2011年02月22日

悩ましい地方政治

 アラブ諸国の動向から目が離せない状態が続いているのですが、国内も少なくとも斜め読みぐらいはしなくてはと思うのですが、民主党中心の連立政権のゴタゴタは読むだけで萎えますね。これには「寝言」も浮かばない惨状なので、おそらくは民主党亡き後、国政レベルでは再び自民党中心の政権が生まれるのかもしれませんが、今年に行われる統一地方選挙は国政にも影響をおよぼすのかもしれません。

 他方、名古屋市の市長選挙と市議会のリコールの問題には今一つ興味がわかないのが率直な実感ではあります。名古屋市の公式サイトが公表している「平成22年度予算のあらまし」(参照)を見ると、PDFファイルの全ページ版の7頁では「厳しい市の財政状況」とあって、次のページをめくると、「収支不足への対応」として市民税減税161億円の財源として行財政改革によって185億円を捻出すると読める表があり、どこぞのいい加減な政党がムダの排除で財源をと主張していたのを思い出させる光景です。「通常の収支不足額」321億円に義務的経費の増と並んで市税の減収が挙げられており、悪い冗談なのかと。所得割の部分や法人事業税、固定資産税が減収になれば、実質的には減税と同じ効果なわけでして、加えて市民税の減税を行うのは何の効果をねらっているのかさっぱりわかりません。しかも、「臨時財政対策債」はまだしも、「行政改革推進債」というのは「時の最果て」でも思いつきそうにない「寝言」、あるいは悪い冗談のようなネーミングでありました、行政改革を進めて市民税減税を進めるという一方で、行政改革を推進するために、借金を増やしますというのは、いくら私の本籍地とはいえ、あまりの話です。「減税日本」の公式サイトを見ても、あまりのアバウトさにやはり帰るべき故郷は静岡県だなあという気分になります。

 実は、名古屋市長選挙の後で、この表を見て、民主党亡き後の政界も大変だなあと。民主党がいうなれば自民党の劣化コピーならば、その後にくるのかもしれない地方政党は、民主党の劣化コピーとなるわけで今後10年ぐらいは日本の政治システムは麻痺状態が続くというのが2月の中頃までの見通しでした。ため息が出ます。アメリカ外交は、日本外交と異なって、今回のアラブ諸国の反乱にさほど選択肢があるわけではないとはいえ、様々な影響力を行使せざるをえないでしょう。アジアでは中国の台頭に日本が中心にアメリカ外交を補完してくれれば、多少は負担が軽くなるのでしょう。しかし、地方政治の動向が国政に影響力を与える情勢になれば、中国に対して日本の利益から防波堤になるというのは極めて困難な情勢になるのでしょう。

 もう一つの「策源地」である大阪も名古屋と同様、ダメだろうと。昨年の11月頃に、「大阪維新の会」の公式HPを見ましたが、なんじゃこりゃと思いました。本を読んで勉強しろと大阪府民にお説教をしていて、ある意味では開き直っていますが、「大阪都」構想でなにがかわるのかが不明確で、名古屋市と愛知県の動きを見ながら、混乱した時代を迎えそうだなあと鬱になっておりました。

 しかし、先週、見ると、「大阪維新の会マニフェスト」がいつの間にかアップロードされていて、「マニフェスト」という言葉を見ると、できもしないことを書いてあるのですねという先入観がありますし、いかがわしい「成長戦略」という表現もでてくるのですが、名古屋市の派手な減税と比べて、具体的な成長戦略が地道な話でしたので、意外感がありました。インフラストラクチャー整備に偏っている印象もありますし、インフラを整備して人材が大阪市・大阪府に集まるのかは疑問もあるのですが、とりあえず減税というわが本籍地に比べると、はるかに政策的な方向性は戦略性があるように思いました。端的に言えば、金融危機を経験するまで不交付団体だった愛知県と名古屋市とそうではなかった大阪府と大阪市の違いもあるのでしょうが、それが的確かどうかは別としてまだしも大阪維新の会は長期的なビジョンを打ち出しており、成長戦略の遂行と「ONE大阪構想」との関連はかならずしも自明ではないと思いますが、少なくとも政策立案そのものは練られているという印象をもちます。

 「大阪維新の会」のマニフェストの資料編は興味深く、ここでも「大阪都構想」は成長戦略を実現する手段として首尾一貫して位置付けられています。ほほおと思ったのは、大阪市が「最貧地帯」という一昔前のWBSが好んで描いていた大阪市の現状を率直に認めているあたりでしょうか。実現可能性は別として、大阪市・大阪府の持続的な経済成長を促し、成長の果実を再分配して貧困を克服するというのは、それができるかどうかを別にすれば、筋が通っていると思います。18頁のグラフと表を見ると、大変どすなあと思いましたが、年収200万以下の世帯が総世帯の約4分の1を占めるというのは、さすがに尋常ではありません。個人的には、この資料の出所が意外でして、こんなデータをどうやってとるのだろうかと思ったら、総務省の「平成20年住宅・土地統計調査」(参照)から作成とのことで、これは恥ずかしながら、知りませんでした。マニフェスト本体では横浜と比べて、貧困層が多く、富裕層が少ないということを強調しており、それ自体はそうなんだろうなと。他方、「平成20年住宅・土地統計調査」を見ると、意外な傾向もでてきます。「続き」はごく簡略に大阪市と横浜市の意外な共通点と相違を見てみます。


続きを読む

2011年02月18日

新しい時代のNHK

 過疎地ではありますが、どれぐらい鄙びているのだろうかと覗かれる方が、午前9時から午前10時ぐらいとお昼時に偏るようです。お食事中の方には申し訳ありませんが、先週から断続的にお腹を下しておりまして、厳しい状態ですが、木曜日は若干、回復しまして、多少の遠出も可能になりました。長時間の移動に手洗いがない電車での移動は非常に危険ですので、遠い方が助かることもあります。まったく畑違いですが、最近、放送の動向がわからないと本業に差し支えることがでてきているので、とある勉強会へ。初心者にもわかりやすく、NHKの事業展開についてプレゼンがあって、なるほど。名古屋市の財政問題を調べていたのですが、HPの市税減税の説明があまりに大雑把で投げ出しましたが、民主党亡き後、「地方の反乱」でさらに政治システムの麻痺が進みそうで、気にはなっているのですが、手が回らない状態です。日本放送協会の方のごく内輪の勉強会でのお話はど素人には非常に勉強になりましたので、自分用にメモです。なお、イニシャルでさえわかる人が見たら一発でわかるでしょうから、スピーカーの方については完全に黙秘させていただきます。

(1)メディアの変化とNHKの対応

●全体として、従来のメディアから通信と放送が融合していく過渡期。中途半端な時期であり、技術を含めて新しいメディアのあり方を予想するのは難しい。他方で、不確実な環境下で公共放送の新しいあり方を構想する時期でもある。パッケージ商品に関しては、CDやDVDなどからオンラインのデジタルコンテンツへの移行期であり、書籍等に関しては電子化への移行期であり、海外放送に関しては欧米圏から新興国への移行期である。

●IPTVの出現によって、テレビは放送事業者の独占ではなくなる。プラットフォームを提供するGoogleなどと競争しつつ、どのように連携を図るのかを構想している。また、キャリア(通信事業者)との連携も進めている。

→CATVが再送信だというのは初耳でした。冷静に考えれば、CATVを利用している段階でIPTVサービスを利用しているわけですが、利用していても、気がつかないことが多いのですね。IPTVの出現によって、タブレット型端末やスマートフォンが普及すれば、テレビ受像機など受像の形態が多様化し、放送事業者の独占ではなくなるという点はわかりやすいです。他方、固定電話が移動体電話に逆転されたほどの変化が生じるのかはやや疑問に思います。

 通信事業が足回りを抑えているのに比べると、放送事業者が近年の変化への対応に関して、かなり意識的になるのでしょう。どうでもいいのですが、NHKの経営委員会って経営の感覚がないという嘆きが言外に伝わってきたのは気のせいですか、そうですか。

(2)環境変化への対応を妨げる制約

●総務省との協議によってインターネットにおけるコンテンツの配信は放送済み番組のみで、インターネット向けの独自のコンテンツ制作はできないのが現状である。

●著作権団体との関係に関しては、コンテンツ配信に対してフィーをどのように配分するかなど、ビジネスモデルが存在しないため、整理が容易なコンテンツからインターネット配信やビデオオンデマンド(以下VOD)を行っているのが現状である。

→ここが素人にはわからないことだらけなのですが、放送事業による縛りというのは素人の想像以上に厳しいのかなと。他方、これは私の想像ですが、公共放送が受信条件が限られているコンテンツを製作するのはやはり問題なのかなあと。著作権はわけがわからなさすぎて、知財の人も敬遠するぐらいですから、縦割り行政の弊害というあたりで素人としては思考を止めたいところです。

(3)海外展開

●欧米からアジア重視の事業展開を行っている。上海のSMGには「東京カワイイ」を提供して、現地では高い人気をえている。また、『竜馬伝』は、台湾メディアから早い段階で配信したいというオファーがあり、韓国、(次は聞き間違えている可能性あり)タイなどでも放送される予定である。
●公共放送の使命として、アルジャジーラと提携して「こどもチャンネル」を、ボツワナでは教育チャンネルを配信している。

●(質疑応答にて)ポップな内容のコンテンツを配信する場合、杭州では現地で人気のあるアイドルとタイアップしないと、事業展開は失敗する。民放との提携やキャラクターを含めた総合的な取り組みが、アジアでの事業展開では不可欠である。

→アルジャジーラとの提携がかなり深いのが印象的でした。懇談会で伺った話では、英米圏のメディアは中東では配信できないことが多いそうです。例えば、イスラエルにおける従軍拒否などはNHKが取材してBBCに配信しているとのこと。NHK作成とあれば、イギリス国内でも放送しやすいそうです。

 『竜馬伝』に関しては、これを機に高知や長崎を訪れる台湾人や韓国人が増えているとのことで、海外展開と地域振興がリンクしている側面もあるそうです。これは、地味ではありますが、興味深いです。ソフトパワーとしてファッションやライフスタイルのみでは東京に集中してしまいますが、他地域のもっている魅力が海外に伝えるというのは地道に続けてほしいなあと思いました。

 ドラマ『おしん』は、私の聞き間違いかもしれませんが、アジアで当初ODAを活用して配信されていたのが、現在でも人気番組で既に商用ベースに乗っているとのことでした。不謹慎ですが、今の日本国内ではある年代から下には無理目の番組なので、途上国で視聴されるのはありがたい反面、痛し痒しの感もありますね。

(4)平和アーカイブスへの取り組み

●平和アーカイブスに関しては種々の批判があることは承知している。他方で、先の大戦で戦地に赴いた兵士や被爆者の高齢化が進んでおり、10年以上前から語り部がいなくなることに危機感をもって番組を制作している。海外では日本は平和国家というイメージをもたれている。今後も、そのイメージを強化するコンテンツを充実させていきたい。

→実は、平和アーカイブスをほとんど見ていないので、コメントが難しいのですが、この種の情報発信の賞味期限はあまり長くないのではとも思います。過去ログではあまり触れていないのですが、私自身はコミュニタリアンではないのですが、先の大戦への道徳的的責任そのものは私どもの世代も負うと考えております(政治的にどのように演出するのかは別の問題)。他方、韓国人がほとんどなのですが、なぜ日本だけはアフガニスタンでも給油活動で済んでいるのかとかと言われてしまうこともありました。長期的には平和維持活動やODAをはじめとする種々の海外支援など、地味であっても、戦後において実際にやってきたことを淡々と発信した方がよいのではと思います。一例として、「自由と繁栄の弧」を中国封じ込めとして描くよりも、華々しさには欠けるとはいえ、戦後、日本外交が積み重ねてきた努力を後付けとはいえ、戦略的な意味を与える政府の努力が前提ですが。

 ずいぶん畑違いの勉強会に参加しましたが、消化しきれていない部分も多いので、ノートを元に、懇談会の内容なども若干、混ぜてメモしておきました。3年ぶりぐらいにあるキャリア関係の研究所のSさんとお話しましたが、数年前は「ダークファイバー」なんて言っていたのが、これだけトラヒックが増える可能性が高くなると、有線・無線を問わず、インフラ投資にどのようにインセンティブを考えないと、まずいですねえなどと話していました。Sさんの謙遜ではキャリアなんて「土管屋」ですよとなるのですが、「土管」の整備とメンテナンスは意外と大切でして、昔のように、とにかく電話の普及率を上げる(昭和の時代には加入申請しても電話回線の敷設が数ヶ月遅れるというのが常態でしたから)とも異なる時代ですので、単に光ファイバーを全国に敷設するというのはばかげているだろうと。それにしても、15年前からVODの実験をアメリカではやっていて失敗していたのですが、実際に需要が生じる時代になるとはねえと。新端末の出現が大きいのは間違いないのですが、需要条件の変化はキャリアの人もわからないことが多いようです。

 場違いな感じでしたので、少数でしたが懇親会では片隅でおとなしくしていたら、こんな会話をしているうちに、あっという間に名刺がはけてしまってびっくり。下○をおして遠出した甲斐がありました。


続きを読む
posted by Hache at 09:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 情報通信技術関連

2011年02月16日

鬼手?

 エジプト情勢は一段落という雰囲気が日本語のメディアでは漂っています。米紙は、エジプト情勢に関して気になる記事やイランなどへの飛び火に関する記事を配信してはいるものの、電子版の一面からは消えていますし、似たような雰囲気でしょうか。「寝言」も苦手な「なまもの」が続いたので、一休みしたいところです。国内は目を覆いたくなる状態ですし。

 日曜日から見始めたニコニコ動画の「羽生マジック集」というシリーズが、投降した方には失礼ではあるのですが、余計な演出が多くて見るのに時間がかかるのがやや難ではあります。他方、紹介されている棋譜や解説そのものはよくて、内容そのものは楽しめます。日曜日に一気に5回分を見たのですが、次の一手形式で羽生現名人(古い棋譜が多いので肩書が悩ましいのですが)の指し手を当てるのですが、なにしろ私の棋力では三回に一度でもあたればよい方です。読んだ上での予想ではないので、当たったという表現がぴったりでしょうか。

 思えば、羽生名人が1996年に谷川浩司王将(当時)から王将位を奪取して七冠を制覇した後で、私にしては珍しく世間で話題になっていたので、再び将棋に興味をもつようになった大きなきっかけでした。動画を投稿した方は羽生ファンとのことですが、当時はインターネットで棋譜を見る機会はなく、『将棋世界』などの雑誌を買うほどではなかったので、「羽生マジック」と言われても、なんかすごいという程度でした。この動画のおかげで、すごいなあと。平日はゆっくりと見る時間も少ないので、水曜日にようやく「その7」の前半と後半を見終わりましたが、1990年に谷川二冠(当時)が羽生竜王(当時)から竜王位を奪取した将棋で羽生さんが一矢を報いた将棋はあまりにすさまじく、解説が行き届いていたので、両対局者の終盤の読みの深さに感心しました。素人目にも投了図は美しく、はあとため息が出ました。死力を尽くした最高峰の戦いはすごいなあと。

 で、私自身が困惑したのは、「羽生マジック集 その6 初タイトル編 前半」という動画の21分あたりの局面です。「目の覚めるような鬼手」という表現がでてきたのですが、▲3四歩と叩いて金を上ずらせて、次の一手は流れから考えても▲○○銀(ネタバレですのであえて伏字ですが)だと一目見て思ったのですが、素人の浅知恵だし別の手かなあと。3四の金が離れてくれれば、▲2四歩で詰み筋が見えてくるので、これ以外に手があるのかなあ、でも、鬼手というぐらいだから私じゃ見えない手だろうなと思っていたら、当たっていました。素人にはわからないのですが、それほど見えにくい手とは思えず、これが鬼手なんだろうかと。評価に文句をつけたいわけではなくて、強い人ほど見えにくい手なのかなあという感じです。難易度の設定は最高よりは低いので、それほど難しい手ではないという評価なのですが、ちょっと不思議な気がしました。うまく表現できないのですが、棋力が低い方が手が見えないだけに、かえって狭い選択肢の方がパッとわかることもあるのだろうかと首をひねりました。

羽生マジック集 その6 初タイトル編 前半



 そういえば、昨年の12月ぐらいまでなんとか第23期竜王戦七番勝負を見ていましたが、難しすぎて第5局あたりから疲れてしまいました。投稿した方は羽生名人が渡辺明竜王に敗れたのがショックだったようですが、私は無謀だという自覚はあるものの、最初はなんとか頑張れるのですが、私の8ビット機なみの性能では途中でくたびれてしまいました。第21期も見ていたのですが、やはり途中でぐったり。アマチュアの場合、確か初段からですが(奨励会を目指す子どもたちは級からだったかな)、初段は無理だろうなと。見ている棋戦はすべて羽生名人が絡んでいるので、ファンといえばそうかもしれないのですが、特にどちらを応援するという感覚もなくて、眺めているだけでも、おもしろいなあという感じです。

 3月ぐらいになったら、昔風に角筋を止めて中飛車という程度の気力の人と指してみたいですね。強くなりたいというより、縁台将棋みたいにまったりと、王手飛車を食らったら待ったをお互いにしながら、というのが理想的でしょうか。ヘボ将棋ですと、「三手の読み」もお互いに一致しないことが多いのですが、それもまた楽しいのかなと。

(追記)「続き」を書いておいてなんですが、肝心のことを書き忘れておりました。星一つが手筋、星二つがアマ有段者、星三つがプロもうなる妙手、星四つが羽生名人ぐらいしか思い浮かばない絶妙手とのこと。中盤の難所で星二つはまったくわからないのですが、終盤の星4つはヒントが多いと、これぐらいしかないだろうとなります。解説で次に詰めろがかかりますよ(最近は二手すきという言葉を見なくなって死語ではないのかもしれませんが、年を食ったのだなあと)とあれば、王手をかけるか詰めよをかけるかしかなくなるので、かえってわかりやすい部分があります。もちろん、制限時間内では無理ですが、前の手順が見えていて、なにをやるべきかがわかっていると、難易度とはかけ離れてしまうような。まぐれとはいえ、当たってしまうと、ちとありがたみが薄れるのが難点です(指し手が羽生名人というだけで詰め手順が見えていることを前提に指し手を考えればよいので、当てるだけなら素人でも可能)。ただ、「その7」の最後はおそろしく、谷川二冠が詰めよ逃れの詰めよの一手を指していて、この時点ではとっくに秒読みのはずですが、両者とも化け物じみた感じです。動画の趣旨ゆえ、羽生名人が勝った将棋しか取り上げていないのですが、対戦相手の凄さも、有段者ではなくても実感できるというおまけがついてきます。

 それにしても、投稿した方はアマ四段とのことですが、恐ろしい棋力です。トッププロの将棋なんて鑑賞というより、眺めているという感じでしょうか。感覚的にどんな駆け引きをしているのかなあと。手順や形勢判断などとても言葉で説明しなさいと言われれば、無理です。小学生低学年ぐらいの夏休みのときに、アマ二段の方に稽古してもらいましたが、全くといってよいほど歯が立たず、人生を間違えずに済みました。ガキというのは怖いもので、勝つ喜びを覚えると、もっと強くなりたいとか分不相応の欲をもつので、早いうちに人生の可能性を潰して頂いたのはよかったのかも。囲碁も楽しそうなのですが、敷居が高いなあ。ニコ動でプロ棋士とのネット対戦の番組があるそうなのですが、ちょっと味気ない感じ。ヘボ将棋の楽しさは、相手が間違えたときや形勢がよいと考えているときに、表情や素振りに出るあたりで、ネットではわからない部分が大きいものですから。時代に適応することをほどほどに拒否しないと、生きづらいだけではないかというのが、「時の最果て」の「寝言」そのものというところでしょうか。


続きを読む
posted by Hache at 07:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2011年02月13日

エジプトの騒乱とオバマ政権の外交

 2009年の総選挙以来、政治的混乱のなかにいる身としては、手放しでデモクラシーを評価する気にはなれないのですね。そんな目でついついエジプト情勢を見ているので、かなりバイアスのかかった情報ばかりを拾うことになるのでしょう。ムバラクが辞任して、デモが落ち着くだろうかといえば、否定的でしたが。一度、「壁」が崩れると、後始末はなかなか大変だろうと。

 英字紙のオピニオンで共感できたのは、Wall Street Journalが2011年2月4日付で配信したEdward N, Luttwakの"A Quick Mubarak Exit Is Too Risky"ぐらいでしょうか(インドが民主主義国から外されているのは違和感がありますが)。有料なので直接リンクを貼るのは避けますが、経済状況や貧困の問題から入って、安全保障上の要注意点を手際よくまとめているなあと。冷徹さを感じるあたりは、アメリカ化されたエジプト軍が、ただちにイスラエルの敵となることはないだろうと。アメリカからの供給なしでは戦争できないという指摘はなるほどでした。また、アメリカ以外の国の装備に切り替えるにしても、200億ドルもの資金と10年もの年月が最低でも必要だろうという指摘も興味深いです。西側諸国のエリート連中は全員一致で"Mubarak must go now!"と確信しているだろうというあたりも、マイノリティとしてはそんなところでしょうなあという感じです。どうも高等教育が本当に役に立たないというのは日本だけではないようで、断崖絶壁から身を投げるときには目をつぶったときという簡単なことすら理解できずに、一生を終えるエリート様を量産しているようにしか見えなくなる時もあります(これだからどこぞの島国は自殺者が多(以下自粛))。

 話が変わりますが、Washington Postは、先日の報道以来、取り扱い注意扱いです。英字紙といえども、信用しているわけではなく、いつもグーグルの検索結果をリンクするようにしています。疲れているときについつい筋の悪い記事を拾ってしまった2011年2月6日の「寝言」で引用した記事に関しては、グーグルの検索結果に修正前の記事がトップにきていて、やはりエジプト国営通信の誤報を基に記事をネットで配信して、後で断りなく修正したようです。ちょっとひどいなあと思ったので、WaPoのエジプト関連の情報については、当該記事を流した記者を中心に要注意とみておりますが、2011年2月12日配信のCraig Whitlockの"Elated protesters 'staying put' in Tahrir Square until democracy demands are met"という記事はさすがに出鱈目ではないだろうと。これも外すようだったら、エジプト関連のWaPoの記事は読まないでしょう。デモの中心人物は、まるで『ドラえもん』の世界のように民主主義を望めば実現すると思っているようで、ムバラクが退いて軍が前面にでてきたときに、急進化しなければよいなあと思います。

 床屋で今回の騒乱は、実質的には軍部のクーデタなんですかねと尋ねられて、ほおと思いました。穿った見方は好きではありませんが、1月末の段階ではその線を考えなかったわけではないのですが、軍部の側に明確なリーダーがいて、ムバラク追放に向けて布石を打っていたにしては手際が悪い印象だったので、それはないでしょうと。「時の最果て」らしく、ここはやはり「気分」をもちだしたくなるところでしょうか。デモそのものは、それ以前と同じくある種の「はずみ」から生じたものの、たいていはムバラク指揮下の治安警察が大規模化する前に鎮圧してきたのが、今回は失敗してしまった。便利な表現としてはタレブさんの「ブラックスワン」みたいなものでして、ある閾値を超えてしまうと、雪だるま式に騒乱が拡大して、軍が事前になにか計画をもっていたというよりも、対応が後手に回ったのではと思います。といっても、群衆に向かって発砲できる軍隊というのは現代ではほぼ限られているので、軍が先回りしていたとしても、あまり打つ手がなかったのではと思いますが。40年近く戦争がない状態では、軍事的英雄が生まれる機会もなく、他方で規律そのものは保たれているようでしたから、挑発されても暴走はないだろうと。この辺は、事実によって裏打ちされている話ではなく、事が大きくなるときにはなにか必然性に導かれているわけではなく、「気分」とか「はずみ」が大きいと見る「時の最果て」らしい、いい加減で、すちゃらかな見方を臆面もなく書いているだけですが。

 床屋でまったりと話していたのは、広場に集まっている人たちはどうやって食べているんですかねえという話でした。日本みたいに炊き出しでもしているのだろうかと。職がなければ、就活でもして探せばいいのにと完全に他人事状態ですね。だんだん本当にどうでもいい話(「寝言」)になってトイレも大変そうですねとか、あんなことやっているから経済的に豊かになれない(ryとか、放言状態で、ああ、すっきり。ついでに帰りにドラッグストアで鼻セレブが3個セットで498円と爆安だったので、買って大満足でした。花粉の季節はこれがないと鼻が真っ赤になるので、助かります。まあ、平和ですなあ。

 「寝言」ついでにさらに外道なことを書いてしまえば、立憲体制を維持しつつ、多党制への改革を行うとなれば、急進的な分子は徹底的に弾圧するに限るでしょう。今回の件では、軍にそのような政治的感覚をもった指導的な人物がいなかったことを示しているのではと思います。エジプト国内ではどの程度、「刀狩り」ができているのかがまったくわからないのですが、現状では武装勢力が内戦に持ち込む確率は低いのだろうと。こうしてみると、西南戦争後、立憲政治を開始し、国会を開設し、政党政治を定着させるプロセスというのは、明治期の政治家のリーダーシップと明治維新以前の様々な蓄積があってのことなんだなあと思ったりします。

 それはともかく、Wall Street Journalが2011年2月12日付で配信したSummer Said, Sam Dagher and Shereen El Gazzarの"Egypt's Military Rulers Suggest They Will Honor Israel Treaty"という記事は、少しホッとする内容でした。Luttwakは、用心深く能力の面からエジプト軍がイスラエルと敵対関係に入るのは困難だと指摘していましたが、この記事は意図の面からエジプト軍に過去のイスラエルとの和平を破壊することはないと指摘していまして、まあそうだろうなと思う反面、ムスリム同胞団の扱いは面倒だなと。ムスリム同胞団を別としても、平常への回帰にはまだ時間がかかりそうで、騒乱の徒というのは一度、自分の言い分が通ってしまうと、やりすぎることが多いのではと思います。

 この騒乱に関しては、欧米のメディアが流す記事だけでも膨大なので、追いかけているゆとりがないです。漸く仕事上の「農繁期」が過ぎた状態ですが、月末までエクストラのタスクが付け加わっているので、ちとげんなりします。エジプトの騒乱が長期化し、大規模化したため、イラクにも波及している状態ですので、アメリカのメディアが連日、トップで扱うのは当然だろうと。中東というよりはアラブ諸国の問題は、原油のような資源の問題にとどまらず、地中海の南側とペルシア湾、インド洋に面した地域を不安定化するように作用するでしょう。とりわけヨーロッパからすれば地理的に非常に重要な地域であるのにもかかわらず、その影響力は非常に限定的であり、対応に四苦八苦していることが大きいのでしょう。私からすれば、昨年と今年で年が変わった気がまったくしなかったのですが、今年に入ってからの騒乱は、仮にエジプトの騒乱が"normalcy"に落ち着いたとしても、既に、アフガニスタンとイラクだけでもコントロールが難しい状態にさらに混沌とした、不透明な情勢をもたらすのかもしれません。


続きを読む

2011年02月07日

訂正と反省

 昨日、「寝言」でとりあげたWashington Post紙の""Egypt's opposition parties fracture as talks with government begin"は日付も2011年2月6日に変更されている上に、大幅内容の修正が施されていました。日曜の午後に読んでいたら、大幅に内容が変わっているので、困惑しました。2点ほど述べておきます。

(1)記事の3つ目のパラグラフにあったエジプトの国営放送がホスニ・ムバラクが国民民主党党首を辞任し、その息子であるガマル・ムバラクも書記長を辞任したという内容は完全に記事から削除されました。アラブ圏のメディアが流した情報が不確かだったことが原因のようです(昨日、引用した記事では党首辞任の情報源はエジプトの国営放送となっていたと思いますが、当該記事をプリントアウトしてないまま、読んでいたので、私の記憶違いの可能性もあります)。

(2)Washington Post紙以外の米紙や邦字紙も報じているように、ムスリム同胞団はスレイマンが開く会合に参加するようです。こちらは、引用した記事が誤報を流したわけではなく、ムスリム同胞団の態度が変わったということです。

 日曜日に寝ぼけた状態で書いておりましたので、不確実な記事を選んで「寝言」を書いていたことに恥じ入ります。Washington Postの社説に違和感を覚えましたが、ミュンヘンでの会合で欧米諸国が落ち着いた改革を推進する方向を打ち出したために、少し安心しました。日曜日の「ムバラクの国民民主党辞任とスレイマンの「野党」との対話」は、私の「なまもの」の扱いが不注意だという自戒をこめてタイトルを変えずに、そのままにしておきます(寝ぼけていたおかげで、追記が尻切れトンボになっていますが。リアル寝言というところでしょうか)。


時間がないのでごく簡単ですが、New York Timesが2011年2月6日付で配信したJudy Dempseyの"Looking to Egypt’s Future, Merkel Recalls Her Past"という記事にあるメルケル独首相の発言が印象に残りました。

“Everything we do, we need to uphold these principles of human rights, wherever we go, whatever we do,” Mrs. Merkel said.

Looking back at her own experiences during the heady days of 1989 when the Berlin Wall was torn down, Mrs. Merkel said that human rights had to be based on stable foundations.

This, she cautioned, did not mean quick elections that in any event had to be fair and free. “Change needs to be shaped in a peaceful and sensible way,” she said − even suggesting that elections should be delayed.


 人権は無条件に尊重されるべきである。だが、それは安定した土台にもとづかなければならない。このような経験に裏打ちされた常識的な判断がエジプト情勢への欧米の対応を決定づけることを願います。

2011年02月06日

ムバラクの国民民主党辞任とスレイマンの「野党」との対話

 先週の前半に急ぎ過ぎたために、後半でバテてしまいました。「やりたいこと」に専念するためには「やらなければならいこと」を先に片付けなければなりませんが、物事を性急に進めようとすると疲れてしまいます。土曜の昼頃に外出のために鼻毛の処理をしていたら、右の鼻腔の入口の粘膜をうっかり傷つけてしまい、血が止まらなくなって、慌ててしまいました。傷そのものは、5mm程度ですが、わりと新鮮な血が出てきて、5時間が経過しても、出血が収まりませんでした。鏡を見ると、この顔は本当にパッとしなくて悲しいなあと思うのですが、さすがに鼻の下にガーゼをあてて外出する勇気がなかったので、とりやめて収まるのを待っていました。何度もガーゼをとりかえてようやく出血が止まったのが午後7時で、面倒だったので、適当にありあわせで簡単なシチューを作って、ネットで注文しておいたひらめのおつくりを食べて、終わり。冷静に振り返ると、温かい日に出かけられなかったのは寂しいものがありますが、けっこう食生活は充実しているのでしょう。ひらめのつくりは、わさびは使わずに、添付されていた、やや薄めの醤油をほんの少しだけつけて食べたのですが、醤油の香りと味がひらめの甘みを感じさせてとってもおいしかったです。つくりで好きなのはやはりひらめでして、年に2、3回食べれば満足ですが、これで980円と思うと、お値打ち感があります。

 それはさておき、エジプト情勢ですが、どうも日本のメディアを軽く見すぎていたなあと。時事通信やNHKがラシャド・バイユーミへインタビューした記事を配信したのが、2月2日および3日でしたが、その頃、米紙はどの程度、コンタクトをとれていたのかは記事からはわからない状態でした。ツイッターでは、イスラエルとの平和条約破棄に言及したことが問題になっていましたが、日本のメディアが早い段階でインタビュー内容を報道したことは大したものだなあと。最近、感じるのは、ブログやツイッター、SNSが発達しても、メディアの情報の方がはるかに質が高いということでしょうか。『朝日』が2011年2月5日付で配信した「パン値上がり、ガソリン不足…カイロ、デモの影響深刻」という下記の記事も、派手な騒乱の背後にあるエジプト人の生活を描いていて、一断面とはいえ、バランスがとれていると思いました。

【カイロ=玉川透、北川学】ムバラク大統領の即時退陣を求めるエジプトの民衆デモは5日、前日から夜を徹して続けられた。その一方、再開する商店も増えはじめ、街は日常の顔を取り戻しつつある。ただ、デモの影響で物価高や品不足は深刻だ。エジプトでは週初めとなる日曜日の6日を控え、市民は事態の早期収拾を願っている。

 熟れたバナナの房が店先にぶら下がり、商品棚にはパック詰めされたニンジンやキュウリ、ニンニクが並ぶ。カイロ中心部の青果店は5日、3日ぶりに店を開けた。

 ところが、近所の主婦らは店先をのぞくだけで、何も買わずに帰ってしまう。デモの影響で物流が混乱。仕入れ値が上がり、価格を3〜4倍に値上げせざるを得なかったからだ。

 店先にたたずむ店主のロトフィさん(48)の表情は浮かない。「このままじゃ、全部捨てなくちゃいけなくなる……。全部デモのせいだ。一刻も早く終わってほしい」と怒りをぶつけた。

 路上でバラの花束を売るアフマドさん(16)は、「食べ物は高くても買わずにはいられないが、心に余裕がないと花は売れない」とぼやく。いつもなら1日15束は売れていたが、最近は半分以下だという。

 地元紙などによると、1月25日に反政府デモが始まって以降、主食のパン、米、マメの価格は最大で80%上昇。例えばエジプト料理でよく使われるトマトは1キロあたり4エジプトポンド(約56円)。デモが始まる以前の4倍に跳ね上がった。ムバラク政権はこれまで、補助金を使ってパンなどの価格を安く抑え、国民の不満を抑えてきた。

 休業していたガソリンスタンドも、営業を再開するところが増えている。ただ、東部スエズの製油所からの陸路輸送が夜間外出禁止令の影響で滞った。1リットル1.75エジプトポンド(約25円)の価格はデモの前と変わらないが、品薄のため自発的に販売量を制限するところがほとんどだ。

カイロ市内のあるスタンドでは、車1台につき30リットルまでしか売らない。「何で満タンにできないんだ」と店員にかみつく客も少なくない。給油に訪れた商店経営サイードさん(51)は「友人の分もポリ容器で買いたいのに、どのスタンドでも断られた」と怒っていた。

 店長(35)は「デモが長引けば、この先どうなるか分からない。みんなのためを思って販売を制限している」と話した。

 市内では一時、略奪行為も横行したが、いまのところ収まっている。閉鎖されていた銀行業務は6日から再開される見通しだ。政府は国営テレビを通じ、タハリール広場を占拠するデモ参加者に対し、通常生活に戻るよう重ねて促している。


 邦字紙でも報道されていますが、Washington Postが2011年2月5日付で配信したGriff Witte and Ernesto Londonoの"Egypt's opposition parties fracture as talks with government begin"という記事は、エジプトの国営放送がホスニ・ムバラクが国民民主党党首を辞任し、その息子であるガマル・ムバラクも書記長を辞任したことを伝えています。副大統領に就任したオマル・スレイマンが野党との対話を始めています。エジプト最大野党のイスラム同胞団とエルバラダイは対話を拒否したと報じています。他方、リベラルなワフド党のMounir Fakhry Abdel Nourは対話に参加するとともに、憲法の改正をスレイマンに求めています。Nourは、立憲体制の変革か軍によるクーデターという二つの道を示し、立憲体制の維持と変革を進める方向を示しています。なお、現状では、ムバラクが大統領職から去る方法は不明瞭です。

 この対話とは別に、30人の知識人とビジネスの指導者が会合を行っていますが、エルバラダイによると、「手詰まり」とのことです。当初はムスリム同胞団の動向が注目されましたが、ムバラク政権からの移行についてはまだ明確な見通しが立っていないのが現状なのでしょう。また、仮に、立憲体制の変革を行うにしても、ムスリム同胞団が非合法化された理由である政教分離の問題をどのように扱うのについて見通しが立つのだろうかと疑問に思います。タハリール広場に集まっている反政府デモ勢力はムバラクの即時退任を求めており、野党の足並みがそろっていないのが現状なのでしょう。


続きを読む

2011年02月01日

アメリカが中東の「友人」を失うとき

 ものはいいようで、"orderly transition"だそうで。ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズの論調に引っ張られたわけではないのでしょうが、オバマ政権はあっさりとムバラクを見捨てる方向かなと。まあ、昨年からムバラク政権に圧力をかけていたわけですから、狼狽して方向転換をしたというわけではなく、圧力にもかかわらず、ムバラクが愚図だったために暴動が治まらず、ウォールストリート・ジャーナルの社説がムバラク同様、アメリカ側にも打つ手がないと見ていたように現状を追認したというところでしょうか。"Analysis: The US moral conundrum in Egypt"というAP電はムバラク政権の行き詰まりとサウジアラビアやヨルダンなどへの波及というジレンマに直面するアメリカ外交を描いていて、メモでもしたいのですが、今週から来週は一年間で最も厳しい時期なので、ごく簡単にクリップ程度にしておきます。内容そのものは、他紙が伝えている事実と重複するところが多いのですが、次のあたりは、オバマ政権の中東政策が行き詰まる可能性を示唆していて興味深いです。

"Jimmy Carter will go down in American history as `the president who lost Iran,' which during his term went from being a major strategic ally of the United States to being the revolutionary Islamic republic," wrote the analyst Aluf Benn in the daily Haaretz. "Barack Obama will be remembered as the president who `lost' Turkey, Lebanon and Egypt, and during whose tenure America's alliances in the Middle East crumbled."


 カーターはイランを失った大統領としてアメリカの歴史に残るだろうが、オバマはトルコ、レバノン、エジプトを失った大統領として記憶されるだろうと。そうならないことを願いますが、カイロかどっかでやっていた演説を斜め読みしたときに、ああ、この人は夢を見る人なんだなあと。エジプト情勢がどうなるのかは予想がつきませんが、ムバラクを見放したところで、イスラム同胞団に統治能力があるとは思えず、大変でしょうなと。中東情勢には疎くて、ムスリム同胞団と「イスラム過激派」とは曖昧に区別しておきましたが、エルバラダイをかついだところで貧困の問題が解決するとは思えず、他方で政教一致の傾向が強まるのが民主化といってよいのかもためらいがあるというところでしょうか。仮に、ムバラク政権が崩壊したとしても、安定した体制へと移行する見通しが立たないのが現状です。

 冷静に見て、イランの核開発の問題があり、並行してイラクとアフガニスタンが収まらない現状では、チュニジアに続くエジプトの騒乱はアメリカの中東における影響力の低下を招くリスクが極めて高いと思います。中東におけるアメリカの威信の低下がただちに他の地域、とりわけ北東アジアに直接、影響を与えるわけではないと思いますが、やはり畏怖される存在としてはみなされなくなる可能性もあります。米中の軍事バランスが決定的なのでしょうが、アメリカ外交が試練にさらされ、9/11から始まった孤立主義的な傾向が極めて抑制された状況がオバマ政権の残りの任期で覆ることが、現状では日本にとって極めてリスクが高いことだと思います。