2008年06月19日

イラクの「内戦」の終わり?

 6月に入ってから、『世界の論調批評』では「イラク情勢好転」と題した論説の紹介が2件ほどあります。2008年6月1日づけの記事と6月6日付けの記事です。6月6日付けの記事では、「too good to be trueという気もしますが」という留保があり、思わず頷いてしまいます。4月には『世界の論調批評』で紹介されていた記事を参考にしながら、「イラクの新たな『内戦』」という「寝言」を書きましたが、当時は他の記事も読んで続きを書こうとしましたが、あまりに気が重く断念しました。K. Kagan and F. W. Kagan "How Prime Minister Maliki Pacified Iraq"(Wall Street Journal, June 10)という記事を読むと、冒頭から"America is very close to succeeding in Iraq."とあり、あまりにも楽観的な印象がしてしまうのですが、少なくとも3月末のイラクにおける戦闘から前進があったのかもしれません。

 ちなみに、Frederick W. Kaganは、Robert Kaganの弟で日本ではいわゆる「ネオコン」の「総本山」とされているPNAC(Project for the New American Century)にも共同の文書を寄せています。意味もなく慎重になっているのは、ひょっとしたら楽観的に事態を見ているバイアスがかかるかもしれないという懸念を感じるからですが。しかし、全文を読んでみると、4月の時点での観察にはない進展が含まれており、事態を三つの方面、(1)モスル、(2)バスラ、(3)サドル・シティから捉えており、レトリックを取り除くと、イラクが安定化に向かって進展しているのかもしれないという希望を感じます。

 Kagan and kaganによると、5月にワシントン・ポスト紙がマイケル・ヘイデンCIA長官がイラクにおける「アルカイダ」が戦略的に敗れつつあると述べたのに続き、イラクの治安部隊が非合法のシーア武装勢力に勝利したとあります。このシーア派武装勢力にはイランの支援を受けた特殊部隊を含むとあります。これは私の想像にすぎませんが、"Iranian-backed Special Groups"は、こちらで書いた"Al Quads"そのもの、あるいは、それに類似する組織なのでしょう。Kagan and Kaganは"The enemies of Iraq and America now cling desperately to their last bastions, while the political process builds momentum."と描写しています。

 Kagan and kaganは、今年の2月までにそれまで不可能だと考えられてきたことを成し遂げたと指摘して、アンバール県やディヤーラ県、バグダッド県においてスンニー派武装勢力と「アルカイダ」が敗れたと述べています。外務省の海外安全HPのイラク情勢に関する記載によると、アンバール県やディヤーラ県、バグダッド近郊ではいまだにテロが続いているようですが、この記事は治安権限がイラクにおける多国籍軍からイラク政府に委譲されていない県においてスンニー派武装勢力などが敗れたことを重視しているようです。その後、残存したスンニー派武装勢力やイラクにおける「アルカイダ」は最後の都市部における「前哨地」であるモスルにしがみついたと述べています。英語版のWikipedeiaの記述によると、モスルはイラクの北部ニナワ県の県都です。ちなみに、モスルは古代アッシリアのニネヴェの遺跡とチグリス川をはさむ位置関係にあります。また、ニナワ県はシリアと国境を接する位置にあります。

 大雑把ですが、今年の3月以前のモスルにおける情勢は、シーア派内部の「内戦」ではなく、スンニー派武装勢力との関係で抑えておくのがよいのでしょう。他方で、イラク政府は唯一の例外はあるが法を成立させ、草の根の政治統合を図ってきたと指摘しています。以上の情勢認識を踏まえて、Kagan and Kaganは、"The sectarian civil war had ended."と高らかに宣言しています。

 「イラクの新たな『内戦』」においてはシーア派内部の抗争について述べましたが、その背景にはシーア派優位の状況が確立していることが前提ですが、あらためてKagan and Kaganでその前提を確認することができました。散発的にテロや軽度の攻撃があるとはいえ、イラク政府に統治権限が委譲されていない地域でも、宗派間の対立は2007年に大幅に増強されたイラクの治安部隊によって抑制されていると考えます。

 Kagan and Kaganでは、この後、最初でとりあげたモスル、バスラ、サドルシティにおける軍事行動について外観を示しています。少し疲れましたので、また時間があるときに「寝言」を書く予定でおります。


 最近は夢を見なくなりました。正確には朝、起きたときに夢の記憶が残っていないということですが。しかし、珍しく夜中に仕事場で冷房が効いていない状態でみんなが変だなあと騒いでいる夢を見て目が覚めました。気がついたら、室内の気温は30度を超えていました。これはさすがに目が覚めます。

 すぐには眠れそうにないので、こちらから「不規則発言」(2008年6月19日)を読むと、PNACのHPがなくなったそうでびっくり。実はこの記事を書く際に"Rebuilding America's Defenses"をWikipediaのリンクから読みましたが、そういえばあれはなんだったんだろうと。それにしても、PNACのHPが消えているとは気がつきませんでした。不覚。Weekly Standardが「ネオコン」の「牙城」になっているのでしょうか。

 『溜池通信』をまともなサイトと思っている方には大変、失礼なのですが、岡崎研究所HPからのリンクで読み始めたときには、「ああ、これは同人誌の世界だな」と思いました。告白すると、同人誌なるものは読んだことがないのでいい加減な話なのですが、2002年5月7日が最初だったかなあ、PNACのHPを見つけたというあたりで、どうやってこんなHPを見つけるんだろうとびっくりした覚えが。紹介されたご本人に「まるで洗脳されるみたいです」と申し上げたら、「比喩がうまいんだよね」とのこと。Robert Kaganの文章はレトリックが上手だなあと思いました。他方で、身も蓋もないほど力の論理で現実を見ている印象もありました。

 今週はバテ気味なのでKimberly Kagan and Frederick W. Kagan "How Prime Maliki Pacified Iraq"をちょっとずつメモしてゆく予定です。レトリックや政策的インプリケーションを抜きにしてイラク観察としてはおもしろい。なぜ、おもしろいかといえば、彼らの政治的主張に反するような事実も目をつぶらずに描写しているからです。日本人の政治的主張をする知識人の大半は信用していないというのが正直なところです。彼らは平気で自らの主張に反する事実を無視したり、ひどい場合には歪めてしまう。英米の知識人にもそういう方が皆無ではないのでしょうが、全体として日本の知識人よりも正直だと思います。

 もう一つの理由はイラク戦争を見ていると、アメリカの最善の部分と最悪の部分を否応なく見ることができます。ベトナム戦争を『ベスト・アンド・ブライテスト』あたりでしか知らない世代なので、イラク戦争は漠然とアメリカという国を知る上で格好の材料だと感じております。この点で松尾文夫さんはベトナム戦争を取材し、今でもイラク情勢を追っているという点で尊敬してしまいます。岡崎久彦さんとはある点で対照的ですが、私の場合、「本当のことが知りたい」という幼稚な理由でこのお二人のスタンスの違いなど、二人のウォッチャーには失礼ですが、どうでもいいように感じてしまいます。

 それにしても、かんべえさんの「弟子」を自称するのは荷が重いですな。なにせ、アメリカの話となると、話が濃すぎて、わからないところはとことんわかりません。よけいなお世話ですが、若い人に限らず、ジェファーソンやジャクソンの肖像画を見せて、「これ、誰?」と答えられる人は少ないのでは。ひどいことを言えば、そんなことを知らなくても、かんべえさんに「無教養」と思われるだけで、生きてゆくには不都合はあまりないような(皮肉ってわかってる?)。
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