2009年01月13日

イラク戦争とガザ情勢

 気がつくと、目の疲労が著しいです。単純な作業ばかりですが、モニターを見ている時間がどうしても長くなるので、本を読もうとすると、視力が一時的ではありますが、ひどく低下しているように感じます。昨年後半から経済関係のことばかりですが、ガザ情勢やウクライナ情勢なども目を通すようにしております。結局、『世界の論調批評』で紹介されている記事を読む方が話が速く、われながら進歩のなさに悲しくなるのですが。

 イスラエルのガザ侵攻に関しては善悪是非の判断やイスラエルへの感情を排除することが難しく、一見、事実の報道のように見えても、文章を書いた本人の価値判断や感情を読みとる能力がないととりあげることが難しいです。というわけで、『世界の論調批評』で紹介されている「ガザ情勢1」(参照)と「ガザ情勢2」(参照)は、安心して読める内容です。今回の軍事行動の成否は別として、ガザ情勢を冷徹に観察されているので、まあ、「信者」と言われれば、あえて否定しませんが、日本語で書かれている情勢分析としてはこのような大局的な観察が優れていると思います。

 今回の事態を目のあたりにしながら、思い出すのが、イラク戦争でした。ブッシュ政権からオバマ政権に交代する際に、ブッシュ政権の8年間を断罪しようという雰囲気がアメリカのメディアからも感じます。先週、日本語の新聞は読まないと書いたものの、国内メディアは政権交代をどう報じているかと見ると、署名入りの論説の多くはイラク戦争を失敗であったと断言しています。成功と失敗を区別する基準がかならずしも明確ではないので、その一つ一つを論うのはバカバカしい気もしますが、塩野七生『ローマ亡き後の地中海世界 上』(新潮社 2008)のように、シチリアの見事な「ノルマン・コンクエスト」と対比して現代のどこかの国も見習ってほしい鮮やかな戦後処理だといわれれば、相変わらずですねえと苦笑しながら、ごもっともとも思います。この本は正月にテレビを見ずに貪り読んだ唯一の本なので、とりあげたいと思いつつ、目先のことに追われていたら、たかが2台のパソコンの処理に追われているうちに、探さなくてはならない存在になってしまいました。

 イラク戦争の占領統治が不首尾であったとすれば、塩野さんが指摘するように、あまりに長く、統治される側にとってあまりに苦痛であったことでしょう。もちろん、私は統治する側、アメリカの立場からものを見ておりますが、アメリカにとっては重荷であったかもしれませんが、統治される側に立てば、評判の悪いことをさっさとやってしまうことがベストであっただろうと。親米政権を樹立するのであれば、反米的な言論はなんらかの形で統制した方がよく、武力でもって反乱分子を鎮圧するのであれば、圧倒的な兵力でもって短期間に踏み潰すのがよい。悪逆非道の臭いがするでしょうが、「悪事」は盛大に派手にやる方が、やられる側にとっても幸せなものです。もちろん、民間人の虐殺とか「アブグレイブの屈辱」のような虐待などは逆効果なのでここでいう「悪事」には含まれませんが。懐古趣味になりますが、私自身はイラク戦争は過半以上の成果を収めたとはいえ、戦略上の目的を果たすには至らなかったと考えております。


 岡崎久彦「イラクからパレスチナへ」(初出:『読売新聞』2003年6月15日(参照))ではクリアな戦略論が述べられています。この時期には、キッシンジャーもほぼ同趣旨の論説を出しており、イラク戦争は単なるテロとの戦いではなく、また、いわゆる「ネオコン」の識者が主張したようにイラクの民主化で終わるものでもなく、狭く表現すればアメリカの対中東戦略、広く表現すればアメリカのコントロールが最も難しい地域へ兵力を大量に送り込み、露悪的に表現すれば、アメリカ主導で中東に秩序をもたらそうという野心的な目標の手段にすぎないということでしょう。

 19世紀から20世紀前半の「帝国の時代」に作られた、最も脆弱な地域に秩序をもたらすのは、アメリカしかなく、「アラブの反米感情の根源はパレスチナ問題にある。アラブ側に言わせれば、千年来アラブの土地だった所に、ユダヤ人が米英の力を背景に建国し、アラブ人を追い出したのである」という指摘は、複雑な経緯を図式化しているとはいえ、ことの本質を衝いた指摘だと思います。この地域の秩序に責任をもつのは、米英以外には難しく、血まみれになる覚悟のある国など、少なくとも、2003年時点では他には皆無だったというのが実情だったと記憶しております。もちろん、この島国などはそのような気概も、兵力もないのですが、同盟を守るための最小限の努力(それですら、小泉総理(当時)の尋常ではないリーダーシップがなければ実現しなかったでしょう)は行いました。

 戦争の成否を評価するのは難しいものですが、この論考にある「イラクに自由、民主、親米政権が成立すれば完全成功、逆に反米、反イスラエル、汎アラブ勢力が主導権を握れば、戦争したこと自体が完全な失敗となる」という視点からすれば、時間がかかったものの、イラクに限れば、多くのことが実現したといってよいでしょう。しかし「イラクからパレスチナ」へというより長期的な視点からすれば、現在のアメリカにパレスチナに兵力を送り込む余裕はなく、この点は実現しませんでした。もちろん、米軍がパレスチナに入るといっても、イスラエルに加担するというわけではなく、露骨に言えば、イスラエルに睨みを利かすことができるのは米軍しかないということです。

 この点を露骨ではないにしても、表現したのが、岡崎久彦「イスラエルの危機 戦前の日本を想起」(初出:『読売新聞』2002年5月13日(参照))です。もう6年前の情勢論ですから、現状からすると、細かい部分は変わってきていますが、日々の気象のように変化する情勢の中にある「力学」を考えるときには、このあまりに赤裸々な情勢分析が現在でも生きていると思います。

 アメリカは今や世界帝国となりつつある。九・一一以降、アメリカは外の世界に介入する意志が出て来た。それは悪い事ではない。ローマ帝国がローマ市民の兵士を辺境に送っても帝国の秩序を守る意思のあった間は、世界はより住み易い世界だった。

 アメリカの「世界帝国」は、イラク戦争後の占領統治の長期化と経済危機で危ういように見えますが、アメリカにとって代わる国がないという状況は今でも変わらないでしょう。残念ながら、現在では米軍による兵力引き離しという選択肢は事実上なくなってしまいました。他方、イスラエルによるガザ侵攻は、基本的にこの地域の「力学」を捉えたこの論考の枠内における行動でしょう。イスラエルはガザ侵攻にある程度まで成功するでしょうが、成功したとしても、安全が増すとはいえないでしょう。イスラエルの粗暴な行動は、イスラエルの長期的な存亡だけではなく、事実上の同盟国であるアメリカの中東における影響力を殺いでしまう。そうなる前に、米軍がイラクを平定した後に、パレスチナの地に至っていれば、イスラエルの安全は担保され、中東和平もそれがアメリカの軍事力を基礎とした平和の強制であったとしても、現状よりははるかにマシだったでしょう。イラク戦争の失敗は、イラクにおける戦闘と占領統治に終始してしまったことだと思います。

 それでは中東和平は絶望的なのでしょうか? ガザにおける停戦に関しては国連安保理決議が出たものの、強制力は現状では非常に限定的でしょう。この問題をアメリカ抜きで解決しようとする不毛さだけを示しているように感じます。オバマ政権は私の目にはブッシュ政権よりもアフガニスタンから中東のかけての地域で迷走するだろうと映ります。アメリカ自身も、中東和平に割ける外交的資源が制約されている状況が続くでしょう。このように書くと、悲観的に映るかもしれませんが、ブッシュ政権は、「孤立主義に終止符」を打った政権なのでしょう。

 「孤立主義に終止符」というタイトルの岡崎久彦さんの論考は、『読売』2001年5月14日(参照)に掲載されました。2001年9月11日のテロの前です。「自由を守るために有利なバランス・オブ・パワー」というブッシュ大統領の戦略は実現したとは言いがたい現状です。しかし、私自身はオバマ次期大統領の外交政策がいまだにわからない部分が大きいのですが、ブッシュが表明した大戦略は、レトリックは別としてオバマも踏襲するのだろうと見ております。少なくとも、孤立主義には戻れないことをオバマ自身が認識していると感じておりますし、またそのように希望している部分もあります。

 実際のアメリカの外交政策は、「むしろ今となっては、同盟国にとって唯一の気がかりは、ウイルソン主義の復活でなく、米国の一人勝ちのあとの米国のユニラテラリズムである」とありますが、(1)国際秩序がアメリカ抜きでは保てないという現状を反映したユニラテラリズム、(2)アメリカ主導の同盟によるバランス・オブ・パワー、(3)自国の利益と秩序の担保の両立を無視した地域集団安全保障への傾斜という意味でのウィルソン主義などの諸側面が入り混じり、観察する者を混乱させるでしょう。最後の側面は、極東においてより強まる可能性が高いでしょう。「ウィルソン主義」というと高尚に聞こえますが、内実は、極東における中国と決定的な対立関係に入るのを恐れるあまり(これ自体はまともな感覚でしょうが)、過度に中国に傾斜しているのが実情でしょう。また、理想主義といっても、現実無視では成り立たず、背後には日本の長期的な衰退と中国の台頭という現実の問題が大きいでしょう。

 日本人にとっては不愉快ではありますが、あまり悲観する必要もないでしょう。米中関係が強くなっても、日米同盟を切るのは、アメリカ側からは難しい。六ヶ国協議のような多国間協議で利害調整を行うのにも限界が多いですし、米中関係の深化にもかかわらず、やはり潜在的な利害対立をなくすことは無理でしょう。楽観的に響くかもしれませんが、アメリカが中国に傾斜しても、積極的に日米安保体制を廃棄することは難しいと思います。台湾海峡の問題もありますが、米中の利害が一致する点とそうでない部分が少なくない以上、日本としては同盟を守るという目的に外交・安全保障政策のプライオリティを高く置けばよく、戦略論以上に具体的な行動がより細心の注意を必要とする状況でしょう。

 話がそれてしまいましたが、中東和平に話を戻すと、アメリカの軍事力が活用できないという前提では、イスラエルに自制を求めることは困難ですし、パレスチナ側の怨恨と挑発を抑制する手段も非常に少ないでしょう。アメリカによる半ば強制的和平という「ゴルディオスの結び目」を一刀両断にする選択肢(実際は時間がかかるでしょうが)がなくなった現状では、決定的な手段はないと思います。心地の悪い情勢が続くのでしょうが、現時点では、国連の枠組みでは機能しないでしょうから、アメリカ主導でクリントン政権の末期に行われた中東和平の枠組みを機能させてゆくのが次善の策でしょう。もちろん、情勢が劇的に変わるわけではなく、アメリカもパレスチナ以外にイランやアフガニスタン、印パ関係などマネージすべき問題があまりに多いです。どのように優先順位をつけるべきかということは私の手には余ります。オバマ政権が目に見える成果を1年以内に出すことも困難でしょう。

 ただし、強制力が足りないとはいえ、イスラエルに自制を求める枠組みを構築する努力を放棄すれば、中東全体が不安定化することは避けられないでしょう。ブッシュ政権ではイラクの占領統治がそれだけに終始してしまい、中東和平への発展がなかったという憾みはあります。オバマ政権がイラクに駐留しているアメリカの陸上戦力を中東和平に活用する可能性自体は低いでしょうが、イラクからの撤退にこだわらず、イラクの東側だけでなく、西側も見れば、兵力の引き離しは困難にしても、象徴的な意義があるのかもしれません。交渉による解決といっても、相手を利益で誘導し、説得し、それが困難な場合には強制するしかないでしょう。この点で、ブッシュ政権のイラク占領統治が任期の最終盤とはいえ、成果をあげたことはオバマ政権にとって負の遺産ではなく、資産でしょう。私自身は、ひどい表現になりますが、オバマは悪しきことはブッシュに押し付けたらよいと考えております。ただし、人々に見せる「変化」という姿とは別にブッシュ政権から引き継ぐべきものはなんであるのかは慎重な評価が必要でしょう。

 現時点で明白なのは、オバマはブッシュとは異なったアプローチであるという演出を行いながら、世界の各地域に関与しているように見えることです。アメリカの孤立主義が終わったのか、ブッシュ政権の一時的な変化だったのか。このアメリカの外交政策の根本がオバマ政権の外交政策を考える上で大切な視点の一つだと愚考します。
この記事へのコメント
今回のイスラエルの行動ですが、ある程度理解できなくはないものの、行き当たりばったりの感が強いです。戦略目標としてハマスの完全解体を目指すというのであればそれはそれでありかもしれない。しかし実現に関して覚悟があるようにも明確な展望を持っているようにも見えません。今回は民衆の無意味な死が重なっただけのようにも思えます。

イラク戦争ですが、短期的にはハードパワーによる睨みがどうしても必要なこの地域におけるアンカーとしての駐留を、長期的には周辺諸国yへの民主化の影響を期待してのことであるというのが大まかな理解で良いのではないでしょうか。失敗部分はリソースの見積もりが甘かったということに集中しているように思うのですがどうでしょう。そしてアフガンはもっと大変なはずで、過大な目標を挙げずに最低限の封じ込めで良しとするくらいの現実主義が必要であるように思います。

イラク占領統治に関しては、その全体を通して、イラクが米国をより理解することが出来たかどうかというのが後世の評価を左右するように思います。もちろん多くの反米要素は残ります。しかしある種の最低限の信頼というのはそこに生まれたはずで(言論の自由は保障される、意図的な残虐行為はしないなど)その資産をイラク国内外にうまく生かせる方法があれば平和に資するのですが。
Posted by カワセミ at 2009年01月21日 00:32
>カワセミ様

現実問題として、ハマスを解体するほどの実力をイスラエルがもっているのかがまず疑問です。ハマスの挑発に耐え切れず、アラブ諸国も様子見(対米関係を無視すればイスラエルの長期的な存続に好意的な国はないでしょうし)の状態で、米政権交代を見計らって、言い分を通そうとやや暴発して自国の主張を無理やり通そうとしたという感じでしょうか。米軍抜きで和平といってもガラス細工の印象もあり、現段階ではもろい印象です。

イラク戦争に関しては、カワセミさんとあまり変わらないのですが、民主化があまりに強調されすぎたという印象もあります。もちろん、9.11後、サウジがにらまれていたという状況を考えると、やむをない印象もあるのですが。バース党の統治機構も破壊しすぎたという印象もあります。また、民主化の押し付けとなると、反米的なアラブだけでなく、親米的なアラブ諸国も体制が動揺するリスクもありました。幸い、そのような事態に至らずに済みましたが。

「イラクが米国をより理解することが出来たかどうか」というのはその通りだと思います。他方で、長く感じても、アメリカの占領統治は事実上、5年程度です。やや即物的で悲観的な見方かもしれませんが、生活水準が戦争前よりも上昇し、物質的な豊かさを実感して「アメリカ的価値」を認める余裕が出てくるのではと思います。それは、もはやイラクの人たちに委ねられており、極端な反米に傾くことはないのかもしれませんが、自ら獲得するものだということになるのでしょう。

自分自身でも偏った見方だと思いますが、彼の地でアメリカがなすべきことは、なによりも脆弱になった国を他国からの干渉を排除し、治安を確保することでした。ペトレイアスの登場で漸く出発点が築かれたというのが現状でしょう。したがって、イラクの統治が再び不安定化すれば、米軍の介入は失敗であったという評価に戻る可能性もあります。また、仮に象徴的であっても、米軍の駐留をイラク側が望むようになれば、成功だったといってよいでしょう。現段階では、イラク戦争と占領統治の評価は定まらないのが実情だと思います。

「ローマ帝国がローマ市民の兵士を辺境に送っても帝国の秩序を守る意思のあった間は、世界はより住み易い世界だった」という点からすれば、やはりアメリカはローマのような巧妙さに欠ける部分が大きいと思います。古代ローマのように征服して属州にするわけには行かないのでやむをえない点も多いと思うのですが、ハードパワーで畏怖を与え、ソフトパワーで尊敬をえるというのは用意ではないことを実感しました。

蛇足ですが、アフガン関連をしっかりと見ていないのですが、イラクのように大量増派、短期間で制圧という形を目指しているのか、疑問ではあります。アフガニスタンそのものより、NATOとの関係、パキスタン情勢、印パ情勢など軍事以外で調整すべきことが多く、軍事行動はむしろ補助的な役割に留まるのではと見ております。「テロとの戦い」に全力を挙げるとなるとあやういと思いますが、就任後、オバマはプラグマティックにアプローチするのかもしれないと願望をこめて見ております。
Posted by Hache at 2009年01月24日 01:39
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