2008年11月25日

"Yes We Can"は"Yes We Want"なのか?

 壮絶な光景ですね。オバマ次期大統領は、2011年までに250万人の雇用創出を掲げたそうで。米各紙が報道しているところでは、道路や橋の補修、学校の設備近代化、風力発電や太陽光発電などへの投資で雇用を創出するそうです。笑うところではないのでしょうが、この雇用「創出」への政府支出が終わったとたんに、失業者が最低でも250万人は発生しそうです。さらに、減税にヘルスケアプランも加えて「景気刺激策(stimulus package)」は、オバマ氏の経済ブレーンとされるデイリーによると7,000億ドルにのぼるそうです。"change"の割には、TARPとほぼ同じ金額というのも、オバマ氏一流のブラックジョークなのでしょうか。オバマ版「ニューディール」政策の金額がインフレ傾向を続ける中、期待値だけはどんどん上昇してゆくのでしょう。アメリカ経済が立ち直るのは民間部門の努力によるではなく、オバマが米国民に与える政策なのだという強烈なメッセージだと思います。率直に言えば、オバマ氏に共感もなければ反感もないのですが、オバマ流「ニューディール」はなんとなく箸が進まない印象です。「よこせ」と言われる前に盛大にばらまく方が利巧といえば利巧なのかもしれませんが。

 他方で、ブッシュ政権も大忙し。8%の配当を要求する優先株を買いとってシティグループに200億ドルの資本注入を行ったうえで、3,060億ドルの資産保証を行うとのことで、TARPを使わなくても、"bailout"を行ってしまおうというすさまじい事態。なんとなく、TARPをめぐる騒動はなんだったのよという気分になりますが。結果論にすぎませんが、資本注入と資産保証をした上で、どうやっても時間のかかる不良資産のオフバランス化を行うというのが手順としてはマシだったのでしょう。これで金融システム不安が収まるというほど楽観はできませんが、少なくとも一息はつけそうな感じ。もっとも、不良債権のオフバランス化には時間がかかるでしょうし、実体経済の悪化によって金融機関の資産が悪化する可能性が高いでしょうから、オバマ氏がおそらく穴を掘って埋めるよりもマシな建築物とムダなソーラーシステムが残る程度の効果であろう雇用創出に重点をおいて、金融システム安定化に失敗すれば、アメリカの民間部門と公的部門が共倒れになる可能性もあるのでしょう。どうも、"Wall Street"よりも"Main Street"を重視するという演出が空回りしているような印象を受けます。

 "Yes We Can"を実行に移すとなれば、"Yes We Want"となるのは必然なのかも。大量の米国債、膨張する一方のFRBのB/Sなどを考えると、ドルで決済するしかない諸国にとっては"No Thank You"と言いたいところですが、アメリカ経済が破綻してしまってはどうにもならないので、泣く泣くのまざるをえないのでしょう。貸借の規模があるレベルを超えてしまうと、貸し手よりも借り手の方が強いということをしみじみ実感しますね。ま、「変わる」よりも世界中のカネのあるところからむしりとってきて(十分な担税力に裏打ちされていない紙切れでカネを集めるわけでして)ばらまく方が手っ取り早いですからね。(遠い目)。


 日本は平和ですね。休日出勤だったのですが、帰ってからネットで各社の社説を読んで、口あんぐり。主語を省いても文法的には問題が少ない日本語というのは便利なものですが、社説で連発されるとさすがに。アメリカ経済は「凍死」を避けるべく必死のようですが、日本のメディアは「脳死」を避けるべく、努力されるのがよろしかろうと。

「『襲撃犯』出頭でも闇は深い」(『日本経済新聞』社説 2008年11月24日)

 事件発生後、インターネット空間などには犯行を是認するような書き込みが相次いだ。一部のそうした空気がこの種の凶悪犯罪の続発を許す下地にもなっているのだろうか。

 事件を一過性の現象と考えず、その病理に迫る必要があろう。

 「一部のそうした空気」なるものが全体のどの程度なのかがネットの世界ではそもそもわからないのではと思うのですが。それにしても、「事件を一過性の現象と考えず、その病理に迫る必要があろう」って誰が、どのように行うのでしょうか?

「元次官宅襲撃 凶行の理由が知りたい」(『朝日新聞』社説 2008年11月24日)

 そして、こうした事件を繰り返さないために何ができるのか。そのことを考え続けなければならない。

 『日経』よりも「哲学ぅ!」てな感じですね。『朝日』の社説は文言をいじれば誰でも書けそうで、実にすばらしい。「そのことを考え続けなければならない」の主語がないあたりに、簡潔かつ客観的で冷静な(「あなたとは違うんです!」みたいなノリ)「『朝日新聞』文学」の完成形を見るようで感嘆してしまいます。
この記事へのコメント
お言葉ですが兄貴、アメリカの公共投資が「穴を掘って埋めるよりもマシ」程度かどうかについてはいささか疑問があります。例えば、ニューヨークが代表例だと思いますが、アメリカの鉄道システムは相当にボロボロです。線路はあるのだけれどラッシュ時には全然まともなスピードを出せない。おそらくATSのような管理インフラがどうにもならなくなっているのでしょう。エスカレーターなど駅の設備も同様。ここにしかるべき投資をし、例えば日本の首都圏の鉄道と同等の取り扱い能力を発揮できるようにすれば、その波及効果は莫大だと思います。まして、5年前に発生した北米大停電とかを思い起こせば(今考えればなかなか無い体験でしたが)、電力システムの近代化はこれから人口が増加していくことを考えると待った無しではないでしょうか。

問題は、公共投資の短期的な雇用創出や長期的なインフラ改善の波及効果ではなく、危機モードからのエグジットという中期的な課題に対応できるかと言うことではないでしょうか。実はアメリカはその分野での生産性がとても低くてスタグフレーション発生という可能性はきっと(というかかなり)あるのではと素人ながら思っていますが。そういえばG20では以前に情報筋(笑)が話題にしていたサムライ米国債の話は出なかったようですね。バーナンキは本気でFRBによる米国債の実質引き受けをやる気なのかしら。

Citiの救済、みっともないなぁというのは同感ですが、アメリカと日本で口座を持っているので、ほっとしたというのが正直な感想です(苦笑)。
Posted by mitsu at 2008年11月25日 23:57
>mitsu様

mitsuさんのご指摘の通り、費用便益分析にもとづいて、たとえば公共交通機関への凍死を雇用対策の一環として行うのなら、酷評はしません。mitsuさんが使っている「波及効果」という言葉は、文脈上から判断すると便益でしょう。費用便益分析にもとづいて効果の高いものから予算をつけてゆくというのなら、あまり問題はないと思います。

他方で、アメリカのメディアは、250万人の雇用創出とか7,000億ドルという数字を強調しています。これは、小渕政権下で行われた景気浮揚策に近い印象をもちます。この場合、便益などは無視されてしまうリスクがあるでしょう。クルーグマンがどの程度、新政権に影響があるのかはわかりませんが、1990年代に日本経済を論じた発想で、彼が拡張的財政政策を唱えているとしたら、あまりにナイーブだと思います。政府支出を拡大しても、部門間で労働がスムーズに移動できる保証はありませんし、彼のモデルでは便益は考慮されていません。今日では、どマクロにもとづく粗い雇用創出よりも、労働市場において部門間の移動を促すインセンティブを与える(あるいは妨げるディスインセンティブを除去する)ことが大切です。政府支出によって需要が創出されても、その部門に労働が異動しなければ無意味です。

また、代替エネルギーにしても、ブッシュ政権下のバイオマスなど政府がどのようなインセンティブを与えるのかは容易ではないでしょう。なお、電力不足に関しては代替エネルギーの問題ではなく、電力自由化の制度設計の不備の結果です。自由化によって電力取引が行われましたが、価格がスパイクすることによって、自由化直後の投資過剰から極端に投資が抑制されたことは周知の事実です。

危機からの脱出が中期的課題なのか、長期的課題なのかすら区別がつかないのが現状でしょう。なお、あくまで悪い冗談としてマネタイゼーションの話をしましたが、実施すればドルの信認は地に落ち、アメリカ政府は資金調達ができなくなり、日中ともに米国債の処理に苦しむでしょう。あくまで無理筋です。

CITIカード(医療保険なども団体加入)をもっているので、破綻は勘弁と思っておりましたが、ホッとしましたね。現状では、プルーデンス政策というほど華麗ではなく、必死に金融機関のB/Sの毀損をFRBのB/Sに移すのがやっとなのでしょう。
Posted by Hache at 2008年11月27日 00:11
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