2008年04月26日

母上の憂鬱

 「最近、とっても憂鬱なの」。

 まさか、とうとう恐れていたときがやってきたのだろうかと受話器をもちながら、身震いをする。人間、出会いがあれば別れがあるのがならいとはいえ、ついに、あのときがきたのだろうか。


 母上の欝の種が「裁判員制度」とわかってホッとしました。一瞬、「熟年離婚」の漢字四文字が頭をよぎって、こちらが欝になりかけましたが、念のため、確認すると、もはや別れるエネルギーがないとのことで、なおさら安心しました。熟年離婚というのは女性が最後に咲かせる花なのかもしれません。自由というのは、観念的ななにかではなく、案外、そんなところにあったりするのかもと思ったりします。

 それにしても、裁判員を含めた模擬裁判をNHKなどテレビで放映しているようで、こんなの無理というのが母上の感覚のご様子。いろいろ不平不満を聞きましたが、ちょっと整理してみましょう。

(1)正直、拘束されるのが嫌だ。

(2)なんで法律がわからない人が事実認定や量刑の判断をしなきゃならないのか?責任が重過ぎる。

(3)ぶっちゃけ、法律の専門家である裁判官がいるのに素人が入らなきゃならない理由がわからない。

(4)万が一、裁判員に選ばれて、被告人に逆恨みされたり、裁判員としての発言が漏らされるのが怖い。

 これらの反発には最高裁判所HPの裁判員制度に関する説明がそれなりには説得的ではありますが、感情論を説得するのは厳しい感じです。

 この点に関して「『裁判員制度に関する意識調査』結果」を見ると、「参加したい」、「参加してもよい」という回答が年代があがるほど少数になり、60代から上の世代では「義務であっても参加したくない」という回答が「あまり参加したくないが義務なら参加せざるを得ない」という回答を上回っています。興味深いのは30代と40代が似たような傾向を示していて、その上の50代と60代の世代が同様に似たような傾向を示していることです。30代と40代では「あまり参加したくないが義務なら参加せざるを得ない」という回答が過半数を占めていて、良くも悪くも嫌なんだけれども、仕方がないという物分りのよい方が多いのでしょうか。

 10頁では「裁判員制度に関する基本的な事項」として10項目が挙げられています。これらの認知度の調査を元に31頁で「裁判員裁判への参加意向」を認知項目数別に分類しています。ちょっと気になる記述があります。

 認知項目数別でみると,「認知項目数9〜10」の場合に「参加したい」「参加してもよい」又は「あまり参加したくないが義務なら参加せざるを得ない」と回答した者の割合が最も高く(71.9%),「ひとつもない」の場合は最も低い(33.2%)。認知項目数が多くなるにしたがって参加意向が高くなっており,裁判員制度についてより多くの情報を有している者ほど,参加意向が高い傾向が見られる。

 門外漢の余計な御世話でしょうが、「裁判員制度についてより多くの情報を有している者ほど,参加意向が高い傾向が見られる」という分析は、逆に考えた方がよいのではと思います。「参加意向が高い者ほど、裁判員制度についてより多くの情報を有している」と考える方が自然ではと思います。また、認知項目数が「5〜6」と「7〜8」の層で「「あまり参加したくないが義務なら参加せざるを得ない」が約半数であることから、裁判員制度の是非は別として万が一、裁判員になったらという備えをしていると考えるのが自然でしょう。認知度が低い項目を10ページで見ると、「裁判員等選任手続期日の6週間前までに通知が届く」(13.1%)、「約7割の事件は3日以内に終了する見込みである」(13.9%)、「裁判員・裁判員候補者には旅費や日当が支給される」(28.7%)、「裁判員は守秘義務を負うが法廷でのことは話してよい」(29.6%)となっており、細かい制度にかかわる部分が大きいので、参加意向が高い人ほど、細かい点まで調べて知っているのが実態ではないでしょうか。

 邪推ですが、官民問わず、この手の調査はPR活動への予算確保のために行うことが多いという感覚があります。裁判員制度への理解が広がればある程度は負担感を和らげる可能性もありますが、知れば知るほど「欝」になる方もいそうで難しいところかなと。母上は「あんたみたいな(暇人)がやればいいのよ」とのたまわっていましたが、暇なわけでもなく、仕事もあるので、万が一、「徴員」(「通知」なんて昔の赤紙みたいなもんだなという感じ。母上は拒否したときに公的機関に睨まれるのではないかと漏らしておりましたが、さもありなんというところでしょう)されたときに職場を裁判所がちゃんと説得してもらいたいものです。下で紹介している「FAQ」では企業などに有給の適用をお願いしているそうで、来年に始まる制度にしては準備が遅いような。

 ちなみに最高裁HPの「裁判員制度Q&A」では「法律を知らなくても判断することはできるのですか」という質問項目を設けて、次のような回答を載せています。

裁判員は,事実があったかなかったかを判断します。裁判員の仕事に必要な『法律に関する知識』や『刑事裁判の手続』については,裁判官が丁寧にご説明します。
皆さんも日常生活の中で,何らかの根拠から事実があったかどうかを判断することがあると思います。
例えば,壁にらくがきを見つけたお母さんが,このいたずらは兄と弟のどちらがやったのかと考える場合,「こんなに高いところには弟は背が届かないな。」とか,「このらくがきの字は弟の字だな。」とか,らくがきを見てどちらがやったのかを考えると思います。
刑事裁判でも証言を聞いたり,書類を読んだりしながら,事実があったかなかったかの判断をしていくので,日常の生活で行っていることと同じことをしていると言えます。


 言いにくいのですが、らくがきが兄のものか弟のものかという程度の事実の判断と同程度といわれると、素人的にはそんなわけがないだろうと逆に不安になる回答です。さらに、余計なお世話ですが、公的機関のHPで 「こんなに高いところには弟は背が届かないな。」などという表現を用いると、法律以前に日本語の乱れをひどくするかもしれませんね。

 母上はなんとか裁判員にならない方法がないかと必死だったので、ここを見ながら、科料最高10万円を払って逃げたらどうですかと話したら、「10万円か。痛いけれど、それで手切れできるんなら、出せないことはないわね」と言うので、あのしまり屋の母上が10万円を払ってもよいと感じるほど苦痛なんだなと驚きました。ほぼ逃げ道のない義務を課すというのは、もっと慎重にした方がよかったのではと思います。なんとなく、この種の「善意」が世間を息苦しくしている感覚がありますね。

 「そうだ!究極の裁判員逃れがあるよ!!」と叫んだら、母上が「教えて」と素直でした。「大学に入ればいい。学生は辞退しやすいよ」といったら、受話器の向こうで大笑い。こちらは「寝言」どころか、大真面目だったので、ちょっと心外でしたが。それにしても「国民の理解しやすい裁判」を実現するために、「国民が嫌々参加する裁判」を実施するというのは頭の痛い感じです。なんと申しますか、えらい人の考えることはわからんです。
posted by Hache at 00:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言
この記事へのコメント
日本の裁判員制度(参審制度)は失敗作とおもいます。
1)裁判員を欠格者を除く有権者全ての層からからアットランダムに抽出することの危険。世の中は常識人ばかりではない。参審員を自薦・推薦によりある程度の資質を有する者を登録し、その中からアットランダムに抽出する制度が望ましい。
2)いきなり殺人・放火・誘拐などのヘビーな刑事事件にかぎり裁判員制度が適用される暴挙。プロ3:レイ6の大法廷でおこなわれ日数がかかるうえ参審員に重圧がかかる。緒短は1日で終わる軽い地裁の第一審に参加してプロ2:アマ3ぐらいからから出発するすべきである。

ただし国民が裁判に参加する評議制度そのものは裁判官の自大と時代ズレを是正する意味でたいへん意義があり、裁判員より裁判官に強い衝撃をあたえるでしょう。そうあってほしいとおおもいます。

Posted by 安達正興 at 2008年04月28日 11:37
>安達正興様

たまたま母親と電話をしていたら、裁判員制度導入で本当に気が重いらしく、自分が疎いことに気がついたので、市販の書籍を読む前に最高裁のHPなどで制度を導入する側の言い分を読んだところ、頭が痛くなったというのが実情です。

裁判員制度導入については後期高齢者医療制度よりもはるかに事前の報道が盛んなようですが、制度の是非以前に説得に失敗している印象をもちました。司法制度改革全般は私の手に負えないのですが、法曹人口の不足や裁判の遅さなど改革に関する議論の出発点からおってみたいテーマです。裁判員制度については、「国民の理解しやすい裁判」というのが端的な目的のようですが、ご指摘の通り、司法の「タコツボ化」に風穴を開けるように作用すれば、悪くない話だと思います。

裁判員の資格限定は逃げたのではと思います。現状では、たとえば死刑制度について極端な意見をもつ人が選ばれる可能性は排除されておりませんが(某エコノミストは私は死刑廃止論者だから裁判員に選ばれないといういい加減な情報を流しているようですが)、ただでさえ反発のある裁判員制度にこの人は良識的、この人はちょっとと線引きをする勇気がなかったのでしょう。それがどんなに開放的に行われたとしても、排除される人からの声の方が大きいでしょうから。いかにも日本的な平等です。

ご指摘の通り、殺人や強盗、放火など量刑の判断が難しい裁判で判断をさせられるのは、まともな方ほど負担感が大きく、極端な主張を裁判に反映させたいという方が積極的に参加しかねないインセンティブを与えてしまうと思います。裁判員制度導入自体に反対ではないのですが、それ以前にプロだけで行われている重大事件における非効率を排除するのが先決だと思います。それができずに裁判員を参加させるというのは、もし、現状と変わらない状態で市民生活を拘束するとなると、反発が相当厳しいと思います。
Posted by Hache at 2008年04月30日 11:52
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