2008年11月23日

塔を建てる前には費用を計算しなければならない

 ふわあ。やっぱりバッハの『管弦楽組曲』はいいですね。土曜日はボーっとしながら、全曲を聴いていたら、とても気持ちよくうたた寝をして目が覚めて再び聴くという幸福のひととき。クラシックに関しては聴いていて気もちがよければよいという「フリーセ○クス派」(学生時代に恩師とスナックでおごって頂いたときに、ひいきのママさんと私が恋愛の話ですっかり意気投合してしまって、「○○君、やっぱり時代はフリーセックスかね?」と尋ねられて、一瞬ポカン後、ははんちょっと妬いているのねとかわいいなんて不謹慎なことを考えちゃいました。それにしても、酔っ払っていたとはいえ、フリーセックスってなんですかと素で聴いてしまった私は救いようがない。いまだにフリーセックスの意味がわからないのですが)なのですが、バッハはいいですね。しばらく、音楽を一切、意識的に聴かないようにしておりましたが、無音の世界というのは、私の居住環境では難しく、かといって後期ロマン派のような精神的に不安定な人向けではないのかと思える曲は聴く気にもなれず、安易にバッハに流れてしまいます。

 リチャード・E.ルーベルスタイン著/小沢千重子訳『中世の覚醒 アリストテレス再発見から知の革命へ』(紀伊国屋書店 2008年 原著:Aristotle's Children: How Christians, Muslims, and Jews Rediscovered Ancient Wisdom and Illuminated the Middle Ages. Harcourt. 2003)は、紀伊国屋BookWebからのメールで知りました。タイトルがよさげだったので、5月ぐらいに、いかれた「外道」らしくアマゾンで注文したのですが(だって、1冊でも肺送料無料だしぃ、プライム会員だしぃ)、読む暇がないまま、積読状態に。深い意味もなく、今週になってから読み始めたのですが、著者のバックグラウンドがわからなくて、アリストテレスをあまりに現代的な意味での「合理性」から評価しているので、ちょっと大丈夫なんだろうかと思いました。英語の『Wikipedia』を読むと、専門がはっきりしないのですが、訳書では国際紛争解決となっているものの、英語の著作のタイトルを見ていると、とても守備範囲の広い方のようです。まだ、読み終えていないので、本書の評価は控えますが、第1章「『知恵者たちの師』――アリストテレスの再発見」の60頁に次のような記述があります。

 アリストテレスは老師(プラトン:引用者)が生存しているときにも、自分は独自の思想をもった忠実なアカデメイアの門人であると――まことにもっともなことに――主張することができた。彼はいわば「左派のプラトン主義者」であり、師の思弁を現実に引き戻すことによって、師の思想の最も優れた要素に忠実たらんとしていたのだ(60頁)。

 「左派のプラトン主義者」という意味がわからないのですが、そういう無学な読者にもわかりやすいように注(第1章注27)がついています。これを読むと、著者のスタンスに疑問をもってしまうのですが、他の注と異なって参考文献が示されていないので、著者自身の独自の見解なのでしょうが。

 プラトンに対するアリストテレスのスタンスが,師のヘーゲルに対するカール・マルクスのそれに似ていることを、想起せずにはいられない。フリードリヒ・エンゲルスはその関係を,マルクスは「逆立ちしたヘーゲルをひっくり返した」と要約している(481頁)。

 著者がアリストテレスを「左派のプラトン主義者」と読んでいるのは、「師の思弁を現実に」引き戻したからだということはわかるのですが、それが「左派のプラトン主義者」となるのがわからないです。イデア説というのはプラトンの方便であって、一つは真善美という価値をそうではない現実から導くことが困難であるということから、あえて、浮世とは別世界におかざるをなかったという感覚でしょうか。さらに、プラトンが描くソクラテスはそういう言葉を使わなかったにせよ、普遍とか真理とはなにかというのを対話によって語ってゆく。正確には普遍とはなにか、真理とはなにかについて問いを発しながら、そのものについては語らずに、対話相手の言葉の使い方の矛盾をついて真理という言葉をあえて真空にしてゆくような感じでしょうか。教科書的には真理という言葉が使われているその場で真理という語の使い方を示してゆくような感じ。ただし、対話編でソクラテスが駆使する論理はソフィスト顔負けの屁理屈のような気もしないでもないですが。ただ、以前、真理という言葉に当たるギリシア語は忘れられることの否定形であるという話をどこかで読んだので、ソクラテスの弁証法はギリシア語の文法という気もしないでもないです。

 対するアリストテレスですが、こちらは手強い。学生時代に一通り読みましたが、含蓄があるものの、まるで砂を噛むようなわかりにくさ。質料と形相、可能態と現実態などまあ読む方としては疲れたことは間違いないです。それにしても、存在を存在たらしめている本質に迫ろうという真摯さには打たれたような気が。原典を読み返していないので適当な話ですが、プラトンの「思弁」が「現実」と離れていたかのような認識は甘いような気が。『ティマイオス』ですら現実を論じているのではと思うのですが。アリストテレスとプラトンの違いはといえば、存在の本質を思弁のなかで存在そのものからとりだしたというアリストテレスの力量であって、どちらも見ていたのは現実であろうと。まあ、原典にあたって確認していないので「寝言」そのものですが。

 で、ヘーゲルとマルクスの関係ですが、めんどうなんで、ヘーゲルにとっての現実はマルクスにとっての「現実」よりはるかに広く、アリストテレス以来の哲学の流れではとてつもないことだったという感じでしょうか。マルクスは、所詮、ヘーゲルが現実として捉えていたものを捉えるほどの力量はなく、哲学でやってゆけるほどの才能がなかったので経済学に流れたという感じ。さらに、ひどいことを言えば、クールノーの現代経済学の基礎となる1838年の考察を受容するほど経済学の水準は高くなかったので、マルクス程度も食えたんでしょうね。学生時代にクールノーの訳書を読んでびっくりしました。150年も前に現代的な発想があったのに、なんで三流の経済学がもてはやされたのだろうと。そんなわけで、ルーベンスタインの学識の方が確かなんでしょうが、ちと読みながら信用して大丈夫なのかなと思いながら読み勧める日々です。


 「時の最果て」らしく話がぶっ飛びますが、中世の知の側面から見れば、アリストテレスの影響にもかかわらず、キリスト教の支配が「暗黒」だったというのが一般的なイメージだったのに対し、ルーベンスタインはアリストテレス哲学の受容のプロセスを描くことで、そのような通俗的なイメージをあらためようという意気込みがあって、けっこう面白いです。他方で、苦手な『新約』には昔から頭を悩ませる一節があって、アリストテレスの受容以前から『新約』は『旧約』とはずいぶん異なるなあと。もちろん、いかれた「外道」ですので、普通の意味での『旧約』と『新約』の違いには興味がないのですが。『ルカの福音書』14には次のような叙述があって、悩ましいです(以下、引用は新改訳聖書刊行会『聖書 第2版』(日本聖書刊行会 1995年)より)。イエスが「自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません」と群衆に語り始めた続きなのですが、『旧約』ではありえない感覚です。

 「塔を築こうとするとき、まずすわって、完成に十分な金があるかどうか、その費用を計算しない者が、あなたがたのうちにひとりでもいるでしょうか。基礎を築いただけで完成できなかったら、見ていた人はみな彼をあざけって、
『この人は、建て始めはしたものの、完成できなかった。』と言うでしょう」(『新約』133頁)。

 これに続く戦争の話もそうですが、ちょっと違和感を感じるぐらい現実的で宗教者としての説得としては妙に合理的な感じがします。ただし、この後、「そういうわけで、あながたはだれでも、自分の財産全部を捨てないでは、私の弟子になることはできません」と続くので、宗教的な説得なのですが、「塔を建てる前には費用を計算しなければならない」というのは妙に現実的だなと。奇跡とかはともかく、意外とイエスの説得の内容は、宗教への帰依という目的は別にして、合理的な感じもしないではないです。もちろん、中世にアリストテレスの哲学が受容される素地があったとは思えないのですが。

 現代を見ると、積み上がる不良資産、うなぎのぼりに上昇するリスクプレミアムに震える社債市場という「塔」を築く前に費用を計算していないわけでして、『新約』は苦手なのですが、意外と人間の行動を、宗教的な説得の枠のうちに留まっているとはいえ、捉えているなあと。「塔」を築く前に費用を計算するというのは当たり前ですが、それをせずに失敗することが多々あるという昔ながらの話なのかもしれません。しかも、意図した塔とできあがる塔が異なることも昔からある話なのでしょう。
posted by Hache at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな?寝言
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