2008年10月28日

海を結ぶ同盟:最悪の状況での最良の選択肢

 いきなり週明けから疲れているのでしょうか。午前中は歩行が容易で夕方以降、むくみがひどくなります。周囲に病状を説明するのは難しいのですが、ワーファリンを投与しても、ただちに血栓が溶解するわけではなく、凝固作用を抑制しながら、血栓によって血流が止まっている静脈のバイパスができるのを待っているのが現段階です。血栓が溶解するのには、最低でも1年は見ておく必要があるそうですので、ワーファリンを毎日、飲む以外に特別な治療は特にありません。

 この数ヶ月はリーダーで読み込んで、興味を引いた記事のみ読む習慣がついております。なにげなく、 『世界の論調批評』の「アフガン情勢」(2008年10月13日(月)) という記事を拝読しておりましたところ、なぜか涙がこぼれました。記事自体は感傷や思い込みを排除した簡潔な情勢論ですが、このような冷徹な情勢分析に接することが他の媒体では皆無で、なんともいえない感慨を覚えました。今回の金融危機自体が既に途方もなく、恐るべき事態ですが、それが国際情勢、とりわけアメリカ中心の国際秩序にどのように影響を与えるのかという問題を考えて苦悶していたところ、このような分析に接することができること自体、最悪の事態のなかでの最良のことです。まことに厚かましく、仁義に反しますが、全文を引用いたします。

独シュピーゲル10月13日付で記者のSusanne Koelblが、暴力と汚職が拡大、政府がタリバンに立ち向かう能力を失っているアフガン情勢について報告しています。

コーブルは、アフガン情勢について、英軍司令官が「この戦争には勝てない」と明言、英大使も「アフガン政府は完全に人民の信頼を失った。アメリカの戦略は挫折した」と述べ、米軍のマレン統合参謀本部議長も、「来年の状況はもっと悪くなるだろう」と言ったことを紹介、

カルザイ大統領が以前から求めていたサウジ国王の仲介によるアフガン政府とタリバンの対話についても、両者の立場が離れ過ぎていて、具体的な成果は何も生まれなかった、と言っています。

そして、タリバンの指導層は数百人、戦闘員は5千人だが、1万6千人ほどの臨時戦闘員の多くはイデオロギーよりも援助物資の配分に関心があること、冬を控えて少なくとも5百万人が飢えに苦しんでいる一方で、限られた少数者は麻薬取引などで巨富を築いていること、アフガニスタンの現在のGDPの実に53%が麻薬関連だが、腐敗した閣僚や「麻薬王」が裁判を受けて罰せられた例は皆無であること、カルザイ大統領は、自分を支援する限り、これら利益を得る者を放置し、その人望は地に落ちていること、を挙げ、

そうした中で、米国だけが情勢のとめどない悪化を留めようと、2011年までに、2万名を増派する方針だが、過去、アフガニスタンは10万のアフガン政府軍と12万のソ連軍をもってしてもゲリラを制圧できなかった国だ、と指摘しています。
                        
サウジ国王仲介によるアフガン政府とタリバンの接触は、とりあえず失敗したようであり、また米国はこれから2万の兵を増強するとしていますが、イラクとは条件が全く異なるアフガニスタンで効果を上げられるとは到底思えません。それに金融危機の震源となったことで、米国の威信は地に落ちており、このことは外交、防衛にも必ず影響を及ぼすでしょう。被害の多い南部では、既にオランダ、カナダが撤収を決めていますが、比較的平穏な北部、西部に配備されているドイツ、イタリア、スペイン、北欧にもそのうち撤収論が出てくると思われます。今後注目されるのは、イギリスが米国を撤収へと説得出来るかでしょう。

 『シュピーゲル』の元記事を読んでおりませんので、まずアフガニスタン情勢に関する整理はこの記事を信用します。イラクの駐留米軍問題もわからない状態でアフガニスタン情勢をちまちまと見ていても、イラクよりひどいのではという感じでしたが、簡潔とはいえ、アフガニスタンの中央政府の統治が事実上、機能しておらず、各地域の治安情勢の濃淡と各国の対応が整理されています。まず、アフガンへの増派がイラクのような効果をもたらさないであろうという情勢分析が示されています。それにしても、アフガニスタンのGDPの53%が麻薬関連であるという指摘は、重大だと思います。イラクの場合、原油生産という国家の財政的基盤を支える産業を復活させるためにも、諸部族、諸宗派の統合と治安の回復は、それが非常に長期にわたる成果しか期待できないとはいえ、概ね、補完的な関係にあったといってよいのでしょう。他方で、アフガンの場合、中央政府が単に腐敗しているというだけでなく、治安の回復が単純にアフガニスタンという国を復興させることと結びつくことが困難な事情があることをうかがわせます。

 上記のことがすべてではないのでしょうが、イラクのマリキ政権とアフガニスタンのカルザイ政権の相違を浮き彫りにする補助線の一つなのでしょう。「イラクの新たな『内戦』」という「寝言」や「イラクの『内戦』の終わり?」という「寝言」でひどく粗い点描をしましたが、マリキ政権は統治能力の不足や不正などの欠点がありながらも、治安回復と民生安定という点では米軍の事実上の指揮下に入ることも甘受しました。もちろん、それがマリキ政権の基盤を強化するという打算があったことも否定できないでしょう。しかし、結果として、イラクの治安はかなりの程度、回復し、民生の安定の基礎を築くという一貫した行動になりました。残念ながら、アフガニスタンにおいては、カルザイ政権はそのような政治的意思の一貫性が欠けているようです。腐敗の程度もイラクの比ではなく、米軍の増派によってアフガニスタン情勢が改善する見込みは非常に低いのでしょう。また、NATO加盟国も部隊が駐留している地域によって濃淡が激しい状況では、南部では既に撤退し、そのうち、混乱が比較的、少ない地域においてもアフガニスタンにおいていかなる成果がえられるのかという見通しが立たない以上、撤退への動きが加速するというのはごく自然な感じです。

 この分析で目を引くのは、やはり「それに金融危機の震源となったことで、米国の威信は地に落ちており、このことは外交、防衛にも必ず影響を及ぼすでしょう」という分析です。月曜日の「寝言」では主として金融危機によってアメリカが安全保障の分野で資源(ヒト・モノ・カネ)の制約に直面して、最悪の場合、国際秩序を担保する能力と意思を失うのではないかという懸念を整理しきれないまま、「寝言」にしました。やや刺激が強すぎる表現でアメリカの覇権の安定性に関する疑義を提起しましたが、『世界の論調批評』ではより直截に金融危機の「震源」であったことがアメリカの外交・安全保障における影響力の低下を招くという見通しを示しています。やや深読みになりますが、アフガニスタン情勢では、大陸諸国への影響力の低下が大きいのでしょう。また、金融危機でアイスランドへのIMFによる融資が注目されていますが、ハンガリーやウクライナなど旧東欧諸国や旧ソ連圏の国へのIMFによる融資が検討されています。これらの諸国が今回の金融危機をへて西側陣営に留まるのか、離れてゆくのかは注視する必要があるでしょう。アフガニスタン情勢との関連は薄いのですが、欧州の一員として留まるのか否かはユーラシア大陸の西側におけるアメリカの影響力の評価に大きな影響を与えると思います。

 それにしても、アフガニスタンから米軍が撤退するという事態の可能性の指摘は大きいと思います。また、撤収をアメリカに勧めるというのがイギリスという観測も、やはり英米関係の特殊性をよく示していると思います。アフガニスタンからの撤退が実現すれば、アメリカが負っている負担を軽くするのでしょう。ただ、現状ではアフガニスタンからアメリカが撤収するのは難しく、アメリカの覇権の低下(それが一時的なものか今後の趨勢となるのかも予測がつきませんが)を和らげるための方策として実現可能性がどの程度あるのかは悩ましい点です。『世界の論調批評』で示されているのは、アフガニスタンからの撤退が、傷ついたアメリカの威信を回復する時間を与えるのかもしれないということなのかもしれません。


 チャールズ皇太子が訪日されています。やはり、戦前の日英同盟の成功、立憲君主制という政体の共通点など、アメリカよりもなんとなくイギリス贔屓の感覚があります。同盟国といっても、ドイツ自体には文化的な影響力もあって嫌悪感はないのですが、三国同盟の、地政学的な意義の希薄さやナチスの非人道性もあって、過去、同盟を結んだとはいえ、あまりドイツには親近感を感じないのが率直なところです。

 月曜日にはあえてアメリカの覇権の後退というリスクを考えると、外交・安全保障のレベルでリスクヘッジが必要ではという、乱暴なことを考えました。引用の繰り返しになりますが、「金融危機の震源となったことで、米国の威信は地に落ちており、このことは外交、防衛にも必ず影響を及ぼすでしょう」という常識的な判断が正しいのでしょう。現在の金融危機と米軍の抑止力の低下が、アメリカ中心の国際秩序が一時的な動揺で終わるのか、それともアメリカの覇権の衰退の始まりなのかは、率直なところ、判断ができません。

 個人的な感傷にすぎませんが、やはり英米とともに国際政治にかかわっていた時期は概ね日本の安全が守られました。ブッシュ政権直後は、日米同盟を英米同盟並みに格上げするという野心的な試みもありましたが、やはり海洋国家の同盟が日本にとってそれ以外の国際秩序と比較すれば、はるかに互恵的な関係を築けたのも事実だと思います。最悪の場合、アメリカの覇権の衰退を目の当たりにするのかもしれませんが、アメリカの威信が地に落ちた現在でも、海洋国家との提携がこの国の安全と繁栄を確実にする最良の外交政策だと感じます。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/21971870
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック