2011年01月30日

エジプト危機の一断面 経済自由化と食糧価格の高騰

 暇なわけではないのですが、連投です。あんまり、のんびりしている状況ではないですねえ。おまけに、今日、「寝言」を呟いたら、ついついすべての日付に「2010年」と入れてしまう始末。痴呆が入っているのではないかと不安になります。

 それはさておき、「デフレの国」に住んでいると、世界の潮流からあまりにかけ離れてしまうようです。ダボス会議で最も優先順位が高い議題がエネルギーと食糧の価格高騰とは。8年前でしたか、でかい割には暇くさい会合でデフレは日本特有の現象か否かという話をしていて、退屈だった記憶が蘇ります。そんなものは日本ぐらいでしょ。人口は増えないし、爺くさくなる一方だしと毒づいていたのを思い出します。Wall Street Journalが2011年1月27日付で配信した"Rising Price Pressures Spur Concerns"という記事のグラフは、リーマン・ブラザーズ破綻以前からアメリカや中国、日本などで物価下落の傾向が生じていたことを示しています。グラフのソースを実数で確認していないので、ちょっと危険ではありますが、2009年以降もデフレが続いていたのは、日本とフィンランド、アイルランドぐらいで、アイルランドが2009年6月から物価上昇に転じて以降は、日本ぐらい。エジプトあたりは紅蓮の炎に包まれている感じで、ギョッとします。

 まったくもってどうでもいいのですが、寒い冬なのに光熱費が前年比で下がっているのには驚きです。6月にエアコンが故障して参ったのですが、省エネ性能がすさまじく、猛暑時でも前年比でキロワットでみても支払額でみても、電力消費が減少し、ついでに、冷蔵庫(昨年で12年目)も買い替えたら、驚きの状態です。米は安いし。値上がりしたなあと思ったトマトも落ち着いていて、鰆はうまくて安いし(午後6時をすぎると、二切れで400円)、懸念といえば鳥インフルで鶏肉があがりそうなぐらいでしょうか。所詮は生活実感に支配されているのですねえ。

 それにしても、Wall Street Journalのサイトからログアウトしてリーダーで検索した記事の中で見つけた、Caroline Henshawの"Free Food May Decide Outcome of Egyptian Election"(2011年11月26日付配信)という記事を読んでびっくりしました。記事自体は、エジプト議会選挙の予測ですが、記事にでてくるデータがすさまじいです。正直なところ、エジプトに関する基礎知識がない状態でしたので、メモも兼ねて、です。記事にないデータとしては、外務省HPから人口は約7,785万人(外務省HP)、一人当たりのGNIが2,070ドルとチュニジアの3,720ドル(世銀データ)よりも貧しい状態です。以下、データ中心のメモです(あまりに凄まじい数字が連続するので、そのまま信用してよいのかと疑ってしまう部分もあるのですが)。

・食料価格の上昇率は20%近い。
・アラブ諸国の中で最も人口が多い国であり、1日1ドル以下で生活する貧困層が5人に1人である。
・エジプトは世界最大の小麦輸入国である。1,420万人以上の貧困層へ補助金つきのパンを支給するために毎年800万トンの小麦を輸入している。
・2010年の夏にトマトなど基本食料品価格は300%も上昇した。
・2010年の夏には国内の食肉の価格も上昇した。飼い鳥が40%、他の肉の費用は25%上昇した。

 さらに、2004年以降から実施された経済自由化によって5%程度まで経済成長率が上昇して海外から称賛される一方、国内では多数は貧富の差が拡大しただけだと感じていると指摘されています。実は、昨日の時点で見たIMFのデータでは実質成長率が高いので、この記事を読むまでちょっと頭が混乱していました。経済的要因がエジプト危機を説明するすべてとは思わないのですが、経済自由化は経済成長をもたらす一方、中流階級が没落し、貧富の格差を拡大して、社会の分断を広げたのでしょう。また、ムスリム同胞団の支持者を1,000人以上も逮捕したのは、圧制という印象を強めたのでしょう。国民民主党が腐敗しており、実質的に交代可能な政党が存在しない以上(候補者を立てているものの、ムスリム同胞団は非合法化されているようです。なんとも中途半端な「弾圧」という印象)、ムバラクが批判の的になるのは当然であるともいえます。夜中にデモの光景を中継していたのがCNNぐらいというのはちょっとのんきすぎるのでは。公共放送様はなんのためにあるのだろうと疑問に思います。


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2011年01月29日

エジプトの騒乱

 金曜日の9時から某公共放送のニュースを見ておりました。国内政治が完全にスルーされていたので、極めて快適です。総理大臣の顔が映ると、チャンネルを変えずに、そのまま電源を落としてしまう厨二病患者ですので、非常に快適でした(思想・信条や党派の相違よりも無能には嫌悪感が極めて強い。もっとも、ある人物が無能だというのは感覚であって客観的な評価だとは思いませんが)。エジプトの騒乱に関してオバマ米大統領のコメントが紹介されていましたが、字幕では、私の目が悪いので見間違えたのかもしれませんが、「革命を望む」とあって目を疑いましたが、英語では"reform"と聞き取れたので、あれはなんだったのだろうと。単に私の目が悪かっただけかもしれませんが。

 国内でも報道が多いので、とりあえずは簡単に米紙各紙のお見立て。New York Timesが2011年1月28日付で配信した"Washington and Mr. Mubarak"という社説では、エジプトをアメリカの同盟国であり、同時に毎年15億ドル程度の援助をアメリカから受けている国と位置付けたうえで、結論部分では、ムバラク・エジプト大統領が政治システムを開放しなければ、オバマ大統領は援助を削減する意思をもたなければならくなるだろうと警告しています。途中でウィキリークスをソースにアメリカがムバラク大統領に圧力をかけていたことも指摘しています。また、エルバラダイを「民主化」のリーダーと見立てているようです。

 Washington Postは、2011年1月29日付で配信した"The U.S. needs to break with Mubarak now"という社説で、New York Timesと同じく、支援について触れ、アメリカ政府の対応がムバラク政権の存続を前提にしていることを批判し、エルバラダイの解放を求めるよう主張しています。社説の中で紹介されているPBSでのバイデン米副大統領の発言は相変わらずの優柔不断さを感じさせますが、現段階でアメリカ政府がムバラク政権を切り捨てるととられる発言をすれば、まあ、率直なところ、微温湯的な改革では収まらないリスクが高いとは思いますが、強烈な内政干渉になりかねず、やむをえないところではとも思います。

 Wall Street Journalも2011年1月29日付で社説を配信してはおりますが、有料記事ですので、ご覧になりたい方は、正規の方法でお願いします。サブタイトルがグーグルのリーダーでも配信されていました。"Mubarak now has few good options for retaining power."とあり、「今やムバラクには権力を維持するよい選択肢がほとんどない」というところで、上記2紙とは異なって、勧善懲悪調の雰囲気が相対的に希薄なのが印象的です。また、エルバラダイの国内における影響力に関しても未知数としており、現状では最も穏当な見方だと思いました。最後で、「ポスト・ムバラク」が避けられないと指摘した上で、アメリカを権威主義的体制の最後の友人とみなすことはできないと述べています。有料記事ですので、これでおしまいですが、今回の事態ではアメリカの選択肢も狭く、フィリピンや韓国、その他の国々の民主化と並べて、アメリカが政治改革を過去にも促しきたこと(そして、それが失敗に終わったこと)も指摘しています。

 現状の見通しとしては、エジプトの騒乱がムバラク政権の崩壊の始まりとみている点は概ね共通しているようです。ムバラクが息子に政権を禅譲しようとする行為などは米紙では批判を招いており、ムバラクを権威主義的な独裁者とみる点は共通しているのでしょう。他方、アメリカの影響力に関する立場にはかなりの濃淡があり、WSJは、ムバラクが手詰まりなのと同じく、アメリカの影響力は限定的と見ており、NYTやWaPoはアメリカがさらにムバラクに圧力をかけるべしと主張する点で、相違があります。おそらく、後者の立場が現政権により強い影響力を与えるのでしょうが、現実問題として、実際にはムバラク政権の崩壊を促す方向に作用するのでしょう。一般教書演説を斜め読みした限りは、オバマ自身は内政に専念した意向のようですが、イラクにアフガニスタンという継続した問題に加えて、中近東の「民主化」への対応でなにをしてもアメリカ国内で批判されるという立ち位置に置かれる可能性もあるのでしょう。エルバラダイの評価に関しては、留保でしょうか。日本政治のように「神輿は軽くてパーがいいお」というほど成熟しておれば、あまり問題がなさそうですが、そうではないから騒乱になるわけでして、ワシントン・ポストの社説のように期待する方が理解に苦しみます。

 なお、チュニジアに続く、エジプト騒乱の背景とされる失業率の高止まりと物価上昇率ですが、後者に関しては、小麦の国際価格の上昇が大きいのかもしれません。アメリカのデータですので、各地の価格と対応しているのかは問題がありますが、IMFのデータによると、2008年3月に1トン当たり約440ドルに達した後、2010年6月には約158ドル程度まで下落しました。再度、2010年12月には約307ドルに達しており、生活への直接的な影響が大きいものと推察します。なお、失業率に関しては(参考)、エジプトに関しては2002年から2006年まで10%を超えており、チュニジアに関してはIMFにデータが登録されている1990年から2002年の期間で15%を超えています。2010年に関しては、エジプトがIMFの推計値で9.2%、チュニジアが13.2%となっており、利用可能な統計からは失業と騒乱との関係はかならずしも自明ではありません。もっとも、統計自体が整備されているかどうかはかなり難しい部分があり、報道されている方が実態に近いのかもしれません。

 中近東に疎いど素人の「寝言」ですが、チュニジアに続くエジプトの騒乱は、米紙が指摘する権威主義的体制の崩壊の始まりというよりも、部分的とはいえ西欧化と世俗化が進んだ一部のイスラム諸国の政治体制の脆弱性を示しているのでしょう。ムバラク政権そのものは寿命かなとも思うのですが、欧米世界が"dictator"がいなければ無秩序でしかない社会もあるということを理解しない限り、この手の騒乱はイエメンにも広がるのかもしれません。共和制を採用し、それなりに西欧化と世俗化を進めてきた国が政治的混乱に陥ることは、イスラム過激派にとって浸透しやすい地域を増やすだけでしょう。


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2011年01月28日

心地よく秘密めいた場所

 「寝言」としてはやや重めのタイトルか。確か、エラリー・クィーンの作品に邦題でこのようなタイトルの小説があったと記憶しているが、内容は忘れてしまった。社会のあれこれに関心を持続することが困難な状態が昨年から続いており、ふと自分自身のことを振り返る。あるいは、平均寿命からすれば、ようやく折り返し地点に差し掛かったということが大きいのかもしれない。子どものときからすれば、ここから先の人生を考えたことがなかったので、まだ先があるかもしれないと思うと気が遠くなるというのが率直な実感なのだが。

 私にとって「心地よく秘密めいた場所」というのは、やはり祖母の存在だ。誠に申し訳ない限りだが、母親にはそのような感覚はまったくない。祖母は、いつも私をほめていた。幼稚園に通っている頃に、漢字が書けるようになり、九九ができるというだけで、「末は博士か大臣か」と嬉しそうに両親に話していたそうだ。正直なところ、子どもには意味がわからなかったのだが。あるいは、両親が買ってくれない小学生向けの事典やおもちゃを与えてくれた。もっと些細なことでは、百貨店のレストランでハンバーグにタバスコをかけてしまい、口に含んだ瞬間に泣きだしてしまったら、慌てながら水を飲ませてくれたり、両親は顔をしかめていたが、代わりの料理を注文してくれたりした。物質的な記憶ばかりだが、なんとなく感じていたのは、無私で無償の愛を受けていたということだろうか。正確には、孫である私や弟にそのような愛情を抱いていたのだから、「無私」というのは美化なのだろうが。なにかを与えるが、私が嬉しそうにしているだけで満足そうだった。今、考えると、「末は博士か大臣か」というのは恥ずかしいが、私にはこういう人物になりなさいという話はまったくなくて、そういう面ですら、見返りを求められている気がしなかった。

 両親が愛情に乏しい人たちだとは思ったことがない。ただ、彼らの愛情は、私に対して投資することによって将来の収益を期待するところが大きかったように思う。したがって、祖母の愛情を無償だと感じたのは、将来の収益を期待するところがなかったことだと思う。もちろん、両親が私をしつけ、教育することに将来の収益を見いだすこと自体は、不純だとは思わない。しばしば、そのような条件付きの愛情は子どもの能力を開花させることもあるだろう。私と祖母の関係は6歳で祖母が亡くなって終わってしまったが、失ったものがあまりにも大きく、おそらく、20代前半まで抑鬱の遠因になっていたように思う。両親を失っても、これほどの傷を負うことはないだろう。表現が悪いが、その程度の絆でしかない。



 ませてくると、嫌な表現だが、男女間の恋愛の基礎に性欲があるということに気がついた。平均よりも比較的、遅かったのかもしれない。そんなものかと思うと、愚劣でもあり、それが健常な人間なのかもしれないとも。一時的にそのような欲求に身を任せていた時期もあった。特に、後悔はない。相手に快楽を与えることが楽しかったし、同じく快楽を与えようとする女性はかわいい。



 24歳のときに、ある女性を紹介された。紹介してくれた知人にあとで聞いた話だが、まさか付き合うとは思っていなかったようだ。私自身もだ。初対面で、これほど美しい人がいるとは思わなかった。正直なところ、後にもいない。不思議なことに、相手が美しいと意識すると、あがるものだが、2時間ほど話が弾んで、別れ際に私の方から自然と電話番号を書いた紙を渡した。これも、私らしくなくて、後にも先にもない。もう一度、話ができたらとは思ったが、こんな時間が過ごせただけでもいい思い出で、本気で電話をかけてくれて会えるとは期待していなかった。驚いたことに、帰宅してからすぐに電話がかかってきた。今度は二人きりで会いたいという。そんなわけで、縁がないだろうと思っていた相手と付き合うことになった。物腰から私よりもはるかに上流の人だろうと思っていたが、想像以上で腰が抜けそうになったこともあった。欠点といえば、私よりも10cmほど背が高いことぐらいだろうか。キスをしようとして、背を伸ばすと、ヒールを履いた状態で上を向かれたり、母親が子どもにするように軽く頬にキスをするだけで適当にあしらわれたときには少しだけ腹が立ったが、不満はなかった。二人で歩いていると、人目をひくので、それはそれでつらいこともあったが、あの人が私をいつも立ててくれていた。

 ある晩、あの人が身の上を話した。聞いているうちに、静かに涙がこぼれた。詳細はいいだろう。ほぼすべての内容を覚えているが、すべてにおいて恵まれている人がこれほど不幸なことを経験していること自体が、今では不思議ですらある。私は話を聞きながら、それを背負うことを決意した。その後、本当に私の愛情が本物かどうかテストされたのには閉口した。唯一、不快だったのは私自身をテストしていることだった。この時期にはおしまいにしようと何度も思ったことすらある。愛情を試すこと自体を許さない私が自分で考えている以上に自尊心が肥大化しているのかもしれない。

 しかし、一緒に住み始めると、別の困惑を覚えた。私のスタイルでもあるが、学生だったこともあって仕事をするのは自宅になる。机を前に途方もなく孤独で、道に迷うような時間を経験する。あの人は、もともと国際的な舞台で活躍していたが、いろいろあって嫌気がして、会社勤務をしていた。平日は秘書の仕事で、当時22歳だったが、朝7時には家を出て、二人の生活費600万円以上を稼いでいた。そんなときにも、あの人は、土日には常にそばにいた。私の集中力が限界に達したと察すると、すっと無言で立ち去って紅茶やコーヒーを準備してくれた。どんな仕事をしているのかはわからないと言っていた。他方、家族が、私よりも実践的で、はるかに難解な分野だが、同じような状態になることもあり、そのときの孤独感がわかるのだった。そんな私を見ていると、ただただ、そばにいたいと言っていた。

 恋人と祖母を一緒にするのは変な話だが、無償の愛というのは祖母だけではないのかと思った。あの人自身は、「無償の愛」と言っていた。他方で、失ったときの悲しみはあまりにつらいことも思いだした。あの人は、私との結婚を切望していた。したがって、あの人の両親とお話しなくてはならないのだが、事情が複雑でハードルが高かった。一応、そのことを理由に離別したのだが、本当は失うのが怖かったのだと思う。別れ話をしている最中に私自身もあの人もとり乱した。諦念したかのように、最後は、「逃した魚は大きいぞ」と笑っていた。別れてから2週間後、親族の方が訪れた。正確には、名乗りながら、ドアを叩いていた。とても怖い体験だった。前日に、なぜかあの人が夢枕に立ってさようならを言っていた。祖母が亡くなったときもそうだった。彼女は恋愛を苦にして一度、自殺していたから嫌なことも考えた。もちろん、自分でもそれが幻覚でそうではないだろうと思ってはいた。それ以上に、失うことを恐れた以上、元に戻る資格はないと感じていた。



 3年前には韓国人の留学生に好意を抱いていた。相手が韓国人の留学生ということもあって、迂闊に肉体関係には入れないし、相手が好意をもっているのかも自信がもてなかった。二人で料理を作って当時の番組を見ながら話をしていると、韓国人だということを忘れるぐらい、楽しかった。決して美人といえるほどではなかったが、合宿先で上着を脱いだ時に、「下にこんないいセーターを着てはダメ」と言いながら、ジャケットの裏側についた毛玉をとってくれていた。彼女は韓国に帰り、寂しかったが、同窓会で会うと、私にだけ手作りのチョコをくれた。あとで先輩連中と話していたら、「え、なにも声をかけていないの?」とびっくりされた。恩師に将来を嘱望されて日本に残ってほしいとお願いされたほど優秀だったが、彼女自身はとても恩師にはおよばないと実業を選んだ。とても家庭的で温かく、みんなから愛されていた。そんななかで私に対しては、特別、好意的だったそうだ。先輩から、ひどい振り方だと怒られたが、先輩の判断が正しいのかは今でもわからない。

 私はどこか臆病で、自分が相手に好意をもっていても、相手はそうではないという前提に立つ。それでいて、無私の愛に触れると、失うことを恐れて立ちすくむ。臆病だということでは一貫しているが。さらにいえば、私自身が受けている愛情よりと少なくとも同等に愛情をそそぐことができるのか、不安になる。そんな帳尻などどこにもないことは理解しているのだが、大人になってから、そのような愛情を受ける資格があるのだろうかと立ちすくんでしまう。その意味では親離れができていないのかもしれない。なにか、受けたものに見合うものがなくてはと考えているという点で。



 木曜の晩にほぼ同年齢の既婚女性と酒を飲んでいた。静岡県出身者で、年をとったら静岡に帰りたいと話したら、意気投合したからだ。からかうように、いい人を作りなさいよと絡んでくる。そんなに簡単にできたら苦労しませんよとこちらも気楽に返していた。「どんな人が好みなの?」と尋ねられたので、「基本的に面食いです」と正直に話した。「婚活はしないの?」と尋ねられて、結婚が前提というのが理解できないとやはり正直に話した。女性も30を過ぎれば、パートナーがほしくて必死になるものよと言われてそんなものかなあと。いろいろな例を聞いているうちに、頭では理解できないが、なんとなく気もちはわかるようになった気がした。男はなんで若い子がいいのかしらと言っていた。酔っていたのかもしれないが、25歳のかわいい人と35歳で女らしい人のどちらかを選べと言われたら、35歳を選ぶと言った。相手はちょっとびっくりした様子だったので、だって35歳を過ぎたら、そのまま死ぬまで女でいてくれる確率が高いからと話した。でも、普通の男は25歳を選ぶだろうと。男はギャンブルが好きな場合が多いからと。「婚活しなさいよ。すぐにいい相手が見つかるから」と言われて、よくわからなかった。

 結婚式は苦手だからと話すと、女性はウェディングドレスを着ること自体、嬉しいのだから、あなたの好きな人が喜ぶことを嫌がることはないじゃないと言われると返す言葉がない。あの人も、パリの職人に愛されてオートクチュールのドレスを特別に用意してくれているのと話していた。「ただ、結婚式で終わりじゃなくって、そこからスタートでしょうって話でしょ。二人で試行錯誤しながら生活を営むのだから。そちらが本当にうまくいくのかどうかを考えてしまう」。相手は、珍しくしばらく沈黙して話し始めた。

 「私はね。男性に老いていく自分を見ていてほしいの。女として愛されながら」。これは、「時の最果て」の「寝言」とはいえ、文字にすると恥ずかしいのだが。おかげで自分が幼稚だということがようやくわかった気がする。あれこれ考えているようで、なにもわかってはいなかったのだと。そう、若いときには、相手と一緒にいたいという一念だったが、年をとればお互いに老けていく。そんな姿を、愛情をもって見守っていればよいのだと。なにも特別なことではなく、世間の多数の人たちは考えることなく、行っていることを私は考えるばかりでなにもしていなかっただけだった。

 ただ、もう41歳になると、25歳のときのような経験はない。相手を必死に探して、無償の愛を求めようとも、発露しようとも思わない。求めれば求めるほど、そういう関係をえることはできないという気がする。また、無償の愛は、本人がその発露だと思っている場合、相手にとってとても迷惑だということもあるということを理解できる程度には年齢を重ねたのだと実感する。ただ、そのような機会を自ら求めないだけで拒まないという態度は実質的には諦念なのかもしれない。


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2011年01月25日

初めての夢路いとし・喜味こいし

 日曜日は「冬の蝿」状態でして、抑鬱というほどではないのですが、なんだか疲れが一気に出て、外出する気力も起きず、ダラダラと過ごしてしまいました。元気が出たのは、下仁田の葱と甘みが多い白菜、淡白ながらやはり甘みのある菊菜などに鰆を入れて鍋をつくって食べてからでした。ふだんはしいたけやえのき、しめじその他のきのこも入れるのですが、ツイッターできのたけ論争があったのとは無関係に、野菜の甘みと鰆の味を楽しみたくて、豆腐を加える程度に。これがシンプルですが、実に美味で、一気に気力が回復しました。

 今年は久しぶりにNHKの大河ドラマをリアルタイムで見ているのですが、なぜかと言えば、鈴木保奈美さんが出演しているからです。個人的には面食いとはいえ、整いすぎている美人は苦手です。『東京ラブストーリー』は20年ぐらい前に全部、見た覚えがあるのですが、当時から整いすぎていて苦手意識がありました。ストーリーもパッとしない感じで、昨年のドラマは盛り上がっていたのでスルーしましたが、今年は二匹目のドジョウを狙う公共放送様がこけるのを楽しみにしながら見ております。

 大河が終わってニュースのときに、喜味こいしさんの訃報が報じられました。実は、「いとこい」の漫才を見たことがなくて、「へぇ」という状態でしたが、ツイッターで牟田口廉也(fake)閣下(参考)が「夢路いとし 喜味こいし わが家の湾岸戦争」を紹介されていたので、見ていたら、じわーとくる笑いを抑えるのが大変でした。



 正直なところ、この10年ぐらいお笑い番組をみていないです。なんだか他人を笑うタイプの芸人があふれていてあんまり興味がないなあと。「僕」と「君」という表現に象徴されるように兄弟でも距離感を適度に保ちながら、爆発するタイプとは異なる笑いのツボを刺激されます。間のとり方も絶妙でご年齢を感じさせることはなく、テンポがいいなあと。ざっと見た中では「ジンギスカン」が細かいところで笑えました。「ジンギスカン作戦」を遂行したどこぞの中将とはなんの関係もなく、笑えます。



 まったくどうでもいいのですが、「鶏肉」を「かしわ」と呼ぶのはどの地域あたりなんだろうと。実家ではかしわでして、鶏肉と呼ぶようになったのは大学以降です。なんとなく懐かしい表現でした。

 若い人に聞いてみましたが、最近はテレビのお笑いがつまらないとのこと。正月に見てもういいとなったようで。ネットで昔の漫才を見ている人が多くてびっくり。いとこいは今でもおもしろいようで、昔のやすきよもこんな面白い漫才があったのかとびっくりしていたようです。いとこいの漫才は、社会に関するおかしみはあまりないのですが、日本語という言語のおもしろさを上手に引き出しているなあと思いました。
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2011年01月23日

下り坂

 なんとなく私みたいなのは今の時代、黙っていた方がよいのだろうと。東京都市圏以外で交通需要が減少傾向を示しているという明確なデータを示されたときに、その先にある名古屋圏や大阪圏の将来をあからさまに描くのは無粋なのでしょう。もちろん、現在のトレンドの上に将来が乗っかっているという保証はありませんし。20歳頃ならば、このような物事を曖昧にする態度は偽善だと感じたでしょうし、今でも同じように感じますが、他方で、人々の多くが根拠なき楽観なくして生きるというのは難しいということも理解できるようにはなりました。表現が悪いのかもしれませんが、大阪府や名古屋市の政治的混乱は理解できなくもない。はっきりと下り坂を迎えるかもしれないという恐れは、それを避けたいという願望を生むのでしょう。あえて誤解を恐れずに書けば、下り坂を下り坂として直視しながら、それを恐れさせずに人々を導くというタイプの政治的リーダーシップというのはないものなだりなのかもしれないとも思います。

 「時の最果て」ですので、まったく異なる話題ですが、最近は階段を上るときに、下るときのことばかりを考えます。はっきりと体力の衰えを感じるので、傾斜が急なときには、下りのことをイメージして体に無理をさせないようにしているという臆病者です。筋肉が下りに慣れるまでは、無理をせず、恐る恐る右足を踏み出して、同じ段に左足を揃えて、再び右足で一段下って、また左足を揃えるという具合でして、もともと自分自身のバランス感覚を信用していないので、途中で普通に降りて、再び、最後の方は用心深く、一段一段下りていきます。

 体力的にははるかに恵まれていたはずの高校時代から万事同じです。陸上部の長距離部に属していたため、図らずもハーフマラソンに挑戦したことがありますが、行きは上り坂、帰りは下り坂でした。目標は完走することでしたが、折り返し地点まで下り坂のイメージをつくることが大半でした。上り坂をひょいひょいとこなすだけの身体能力に欠けいていたことも大きいのですが。下り坂についてどんなイメージをもとうとしていたかといえば、下り坂でスピードを出せば、あっという間に力尽きてしまうだろうと。やはり子どもの頃から大変、臆病だったので、下り坂で抜かれても、けっしてムキにならないことだけを考えていたと思います。平坦な道に戻ったときに、幸い、余力が残っていたので、ゴールまでの2kmはほぼ全力疾走でした。タイムは1時間18分程度でしたので、ごく凡庸なものです。私自身に対するわたくしの態度がこのありさまですから、世の中を悲観的に観察してしまうバイアスがかかっていることも否定はできません。

 仮にある地域社会が下り坂を迎えるとしたら、どのような状況なのか。1人当たりの所得水準の伸び率の停滞や減少などは比較的わかりやすいでしょう。私自身は、不動産などの資産価格の低迷の方が、所得と並んで大きな要因だと思うのですが、控え目にいっても、あまり一般的に受け入れられているとは言い難い。また、経済的な停滞ならば、新しい製品やサービスの誕生によって、それ自体は局所的な現象であっても、衰退に向かう傾向を和らげたり、少なくとも一時的には金銭的な意味での幸福をもたらすこともあるのでしょう。もっとも、明日とまではいかなくても、長期的に生活が物質的により豊かになるという展望がもてない状況に現代人は耐えがたくなっているとも思いますが。

 冒頭で述べた意味での「下り坂」ならば、東京都市圏以外は時期こそ違いはあれ、多くの地域が直面した、あるいはこれから直面する問題なのでしょう。あるいは東京都市圏でさえ、長期的には同じ問題に直面するのかもしれません。それがすべてとは言いませんが、大阪都市圏や名古屋都市圏は、明治維新期の混乱や戦禍などの時期には今日よりもはるかに厳しい状況だったのではないという気がしてなりませんが、戦後、ジグザグはあったとはいえ、基本的に経済的な側面で成長過程にあった都市が停滞し、下り坂を迎えるかもしれないという事態にまだ慣れていないように私には見受けられます。ただし、経済的な「下り坂」ですら、それは諸資源が目的に比して限定されていることを人々に意識させるだけであって、私が鈍感すぎるのかもしれませんが、あるコミュニティが衰退することをただちに意味しないと思います。

 より本質的な「下り坂」は、塩野七生さんが『ローマ世界の終焉 ローマ人の物語XV』(新潮社 2006年)で描いた状況だと私自身は考えております。

 「共同体」(res publica)と「個人」(privatus)の利害が一致しなくなることも、末期症状の一つであろうかと思ったりしている。そして、公共心も、個人が、自分の利害と自分が属す共同体の利害は連動する、と思えた場合に発揮されるものではないか、と(72頁)。


 上記の引用部分は、ある側面では一面的であり、ある側面では幅が広すぎるのかもしれません。私自身は、個人主義的な価値観をもっていると自己認識しておりますが、生を利害計算に還元することにはためらいを覚えます。また、やや平板な感覚ではありますが、「共同体」と「個人」の利害が一致しないことは、ままあります。上記の指摘は、「末期症状」の描写としてはあまりにも範囲が広く、すべての社会は常に末期的であるとすらいえる側面をもっているでしょう。

 「寝言」ですので、自分でも支離滅裂な感じもしますが、塩野さんの表現はそのような難しさを含んでいるとはいえ、冷戦直後にあった「歴史の終焉」のような発想、あるいは思い上がりに象徴される近代西欧社会が生み出した自由と民主主義の理念が、個人の利益と公共の利益の幸福な調和を暗黙の前提としていたことをあらためて実感させるのにはほどよい表現だとも思います。とりわけ、自由ということが個人に還元され、特定の共同体(res publica)が価値に対して中立的であることそのものが価値であるという、今日では暗黙に受け入れられている考え方に対して懐疑を投げかけることの基盤でもあるというところでしょうか。不自由のないところに自由がないという古代人には自明であったことが現代ではかえって不明瞭になってしまったと思います。

 近代以降の自由は、過去の様々な不自由から解放しましたが、それ自体が自由の限定や否定を含まないがゆえに、国家という"res publica"をかえって絶対化してしまったということが今日の「寝言」です。これは「寝言」とはいえ、論理的にあまりに飛躍が大きいと私自身、感じます。また、国家を絶対視する全体主義に対して個人主義的な自由が、いわば「砦」となったことをあまりに軽く見ているのでしょう。私自身、まだ価値に関して混乱しているのですが、個人主義的な自由は、あまりに多くの価値に関する問題を国家にむしろ委ねてしまう傾向があると思います。すなわち、現代の社会が直面している難題は、個人的自由主義が公共の利益に合致しない場合、あまりに多くの役割を国家に求めざるをないということです。


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2011年01月20日

windows7への環境整備

 締め切り間際にWindows7へ完全移行する環境整備を土日にやったおかげで、平均睡眠時間が3時間という日々が連続して肝心の仕事が進まないというバカげたことになりました。とりあえず、Win7をクリーンインストールしてパーティションを分割。ディスク管理からでも十分だとは思うのですが、念のため、インストール時に空き領域を確保しました。初回のインストール時にも感心しましたが、インテルのマトリクス・ストレージマネージャやサウンドカードのドライバなどを自動で最新のバージョンを読み込むので楽です。試しにBIOSでAHCIに設定しておいたら、ちゃんとHDDを認識するのでびっくり。実際にはIDEモードでインストールを進めましたが、いろいろ不満があるので、週末に再度、クリアインストールするときに試してみましょう。ドライブ類がすべてSATA対応なので、BIOSでIDEの機能を切ったら、POST(Power On Self Test)画面が一瞬で終わるようになってXPまで起動が速くなりました。気のせいかもしれませんが、XPの、もっさり感が少し緩和した気もします。

仕事の関係でやむをえず必要なOffice2010やその他アプリを導入して、問題はXPのマイドキュメントに収めていたファイルの移行なのですが、できればシステム領域ではなくデータ領域に設定したい。バックアップをとっているとはいえ、いざというときにデータが消えるのは困るので、システム領域とは別のパーティションに移行したいのですが、7のライブラリ機能がさっぱりわからない。しょうがないので検索してデータのパーティションにフォルダーをつくって移動したのですが、何度か再起動しているうちに、重複しているフォルダーができてしまい、困惑しました。まずいことにシステム領域に関連付けられているフォルダーを削除したら、わらわらと重複するフォルダーができてしまう状態に。仕事ができる環境になればいいやと思っていたのに、ふぬああが使えるのかなとか余計なことをしているうちに、肝心のことが疎かになっていたので、マニュアルでライブラリ機能を読みましたが、相変わらずさっぱり。といいますか、7のマニュアルがライブラリー機能を罵倒しているのはいかがなものかと。どうもカオス状態のようで、素人には手に負えない感じです。

 しっかし、Office2007以降、数式ツールが使いづらくて面倒だなあと。20代のときにTexへ移行しようとした時期もあったのですが、周囲で使っている人がTexできれいな文書をつくることができても内容が・・・・・・という状態だったので中途半端にワードを使っていましたが、2007以降、下位互換がいま一つで困ったなあと。特殊文字もプリンターとの互換性なのでしょうか、オーウムラウトが文書のプレビューでは正常に表示されても、印刷では反映されず、実に使い勝手が悪いです。

 それにしても、1980年頃ですと、たぶんパンチカードで大型計算機に入力していた時代ではないかと思うのですが、30年以上前によくこんな計算をしたなあという文献を読んでいて本当にびっくりです。とりあえず、とてつもなく粗い状態ですが、なんとかスタート地点に立ったので、3年ぐらいかけてみっちりと話をつめていこうというところです。少しホッとしたので、「寝言」を書きましたが、「なまもの」は目を通すのがやっとです。テレビも見てなくて、ツイッターを見ていたら、NHKで牟田口廉也閣下のご尊顔を番組の最初と盧溝橋事件で拝見して、あの方をフォローしなくてはと。番組内容はテープ以外は陳腐な感じであまり記憶に残っていないのですが、やはり牟田口閣下は違いますなあ。昨年の11月ぐらいにムッチーに関するアンサイクロペディアの記事を読んで噴きました。うーむ、連合国のスパイだったと考えると、彼の行動は一貫性を帯びてくる。ルデルとはベクトルの向きが逆ですが、ルデルでもこれだけの「戦果」はあげていない。それにしても、ルーデルのグーグル検索結果はアンサイクロペディアの方が上位に来るという状態はびっくりですね。

 そんなわけで新しいタスクに取り組む状態はできたのですが、グラディエントがでてきて、いきなり休みたい気分に。これは昔やった記憶があるなあと15年前のノートを見たら、自分でもびっくりするぐらい丁寧に計算してあって、同じ私なのだろうかと。40歳をすぎてから急激に計算の見通しが悪くなっているので、これからが正念場でしょうか。正直なところ、「寝言」どころじゃないという状態が続きそうです。
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2011年01月14日

ぐったりするとき やる気になるとき

 ポルトガル債入札で波乱がなく、ホッとしました。先が長そうなので一喜一憂してもしかたがないのですが。今週は手抜きが多くて、年が変わったのにエンジンがかからない状態です。慌ててもなにも変わらないので、周囲が明らかに手抜いているのに気がついて呆れていても、平然としていられるぐらいお腹だけではなく面の皮まで厚くなってしまった感じでしょうか。まあ、手を抜いても、回るように手筈はしてあるので、文句が言いにくいだけかもしれませんが。帰りの電車で読みながら寝てしまいましたが、クルーグマン先生の"Can Europe Be Saved?"という記事は、よくやるなあという感じ。仕事で日本語を使うとき以外は英語ばかり見ている状態なので、通貨同盟あたりでうとうとしてしまいました。中身を吟味する余裕も能力もないのですが、よくやるなあという感じ。あまり見通しが立たないのですが、ユーロ維持のために政治統合が必要となると、かなり厳しいというところでしょうか。ベルギーでさえ、国内がまとまらない状況で、無理に合体すれば、かえってバラバラになりそうな、いかにも素人的な感覚ですが、そんな印象をもちます。

 仕事の方は昨年10月ぐらいから山歩き程度の感覚でしたが、本格的な登山になりそうなので、準備が必要な状態です。仲間がいる方が楽しいのでしょうが、どうも一人旅になりますね。もうちょっと同僚に余裕がある状態でしたら、誘えるのですが、駄話をもちかけるのすら躊躇われる状態でちょっと残念です。傍で見ている分には気楽な感じだと思うのですが、迂闊に上ろうとすると酸欠で苦しむこともありますし、下手な道に入ると迷うだけではなく地滑りにあうこともあります。足元をしっかりと固めながら、用心深く道を選ばないと遭難しますね。この種の怖さは経験しないとわからないと思います。30代で血栓性静脈炎を連発したのは、明らかに準備不足のまま、突っ込んでいって二進も三進もいかなくなったことが遠因じゃないかと勝手に感じております。しっかし、自分のおつむの悪さには、もう40年以上付き合ってきたはずですが、疲れます。CPUのように取り替えができればよいのですが、この悪い頭と付き合っていかざるをえず、普通の人が半分の時間で終えることを倍の時間をかけるしかないなと感じます。

 他方で、目指すべき地点が以前よりは明確になってきたことはやる気が起きます。凡庸な人間には目標地点がはっきりしていないと、なかなか耐えられないものだと思います。次のような心境にはあこがれもあるのですが、なにか仕事をしてからの話なのでしょう。

 かくして,今日の自然科学は,思惟による実在の把握が可能であるかどうかという古い問題をあらたに提起し,しかも幾分ちがったしかたで解答を与えるように,自然それ自体によって,以前の自然科学以上に,余儀なくされている.以前には,精密科学の典型なるものは,特定の真理――たとえば,デカルトの「われ思う故にわれあり」のごとき――がすべての世界観的諸問題を把握するための出発点をなす哲学の諸体系を導くことができた.しかしながら,今や,自然はわれわれにきわめて明らかに警告した.かような固定した作戦根拠地から認識可能なものの全地域を開拓しようと希望してはならぬ,と.むしろ,われわれは,本質的に新しいどのような認識のためにも,海の彼方にふたたび陸地を発見するために,まるで気ちがいじみた希望をいだいてこれまでに知られているすべての土地を離脱する勇気をもっていた,コロンブスの境地にくりかえし新たに入っていかなくてはならないであろう.(22頁)

 われわれが以前の自然科学よりもより多く知っているのは,認識可能なもののすべての領域に通じる通路の確実な出発点は何もないということ,むしろかえって,すべての認識は,いわば,底なき深淵にただよわなくてはならない,ということであり,そうして,われわれは,いつも,その中間のどこかで,適用することによってはじめて一層明確な意味を次第にもちうるようになる概念を用いて実在を語ることにとりかからなくてはならないということ,そうして,論理的,かつ数学的な正確さについての要請をことごとく満足する最も明確な概念体系でさえ,限られた実在領域内でわれわれに行くべき道がわかるようにしようとする暗中模索的な試みであるにすぎない,ということである.(124頁)

ハイゼンベルグ著(田村松平訳)、『自然科学的世界像』(第2版)、みすず書房、1979年。


 サンデル先生のおかげで私自身は、善なるものよりも真なるものへの執着が強いことに自覚しました。真善美をわけるのは、なにかいかがわしい部分があると思うのですが、どうも性癖というのはどうにもならないもので、善悪よりも真偽の方に妄執があるようです。「善き生」を拒絶するというよりも、真偽の世界には常に博打的な要素があり、負けることがほとんどなのですが、どうもリスクを負うということがなければ、生きているという実感がないというところでしょうか。社会的にみれば、40歳をすぎて自分の考えが誤りだったというのは恥ずかしいものですが、厚顔無恥な私はそれまで考えていたことがガラクタになり(もちろん、そのときにはかなり落ち込みますが)、次の道を探すということがなければ生きていけないようです。



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2011年01月11日

底冷えするユーロ危機

 なぜか、年末から1994年の出来事のトラウマに苦しみましたが、単なる躁鬱なんでしょうか。しかし、元旦の朝も夢まで見て、びっくりしました。15年以上も、自分でもしつこいなあと。後悔先に立たず。覆水盆に返らず。結婚なんて種々の打算と感情に関する妥協の産物という観念を経験的に植えつけられたので、真剣に絆を求められるという事態に直面して、当惑してしまったのでありました。1月3日に新年会で古傷を嫌というほどいたぶられたおかげで、けろっと直ってしまったのが不思議ですが。旧友から電話があって、他の用件もあったのですが、ちとネットにはさらしにくい話がメインでした。私と違って「婚活」しているようなので、ちらっと様子を伺いましたが、苦戦中の様子。今年で42歳になるのですから、もうそろそろ観念しろよと自己暗示をかけたりするのですが、なにしろ即物的でして、具体的に相手がいないのに、将来のことを考える想像力がなく、いまだに相手によって結婚が前提とか考えることができない幼稚さです。

 それはさておき、気象もあるのでしょうが、朝が憂鬱ですね。あ、今日は休日だったっけと月曜日に目を覚まして、適当に朝食を済ませて、PCの電源を入れて、適当に放置して、ノートン先生を起こしてアップデートを確認して・・・・・・冷静に考えると、のんきな話です。開いた先がグーグルのリーダーだったのが運のつきでして、ユーロ圏の「寝言」は書いたし、放置しておこうと思ったら、"Calculated Risk"が"Europe Update: Portugal"という記事を配信していて、"If the bond auction goes OK, maybe yields will fall. If not, we might see the 'intensity of deliberations' increase next weekend."(債券の入札がうまくいけば、イールドは下がる。不首尾なら、来週末までに「熟慮の厳しさ」が増すだろう)とあって、血が凍りそうになりました。前回、引用した記事からいけば、ポルトガル国債の"haircut"(どこぞの某FRB議長並みに刈り込まれるのでしょうか)がどこまで進むのか、"haircut"では済まず、実質的に市場から資金を調達できない状態に陥るのか、わからない事態が想定されるというわけでして、室温は朝にしては18度と温かいのですが、寒気がしました。のろのろとリンク先の記事を読んで、さらに憂鬱に(Wall Street journalが2011年1月10日付で配信したMarcus Walkerの"Portugal in Market's Hot Seat"という記事)。先週、金曜日にポルトガル国債の10年物の金利が7%を超えたとのこと。水曜日には国債の入札があり、ここが分岐点の一つになるようです。

 さらに、問題はスペインで、これは月曜日の晩に読み込んだ、やはり"Calculated Risk"の"Europe Update"という記事でも触れられています。こちらは後回しにして、WSJの記事に話を戻すと、ポルトガルの入札が不首尾に終われば、スペイン、そしてベルギーにも投資家のパニックが波及するおそれがあると指摘しています。スペインは、ドイツ、フランスイタリアに続く、ユーロ圏で4番目の経済規模の国であり、スペインまでもが市場の不信の対象となれば、収拾がつかなくなるでしょう。また、ベルギーについては、下記の指摘をしています。

Belgium's political paralysis worsened last week after the mediator of talks between parties representing the country's two main language groups tendered his resignation. Belgium has had no government since elections in June, leading to fears that the country won't act to rein in its high debts.


 "Belgium has had no government since elections in June"とあるのにびっくりしました。フランドルとワロンの対立でしょうか。このあたりはベルギーに詳しくないので、確かに、「道路」ではなく「国」なのでしょうが、昨年6月から無政府状態というのは驚きです。経済規模からすればスペインが大きいのでしょうが、政治システムが脆弱な国は、今回の危機を和らげることすら困難でしょう。しかし、当座の問題はポルトガルが市場から資金調達ができるかという点になります。この点では、1月17日にユーロ圏の財務相会合が予定されており、記事はこの会合でポルトガル国債に対する市場の態度が明確になるだろうと指摘しています。

 ギリシャ救済後に設立された欧州金融安定化ファシリティ(EFSF: European Financial Stability Facility(参考))がアイルランドに続いて、ポルトガルにも適用されるだろうと記事は指摘しています。緊縮財政をポルトガルが受け入れる姿勢を示しているとともに、ドイツが条件について歩み寄りを見せていると指摘しています。ポルトガルが崩れれば、スペインにも波及するという状況ではドイツも譲歩せざるをえないのでしょう。他方、記事によれば、ユーロ圏共通の債券発行には反対の姿勢を崩していません。ドイツ自身が苦痛に満ちた改革を行わなくてはならず、ドイツ自身の財政資金のコストを引き上げる"E-bonds"の創設には、反対の立場を崩していません。2010年1月8日の「寝言」で粗雑なメモをしたWSJの記事でも、"E-bonds"の創設にはドイツだけではなく、フランスも反対の立場です。これまでの経緯からすると、ユーロ圏の「弱い環」の財政危機が悪化すると、後追い的に独仏が関与を深めるというパターンですので、1月8日の「寝言」ではユーロ圏の政治的統合は無理だろうと述べましたが、徐々に独仏の選択肢が狭まっている印象があります。

 他方、ドイツがユーロ圏では安定的に市場から資金を調達できるといっても、限度があるのでしょう。1月8日の時点で想定していたよりも、ユーロ圏諸国の協調は進んでいる印象がありますが、仮に救済がポルトガルにまで広がった場合、緊縮財政を強いられる国は不満をもち、救済に必要な資金を担保する国では政治的な説得が困難になる可能性が高いでしょう。カネがある国がそうでない国を助けることが「正義」だとしても、それが政治的合意の形成を可能にするのかは疑問です。

 それにしても、人様の間の悪さをこきおろしましたが、私自身の間の悪さはさらにひどいものです。年末にWSJの報道を読んでいなかったら、ユーロ圏の困難に気づかなかったでしょう。私が大変だと感じるときには、既にことが起きていることがほとんどですね。また、2008年9月に、「金融における"Doomsday Machine"」という「寝言」を書いたときには、内容は今、読み返すとあまりに稚拙ですが、まだ肚が据わっていたように思います。アメリカのメディアやブロガーほど冷徹になれないひ弱さを感じた休日でした。



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2011年01月09日

NHKはやればできる子?

 久しぶりにNHKスペシャルを見ましたが、感動しました。これほど直接的な民主党中心の連立政権への痛烈な批判ができるとは。しかも、見るだけでうんざりする顔が出てこないというのは大したものだ。見通しの甘さ、戦略以前の計画性のなさ、悪い選択を悪いタイミングで行って事をこじらせる間の悪さ、そしてなによりも、政治的リーダーシップの欠如ときては現政権の描写を凝縮しているような。ポーランドまで防共協定の手を伸ばしていたというのは初耳でしたが、ここまで現政権をdisる番組は初めて見ました。驚きです。
posted by Hache at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言

2011年01月08日

ドービル協定の破壊力 ユーロ圏の憂鬱

 昨年末に、リーダーが読み込んだWall Street Journalが2010年12月27日付で配信したCharles Forelle, David Gauthier-Villars, Brian Blackstone and David Enrichの"As Ireland Flails, Europe Lurches Across the Rubicon"という記事を読んで、憂鬱になりました。年が明けて1月6日付でCalculated Riskは"EU Proposes Bank Failure Plan, European Bond Spreads Increase"というエントリーをアップしました。グラフがあまりに雄弁で言葉を失いました。昨年も2月ですが、「ヨーロッパを変貌させた「ギリシアの悲劇」 "The Greek Tragedy That Changed Europe"」という「寝言」を書いておりましたが、メモをつくるだけでぐったりしました。今回は、なんともいえない沈痛な気分です。"As Ireland Flails, Europe Lurches Across the Rubicon"は政治プロセスの描写が中心の記事ですが、今回もメモで終わらせる予定です。ユーロ圏の人々になにを語ることがあるのか、言葉すら出てこないというのが率直なところです。

 メモでも作ろうかと思っておりましたが、もたもたしている間に、日本版にが出ていました。実は、日本語版はほとんど読まず、"Deauville pact"を「ドービル協定」と訳すのか、「ドービル条約」と訳すのか迷っていたところ(元旦には「ドービル」と「協定」で検索してもこれという記事はありませんでした)、「ドービル協定」で検索したら、ヒットしたというだけの話です。Calculated Riskの簡潔なグラフは、2013年から債務不履行に直面したユーロ圏諸国の債券の損失を投資家に負担させるという、ドービル協定の「破壊力」を如実に示しています。また、私自身がユーロのしくみに詳しくないため、ECBがアイルランドの銀行に融資した830億ユーロの、一部でも、返済ができなくなった場合、どのように負担するルールがあるのかが不明です。

 「なんだかややこしいユーロ圏」という「寝言」ではこんなことを書きました。パッと報道を追ったときに、感じた素朴な実感でしかないのですが。

交渉のアクターは、ファンロンパイEU大統領、バローゾ欧州委員会委員長、サルコジ仏大統領、メルケル独首相、トリシェECB総裁、パパンドレウ・ギリシャ首相と多いですなあ。EUをバカにするわけではないのですが、交渉に関わるアクターが増えるだけで厄介な気もしますが。


 ナイーブすぎる感覚でしょうが、政治的合意をえるときに、利害が相反するアクターの数が多いというのは不幸なことでしょう。日本の知識人がバカだから不良債権問題を10年間も解決できず、ヨーロッパの知識人は良質だからなんとかなると思える方は幸せでしょう。おそらく、アジア通貨危機の前の住専問題ですら、どれほど政治的説得で苦労したのかということもお忘れの御様子で、歴史はおろか、経験からすら学習しない方が幸せなのでしょう。WSJの記事は、危機によってユーロ圏の絆が深まった側面を強調するトーンになっていますが、債務危機に陥った国を救済するために、政治同盟を強化することをドイツの政治家が自国民に説得することがどれほど困難なことか。また、説得される側からしても、仮に頭でわかったとしても、消極的にですら、支持するのは非常に難しいと思います。

 「寝言」というよりも妄言の域ですが、より根本的な問題として経済的相互依存を基礎に国家が形成できるのかということがあるのでしょう。まったく例外がないとはいえないのですが、近代国家に限らず、国家の本質は、その領域内で、軍事力を中核にして強制力を独占していることだと考える古臭い人間ですので、もう一度、欧州大戦でもやるバカが出てこない限り、ヨーロッパの政治的再編というのは非常に困難だと考えております。李克強の欧州訪問に関しては、Wall Street Journalが2011年1月7日付で配信したMarcus Walker and Jason Deaneuの"Aims to Seal Deal With Beijing"という記事が主として外貨準備の価値保全など中国の経済的利益から説明しています。外交に練達した人物であれば、ある交渉を経済的利益のみから行わないのでしょう。70年近く大国間戦争がないという状況が生み出した先進国に住む人たちの幻想が覚めないことを願わずにはいられませんが(結婚と同じく幻想から覚めない方が幸せなことが多い)、幻想を打ち破るとすれば、それはやはり中国なのでしょう。


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