2006年06月03日

聯合艦隊解散之辞

 戸??一成編『秋山真之戦術論集』(中央公論新社、2005年)に「聯合艦隊解散之辞」が収められていました。思わず、久々に読み耽っておりました。この文章は、現代人、とりわけ、自衛官の方のように国防に直接携わっていない人間にはには難しすぎるように思います。私のような、素人かつ「外道」からすると、軍人としてしごく真っ当な心得を、格調高く述べているにすぎないように感じてしまいます。むしろ、日本海海戦に勝利した後だけに、訓示の形とはいえ、自信をもって自国の軍の強さに矜持をもち、それを保つことが肝要であることを示しているように思いました。後半部分は、「古今東西の殷鑑」を簡潔に挙げながら、今後、訪れるであろう平時においても「治に居て乱を忘れず」という軍人の基本的な心構えを示して「古人曰く勝て兜の緒を締めよ」と締めくくっています。解釈としてはナイーブすぎるかもしれませんが、勝者として驕り高ぶることなく、格調は高いけれども、ごく常識的な内容だとあらためて思いました。



 戸??先生は、「或いは秋山には、日露戦争後の海軍の行く末が見えていたのかも知れない。日露戦争後、東郷長官が読み上げる連合艦隊解散の辞は、秋山の起草とされているが、その文面をあらためて読むとき、秋山が日本海軍の将来に大きな危惧を抱いていたことが感じられるのである」(前掲書、18??19頁)と述べられていて、私の軍事に関する理解力では読みとることができない、深い含蓄があるのかもしれません。これは、私の能力が至らないからでしょう。ただし、戸??先生と立場が異なりますが、「聯合艦隊解散之辞」に後の日米戦争における精神主義の源を見るような解釈にはついてゆけないものを感じます。物理的な装備、弾薬その他の物資が欠乏すれば、個々の兵士の敢闘精神に依存するしかなく、負け戦というのは多かれ少なかれ、その軍の強みが弱みに映ってしまうものです。強いて言えば、明治以来の日本は、海外での戦争で勝ち戦ばかりで負けることに慣れていなかった。その点では、日米戦争で日本の意外な脆弱性が日本人にとっても最も嫌な形で出てしまったのだと思います。



 敗戦と占領の衝撃が大きかったために、日本人の戦前のイメージは、極度に悲観的になってしまったでしょう。敗戦の遠因を維新にまで遡る史観があるそうで、ここまでくるとやや病的な感じがいたします。私は、歴史観というほど歴史に対して確固とした立場をもっていません。強いて言えば、できうる限り、事実を背景を含めて正確に理解することが肝要であるとか、史実は山ほどあるから、どれが大切なことでどれが軽いことなのかを判断するのが難しいとか、日本人だから日本びいきになるのは避けられませんが、外交や安全保障ではできるだけ相手国の立場からどう見えるのかを考えることが必要だなど、非常に素人くさいことぐらいしか思い浮かばないです。あと、「歴史の必然」というのは要注意ということでしょうか。因果律というのは、人間の思考様式の最も基本でしょうが、結果を知っている人間はつい、原因??手段??結果の関係を必然的に見てしまう。この関係は、もっと曖昧さ、あるいは確率論的な要素があるだろうと思います。他方で、矛盾するようですが、歴史にもある程度まで趨勢とも言うべきものはあって、20世紀の日本史を考える場合に、アメリカというとてつもない不確定要素の存在が無視できないとも思います。



 いつものようにとりとめがなくなりましたが、「聯合艦隊解散之辞」を読みながら、あらためて美しい勝者というのはよいものだと思いました。ありきたりですが、次にやむをえず戦争を避けることができない状況が訪れたならば、勝者の側に立つよう、願わずにはいられません。以前、「毅然とした敗者」という下手くそな文章を書きました。戦前の最大の錯誤は、事実上、現状維持勢力に組することがこの国の安全にとって最良の手段であったにもかかわらず、現状を変えようとする勢力に組してしまったことです。人間、一度は失敗するでしょうし、失敗しなければ成長しないという面もあるでしょう。しかし、致命的な失敗を繰り返せば、愚かとしかいいようがありません。その確率は、相当低いと思いますが、作為の失敗もあれば、不作為の失敗もある。戦後の日本人はあまりに知的になりすぎて、目の前にある、ごく当たり前のことが見えなくなっている部分があるように思います。「聯合艦隊解散之辞」は、あらためてそのことを私に教えてくれました。

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