしい。世論調査の類は適当にしか見ないのですが、『日経』の2010年11月1日付の菅直人内閣の仕事ぶりを評価しないと答えた52%のうち、理由のトップに「外交・安全保障への取り組み」がきて28%。数字の大小を評価するのは難しいのですが、外交・安全保障問題に感応性が高い日本人が2割もいれば、コンセンサス形成はそれほど難しくはないのかもしれないと楽観的にみております。あと、3年弱も無能な与党内で疑似政権交代があるのかもしれませんが、さすがに残りの人たちも多少は(かなりの濃淡の差があるにせよ)学習するでしょう。

 それにしても、通信以外の分野でもアンバンドリングが進むとはね。あれはいくらなんでも、検証が不十分なまま進みすぎた印象があるのですが。いま扱っている「ブツ」は、実証的に否定しようとしているのですが、微妙に論理が苦しい気もします。自由化そのものを否定するつもりはないのですが、やり方は今のままではまずいというのは同感ですが。これを厳密に示すのは非常に難しい(「厳密に」というのはある手順を踏めば、どんなに私のように頭が悪くても納得せざるをえないということ)。寄り道はこれぐらいで、お仕事にとりかからくては。
posted by Hache at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言