2009年03月04日

止まらない危機の連鎖 GE

 こちらこちら(クレジットカードのお話はちょっと背筋が凍りますが)を拝読しながら、1ヶ月前ぐらいから英語のブログもリーダーで読むようになりました。正直なところ、どこから手をつけたらよいのかわからないので、筋の良い方が紹介してくださると、本当に助かります。ただ、こうして見ると、日本のブロガーは親切な方が多く、私でもわかるように(少なくともわかった気になるように)書いて頂いている事に気がつきます。本当によけいですが、私は自分のために「寝言」を書いているだけであって、「ブロガー」ではないので悪しからず。

 語学の問題もありますが、素人にはわからない話が多く「猫に小判」状態ですが、naked capitalismの"Credit Default Swaps on GE Capital Trade at Distressed Levels"(参照)という記事には驚きました。リンクしてあった"Default protection costs on GE Capital jump"(参照)を読んで凍りました(GEについてはThe Market Tickersにも記事があるのですが、話が紛れるので省きます)。GEの格付けをAAAから格下げも検討などの記事はタイトルだけは見ておりましたが、これは大変だなと。シティグループやAIGの影に隠れていたので、ほとんど自分用のメモですが、これまで安直に金融システム不安とか金融危機という言葉を使っていましたが、いろいろ考えさせられます。なお、原文の"upfront"が具体的にどのような取引なのか、性質については述べられていますが、実務的にはさっぱりなので、乱暴ですが、省略しております。

(1)今週の月曜日、GEのCDS(upfront)は11%で取引された(Reutersの報道では8.5%)。この数字はGEの債務1億ドルに対し、通常ならば5年間で500万ドルを支払えば済むところに1,100万ドルを先渡ししなければならないことを意味する。

(2)GEは先週、配当を68%削減する計画を発表したが、ムーディーズはGEとGEキャピタルの格付けをトリプルAから弱含みで引き続き見直しを進めている。GEキャピタルの資産は劣化しており、世界的な景気後退と金融逼迫から資金繰りが厳しい。

(3)上記の問題を度外視しても、GEキャピタルのCDS価格は上昇するだろう。というのも、GEキャピタルの債務にはCDOが多く含まれているであろう。

 GEキャピタルが「ノンバンク」と表現してよいのか、ど素人の私にはわかりませんが、シティグループやAIGなど銀行や保険会社だけではなく、ノンバンクまで公的救済の対象となるのかどうか、さらに対象とすべきかどうかはまるでわかりません。ただ、CDOをまとまって保有している金融機関が破綻した場合、信用秩序への影響がないとも思えず、あまりに素朴ですが、どうするんだろうと。もちろん、GEの苦境は、GEキャピタルの資産劣化やCDOの問題だけでなく、製造セグメントの採算悪化などの要因も無視できないのでしょうが、GEが万が一の事態を既に市場では予想しているというのは恐ろしいです。それにしても、格付けがトリプルAの企業のCDSが710bpってどうよという感じです。素人なんで相場がわかりませんが、うろ覚えでアイスランドやドバイのソブリンCDSが1000前後だったので、それよりは低い水準ですが、いくらグローバル企業とはいえ、怖い数値です。

 それにしても、"Bad Bank"が難しいことを実感します。買入資産価格の設定が難しいのは指摘されていますが、対象となる資産や金融機関の範囲などが適切ではないと、どこから金融破綻が生じるのかわからない。シニカルな気分になるのを否定できませんが、もはや「金融システムと実体経済の間の負の相乗作用」(白川方明)が本格的に作用すると、資本注入が最優先となり、金融商品を買入れた上で市場に放出するという作業は非常に困難になることを実感します。言いにくいのですが、現状では落ちるところまで落ちてからでないと、不良資産の買入と最終的な売却の見通しを立てるのはほとんど困難な印象をもちます。


 伊藤洋一さんのところで、白川日銀総裁の「金融危機への対応:日本の経験と現在のグローバル金融危機」(預金保険機構主催第4回DICJラウンドテーブルにおける挨拶(参照))を知って金曜日に読みました。土日で「失われた10年」について書こうと思ったのですが、いかんせん、力不足。よけいな話になりますが、「おわりに」の部分は共感する一方、マーケット関係者がときどき「愛の鞭」を振るう理由もなんとなくわかるような気がしました。ちょっと達観したように響く印象がありますね。しかし、頭のいい人は難しい用語で躓くとはいえ、すっきり整理されるなあと感心しました。

 
第1は、金融危機への対応策で解決できることと、解決できないことを冷静に認識する必要があるということです。マクロ経済政策の面でも金融システム対策の面でも、金融危機に対し迅速かつ大胆に対応することはどの国にとっても容易ではありませんが、重要なことです。そうした措置が講じられなかったら、経済は深い調整を余儀なくされ、その結果、最悪の事態を招きかねません。しかし、それと同時に、危機対応策は、危機に先立つ時期において蓄積された過剰自体を解消するものではありません。過剰が大規模なものであった場合、経済が持続的成長軌道に復帰するためには、長い時間を要することになります。日本の「失われた10年」にもそのような要素がありました。そのような経済情勢の下で、不満(フラストレーション)の高まりから、経済全体に保護主義な動きが広がると、今度は経済の潜在成長率自体が低下しかねません。その意味で、現在の危機の性格や危機対応策の限界についても冷静に認識する必要があると思います。


 「挨拶」の中で興味深いのは、「この点、わが国は1990年代後半以降の金融危機において、預金を含め金融機関の全債務を保護する措置を講じました。金融機関の全債務保護は異例の措置ですが、金融システムの崩壊を防ぐ上で極めて強力な効果を発揮したと言えます」というあたりです。これも「危機対応策」でしょうが、不良債権にせよ、不良資産にせよ、最終的には市場で解が見出さなければどうにもならず、「金融機関の全債務保護」というのはそのための時間稼ぎだけではなく、様々な契約を再交渉するためには不可欠な条件だという気もします。日本経済の経験からこれだけしか取り出さないというのは不公平かもしれませんが、欧米で負け戦の典型のような「戦力の逐次投入」のように救済策が実施される現状を見ていると、ゼロ金利や量的緩和が本質的とは思えず、債務の保護でいったん市場の自壊を抑制した上で再交渉を促し、公的な介入の範囲を限定しなければ、金融危機の克服は見通しすら立たないと思います。
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