2006年06月23日

台湾海峡情勢概論 クロー覚書の教訓

 わき道にそれましたが、台湾海峡全体の情勢を理解するには、岡崎先生が過去の著作でも幾度か言及されている、「クロー覚書」がもっともよいと思います。2006年8月13日の記事ではは、ニコルソンの『外交』から引用しましたが、今回は、長くなりますが、キッシンジャー『外交』(岡崎久彦監訳、日本経済新聞社、1996年、264−267頁)から引用いたします。

【引用開始】

 歴史学者の中には、三国協商は植民地に関する二つの取り決めが形を変えたもので、イギリスの真意は帝国の擁護にあり、ドイツを包囲することになかったと主張する者がいる。しかし、いわゆるクロー覚書と呼ばれる古典的な価値のある文書が存在しており、それは、イギリスが三国協商に参加した目的はドイツが世界の覇権に走る恐れを阻むことにあったことを、疑問をはさむ余地なく示している。一九〇七年一月一日に、イギリス外務省の優秀な分析家であったエーア・クロー卿は、なぜドイツとの妥協が不可能であり、またフランスとの協商が唯一の選択肢であったかについての彼の見解を示している。ビスマルクなき後のドイツに関する文書の中で、分析の水準の高さでは、このクロー覚書の右に出るものはない。対立は、戦略を持つ国と軍事力をむきだしにする国との間のものとなった。双方の実力の差に、はなはだしいへだたりがない限り――事実そういうへだたりはなかったが――戦略を持つ国のほうが有利であるとされた。それは、戦略を持つ国は行動計画を立てられるのに対し、むきだしの軍事力に頼る敵方はその都度その都度、決断を迫られるからであった。イギリスと、フランスとロシアそれぞれとの間に、種々の大きな相違があることは認めつつも、クローは、この両国とは妥協の余地があると論じた。なぜなら、両国の目的は明確に定義出来るものであり、したがって限定的であった。それに対して、ドイツの外交があれほどの脅威と感じられていたのは、遠く南アフリカやモロッコ、近東に至るまでの広大な地域に及ぶドイツのやむことのない挑戦の裏に、理論的な根拠を見いだしえなかったからである。これに加えて、ドイツの海軍国への躍進は、「大英帝国と両立しない」ものであった。

 クローによれば、ドイツの自制のない行動がほどなく対決をもたらすことは間違いのないことであった。「最強の軍事力と最強の海軍力が一つの国家の中に結合すれば、この悪夢からのがれようとして、世界が結束することを余儀なくせしめるであろう」。

 リアルポリティークの信条に忠実なクローは、安定を決定づけるのは、動機ではなく構造であるとした。ドイツについて言えば、その意向は無関係であり、その能力が問題であった。そこで彼は、次の二つの仮説を立てた。

 一つは、ドイツが明らかに全般的な政治上の覇権と海軍力の優勢を目的としており、これにより近隣諸国の独立と、ひいてはイギリスの存立を脅かしている、というのものである。もう一つは、ドイツにはこのような明確な野心はなく、国際社会での指導的勢力の一つとして、自己の正統的立場と影響力を示したいと考えて、外国との貿易を促進し、ドイツ文化の恩恵を世界に広めるとともに、国民の活動の範囲を広げ、平和的な方法で達成が可能な場合には、世界のいたるところで、いつでも,またいかなるところでも、ドイツの利益を新しく創造することを求めているだけだと見るものであった。
 しかし、クローはこのように区別をつけたところで、最終的には、ドイツが膨張しつつある自らの力に内在する誘惑に負けてしまうであろうから、区別は無意味であるとした。
 第二の図式(政府による支援を全く欠いているとまではいかないものの、半ば自立的な進展)はどの段階でも、いずれは第一の図式、すなわち十分に意識的な計画に吸収されうることは明らかである。さらに言えば、第二の進展の図式が実現をみた場合でも、これにより利を得たドイツの立場は、世界の諸国に対して、同じ立場を意図的≠ノ勝ち取った場合の脅威に匹敵する恐るべき脅威を与えるであろうことは、間違いない。

 クローの覚書が、現実には、ドイツに理解を示すことに反対する域を出なかったにしても、その意味するところは明白であった。もしもドイツが海洋での優位を獲得するという抱負を放棄せず、またその全世界的政策を控え目にしないならば、イギリスがそれに対抗するため、ロシアおよびフランスと結びつくことは確実であった。そしてその場合は、イギリスは前世紀(原文では"previous centuries"である:引用者)においてフランスおよびスペインの野望を打ち砕いたときと同じように不屈の精神をもって実行に移るであろう(引用に際して注はすべて省いた。また、太字による強調は引用者による)。

【引用終わり】

 ドイツを中国と置き換えれば、アジア諸国が直面している事態と多くの点で共通することが多いことにあらためて驚かされます。岡崎先生は、過去の複数の著作で冷戦後のアジア情勢を分析する際に19世紀のドイツ統一以後のヨーロッパ情勢を参考になるという見解を示されています。あらためて、キッシンジャーの分析を読むと、私たちが直面している事態はクロー覚書で分析されているドイツによるイギリスの覇権への挑戦と似ている側面が多いことに気がつかされます。

 第1に、ドイツの勃興は、1871年の統一から内在的な要因によって生じているという点です。もちろん、ビスマルクが去った後、ヴィルヘルム2世によって植民地獲得なども行っていますが、ドイツ興隆の最大の背景は、ドイツ国内のいわゆる「産業革命」あるいは経済成長でしょう。一国の経済成長は、経済の分野に限れば、互恵的な側面を持っているからです。問題は、クロー覚書で分析の対象となっているように、経済的発展そのものではなくてその果実をどのように配分するのかという点です。大切な点は、ドイツの意図がいかなるものであれ、軍備の拡張をともなう限り、イギリスの覇権、とりわけ海上覇権への挑戦となるということです。

 これは、現在、アジア諸国が直面している問題と酷似しています。中国の経済成長自体は、価値判断や批判の対象とはなりません。問題は、経済からえた力をどのように用いるのかという点にあります。現在の中国は、明らかに軍備を増強し、台湾海峡においては意図すら隠そうとしていないのが現状です。クロー卿のような仮定をおかずとも、19世紀末から20世紀にかけてのドイツとほぼ同一の存在であると考えて間違いがないでしょう。「台湾の戦略的価値」で強調されていた、中国による台湾併合はアメリカの覇権、そして台湾や東南アジア諸国の独立という意味での「バランス・オブ・パワー」に対する明白な挑戦です。

 第2に、スペイン、フランスなどの挑戦を退けたイギリスも、ドイツの挑戦には最終的な調停者とはなれなかったということです。第一次世界大戦の勝敗を決定づけたのは、アメリカの参戦でした。この点で、現在の日本は、当時の英国よりも明確な戦略をもつことができます。日米同盟が存在するからです。問題は、日本人が敗戦という犠牲の後にえた大きな「資産」を本気で活用するかどうかです。同じことばかり書いていて申し訳ありませんが、集団的自衛権の行使の問題は避けることができません。

 第3に、経済的相互依存は、かならずしも軍事的オプションを断念させる要因にはならないということです。ノーマン・エンジェルは、通商の利益が拡大している時代に軍事による勢力圏の拡大はもはや繁栄の基礎とはならないことを論じました(2006年2月28日の記事をご参照ください)。経済の視点に限れば、これは正当な主張かもしれません。しかし、国家、そして国際関係を分析する際にこれはあまりに互恵的な関係に重きを置きすぎた分析であるといわざるをえません。現に、エンジェルの主張に反してヨーロッパ諸国は二度の大戦を経験しました。中国も、現在の領土で満足すれば、今後、少なくとも、半世紀は繁栄するでしょう。しかし、そのような指摘は、おそらく台湾への野心を思い留まらせるのには的外れでしょう。中国の指導者が冷徹そのものであれば、そのような主張を表面的にはともかく、内心では冷笑することでしょう。

 中長期の問題を考える際に中国の脅威は増大する傾向にあるという現実が最も肝心です。当たり前のことかもしれませんが、そのような認識をもった上で、台湾海峡をはじめ、対中政策を考えることが肝心である。そのように考えたしだいです。
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