2012年01月29日

40代のとまどい

 先にお楽しみをしてしまうのは悪い癖で、水曜日にまたも男女3人ずつで懇親会でした。以前と比べると、落ち着いた雰囲気でした。と書くと、いわゆる「婚活」のように響いてしまうのですが、幹事役の方や他の参加者の方が落ち着いているので、昔の「合コン」のようなノリがなくて、ホッとする場になりました。20代のときには、合コンにも顔を出していましたが、一度も電話番号のやりとりをした覚えがないですね。基本的に出会いに関しては徹頭徹尾、受け身なので、自分から押していくのは、1年以上なんらかの信頼関係がないと難しいかなと。ただ、男同士でお酒を飲む機会の方を好んでいましたが、女性がいるというのはいろいろ考えさせられるなあと。基本的には結婚しないつもりですが、ざっくり言って、男性と女性で半々ですから、あまりに異性と接する機会が少ないというのは視野が極端になるので、考えものだったなあと思うこともあります。

 職場のことを書くのは控えているのですが、どうもこの2、3年で数字では表せない部分で微妙な感じだなあと。論壇などで「団塊の世代」を批判してきた人たちの世代がそれなりの役職についていらしっしゃるのですが(当たり前かもしれませんが、身近で団塊の世代はどうのこうのと管を巻く人は皆無です)、人物がいないですね。私などは人の上に立つタイプではないという自覚があるので、常に目下の立場から「上から目線」になってしまうのですが、これは無理だなあという人は1回話せばわかります。ただ、「団塊の世代」を批判してきた世代とは明らかに異なるのは、上の世代が消えればよくなるという感覚が皆無だという点でしょうか。見ていて気の毒なのは、上に立つ方々が改革を目指し、個々の論点としては非常に納得がいくものの、実際にすすめていくとグロテスクなものができあがってしまう。非常に失礼ですが、賽の河原で50代の人たちが一生懸命、石を積み上げていて、ああ、そんな積み上げ方をすると崩れて大変だなあと傍観者的にみて、しかし職場なので、崩れることを前提にリスクを回避するといった感じでしょうか。これは世代の相違以上に、私の性格がすちゃらかなせいかもしれませんが。

 しかしながら、マニュアルでがっちり個人の行動を縛って、みんな同じように行動しましょうというのは、ちょっとついていけないですね。私がマニュアルを作る立場のときには、やむをえず細かいところも書いたのですが、裁量の余地を大幅に残すようにしています。もちろん、状況次第でガチガチにせざるをえないこともあるのですが。困ったことに、上の世代はマニュアル通りではないとダメだと思い込む傾向があるのか、複数の人から俺はこれをやりたいからかえてくれと言われて、げんなりしました。役所出身の人たちなのですが、「霞が関文学」の講釈する方までいるので、ぐったりします。「ここは役所ではないのですが」という言葉を何度、飲み込んだことか。そんなことが続いておりましたので、以前はそれなりに役人にも敬意を払っておりましたが、単なる規則バカじゃねえのという感じになって暴言を書きまくったことは、さすがにわれながら厨二病が治っていないなと気恥ずかしさがあります。

 私は変な性格でありまして、そういった個性は個性として見ながらも、やはり今の50代というのは辛いだろうなと。抽象的に表現すれば、組織という成員が目的を共有している筈の集団ですら、個人の努力が全体に貢献し、翻って努力が報われるというメカニズムが機能しなくなっている時代に、管理職にせよ、経営にせよ、やりづらいだろうと。端的に言えば、努力してもたいして報われないと組織の成員が感じている状態では、拙劣ですが、トップダウンで方針を決めて無理やり従わせるのが、失礼ながら凡庸なリーダーならとる策でしょうね。ある程度までは罰が恐れるでしょうから、面従腹背とはいえ従っているふりぐらいはするのでしょうが、仕方なくやっている状態では手抜きをするインセンティブしか生じないのは自明です。そうすると、従っている者を優遇しながらモニタリングを強化するしかなく、組織の成員にとっても、組織全体としても、内部費用が急激に増加してしまうのもほぼ必然でしょう。

 最終的には意思決定を行っても組織が半分も機能しないところまで行けば、消えていきます。それが解決というのはあまりにニヒリスティックに聴こえるかもしれませんが、機能しない組織は、それが仮に私の生活がかかっているにしても、消えて頂いて結構というのが「時の最果て」のスタンスです。代わりはいくらでもありますから。問題は、これが特定の組織ではなく、社会的な規模で生じた場合です。「時の最果て」ですから、そんな社会は消えてしまえばよいという「寝言」で片づけたい気分はあるのですが、さすがに戸惑いを覚えます。さらに、戸惑いを覚えるのは、今後、特定の組織以上に、ある特定の方向を目指した、様々な改革が試みられ、失敗に終わるのでしょうが、その苦痛は、組織内部におけるそれよりもはるかに大きいものになるだろうと。しかも、改革の成否をわけるのは、指導者の個人的な資質も大きいのかもしれませんが、利己的な欲求と社会全体の「福祉」が両立しないというステートメントに依存しており、それを意識的に変えることが原理的に可能かどうか、まったく確信がもてないことです。あるいは、民主主義的な手続きによって社会全体の「福祉」を定義することそのものができるのか、極めてあやういのではないかと思います。個人の努力によって、個人にとっても、社会にとっても、明日は今日よりもよくなるという暗黙の前提が広く共有されている時代には問題にならないことですから。



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2012年01月19日

人間六十年定年制

人間五十年、下天の内を比ぶれば 夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか


 あまりこういうことは公言するものではないのですが、退屈なぐらい平和な日々です。NHKの9時のニュースで東京の湿度が低いというのを延々と流していましたが、言われてみれば首都圏ではなくても太平洋岸はカラカラでして、そういえば麦茶を飲む量が異常に多いなあと。夏場ですと、家にいる時間が仮に14時間ぐらいと仮定すると、1日当たり2−3リットルの麦茶を沸かして冷やして飲んでいます。冬場も麦茶を沸かして、保存のために冷やしているのですが、夏場よりも減り方が激しいのでびっくりです。水道の水は静岡県と比較すれば、飲めたものではないのですが、まあ浄水器を通せば昔よりもずいぶんマシになったなあと。昔は緑茶を飲んでいたのですが、さすがに無敵に近い私の胃でも、2リットルも緑茶を飲むと、ムカムカするので、麦茶に転向しました。それにしても、部屋にいるときは加湿しているのでまだマシですが、職場にいると、干からびそうになります。まあ、仕事中でも軽く2リットル近く水を飲んでいるのですが。

 そういえば、昨年の12月は2回もニコ割で世論調査をやりました。「そんなことしている暇があったらさっさと仕事してry」となるので、死んでも職場ではいえないのですが。12月下旬の調査で内閣支持率が6%を超えていたので驚きました。0.6%ぐらいではないかというのが素朴な実感ですが、まあ、こんなもんなんでしょうかね。当然ですが、私は不支持です。つべこべ言わずに、増税する前に、さっさと解散してくれというところでしょうか。怖いのは、日本人を信用しなくなってきているので、万が一、増税賛成派が多数を形成するリスクですね。実は、昨年から手を打っているわけです。豚が代表選挙で第一声で消費税率の引上げを言って、あとは黙ったのを見て、ああ、この豚は貧乏な私が金を使うたびに取り上げる税金を増やしたいのだあと。この豚が選ばれたら、生活が大変だというわけで、貧乏なりに凌げる生活にしなくてはと。独身だとやはり金銭感覚が甘い部分がありますし。

 まずは、払わなければ払わずに済むタバコ税を払わないようにしようと。禁煙に失敗した回数は数え切れないのですが、30代以降で2ヶ月の禁煙というのは初めてです。チャンピックスのおかげなのですが、今では1日1錠で済ませています。来月の上旬が一番ストレスが溜まる時期なので、吸いたくなるとすれば、この時期だろうと。「寝言」とはいえ、あまり書かないほうがよいのでしょうが、対人関係でストレスを感じることは少ないのですが、単調な作業でありながら要求される精度だけが以上に高いというのが一番、苦手ですね。この時期をタバコなしで乗り切ることができれば、禁煙から「脱煙」の段階に入る感じです。もっとも、最近は、喫煙者と同じエレベーターに乗るだけで、喫煙者の方には失礼なのですが、煙の臭いで吐き気がしてしまい、あの煙を肺に入れるのは無理だなあという感じでしょうか。ニコチンがなくても、ある程度、集中力が回復し始めた感じですので、まず1年間、「脱煙」をして、集中力が喫煙以前の水準に戻れば、これは無理だなと諦めていた仕事に復帰できそうです。

 それはともかく、セーターに散財したりと、自分でもどうかと思う部分もあるのですが、タバコを止めるだけで金の減り方が極端に落ちるのには驚きです。以前、吸っていたタバコは1箱が410円で、1日に2箱ほど吸っていたので、820円ほど使っていました。1ヶ月あたりですと、2万4600円にもなるわけでして、この支出が減るだけで非常に大きいです。ふと、年間で考えると30万円弱なんですね。なんだか喫煙していた自分がきちがいじみていたように思いました。そういうつもりで、この所帯じみた「寝言」を書き始めたわけではないのですが、もうタバコを吸いたくなくなりますね。金銭的インセンティブというのは人間の最低限の行動しか規制しないと思うのですが、これは大きい。やっぱり、世の中、金ですよ、金。

 次に、職場で特定なんとか健康指導というのを受けまして、最初は面倒なだけでしたが、冷静にお話を聞くと、なるほどと。夕食後におせんべいを食べて、最後にシュークリームとか、自分でも無茶だなあと。間食を減らして、帰りの電車を一駅まで降りましょうとなりまして、元々、禁煙したのもウェイトを本気で落とすためにはタバコを止めるところから始めないとという理由もあったので、素直にはいと。缶コーヒーや缶ジュースは甘すぎてダメなので飲んでいないというのは意外だったようですね。あとはアルコールも削るにも一人では飲まないので、まずはせんべいかなと。

 驚いたことに、せんべい1枚で70kcal前後もあるそうで。これはまずいというので、米菓は一切、食さないことにしました。次に、シュークリームですが、ゼリーへ。ただ、セブンイレブンのミックスゼリーが133kcalもあるのでびっくりです。しかし、着色してあるゼリーはちょっと食べたくないですし、当面はこちらで、やはり蒟蒻畑かなと。吸うタイプになってからおいしさが半減しているのですが、それでもさっぱりした感じはいいかなと。実は、前からちょっと高めのゼリー(といっても1個420円ですが)をたまに食べていたのですが、甘みがほどほどでさっぱりした感じでしたので、夕食後に食べると、あとはなにもいらない感じでした。正式な名称は忘れましたが、なにやら血糖値が基準が99のところで103でも指導の対象だそうで、文○科○省と厚○労○省といのは役人の中でも低能の巣窟ではないかと思っていましたが、夕食と食後のお菓子の見直しで、タバコほどではないのですが、1日当たり200円ほど浮く計算です。

 こうなると、次は、それこそ10年ぶりですが、家計簿の復活ですね。ちゃんと計算しているわけではないのですが、食費が昼食代込みでだいたい1ヶ月当たり3万円台になれば学生時代並みになりますね。2015年を目途に光熱費や水道代、家賃込みで基礎生活費を1ヶ月あたり12万円以内に締めこんでしまおうと。年間の支出を消費税抜きで150万円以内に抑えても、消費税率が20%に上がれば、180万円近い支出になります。平成24年度の一般会計予算で公債金を44兆円も計上して消費税率を引き上げるというのは納税者をバカにしているなあと思うので、豚政権で消費税率の引上げができるのなら、今後10年ぐらいで消費税率が25%になっても驚かないですね。

 日本の有権者の多数派をまったく信用していないので、消費税率が控えめに言っても20%程度まで引き上げられたとして、殺されないためには、節税もできない身としては、生活費の抑制しかないだろうと。どんな改革をなさるのかは知ったことではないのですが、最悪の場合、60歳を超えて生きてしまうと、年金や医療保険はとっくに破綻しているでしょうから、60歳までに最低でも5000万円程度の資産は必要でしょう。いわゆる「長生きリスク」というやつですね。これを20年間で蓄えるとなると、年間250万円の貯蓄が不可欠になります。これなら不可能な数字ではないのですが、勤務先が万が一ということもありうるので、稼ぎのあるうちに、最低でも倍の貯蓄は必要だろうと。運用で増やす必要はないので、普通預金が減らなければいいという程度ですが。

 間違って70歳まで生きてしまうと面倒くさいだけなので、「人間六十年定年制」でも導入してくれないかなと。60歳の誕生日を迎えたら、赤紙が来て、「苦しむのは一瞬だけですから・・・・・・」という選択肢と「自力で勝手に生きな」という選択肢のどちらかを選ぶと。少子化問題は解決しませんが、高齢化はこれでかたがつきますからね。冗談でリアルで「寝言」を話していたら、意外と賛同者が同世代に多いので、それはそれでいいのか悩ましいところです。


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2012年01月16日

第1回将棋電王戦

 将棋電王戦のことを知ったのは、今年に入ってからでした。当然のことではありますが、「ボンクラーズ」も知らなくて、なにかのグループかと思いきや、ボナンザクラスターズの略だそうで、ネーミングで脱力系かつ覚えやすいなあと。清水市代女流六段と「あから2010」が対戦したときに驚いたのは、コンピュータの側が勝ったことも驚きでしたが、棋譜だけ見ていると、素人には一方がコンピュータだと事前に知っていないと、普通に人間どうしの対局だと思えるところまで来たのだなあと。ニコニコ生放送で米長邦雄永世棋聖が出演した番組の予告があったので、関連する再放送の番組を見て、「ボンクラ強すぎワロタ」みたいな感じでした。ボンクラーズが負けた棋譜の解説もあったのですが、インターネットを利用した将棋で、プロ棋士と思しきレベルやアマのトップクラス相手に9割を超える勝率では非公式戦とはいえ、人間側として米長永世棋聖を応援したいとは思っても、見通しとしてはやはりボンクラーズが勝つ確率が極めて高い状態だろうなと。以下、ニコニコの関連ページです。

http://ch.nicovideo.jp/channel/denousen

 勝負の結果自体はもう報道されていますから、知りたいのは、まずボンクラーズのスペックでした。『週刊アスキーPLUS』の「電王戦観戦記 ほかではあまり語られない舞台裏」という記事がわかりやすかったです。ブレードサーバの仕組みがわかっていないのですが、構成要素のサーバブレードは6コアのCPUが2つにメモリーが24GB、SSDが64GBと意外とシンプルなんだだなあと。対局当日は、日本将棋連盟が示した電力の上限が2800Wとのことでしたので、サーバブレード1基あたりの最大消費電力は400Wから450Wぐらいなのでしょうか。他方、Xeon X5680のTDPが130Wなので、これを2台積むと、260Wですね。冷却が大変そうですが、記事中でボンクラーズの手番になると、ファンの回転音がすごいようなので、空冷なんですかね。冬場は暖房と兼用できそうですが、夏場は大変そうです。これで1秒間に1,800万手ほど読むそうですが、電王戦当日の解説中に渡辺明竜王が10秒で10手ぐらいは読めると、話していましたので、読みの量と速度では人間はもはや敵ではないのでしょう。ちょっと気になるのは、定跡やプロの最新の手順はSSDに保存されているのだろうかという点でしたが。

 対する米長永世棋聖ですが、対局後の感想をニコニコニュースがこちらで配信しています。△6二玉ですが、ボナンザを利用したコンピュータ将棋の場合、コンピュータが先手、人間が後手の場合、コンピュータ側が▲7六歩と指した後、人間側が△6二玉と指すと、コンピュータ側がほぼ三間飛車に構えるのを確認したので、「奇手」というより、コンピュータ側に序盤早々、形を決めさせておかないと、厳しいだろうと。棋譜を見る限り、60手目ぐらいまでは、ボンクラーズの方が手を作るのに苦心している印象をもちました。ニコ生の中継中に、渡辺竜王と谷川浩司九段が示していた8一飛車の方が形がよい印象がありましたが、それよりも気になったのは、後手が△3四歩と角筋を開けたものの、角交換を見せられて角道を止めて、結局、通すという、やや一貫性がない指し手がどうもというところでしょうか。位で押して入玉狙い、斬り合いには持ち込まないという方針からすれば、その手順なのでしょうが、なんだかちぐはぐな印象でした。それが原因なのかは私の棋力ではさっぱりですが、この後、後手の方針である抑え込みがボンクラーズの攻撃で一気に崩されて、形勢がどんどん悪くなってしまった印象があります。ボンクラーズの側から見れば、あえて擬人化すれば、なかなか揺さぶっても攻めの隙ができない相手が漸く攻める隙を見せてくれたという感覚なのでしょうかね。渡辺竜王の解説ではボンクラーズは、細い攻めをつなぐのが上手で、もともと職人芸のように攻めをつなぐのが上手な竜王がそう評価するというのはすごいことだと思いました。

 米長永世棋聖の対局姿を久しぶりに拝見しましたが、実に穏やかでいてすごい集中力だなあと。正直なところ、コンピュータ相手とはいえ、現役棋士が負けても不思議ではない相手に、将棋の不思議さ(やんわり相手の攻めを封じ込める)と難しさ(抑え込むだけでは勝てない)あたりを感じて、興味深かったです。今後、プロとコンピュータ将棋の戦いは続くのでしょうが、米長永世棋聖が望むような、強さではコンピュータが上回っても、人間が汗を流し、必死に考える姿に価値を見出すというのは変わらないだろうと。問題は、不景気の世の中で将棋にお金を出す人たちを確保することではないかという、夢のない「寝言」が浮かびます。


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2012年01月12日

イランとイラク(2)

 前の「寝言」を書いていたら、考え込んでしまいました。アメリカ中心の同盟国は、いろいろな錯誤があったとはいえ、北朝鮮の核開発を阻止することはできませんでした。イランも失敗するとなると、表現が悪いのですが、二連敗です。日本はアメリカの「核の傘」とMDのミックスの方が自前の核武装よりも確実であり、安上がりと踏んでいるので、核武装の「ドミノ」が生じる確率は低いのでしょう。他方、中東でイランの核開発を遅らせても、核武装が実現した場合にはどうなるのかはかなりきわどい印象をもちます。ここ数日でイランによるホルムズ海峡封鎖のリスクに関する日本語の記事が増えた印象がありますが、イギリスのミサイル駆逐艦の写真を見ながら、紳士の国なのになんでなんともいえない変○の雰囲気があるのは不思議だなあと。米紙の報道では久しぶりにGeithnerさんの名前が記事のタイトルに出ていて、ちょっとだけ嬉しかったりします。中国にプレッシャーをかけるために、かなりきついことを伝えているようで、ガイトナーが、「味方なのか敵なのか?」("You are with us or you are against us.")(参考)と温家宝に迫っているところを想像するだけで胸が熱くなります。

 他方、アメリカも徐々に政治の季節というところなのでしょうか。Washington Postが2012年1月5日付で配信したFareed Zakariaの"Iran's growing state of desperation"というコラムでは、共和党の予備選挙がらみでイランの「強さ」に焦点が集まったと描写しています。ロムニーさんは「次の十年間、世界が直面する最も大きな脅威」はイランだと述べたそうです。ギングリッジさんは「ヒトラー率いるドイツ」になぞらえたとのこと。へええ、中国じゃないんだという感じで、目からコンタクトが落ちました。

 実際はイランって弱いですよという話が続きます。経済は急速に悪化しており、政治システムはひびが入り、分裂していると。イランの唯一の友達、シリアはオワコンだし、ペルシャ湾岸の君主国はみんなアメリカのお友だち。ヨーロッパは、イランに対してアメリカよりもきついですね。

 「弱いイラン」の経済的な側面としてZakariaが挙げているは、弱いイランの通貨、リアルです。オバマ大統領誕生当時から現在までドルに対して60%ほど減価していると指摘しています。ガソリンを輸入する国で通貨安というのは大変だなあと他人事のように読んでいますが、主要食料品価格はこの数ヶ月で40%も上昇したという点も指摘しています。国際的な決済システムから外される制裁が実行されれば、高い確率でイラン経済が実質的に破綻するのでしょう。

 政治システムもアフマディネジャドとハメネイが対立しつつあるなど、機能しなくなっているようです。興味深いのは、イラン革命防衛軍の動向ですが、記事のリンク先でイランの海軍司令官のHabibollah Sayyariは、2011年12月28日にペルシャ湾を封鎖するのは造作もないことと大言壮語しましたが30日には「イランは戦略的な航路を封鎖する能力があるが、そうする意図はない」とややトーンを和らげましたことが確認できます(参考)。ホルムズ海峡は、世界の石油の40%が通過する大動脈ではありますが、ここを閉鎖するのは石油輸出に60%も依存するなど、輸出入によって成り立つイラン経済にとって自滅行為だと指摘しています。ただし、前回の「寝言」で雑にメモした法案に、オバマが2011年12月31日に署名をし、実行されれば、イランがまさに"desperate"、あるいはやけのやんぱちにならないという保証はなく、ホルムズ海峡封鎖のリスクを、主として経済的理由のみから排除するのは危険な印象もあります。

 Zakariaのコラムを取り上げるのが遅くなった理由は、"Meanwhile, Iran’s nuclear program is making progress. This is inevitable"という判断を評価するのに苦しんだからです。理由を端折るのはよくないのですが、核の技術は70年以上の歴史があり、イランが科学者集団を抱えている以上、イランが核開発を進めるのは不可避だというのは、その通りですが、そういってしまうと、緊縮財政に伴うイランへの制裁強化以前に、国連安保理による制裁はなんのためなのかという問題も生じます。また、Zakariaは、北朝鮮が原始的な核兵器を数個、保有したからといって、北朝鮮が強くなるとか興隆するとみなすだろうかと疑問を発しています。アメリカ国内の共和党候補を批判するのにはそれでいいのでしょうが、対外的には説得力が皆無でしょう。核兵器を2、3個もったって、どうってことないですよと言われても、周辺国で核武装をしていない国にはなんの慰めにもならないですし、そもそも国際的に制裁を加える目的自体に疑義を生じさせかねない部分があります。

 他方、北朝鮮のように米軍の行動を抑止する手段があるとは思えないイランでさえ、核開発を阻止するのは非常に骨の折れる作業だという現実もあります。これまでの経済制裁ですら、イランの経済を非常に悪化させているのにもかかわらず、ウラン濃縮のプロセスを遅らせるのがやっとだという現実があります。Zakariaが方便で持ち出した印象もあるのですが、"Nuclear technology is 70 years old"と指摘しているのは、的外れではないのでしょう。貧しい国が核武装することはできないというのが冷戦期の経験則でしたが、冷戦後、インドとパキスタンがその幻想を破り、北朝鮮が日米韓を翻弄しながら実現しました。国際的には核不拡散の旗を掲げながら、実際には拡散が徐々に進むリスクが高い世界へと移行する現実があるわけで、イランが核開発を成功させた場合の問題を考えてみましたが、いい感じで憂鬱になるばかりで、これという対応策がまるで浮かばないので、嫌になりました。

 それはともかく、Zakariaは、昨年12月末の制裁強化が実行されれば、イラン経済が事実上、崩壊するだろうと指摘した上で、オバマ政権はイランの体制を西側諸国と戦略的に和解する用意もなければ能力もないと決め付けたようだと述べています。今、ワシントンが欲しているのは、イランの体制へ真剣に交渉に応じるよう強いることを望みながらプレッシャーをかけることだと指摘しています。その上で、オバマ政権の戦略に理解を示しながらも、制裁強化が効力を発揮した場合、不況の下では石油価格が上昇するのは政治的リスクを理由とすることしかないこと、戦略的な考慮がないまま、政治的リスクだけが高まることに懸念を示しています。政治体制が圧力に直面している弱い国々の方が強い国々よりも問題を多く生じさせるという、やや抽象的な結論でコラムを終えています。抽象的すぎて、「弱い国々」は主としてイランやシリアを指すのか、それ以外の国を指すのかが私ではわかりかねます。他方、経済的な側面から、イランへの制裁強化のリスクを分析しているコラムではあります。

 平たく書けば、Zakariaはガチでイランを国際的な決済から実質的に追放すると、石油価格の高騰を招くだろう。その結果、国情に不安を抱える国のうち、弱い国で国際的な関与が必要となる問題が生じることに懸念を示しているのでしょう。イランによるホルムズ海峡封鎖は、下記率が低いとはいえ、米英が一体で抑止しようとしています。万が一、不首尾に終わった場合の対応も検討しているのでしょう。問題は、イランが自暴自棄の行動に出なくても、世界的な不況の下で石油価格が高騰すれば、最悪の場合、政治体制が不安定で経済的に困窮している国々で"explosive consequences"が生じるのかもしれません。イランへの制裁の実効性を高めるために中国を説得したり、圧力をかけること自体は多いに意義があるとは思いますが、国際石油市場が混乱して、ドルに対して自国通貨が減価している国では深刻な問題が生じる可能性は否定できないでしょう。より根本的な問題として、制裁を強化したところでイランの核開発を断念させることができるのかということがありますが、Zakariaのコラムではあまり重視されていない、というよりも、アメリカ国内向けの問題設定になっている印象があります。コラム一つで代表させるのは問題が多いとは思いますが、アメリカの内向き志向が強くなる10年になるんじゃないかなという「寝言」が浮かびます。


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2012年01月08日

イランとイラク(1)

 イラクからの米軍撤退によって、イラク国内の治安情勢が日に日に悪化しているのはなぜかNew York Timesが頑張って報道しているのですが、日本のメディアでは「イラク戦争オワタ」みたいな扱いで笑えますね。乱暴に単純化をすれば、シーア派の過激派の動向が問題ですが、イラン抜きでは描けないだろうと。他方、イランはイランで核開発からイギリス大使館へのデモという名の暴動まで、いろいろお騒がせ国家という風情で、こちらはさすがに検索すると報道はあるようです。最近の話題は、イランによるホルムズ海峡閉鎖のリスクですが、割と日本の報道では大したことないよと横並びのご様子で、アメリカのメディアでは見方が割れているのと対照的な印象をもちます。

 また、議会による国防予算削減にともなう米軍の戦略見直しも背景にあることを無視できないでしょう。いまだに、全体像がつかめていないので、こちらへの言及は「寝言」といえでも控えますが、イラクとアフガニスタンの引き換えにイランの核開発への制裁をオバマ政権とEU諸国が強めています。このあたりも今の段階では評価に苦しみますが、率直なところ、オバマ政権の中東政策は、アフガニスタン増派ですったもんだした頃よりはマシになっている感じがしますが、なんとも微妙な感じです。もっとも、積極的に関与するとなると、本当に難しい地域なんだなあとブッシュ政権でライスが切り盛りしていた頃を思い起こすと、しみじみ感じ入ります。表面的に見ていても本当に面倒なので。

 なお、「寝言」のお題に(1)といれましたが、続きを書くかどうかは私の気分しだいなので、あしからず。引っ越しの準備に多くをとられて、漸く年賀状を出し終えるのがやっとの状態ですので、ボケない程度にとどめたいということがあります。まあ、そんなわけで前置きが長くなっていますので、さっさと「寝言」本体に移りましょうか。

 まずはイランからです。ソースは英語ですと無暗にあるのですが、タイトルの変更があるのが気になるのを除けば、事実関係をざっくり抑えるのには、New York Timesが2011年12月27日付で配信したDavid E. Sanger and Annie Lowreyの"Iran Threatens to Block Oil Shipments, as U.S. Prepares Sanctions"という記事が良いだろうと。読み返していて、この時点で事実関係のみならず、論点がかなり整理されている印象もあります。遡ればきりがないので、この記事の冒頭にあるイランの副大統領Mohammad-Reza Rahimi(後で引用するZakariaのコラムでは実権はないとされている)がアメリカの制裁措置にホルムズ海峡を封鎖すると脅迫したことから話じゃなかった、「寝言」を始めましょう。当初と記事の内容が変わっていてちょっと残念ですが、オバマ米大統領がイランへの制裁強化に関する法律に署名したことへの反応でした。当初は法律の内容が詳しく書いてあったと思うのですが、そちらの記事が見当たらなくなっています。記事ではさらりと、"The new punitive measures, part of a bill financing the military, would significantly escalate American sanctions against Iran."と触れていますが、まずは、アメリカのイランへの制裁強化は、法律上では国防費削減に関連する一部であったという点を確認しておいた方がよいでしょう(と書いておりますが、自分用のメモです)。以下は、イラン制裁強化の内容です。

For five years, the United States has implemented increasingly severe sanctions in an attempt to force Iran’s leaders to reconsider the suspected nuclear weapons program, and answer a growing list of questions from the I.A.E.A. But it has deliberately stopped short of targeting oil exports, which finance as much as half of Iran’s budget.

Now, with its hand forced by Congress, the administration is preparing to take that final step, penalizing foreign corporations that do business with Iran’s central bank, which collects payment for most of the country’s energy exports.

The sanction would effectively make it difficult for those who do business with Iran’s central bank to also conduct financial transactions with the United States. The step was so severe that one of President Obama’s top national security aides said two months ago that it was “a last resort.” The administration raced to put some loopholes in the final legislation so that it could reduce the impact on close allies who have signed on to pressuring Iran.

The legislation allows President Obama to waive sanctions if they cause the price of oil to rise or threaten national security.

 5年にわたって、アメリカはイランの指導者に対して核兵器計画を疑われていることに再考させるとともに、IAEAからの質問に答えることを強制するよう、厳しい制裁を実行してきた。しかし、これまでの制裁は慎重にもイランの予算の二分の一にあたる石油輸出を目標とするには至らなかった。

 今や、議会による強制とともに、政権はイランの中央銀行(イランのエネルギー輸出の支払いのほとんどを集める)と取引をする海外企業を罰する、最終段階を準備している。

 制裁によって、イランの中央銀行と取引を行う経済主体はアメリカとの金融取引を行うことが事実上、困難になるだろう。オバマ大統領の安全保障補佐官の高官の一人が「最後の手段」と読んでいたほど、この段階は厳しい。オバマ政権は、イランへ圧力をかけることに合意した関係の深い同盟国への影響を減らすよう、抜け穴をつくる法案の成立を急いでいた。

 今回の法律は、オバマ大統領に、石油価格の上昇もしくは安全保障を脅かす原因となる場合、制裁を止めることを認めている。


 外務省のサイトで、「イランに対する国連安保理決議の履行に付随する措置について」(参考)を見ると、日本の場合、核開発関連を中心にイランとの貿易と金融取引が制限されていることがわかります。今回、オバマ政権が「最後の手段」として採用したのは事実上、イランを経済制裁によって破綻させることも排除しない効果をもつ可能性もあるオプションでした。「最後の手段」という表現は、直接的な武力行使を除けば、大袈裟ではないのでしょう。

 記事では、論点整理から政治的思惑を排除するために、今回の措置によって、エネルギー価格全般が上昇することによってアメリカ経済が打撃をこうむる可能性があることやオバマ氏の再選には影響がないことを政権側が認識していると指摘しています。NHKの夜7時のニュースで、共和党の予備選の段階でしかないのに(しかも候補者は小粒な印象がぬぐえないのですが)、あれほど時間を割くとは驚きです。まあ、アメリカは今年一年選挙の年であり、政治の季節になるので、党派性を抑えるために言わずもがなのことが入っているのかなと。以下、オバマ政権側の言い分です。

“I don’t think anybody thinks we can contravene the laws of supply and demand any more than we can contravene the laws of gravity,” said David S. Cohen, who, as treasury under secretary for terrorism and financial intelligence, oversees the administration of the sanctions. But, he said, “We have flexibility here, and I think we have a pretty good opportunity to dial this in just the right way that it does end up putting significant pressure on Iran.”

The American effort, as described by Mr. Cohen and others, is more subtle than simply cutting off Iran’s ability to export oil, a step that would immediately send the price of gasoline, heating fuel, and other petroleum products skyward. That would “mean that Iran would, in fact, have more money to fuel its nuclear ambitions, not less,” Wendy R. Sherman, the newly installed under secretary of state for political affairs, warned the Senate Foreign Relations Committee earlier this month.

Instead, the administration’s aim is to reduce Iran’s oil revenue by diminishing the volume of sales and forcing Iran to give its customers a discount on the price of crude.

 「重力の法則に逆らえないのと同様に需要と供給の法則に反することができると考えている者はいない」と制裁の管理を監督するテロリズム・金融情報分析担当次官のDavid S. Cohenは述べた。しかし、コーエンは、「われわれは柔軟さをえるとともに、イランに顕著な圧力となる適切な手段を選択する非常に良い機会をえた」と述べた。

 コーエンやその他の人々が表現するアメリカの努力は、イランの石油を輸出する能力を削ることよりももっと微妙で、直接的にガソリンや暖房用燃料、他の石油製品を高騰させうる一歩である。それ(制裁の強化)は、実際にはイランが核への野心を強めることを意味するだけで、弱めることはないだろうと政治担当国務次官のWendy R. Shermanは、今月の初めに上院の外交委員会で警告した。

 それどころか、オバマ政権の狙いは売上高を減少させることによってイランの石油収入を減少させ、イランに原油の価格を割り引いて顧客に引き渡せるよう強制することである。


 最後の一文は完全に誤訳ではないかと思うぐらい、「そんなことが本当にできるんですか?」と真顔でツッコミを入れたくなる話です。というわけで、制裁強化に対してeconomist(通常は経済学者で問題ないと思いますが、以下で上がっているのはカタカナのエコノミストの方に使い)からの批判が挙げられています。論点はいくつもあるのですが、大きなことだけ取り出すと以下の通りです。

(1)価格の変動をともなわずにイランの石油輸出を減らすことが可能であるのか。

 ご苦労なことに、オバマ大統領は任期のはじめからサウジアラビアやその他の産油国に供給量を増やすよう要請してきたそうですが、イランの最大の顧客である中国への代替的な供給を確保するために、サウジが増産してリビアが助けたとしても足りないであろう量をイラクやアンゴラの増産でなんとかならないかとしているようです。余計ですが、だったら撤退前にイラクの治安確保をなぜ徹底しなかったのかといろいろ問い詰めたいところですが。オバマ政権は、中国にずいぶん借りをつくっているご様子です。さらに、記事は致命的な問題を指摘しています。

(2)制裁が成功を収めてイランの石油収入が減少したとしても、イランは核開発の野望を捨てるのか。

 根本的な問題ですが、記事ではスタンフォード大学イラン研究の専門家Abbas Milaniへのインタビューによって、イラン経済が沈みつつある現状を概括するとともに、婉曲的な形で2番目の問いに否定的な展望を語らせています。本当はZakariaが核開発したイランでも怖くないよと書いていて、いいのかなという話じゃなかった「寝言」を続けるつもりでしたが、つかみの記事で疲れてしまったので、とりあえず、今日はここまでです。


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2012年01月05日

家族構成の変化と政治システム

カワセミさんのコメントにお返事を書いていたら、長くなったので、「寝言」にしました。まあ、リプライも頂いたコメントに失礼ですが、「寝言」ですので。

 カワセミさんの文意を読みとれていないかもしれないのですが、「政権交代」が政治が変わる目的の一つ(それは「旧体制」においてすら、選挙による民意の発露の帰結としては排除されていなかったと思いますが、1990年代以降、自己目的化した印象をもっています)であることが前提のように感じます。自民党自身、保守層の衰退とともに、中選挙区制の下でも、小選挙区比例代表制の下でも、単独で政権運営を行うことができなくなり、連立政権が1990年代以降、連続しました。自民党と連立したパートナーの多くは、解散したりしていますが、公明党が外交や安全保障政策で、支持母体の問題は今でも引っかかりますが、現実的な方向に転換したことは、連立の成果だったと思います。

 2007年3月に「『保守』の衰退 自民党の『凋落』」という「寝言」で、民主党に早目に政権運営を行う厳しさを学ばせる機会を与えないと大変ではないかと書きました。具体策ではないので、説得力に欠けるかもしれませんが、政権交代がなかったこと自体が問題ではなく、政権交代がなくとも統治が成り立ってきたこと、政権交代を意識する時期にくれば、統治の連続性を保つことに意を注ぐことは不可能ではなかったと思います。現状のまま、とにかく選挙を繰り返すというのは、「二大政党」ならぬ「二弱政党」を生むことになるのではと危惧しております。他方、連立による、いわば擬似的な政権交代、あるいは自民党へのけん制にも問題があって、自社さは、とりわけ村山政権における経済政策の遅れと消費税率引き上げの決定があり、それ以上に単なる数合わせが横行する状況となりますと、単に統治機構の混乱に留まらない、行政全般における停滞が生じるリスクが高いと思います。

 高齢化の問題は、政治体制の点から論じるにはあまりに大きな問題です。現時点で団塊の世代にあたる人たちとお話しすると、カネの不安が大きいのはもちろんですが、看取ってくれる人がいるのだろうかという不安が大きいですね。おそらく、私の両親もそうかもしれません。被災地での孤独死の増加は他人事ではないようで、最後は被災しようがしまいが同じかもしれないという不安が強いのでしょう。私みたいに、ちゃらんぽらんで死ぬぐらい一人でそっとしておいてくれないかという世間様からあまりにずれた感覚の持ち主には共感できない部分もありますが、人非人ではないので、なんとなくはわかります。

 「シルバー・デモクラット」の問題は、このような高齢者の不安が根っこにあることを忘れると、非常に危険だろうと。私は主として、年金問題で「寝言」というより、毒を吐いていますが、家族構成の変化を考慮しない議論はあまり生産的ではないと思います。私は、団塊ジュニアよりも少し上ですが、その頃には、孤独死というより、親類縁者がいない死者を、誰が、どのように、どこへ葬るかが問題になるのでしょう。家族構成の変質や都市部におけるコミュニティの崩壊を行政が肩代わりすることは困難なのですが、自力での変化も難しく、おそらく、金銭的な支援は、家族やコミュニティの崩壊を促進する方向に働くように思います。家族やコミュニティの新しいあり方は私の手に負いかねますが、現状では買いを見出すことは難しく、数十年単位の問題になるのでしょう。

 今年は新年気分が皆無でしたが、クラシックを聴くにはよい機会でした。座席は難しいですね。サントリーホールは、それでも大丈夫そうですが、地方のホールは場所によっては中々、厳しいです。ヒラリー・ハーンはチケットを手に入れるのが大変そうなので、いいかなと。今年は、ちょっと書きづらいライブに出かけてみようかと。もう20歳ぐらい若いとよいのですが。


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posted by Hache at 07:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2012年01月04日

チャーチルの民主主義との距離感

 特に、新年を迎えるという感覚もなく、ニューイヤーコンサートは飽きてきたのでスルーしました。食べ物ぐらい新年らしくとおせち料理を注文して食べましたが、薄味だったので、おいしかったです。雑煮は余った餅の処理に困るので、こちらは無理かなと。バカ正直に書くと、嫁がいなくて寂しいと思ったことはないのですが、飯に関しては一人よりも二人の方がいろいろな意味で安く済むなあと。高校時代にふられた女性が理想の男性は「空気みたいな人」と言っていましたが、なるほど言いえて妙だなあと20代後半になってから気がつきました。冷静に自分の性癖を考えれば、価値観の上で、妙な表現ではありますが、恋愛よりも自由が上位に来るので、どうしようもないです。モーツァルトを聴くときに、そばに人がいても構わないのですが、気配は消してほしいというぐらい身勝手なので、本質的に家庭を形成する能力を欠いているのでしょう。

 そんなわけで、年賀状が届いてから、あらま、今年は出さないつもりだったけれどどうしましょと頭を抱える無計画さに困っております。自分でも器のあまりの小ささに頭を抱えるのですが、郵便配達人が乱暴だというだけで、ドル箱の年賀状を止めてやろうと。ふりさけみれば、禁煙が続いているのも小宮山厚労相に本当は感謝しなくてはならないのでしょう。こんな見た目も声も気もち悪い、キチ○イが大臣になる時代に、タバコを吸うなんて文字通り緩慢な自殺だと、薄々は思ってはいても、熱湯を浴びせられれば、人間、やればできるものだと妙なところで感心したりします。

 要は、だらだらと年末年始(実際には家でちょこまかと作業はしていたのですが)を過ごしながら、この国の民主主義はどうなるんでしょうねえと。そういえば、チャーチルが、聞き捨てならないことを言っていたなあと、調べたいのですが、ネットぐらいしかなく、グーグルの英語版で"Churchill democracy worst"とか確かそんな程度のキーワードを入れたところ、英語版のWikipediaに1947年11月の下院でのチャーチルの演説が引用されていて、このサイトにリンクが貼ってありました。私の英語力では訳すのが厳しいのですが、なかなか味わいのある演説だなあと。西洋流のデモクラシーが大衆の相違によるチェックあるいは修正なしでは成り立たないことを大上段から振りかざしてきて、次のあたりはさすがだなあと。

  Many forms of Government have been tried, and will be tried in this world of sin and woe. No one pretends that democracy is perfect or all-wise. Indeed, it has been said that democracy is the worst form of Government except all those other forms that have been tried from time to time; but there is the broad feeling in our country that the people should rule, continuously rule, and that public opinion, expressed by all constitutional means, should shape, guide, and control the actions of Ministers who are their servants and not their masters.

 この罪深く、災厄の世界では数多くの政治体制が試されましたし、今後も試されるでしょう。民主主義は、全きものでもなければ全知全能でもありません。実際のところ、それまで、何度か試された政治体制を除けば、民主主義は最悪の政治体制だといわれてきました。けれでも、わが国では次のような感覚が幅広く存在します。大衆が統治するはずであり、引き続き統治し、憲法上の手段によって表現された世論が形成され、大衆への奉仕者であって主人ではない大臣の行動を導き、統制するのが当然であると。


 アトリーが時代遅れの親父がなんか言ってるわととったのかはわかりませんが、根っからのイギリス人であったチャーチルは巧みに英国の議院内閣制の本質を、政府を問いただす、やり取りの中で鋭くえぐりだしたのでしょう。なんといっても、1945年のポツダム会談を挟んで、チャーチルはまさに世論によって打ちのめされ、自ら率いる保守党は惨敗しました。そのことを織り込んでアトリーとの引き継ぎを間断なく進めたチャーチルがこの演説をすること自体、彼がイギリスの議会制民主主義の精神を体現していたことをよく示していると思います。「民主主義は最悪の政治体制である。他の試された政治体制を除けば」と訳した方が調子が良いのですが、演説調にしたかったので、ちょっとぎこちない訳になっています。全体として意訳が度を越している気もしますが。

 「民主主義は最悪の政治体制である。他の試みられた政治体制を除けば」と訳すと、なんとなく、普遍的に民主主義についてチャーチルが語ったようにもとれますが、自らを打ちのめした世論を肯定し、説得するために、イギリスの議会制民主主義と議院内閣制の本領を語っているあたりが印象的です。ここで、大衆というのは気分で動く、気まぐれなものだという「寝言」があったら、「時の最果て」の中の人としては最高ですね。なにしろ、私自身が気分屋で、今日思ったことと逆のことを明日やる、なんの計画性も信念も信条もない、大衆の一人でしかありませんから。話が脱線しましたが、チャーチルが、まさに気分しだいの大衆に苦汁をなめさせられながら、この言を吐いたということそのものが、彼がイギリス人気質を代表していたことを示しているのでしょう。同時に、イギリスの貴族的精神が議会制民主主義の形成に合致していたことを示す最後の機会だったのかもしれません。


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