2008年12月29日

トヨタ自動車の「危機」と地方財政(3)

 地方財政という数多くある中でも苦手な分野に手を出したおかげで、「寝言」も浮かばない状況になりました。なにしろ、いわゆる「法人二税」からしてわからないことだらけでして、「三位一体改革」が地方分権を推進するのにどの程度の効果があったのかわからないですし、そもそも日本の地方分権ってどうなんだろうという素人的なところからわからないことだらけです。もともと財政自体が、表現が難しいのですが、経済合理性で設計されているとはいえず、制度自体が複雑な上に、地方財政となると、各地方の特性を無視することができず、調べる分には興味深いのですが、まとめるとなると、わからない部分が多い上に、都道府県だけで47の団体があるわけでして、それぞれの状況を配慮しているととてもではありませんが、私の小さい脳の領域では頭がパンクしそうで面倒になったのが率直なところです。

 豊田市の財政についても事実認識の時点で誤りが多く、例えば、豊田市は地方交付税不交付団体ですが、合併による特例措置で地方交付税を受け取っています(「不交付団体の状況」(こちらのメニューから該当する文書を選ぶとPDFファイルが開きます)を参照)。このような基礎的なことも確認せずに「寝言」を書くというのは恥ずかしい限りですが、不交付団体の数では愛知県内の市町村が37と飛び抜けており、さらに恥ずかしいことを書けば、東京都はさすがに知っておりましたが、愛知県自体が不交付団体だということはまるで知りませんでした。愛知県にお住まいの方には大変失礼ですが、出身地でもあり、両親が住んでいて、話を聞いていても、帰省しても、昔よりも小奇麗になったなあという程度の感覚しかなく、昨年まで愛知県の景気がよいといっても実感がわきませんでしたが(前からこんなもんでしょという感じ)、自分は理解していると思い込むことほど危険なことはないことを実感します。

 総務省が公表している地方行財政に関するページ(参照)では数多くのデータを取り扱っていて、当初はトヨタ自動車の減収減益で豊田市が大変だろうなという程度で考えておりましたが、こちらを見ていると、財政における地方の占める役割の大きさに驚きます。「地方財政の状況」(参照)から「国および地方の歳出・税収の国際比較」を見ると、大雑把ではありますが、中央政府の財政と地方政府の財政の比率を歳出面から見れば、日本は連邦制を採用している国と同等であるのに対し、税収から見ると、そうではない国に近いという歪な構造であることが示されています。私自身は、いささか性格が悪いので、この種の資料も総務省(旧自治省)対財務省という文脈で割り引きたい部分もありますが(例えば、おそらく一般会計のみの数字なので特別会計を入れるとどうなるのだろうという疑問があります)、いわゆる「全国紙」の報道では国の一般会計予算に関する報道がほとんどで地方財政については相対的に報道があまりに少ない印象もあります。

 やや大袈裟な表現をすれば、安倍政権では「国のかたち」を主として外交や安全保障から問題にしたために、国と地方の関係という、いわば国の「内臓」のあり方に関する議論は後景に追いやられていた印象があります。以前、「保守の衰退 自民党の凋落」という「寝言」を書きましたが、ここでも家族という単位に焦点を当てようとしていたのに、やはり国レベルでしかものを見ることができていなかったことを実感します。国際経済が来年も荒れる(おそらくは今年の後半以降から本格的に始まった、金融危機から危機への対応という意味でのアメリカの「失政」がよりひどくなるだろうと見ておりますが)一方、日本国内の情勢を見る際には、中央と地方という明治維新以来の問題がやはり大切なのだろうとあらためて実感します。

 経済危機があろうがなかろうが、中央と地方の制度的・政治的関係は現状とそぐわなくなっていたと思いますが、経済が緩やかとはいえ、拡張が続いている間には、少なくとも財政的な面で問題が顕在化しない状態だったのでしょう。今後、経済危機そのものは地方からすれば外生的なショックですが、今後、経済危機の深化とともに、国と地方の関係は財政面に限定しても変化してゆかざるをえないのかもしれません。


 これまで、トヨタ自動車の2008年度末の決算見通しの変化から豊田市を例として、経済危機の影響を、粗いながらも考えてきた。総務省『平成20年版 地方財政白書(ビジュアル版)』の「歳入内訳の推移」(参照)を見ると、都道府県と市町村が合算されているのか否かなど明記されていないという問題はあるものの、地方の一般会計における地方税の金額、比率が平成18年度には、それ以前の年度と比較して高まっていることが確認できる。前回、豊田市の法人市民税が大幅に減少した際に、全国的にも歳入全体に市税が占める割合が平均を下回るかのような表現をしたが、この資料を見ると、都道府県・市町村のおそらくは総額をとった指標では、全国的に見れば財政的に安定した団体から平均的な団体になるという変化になるのだろう。それでも、地元の痛みは大きいだろう。また、豊田市が地方交付税を受けているのは合併適用による交付税であって、普通交付税に関しては不交付団体である。この点も訂正しておく。なお、経済危機の影響によって愛知県の財政が深刻な状態であり、愛知県が公開している「本県財政の深刻な状況について」(参照)では平成21年度の県税収入は平成20年度当初予算と比較して3,000億円もの減収になると見込んでいる。愛知県の平成20年度(2008年度)一般会計予算における歳入は2兆2,542億5千万円、うち県税は1兆3,600億円であり、歳入の13.3%、県税では実に約22%もの減少になる。愛知県は、1998年に赤字決算を記録して以来、行財政改革を実施も無視もできないが、主として製造業の業績が回復するにつれて財政収支も改善した。平成20年度には都道府県では東京都以外では唯一の地方交付税不交付団体であったが、2009年度にはこの状況を維持することができないのかもしれない。

 ここで、都道府県単位の財政の問題について、考えてみる。東京都と愛知県を比較するのは、人口をはじめ、経済の規模からしてあまりに乱暴であるが、財政的には全国的にも相対的に健全とされる2つの自治体について考える。まず、内閣府のサイトから「平成17年度県民経済計算」(参照)から、次のことがわかる。生産側から見た県内総生産(実質:連鎖方式)のデータから、東京都の県内総生産は実に約97兆3,466億百万円にのぼり、全国の約17.5%を占める。昨今の為替レートを考慮して1ドルを100円で評価しても、実に9,700億ドルにのぼり、世銀が公表している2007年(暦年)の各国別のGDPデータではインドよりもやや少なく、韓国とほぼ同規模であり、世界全体で東京都だけで13番目の規模となる。全国で東京都に次ぐ経済規模である大阪府でも約40兆8,540億44百万円(約7.4%)であり、東京都の2分の1にも満たない。いわゆる「東京一極集中」の是非を無視すれば、全国的にも東京都の経済活動の規模は突出しており、あとで見るように、財政的も健全である。なお、愛知県の県内総生産は2005年度で約38兆4,466億4百万円(約6.9%)であり、1996年で大阪府の県内総生産が愛知県のそれよりも7兆円以上、上回っていたことを考えると、この10年前後で大阪府の経済活動の伸びが停滞している一方で、愛知県の経済活動は1998年からしばらく停滞したものの、急速に拡大したことがわかる。

 次に、東京都財務局のサイト(参照)から東京都の財政状況を主として歳入面からについて概略をつかむ。「財政のあらまし(平成20年12月)」(参照)では一般会計予算の総額6兆8,560億円のうち、都税が約5兆5千億円、歳入全体の実に79.4%を占めている。都債は2,665億52百万円で歳入全体のわずか約3.9%にすぎない。都税で突出しているのが、いわゆる「法人二税」であり、2008年度当初予算では約2兆5,5547億98百万円と歳入全体でも46.4%を占めている。なお2011年度の税制改革までの法人事業税による暫定措置によって平成21年度以降、都は3,000億円程度の減収を見込んでおり、「平成20年度東京都予算の概要」(参照)では減収の幅を大きく見せるために、グラフを加工するなど苦心が伺えるが、暫定措置にもかかわらず、減収に備えた基金を準備するなど、対策には怠りがない。

 やや重箱の隅をつつく話ではあるが、「平成20年度東京都予算の概要」24頁にある「羽田空港再拡張事業」に象徴されるように、他の大都市では地元自治体の費用負担比率が高い空港などの建設・拡張でも東京は首都であるがために、国がほぼ全額負担するなど特別な扱いを受けている点は注意が必要である。地方交付税を受け取っていないことや、暫定措置によって法人事業税の減額があっても、首都であるがゆえのインフラ整備などで事実上の補助金を受け取っている点があり、東京都が主張するように地域間格差是正のために東京都の財政が利用されているかのような主張はあまりに一面的であろう。もちろん、両者は別の目的で実施されているので、東京都からすれば被害者意識が強くなるのはやむをえない側面があるのかもしれないが、他の地方自治体が主張するような民間投資で東京都が恵まれているというよりも、むしろ公共投資の側面で東京都は国からの恩恵を他の地方自治体よりも多く受けている側面があることは忘れるべきではないだろう。なお、東京都の場合、特別区の固定資産税を含むため、他の道府県よりも固定資産税の額が大きいことにも注意が必要である。東京都の場合、単に規模だけでなく、他の自治体にはない制度等存在により、単純な比較は困難な面が多い。

 なお、個人都民税は約8,330億96百万円であり、歳入全体に占める比率は約12.1%とかならずしも高くはないが、一人あたりでは約6万4,500円である。比較対照として適切かどうか、疑問の余地が大きいが、愛知県の場合、一人あたりでは約4万6,400円であり、東京都民の住民税の負担は一人当たりで見ると、やはり大きい。もちろん、東京都全体の所得水準の高さに起因するのだが、都民の立場からすれば、かならずしも、東京都の住居を構える対価は安くはないのだろう。話がそれるが、私自身の住民税の負担は東京都の平均の数倍で(正確な倍率を書くと年収を自らさらすことになるが、露出趣味はないので書かない)、給与所得者の悲しさを感じる。

 次に、愛知県の2008年度の一般会計予算「予算の概要」(参照)を見ると、予算規模は2兆2,542億50百万円であり、東京都の3分の1以下である。この点は、先ほども述べたように、東京都の一般会計予算には特別区も含まれていることに注意が必要であろう。県税は1兆3,600億円であり、歳入全体の約60.3%を占める。2008年度当初予算の段階で愛知県の財政の健全度が東京都に次ぐとはいえ、県税の占める割合ははるかに低い。他方、県債は約2,174億6,466万6千円であり、歳入全体の9.6%を占める。金額では東京都よりも500億円程度少ないだけで、愛知県の公債依存度ははるかに高い。法人二税の税収額は5,598億円で歳入の24.8%、県税の41.1%を占める。この割合も東京都と比較して小さいが、最初にも述べたように、景気後退によって法人二税で約3,000億円の減収となると、大幅に財政が悪化することが容易にわかる。個人県民税は3,439億19百万円であり、歳入の15.3%、県税の25.3%である。愛知県の税収で特徴的なのは自動車税が1,219億69百万円(歳入の5.4%、県税の9.0%)であり、東京都の1,185億7百万円を上回っていることである。愛知県は、東京都や大阪府などと比較して人口密度がはるかに低く、公共交通機関だけでは通勤や通学、その他の生活を行うことが難しい。税額から自動車の登録台数を推測することはできないが、業務用だけではなく、自家用車の台数も無視できないだろう。

 やや話がそれるが、名古屋市の私鉄は名古屋鉄道のみといってよい状態であり、乗車料金も、東京や大阪と比べて非常に高い。県庁所在地自体が、私自身が出身者なので居住されている方にはご容赦いただきたいのだが、大いなる田舎といってよい。以前と比較して、地下鉄などの整備が進んだものの、自動車利用が相変わらず多く、地下鉄の採算が苦しい状況は名古屋市の地理的な状況からして変動しないだろう。前回とりあげた豊田市の面積は約918平方キロメートルであり、岐阜県高山市の約2,178平方キロメートルや静岡県浜松市の1,511平方キロメートルには及ばないものの、岐阜県や長野県と接し、山間部を多く含んでいる。東京都や大阪府とは異なった、むしろ通常の自治体と同じく、今後、限界集落の問題などで単に財政需要という面だけでなく、自治体としての一体性を保つことに苦労する可能性がある。それでも、愛知県自体が地方交付税の不交付団体となる程度に財政が健全な状態では様々な施策を行うことも可能であっただろうが、今後、財政状況が悪化すれば、集落の維持が困難になる虞がある。

 トヨタ自動車の、とりわけ11月の業績の見通し悪化は株式市場にショックを与えたが、より深刻な影響は本社や工場が立地する豊田市や愛知県の雇用や財政におよんできている。もちろん、国際的な信用秩序の維持や国内における金融政策の優先順位が高いことを否定する意図はないが、経済危機の実体経済への影響は、国レベルからより地域への波及に視点を移す必要があるのだろう。雇用の悪化といっても、地理的な偏在というよりも、地域から離れて生じるのではなく、対策を実施する際にも自治体が実際には受け皿となることに留意が必要だ。雇用などに対する財政的な手当てが不要だとは考えないが、雇用対策にも資金が必要である。今回は、税収不足が急激に進む愛知県の問題に偏ったが、他の地域でも濃淡の差こそはあれ、同様の問題が生じるであろう。総務省の「国および地方の歳出・税収の国際比較」(参照)が示しているように、財政による政策実行の主たる担い手は事実上、地方自治体であるのにもかかわらず、「三割自治」と呼ばれた時代よりも改善したとはいえ、依然として自治体が独自に賄える財源は乏しいのが実態である。もちろん、税源を自治体に移譲した場合、地域間の格差が広がるリスクもあるだろう。地方交付税が地域間格差を和らげる緩衝材となっていたことは否定できないだろう。また、国の指示による補助金行政から転換するためには、自治体の自治能力がさらに高まることが必要となる。経済危機がなければ、景気がより緩やかに停滞した場合、地方分権、さらに進んで道州制の導入などがより見通しをもって実行することが可能であったのかもしれない。今後、再び1990年代のような財政政策による景気対策が本格的に実行された場合、実際に施策を行う地方行政は、人的な面だけでなく財政的にも疲弊し、分権化が困難になるのかもしれない。

 地方分権と地域間格差の緩和は、高度成長期にはそうでもないが、低成長期にはトレードオフの関係になる可能性がある。公共事業による雇用創出には限界も多く、今後は職を失った人たちのセーフティネットを確保することが中心になるのかもしれない。ただし、そのような施策を実際に行うのは地方自治体であり、その意味では地方の役割が増す中で、国が全体の政策の方向性を示すこと自体、自治体ごとの問題が多様性を帯びている以上、有効な施策を実行する上で、現在の統治のあり方は限界が大きいのだろう。
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