2008年10月07日

出口を失ったマネー

10月6日(月)

 朝、7時半にワーファリン服用。完全に寝坊してしまう。やむをえず、通勤にタクシーを利用。5000円を超える出費は痛い。気がつくと、朝からむくみがあり、悪化はしないものの、一日中、足が重い。立ち仕事が最も負担が高く、歩くのが続き、座ると少しは軽減される。人目につかないよう、足を伸ばしてこまめにむくみを軽減する。まじめに新聞やテレビの報道番組を見ている若い連中が、「とうとう世界恐慌ですか」などと騒ぐ。口からでまかせで、1929年以降の世界恐慌でも、アメリカの失業率は25%だ。逆に言えば、苦しくても4人に3人の雇用は維持できた。その3人に入ると思っていれば、苦しいなりにどうということはない。俺はその3人の1人だと思い込むことが肝心だ。あとで数字を確かめると、でたらめにこんなものだろうと思っていたが、それほど外れていないようで、結果的に嘘をつかずにホッとする。若い連中には、一般紙の代わりに東スポを読め、特に週末はとすすめる。テレビで株の話を聞くな。ビデオ店の火事とかそういう話題のみにせよと緊急の指示。

10月7日(火)

 やはり寝起きが悪く、朝7時にワーファリンを服用。前日の長湯の効果もなく、むくみが生じていた。発症から1ヶ月がたち、別の部署で預かってもらっていた荷物をとりにゆく。申し訳ないことに女性の職員に気を遣っていただき、申し訳ない限り。いまだに、一部の連中が怯えているので、イライラする。冗談抜きでスポーツ紙以外は読むなと指示。阪神が大変で読む気がしないんですよと言われて、実は言っている本人がスポーツ紙をまったく読んでいないことがバレてしまう。テレビは芸能ネタのみにせよなどと言っていたら、ふざけた奴がキャバクラに行きましょう、今なら不景気でおおいに遊べますよなどと杖をついている人間に向かってバカなことを言うので、苦笑するのみ。左足の血の巡りが悪いのに別のところばかり血のめぐりがよくなったらどうすると言いかけて、慌ててやめる。まあ、バカで鈍い方がよろしい。それにしても、世間的には「まとも」とみなされている報道機関ばかりを選んで見ている若者が不安に駆られているのは困ったものだ。報道の自由はまことに結構だが、責任のない自由は醜い。

 診察の予約があり、帰宅途中で病院に寄る。前回、珍しく厳しい表情だった先生のお顔を拝見した瞬間に改善しているのだなとホッとする。ワーファリンの増量後、D-ダイマーの値が大幅に低下したとのこと。肺梗塞のリスクは無視できるようだ。ただし、正常値の10倍を超えており、ワーファリンの投与が不可欠との説明を受ける。あまりわかっていないのだが、血栓が生じて分解してゆく際に生じる物質の値を表しているらしい。血栓ができては消えてゆくという状態のようだ。昔は、最低でも半年はワーファリンの投与が必要だったが、現在は最低1年は我慢してほしいとのこと。ためらうことなく指示に従う。前回は血栓が消滅するまでに1年半はかかったので、2年でも平気だ。ただし、半年後ぐらいに検査入院をすすめられた。まだ先なので時期の決断が難しいが、人間ドックでは無意味とのこと。疾病の元になる原因を洗いざらい検査してしまおうとのことで、時期以外は同意。本日は歩行距離も長く、歩数計で1万歩を超え、帰宅途中で歩けなくなるものの、なんとか帰った。昨日は5千歩で厳しいので、メタボ対策は先送りするしかない。

 最初に事務的な話ですが、コメントとTBの規制は解除しました(催促をしているわけではありません)。管理不能という状態は避けられそうです。本日をもって「日記」は終わりです。読者がどうこうというより、自分で書いててつまらないというのが正直なところ。あとは、手帳に何時にワーファリンを飲んだのかをチェックすれば十分でしょうし。それにしても、杖をついて1万歩というのは目を疑いましたね。たいした距離を歩いていないはずですが、疲れるのも当然でしょうか。この時期に右足を痛めるのが怖いので、手抜きにサボり、死んだふりにない知恵を絞る日々です。若者が世界恐慌におののく日々に、そんな程度で生活に困らないよという余裕のある方、危機ほど萌えるという心臓のある方のみ、「続き」をどうぞ。ここは「寝言@時の最果て」でして、「読んでためになるブログ」ではなく、「読んでダメになるブログ」というのがモットーですので、苦情は一切、受け付けません。ご容赦ください。


 べき分布の話などは暇つぶしには面白いのですが、具体的に証券化商品のプライシングはどうするのとなるとピンとこないので、今ひとつ食指が動かないです。理論家がモデルを作っている間に、金融システムが崩壊しても元も子もないですし。日本の経験が役に立つという論調にもついてゆけないのですが、「湯加減」を測るには便利な部分もあるので、ちょっと古いのですが、近藤順茂「わが国金融システム不安時におけるクレジット・スプレッドの決定要因」(林敏彦・松浦克己編『金融改革の実証分析』日本評論社 2003年所収)を読んでいたら、ちょっとびっくりしました。いわゆる「ジャパン・プレミアム」と「デフォルト・スワップ・プレミアム」の定量的な分析ですが、きれいな結果ではなく、Rスクエアが前者で約0.70810、後者が0.5を上回る程度で、なかなか難しい。ノンパラの推計で前者の値は微妙です。

 ただ、「ジャパン・プレミアム」が生じた理由として信用力スプレッドでは説明しきれない部分を定量的につめてゆきましょうというのは面白いなと思いました。ここでは、「ジャパン・プレミアムを信用力スプレッド、すなわちリターン(金利)に上乗せすべき『リスクに見合った追加的対価』(糸瀬[1996])と捉えれば、本来はミクロ的な対象邦銀におけるデフォルト率とその後の回収率を反映した、デフォルトによる逸失利益の計算にもとづく、いわば保険料的なプレミアムとしてのロジックで考えるべきところであろう」(266頁)とあって、ど素人には他の捉え方はないのかしらんと気になるところですが、とりあえず信用しましょう。続けて、「しかしながら実際には、まず第1に信用供与枠を提供する外銀(供給サイド)と邦銀における季節性も含んだ外貨資金需要という需給関係がベースにある(Goldman Sachs(Japan)Ltd.[1998], p.4)」とあってのけぞってしまいました。アメリカに続いて欧州が火達磨になっている最中にのんきな「寝言」ですが、この記述を現時点にあてはめるのはいかにも素人的ですが、目先の危機が収まったように見えても、年末から年始、来年3月から4月にかけて再燃する可能性があるってことかと驚きました。TARPが成立しても、"bailout"が完了するのではなくて、漸くスタート地点に着いたという感覚なので、年末までもつのだろうかと不安になります。

 完全に論旨を外しているのですが、さらに驚くべき記述があります。

 あるいはまた「銀行株がさらに売られたり、ジャパン・プレミアムが拡大しているのは、膨らみつづける巨額の不良債権に加え、銀行のバランス・シートに現れないデリバティブ関連の投資で大幅な損失が発生したのではないかという不安感が強まったためだ」(メリルリンチ証券会社[1998、p.6]といったややジャーナリスティックな、または時勢に乗じた論調が生じている(266頁)。

 メリルリンチという時点で今日では不吉ですが、まさに今起きている危機は、当時は「時勢に乗じた論調」だったことが現に起きているという感じでしょうか。現在の金融不安を図式的に表現すれば、(1)金銭貸借の貸し倒れの増加や信用度の低い社債の格付け低下、(2)それらを証券化した商品のリスク上昇、(3)リスク回避の手段であるはずのクレジット・デフォルト・スワップの売り手サイドにおける破綻リスクの上昇による信用収縮の加速、などが複雑にからみあって金融機関の間での資金のやりとりが目詰まりしているのが金融危機。これが各種ローンの金利上昇や株価の下落や相対的に格付けの高い社債の格下げによる金利上昇などを通して家計や事業会社にも悪影響が生じているのが当面の実体経済への悪影響。先ほどの記述は、金融システム不安の部分だけを描写していますが、当時は憶測にすぎなかった事態が10年後には現実になったというのは驚きです。

 素人が見ても、現在はシステミック・リスクの顕在化にゆきかねない情勢ですが、次の一文を読んで、1997年から1998年の金融不安の深刻さについてあまりに無知だったと実感させられました。

 しかしながら本格的なジャパン・プレミアム状況では、邦銀が外銀から米ドル資金そのものを調達することはむしろ希少であり、実際には為替の直先スワップ取引を通じて円資金経由で米ドル資金を調達していた(267頁)。


 計量で使うデータがユーロ円であることの説明なのですが、要は、インターバンク市場でドルを直接、調達できなかったということです。恥ずかしながら、これほど深刻とは知りませんでした。さらに、「また外銀による邦銀への信用供与が本格制限された時点では、むしろこの為替直先スワップ枠(短期与信枠)までが量的制限対象であったというところに、今般のジャパン・プレミアム状況の深刻さがあった」(267頁)とあって、このような状況が欧米で生じているのが現状に近いのだろうと考えると、鳥肌が立ってしまいました。ひどい「寝言」ですが、バブル崩壊直後が「深部静脈血栓症」、1998年の日本の金融危機が「肺梗塞症」、現在が「心筋梗塞」と考えれば、よいのでしょう。「どくん」とするタイミングが少しおかしくなるだけで、1兆ドル単位でカネがふきとぶ。そんな事態です。

 「ジャパン・プレミアム」に関する推計期間は1997年3月から1998年6月までとなっております。興味深いのは、コマーシャルペーパーのLIBORスプレッドと普通社債のLIBORスプレッドが1997年11月以降、「ジャパン・プレミアム」の上昇ともに拡大したものの、「ジャパン・プレミアム」の沈静化後も高止まりしたという指摘です(271頁)。実体経済への影響は、金融危機がある範囲内に収束した後も続くと考えた方がよいのかもしれません。もちろん、欧米の市場の方が調整速度が速い可能性は十分にあるのでしょうが、事業会社が業績の不振から立ち直るまでに株価の下落に加えて利払いで苦しむ可能性があることに留意した方がよいでしょう。もちろん、この推計自体がダミー変数を用いている割に説明力がかならずしも強くはないですし、個々の経済主体の行動から構築されたモデルに基づいていない、失礼かもしれませんが、粗いノンパラの推計です(もっとも、特定の分布を前提とできない以上、当然ではありますが)。したがって、仮に、この推計が正しいとしても、同じ事態が生じるか否かを判断するのに不可欠な理論的な基礎に欠けているわけですから、現時点での金融危機の実体経済への影響を論じるのは不健全でしょう。ただし、日本でのシステミック・リスクの顕在化のプロセスでは、事業会社の、とりわけCPは強い相関があり、なおかつシステミック・リスクが沈静化した後にも高止まりしたという指摘は、留意しておきたい点です。

 著者は、さらにジャパン・プレミアムは、合理的期待仮説から乖離した世界における邦銀と外銀のビジネス・ゲームであった可能性を示唆しています(272−273頁)。不吉なことに、次のような記述があります。

 またかかる極端な金利プレミアム現象はジャパン・プレミアムに特徴的であり、同じ先進国でもアメリカン・プレミアムやブリティッシュ・プレミアム、またジャーマン・プレミアムやフレンチ・プレミアムといった現象がみられたことがないのである(273頁)。

 日本でカネ余り現象が生じていたら、えげつないですが「株式会社JAPAN」が欧米を制していたのかもしれません。この時期に関しては、邦銀から外銀への所得移転の問題が根っこにあるのでしょうが、高利貸しとはいえ、供給元があった時期はまだ幸せです。"bailout"が終わるまでにドルの供給を断たないようにするのは通常の国際協調では無理でしょう。少々乱暴ですが、欧米の金融機関から所得移転をともなってでも、供給しなければ、年末までになにが起こるのかわからないと思います。

 書いている本人が自分の病気よりも凍りつつあるのですが、デフォルト・スワップ・プレミアムの計量の結果は金融再生委員会(当時)による資金注入(99年春)で商社ダミーが有意な変数でなかったというあたりが目を引く程度で、すっきりしない結果です。むしろ、注意すべきは、社債スプレッドがシングルAでも1998年3月から10月の期間で60bp(0.6%)から160bp(1.6%)まで上昇し、1998年11月から1999年5月の期間では60bpから370bp(3.7%)近くまで上昇しているという簡潔な事実でしょう(279頁)。著者は、「いかにシングルA格へのリスク・プレミアムが370ベーシス・ポイントとはデフォルト・スタディからは正当化できないであろう」(280頁)と述べています。叙述が前後しますが、その背景にあるのは、CLOやCBOなどの活用がBIS規制の変化によって邦銀の資産圧縮の手段として機能せず、デフォルト・スワップが「こうした他商品への退路を断たれた邦銀にとり、比較的大きい金額を一挙に扱える資産コントロール手段として導入された」(274頁)という事情です。この時期の海外投資家の行動は、その後の「ハゲタカ」などかわいいと思えるぐらいえげつないもので、次の叙述は当時の金融市場の苛烈さを端的に示していると思います。

 現実論として、日本でデフォルト・スワップがもっともさかんに取引されたのは、山一證券、北海道拓殖銀行が破綻した97年秋以降であった。かかる状況下、『海外投資家の間ではジャパン・プレミアムの拡大もあって日本企業の信用リスクに非常に敏感であり、当時上位都銀の信用リスクをヘッジする対価として400 basis points のプレミアムを支払う投資家がみつかった。一方国内投資家は都銀に対してはそこまで危機感を抱いておらず、200 basis points も出せば都銀の信用リスクを引き受ける投資家がみつかった。我々は仲介するだけで200 basis points が抜けた」と振り返る外国投資家の関係者があったと報告されている(日本格付投資情報センター[2000、p.5]」)(274−275頁)。

 これも驚くのですが、資産圧縮の手段が限定された邦銀は、1998年当時、CDSへ資金を流し込むしかなく、そのような窮状を理解した上で外国人投資家が鞘取りをしたという構図です。このあと、筆者は全体のまとめとして、所得移転の問題への対応を含めて政策提言を行っていますが、海外への所得移転という犠牲を払ったとはいえ、CDSという信用リスクをヘッジする逃げ場があった邦銀はまだマシだったのかもしれません。CDSが信用リスクをヘッジするどころか、破綻リスクが無視できる売り手が存在しない状況では、システミック・リスクを拡大する"Doomsday Machine"となりかねず、現状は、国際金融の「どん詰まり」という最悪の状況です。中央銀行が流動性を積み上げても、インターバンク市場は機能せず、CDSも引き受ける投資家がいない。

 現状では、欧州にリスクが集中していますが、問題は逃げ場がなくなったマネーの「出口」をいかにつくるかであり、それが長期では公的資金の投入によって事態の収拾を図ることが可能だとしても、短期では政治的コストがあまりに大きく、いささか乱暴ですが、中央銀行の国際協調よりもより強力な、政治的プロセスをへない機関が必要だと思います。
posted by Hache at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/20739029
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック