2006年08月16日

遠州浜松の旅 ドライブ編

 8月13日から15日まで浜松に参りました。結果的に苛酷な日程になたので、ヘロヘロでしが、本当に楽しい時間がすごせました。ちなみに、トラックバック・コメント設定は通常通りに戻しております。浜松の人は、「暑い、暑い」とこぼすのですが、カラッとした暑さで、遠州人の気質を現しているような心地よさ。中学の同窓生にはお世話になりました。K君、ありがとうございました。今回は、初日の遠州浜松ドライブ日記です。



 浜松駅前でおちあったって、「どこへ行きたい?」と聞かれて「三方原古戦場」、「銭取」、「小豆餅」と答えたら、友だちの目が点になっていました。明らかにお困りの様子。「これはまずい」と思ってお任せということに。とりあえず、母校を愛してやまないK君は中学校へ。Img_0027 よくみると、校門がしまっていてSOKが警備しているので、びっくり。変な人と間違われないように大人しく写真をとりました。私たちが在籍していた頃は、1学年10クラスを超えるマンモス校でしたが、いまでは4クラスか5クラスまで激減しているとのこと。往時は、スポーツでも進学でも市内の公立中学校では有力な学校でした。人数が多すぎて「図書廊下」なんていうとんでもない状態でしたが。Img_0025_1バレーボールの全国大会で優勝した記念碑が校門のそばに刻 んでありましたので、「チェックだ、チェック!」



 さて、母校から三方原古戦場に向かうのですが、K君も困惑した様子で、私もそれらしい地図を準備したおかなかったので、とりあえず、小豆餅方面へ。家康が武田信玄に散々に打ち破られて命からがらにげてゆくときに、ある茶屋で小豆餅を所望して食べている最中に追っ手が来て、家康は再び、慌てて敗走しました。ところが、代金を受け取っていない老婆が「食い逃げは許さぬ」とばかり、家康を追いかけ、銭を払わせたのが「銭取」という地名の由来だそうです。小学校ぐらいのときの社会(郷土史?)で覚えている話を裏をとらずに書いておりますので、記憶違いがあるかもしれません。子供のときは、「将来の征夷大将軍がp」と思いましたが、なかなかよくできた話です(まあ、事実かどうかは怪しいですが)。三方原方面に向かう途中で銭取のバス停を私が目ざとく見つけ、「止めて、止めて」と強引に車を止めてもらい、撮影しました。Zenitori2



 コンビニに寄って道路地図などを見ましたが、古戦場は見つからず、あとはK君にお任せ。都田から滝沢方面に向かって快適にドライブ。緑が大好きな私には最高のドライブでした。都田のあたりできれいに区画整備された企業団地、道路などが出現し、異質な風景でした。静岡市が第2次産業の就業者数の割合が30%強であるのにたいし、浜松市は40%。旧市街では製造業の街というイメージはありませんが、郊外にでると、なるほどです。豊田市の50%を超える状態にはおよびませんが、企業城下町というわけではないのに、産業集積が進んでいるのは、またの機会に考えてみたいものです。



 滝沢の展望台に到着すると、浜松の市街が眺望できてすがすがしい気分になりました。Takizawa1 写真ではわかりにくいのですが、駅方面にカメラを向けると、浜松のランドマークとなったアクトシティが遠くに見えます。K君の話では、滝沢の展望台は浜松のスポットの一つとのことで、夜景が美しいそうです。残念ながら、昼間の写真になりましたが、緑が大好きな私には昼間の方がありがたかったです。このような風景は、地方都市ならばある程度はどこにでもあるのかもしれませんが、市街地と工業地、人の手があまり入っていない森林という組み合わせは、なかなか、えがたい光景でした。Takizawa3 和歌山の九度山で似たような風景を見ましたが、さすがに市街地は少なく、工業地はほとんどありません。浜松の景色は私みたいな田舎者かつそこそこ都市的な街が好きな者には最高でした。



 帰りは浜名湖湖畔をドライブ。車中から撮影したので画像がぶれていて恐縮ですが、相変わらずの風景にホッとします。山に近いところで撮影したのでヨットとかがすくないのが残念です。Hamanako パルパルの観覧車「スカイフラワー」が今でも動いていたのは、ちょっとびっくりしました。写真の景色自体は風光明媚というほどではありませんが、市街から森林、そして湖畔というのはなかなか贅沢です。思わず、窓を開けて浜名湖周辺の空気を取り入れました。Hamanako1



 急ぎ足のドライブだったので、もう一箇所、行こうかとなったので北高を見たいというと、「こいつ、バカじゃない」という感じで苦笑されました。彼からすると、母校で散々見ているので、どうでもいいのでしょうけど、転勤で行きたい学校に行けなかった(落ちたわけではありませんよ)ので、ふっと気になります。Kitakou1 転勤のおかげで、受験するご縁すらなかったのが残念ですが、個人的には思い入れがあります。現実に進学した静岡の高校は、歴史が異常に古くて、大学進学当時に進学先の大学で百周年のお祝いをしておりましたが、高校は在学時に106周年を祝っていてたいした大学ではないなあと思いました。話がそれましたが、高校でも警備会社が入っているのはちょっとびっくり。Kitakou2 それにしても、私が浜松にいた頃と比べると、校舎が新しくなっていてちょっと残念でした。新しい校舎はきれいなのですが、古いものが姿を消してゆくのは少しだけ寂しさがあります。



 というわけで、1日目は快適かつ平穏なドライブ旅行を4時間以上、堪能いたしました。K君、本当にありがとう(恋がかなうといいね)。これが、まさか翌日の「惨劇」の序幕とは…。鈍い私は、帰ってから翌日の計画を練り、それが無謀であることに気がつかないまま、幸せな眠りについたのでした。「好事、魔多し」。そんな言葉を実感する地獄の旅が翌日に待っておりました。



Act_tower2  おまけ画像は、アクトタワーです(JR浜松駅南口方面から撮影)。地上45階、高さ212.77mの高層ビルで私は中に入りませんでしたが、JR浜松駅前は変化が激しく、大手百貨店が撤退する一方で地上を歩いて楽しむ雰囲気は残っています。それにしても、昨年、訪れたとはいえ、市町村合併といい、浦島太郎状態でした。



(追記)下線部を修正いたしました(2006年8月17日)。

posted by Hache at 03:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行・地域
この記事へのコメント
小生、血の半分は遠州浜北(後の半分は東京)。夏休み、父親の実家前の用水で見たヤマカガシ、土蔵から出てきた主のアオダイショウ、天竜の河原、今となっては記憶の中だけに存在する夏だけの風景。涙。
Posted by 老眼 at 2006年08月16日 11:08
>老眼様
僭越ながら、失われたものごとの記憶は、多くの場合、美しいものだと思います。心が美化するのではなく、対象によって心象が動じなくなるからなのでしょう。

それにしても、20年ちょっとで浜松市内の風景もずいぶん変化しました。訳のわからないコメントになってしまいましたが、なんとなくほろ苦く、しかし、生きているということはこういうことなのかなと思ったりします。
Posted by Hache at 2006年08月17日 00:39
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