2006年05月22日

日英同盟の形成にみる偶然と必然 まとめ

 ない頭を使いすぎたせいか、湿気にまいったのか、いきなり「夏バテ」状態になってしまいました。まだ、よれよれですが、とりあえず、まとめに入ります。



 ずいぶんと長い寄り道をしましたが、日英同盟の「不思議」にまつわる周辺をさまよってみました。書きながら、疑問が氷解するというより、あれこれの書物を読みながら、自分の疑問がある程度、整理できました。本当は、ビスマルクによる「外交の革命」まで触れる予定でしたが、話が広がりすぎますし、「日英同盟の形成にみる偶然と必然(2)」で触れたビスマルクの後継者たちの失敗の方が今回の問題に強く結びついているので割愛いたします。プロイセン主導のドイツ統一のプロセスは、私も感情抜きで読めないほど、近代国家の成立過程として見事な部分があります。他方で、ビスマルク亡き後のドイツが、アジアにおける日本ではなく中国であるという構図を外交上、明確にすることが今日では肝要であると思います。まとめとしては不十分ですが、7回のシリーズを書いてみて、中間的なまとめというよりも、感想です。ほとんど常識に属することばかりですが、当たり前のことを自明とせずに意識しておかないと、勘違いをしてしまう非常識な者の戯言と読み流していただければ幸いです。



(1)ロシアの脅威から日本は、英国との同盟を求めていた。同盟締結当時、英国も、極東でロシアの脅威に苦慮していた。日英同盟は、ロシアの脅威という点で利害の一致があったことが大前提であった。さらに、日本が英国からみて同盟国とするにたるだけの自助努力を行っていた。他方で、「我々には永久の同盟も永久の敵もない」というパーマストンの言葉は、英国外交だけでなく、今日の国際関係でもあてはまる。それにもかかわらず、日英同盟は1902年に締結され、1923年の失効まで20年の長きにわたって日英を結びつけた。海洋国家どうしの絆は当面の脅威が去っても、持続する利害の一致がある。



(2)国際秩序の安定性は、第1に、秩序の構成者の利害が一致する、あるいは不一致があっても秩序を破壊しないレベルに至らないことである。第2に、その現実を秩序の構成者が理解しているということを互いに共有しているという「信念」が成立することである。第3に、価値の共有は、秩序を安定させると同時に秩序そのものから生じてくる側面をもつ。



(3)同盟は、国際秩序を形成する最も有効な手段である。ただし、独立した国家どうしに恒常的な利害の一致はありえない。メッテルニヒが弱者の立場から、ビスマルクが強者の立場から理解したように、利害の一致とは、利害を異にする側面をもつ国家間の妥協の産物でしかない。



(4)ニコルソンにしたがうと、英国の優れた外交官は、「そしてすぐれた外交の基礎はすぐれた商売の基礎と同じであること――すなわち、信用、信頼、熟慮、妥協であることを知っている」。このような英国外交の常識は、クロー覚書で示された英国の島国という地理的な条件、通商の利益の必要性という基礎条件から生まれてきた。キッシンジャーは、さらに英国の政体の先進性にその基礎を求めている。気長な話ではあるが、19世紀の英国外交のように成熟した外交を行うには、百年単位で形成される民主的なコンセンサスが必要である。他方で、英国のおかげで勢力均衡がコンセンサスの主たる内容であることも自明である。



 ふと思うのは、日英同盟を失ったことは、日本にとって打撃であっただけでなく、英米にとっても不幸なことであったということです。日本が対中戦争にのめりこんでいった過程は、軍国主義などという、お世辞にも一貫した戦略的な意思決定のプロセスによるものではなく、民主主義の失敗という日本独自の問題であったと思います。他方で、日本の軍事力は、英米を屈服させるにはあまりに貧弱でしたが、アジアから「英米本位の平和主義を排す」には十分すぎるぐらいでした。詳しくは、『第一次世界大戦と日本海軍』に関するメモで触れてゆきますが、日英同盟が廃棄に至る過程は非常に複雑です。もちろん、日露戦争に日本が勝利し、英露協商の成立によって同盟の本来の意義が希薄になったことは事実でしょう。他方で、地中海に派遣された第二特務艦隊の活躍は目覚しく、中国や南洋諸島情勢とあいまって、かえってアメリカの世論の猜疑を招いたという点は皮肉としかいいようがありません。民主国の国内世論というのが、判官贔屓であるというのはアメリカに限ったことではないと思いますが、当時のアメリカの世論は、あまりにナイーブでした。



 日本人としては遺憾なのですが、それ以上に日本はナイーブでした。現在で言えば、第一次大戦での海軍の活躍は集団的自衛権の行使にあたるものでしたが、それが短期で認められないと、アジア主義の高揚、英米への対決という方向に向かったのは、稚拙な表現ですが、本当に惜しいと思います。幣原外交の破綻の背景には、英米への怨恨感情が少なくないだろうと思います。



 話が飛躍しますが、露悪的に言ってしまえば、世界を方向付けるだけの力をもった英米と同盟関係にあることは、日本の安全に直接、寄与するだけでなく、英米の選択肢を、ある程度までとはいえ、限定してしまうという点でも日本の安全に寄与するでしょう。同盟というのは失ってから、その価値がわかるとはいえ、同じ失敗を繰り返せば愚かというものです。第一次大戦における対英協力は、けっして利他的な動機に基づくものではありませんが、やはり私たち自身が記憶しておくべきことだと思います。『第一次世界大戦と日本海軍』に関するメモは、私自身の戦前史の理解が浅いために雑駁なものとなりますが、お読みいただければ幸いです。

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