2008年11月19日

「グランドデザイン」のない国際経済(2)

 2008年の11月3日付けの『世界の論調批評』では「中進国の経済危機」という記事が掲載されています。ハンガリーやウクライナ、ロシア、ブラジル、パキスタン、ウルグアイ、ベネズエラなどが中進国として挙げられています。この記事では、中進国の「構造改革努力の不足」が危機の原因であると指摘した上で、今回の金融危機でアメリカをはじめとする先進国よりも、中進国の方がダメージが大きく、先進国が協調して国ごとに優先順位をつけて救済するよりほかないと結論付けています。興味深いのは、独シュピーゲル紙がパキスタンをとりあげて、政治的に不安定になれば核が地方軍閥の手に渡れば、一大事だと指摘していることを紹介していることです。上記の「中進国」で核を保有しているのはロシアとパキスタンです。ぐらいであり、仮に政治的危機に陥っても、パキスタンのような事態になる可能性は低いでしょう。ただし、いずれの国もIMFの融資がなければ、経済的に立ち行かないのであれば、政治的に不安定になり、地域的な紛争の種になりかねないのでしょう。また、この記事が指摘しているように、ロシアやブラジルなどいわゆる「BRICs」にまで融資を行うとなると、IMFの資金が枯渇してしまう虞もあるのでしょう。日本は気前よくIMFへの出資金を倍増することを「金融サミット(G20)」で表明しましたが、外貨準備が豊富な国が出資しないと、融資をしても返済の見込みがどの程度あるのかわかりませんから、IMFや世銀が資金不足に陥ることもありうるという指摘は妥当でしょう。

 気になる点としては、「米国、日本、EUの大国、産油大国、中国が知恵をしぼり、かつ、国ごとに優先順位をつけて助けるほかないでしょう」という指摘は正論だと思うのですが、これらの諸国がいつまで協調体制を維持できるのかは疑問があります。サルコジ仏大統領は「ドル本位制」の是正を求める主張を事前に表明していました。現実的にはユーロがドルを代替することは考えにくく、ユーロがドルの役割を意識的に補完してゆくのが望ましいと思いますが。以前、「『グランドデザイン』のない国際経済」という「寝言」を書きましたが、国際協調が安定的であるのかは、今回のG20では国際協調そのものはなんとか維持されたものの、アメリカの影響力の低下によって、判断が難しいところです。経済の面では、日米が融合することでアメリカの影響力の低下を可能な限り、抑制することが大切なのかもしれません。中国の意図はわかりませんが、日本のように「お人好し」とは思えず、他の諸国と比較して相対的に高い成長率を保っていることから生じる印象をてこに、カネを出さずに口だけ出すという方向に進む可能性が高いでしょう(率直なところは本土の社会的安定と東南アジアなど周辺諸国への影響力を維持するのがやっとなのかもしれません)。

 「金融危機で先進国以上に打撃を受けるのは、9月半ばの米国『投資銀行』破綻以前に、既に経済運営に失敗していた中進国です」という指摘そのものは正しい情勢認識だと思うのですが、先進国も足元の金融危機と財市場への波及が既に進んでいる経済危機に対応しなければなりません。自国の金融危機への対応が十分にできないまま、中進国の救済を重視してしまうと、国内的な政治的な説得力を失ってしまうでしょう。最近のメディアの論調で気になるのは、G20もとうとう「財政出動」にお墨付きをだしたかのような報道が目立つのですが、G20の声明(参照)では"Use fiscal measures to stimulate domestic demand to rapid effect, as appropriate, while maintaining a policy framework conducive to fiscal sustainability. "となっており、財政の維持可能性が保てる範囲内での財政政策を行うというだけの話です。むしろ、今後、各国が財政政策を行うにあたって、財政政策の維持可能性を保つ範囲にしなさいよと釘を刺したとさえ読めるでしょう。古典的な有効需要管理政策は理論的に無効という経済学の知見抜きでも、効果があっても、それはごく短期であり、実際にはとりわけ財政政策の場合、借り入れに見合うだけの効果が期待できない状況では、政府が国民の所得減少に無関心ではないという姿勢を示す程度の効果しかないと覚悟しておいた方が良いでしょう。また、金融政策では金融システムの安定が最優先であって、マネタリーベースを積み上げたところでマネーストックが増えるという状況ではありませんから(市中銀行が信用創造に積極的になり、かつ財市場に影響しなければ意味がない)、こちらも過度の期待は無駄だと思います。財政政策・金融政策ともに、政府や中央銀行が不況時になにもしていないという批判をかわすのが精一杯でしょう。

 それでいて、金融危機の克服にはアメリカでさえTARPで7,000億ドルを積んでは見たものの、ノンバンクまで対象を広げるとなれば、それで足りるのかさえ見通しが不確実な状態です。もはや、"bailout"というよりも、金融システム不安と信用収縮をある水準になんとか抑えるのがやっとだという印象すらもちます。危機以前の所得水準や危機によって生じている所得の減少や物価水準の動きに関しては中進国の方が深刻だというのは事実認識として誤ってはいないと思いますが、だから先進国が中進国を助けるべきだという正論は実現可能性(feasibility)という点で大きく制約されていることを忘れてはならないと思います。

 今後、先進国の政府は経済政策に関して国民の信認をうるのが困難な状況になることと思います。中進国への支援には限度がある。もちろん、先ほどの記事がそのことを理解した上での話しだということは承知の上ですが、先進国の制約条件が非常に厳しいということを強調した方が良いと思います。また、単に苦しいから助けるのではなくて、不況によって社会が不安定になり政治的危機が生じることを避けるという点から援助を考えた方がよいのでしょう。とくに、東欧諸国の政治情勢が不安定化すれば、地域紛争の種となりかねず、安全保障に割かなくてはならない資源が増大するリスクがあるのでしょう。

 また、IMFのデータ(参照)では世界的にはデフレーションの傾向が強まっていることに留意する必要があるでしょう。先進国ではデフレ、途上国ではインフレという分断された状態での国際通貨制度の運用はこれという「グランドデザイン」はなく、生じた事態に対処療法的に対応せざるをえないと覚悟した方がよいと思います。それが一時的な現象なのか、新しい体制への過渡期なのかさえ不明だというのが現状でしょう。

(補遺)あまりにひどい間違いがありましたので、訂正いたしました(2008年11月20日)。


 IMFの日本語版のサイトには「国際通貨基金とは」という素人向けの文書があります。これを読むと、どうも日本語でブレトンウッズ体制という場合には、金ドル交換停止以前の固定平価制を指すようです。


為替レートの安定

1945 年〜1971 年の間にIMF に加盟した国々は、為替の固定相場制度の採用に合意し (各国は自国通貨を米ドルに固定し、米ドルは金の価値に対し固定されました)、為替レートの修正は国際収支における「基礎的な不均衡」に陥った場合だけ許され、IMF の同意も必要でした。こうした固定平価制は、ブレトンウッズ体制と呼ばれ、1971年に米国政府が米ドル通貨 (及び他国が保有するドル建ての外貨準備) と金の交換を停止するまで続きました。その後、IMF 加盟国は、各国独自の為替制度を採用することが可能となりました(ただし、金に固定することは除く。具体的には、通貨価値を自由な変動に委ねる、特定の他国通貨若しくは複数通貨のバスケットに対し自国通貨を固定する、他国通貨を自国通貨として採用する、複数国にまたがる共通通貨を採用する、こと等ができます。

 私が無知なだけだと思いますが、英語の"Bretton Woods Institutions"と「ブレトンウッズ体制」は語の指す範囲が違うのだなと妙なところでなるほどと思いました。元日銀マンが「ニクソンショックの後は大変だったよ。円高とか円安っていったいなんだって状態だったからね」とおっしゃっていた1970年代でさえ、懐かしく感じます。国際通貨制度の将来に関してはあれこれ議論があるようですが、ひょっとすると、今回の事態は先進国が全体としてゼロ成長、ゼロ金利という日本以外の国が経験したことのない世界への過渡期ではないかと感じております。
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