2006年05月12日

日英同盟の形成にみる偶然と必然

 日英同盟というのは、「不思議な」同盟です。始まりがあまりに幸運であり、終わりがあまりに不運だったという点で。あれほど大陸への恒常的な関与を嫌ったイギリスが、同じ島国とはいえ、遠く離れた極東の島国と同盟を結んだ。「光栄ある孤立」とはよくいったもので、意地の悪い見方をすれば、これほど一面において機会主義的な外交を展開した国は、大陸には見当たらないぐらいです。海の存在が、イギリスに機会主義的な外交を展開する余地を与えていたことが大きいと思います。他方で、「協商」などという勢力圏をお互いに確認しあうだけの関係ですら、いざというときにイギリスは、全力を挙げて同盟国以上の協力を惜しまない。もっとも、第一次大戦でもしドイツが底意地の悪い国でベルギーの中立を侵さずにフランスに攻め込んでいたら、イギリスは対応に苦慮したことでしょう。



 不適切な喩えかもしれませんが、イギリス外交というのは、基本的にはスポット取引を好む。海外というのは彼らにとって信頼に値しない。ヨーロッパの勢力均衡を保つためには、弱い側にイギリスが肩入れをする余地を残しておかなければならない。他方で、長期的取引には非常に慎重である。スポット取引を好むと同時に彼らは、信用を重んじる。長期的取引は、イギリス外交から自由度を奪うために、極力避けられるが、いったん長期契約を結ぶと、これほど信頼できる取引相手というのは存在しないぐらい協力を惜しまない。19世紀末から20世紀の初めに限定すれば、日本の幸運はイギリス側からいろいろ言い逃れの余地がある同盟でも歓迎するほど弱小な国であったことであり、ドイツの不運は言い逃れの余地があることはドイツを軽く見ていると感じるほど強大な国であったということでしょう。



 平間先生や岡崎先生の著作を読んだ割には低次元の議論かもしれませんが、国際関係を見るときにどうしても、考えてしまうのが、「運」または「ツキ」という要素です。もちろん、イギリスのように計算高い国が同盟関係を結ぶというのは、少なくとも無視できない程度の実力がなければならない。日清戦争での勝利、北清事変での貢献と日本軍の綱紀厳正さなどはイギリスが信頼できるパートナーとして注目するに値する出来事だったでしょう。そして、なによりも極東でロシアを抑止できるだけの海軍力をもった国は同盟締結時、日本以外に存在しなかったことが、ドイツの拙い海軍増強策で極東に手が回らなかったイギリスからみて「同盟」という強い絆を結ぶ最大の要因となったことでしょう。ビスマルク亡き後のドイツの外交は、裏から見れば、一歩一歩、イギリス外交の選択肢を狭めていったプロセスでしょう。まあ、「歴史のイフ」というより「寝言」ですが、ヴィルヘルム二世とビューロワ公がビスマルクの見ていた現実を見ていたのなら、統一ドイツは自制に自制を重ねてついにイギリスは日本との同盟の必要性を認めなかったかもしれません。日英同盟にいたるプロセスを軍事バランスから論じること自体に異議はまったくありません。ただ、ヨーロッパ情勢という、当時の日本の実力からすれば、操作する能力が皆無といってよい独立の変数が日本にとって追い風になっていたという「ツキ」がなければ、日英同盟はなかったかもしれない。日英同盟の成立を論じている種々の著作でこの点を無視していることはありませんが、どうしても日本側から同盟成立を論じると、読者の目には蓋然性のほうが強調されてしまいます。物事の偶然と必然のバランスを描写することは非常に難しい。日英同盟は、あまりにその効果がとりわけ日本にとって絶大であったために、描写がリアルになるほど、必然の方が読者の目には強調されてしまう。私自身は、同盟の発効当初は、大西洋の島国と太平洋の島国の利害をぎりぎりまでひっぱて結びつけた「ぎりぎりの同盟」であり、ひとたび両国が結ばれると、いろいろな面から世界史的な意義をもつ同盟となったことになんともいえない感慨を覚えます。



 既に長くなってしまったので、いったん打ち切りますが、本稿の問題意識は、日英同盟の誕生というのは、日本側からは動かすことができない変数によって左右されていたことを忘れてはならないということです。もちろん、幸運というのは努力しないものには降りかかってこない。平間先生は、『日英同盟』(PHP新書 2000年)では『第一次世界大戦と日本海軍』よりもより鮮明に日米同盟の意義を説得するために戦前の日英同盟を分析されています。岡崎先生の、近現代外交史研究の一連の著作も「同工異曲」というべきものでしょう。「英米と強い絆で結ばれていれば、日本の安全はほぼ確実である」という驚くほどシンプルな戦略を緻密な分析で裏付けている。「ある敗戦国の幸福な衰退史」というのは、このような分析の果実を「寝言」スタイルで述べているようなものです。ただ、「外道」の私は、ついつい本旨を忘れていろんなところで道草をしてしまいます。歴史における偶然と必然とか、民主主義の「失敗」など、迷子になりかねない森に迷い込んでしまう。ちゃんとした食事よりも、つまみ食いのほうがおいしいというのは、ダメな人間の典型です。次回は、そのようなダメ人間から見る日英同盟の驚くべき意義と背景について「寝言」をつぶやいてみます。

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