2008年10月25日

最後の努力

 最近は若い人にものを教えてもらうことが増えてきました。「彼はやればできる子なんですよ」という一言で、とりあえずは、「それで?」って感じ。「でも、やればの話で、たいていはいつまでもやらないから、けっきょくできない子なんだよなあ」とポツリと呟くので、なるほどと思いました。年の差を感じつつも、やはり人間というのは変わらないものらしい。そういえば、中学生や高校生のときに、とつぜん、廊下で呼び止められて、「お前みたいに努力すれば、もっと成績がいいはずだ!」と叫ばれて困ったことが2、3度ありました。言いにくいですが、だったら、あなたがやればと思うのですが、思っても言わない。言った途端に相手と同じ土俵に立つのが嫌で、一切、口にしたことはありません。嫌なガキですが、話していてうんざりするガキのほうが多くて、早く学校を出たいものだと、それだけが夢でした。ふと気がつくと、当時、あまり話さなかった子の多くは真実を知っていたのかもしれません。今日、話をした若い人は、誰しも、理想とはかけ離れた人生を歩んでいることを自覚しているものだと感じさせてくれました。

 話がぶっとびますが、小学生時代に最も影響を受けたのは『聖書』かもしれないと思ったりします。間違っても、クリスチャンではないのですが、人間が不完全な存在であるという感覚をあれほど植えつけてくれた書物はあまりないのかもしれません。もう『聖書』を読み返すこともほとんどなくなりましたが、存在が不完全であるということを語るためには「神」をもってくるのも方便だろうと。自らが不完全であることを語るためには、どうしても嘘をつかざるをえない。ルネサンス以降、嘘のつき方が上手になったものの、原点にあった不完全さへの自覚は衰え、フランス革命以降は「進歩」の感覚で麻痺させてしまった。不完全さの感覚は、迷信の産物にすぎず、迷信による盲目から人間を解放することで、人間は自らの運命を握ることができるはずだった。存在自体の不完全さは後景に押しやられ、認識の不完全さこそが問題であり、克服できる課題となった。私も、そういう近代以降の人間で、それが成功をある程度まで成功を収めたことは否定できません。こんな「寝言」が書けるのも、「進歩」のおかげですから。また、「進歩」が終わるわけではないでしょう。存在が不完全であるという問題を問わずに、認識が不完全であるという嘘もそれなりにはよくできている。それが仮に自己欺瞞にすぎないとしても、もはや、それなしには社会が成り立たないところまできてしまった。他方で、「進歩」思想がもたらした人間の復権のおかげで、人間は逃げ場を失ってしまった。その哀れな末路が日本社会であり、なにか事が起こるたびに、「責任者」探しに明け暮れている。別にこの国に限らないのでしょう。経済危機の「責任者」探しに欧米も明け暮れている。気が済むまでやればよろしいじゃあ、ありませんか。古代の人たちは、制約のない自由など放恣以外の何者でもないことを知っていた。だから、自由を守るために不自由を受け入れた。これとて、けっして長期にわたって成功したわけではありませんが。

 存在が不完全であるという事実を見るためには嘘をつく必要がある。不幸なことに、現代では「神」という嘘は難しくなり、「進歩」も自己中毒に陥っている。それに代わる嘘を提起するわけではありませんが。私自身といえば、理由はわからないけれども存在が不完全であるらしいという現実を自然現象でも見るように眺めているだけです。表現が悪いかもしれませんが、どうせ、いつ、どういう形にせよ死ぬんですから。みんなが生を見ているときに、私はぼんやりと死を見ている。嫌なガキだったのは、そのあたりかもしれません。勉強ができようが、できまいが、いつかは土に帰るんですから。今だってたいして変わりませんから。もちろん、俗人ですから、努力や進歩によってよりよい世の中が来るという話を誠心誠意、嘘をつく感覚で受け入れいるふりをしております。まあ、うっかり言ってしまうと、ひどい目にあうことぐらいは学習しました。もう少し、話を薄めても、謙虚だとか、傲慢だとか、人間不信だとかつまらないことしか言われないですし。あんたは薄情だという、言われれば納得する女性はいなかったな。生きていることに価値を見出すつもりも、それと同等のことでしかない無価値を見出すつもりもありませんしね。さらに、人間というのは、そこに価値を見出さずにはいられない不完全な存在なのだと思う程度には同情心はあります。もっとも、自然現象のように自分を見ているので、どこか冷たいと他人が感じるのはやむをないことだとは感じておりますが。そんな私でも神なしでこの自然現象を死まで見つめてやろうという妙な意地はあるのですが。もう一つは、近代以降に生まれた嘘が自家中毒に陥っているとはいえ、最後に放つであろう輝きを静かに見守りたいという気分もあります。経済危機なんて、その後にくる本来の混乱の前触れにすぎないのですから。
posted by Hache at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言
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