2008年05月24日

ダメな頭の使い方

 深い理由もなく、PCで名人戦の棋譜やらビデオを見ていたら、森内名人と羽生二冠がとても若く見えました。ぶっちゃけ、棋譜など見ても「猫に小判」でありまして、渡辺竜王が「難解」を連発するぐらいですから(まさか「南海ホークス」なんてオヤジギャグがでるとは。そんなに年を食っていたっけという感じ。それぐらい難解なんだと素人なりに納得)、将棋の内容はさっぱりです。ただ、終局後、見た目にも羽生二冠がけだるそうにしながら紅潮した表情で、今回はカメラの角度がよかったのか森内名人も頭部のあたりが熱くなっていたのが印象的でした。肝心の将棋の中身はまるでわかりませんが、なんだかこちらまで若返りそうな集中力を感じました。もちろん、自分の持ち時間が9時間、相手も含めて18時間で2日間将棋以外のことはご法度なんて生活は死んでも無理ですが。

 次は、久々にサッカー。どちらを応援するというのではなく、ただプレーをひたすら熱心に見ているだけ。こちらも薀蓄を語れるような知識がないので、余計なことを考えずに済みます。ただただ、選手の動作だけを見て感想とか余計なことを考えない。サッカーにせよ、将棋にせよ、下手の考え休むに似たりですから。

 無為に過ごして横になると、近くに書物がありますが、邪険に追い払いました。紙であろうが、ネットであろうが、活字は頭にとって毒です。邪険に、ときに敬して遠ざけましょう。音楽もなくてよし。雨が自然とメロディを奏でてくれているのですから。そんな状態で大の字になって寝ていると、もうまったく余計なことを考えず、ただ気もちいい。ただ、頭の中がどんどん空っぽになってゆきます。もともと空っぽじゃないかと自分でもツッコミを入れたいところですが、どうして余計なもので一杯です。しかし、この状態では何も残らず、ただ心地よいだけ。自分の呼吸と鼓動だけを意識していると、心と体などという問い自体が無意味に感じます。
posted by Hache at 23:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言
この記事へのコメント
棋譜見てましたが、あれは不思議な将棋でした。途中まで森内名人が悪くはないはずだったのにいつの間にやら、という。大局観というのはこういうものかと考えさせられました。「打ち歩詰めのルールがなければ将棋は先手必勝ではないか」という羽生氏の言葉も、それとは無関係に思い出した一幕でした。
Posted by カワセミ at 2008年05月26日 21:56
>カワセミ様

第3局を見ていると、序盤から中盤までは名人の方がよいように素人目には映りました。相掛かりがあんなに奥が深いとはびっくり。第4局は構想力の勝負という感じで、どこまで二人に見えているのか見当もつかないのですが、結果的に名人は角をどう活用するのか、挑戦者は角打ちをどう無駄にしてゆくのかという感じで進んだようにみえました。手損を二人とも連発するので素人にはまるでわからない世界で、本当に不思議です。

「打ち歩詰めのルールがなければ将棋は先手必勝ではないか」というのはあまりに難しいです。まあ、羽生さんが言うんだからそうかもしれないといういい加減な感覚です。もう十年以上、指してませんが、二歩はよくできたルールだなあと。中学時代に何回も、「なぜこの筋に君がいるの?」と思いました。
Posted by Hache at 2008年05月26日 23:54
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