2007年01月28日

賢者様たちの「床屋談義」

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:1週間ぶりじゃな。例によってこの御仁はぐっすりのようだし、今回はワシ一人でしゃべろうか…。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:…。まったく、どうでもいいときばかり起きて、肝心なときには寝ておる。まさに昼行灯じゃな。
ハッシュ:ひるあんどん?
ボッシュ:…。しまった。お約束のパターンじゃな。お日様が地上を照らしているときの灯りのように役に立たないことを指すんじゃ。
ハッシュ:そう言われれば、そんな気もするよ。
ボッシュ:…。話が続かないではないか。そう、あっさり認められては。
ハッシュ:そういえば、今日はあのデブからリクエストがある。
ボッシュ:どうせ、碌でもない話じゃろ。ワシの店のデザートには蛾が入っているとか、そんな与太話は御免真っ平じゃ。
ハッシュ:なんでも安部政権について命の賢者様に語ってほしいとたっての願いだそうじゃ。
ボッシュ:…。おい、ここは時の最果てではないのか?
ハッシュ:いかにも。
ボッシュ:ここで語られることは寝言ではないのか?
ハッシュ:いかにも。
ボッシュ:しかも、ワシたちはもとはジールの者じゃ。ワシは住んでいるとはいえ、1年もたたぬ。ジパングのことは知っていることより、知らないことの方が多い。
ハッシュ:おっしゃるとおり。
ボッシュ:そこへ安部政権について論じよというのは、あのデブはどうかしたのかね?
ハッシュ:ワシにもわからぬが、たっての願いだそうじゃ。
ボッシュ:…。なんだか無理があるような気がするが、好き放題にいってよいのなら、できるぞ。
ハッシュ:それでよい。
ボッシュ:まず、今のままだと安部政権は長くはもつまい。
ハッシュ:ほお?
ボッシュ:理由は簡単じゃ。あのデブが支持をしておるようでは、先が見えておる。なにしろ、あのデブの応援・支持は、究極のネガティブ・キャンペーンゆえ。
ハッシュ:あのデブによると、その話は昨年の衆院補選で終わったそうじゃ。なんでも、応援したら負けるのが怖くて一切、考えないようにしていたが、やはり結果は変わらなかったそうじゃ。
ボッシュ:…。話から逃げようとしたんだが、おぬし、ワシをいじめたいのか?
ハッシュ:…そういう気はないんじゃが。
ボッシュ:安部政権について語れといわれてもなあ。ワシは客人から聞いた話やテレビ、新聞などで見聞きするぐらいで、たいした話はないなあ。ワシはジパングの人たちからするといくつぐらいなのか実は自分でも見当がつかんのじゃが、年をとっている客人ほど政権を支持している人の割合が高くなるな。そういえば、店長は今年で30になるとぼやいておったが、あまり政治に関心がないらしい。よけいなことをしてくれなければ、それでよいそうじゃ。
ハッシュ:逆に言うと、若い人ほど支持しないというわけか?
ボッシュ:そんなの簡単じゃ。「教育再生」と言ったら、今の教育を受けてきて社会にでてさほどたっていない人からすれば、自分はダメだといわれているようなもんだからなあ。「なんか、ムカつく」というやつじゃ。それはいい気はせんじゃろ。逆に今の若い世代がダメだと思っている年配の人たちには受けるというわけじゃ。
ハッシュ:そんなものかの。妙に話が単純すぎる気がするんじゃが。
ボッシュ:よそ者からすると、前の総理大臣はその辺、上手じゃった。悪いのは政治、それも自分の基盤である自民党だと決め付けたわけじゃ。トップというのは、そうでない人以上に個性が問われるもんじゃ。これはワシの憶測じゃが、前の総理大臣は本気で自民党が悪いと思っておったんじゃないかな。それがジパングの人にも受けた。ワシには難しすぎてわからんのじゃが、大衆迎合とかポピュリズムとかいう評価があるようじゃ。あのデブの表現を使うと、前の総理大臣の気分とジパングの大多数の人の気分がだいたい一致していたというのが、妥当なところなんじゃないのか。
ハッシュ:ワシにはようわからんが、そんなもんじゃろ。
ボッシュ:…。なんだかしゃべる気がなくなる相棒じゃな。なんだか、しゃべる気がしなくなるんじゃが。
ハッシュ:今の総理大臣はどうじゃ?
ボッシュ:難しいところじゃ。よそ者からすると、やろうとしていることは悪くないように見える。ただ、「戦後レジームからの脱却」というと、まず「『レジーム』って何?」という話になる。言葉が難しすぎるんじゃ。「戦後政治の総決算」という表現があったゆえ、遠慮しているのか、違いを出そうとしているのか、わからぬが、もっとわかりやすい表現にしないと、理解されないだろうな。さらに、「戦後」が全部悪かったのかという話になる。「戦後」が悪いとなると、戦後生まれの人には違和感もあるじゃろ。もちろん、全部悪かったなどということを今の総理大臣が言っているわけではない。しかしじゃな、言葉というのは曲解されることも覚悟して使わなくてはならぬ。どうも、その辺は気になる。シェフが言っておったのじゃが、「美しい国」という表現も突っ込まれやすい。シェフは、安部政権を支持しておるそうじゃが、あの表現は微妙だといっておったな。仮に改革が成功して「美しい国」と思える状態になっても、それを自ら言わないのがジパングの人たちの美徳ではないのかといっておった。このあたりはワシにはわからぬが、そんな感覚のようじゃ。
ハッシュ:要は、言葉が悪いということか?
ボッシュ:すべての言葉は誤解される。誤解されることを恐れてはダメじゃ。ワシも最初は苦労したからなあ。ただ、人を育てるときにはまずいいところをほめてから、改善すべきところへ話をもってゆかぬと、相手が単に反発するだけだったり、場合によっては過度に落ち込んでしまう。状況しだいでは、頭ごなしにしかることも必要じゃが、相手がある程度、知的ならば、まず相手を肯定した上で改善するべきところを指摘しないと、難しいんじゃないかな。あと、不人気なのは期待が高いことの裏返しでもある。もともと期待していないんだったら、無関心になるはずじゃ。ただ気になるのは、ワシがよそ者だからかも知れぬが、政治に多くを期待するというのはワシにはわからぬ。本音を言うと、商売に口を出すな、税金を安くしてくれというところじゃ。ただ、新聞やテレビで悪口を言われているうちが華かも知れぬ。それだけ「商品」としての価値が高いということだからなあ。
ハッシュ:なんだか、ワシにはチンプンカンプンなんじゃが。どうすればいいんじゃろ?
ボッシュ:いっそ「世直し内閣」とでもした方がわかりやすい気がするんじゃが。まあ、ワシが話せるのはこんな程度じゃ。ふう。こんなに疲れる話になるとは思わなかったわい。そろそろ、お暇しようかの。
ハッシュ:無理を言ったようじゃな。また、おいで。

 …。命の賢者様が一方的にしゃべる展開になってしまいました。まあ、年末年始にずいぶんな目にあわれたので、ちょっとはうさも晴らされたのでは。この展開では時の賢者様の出番はないですな。ちなみにこの話が届いたのが日曜日なので、日時はそれにあわせて調整しております。御理解いただければ、幸いです。

 「世直し内閣」はさすがに…。ただ、「戦後レジーム」というのは、わかる人にはわかるみたいな響きがあるのは否定できない部分があります。このあたりは「言いがかり」に近いものがありますが、やはりわかりやすい言葉の方が安部総理が何をしたいのかがすっと通るのだろうと思います。

 それにしても、小泉政権というのはすさまじい政権であったことを実感します。小泉改革の「検証」は今後も行われるのでしょうが、郵政解散・郵政選挙で戦前・戦後を通しての日本政治の基本である「コンセンサス」にしたがう統治を部分的とはいえ、破壊してしまいました。郵政解散の直前まで郵政民営化を最優先とする小泉前総理の立場を支持する世論はほとんどなく(内閣支持率そのものではなく、各種世論調査では年金や医療などの社会保障を優先してほしいというのが概ねコンセンサスだったと思います)、自民党内でも妥協に妥協を重ねたとはいえ、コンセンサスにしたがうのではなく、それを壊して自らの意見をコンセンサスにするようにここまで能動的に総理が動いた事例というのはちょっと見当たらないように思います。

 週末は岡崎久彦『陸奥宗光』を読み返していたのですが、日本の政党政治というのは、その初期の段階から政党レベルのコンセンサス、議会内部でのコンセンサスによって動いてゆくという特性があるのだということを再確認しました。表現が悪いのですが、郵政民営化は、「この程度の改革」と小泉前総理自身が明言される程度だったから、「無理が通れば、道理引っ込む」となったのでしょう。他方で、「小泉改革」は広範囲にわたっていますが、私自身が核心だとみなしているのは、政治的意思決定プロセスを部分的とはいえ、根本的に変えてしまったことだと考えております。

 別の見方をすれば、政治的リーダーシップとは何かという問題に行き着きます。小泉前総理とてすべての政策上の問題で自民党内のコンセンサス、国会のコンセンサス、国民のコンセンサスから「超然」としていたわけではないでしょう。郵政解散は、小泉政権でも例外に属するケースです。ただし、小泉政権以前にはコンセンサス政治の機能不全が多くの方の目にも明らかだったように思います。もっといえば、実際にはコンセンサスにもとづく政治は歴代総理のリーダーシップによって補完されてきました。小泉総理は、党内基盤の脆弱さから「官邸主導」を確立しました。私は、日本の議会民主主義の進化の方向は、総理の政治的リーダーシップがコンセンサス政治にとって変わるのではなく、コンセンサスを適切に導くようにより機動的に政治的リーダーシップが確立される時期が続くだろうと考えております。「官邸主導」から「内閣主導」へ政治的リーダーシップが進化するためには、安部総理がやるべきことは多い。今は、不都合なことばかりがでてきていますが、これはなんとしてもやり遂げていただきたいと考えております。その理由は、今後、10年ぐらいは日本を取り巻く環境が19世紀のヨーロッパのように激変する可能性が高く、そのショックを吸収するために不可欠な日米同盟の双務性の強化は、コンセンサスの変化を待っているのではあまりに遅く、強力な政治的リーダーシップの発揮が不可欠だと考えることです。

 なお、次の2週間は「殺人的スケジュール」になりますので、不定期更新になると思います。更新はなくても、生きておりますので、ご安心のほどを。更新がなくても、心配してくれる方がいるかなあ(遠い目)。
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