2009年01月01日

寛容と忍耐と

 謹んで新年のお慶びを申し上げます。本年も、昨年に引き続き、「時の最果て」のさらなる過疎化に努めてまいる所存です。


 年内に、(1)大掃除、(2)年賀状の差出の二つを追える予定でしたが、掃除は中途半端(エアコンの掃除と物置の整理が終わっていない)年賀状を書いていたら、いつの間にか年が変わっていたという有様で、2009年を迎えました。夜中に投函しに外に出ましたが、それほど寒くないので意外でした。年が変わっても、率直なところ、なんの感慨もありません。昨年に始まった、様々な問題、経済がメインになるのでしょうが、解決しそうな見通しが立っておらず、アメリカで政権が変わっても、私自身の期待値は低いです。私的なことで恐縮ですが、私自身にとっては昨年以来、「撤退戦」が続いていて、悪いなりに形作りをしようと必死ですが、優美に撤退できますやら。取っ掛かりは、目先の仕事に追われて深入りするうちに「ダメだ、こりゃ」と気がついたものの、時間に追われているうちに、撤退が遅れているという、いかにも平凡な話です。もはや、失敗が明らかで撤退するしか選択肢がないのですが、泥沼の状況を挽回しようとか、そういう欲もわかなくなっています。この点ではイラクでのブッシュ政権はすばらしかったと思います。

他方、経済を含む国際情勢も2009年で大きく改善する可能性は低いでしょう。オバマの景気刺激策に関する米紙の報道を読んでいると、これは大変だなと思います。アフガニスタン情勢、印パ関係、中東紛争、サーカシュビリが批判を浴びながらも"near abroad"での復権を望むロシア、政権維持に苦しみながら軍拡に走る中国と経済危機がなくても、なかなか抜本的な解決が見えない問題ばかりです。日本は論外として、アメリカの選択肢もそれほど多くない状態が続くのでしょう。

 この状況下で、オバマ政権に一手のミスも許さないというのは無理があると思います。もちろん、致命的なミスを犯すと、あまりに厳しいのですが。私自身は、オバマ次期政権に思い入れがあまりないのですが、1年やそこらで国際情勢が改善するという感覚はなく、めぼしい成果が上がらない状態が続いた場合のアメリカの世論の役割が、とりわけ後半以降、影響を強める可能性が高いのでしょう。もちろん、昨年も誰を大統領に選ぶのかという点で世論の動向が大きかったのですが、今後は選ばれた新大統領がなにをするのかということが焦点となるという意味で、世論の役割は昨年よりも直接的な影響力をもたないのでしょうが、今後、事後的なチェック機能という点でより具体的な機能を増すのだろうと思います。

 ありふれた表現になりますが、2009年はどこまで「寛容と忍耐」を民主主義国が保てるのかが課題となるのでしょう。その時期は2009年に留まらないのかもしれません。最悪の場合、社会全体が「変化」に失敗するのではないかと感じる時期もあるのでしょう。冷戦後、無限の可能性が広がっているかのような幻想は完全に終わり、失敗にいかに処するのかという覚悟、あるいは心のゆとりが問われる時期に明確に入ってゆくのでしょう。
posted by Hache at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ごあいさつ
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