2012年05月31日

スペイン(1) 緊縮財政の「破壊力」

 当然といえば、当然ではありますが、グーグルのリーダーが読み込む記事の中でも、スペイン関連の記事が急激に増加しました。これを書いているのは、5月30日の深夜ですが、ECBがBankia救済に異議を唱えたり、EUが財政赤字の一層の削減を求めるなど、混乱している状態のようです。帰宅すれば、荷物の整理が待っているわけでして、記事を消化するのも困った状態ですが、日本語での報道があまりに少ないので、自分用にメモをつくっておきます。今回は、スペイン経済の概況をWall Street Journalが2012年5月29日付で配信したDavid Roman and Christopher Bjorkの"Spain's Economy Shows Fresh Strain"という記事から、ごく簡単にスペイン経済の現状をごく粗くメモしておきます。それにしても、緊縮財政が、すべての原因ではないにしても、バブル崩壊の傷が十分に癒えない状態では、「破壊力」が満点だなと実感します。時間がないので、箇条書きです。

(1)今年の3月の小売売上高(季節調整済み)減少が3.8%であったのと比較して、4月には9.8%減少した。このような直線的な現象は先進国では珍しい。家計の支出は、通常は月単位では穏やかに変化するが、失業率が25%に達していることや、債務負担を軽減するため、節約していることから、落ち込んだ。

(2)スペイン銀行は、2008年に終わった住宅建設ブームの崩壊後、経済を支えている主要な要因である、弱弱しい輸出に注目している。4月の自動車登録は2%ほど減少した。また、建設業の被雇用者が17%も減少したことは、住宅建設が弱いことを象徴している。

(3)スペイン政府の状態を示す最新のデータは、財政赤字を2013年までにGDPの3%に減少させるというEUの厳格な要件とより高い税と政府支出の巨額の削減の中で低迷している経済の板ばさみになっていることを示している。

(4)スペインの経済は第三四半期から第四四半期にかけて0.3%ほど縮小した。今年の第一四半期の落ち込みも同程度ほどである。政府の借り入れ費用は、銀行問題が悪化するにつれて増加している。アナリストたちの多くは、ギリシャやポルトガルが経験したのとよく似た、景気後退のスパイラルに入りそうだと見ている。

 小売に関してはMarginal Revolutionというブログにすさまじいデータがでています。現状は1999年頃と同水準です。バブルの崩壊、信用不安の傷が癒えぬ状態での緊縮財政の「破壊力」を端的に示したグラフです。スペインの債務問題を見るときには、単なる金融市場の問題として捉えてしまうと、判断を誤るのでしょう。


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2012年05月29日

色々な転機

 とりあえず引越しました。まだ、段ボール箱に詰まっている荷物が圧倒的に多い状態ですが。また、元の住居の清掃が大変でして、昔、吸っていたタバコのヤニが壁紙についていてどうにもなりません。不動産屋も放置してかまいませんとのことでしたので(20年近く済んでいたので張り替えるのが前提)、キッチンの床を一通り拭いたりなどしておりました。日曜日は、下の部屋の掃除で手一杯でした。仕事部屋の絨毯を取り除いたら、なんと畳に黒カビが生えていました。なんだか嫌な予感はありましたが、まさか。無傷の状態の畳が2畳分しかなくて、あとはカビが広がっていました。主として、加湿機能付空気清浄機からこぼれた水が原因ではないかと。他には、机の上に2リットルの冷やしたお茶を入れたポットをこぼしたとか、そのあたりでしょうね。椅子の下は畳だけではなくて、絨毯の裏側のジュートも剥げていたので、寿命だったかなと。それにしても、カビは予想外だったので、けっこうショックを受けました。気がつかないというのはまずいです。おそらく、体調がおかしくなったのも、このあたりの影響があったのかもしれません。

 風邪の方は、黄色のベンザブロックがとても効きまして、ほぼ症状が治まりました。マスクなしでももう大丈夫かなと。引越しの最中はマスクなしではとても無理なので、今でもマスクをする習慣がとれないのですが。引越しの業者は不動産屋の紹介でしたが、高い上に、サービス水準が低くて、かなり不満です。荷造りが終わっていないという私の段取りの悪さもあるのですが、1時から作業を始めて2時には休憩。3時ぐらいからようやく最後の仕事にとりかかるという具合で、ずいぶんいいご身分だなあと。

 エアコンを取り外して新しい部屋に取り付けたのですが、前の部屋では排水ホースを取り付ける壁の穴の位置が高いため、家電量販店の作業員が建具を窓に取り付けていました。新しい部屋の場合には建具が不要だったのですが、なにも説明がなく、放置してありました。さらに、10万近く出して机を置いたのですが、その上に毛布を引いて作業したいというので、勘弁してくれと。やむなく了承しましたが、一通り作業が終わった後で、し残したことがあったようで、こちらが了承しないまま、机の上に足を乗っけるので呆然としました。私が仕事をするスペースで気合を入れてそれなりのものを入れたのですが、たった一日で表面を汚されました。しかも、コンセントが合わないので取り替えたら、追加で2000円ほど請求されて、イライラしました。

 見積りの段階で、そんな料金はなかったはずですので、まとめて文句を言ってやろうと。同じ建物の移動で作業員2名、エアコン担当1名で5万円はぼったくりだろうと(廃品の処理で郵便局に住所変更を届けている暇すらない)。若い作業員が私の段取りが悪いので、偉そうにご高説をたれる始末で、罰ゲームかいなと。ある大手の運送会社の知り合いに聞いたら、その程度だったら荷造りを含めてやってくれるとのことで、失敗でした。それにしても、いくら肉体労働とはいえ、素人でも洗濯機のホースを蛇口につなぐ際に、蛇口側にも金具が必要なのは自明だと思うのですが、無理やりはめようとするので、ドン引きしました。

 最近、思うのですが、日中を比較して指導者は中国の方が怜悧な一方、平均的な市民を比較すれば、日本人の方が上という話を耳にしてきましたが、市民レベルでもそのうちたいして変わらなくなるじゃないですかね。識字率とか数値化しやすい部分ではまだまだ安泰かなと思いますが、政策的に一人っ子にしているわけではないものの、少子化の進展で大変じゃないかなと。まあ、大陸に行ったことがないので、単なる妄想、もとい「寝言」ですが。

 今週も、仕事が終わったら荷物の整理が待っているという状態でぐったりです。まあ、しかし、なんと申しますか、引越し前日というのに、英字紙の気になる記事をプリントアウトして読むというのは、なにかのビョーキではないかと。ご覧の通り、ユーロ圏に関連する記事が増えているので読んでいますが、さすがにギリシャの退出はなさそうです。もう誰が見ても、スペインが発火しているわけで、バンキアに資本注入する以前からそうだったのですが、どうして問題が顕在化しないと、日本のマスメディアは騒がないのだろうと。畳の黒カビに気がつかない私レベルでも、記者が務まるというのは不思議な国です。

 要は、先週ぐったりしましたという「寝言」ですが、生活する空間が変わると気分も変わりますね。40までにくたばる予定だったので、それを過ぎてからのことはまったく考えていなかったのですが、さすがにそれではまずいなと。これはやりたいということも終わっていないので、60ぐらいまで「定年」を延長するしかないのかもしれません。だとしたら、20代の結婚しないという選択肢は間違いだったかもなあと。早死にするだろうという人間だったので、「後顧の憂いなく」くたばれるよう、家族などはすべて捨てるつもりでした。まあ、どの道、ガキの頃からイデオロギーというよりは人生に対する態度の根本は個人主義なので、今更、家族ねえという面もあります。今やっていることを続けるぐらいしかできないし、くたばるまでに完成するという保証もないのですが、こんなものかなと。こんなもの程度でも、環境が変わると、快適にできるかもと思った意味では大きな転機でした。


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2012年05月17日

ルピーの急落とインドの緊縮財政

 風邪の症状からの回復が異常に遅いです。おまけに、引越しの準備では見積りの甘さが露呈して非常に苦しい状態です。環境が落ち着くまで「時の最果て」もお休みさせてもらってよいなかと。

 ただ、気になる話が次から次へと入ってくるので、なかなか休めないです。Washington Postが2012年5月16日付で配信したSimon Denyerの"India promises “some austerity” as rupee collapses"という記事は、ルピーの急落によって、緊縮財政へと舵を切るよう、インド政府に市場から圧力がかかっている一方、短期的には困難な状況を描写しています。他方、長期ではインド経済の自由化が進むだろうという見通しが基本になっており、新興国の光景は苦しいとはいえ明るさがあるのが救いです。

 それにしても、長期的な経済成長のプロセスで自国通貨の減価に苦しまなかった国というのは、日本と現在までの中国ぐらいで珍しいのかもしれません。この点を掘り下げるには力量不足ですね。嫌なことに、世界的な大不況の兆候が強まっていて、仮に起こりうる事態に対応する手段があまりに不足していることに慄然とします。

2012年05月15日

不況本番(?)と政治システムの不安定化

 ざっくり世の中を見るのには、ロイターが配信した"Wall Street to slide, S&P 500 faces key test"という記事で十分でしょう。ギリシャが揉めて欧州が大変です。次に、中国も景気後退の懸念が強まっていますと。あとは、真打のアメリカが重なれば、おまけ程度でしかありませんが日本も加えて、"quadruple"が完成しますねえ。これは付加価値ベースで世界全体の6割を超えるので、ほぼ「完全致死連鎖」と見なしてもよいのでしょう。2008年の金融危機以降、ユーロ圏を除いて、拡張的財政政策に極端な金融緩和が続いているので、日米にはほとんど選択肢がなく、ユーロ圏は緊縮財政を続ければ、スペインで80もの都市で万単位でデモが起きる状況です。日本語で眺めていると、既に発火済みのギリシャばかりを取り上げているのですが、問題はギリシャがユーロから離脱するかどうかではなく、スペインやイタリアがいつ発火するかどうかでしょう。

 乱暴に言えば、国際的に投資家が強気に傾いているのか、弱気になっているのかを見るには、米国債の金利と石油のドル建て価格を見れば十分だろうと。見ると、本当に弱気ですね。金がドルに対して大幅に下落しているのを見ると、中国やインドもさすがに金を買うのが怖いのか無意味だと感じたのかまではわかりませんが、新興国のカネの流れも明らかに変調気味でしょう。というよりも、彼らは先進国以上に金の使い方を知らない。

 現状は、ユーロ圏が景気後退といってよいのでしょう。Wall Street Journalが2012年5月14日付で配信したIlona Billingtonの"Euro-Zone Industrial Output Stokes Recession Fears"
という記事で描写されているように、3月の工業生産の低下は3月で0.3%、年率換算で2.2%の減少で、2008年以降ではそれほどでもないように見えますが、2月はプラス成長のものの、下方修正されています。工業生産は国内総生産の成長率に与える影響が大きく、1-3月期は0.2%の成長率低下というのが向こうのエコノミストの平均的な予想のようです。

 オバマ米大統領が就任した2009年には財政による景気刺激策が試みられましたが、目覚しい効果はなかったと思います。金融危機を凌ぐにあたっては、FRBの金融緩和の方がよほど効果があったのだろうと。財政政策に関しては、積極的に増やしても民間部門の代替はできず、現在のユーロ圏のように引き締めれば確実に景気を悪化させるという状態のようです。財政支出を増加させた場合と減少させた場合で効果の現れ方が異なるのは、やや違和感があって、この整理自体が間違っているのかもしれません。

 20世紀半ば前には、大不況は独裁者が権力を握る素地の一つとなったのでしょう。他方、今日では独裁が復活したくても担い手がいないのが現状でしょう。また、民間部門になりかわって、政府がヒト・モノ・カネなどを移動させるのは民間部門が自発的に行った場合ほどのパフォーマンスを挙げないことも、ほぼ自明といってよい。そもそも、ユーロ圏以外でも政府債務が膨張している現代では必要なことだけやるという、言うのは簡単ですが、平凡な指導者ではまずできないことが要求されている。時代のニーズに応えられない政治的指導者は疎まれ、代わりがろくでもない状態が続くと、政治システムそのものへの不信が強まる。

 それでも現代の民主主義国はよく無政府状態に陥らずに機能しているなと。変な表現になりますが、少しだけ不思議だったりします。


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2012年05月13日

考えるだけでうんざりしそうな今年の夏

 先週の月曜日にマスクを外して生活したら、のどが乾燥しました。不甲斐ないことに、金曜日には風邪をひき、鼻とのどの炎症がひどくなり、今年の1月を起点とすると、黄緑色で血が混ざった痰が初めて出ました。芸がないのですが、耳鼻科で症状の悪化を訴えて薬を飲んで土日はとにかく貪るように寝ました。睡眠不足もたたっているので、休養にはなりました。他方で、新しい部屋の引き渡しが今月25日で、今月内に退去するという約束をしたので、かなり過酷な日程です。最悪の場合、机の上と引出ごとに段ボールに詰めてしまえば、引越し自体はなんとかなるでしょうが、問題は床に敷くカーペットです。マスクをした上で業者立会いの下、再度、寸法を取り直して、図面を見ていると、長方形で部屋全体をカーペットで敷き詰めようとすると、柱が出っ張っているため、角の一つを取り除かなく必要が生じます。一つの部屋は、横を狭くとってあえてフローリングを覆う必要もなかろうと。本棚のスペースが240cmほどなので、耐震用に別の手を打てばよかろうと。もう一つの部屋がどうやっても難しいので、可能であれば加工してもらうことにしました。段々、面倒になってきてDKはコルクのマットでも使おうかと。今、使っているカーペットは、大学進学時に買ったものやそこまで遡らなくても20年近いものがありますので、家具とともに替えた方がよいだろうと。

 しかし、段ボール箱を30個分、準備したのですが、とっくに足りなくなっているので、唖然とします。自分では極限まで捨てているつもりですが、後で見ると、甘かったりしますね。しかも、最後に集中力が要求される段階での風邪はかなり痛いです。不幸中の幸いは、電力が不足しそうにない状態での転居になりそうなことぐらいでしょうか。ヤバい地域に住んでいるので、本当にヤバい状態になったら、親元へ「疎開」する話もありましたが、室内気温が32度を超えないと、エアコンを入れないという話を聞いて諦めました。熱中症で意識が朦朧としてお陀仏という姿が見えそうで、これはこれで私みたいな、いかれた「外道」にはお似合いだったりします。

 『産経』が今頃になって関西の自治体の首長を対象として危機感が足りないと説教をしているのを見ると、滑稽と申しますか。この手の話は、昨年の9月の段階で来年の布石を打っていないと間に合わないわけでして、そうでなくても冬場の電力も逼迫の可能性が高かったわけですから、現日本政府の実務能力の低さを象徴している話だと思います。「東日本大震災復興特別会計(仮称)」という苦し紛れの予算枠を作ったものの、歳入で44兆円もの公債金を見込んでいるなど、財政再建に本気ならこんな予算にならんだろうという状態で、すべては、消費税率の引上げという他のことをやってから、取り組むべき課題を他のことに優先させた豚の凡ミスでしょう。失政というほどのこともない。バカに権力をとらせれば、こうなるというたけでして、近畿地方におかれましては、いかれた首長を選ばれているわけですし、「苛政は虎よりも猛なり」を他地域に示す絶好の機会ではないかと。

 ただ、ツイッターのまとめかなにかで系統連系で大規模停電の可能性みたいな話になっていて、ちょっとついていけない感じです。周波数が同じでも、電力の融通が容易ではないというのは中部電力と北陸電力の融通が交流では難しいことでも明らかです。今回も、酔っぱらった父上がソースなのでかなり怖いのですが、60Hz地帯をある電力管内と同じようにみなすのは無理があって、関西電力管内で大規模停電が起きたとしても、融通している中部電力にはほとんど影響しないだろうと。ただ、関西電力と中部電力、関西電力と北陸電力はかなり相性がいいらしいので、普通なら無理な融通もできてしまうそうですが、それでも、こちらも需要家に頭を下げて節電をお願いしているので、融通にも限度があり、系統連系で大規模停電が波及する可能性はまずないとはっきり言っていました。

 さすがに首都圏で大規模停電となると全国的に影響が大きいのですが、近畿地方なら、『産経』様もおっしゃる通り、首長もアレですから、大規模停電の怖さを実感するにはちょうどよいのではと。何事も経験ですよ、経験(本当か?)。


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posted by Hache at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言

2012年05月05日

成長と財政再建の両立 ECBの場合

 「寝言」を書いていたら、そのまま寝落ちしそうになりましたので、PCの電源を落とそうとして、書きかけの「寝言」を保存したら、うっかり非公開にするのを忘れておりました。こちらは消しますね。理由は簡単で、記事を読み返していたら、なんか変だなと。最初にとりあげようとしていたのは、New York Timesが2012年5月3日付で配信したRaphael Minder and Jack Ewingの"European Central Bank Opposes Higher Taxes"という記事ですが、どうも文脈が読み取りづらいので、土曜日にECBのサイトで理事会後のドラギECB総裁の会見を書き起こしたものを読むと、かなり印象が変わります(参考)。5番目の質問へのドラギの回答が興味深いです。その後の質疑応答も合わると、おおむね、次のような注文を各国の財政政策につける形になっています。

(1)経済成長と財政再建は両立する。

(2)経済成長には構造改革が不可欠である。財市場では起業と競争が必要であり、労働市場では、とりわけ若年層の失業へ対応するため、柔軟性と移動のしやすさ、公平さが確保されることが大切である。

(3)財政再建においては増税は好ましくない。なぜなら、ユーロ圏の各国の税率は既に十分に高いからだ。したがって、歳出削減が主たる手段になる。危機においては、より容易な増税と投資支出の削減の組み合わせが選択されるが、経常支出を削減することが要であり、投資支出を削減したり増税は好ましくない。

 ECBのサイトにYouTubeにアップロードされた記者会見の動画があるのですが、ドラギさんが時々、噛んだり、スペイン語がわからなかったりと、なかなかドタバタもあって楽しいのですが、連休のせいか、途中で何度も寝てしまいました。まあ、本業の金融政策はと言えば、金利は変えません、出口戦略を口にするのは時期尚早でございますでテンプレ化しているので、聞いていてもやや退屈なのは否定できないです。時折、英語圏の記者が質問すると、一気に要求されるリスニング能力が上がるので、迷惑だったりします。



 経済成長と財政健全化の両立を目指すというのは、普通だろうと。それ以前のECB関連で質疑応答に目を通しているわけではないので、フランス大統領選挙やオランダの政治的混迷がどの程度、影響しているのかはわかりませんが、こいつ将来、貧乏しそうだなあという相手に高利ですら金を貸すのはリスクが高いので、経済成長を財政健全化と両輪にすること自体は、まともでしょう。

 他方、偶然なのかはわかりませんが、イタリアはしばらくファイヤーウォールが機能しそうですが、火がつきそうなスペインで理事会を行ったということは、現実には有事の対応が要求されていて、ドラギはうまくそのあたりの弾を隠した印象もあります。他方、中国のみならず、アジア全域の経済で不良債権問題が水面下で生じつつあるという観測もあり、米国の長期金利が1.9%を切る状態では、投資家の心理は相当、弱気になっていると見る方がよいのでしょう。小難しく言えば、リスク許容度はかなり低いと見た方が無難なのでしょう。

 ちなみに、「時の最果て」では財政危機という用語はできるだけ避け、債務危機としております。それなりの理由がありまして、もちろん、国債の償還が問題ではあるのですが、欧州の銀行の不良債権問題も同時に火がつくので、アバウトに債務危機としております。端的に言えば、スペインの経済成長率が低迷すると、スペインの長期金利が上昇するだけではなく、資産価格の低下を契機に住宅ローンをはじめ、スペイン国内の民間部門の債務も問題視されるということです。その点でも、仮にドラギが主張する経済成長と財政再建の両立に関するユーロ圏諸国の政治的合意が成立したとしても、リスク許容度が低下していることは、スペインを苦境に立たせる確率を上昇させるでしょう。『日経』かどこかが、スペインの国債発行残高がギリシャの約2倍とか無意味な数字を出しておりましたが、単なる財政危機として見ていると、「処理」に必要な資金を見誤ることになるでしょう。国債が信用されないということは民間の債務はもっと危険ということになりますから。

 「平日ボケ」で、4月下旬から主要な経済指標をあまり見ていなかったのですが、米国債が1.8%台、JGBが0.8%台というのはかなり危険なシグナルでしょう。抹消する方の「寝言」にも書きましたが、経済成長を加速するためには、ある程度の「バブル」を容認しないと、無理だろうと。他方、これだけ金融緩和を行っても、資産市場で国債を好む傾向が強いというのは、民間部門の資産価格を意図的に上昇させることがほとんど不可能であることを示しているのでしょう。ドラギの「処方箋」は、もう少しマイルドな環境であれば、十分な気がするのですが、債務問題が生じそうな国や安全とされている国の現状を見ると、財政規律を相当、犠牲にする覚悟がないと、スペインが発火し、イタリアまで延焼するリスクを無視することは非常に難しいと思います。


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2012年05月03日

チェンバロとピアノの歴史(2)

 目利きの方が貸してくれたのが『アート・オブ・コンダクティング』というDVDでした。これについても書きだすとキリがないのですが、シュヴァルツコップのインタビューでフルトヴェングラーとベームを評価する一方、対照的な指揮者としてカラヤンを挙げていたのが印象的でした。まあ、このなんとも言えない、少し鼻につく、敷居の高さがクラシック音楽の特徴でしょうか。実は、私自身、相手から振られない限り、クラシック音楽について話すことはありません。シュヴァルツコップの評価は世代を考えれば理解できますが、日本人で50を超えているかどうかという人がカラヤンは俗受けするタイプとバカにするのを見ると、クラシックが好きと素直に言えない自分がいますね。LPを買っていた頃はほとんどがカラヤン指揮のベルリンフィルでしたから。悪く言うのは簡単ですが、あれほどクラシック音楽のファンを増やすのに貢献した人は数がやはり少ないのではと思うのですが。

 「続き」にある動画を貼りましたが、再生数が5000ぐらいで、なんだかなあというコメントが目立つのはクラシック音楽ぐらいではと。評論が好きというのは決して悪いとは思わないのですが、既にクラシック音楽というジャンル自体が左前の時代に、さらに人を遠ざけるタイプがほかのジャンルより多いとなると大変だなと。正直なところ、時々、クラシック音楽を趣味として挙げるのはなんとなくためらいを覚えることもあります。

 他方、高齢化が進むと、クラシック音楽というのは案外、無視できないマーケットとして存続し続けるかもしれないという、あまり根拠のない楽観もあります。実を言えば、40歳になる前にくたばる予定だったので、こうして生きているのは困ったものだなあと。とりあえず、仕事をする一方で、最近は昔ほどの熱意が薄れてきていることも実感しますので、ボケないようにクラシックでもという感じです。海外事情は、英語圏に出かけた際に困らない程度に単語を覚えておこうかという感じですし。カネがなかったら、60歳あたりで文字通りの人生の「定年」でいいんじゃねというところでしょうか。

 それはさておき、ピアノの話の続きです。ピアノがチェンバロの改造だったというのはそれほど意外ではないのですが、イタリアだったというのは意外でした。クリストフォリの没後、フォルテ・ピアノを経て現代のピアノにいたるのですが、顕著な改良の代表は、まずウィーンで生じたようです。例によって浜松市立楽器博物館の資料の写真です。

piano_Vienna

 外観だけを見ても、どこが変化したのかはわかりづらいです。「ウィーン式」と命名されているアクションの説明と展示を見てみましょう。

action_of_Vienna

アクション(1) ウィーン式アクション

 このアクションは、別名「はね上げ式」とも呼ばれ1770年代中頃に完成されたといわれています。ウィーン式アクションのピアノは、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマンなどに愛されました。タッチが軽やかで繊細な音色です。しかし、より力強い音が出せるイギリス系のアクションの広まりとともに次第に使われなくなりました。(浜松市立楽器博物館)


 次の写真はウィーン式アクションの模型ですが、実際に鍵盤部分を強弱をつけて叩くと、音量を調整できることがわかります。前回、省略してしまいましたが、チェンバロの模型で鍵盤を叩く強弱を変えても、音量がほとんど変わらないことも試すことができます。

action_of_Vienna2

 下の写真は、アクションをさらに模式化した図です。意外と仕組みは単純ですが、チェンバロと比較すると、既に複雑になっていることがわかります。

action_of_Vienna3

 ピアノの歴史に詳しいわけではないのですが、私みたいなど素人からすると、19世紀以前ではやはり西洋音楽の中心はイタリア(フランスは消費地として無視はできないのですが)であり、そこで発明されたピアノがウィーンというパリほどではないにしても、当時としては巨大な音楽の消費地で改良がされたというのは、中心から周辺に音楽の重心が移っていくプロセスの一つだったのかなあと。ただ、モーツァルトのピアノ協奏曲とベートヴェンのピアノソナタでは異なる楽器で演奏されることを想定していたのではないかと思っていただけに意外な解説でした。

 次は、かなり驚きましたが、目立った改良は次にイギリスで生じたようです。下の写真が陳列されていたイギリス製のピアノです。

piano_of_Britain

 「イギリス式アクション」とされている鍵盤を叩いて弦を叩く動作は、かなり複雑になっていきます。簡潔に要点を記しているのが下の写真の説明です。自分の影がかなり邪魔なのが遺憾ですが。

action_of_Britain

アクション(2) イギリス式アクション

 「突き上げ式」とも呼ばれるこのアクションは、1770年頃にイギリスで作られました。イギリス式アクションのピアノは、晩年のハイドン、ベートーヴェン、ショパンなどが演奏し、イギリスのみならずヨーロッパ各地の製作者が採用しました。タッチも響きも重厚で、後のフランス式アクション(現代のピアノアクション)へと繋がっていきます。(浜松市立楽器博物館)


 博物館の説明ではウィーン式アクションとほぼ同時期にイギリス式アクションが製作されたことになります。ピアノ製造技術の革新がどの程度のスピードで広がったのかは記述がないので、想像するか、考えないようにするかしかありません。モーツァルトの死がバスチーユ監獄襲撃から2年後、私自身が好きなピアノ協奏曲第21番が1785年、有名な第23番が1786年とすると、モーツァルトがピアノ協奏曲のお披露目に使おうと考えていたピアノを想像すると、かなり混乱します。機械的には、(1)クリストフォリ没後、原型に多少手を加えた程度のピアノ、(2)ウィーン式アクションを採用したピアノ、(3)イギリス式アクションを採用したピアノに、それぞれを組み合わせた可能性もあります。他方、ウィーン式アクションとイギリス式アクションの説明の双方に名前が出るのはベートーヴェンだけです。模型で叩いてみただけですので、わからないのですが、モーツァルトのピアノ協奏曲は20番と24番以外は長調で、軽やかで華やかさが中心ですので、モーツァルトの頃にはイギリス式アクションのピアノはウィーンでは知られていなかったか、モーツァルト自身が楽器の変化に鈍感だったか、どちらかなのかもしれません。

 妄想はさておき、イギリス式アクションの模型です。パッと見ただけで、ウィーン式よりも複雑になっています。

action_of_Britain2

 例によって、さらに模式化した図の写真ですが、模型をパッと見ただけではわからない程度にまで複雑になっています。ウィーン式よりもハンマーが全体の支点から遠ざかり、より強く弦をはじく仕組みになっているように見えます。

action_of_Britain3

 古楽とは異なる視点から楽器を見ていますが、古楽関連の書籍を読んだ方がよいのかなあとも。私の場合、演奏に使われていたであろう楽器を作曲家の視点からとらえたいなあと考えておりましたが、古楽と変わらんですね。ベートーヴェンあたりですと、ウィーン式アクションのピアノとイギリス式アクションのピアノが混在していた時期になりそうです。他方、それ以後のピアノとの接点は、あったとしても少ないのでしょう。

 次は、フランス式アクションです。実は、フランス式アクションのピアノかどうか、ペダル部分の写真しか撮っていないので、いきなり説明からです。

action_of_France

アクション(3) フランス式アクション

 フランス式アクションは、イギリス式(突き上げ式)を基に、連打機能(鍵を完全に戻さなくても再度打弦できる装置)を追加したものです。このアクションは、現代のピアノと基本的な機能は同じで、1821年にフランス・エラール社によって考案されました。このアクションを用いてリストなどの作曲家は、超絶技巧を用いた楽曲の演奏ができるようになります。(浜松市立楽器博物館)


 フランス式アクションとなると、時代がはっきり異なって、イタリアのように個人ではなく、はっきりと会社になるのが興味深いです。ちにみに、模型で鍵を叩くと、連打が可能であることが素人でもわかります。

action_of_France2

 説明ではリストの名前が挙げられていますが、例えばラヴェルの「夜のガスパール」あたりも、このような楽器が存在しないと、演奏は無理なのではと思います。例はキリがなさそうなのでやめますが、クリストフォリの発明で音の強弱がつけられるようになった改造されたチェンバロは、19世紀になると連打が可能になるところまできました。ピアノと言えばやはりショパンでしょうが、突き上げ式がなければ、作曲自体が変わっていたのかもしれません。

 自分で演奏できる楽器が皆無ということも大きいのですが、単に音楽をボーっと鑑賞していたのが、段々と、聴いているうちに、楽器が気になるようになりました。今回は、ピアノ関係で最も国内で集積が進んでいるであろう博物館を訪れたおかげで、基本原理が理解できるようになりました。実は、浜松に住んでいた頃に、ピアノを習いたいと言ったら、母上に、ピアニストにでもなるのと嘲笑とともに幼い、穢れのない心を汚された記憶があります。ピアノの歴史をたどるのがやっとですが、なかなか楽しいです。

 ちなみに、クラシックに関しては敷居の高さを感じさせない目利きの方は、「オーディオ唯物論者」です。コンサートを除いたら、その人の耳は、使っているオーディオセットの音のよさで決まるという説で、これに反駁するのは極めて難しいです。アンプは真空管、スピーカーはどでかいのでびっくりしましたが、これでクライバー指揮、ウィーンフィル演奏のブラームスの4番を聴いていたら、いきそうになりました。聴いている途中で「あれここのコントラバスの響きがバイエルンと異なりますね」と思わず呟いたら、「しょぼい環境で耳が意外と超えてるのお」と言われて、いろいろ教えて頂いております。私の場合は、その時代の代表的な楽器が作曲家を規定してしまうという「楽器唯物論者」といったところでしょうか。古楽との違いは、発想が単純すぎるということでおしまい。







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posted by Hache at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな?寝言

2012年05月01日

チェンバロとピアノの歴史(1)

 慶事の前は緊張します。率直なところ、時間通りに到着した段階で9割方、終わったような気分です。あとは流れに身を任せて余計なことを口にしないことさえ気を付ければという感じでしょうか。自分自身が披露宴をしたいと思ったことがないので、ピンとこない部分が多いのですが、やはりめでたいことはめでたく、気分も軽くなります。まあ、お調子者の同窓生がいろいろやってくれるので、後半はそちらをどうしようか、無視しようかと困っておりましたが。一番、困るのは、お前はまだかという話でして、候補すらいないのに無理ですよでは逃げ切れなくて、本気で紹介してくれそうな雰囲気だったので、防戦一方でした。しかも、極度の寝不足で体力的には限界に近く、終わってホッとした感じでした。まさか、『ぷよm@s』を土曜の夕方から見始めたら、止まらなくなったなんて本当のことを言うのはさすがに気が引けますし。ああ、厨二病なんだなあと、題材になっているゲームを2つともやっていないのにもかかわらず、ここまでのめりこんでしまう自分を見ながら、既に廃人なのかもと遅れて自覚がやってくる始末です(メジャーな動画のようなのでリンクは省略です。私のマイリストにポイントとなるパートが入っていますが、非公開なのであしからず)。

 あとはのどと引越しですが、かなり良い方向で変化しました。のどは比較的に湿度が低い浜松でも、マスクなしで痛むことはなかったです。弱い炎症は残っていそうですが、抗生剤のおかげで炎症はかなり鎮火したのではと思います。逆に言えば、3月から2か月近く抗生剤を飲み続けているので、そろそろ治まってくれないと、腸内のバランスがおかしくなっているのではと。お食事中の方には申し訳ないのですが、珍しくお腹を下した状態が続いています。引越しも移転先が空いて、間取りを確認しました。連休明けには不動産屋さんから階層のスケジュールが提示される段取りです。早ければ、5月13日の週、遅くても27日の週には引越し作業ができそうですので、しばらくは落ち着かない部分もありますが、懸案が一歩進むのは精神的に良いです。4階に移る程度の話ですが、見晴らしが思ったよりも良くて、しかもDK中心とはいえ、6畳強ほど広くなるので、本棚を置くスペースが一気に拡大します。冷静に考えると、引越しの時期が1か月ほどずれたおかげで、慶事にも支障なく参加できました。今年は思い通りいかなくても、積極的に物事を捉えた方がよいのかなと。

 それはさておき、浜松市立楽器博物館に行ってきました(参考)。ここを訪ねるのは2度目ですが、満足感をえるには3時間は必要だろうと、11時前に入館しました。昼食休憩を入れてだいたい午後2時過ぎに出ましたので、予定通りでした。ちなみに、私自身は音痴の上に、ピアノを始め、まともに弾ける楽器は皆無です。ただ、さすがに聴くだけとはいえ、楽器の知識がなくては鑑賞すらできないので、こちらの博物館のお世話になりました。地上1階と地下1階の建物ですが、中はかなり濃度が来いと思います。浜松だけにピアノ関係の集積が半端ではなく、もっと客をよぶコンテンツに育ったらよいのになあと思うのですが。60代以降も生きる羽目になったら、住んだ中で一番、過ごしやすかったのは静岡県内でしたので、津波が来るぞといくら地震学者が脅しても、静岡で老後を過ごしたいというのがささやかな夢です。この手の話題はかなり危険でして、浜松市と静岡市の両方で暮らしたことがあるので、どちらがいいかという話は避けたいところです。政治的配慮抜きでいけば、どちらでもいいというところでしょうか。付き合いからいけば、やはり住んだ期間が長かったことも大きくて浜松ですが、どちらも捨てがたいです。

 楽器の話に戻ります。1度目に来たときには、情報量が多すぎて、ただ写真をとるばかりでした。今回は、チェンバロとピアノの区別とどこまでが類似しているのかを把握したいと目的が絞れていたので、他のパートを流す予定でしたが、いきなり筝を見たら、はまってしまいます。自分で演奏することはもちろんないのですが、筝の演奏を聞いてから、日本の楽器というのもいいものだなあと。結局、前と同じく、千鳥足状態で、あっちふらふら、こっちふらふらと目的が曖昧になりかけたのですが、さすがに、下のパイプオルガンを見たら、目的を思い出しました。ちなみに、鍵盤楽器は文句なく日本一だろうと思うのですが、1階に電子楽器の陳列があり、これはこれで圧巻です。地下1階はアコースティック鍵盤楽器がほぼ揃っていて、これだけの収集をしているところは他にはないのではと思います。

organ

 オルガンの解説も簡潔ですが、わかりやすいです。以下、著作権で余計な争いを起こすつもりはないので、写真と浜松市立楽器博物館の解説であることをすべてに関してお断りを入れておきます。ご覧のように、解説を撮影しようとすると自分の影が映ってしまっていて恥ずかしいのですが、撮影に関してもずぶの素人ですので、お見苦しい点はご容赦を。

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オルガン
 本来はパイプ・オルガンのみをさし、次の3つの装置を持つことが条件。
 1. 演奏のための鍵盤装置 2. 風によってなるパイプ 3. パイプに風を送る機械装置
 構造やサイズは多様。ポジティブ・オフガン、ポルタティーフ・オルガンなどの種類がある。発音構造上はバンパイプが起源。上記の3つの装置を持つ最初のものは、BC250年頃アレキサンドリアで発明されたヒュドラリウス(水オルガン)。以後古代ギリシアとローマで発達した。中世以降キリスト教会で使用され、普及改良が進む。鍵盤やパイプの増加にともない巨大化した。
 名称はギリシア語Organo、ラテン語organum(道具、器官)に由来。今日では発音原理が異なるリード・オルガンや電子オルガンも意味する。(浜松市立楽器博物館)


 幅はそれほどでもないのですが、高さは2mを超しているというところでしょうか。ちなみに、陳列物を見終えたところで、オルガンの解説をしますとのアナウンスがありましたので、そそくさと見に行きました。若い女性が解説をした後、グレゴリオ聖歌をまず演奏。続いて、ちょっと聴いたことがない聖歌でしたが、最後がやはり「アーメン」と聴こえてくるので、解説が終わってから、おずおずと聖歌でしょうかと尋ねるとそうですとのことでした。解説中に驚きましたが、3択クイズで形式でこのオルガン内部におおむね何本のパイプが入っているでしょうという出題があって、正解は150本。鍵盤一つに3本のパイプが対応しているとのことです。オルガンの左下に3本のカギがあって、鍵盤一つに対応するパイプを1本、2本、3本と選択できるそうです。実は、一番最後に聴いた解説でしたが、鍵盤楽器は、鍵盤そのものがなるのではなく、鍵盤を叩く動作によって別のものが鳴る構造になっているという、音楽の専門家が聞いたら噴き出すであろう基本をようやく理解した次第です。

 たまたま、入った入口からオルガンを見て、次にチェンバロ、ピアノの成立と歴史を追う形になりました。下が、チェンバロの一つです。代表的な陳列はCD録音のため陳列から離れておりました。

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 上の写真は、1640年頃にフィレンツェで製作されたチェンバロです。こんな古い楽器が新鮮な音色を奏でるのには驚きでした。

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 実は、オルガンの解説が1時から、チェンバロの解説が12時からとこちらが先でしたが、オルガンから入った方がよいでしょうと。チェンバロの響きは実に快く、やはり好きな楽器です。実は解説前に写真を撮っていたのですが、解説を聞き終えてから、あまりわかっていないことに気がつきました。

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チェンバロ

 鍵盤を押すとジャック(木片)が上がり、その先に取り付けられたプレクトラム(鳥の羽軸や皮製の爪)で弦をはじく。大型のものではひとつのジャックが複数の弦を同時にはじき音量を上げたり、音色を変化させたりすることができる。
 ヴァージナルやスピネットをチェンバロの一種とすることもある。
 期限は不詳だが、弦をはじく楽器(プサルテリウムなど)に鍵盤をつけたものは15cにすでに存在したと考えられている。
 イタリア、オランダ、イギリス、フランスを中心に作製。16c−18cが全盛期。
 名称のチェンバロはラテン語のツィンバロム(打楽器や弦楽器を指す言葉)に由来。英語のハープシコードはハープharp(ハープ)+コードchord(弦)。(浜松市立楽器博物館)


 解説のおかげで、チェンバロは弦を弾く、ピアノは弦を叩くという基本が理解できました(実際には中間的な楽器があるのでかなり単純化されていますが)。『ナンネル・モーツァルト』を観たときに、クラヴサンをクラヴィーアと訳していて違和感があったのですが、このあたりは後で見ますが、微妙なところで、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』もあるので、クラヴィーアからチェンバロを外すのは、あまりにも現代的なようです。他方、解説ではピアノとの違いが強調されていました。チェンバロの動作原理を図式化した模型が下の写真です。

 action_of_harpsichord

 さらに、上記の動作を図で単純化したのが次の写真です。これを見ると、後のピアノと比較して、単純である一方、鍵盤を叩くという動作がてこの原理を使っている点は基本的には同じであることがわかりやすいと思います。

action_of_harpsichord2

 下の写真はオルガンの解説を聴き終えてから慌ててとりました。順路としては歴史をたどるように心がけたつもりでしたが、見逃しているものが多いことに整理していると気がつきます。クリストフォリの名前を恥ずかしながら、この展示で初めて知りました。

history_of_piano

ピアノの誕生

 ピアノは1700年頃にイタリア、フィレンツェのメディチ家に仕えていた楽器製作者、バルトロメオ・クリストフォリ(1655-1731)によってチェンバロを改造し考案されました。当時の花形鍵盤楽器のチェンバロとクリストフォリが発明したピアノは、外見はよく似ていますが、発音原理に大きな違いがあります。チェンバロは鳥の羽軸(うじく)などで作られた小さなツメで弦をはじきますが、ピアノは弦をハンマーで叩きます。この違いによって、ピアノは音の強弱を手元(鍵盤を押す強さ)で変えられるようになりました。ピアノが発明当時に呼ばれていた「グラーヴェチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」(弱音と強音が出る大きなチェンバロ)という名からも、音量に注目されていたことが分かります。(浜松市立楽器博物館)


 「ヘタリア」という俗称が象徴するように、戦争ではからっきしのイタリアですが、ルネサンスも過去になりつつあった18世紀初頭に、こんな発明があるのですから、やはりすごい国です。クリストフォリの死後、18世紀半ばからピアノが広く知れ渡るようになり、100年近い歳月を重ねて、現代的なピアノができあがったそうです。

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クリストフォリ没後のピアノ製造

 クリストフォリの発明したピアノは、1711年に文筆家スキピオーネ・マッフェイが賞賛し、文芸誌で紹介したことで広く知れ渡りました。クリストフォリの没後、18世紀中頃から新しい技術が導入され、ピアノは急激に変化していきます。そして、19世紀後半には現在とほぼ同じ構造になりました。およそ100年に渡るピアノの変化では、主にアクションの改造、音域・音量の拡大などが行われました。この変化の一部は、展示と共に「ワンポイント・ガイド」として紹介していますのでそちらをご覧ください。

フォルテピアノ
 クリストフォリの没後、約100年かけてピアノは現在の形になりました。その過渡期(18世紀中頃から19世紀中頃)に作られたピアノは、現代のピアノと区別するために「フォルテピアノ」と呼ばれています。現代のピアノと比較すると、大きく力強い音は出ませんが、柔らかく繊細な音がでます。また、過渡期ということもあり、各製作者、時代、地域によってそれぞれ個性のある響きを奏でます。昨今の古楽ブームにも乗り、各作曲家が生きていた頃の響きを現代に伝えるフォルテピアノの価値が再評価されています。(浜松市立楽器博物館)


 写真の枚数、文字数も思ったより長くなったので、いったんここで「寝言」もお休みにしましょう。クリストフォリの没後、フランスで現代のピアノの基礎が確立した時期までの写真を次に見ていく予定です。


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posted by Hache at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな?寝言