2006年06月15日

台湾の戦略的価値(3)

 ふう。勤務を終えてからOkazaki,H., 2003, "The Strategic Value of Taiwan"を訳しているのですが、なにせ帰ってきたのが9時過ぎ。まあ、霞ヶ関と比較すれば、勤務条件自体は「天国」そのものではありますが、なかなか時間をとるのが容易ではありません。なんとか第2節の訳が粗いながらもできましたのでエントリーいたします。まず、第1節と第2節のポイントを箇条書きにしてみます。



第1節



(1)戦略というのは公に議論することは様々な困難があるが、常日頃から議論しないと戦略的思考は育たない。



(2)アメリカの対中政策は、一貫した戦略的思考にもとづいているとはいえない。



(3)戦略的思考とは、最も極端な事態を想定することから始めて蓋然性の高いシナリオを描くことである。



(4)以上のことを踏まえると、台湾海峡の問題で憂慮すべきは、中国が圧倒的な軍事的圧力の下に台湾を併合することである。



第2節



この節では第1節で述べられた台湾併合がなんらかの形で実現した場合、日本とアメリカの国益がどのように損なわれるのに分析がすべて集中しています。



(1)日本にとっての最大の関心事は東アジアにおけるシーレーンである。ただし、中東へのアクセスに関していえば、最悪の場合、オーストラリアを南に迂回するルートはある。



(2)シーレーン以上に東南アジア諸国のフィンランド化が進む可能性が高い。



(3)東南アジア諸国の動向を予測する場合、シーレーンの問題と同時に各国内の華僑の動向に注意を払わなければならない。



(4)フィンランド化によって東南アジア諸国の世論が中国になびくことは、アメリカの「信頼性」が著しく損なわれることを意味する。



 以上は、台湾併合という将来生じうる事態から様々な角度からアジア情勢を分析されています。岡崎先生は、この論文で日本の世論の動向についてあえて触れておりませんが、台湾併合が実現すれば、日米同盟を維持することは非常に困難になるでしょう。中国よりの言論が、今では考えられないほど影響力をもち、親米派の影響力は地に落ちるでしょう。基地問題のような、本来、安全保障の問題では枝葉末節に属することが、日米間の最大の「懸案」の一つになり、親中派と国粋派の主張は一致してくるでしょう。日米同盟が形だけでも残ったとしても、日本は中国に屈服するか、核武装も含めて「自主独立」を歩むのか、(今でもそうですが)空理空論がまかり通る事態になるでしょう。控えめに考えても、日米中正三角形論が現実的な選択肢であるかのように多くの日本人に映ることになるでしょう。極論と思われるでしょうが、以上の事態が生じた場合、百年後の歴史書に日本という国があったという記述になることでしょう。



 以上は最悪に近い想定ですが、現状では蓋然性を無視できない程度には現実的な話です。訳をしながら、あらためて岡崎先生の戦略的思考を理解できていなかったことを自覚し、恥じます。恥じているだけではだめですが。第2節の訳は「続き」にエントリーいたします(A42枚弱程度です)。





第2節 中国の台湾併合による影響



 第1節で想定した事態が生じた際,日本の第一の関心は,東アジアにおけるシーレーン(sealanes of communication)であろう.このことは,日本にとって当然の受け止め方である.日本は食糧をはじめ他の生存に不可欠な原料を自給できない.



 冷戦の期間中,日本は,ソビエトの潜水艦や長距離爆撃機の恒常的な脅威の下で北方と東方のシーレーンに不安を抱いていた.他方で,南西方面のシーレーン(これが日本にとって最も重要なシーレーンである)は,極めて平静を保っていた.これは,台湾の地理的な位置が理由である.



 中国周辺には深海がない.とくに東シナ海の海岸線は,中国の生産能力に支えられた重要な海軍基地が立地しているが,深海はない.それゆえ,中国の潜水艦は,太平洋で活動するためには,相当の距離を海面で航行し,琉球諸島で潜水しなければならない.その結果,中国の潜水艦は,現時点では深刻な脅威ではない.対照的に台湾の東岸は,太平洋の最も深い海に面している.もし中国が台湾を支配下におくと,中国は,台湾の港湾を潜水艦が西太平洋の至る所で自由に航行するよう利用するだろう.



 シーレーンの問題は,南シナ海ではより深刻だ.中国は,南シナ海で領海に関して広範囲にわたって要求している.台湾の占拠は,東シナ海の北部の入り口を支配下に置くことになる.そうなると南シナ海の大半は,中国のある種の内海になるだろう.中国が南シナ海で排他的な管轄権を主張すれば,緊急時には,日本にとってアジアにおける唯一,安全なシーレーン(原文ではseaplane)は,インドネシアのロンボク海峡を通り,フィリピン東岸を通るルートだけになるだろう.



 だが,日本の利益にとって致命的なのは,中東への原油のルートの問題だけではない.なぜなら,極端な場合,日本の船はオーストラリアの南を航行して湾岸地域に到達できるからである.



 より重要なことは,中国の台湾併合が東南アジア諸国に与える政治的影響である.東南アジア諸国は,日本の経済的な「本拠地」(stronghold)となってきた.東南アジア諸国のなかでも,タイ,ベトナム,カンボジア,ラオス,ブルネイは南シナ海を除いて海への出口がない.マレーシアの港のほとんどは南シナ海に面している.このため,これらの諸国は南シナ海に致命的な利益をもっている.



 1980年代にタイのチャチャイ総理は,かつて南シナ海への中国の進出に懸念を表明し,公式に日本とタイの合同海軍演習を提案した.例によって日本はこれを黙殺した.この消極的な反応によってタイは,しだいに他の選択,すなわち中国との和解を行う気になった.東南アジア諸国(のうち,とりわけ南シナ海へのみ海岸線を有する諸国)の南シナ海へのアクセスの道を完全に支配することは,中国にとって東南アジア諸国をフィンランド化するための有効な手段である.中国による東南アジア諸国のフィンランド化は,日本の生存にかかわる利益を浸食するだろう.



 さらに重要な問題がまだある.東南アジアにおける華僑は,今では北京系と台湾系,中立的なグループに分かれている.だが,中国が台湾を支配するようになれば,この分断は消えるだろう.これは,一時的な「一国二制度」,すなわち台湾を完全に支配しない状態の下でも生じうる.



 東南アジア諸国は,華僑を統治するために、この分断を利用するのが常套手段であった.しかし,(台湾が濃淡はあれ中国の支配下に入れば)もはやこれが利用できなくなるだろう.これまで中国は,華僑の利益を守ることに強い関心を示す一方で,中国の干渉による逆効果を考慮して非常に用心深かった.中国による東南アジア諸国背府のフィンランド化が進むにつれて,中国は従来よりもフリーハンドをえるだろう.また,各地域の華僑は,より自由に各国政府の現存する差別的な政策に抵抗することができると意識するだろう.



 インドネシアでは華僑が経済を牛耳っている.彼らの経済的な影響力を反映して政治的な影響力も強まると考えなければならない.マレーシアにおいて中国は,地方政府の人種差別に不満をとなえる華僑により強い共感をあらわにしている.



 シンガポールの形勢も変化するだろう.シンガポールは,独自の法令順守の社会と高い生活水準を実現しながら,中国から独立した政策を維持してきた.他方で,シンガポールは頻繁に中国よりの姿勢を示してきたが,これは民族的な親和性を反映している.シンガポールの基礎的な地理的条件は,マレー人の海の中における孤島であり,近隣諸国の感情を害することに注意深くなければならない.もし,中国の影響力が南シナ海と東南アジア諸国に拡大すれば,シンガポールはもはや地域における控えめな役割を演ずる必要がなくなるだろう.もし,シンガポールが中国寄りに傾けば,北は台湾,南はシンガポールを抑えて中国の南シナ海の支配は完成する.



 最後に,台湾が中国の支配下におかれるであろうという,どのシナリオも合衆国は何らかの理由で介入しなかった,あるいは介入することができなかったことを意味する.このことが意味するのは,アメリカの信頼性の崩壊である.この状況の下で予想できることは,東南アジアの世論全体が中国寄りに傾斜することである.

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