2008年03月02日

嘔吐

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:久しぶりに来たような気がするぞ。それにしても相変わらずだな。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:ずいぶん間があいたが、あのデブは大丈夫か?
ハッシュ:ほお?
ボッシュ:胃が悪いようじゃが。
ハッシュ:とりあえず、生存を確認しようか。大丈夫じゃ、生きておる。
ボッシュ:……おぬし、薄情じゃな。胃を壊したようじゃが。
ハッシュ:どれどれ、面倒だが記憶をたどるか。……見るんじゃなかったな。
ボッシュ:なにごとじゃ?
ハッシュ:おぬしに念を送るぞ。
ボッシュ:こ、これは……。
ハッシュ:ご覧の通りだ。
ボッシュ:ワシも吐いたことはあるが、これは珍しいな。具がまるでない。
ハッシュ:あのデブの頭の中みたいなものじゃ。
ボッシュ:……さりげなくむごいことを言っておる。まあ、とりあえず養生することじゃな。
ハッシュ:なに、放っておけば治る。
ボッシュ:いよいよもって薄情じゃ。いろいろ話したいことがあったが、あんなものを見ると、気力がなくなってしまった。早いが、そろそろお暇じゃな。
ハッシュ:おや、まあ。また、おいで。

 一応でも心配していただけるとありがたいのですが、どうやら胃酸過多の強烈な症状だったようで。土曜日にお腹が空いてどうしようもなくなって、鰹のたたきから始まってデザートは最高の贅沢の一つであるヨーグルトに生の果物(イチゴやキウイなど)を混ぜたものなど食べたいものばかり食べたら、胃痛まで治まっちゃいました。邪道そのものですが、いろいろ心労もあって食べていなかったら、胃が過剰に反応しちゃったようです。

 それにしても、『三國志[』のおかげで君主の辛さをしみじみ感じました。身分が「一般」の間は「無視」されても、なんか嫌な奴で済むのですが、君主ともなると一つ間違えると軍団の崩壊にもつながりかねず、口を利きたくないのとも会話をしなくてはなりません。ゲームでさえ、トップは辛いなあという感じです。ましてリアルでは務まりそうにないです。

 軍師はといえば、君主よりも気が楽ですが、判断を間違えると、これまた、致命的だったりすると怖いものがあります。ちょっとだけ「第一次北伐」シナリオで姜維でプレイしてみましたが、これはさすがに。またたくまに漢中の周囲が切りとられて、あるとき武都の魏軍の兵糧が信じられないことにゼロになっていて、機敏に攻撃を進言して孔明も「名案だ」と同意するので、攻め込んだところ、今度は漢中に輸送も応援もない状態で一年後に魏にとられて武都で孤立してしまいました(孔明の戦略とはいえ、北伐には疑問を感じるのですが。孔明といえども、自分が健在なうちにという焦りがあったのか)。トップもサブも面倒なので一生、ただの人で終わることを願っております。

へっ、願う必要がない?

……これは失礼をば。

 それにしても、この国のような風土では戦略という発想は育ちにくいのかしれないと感じております。端的にいえば、戦略というのは「理(ことわり」の世界であってそこに情の入る余地などないのですが、「理」の世界というのは虚構であって、それに耐えうる人格を意識的に育てないとダメなのでしょう。うまく表現できませんが、例外的に傑出した人物が登場することはあるものの、日常で虚構の世界になじむこと自体を拒否する傾向が強く、また、虚構にすぎないことを自覚している方も少なく、この国だけではないのでしょうが、難しいことを実感します。これまた難しいのですが、虚構にも適切か否かがあるのですが、自分の虚構が適切だったということを強く主張したい方には無理だろうなと。適切であったか否かは他者に委ねるほかなく、そのような心得すらない方が戦略を論じるのは、傍観者的には寒気を覚えます。一傍観者としてはそんな感覚をもっていおります。基本的にペシミストなのかもしれませんが、外れてほしいことを考えるのが趣味だったりします。

 一例を挙げれば、「この国が間違えるとしたら」ということを胃が痛い状態のときに考えておりましたが、端的に書いてしまえば、アメリカの影響力が世界的に低下したとこの国の人たちが感じるようになったときではないかと。こちらでは台湾が中国に飲み込まれるリスクについて、こちらではNATOの亀裂が指摘されていて、次期米大統領の手腕にもよるのでしょうが、金融危機を無視しても、この10年ぐらい、この国が間違える戦略的環境が出現する可能性が否定できない程度にありそうです。私みたいなザルの脳で考えれば、戦前の最大の失敗は英米世界と距離があっても生き残れるという判断であり、それが「頓死」の確率を高めたと見えるわけで、人は同じ間違いを繰り返すものです。そこに慨嘆も皮肉も入る余地はありません。

 強いて戦後特有の問題を挙げれば、『孫子』の冒頭部分が読めなくなったことでしょうか。「孫子曰く、兵とは国家の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり」。敗戦で反省するのは個人の自由でしょうが、「兵」について考えなくなるという習慣までついてしまったようです。『孫子』が最も肝要な点として第一に挙げているのが、「道」、すなわち「道とは、民をして上と意を同じうし、これと死すべくこれと生くべくして、危わざらしめむなり」という統治の根幹です。民主主義には救いようのないムダも多いと思いますが、国家の根幹が座っていれば、尋常ではない強靭さももっていると思います。残念ながら、根幹を据える試みは、その試みのあり方にも不適切な部分が少なくなかったことも問題がありますが、挫折して終わっています。根幹が座っていない国家がなぜ生き残ってきたのかといえば、寛大で強大な「保護国」の存在のおかげでしょう。

 「保護国」の力が相対的に低下するのも危険ですが、それを侮ることは「保護」される国にとっては致命的になりかねません。こんな「現状」(率直なところ、現政権には失望していますが、野党には絶望感を覚えます)を読んでしまうと、再び嘔吐してしまいそうですが、根っこが据わっていない状態でも、侮ることがなければ、しぶとく根幹を据える試みもできるでしょう。そうでない場合、根っこが腐ったまま、滅ぶことは歴史を見ずとも自明だと感じます。
この記事へのコメント
>前の最大の失敗は英米世界と距離があっても生き残れるという判断であり、それが「頓死」の確率を高めたと見えるわけで、人は同じ間違いを繰り返すものです。そこに慨嘆も皮肉も入る余地はありません

まったく同感です。日本は貿易しないと生きていけない国。海洋を支配する国との同盟がなにより重要ですね。


>孫子曰く、兵とは国家の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり

石破茂さんとある軍事評論家の共著で
「軍事を知らずして平和を語るな」というのがあります。
今風にいえばこんなところでしょうか。
「兵」を語れない者は平和について考えれないのでしょうね。



Posted by アラメイン伯 at 2008年03月03日 21:42
>アラメイン伯様

いつも刺激のあるコメントを賜り、恐縮です。体調が回復したら、参ります。

国会中継をビデオライブラリーで見ましたが、石破大臣への質問としては民主党をはじめとする野党側は目先の、それもあまりに細かいことばかりで、海自、ひいては防衛省全体の改革につながりそうな話は皆無だという印象です。私はテレビを見ない人ですが、政局にしようというのがミエミエで辟易している人の方が多いです。本気で政権交代を目指すなら、大臣の首をとるのではなく、大事をおおいに議論してそれぞれの党派的立場を変えなくても結構ですから、「兵とは国家の大事なり」という根本をわきまえていることを示していただきたいと思います。それができないのなら、そもそも政権など目指さない方が、なによりも国民のためだとすら思います。
Posted by Hache at 2008年03月05日 06:36
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/11693943

この記事へのトラックバック