2008年04月18日

気分しだいの恋愛

 若い人と話をしていると、脱力はするものの、なるほど、こんな時期もあったなあと思うことがあります。「今日は恋愛について自由に語れ!」なんてお題が出ると、俺は巨○がいい、いや美○こそ王道だなどと「盗み聞き」していると、なんともほのぼのした感覚で、Kimberley Kagan "The Second Iran-Iraq War"(WSJ April 3, 2008)のような殺伐とした世界を忘れてしまいます。

 若かりし頃は私めもえらそうなことは申せません。「そういえば、○○さんの好みがわかりませんね」と幾度となく言われたことか。「あの子は丸顔だし、この子は卵顔だし。顔じゃないな。性格もバラバラ」と言われて、そういわれればそうだなあと。なんでだろうとふと思索に耽りそうになったところで、「あっ!わかった!!乳だ!!!」と叫ばれて、一瞬、頭の中がぽかーんとしましたが、なるほど、言われてみればそれ以外に共通点がない。「真実」とはなんとシンプルで残酷なんだろうと痛感しました。「気分しだいの恋愛」にもそれなりの一貫性があるとは、まさに「ユーレカ!」でありました。

 今の若い人にはわからないでしょうが、当時は「乳フ○チ」と「脚フ○チ」を両立させることは難しく、まさに大半の場合、「トレードオフ」の関係にありました。こういう場で書くことが憚られることではありますが、善悪是非は別にして、私の場合には脚へのこだわりを犠牲にして乳へのこだわりが優先するという好みが、若くして確立したようです。自覚はまるでなかったのですが。しかしながら、肉体への局部へのこだわりから脱するのは意外に速く、表現が悪いですが、やりたいことをやってしまうと、本当に飽きも速いものです。たまにやるのがよいことを集中してやってしまうと、往々にしてそういう事態になってしまうものです。「パ○○リ」を繰り返しやるのはド素人さん、「ぱふぱふ」あたりで止めておくのが「通」てな感じなのでしょう。もちろん、私はド素人さんですが。「○イズ○」は、一時的な幸福感こそ「ぱふぱふ」をはるかに凌駕しますが、愛情表現としては「ぱふぱふ」の持続性が勝るようです。

 プーチンがカバエワと再婚の噂が流れているそうで、ゴシップネタには疎い私ですが、へぇてな感じで関連記事を読むと、「好き者」イスラエル大統領を「うらやましい」ともらしたとか、妙に人間臭いな、でも意外と正直だよなと思ったりします。これもプーチンの「威圧感」を和らげるKGB流の陰謀かなどという深読みは無粋ですね。それにしても、男というのは悲しい生き物だとも思ったりします。「古い草鞋」を捨てて「新しい草鞋」に履き替えることが幸せか否か。ネットの画像を見ると、カバエワはけっこうきつい顔で好みではないなと思った瞬間にこのネタは終了でした。ま、縁がないものにはとことん興味がない、すなわち負け犬は逃げ足が速いというところでしょうか。


 ぱふぱふはドラクエシリーズで有名になり、熱い議論や当時知らなかった裏技もあるようですが、「定説」はこのあたりでしょうか。それにしても、奥が深い世界です?

 20前後は乳に恋していたようですが、あるときテレビのインタビューで岡本綾子さんが「理想の異性は?」との質問に「一緒にいて楽な人」と答えていて、大学を出た頃でしょうか、なんとなく納得した覚えがあります。その後、「乳離れ」こそしたものの、「一緒にいて楽な人」をえるには至らず、なんだか、季節は春なのに気分は晩秋ですね。冷静に考えると、私が「一緒にいて楽な人」が、そのひとにとって私が「一緒に楽な人」である保障はなく、気分しだいのわが歩みをふりさけみれば、絶句するしかありません。いつでも「真実」は私に残酷な気がいたします。
posted by Hache at 01:41| Comment(4) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言
この記事へのコメント
人と人との関係って理解より誤解のほうが多いと思います。
人を好きになるということは好意的な誤解をすることです。
別れる時はそれが悪意のある理解に変わるのではないかと・・・

「一緒にいて楽な人」
いやいや。一緒にいてドキドキする人が楽しいですよ。
Posted by アラメイン伯 at 2008年04月18日 23:24
>アラメイン伯様

「ぱふぱふ」に「○○○リ」を連発している「寝言」にコメントを賜り、まことに恐縮です。あまりに若い人たちの、あまりにわかりやすい欲求を聞いていて、ついつい……。

たぶんですが、これは私の人格的欠陥だと思うのですが、いかに深い関係になっても、「瞳が大好き」とか「本当に優しい」とか言われると、どこかで醒めてしまうのですよ。なんとなく誤解されると鬱陶しいな、長続きしそうにないなって。

おっしゃるとおり、誤解をするほうがまともではないかと思うのですが、どうも母親に「死んでも直らない」と言われたゆがんだ性格がこのまま続くのかと思うと、やはり気分は晩秋なのです。
Posted by Hache at 2008年04月19日 02:07
学生相手にグラビア・アイドル談義をやるのは、ひとつの趣味ですけれども、私の世代とは、最近の様相は違っていますな。
 たとえば、「●乳アイドル」というのは、昔は「D」で該当したと思いますが、今は、「i」だの「K」だのというのがいます。
 といっても、拙者は、「フェチ」の趣味はありませんよ、万事、「均整」が最上です。
Posted by 雪斎 at 2008年04月19日 10:49
>雪斎先生

「K」となると発育がよすぎたのかもですね。局部とはいえ、異性の目を引く部分が発達していると、やはりどこかで見られたいという願望が強いように思います。ちなみに、高校時代の同級生が走ると重たくて疲れるとこぼしたら、男はおおとなり、女はしらけた目で見てました。大きいというのは諸刃の剣なのかもしれません。

「均整」は同感ですね。最近は、小さい人でも楽しめる方法を開発して楽しんでいます。大きくても可能なのですが、微妙に小さい方が楽しいこともあります。

……なんだかあらぬ方向に進みそうですので、「足るを知る者は富む」ということでこのあたりで終了です。
Posted by Hache at 2008年04月19日 23:37
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